Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第34話  状況説明

 警戒心を隠そうともしない薄汚れた風体の男と、冷徹にこちらを見据える黒い鎧の少女を見比べ冥馬は溜息をつく。謎の召喚反応を感知して気配を辿ってくれば、そこにあったのは大日本帝国暗部直轄の地下監獄。これ見よがしに空いた穴から内部へ侵入すれば、待っていたのは明らかに普通じゃないマスターとサーヴァントだ。

 ナチスの〝結社〟や人造英霊(エインヘリヤル)でイレギュラーはお腹いっぱいだというのに、冥馬の腹はもう限界である。ケーキ用の別腹すら満杯だ。

 色素の抜け落ちた長髪の男は、恐らくこの地下監獄に収監されていた囚人だろう。腐ったドブネズミの死体のような臭いがその証拠だ。しかも最下層に一人閉じ込められていたことから察するに、時計塔における封印指定にも匹敵する超危険人物だろう。

 いや、それはいいのだ。

 この国にとっての危険人物がイコールで遠坂冥馬にとっても危険とは限らない。狂人という訳でもなさそうであるし、話し合いの余地はあるだろう。

 冥馬にとって――――というより遠坂家当主として大問題なのは、隣にいるサーヴァントの方だった。

 

 クラス:裁定者(ルーラー)

 

 マスターに与えられる透視能力が、彼女のクラス名を表示していた。

 セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの基本七クラスに該当せぬイレギュラークラス。

 聖杯戦争にイレギュラークラスが招かれる事は別に珍しい事ではない。此度の聖杯戦争における人造英霊(エインヘリヤル)を除外したとしても復讐者(アヴェンジャー)というイレギュラークラスが呼ばれているそうだし、前回の第二次においてもイレギュラーなサーヴァントが呼ばれたという情報が残っている。これまでの聖杯戦争で基本のラインナップだったのは第一回目の聖杯戦争だけだ。

 しかし裁定者(ルーラー)というクラスはいけない。なにせこのクラスは聖杯戦争においてもとびっきり特殊性の強い器だ。それもマスターを有しているなどイレギュラーにしても度が過ぎている。

 

(ルーラーがもし遠坂の古文書通りの〝特権〟を持っているなら、敵対だけは絶対に避けなければ)

 

 その為には先ずこちらに敵対の意思がないことを示さねばなるまい。

 

「キャスター、一旦霊体化してくれ」

 

「お前がマスターだ、任せてやる。油断して不意打ちなんて阿呆は晒すなよ」

 

「はいはい」

 

 毒づきながらも冥馬の意を汲んだキャスターが実体を解いた。

 目の前の人間がいきなり透明になった消えたことで、白髪の男の眉がピクリと反応する。

 

「初めまして、ルーラーとそのマスター。遠坂家四代目当主、遠坂冥馬だ。隣にいるのは監督役の言峰璃正神父。こんな場所なので前置きは省いて単刀直入に。こちらには敵対の意思はない。察しているかもしれないが、今回の聖杯戦争は色々想定外な事態が起きていてね。情報共有のための会談を求めたい。ついでに出来れば協力体制を敷きたいと考えている。返答はどうかな?」

 

「共闘? 御三家の当主なのにルーラーの前提すら理解していないのですか?」

 

「無論承知だ。その上で共闘を求める理由を察して欲しいじゃないの。璃正、監督役のお前からも言ってくれ。ある意味ルーラーと同じ立場なんだ。俺より説得力があるだろう」

 

「……ルーラー。彼の言っていることは嘘偽りなき真実だ。此度の聖杯戦争には中立の立場を放棄せざるをえない異物が混ざっている。主に誓って断言しよう。どうか彼との話し合いに応じてはくれまいか」

 

 璃正は冥馬やキャスターと違って口は達者ではない。だが実直で心に染み入るような渋い声は、聞く者に安心感を与える力がある。

 璃正の説得が功を制したのか、ルーラーは僅かに警戒心を解いた様子だった。

 

「そう。私が正しくルーラーであれば話し合いに応じたでしょうね。けれど残念。私は正しくないルーラー。マスターを持つサーヴァントですので、回答ならそちらにどうぞ」

 

「尤もだな。じゃあそっちの……ええと」

 

「神代閖夜だ」

 

「じゃあ閖夜。会談に応じてくれるかい? こっちもお宅の事情だとか色々聞きたいことだし」

 

「…………」

 

 閖夜は疑いの視線を向けてくる。

 無理もない。冥馬とてもし逆の立場なら無条件で相手を信じる事は出来なかっただろう。閖夜がこんな所に閉じ込められていた囚人なら尚更だ。

 

「ルーラーのマスターと言われてもな。俺は『聖杯戦争』だとか『ルーラー』だとか言われてもまったくピンとこねえ。トオサカ……ってのが日本じゃアオザキに次ぐ魔術師の家ってことは知っているが」

 

「あの蒼崎と一緒に知られるとはうちも有名になったな。これは喜ぶべきかな。しかしその口振りだと本当に何も知らないようじゃないの。聖杯め、ルーラーのマスターを部外者にするなんてボケたか? いや下手に知識にある魔術師がマスターになることに比べれば幾分かマシか」

 

 聖杯戦争の参加者たる令呪は、基本的に戦う意思のある魔術師に与えられる。しかし参加者が七人に満たない場合、聖杯は意思の有無に関係なく魔術回路のある人間にランダムに令呪を与えるのだ。神代閖夜もきっとそれだろう。

 

「だがそれなら聖杯戦争の事も踏まえて一から説明しよう。そっちだって自分がどんなことに巻き込まれたのかくらいは知っておきたいだろう。参加するか否かはさておくにしても」

 

「……どうせここを出ても目的もねえ。分かったよ。ただ脱獄前にちょっくら寄り道をしたい。それが条件だ」

 

「ここは帝国陸軍の工房だ。あんまり長居はしたくないんだが」

 

「直ぐに済む」

 

 こうまで言うということは大切なことなのだろう。

 冥馬は璃正に視線で確認をとってから頷いた。

 

 

 遠坂冥馬という男の申し出は閖夜にとって渡りに船だった。

 魔術師という人種は『目的達成のためなら手段を問わない』といった輩が多いので迂闊に信用できないが、今はこの帝都で起きている事態について少しでも多くの情報が欲しい。

 自分が巻き込まれた聖杯戦争とやらに対してどういうスタンスで臨むのか、それは冥馬から話を聞いて判断すればいいだろう。冥馬に言った通り脱獄後の目的などないのだから。

 その為にもここでやるべき事は済ませておかねばならないだろう。

 スペルビア達がぶち空けた穴を通って上階へ昇っていく。その途中で看守や囚人達の死体を何度も見た。スペルビアとアウァーリティアの二人の仕業だろう。看守は何人死のうと興味もないが、囚人達はそうではない。収監された囚人には救いようのない下種の類もいるが、その三分の一近くを占めるのは実験体だ。中には特異な能力に目を付けられて、強引に拉致されてきた子供だっている。閖夜は無意識に奥歯を噛み締めた。

 最下層からどんどん昇って行き、閖夜達は地上との境目たる地下1Fまで到達する。

 

「確か……ここだったな」

 

 地下1Fに到達した閖夜の鼻へ突き刺さる薬品の臭い。ここは他の階層とは異なり清潔感に溢れていた。掃除が行き届いているのか転がっている看守の死体を除けばゴミ一つ落ちていない。この雰囲気は病院にも似ていた。

 

「降りて行く時にも思ったが、ここはなんなのだ? 他の階層とは随分と気配が違うが」

 

「……研究施設だよ。俺も何度か連れてこられて解剖(バラ)されたから分かる」

 

「なに!?」

 

「成程。実験体を他の施設に一々運ぶのは面倒だし、リスクも高まる。だったらモルモットを捕まえておく檻と実験場を一緒にしてしまえばいいというわけか」

 

 神父である言峰璃生は驚いているようだったが、冥馬の方は即座に合点がいった様子だった。このあたりは聖職者である神父と魔術師の違いだろう。

 この胸糞の悪くなる話に璃生は聖職者らしからぬ憤怒の形相を浮かべてる。冥馬の方は素知らぬ風だったが、よく見ると目が据わっていた。この二人はもっと信用してもいい連中なのかもしれない。

 

「それで閖夜。ここにどんな用事があるんだ?」

 

「実験中に研究者共が話しているのを聞いたんだが……ここには囚人の私物も一緒に管理しているらしい。つまり……」

 

 探知魔術で目星をつけた保管庫に蹴りを入れて破壊する。そこには思った通り閖夜の私物が保管されていた。ご丁寧な事に軍服や愛着していた派手な柄の着物は綺麗に折りたたまれている。他にも愛用していた煙管や愛刀も保管されていた。どうやら自分が捕まった時に身に着けていた者は一通り保管されているらしい。

 もう帝国陸軍のために働いてやるつもりはないので軍服の方は魔術で焼却処分してそれ以外のものだけを引っ張り出す。

 

「ほう、虎徹かね」

 

「分かるのか? 神父は刀なんて武器とは無縁そうなんだが。坊主はともかく」

 

「これでも聖堂教会の所属なのだ。一応武術に縁はあると自認している。修めているのはこの国の武ではないがね」

 

 がっちりとした体格に巌の筋肉。それが璃生の言葉が嘘ではないと証明していた。

 体格だけでは判断は出来ないが、魔術回路を有していないのに聖堂教会に属しているということは相当の使い手なのだろう。

 

「英霊まで関わっている物に出張るくらいだ。相応の人材ってことか」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

「好きにしろ。……ところでそっちの赤いの」

 

「ぎくっ」

 

「そこで何してやがる?」

 

 閖夜の視線の先には金庫を破壊して中の現金を懐に仕舞い込んでいる冥馬の姿があった。

 

「ははははははは。善良なる国民として横流しされた血税の回収作業をしてたのさ」

 

「……要するに火事場泥棒だろうが」

 

 目を半月にして睨みつける。

 ここの資金に裏金が使われているのは確かだが、血税回収云々はどう考えてもただの言い訳だろう。

 

「冥馬。相手が非合法な施設だろうと盗みは関心せんぞ」

 

「言うなよ璃生。宝石魔術はただでさえ金がかかるんだ。こういう臨時収入のチャンスは無視できないんだ、分かってくれよ。どうせ捨て置いても燃えるだけなんだし」

 

「……燃える?」

 

「ああ、ほら」

 

 冥馬が指をパチンと鳴らすと、炎が研究施設内で一気に燃え上がった。

 階層一つを焼きつくすほどの火炎。通常これだけの炎を発生させる魔術を使うなら、それなりの詠唱を唱える必要がある。だというのに冥馬は指を鳴らすという一工程(シングルアクション)だけで炎を発生させたのだ。

 

「こういう外道な魔術師の研究施設は、金目のものだけかっぱらってから焼き討ちするに限る。おっと確認するのを忘れていた。閖夜、忘れ物はもうないか?」

 

 閖夜の脳裏を過ったのは、皆殺しにされた自分以外の囚人達。

 帝国陸軍がこの地下監獄へ乗り込んでくれば、彼等の死体は国益という大義の名のもとに弄繰り回されることになるだろう。

 

「――――忘れ物はない……ない、が。どうせ焼き払うなら残さず全部やれ。この地下監獄ごと」

 

「そうだな。中途半端はよくない」

 

 冥馬は小さく呪文を唱えると、炎の勢いが目に見えて増してきた。

 

「これで後は勝手に空気中の魔力(マナ)を喰って燃え広がる。帝国陸軍の連中が来る頃にはたぶん最下層までいくだろう」

 

「……ああ、そうか」

 

 これでこの地下監獄でやり残した事は終わった。

 やることが終わったならば、此処を出なければ。外に何が待っているのかはまだ良く分からないが。それが生き残った人間の務めだろう。

 

 

 

 地下監獄を脱出した閖夜達がやって来たのは、今は使われていない工場だった。

 屋根があるので雨を凌げて、ついでに人気もないので内緒の話をするにはもってこいの場所といえるだろう。

 冥馬は念には念を入れて人避けの簡易結界を張ってから、この帝都で起きている一連の出来事について説明を始めた。

 聖杯、サーヴァント、始まりの御三家、令呪。冥馬が全てを話し終える頃には、既に監獄脱出より一時間が経過していた。

 

「――――とまぁ。ここまでが聖杯戦争の大まかな概要だ。なにか質問はあるか?」

 

 長々と説明を終えた冥馬は喉を休めるようにふぅっ、と息を吐いた。

 冥馬のサーヴァントであるキャスターの姿は見えない。冥馬によればサーヴァントは普段は霊体化して、魔力の消費を抑えるそうなので、きっと姿を消して冥馬の近くに控えているのだろう。その証拠によく観察すれば、冥馬の背後に霊体の気配を感じることができた。

 

「まぁ大体は分かった」

 

 七人の魔術師が七人の英霊をサーヴァントとして呼び出し、たった一組になるまで殺し合う聖杯争奪戦。生き残ったマスターは万能の願望器、聖杯を使ってどんな願いでも叶えることが出来るという。

 閖夜はチラリと冥馬の隣で黙って佇んでいた神父に視線を向ける。

 

「そっちの神父様は一体全体どういう立ち位置にいる? ただの一般人ってわけじゃねえだろうし、聖杯戦争のマスター(魔術師)っていうにしちゃ魔力がない。サーヴァントも連れてねえようだしな」

 

「ああ。璃正は――――」

 

「監督役だよ」

 

 質問に冥馬が応えるよりも早く、神父が口を開いた。

 

「監督役……そういえばさっきそんなことを言ってたな」

 

「聖杯戦争の公平な運営のために、聖堂教会から派遣された中立の監督官だ。他にも一般人への神秘の秘匿、敗退したマスターの保護などを担当する。

 ああ。どうせ聞かれるだろうから、先に答えておこう。中立の立場でありながらマスターである遠坂冥馬氏と行動を共にしているのは、聖杯戦争開始して直ぐに肝心の『聖杯の器』が行方不明になるというイレギュラーが発生した故のことだ。

 事実として現在聖杯戦争は監督役権限において停戦状態にある。決して私が監督役の分を超えて、遠坂に肩入れしているわけではない。分かって頂けましたかな、ジャンヌ・ダルクよ」

 

 説明というよりは、まるで申し開きでもするかのような神妙な口調。だが璃正の説明を受けたジャンヌは、さして興味がなさそうに「あっ、そ」と応えるだけだった。

 そんなジャンヌに璃正はなんとも渋い表情を浮かべる。なんの宗教も特に信仰していない閖夜にとってはどうでもいいことだが、神父である璃正にとって彼のジャンヌがこんな黒く染まっているのは饒舌に尽くし難いことなのだろう。

 

「監督役についてはいい。それより聖杯戦争に呼び出されるサーヴァントは合計七騎って言ったな」

 

「言ったとも」

 

「ならこいつは一体全体どういうことだ? 八人目が呼ばれてるじゃねぇか」

 

 閖夜が指差したのは無論ジャンヌのことだ。

 ジャンヌのクラスはルーラー。冥馬の語ったセイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーのどれにも該当しない。

 人造英霊の連中はどうも聖杯戦争とは別枠らしいので一先ず置いておくにしても、ジャンヌがどういうサーヴァントなのか知らなければ話を進めることは出来ない。

 

「ルーラーは通常のサーヴァントと違って少々……いや、かなり特殊でね」

 

「特殊?」

 

「基本七クラスとはいうが固定なのはセイバー、ランサー、アーチャーの三騎士だけでね。呼び出される英霊によっては、どれにも該当しないイレギュラー……エクストラクラスというものもある。遠坂(うち)にある古文書によると盾の騎士(シールダー)銃使い(ガンナー)門番(ゲートキーパー)敗北者(ルーザー)爆弾兵(ボマー)とか色々あるんだが」

 

「……ルーラーはそれともちょっと違うって?」

 

「ああ。参加者であるマスターないしサーヴァントが聖杯で叶える願いが世界を滅ぼすようなものだった場合、もしくは聖杯戦争そのものが通常のものから大きく外れ、人を超えた力をもつ審判が必要になった時。〝抑止力〟を利用して大聖杯そのものが呼び出す中立の裁定者。それがルーラーのサーヴァントだ。

 あくまで戦いの参加者ではなく、戦いの調停者という役割から、ルーラーに選ばれるサーヴァントは聖杯へ託す願いを持たない者ばかりだし、他のサーヴァントにはない数々の特権を持っている

 例えばサーヴァントを見ただけで正体を知ることが出来るスキル、真名看破。参加者であるサーヴァントを律するための一騎につき二画分の令呪。そしてルーラーが他のサーヴァントと決定的に異なるのが――――――ルーラーはマスターを持たないということだ」

 

「おい、なんだそれは。明らかに矛盾していやがるぞ」

 

 真名看破に令呪。どれも中立の裁定者の名に違わぬ凄まじい特権だ。ルーラーが召喚される条件についても、ナチスなんて明らかに危ない連中が出てきているのだし違和感はない。

 だがルーラーのサーヴァントはマスターを持たないというのはどういうことなのか。

 閖夜は意図したものではなかったとはいえ、自分の魔力を聖杯に吸われ、ルーラーを召喚してマスターとなった。胸に刻まれた逆十字の刻印(令呪)がその証明である。

 神代閖夜というマスターの存在が、ルーラーのサーヴァントの成立条件を完全に矛盾させてしまっていた。

 

「それについては、実は俺も分からん」

 

「おいおい。お前の話によれば、遠坂家っていうのは始まりの御三家の一つで聖杯戦争の主催者なんじゃねえのか?」

 

「仕方ないじゃないの。分からないものは分からないんだから。寧ろ俺が教えてほしいくらいだ」

 

 冥馬は憂鬱な面持ちで嘆息する。どうやら分かっていてしらばっくれている訳ではなく、本当に分かっていないらしい。

 

「ルーラーは遠坂主導で作り上げたシステムだが、構築式の繊細さから大聖杯の深部に封じられていてね。原因を探ろうにも大聖杯は遠い冬木。仮に目の前に聖杯があったとしても、調査が終わるのには最低で一カ月はかかる。だがまぁ俺も遠坂の当主だ。原因を探ることは出来ないが、仮説くらいはたてられる」

 

「仮説……」

 

「第一にはアインツベルンや間桐が大聖杯に干渉した可能性。中立の審判であるルーラーを、もし自分の手駒として呼び出せれば強力無比な戦力になるからな。間桐やアインツベルンがそれに目を付けた可能性はゼロじゃない。

 だがさっきも言ったが、ルーラーのシステムは大聖杯の構築式の中でも飛びぬけてデリケートなものだ。下手に干渉しても首尾よくルーラーを呼び出せるとは限らないし、失敗する可能性の方が高い。事実、今回の聖杯戦争でもアインツベルンと間桐はルーラーを召喚していないしな。ただ干渉を試みたことで、システムにバグが生じた可能性はある」

 

 有り得ない話ではない。冥馬の語るルーラーの特権の凄まじさは、聖杯戦争については素人の閖夜にも分かる。スポーツでいうなら審判を買収して味方につけるようなものだ。

 聖杯戦争は失敗続きで今回で三度目という話だし、主催者側の御三家が勝利を急ぐ余りルール違反に出たとしてもおかしくはないだろう。

 

「第二には単純に召喚された場所の影響だ。通常、聖杯戦争は冬木市で行われるものだが、どういうわけか今回に限っては帝都を中心に戦いが起きている。

 正常に召喚されたルーラーは大聖杯と冬木の土地そのものを〝マスター(依代)〟にして現世に繋がれる。だが大聖杯のない帝都で召喚されるためには、大聖杯でも土地でもない依代が必要になって――――」

 

「運悪く俺に白羽の矢が立ったって?」

 

「その通り。ま、とはいってもアインツベルンや間桐が大聖杯に干渉した証拠はないし、依代の件だって単なる俺の想像だ。どれも仮説の域を出ない。ミステリーだったら犯人に『証拠を出せ!』と反論されたらお手上げだな」

 

「どうでもいいさ。仮説だろうとなんだろうと」

 

 魔術師ではない閖夜にとって聖杯の構造には大した興味はない。聖杯と聖杯戦争についての情報。自分が今現在置かれた状況について分かれば、それで十分だ。

 いや、それともう一つ。肝心な事があった。閖夜がそれについて訊こうとすると、それに先んじてルーラーの冷たい声が発せられる。

 

「聖杯戦争の〝せ〟の字も知らない童貞マスターちゃんについての授業はもういいでしょう。そんなことより私が聞きたいのは、あの人造英霊っていう鉄人形。あれはなに?」

 

「誰が童貞だ、真っ黒女。大体お前なんて超歴史級の処女(バージン)じゃねえか」

 

「話の腰を折らないで頂けますか、マスター。邪魔ですから」

 

「おい。サーヴァントってやつは皆こうなのか? 絶対にマスター(主君)に対しての言動じゃねえだろ、これ」

 

「ああ。俺の所も大体似たようなものだよ」

 

 冥馬は心の底から同情を露わに、仲間を見るような目で頷いた。冥馬のサーヴァントであるキャスターは一度ちらりと見ただけで、閖夜は話した事はないのだが、この様子だと冥馬もかなり自分のサーヴァントに苦労しているらしい。

 変なところで閖夜と冥馬の間に妙な連帯感が生まれた。

 

「…………話を戻そうか。人造英霊についてだな」

 

 自分の配下を皆殺しにした仇、スペルビアに関わることだ。自然とカムクラの目が細まり、危険な色を宿す。

 冥馬もその空気を察してか慎重に言葉を選びながら語っていった。

 

「奴等に関しては完全に聖杯戦争の外にあるイレギュラーだ。俺が掴んでいるのは、人造英霊(エインヘリヤル)がナチスの秘密結社の命令で動いているらしいことと、奴等が七つの大罪を暗示するクラス名で呼び合っていることと、肝心要の『聖杯の器』が連中の手の内にあるっていうことくらいだよ。連中の目的も、人造英霊なんて反則を成立させているトリックについてもさっぱりだ」

 

「聖杯の器っていうとあれか? 脱落したサーヴァントの魂を回収して、大聖杯を起動させるのに必要になるっていう」

 

「そう。あれがなければ聖杯戦争は成立しないほどの重要な代物じゃないの。アレがナチスの手にある限り、俺達が聖杯戦争を戦ったところで意味なんてない。なにせ優勝賞品が奪われているんだからな」

 

 監督役とマスターの一人が行動を共にするなんていう珍事が生まれる訳である。

 聖杯戦争なんて命懸けの殺し合いに参戦するのは、マスターにしろサーヴァントにしろ聖杯が欲しいからだ。なんのメリットもないのに命懸けの戦いに参加するような酔狂な人間はそうはいない。

 謂わば参加者達にとってナチスは、戦いが決着するよりも早くに優勝賞品を掠め取っていった許し難い怨敵というわけだ。

 

「で、ここからは提案なんだが――――手を組まないか?」

 

「……ルーラーのマスターなんだから、御三家のテメエに従えってか?」

 

「そういうことじゃない。遠坂家としては今度の聖杯戦争は、ナチスの征伐を最優先に、悲願の成就については見送るスタンスでね。

 要するにキャスターは兎も角、俺の方については聖杯を使って叶える願いはない。だから俺が勝てば、俺が叶える分の願いについてはそっちに譲る。だからそっちもナチスの連中を聖杯戦争から叩きだして、聖杯の器を奪還するのに協力して欲しい。

 人造英霊が七つの大罪に対応するようになっているなら、連中の戦力は途方もないものだ。情けない話、俺とキャスターだけじゃ厳しい」

 

 一大宗教において人を死に至らしめるとされる七つの罪。

 暴食(グーラ)強欲(アウァーリティア)怠惰(アケーディア)色欲(ルクスリア)傲慢(スペルビア)嫉妬(インウィディア)憤怒(イーラ)

 このことから見えてくる人造英霊の総数は七騎。ナチスが通常のサーヴァントをも使役していた場合、そこへ更に一騎が加わり合計八騎。単独で相手するには厳し過ぎる戦力だ。

 

「だがルーラーのサーヴァントが味方になってくれれば勝ち目も見えてくる。ルーラーの手綱を握っているマスターの方も、悪い人間じゃなさそうだし」

 

「いいや、悪い奴だぜ。俺は。なにせ反逆罪喰らってあそこにぶち込まれていたんだからな」

 

 反逆罪というのは国家において最大の悪逆である。勝てば官軍の反逆者も、負けてしまったなら薄汚い咎人に過ぎない。自分の脱獄と生存を帝国陸軍が知れば、威信にかけて捕まえようとするだろう。

 嘗ての閖夜には頼れる子分もいたが、あの反逆(たたかい)で失敗して全て離散してしまった。神代閖夜の味方はこの国において一人もいない。そんな閖夜にとって冥馬の提案は癪だが美味い話ではあった。

 

「ジャンヌ、テメエは」

 

「お好きにどうぞ。聖杯戦争がどうなろうと私はさして興味もありませんから。煮るなり焼くなり手を組むなり、マスターのやりたいようにしたら?」

 

 これのどこが中立の審判なのだろうか。喉元まで出かかった言葉を呑み込み、閖夜は考える。

 冥馬の手をとり共闘するか、もしくは手を振り払い自分だけを頼りに道を切り開くか。

 暫く悩んだ末、閖夜は。

 

「一つ、聞かせろ。聖杯は…………死んだ人間を、蘇らせることが、出来るのか?」

 

 死者蘇生。人類が夢に見て、未だ辿り着けぬ真の奇跡。

 科学では足りない。魔術でも届かない。奇跡の体現者たる魔法使いにしか叶わぬ、究極の禁忌。

 万能の願望器たる聖杯であれば、もしかすれば、きっと。

 

「できる」

 

 短く、けれど力強く冥馬は断言する。それで閖夜の心は決まった。

 

「いいぜ、参った、降参だ。手を組もうぜ」

 

 差しのべられた手を閖夜は掴んだ。果たしてそれは天使の手か、或いは悪魔の手か。

 神ならぬ人たる閖夜には分からないが、少なくともこれは自分の判断だ。ならばどうなろうと悔いはない。

 中立の監督官と審判者が見守る中。千早神座と遠坂冥馬の二名による同盟は、両者の合意のもと締結された。

 

 

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