Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第32話  瞳の中の暗殺者

 明かりの消え失せた夜の帝都を、半死半生といった有様で桂小五郎は歩く。

 サーヴァント戦での負傷ならいざしれず、マスター相手に片腕を喪失し、サムライの魂たる刀すら失った。傍から見れば自分は惨めな負け犬に過ぎないだろう。しかし桂の心中はぼろぼろの体に反して晴れやかなものだった。

 腕を失いはしたが、一緒に煩わしい鍵十字の腕章も消えてくれた。お蔭で身体が軽く感じられる程である。

 日本を欧米列強と肩を並べる強国とするため文明開化を推し進め、西洋の技術や文化を取り入れてきた桂だったが、魂まで欧米列強に売り渡したつもりは毛頭ない。桂の魂にはためく旗は日の丸だけだ。

 そう、桂小五郎は最初からナチスに心服などしてはいなかった。

 

『なぁ、桂小五郎。君の作った国は、私達にとっても大切な同盟国だ。どうだね? 私達に協力しないか。我々が戦いを制すれば、これから起こる大戦の運命は引っ繰り返るよ。それは君にとっても悪くないことだろう?』

 

 運命の日、人造英霊としてこの世に二度目の生を受けた桂は、ロディウス・ファーレンブルクにそう持ち掛けられた。

 なるほど悪くない話である。

 既に死んだ人間である桂小五郎が、現世に関わるのはどうなのか。それは自然の摂理に反した、やってはならぬ禁忌ではないのか。

 悪魔のような提案を、世の賢人賢者は口を揃えて咎めるかもしれない。桂も世の道理というものは弁えているし、それはきっと正しくない行為なのだろう。

 しかし、だ。だからといって自分達が興した国が嘗てない大戦に巻き込まれようとしているというのに、それを見て見ぬ振り出来るかと問われれば否である。

 手を伸ばせば届く距離にあるのであれば、それが禁忌でも手を伸ばしたくなるのが人の性。生憎と桂は道理だからといって、自分の目指した国の危機に目を瞑れるほど物分かりが良くなかった。

 ナチスが目的を果たし戦争に勝利すれば、それは同盟国である日本の利にも繋がる。きたるべき大戦が枢軸の勝利で終われば、日ノ本は真実世界に君臨する大帝国となるだろう。それは正しく桂を始めとした志士達が夢見た光景だった。

 

(嗚呼。本当にそうやってこれが日本の為になるのだと盲信できれば、どんなに楽だったろうな)

 

 桂小五郎がもっと愚かであれば、きっと深く考えずにナチスの尖兵として存分に剣士として振る舞うことが出来ただろう。だが幸か不幸か桂小五郎という男は、先見の明があり過ぎた。

 だからナチスに組して戦いを制することが、長期的に見れば日本の不利益になると分かってしまう。

 特にあの男。まるで異界人の如く現実味のない影法師ジュリアス・カイザー。あの男は最悪だ。生前何度も人を見てきた桂だったが、あんな得体の知れない妖怪は終ぞお目にかかったことはない。強いてあげるなら大久保利通だが、ジュリアスのそれは桁が違っていた。

 ジュリアス・カイザーが行うという黙示録、それによって辿り着く新天新地(ユートピア)。その概要は知らぬが、碌なものではなかろう。

 これで自分のマスターが高潔な人間であれば、英霊ではなく一人のサーヴァントとして忠を尽くす道もあったのだろうが、生憎とあんな醜悪な化物(ベルンフリート)などに捧げる刀などは一本たりとも持っていない。

 となれば桂小五郎がとれるは面従腹背――――獅子身中の虫としての道のみ。

 表面上はナチスに組し、その影でジュリアス・カイザーや『結社』の情報を集める。だがそれだけでは足りない。

 人造英霊である桂にも令呪の縛りはある。それは『自害』という単一の命令しか出来ぬ、緊急処分用の欠陥品ではあるが、それでも裏切りの抑止力としては十分な効果をもっていた。

 もしも桂が叛意ありと知られれば、ベルンフリートはあっさりと令呪を使うことだろう。人間であるロディウスやダーニックであれば交渉の余地はあるが、化け物であるベルンフリートは問答無用だ。

 だから桂小五郎には、自分の代わりにナチスを倒してくれる誰かが必要だった。その誰かをこの戦いの中で見極めるつもりであったが、幸いなことにそれは直ぐに見つかった。

 遠坂冥馬。

 英霊である桂からすればまだまだ未熟ではあるが、伸びしろは十分だし、なにより異常事態にも屈しないタフさがある。

 お世辞にも彼のサーヴァントであるキャスターは一流とはいえない実力であるが、マスターとの相性そのものは悪くない。彼等ならばきっと『結社』の企みを阻止してくれるだろう。

 

(戦うための『刀』と人造英霊を探るための『取っ掛かり』も置いてきた。私の受けた痛手も洒落にならないものだったが、連中を倒すための嚆矢となるのならば安いものだ。刀も腕も、あのランサーであれば容易く用意できるだろうし)

 

 ともあれ今は『結社』の拠点へ早く戻らなければ。

 初戦でいきなり刀と腕を失って、代行やマスターのお歴々から叱責を喰らうやもしれないが、そんなもの生前の苦労に比べればなんてことはない。

 ふと、風向きが変わった。

 

「――――――…………」

 

 足を止める。幾多もの死の危機を逃れ続け、遂には逃げの小五郎とまで揶揄された志士としての本能が、自らの命の危機を五月蠅いほど叫んでいた。

 桂はすっと腰を低く沈め、全方位に気を張らせる。

 一瞬ただの勘違いではないかとも思ったが、こういう時の自分の勘がやたら当たるのは経験で知っていた。

 呼吸を含めた余計な動作の一切を停止して、周囲に自分を溶け込ませれば、ほんの微かにだが何者かが存在する気配を感じることができた。

 

(これほどの気配遮断技能……恐らくはアサシン、か)

 

 正規の聖杯戦争で呼ばれる基本七クラス中、マスターの天敵とも呼ばれる暗殺者のサーヴァント。

 クラス別技能として高い気配遮断スキルを持つ彼等は、直接の戦闘能力は低いものの、諜報や暗殺にかけては比類なき力を発揮する。

 

(どこだ……どこに、潜んでいる)

 

 ゆっくりと足を動かし、何もない道の中心へ移動する。

 アサシンが建物や木々の影に潜んでいるとしても。ここならば飛び出してから桂の下で到達するまでに時間がかかる。

 そして幾らアサシンが高度な気配遮断能力を持っていようと、流石に攻撃に移る瞬間ばかりは、その気配遮断の効果も薄れるだろう。そこが勝負だ。

 

「…………」

 

 静寂の死闘。

 桂は周囲一帯に気を張り続け、姿なき暗殺者は気を押し殺し続ける。

 互いにまったく動かず、片方は姿を見せることすらなく、ただひたすらに時間だけが経過する。

 一分が過ぎ、五分が過ぎ、十分が経過しても動きはない。

 やがてお天道様の方が痺れをきらしたらしく、ポツポツと雨まで降り出した。

 最初は涙のようにさぁさぁと降っていた雨だったが、一分と経たずに滝のような土砂降りとなる。けれどやはり桂と暗殺者に動きはない。

 流石にこのままでは埒があかない。いっそ全速力で走ってこの場から離脱しようか―――そんな考えが脳裏を過ぎるも、桂はその考えを即座に振り払った。

 ほんの刹那でも気を抜き、逃げる素振りを見せれば、暗殺者は容赦なく必殺を背に突き刺してくるだろう。

 ならばこのままずっと動かずにいる方が良い。時間が経てば帰りが遅いことを疑問に思ったマスターが、人造英霊の誰かを寄越すことだろう。

 そうなればこちらのものだ。助けにきた人造英霊と二人掛かりであれば暗殺者など幾らでも料理できる。

 

(窮地でこそ慌てることはない。持久戦に持ち込まれれば不利なのは暗殺者の側なのだ。こちらは山のように動かず待つだけでいい。それで戦況は優位となっていく)

 

 雨が地面に水溜りを作り、水を吸って軍服が重さを増した。しかし桂の集中力には些かの衰えもなく、見えぬ暗殺者を警戒し続ける。

 永遠に続くのではないかと思われていた冷戦。だが長く続く戦いほど終わるのは一瞬。此度の戦いも例外ではなかった。

 

「――――っ!」

 

 何気なく視線を落とした水溜りに映り込むは、白い髑髏の面を被った死神。

 背は驚くほどに小さい。身長は恐らく桂の膝の下ほどしかないだろう。だが闇そのものの気配は、紛れもなく暗殺者のサーヴァントのそれ。

 アサシンはクラス名そのものが触媒となり、アサシンの語源になったという歴代暗殺教団の当主の誰かが呼ばれるという話だ。桂の視線の先にいる死神は、伝え聞くハサン・サッバーハそのもの。やはり桂の予感通り潜んでいたのはアサシンのサーヴァントだったのだ。

 

「この命、易々とは獲らせん!」

 

 背後をとられた。そう悟った桂は反射的に後ろを振り返る。しかしそんな思考を裏切るかのように、桂の背後から無機質な声がかけられた。

 

「侮ったな、サムライ。後ろだ」

 

 アサシンの指が桂の頭へ伸びてくる。

 今から悠長に正面を向き直す時間はない。そんな悠長なことをしていれば、アサシンは確実に自分の命を奪ってくる。

 ならば、と。桂は振り返ることなく、流れるような動作でアサシンの気配がする場所に手を伸ばす。

 交錯は一瞬。刹那の後には左腕の骨という骨を滅茶苦茶に曲げられたアサシンが、建物の壁に叩き付けられていた。アサシンの指は微かに桂の頬を掠めただけで、桂には傷一つとしてない。

 

「ギ、ギギ――――ッ! ナ、にをしタ……どんな(まじな)いを使った……サムライ」

 

(まじな)い? 違うな、これは柔術。我が国に古くから伝わる武術だよ」

 

 刀がなくては剣術を振るうことはできなくても、腕の一本でも無事なら柔術は使うことができる。武士たるもの無手での武術の心得はあって然るべきものだ。

 

「侮ったな、暗殺者。刀のないサムライが無力と思ったか? 帯剣していない所を襲われても対処できるよう護身の術は一通り叩き込まれてある」

 

「…………」

 

 結社側の正規サーヴァントはダーニックの使役するランサーのみ。人造英霊である自分を襲ってきたことといい、ナチスの敵なのは間違いないだろう。

 そういう意味では獅子身中の虫である桂にとって、アサシンは明確な敵とは言い難い存在である。とはいえここでアサシンを見逃したところで、アサシンのマスターがこれからもナチスのみを標的にする保障はない。寧ろ遠坂冥馬の背後を脅かす可能性の方が高いだろう。ならば、

 

「アサシン、貴様のような不確定要素は危険だ。ここで討たれてもらうぞ」

 

 ここでアサシンのサーヴァントを盤上より落とす。正規サーヴァントには余り脱落して欲しくはないのだが、今回は止むを得まい。

 しかし桂の殺気を正面から浴びてもアサシンは逃げようともせず、その場でじっとしていた。

 

「どういうつもりだ? 暗殺の失敗した暗殺者が」

 

「――――やはり侮ったのは貴様の方だ、サムライ」

 

「?」

 

暗殺(仕事)はもう終わっている」

 

「……なに?」

 

 驚いて自分の体を見下ろすが、傷ついた様子はない。毒の類も受けてはいなかった。

 

「徒労。私の指先がほんの微かでも『触れ』さえすればそれで十分だ。呪いは既に貴様の脳を満たしている」

 

 桂の指がアサシンに〝触れ〟られた頭へ延びる。

 魔術に疎い桂は直接触れた事で漸く気付いた。自分の脳内に呪いが蠢いていることを。

 解呪の術はない。桂は縮地を用いてアサシンとの距離を詰めようとする。

 こうなってしまえば桂が助かる道は唯一つ。アサシンが死神の鎌(グリム・リッパー)を振り下ろすよりも早く、死神の命を奪い去ることだけである。

 だが悲しいかな。幾ら桂が縮地による神速を誇ろうとも、アサシンが一言呟く方が絶望的なまでに早かった。

 

「――――空想電脳(ザバーニア)

 

 歴代山の翁が生涯をかけて編み出した唯一無二の御業。悪魔の指先より桂の頭部へと送り込まれた呪いが、その一言により炸裂した。

 闇夜に轟く爆発音。

 維新三傑が一人にして、現政府の生みの親の一人である桂小五郎。彼の聖杯戦争における最期は、頭部が爆発しての死という悲惨なものとなった。

 

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