Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
魔眼というものがある。
見るという一工程をもって魔術行使を成立させる異能は、魔術師世界においては一流の証とされる。
閖夜に宿っている力は魔眼ではないが、身体の自由がない閖夜にとって眼球というのは発射口としては最適だった。、
炎を見て、捉える。それによって眼球を砲台にした擬似的魔眼は成立し、物理法則ならざる神秘を具現化させた。
相馬戎次を助けたのはそう特別な理由があった訳ではない。
恩義などはまるで感じてはいないが、あの日に一応命を見逃されたので、この世から消える前にその借りを返しただけのことだ。あの憎い柳瀬を殺してくれた事をそこに加えてもいい。
(だが我ながら早まったかもしれねえなぁ。……これで脱獄用にぎりぎりで溜め込んだ力がパーだ)
閖夜を縛る鎖は肉体的のみならず精神的・魔力的にも対象を縛る呪いである。これのせいで閖夜は碌に魔力を練る事も出来ないし、精神を研ぎ澄ませる事も出来ない。
あの魔眼に込められた力は、正真正銘の最後の力だったのだ。
(まぁいい。あの野郎に借りを作ったまま消えるくれぇなら、大人しく消えた方がマシだ……いや、この状況じゃ死ぬ方が、か)
余力を使い果たした閖夜は力なく壁に背を預ける。本当は寝転がりたい気分だったが、生憎とそれは鎖が許してはくれなかった。
牢屋の外ではスペルビアが訝しげに戎次の逃げ去った方向を見ている。自分の放射した毒炎が、突然に消えてしまった事を疑問に思っているのだろう。
スペルビア、アウァーリティア、そしてグーラ。
どうやら戎次はとんでもない大事に関わっているらしいが、閖夜にとってはどうでもいいことだ。外は外で好きにすればいい。もう自分には関係のないことだ。
「どうしたのだスペルビア。何を惚けている?」
「……なんでもねぇよ。大したことじゃねえ」
「ならば良いが、それより逃げた二人を追わんで良いのか? マスターとサーヴァントは早いうちに殺しておくが吉だろう」
「俺達がここに来たのは捕まった
「おお、それもそうだな! ライダーとは戦っていても余り面白くなかったが、あの戎次とかいうマスターは中々殺し甲斐のある獲物であった。こんな辛気臭い場所で殺してしまうのは実に惜しい!」
アウァーリティアにとって戦いとは趣味であり生甲斐であり娯楽である。
極論すればアウァーリティアは遊びで聖杯戦争をやっているのだ。そして遊びに関しては凝り性のアウァーリティアは、舞台というものにも拘りがある。
その点から言って地下牢獄というのは英霊同士の決戦の場所として完全に不合格だった。
「スペルビアよ。余は思うのだが、聖杯戦争というのは余りにも味気ないではないか。どうせなら満員御礼の
「あ? いきなり何をほざいてやがる」
「まぁ聞け。エンターテイメントにおいて観客というのは観戦者であると同時に参加者なのだ。闘士による血沸き肉躍る殺し合いの興奮に、観客の野次や応援が混ざり合い、さながら一つの巨大な生き物のように鳴動する。
素晴らしいではないか! 人間は殺し合いでこそ、最も生の充実を得られるのだ。その充実感が万の観客と共有できた興奮たるや……」
「興味ねぇよ。妄言はテメエの脳内でズリネタにでもしとけコラ」
「つれないのう」
「それよりもさっさと
アウァーリティアが驚愕で目を見開いた。
傲慢の器に容れられただけあって、スペルビアは自分の強さには相当のプライドを持っている。こと戦いの強さに関わる事でスペルビアが弱気な発言をしたのは、アウァーリティアが知る限りは初めての事だった。
「これは意外。北欧神話最強の大英雄が弱気な発言よのう」
「勘違いすんじゃねえ。無傷で抑え込むのが無理なだけだ。殺すだけなら幾らでもやりようはある」
「まぁ……確かに、
狂化に冒されて尚も
「して余はこれより
磔台に縛り付けられた
「後始末だよ。目撃者は処分しとかねえとな」
「それならば任せよう。対等の殺し合いは好きだが、処刑は少々面白味に欠けるからな」
グーラを背負って去っていくアウァーリティアを一瞥したスペルビアは、牙を剥き出しにして笑うと閖夜のいる牢獄の折を蹴り一つで破壊した。
沼のように濁ってしまった黄色い眼と血のように朱い双眸。ここで初めて閖夜とスペルビアの視線が交わった。
「人の部屋に入る時はノックくらいしろよ、白髪野郎」
「く、くはははははははははははははは! 白髪なのはお互い様じゃぇかよ半死人。テメエ、さっきなにをしやがった?」
「なんのことか、分からねぇな」
「とぼけてんじゃねえよ。俺の吐いた
あの発動速度であの威力。魔術じゃねえな。となると超能力……
「…………」
このスペルビアとかいう得体のしれない男。粗野な言動とは裏腹に、相当に知恵も回るらしい。
閖夜の行使したものをあっさり『超能力』と見抜いたあたり、魔術についても心得を持っているようだった。
竜の力を自在に操る特殊能力を持ち、魔術の知識すら持ち合わせた魔人。アウァーリティアの北欧最強の大英雄という発言、そして英霊という単語。
これらの情報の
「だんまりか。言葉のキャッチボールくらいしろや。俺にゃ両親なんざいなかったが、今時の餓鬼ってのはちゃんと人の目を見て話せって教わらねぇのか?」
「さぁな。俺にも両親なんざいなかったが、大昔の
「おーおー、ああいえばこう言いやがって可愛げのねえ。そんなお前に最後のチャンスだ。さっき何をしたのか吐け。もし俺が処女の貞操みたく隠してやがる力が〝惜しい〟と思えるだけの価値があったなら、記憶だけで命まではとらねえでやるよ」
「は、はははははははははははははは。頭に脳味噌詰まってんのか? こんな無様晒してる俺が殺される程度で動じるわきゃねえだろう。脅しになってねえよ」
スペルビアは神代閖夜の体を爪先から脳天まで観察し、ただ一言だけ「それもそうか」と納得した。
生きようとする意志はなによりも尊いものだが、一方で死が救いとなることもある。閖夜にとっては死は呪いではなく祝福だった。
「いいだろう。行きがけの駄賃だ。殺してやるよ。もしテメエが成りかけだったとしても、成る前に死んじまったほうが楽だろうからな」
死神が近づいてきた。
様々な形のある死――――その中でも最も明確にして絶対的な、生命としての死が手招きしている。
走馬灯のように脳裏を過ぎ去っていく短い生涯の記憶。
禄でもない生まれだったし、碌でもない人生だったし、最期も碌でもないものであった。だが想像していたよりかは、まだマシな死に方でもある。
これが運命だというのならば、受け入れるべきなのだろう。
しかし理性とは裏腹に本能が叫ぶ。目に見えない巨大な潮流が〝生きろ〟と命じているような感覚だった。
〝君の死亡が運命? なんていう的外れ。見当違いも甚だしい〟
声が聞こえた。玉座に座る冷厳な審判者のような声が。
〝運命は君に死ぬことを強いてなどいない。なにせ……そんな素敵な贈り物を与えてくれているじゃないか〟
はだけ露わになった胸元。そこに新たに刻み込まれていく赤い聖痕。
それを目にしたスペルビアの目が大きく見開かれた。サーヴァントとは違い聖杯から知識など与えられていないが、聖杯戦争に関する情報はマスター達により教えられている。だからこそスペルビアにはそれがマスターの証たる令呪だと一目で看破できた。
「莫迦な! 聖杯に招かれし英霊は全七騎! 八人目のサーヴァントだと!?」
赤い逆十字の刻印は徐々に輝きを増していき、遠く冬木にある大聖杯そのものが帝都の地に魔方陣を描き出した。
大聖杯の魔力と神代閖夜から吸い取った命を使い、ここに八度目の奇蹟が起こる。
「ちっ! させるかぁ!!」
ただならぬ悪寒を感じ取ったスペルビアは全身に毒素を纏うと、形振り構わず閖夜の息の根を止めにきた。
けれど『運命』が遮るかの如く、スペルビアの魔手が届く刹那、それは地上に現れた。
暗闇のように漆黒の甲冑、蝋のように白い肌、ドロりと濁った黄色い双眸。
舞い降りた少女は、手に持つ旗を振るって傲慢の器を弾き飛ばした。
「サーヴァント、ルーラー。召喚に従わされ参上した」
底冷えするほど冷たい声色で、少女は言う。
「――――問いましょう」
嘲笑うように、退屈そうに、見下すように。
汚れきった少女は、魔女として契約の言葉を紡ぐ。
「貴方が私を呼び出した愚かな魔術師さん?」
圧倒的な魔力の奔流は、スペルビアにも匹敵するほど。スペルビアも新たに現れた少女に警戒心を露わにしていた。
なのに何故だろうか。不思議なことに閖夜には、彼女が酷く弱々しい幼子に映った。