Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第28話  偽悪

 英霊はその多くが剣なり槍なりの武器を得物とするものだ。これは特定の武具を使いこなす事が選定条件の一つとなる三騎士だけの話ではない。ライダー、アサシン、バーサーカーも短刀なり棍棒なりの武器を装備していて、それを基本武装として戦う。

 考えれば当たり前の話だ。マスターがサーヴァントとして呼び出すのは、戦いに勝てる強い英雄だ。そして強い英雄といえば殆どが戦場で活躍した戦士である。

 戦士であれば剣や槍を装備していない方がおかしいし、将として活躍した英霊とて帯剣くらいは必ずしているだろう。

 例外はキャスターだが魔術師が武器とするのは目に見えぬ〝魔術〟だ。ために目に見える武器などそもそも彼等に必要ない。

 だから徒手空拳で戦う英霊というのは極めて珍しいのだ。

 そしてその珍しい事例が戎次の敵だった。

 

「オラァァァァァァーーーーーーッ!」

 

(――――(はや)い)

 

 奇声めいた声をあげながらスペルビアが突貫してくる。

 地面を砕くほどの踏み込みによって生まれた爆発的な加速。それによってスペルビアは弾丸めいた勢いで襲い掛かってきた。

 一息で距離を詰める歩法の極みとして〝縮地〟があるが、。スペルビアのこれは技術ではなく純粋なる脚力によってなされた力技である。

 技術と力技。どちらが優れているかは人によって判断の分かれるところであるが、殺し合いにおいて『結果』が同じならばそこに違いなどありはしない。

 徒手空拳と侮るなかれ。スペルビアの十本の指から生えているのは竜爪だ。一本一本が業物以上の切れ味を誇る極上の刃物である。まともに喰らえば即死は間違いないだろうし、掠るだけでも腕の一本は確実に持っていかれる。

 戎次は三角飛びの要領でスペルビアの爪撃を躱すと、その背後へと着地。柳瀬の脚を切断した時のように左指を動かして、不可視音無の斬撃をスペルビアへ放った。だが、

 

「ん? なんかしたか小僧」

 

 指の骨を鳴らしながら、見下すような目つきで嘲笑うスペルビア。

 不可視の斬撃はスペルビアの肌へ当たった途端に弾き返された。戎次の不可視の刃は斬鉄すらやってのける切断力を誇る。それをまったく寄せ付けないということは、スペルビアの肉体は鉄よりも硬いということだ。

 パワー、スピード、耐久力。更には身から放たれる魔力も一級品ときている。

 露骨に自分の武勇に自信がありそうだったアウァーリティアが『自分より強い』と認めるくらいだ。恐らく一神話体系の頂点かそれに類するほどの大英雄が正体なのだろう。

 

「しけた前戯はやめておきな。生憎と俺の体は本番以外は満足できねえんだよ。アァーリティアの目は誤魔化せても俺の目は誤魔化せねえぞ。腰にある刀……抜きな。そいつがお前の得物なんだろう」

 

「……!」

 

 村正。徳川家に災厄を齎す妖刀であり、それ故に幕末においては攘夷志士によって求められた曰くつきの刀だ。

 刀身に宿った呪詛は〝魔を断つ〟という極めて単純明快なもの。

 神仏の加護や、魔術による護りも――――村正の刃の前には何の意味もなさない。

 とはいえ刃を当てる事が出来なければ話にならないため、使い手が盆暗であればナマクラと同じである。同時に達人が握れば天魔すら退ける魔剣でもあった。

 スペルビアが鋼より硬い竜鱗で覆われていようと、村正であれば切り伏せる事も叶うだろう。

 

「誘導しんしゃっとぉちゃうで気に入らんけんの、はがいいの他に手はなかな」

 

 村正を鞘より解き放つと、戎次はそのままスペルビアへ斬りかかった。

 僅かな交錯だが分かったことがある。スペルビアは徹底して〝攻勢〟に秀でた英霊だ。攻撃は最大の防御を体現するかのように、その全神経が攻撃に研ぎ澄まされている。

 対英霊戦は不利とみて守りに入れば最後。スペルビアは嵐のような〝攻め〟で防御ごと急所をぶち抜いてくるだろう。だったら逆にこちらから攻める事が最善の選択である。

 頭が悪いと自認する戎次だったが、戦いにおいてのみは頭の巡りが良くなるのが生粋の戦士たる所以だ。

 スペルビアの力技ではなく、技法としての〝縮地〟をもって距離を詰め、脳天目掛けて村正を叩き付ける。

 縮地法に村正。人の身に余り技巧と宝具を奮う生きた英霊――――けれど生粋の英霊(エインヘリヤル)たるスペルビアの狂的思考回路は更にその上をいく。

 あろうことかスペルビアは自分の掌をわざと村正の切っ先に突き刺して、刃を文字通り受け止めたのだ。

 

「く、ひっ」

 

 口元に描かれるは三日月。

 

「ひひひ、ひゃーあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははーーーーっ!」

 

 掌に穴が開いた苦痛は、それ以上の歓喜によって塗り潰されていた。

 スペルビアは海底に眠る財宝を見つけた海賊のように、雄叫びの狂笑をあげる。

 

「現代人はどいつもこいつも生っちょろい貧弱ばかりと思ったが、ちゃんと喰い甲斐のある後輩育ってんじゃねぇかよ。この時代にいたんだなぁ。俺を殺せる兵器と俺を殺せる技量を揃えた奴が!」

 

 自分の手が傷つくことも厭わずに、スペルビアは戎次を蹴りつけてきた。

 このまま刃を押し込んで腕の一本くらいは奪っておきたかったが、英霊の蹴りをまともに受ければ致命傷は免れない。相馬戎次には閖夜と違って不死性なんて便利なものはないのだ。

 スペルビアの蹴りを自分の足裏で受けた戎次は、その力を逆に利用して後ろへ跳ぶ。

 村正がスペルビアへ有効打を与えられる事は証明された。

 だが彼我の戦力差が逆転した訳ではない。

 無手というハンデを背負って尚も、スペルビアの身体能力は戎次を完全に上回っているのだ。

 それでもスペルビアが腕力だけの獣であれば、足りない力を技で補う事が出来ただろう。だがそうではないのだ。

 スペルビアの戦い方は、逆鱗に触れた竜の如く暴力的である。されどそこには芯の通った一定の秩序(わざ)があり、人の技術(たましい)が宿っていた。

 正しく竜人一体。

 竜の特殊能力と身体能力と、人としての技を兼ね備えた竜騎士(ドラグナー)だ。

 認めざるを得ない。この戦い、相馬戎次の勝率は一割は愚か一厘にも満たないと。

 

(しぇめて苦無や手裏剣の効くんなら、もしくはここの密林かなんかなら立ち回り次第で差ば詰められるんやけどな。やはりあん肉体の厄介だぞ)

 

「おらどうした小僧。ンな腰の入ってねえ振り方じゃ俺を逝かせられねぇぞ気合い入れろ糞がァ!」

 

 戎次に苦戦を強いているスペルビアは、戎次の気も知らないで嬉々として鬼気を振り撒いていた。

 スペルビアが腕を振るう毎に壁は砕け、地面は破壊される。

 

(むっ。あれは、)

 

 スペルビアの攻撃の余波が監獄の鉄格子を傷つけた瞬間、戎次は恐るべき光景を目の当たりにした。

 竜爪によって一部が吹き飛んだ鉄格子の断面が、まるで強烈な酸でも浴びたかのように溶け出している。鉄格子が壊されたのが竜爪によるものなら、それを溶かしたのも竜爪によるものだろう。

 スペルビアの竜爪はただ鋭いだけではない。鉄をも溶かすほどの酸―――――恐らくは毒を帯びているのだ。

 

(馬鹿のごたぁに硬い肉体に、毒まであっけんっちきよったか。こんちゃうな場所に行けっち命じられた上に、いきなりこぎゃん化け物っち戦う羽目になるやらなんやら、いまぁ日は厄日だな。いや受ける前に気付けただけついとるっち判断しゅるべきか)

 

 いざとなれば生還不能勝利不能な死地にであろうと進軍する戎次であるが、好き好んで負け戦に挑む蛮勇の徒ではない。敵前逃亡と戦略的撤退は理解していた。

 戎次が鬼柳大佐より受けた命令は、あくまで研究者たちの護衛である。内通者だった柳瀬は兎も角、少佐達は既に脱出している筈なので、一応その任務は達成済みだ。

 グーラが敵に奪還されるのは痛いが、ここで自分達が全滅してしまっては更にどうしようもない。

 もしもライダーがアウァーリティアを下してくれて、スペルビアとの二対一に持ち込めるなら勝算はあるが。

 刹那、ライダーへ視線を向ける。

 

「むぅぅぅぅぅぅぅ! 珍妙な術を使いおってからに! 余と同じよう己の肉体を頼りに、真正面から闘え! これではつまらないではないか!」

 

「別にアンタを楽しませるために戦っているんじゃないんでね。それにほら、私って元々無慈悲なものだしね」

 

 ライダーとアウァーリティアの戦いは、どちらかといえばライダーが押しているようだった。

 

――――ナチュラル・ファンタズム。

 

 ライダーのスキルであるこれは、自己の意思を世界と直結させる事で自然界を変貌させる能力だ。

 英霊というより精霊に近いライダーの所以たるスキルであり、彼女の場合は冬に因んだ冷気、氷、雪などを自在に具現化させることを可能とする。

 森羅万象を自在に塗り替える最上位の吸血種が保有する『空想具現化』ほどの万能性はないが、冬という属性に関してのみは彼女の軍配が上がるだろう。

 このスキルを用いて〝冬〟を具現化させ戦うのがライダーの基本戦法だ。このスキルは魔術とは本質的に違うものであるが、戦い方はキャスターのそれに似通っているといえるだろう。

 対してアウァーリティアの戦法は、敵と間合いを詰めて巨槍で屠るというシンプルなもの。そのせいで戦いは一方的に遠くから冷気や雪を操り攻撃するライダーと、それを凌ぐアウァーリティアという構図になっていた。

 とはいえ未だにライダーとアウァーリティアは切り札たる〝宝具〟を使っていない。

 これが英霊同士の戦いの恐い事で、アウァーリティアの宝具によっては、次の瞬間にライダーが敗北するという事も十分有り得る。

 ライダーがアウァーリティアにかかりきり。助けは期待できない。

 いっそライダーの宝具をここで解放させるかとも考えはしたが、鬼柳大佐からは『序盤は勝ちを急くな』と口を酸っぱく忠告(めいれい)されている。

 やはり撤退するべきなのだろう。それがこの場の最適解だ。だが肝心の戎次の体は、まるで撤退するために動いてくれない。

 戎次の足をこの場に縛り付けているのは、ここにいる神代閖夜だった。

 神秘は秘匿すべきものというのは、西洋問わず裏社会の常識である。聖杯戦争も例外ではなく、目撃者は殺すのがか記憶を消去するのがこの戦いの鉄則だ。ただ記憶消去は術者の腕が悪かったり抵抗力の強かったりすると破られることもあるので、殆どのマスターは前者の手段をとることが多い。暴れぶりから考えてスペルビアとアウァーリティアがとる手段も前者だろう。

 そうなれば牢に繋がれている神代閖夜は、戎次がいなくなった後に確実に殺されてしまう。

 

(また……見捨てるのか? 友を、閖夜を……?)

 

 心中をぐるぐると渦巻く葛藤。脳が沸騰するほどフラッシュバックする〝あの日〟の記憶。

 自分や英霊達の戦いを、閖夜は無感動に観察している。死への恐怖すらない完全なる虚無だ。光のない瞳からは閖夜の心中を窺い知る事は出来ない。

 その時ふと閖夜の口元が動いた。

 

――――ま、た、な、さ、け、を、か、け、る、の、か。

 

 読唇の心得もあった戎次は、正確に閖夜の言いたいことを読み取ってしまう。

 また情けをかけるな。思わず微笑みかけてしまう。それは捻くれ者の閖夜らしい〝逃げろ〟という叫びだった。

 

「……すまんなぁ」

 

 心は決まった。戎次はスペルビアの猛攻を捌きながら懐から煙玉を取り出すと、地面へ叩き付ける。

 瞬間。魔力的呪いすらもった煙は牢獄に充満して、視界を奪った。

 

「(ライダー、退くぞ!)」

 

 念話で指示を出した時には、戎次の足は緊急避難口へ向かって駆けていた。

 

「ハッ! 甘ぇよ。こんな玩具で竜の目を欺ける訳ねぇだろうが!」

 

 煙の中でも竜眼によって戎次を捕捉したスペルビアは、口から毒素を含んだ火炎(ブレス)を放射した。

 背を向けていた事と予想外の攻撃が戎次の反応を遅らせる。

 

「あ?」

 

 炎が戎次を呑み込もうとした瞬間だった。まるで自然消滅したかのように炎が雲散する。

 スペルビアが自分から消した訳ではない事は反応からも明らか。そして英霊の炎すら消せる『超能力』の持ち主に、戎次は一人だけ心当たりがあった。

 

「閖夜」

 

 煙のせいで閖夜の姿は見えない。ただ『神代閖夜が自分を救った』という事実のみが、戎次にさっさと逃げろと告げていた。

 心情としては無理を承知で戻りたくとも、今度こそ閖夜の意思を踏み躙らないためには、ここで安易な救済に向かうべきではないのだろう。それが狂おしいほど分かっていた戎次は、振り返らずに外界へ向かって走った。

 

 

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