Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第36話  チェスゲーム

 星々の輝きが溢れている。

 汚泥の汚れが溢れている。

 時代を感じさせる古めかしくも貴い本棚に並ぶのは、様々な言語で綴られた書物。学術書に辞典などの堅苦しいものもあれば、魔術書や呪いの書などの物騒なもの、果ては俗な雑誌やアメリカンコミックまで、文字通りこの世総ての書がそこに収まっている。

 空間に無造作に浮かぶ絵画や彫刻は、どれもが歴史に名を残した偉大なる芸術家達が遺した作品である。

 古今東西――――比喩ではなく、人類史が描き出した万象全ての情景がそこにはあった。

 全ての知、全ての能、全ての史。あらゆるものが交わる宵闇の宇宙。視界の交差点、万象の共有点。

 そこに一人の男が佇んでいた。

 底なしの海底のように深く紅い目。宵闇にあって雪原のように澄んだ白髪。

 蒼金の王、総てを知る者、最高位の魔術師の一人、遠見持ち。

 彼を現す異名は幾らでもある。それこそ人類史の歴史に比例するほどに。

 だが盤上の時代である1930年代に合わせるのであれば、こう呼ぶべきだろう。結社の長ジュリアス・カイザー上級大将、と。

 ここには彼が傅く国も総統の目も届かぬというのに、律儀に軍衣を纏い続けるは敬意の現れか。ジュリアスは自らの知識を投影した宇宙で、一人ゆったりとソファに腰かけ盤上を俯瞰する。

 チェス盤にも似た盤上に並べられているのは黒と白に色分けされた駒の数々。うちジュリアスの前にあるのが黒の駒で、向かい側に並んでいるのが白の駒だ。

 聖杯に集いし八人の魔術師と八人のサーヴァント。

 髑髏(ナチス)に集いしマスターとサーヴァント。

 うちダーニックとランサーを現す駒は黒く塗り替えられ、逆にルクスリア(桂小五郎)をあらわす駒は薄い灰色に塗り替えられている。

 

「原初の鍛冶師は髑髏に降り、色欲は自らの刀を次代へ託す。戦いは、ここに流転する。かくして使徒に導かれ、黒き裁定者は復活した。

 獅子身中の虫は怠惰の罪過によって討ち滅ぼされ、それによって髑髏の魔人達は今再び王の下に集結する。果たして黒き魔女の御旗に聖杯の寄る辺に従い招かれた英霊達は集うのか」

 

 第三次聖杯戦争で発生する全てのイレギュラーの黒幕であり、この戦いの唯一人のプレイヤーたる男は、自分の思い通りに動かした棋譜を、さも観客のように評する。

 

「神代閖夜とジャンヌ・ダルク。遠坂冥馬とキャスター。いやはや我ながら中々に良い組み合わせを選んだ。自画自賛は好きではないのだなぁ。

 神代閖夜には不可能を可能にする行動力はあっても、可能を効率よく熟すことはできない。遠坂冥馬には可能なことであれば極小単位の確率であろうと実行する才覚はあれど、不可能の壁を打ち破る力がない。故この二人が共にあれば、大抵の困難には対処できよう」

 

 そうでなくては困る。万能にして最強な味方を取り揃え、特に追い詰められることもなく、ただひたすら敵を蹂躙するだけの戦いなど白けるにも程があろう。勝利の美酒と敗北の辛酸の天秤は釣り合わなければならない。戦いの華は英雄の流血と涙を吸って育つのだから。

 

「おやおや。見物しておられるのは知っていましたが、よもや態々足を運んでくださるとは。これは嬉しい来客だ。貴方ほどの御仁に来て頂けるとは恐悦至極」

 

 ジュリアスはゆっくりと西の虚空へ視線を送る。

 すると何もなかった空間に、さも最初からそこにあったかのような自然さで、黄金と紅によって装飾された煌びやかな扉が出現する。

 扉が開き、現れたのは黄金の男(エル・ドラード)

 肉体の比率が、魂の輝きが、世界を覆うほどの王気が――――その全てが完全なる黄金律で構成された王。

 無量大数の英霊が渦巻く英霊の座において、揺ぎ無き頂点に君臨する至高なる英雄。

 即ち英雄王ギルガメッシュ。

 

「久しいな。●●――――いや、止しておくとしよう。このような序盤も序盤で貴様の名を言うなど無粋。如何に此処が舞台裏であろうと、有象無象の観客(雑種)の中にも耳敏い者もおろう。

 当代においてはジュリアス・カイザーと名乗っておったな。であれば我もそう呼ぶとしよう。良いな、ジュリアス」

 

「気を使って頂き重ね重ね申し訳ない」

 

「なに。我も折角の愉しみ(聖杯戦争)が三流茶番劇に堕するのはつまらぬのでな」

 

 そう言ってギルガメッシュは黄金の玉座を空間に投影すると、白と黒の両方の駒を等しく見下ろす位置に腰を降ろした。

 自らはプレイヤーではなく、あくまでこのゲームの傍観者である。ギルガメッシュは暗にそう告げているのだろう。

 

「しかし遠見持ちの中で特に退屈で無個性なお前が、我が降りた60年前にこのようなことをしておるとはな。この我が驚くなどと、久方ぶりの経験をした」

 

「貴方の黄金に勝るとも劣らぬ、理想を束ねし尊い輝きを目にして以来、ですか」

 

「そうかもしれぬ。一つ忠告しておくが、やらぬぞ。あれは王である我のものだ」

 

「御身の宝に手を出すほど我輩は命知らずではありませぬよ」

 

 騎士王もまたジュリアスが敬意を表するに値する、真なる英雄の一人である。だが英雄王の騎士王への執着は、別のゲーム(運命の夜)にて決着すべき事柄。ジュリアスの手を出すべきことではない。

 そもそも他人の色恋沙汰に割って入るほど無粋な者はないだろう。

 

「どこぞの時空で魔術王の奴めもつまらぬ事をしておるようだが、貴様も貴様で度し難い酔狂者よ。黙示録、千年王国に新天新地とはな。

 星と神に抗った英雄は五万といるが、お前ほど本格的に星へ挑む男は珍種よ。ま、好きにするがいい。我が確固たる肉体をもち根を下ろしたのは、貴様のいる地点より六十年先の世だ。そこで何をしようと我は関知せぬ。ただ貴様の成した結果だけを採集するのみよ」

 

「それは上々。ところで英雄王殿。御身はこの流れをどう思われるのか。後学の為に是非とも教えて頂きたい」

 

「人の身に余る星を追い求める愚者に、地に足をつけた賢者を導き手として宛がう。使い古された手法よな。目新しさはない」

 

 アーサー王にマーリンという助言者がいたように、劉玄徳に諸葛孔明がいたように。こんな展開は神話や伝説には幾らでもある。

 あらゆる神話や伝説の原型となった、最古の叙事詩の最初の主人公はそう辛い評価を下した。だがジュリアスは涼しい顔でそれを受け入れる。

 元よりジュリアスは脚本家ではない。強いて言うならば元役者であり、役者を止めてからは観客であり続けた。

 此処より別たれる無数の未来において呼ばれる童話作家(アンデルセン)劇作家(シェイクスピア)小説家(大デュマ)ならばさぞや素晴らしいシナリオを描いてくれたかもしれないが、生憎とジュリアスには彼等と同じような世界観を描けない。

 だからジュリアスに出来るのは、計算尽くされた図面のように無駄のない図面(戦争)だけだ。

 

「ただ神の奴隷(ジャンヌ・ダルク)の有様はどういうわけだ? 火に炙られ死ぬその瞬間まで、神の言葉などという呪いを抱き続けた真正の阿呆(聖女)が、つまらぬ魔女に堕落しておるではないか。

 穢れなき乙女の花を散らせ、凌辱の限りを尽くした後に流すであろう涙はさぞ甘かったろうに。ああも穢れていては愉しみようもない」

 

 穢れなき乙女を穢すのが愉しいのであって、穢れた女を穢しても愉しくはない。

 なんども酷い暴君の理屈ではあるが、これもまた一つの欲望の形。人間の欲望を肯定し、神の頸木を破壊した英雄王らしい諧謔だ。

 

「致し方ありませんでしょう。これも全てはアインツベルンの犯した禁忌の代償。掟を破れば罰せられるのは紀元前より変わらぬ人の法。そして必ずしも掟を破った当人が罰せられるとは限らぬのも世の常というものでしょう。

 この世全ての悪であれ――――そう願った人々の想いは、しかと数千年の時を越えジャンヌ・ダルクという少女を犯した。これにて数百年の時を経て聖女はコーション司教と聴衆の望んだ通りの反転を遂げたのです。紅蓮の憤怒を持つ異端の魔女の完成だ」

 

「俗念に染まったか。他愛ないものよ」

 

「手厳しいことを仰る。あれに汚染されて黒くならぬ魂など、貴方以外にはおりますまい。それに我輩は彼女の変化を寧ろ歓迎しておりますよ。……これはこれで愉しみだ」

 

「ほう」

 

「聖女だった彼女は己の運命を受け入れ、抑止の奴隷としての生を終えた。しかし魔女と化した彼女はどうするのか。己の運命を受け入れるのか、それとも抗うのか。実に興味深い」

 

「抗ったとしても抗いきれぬさ。英雄であればまだしも、英霊とは既に完成し固定した存在だ。完結している、とも言い換えられよう。生前に出来なかったことを、死者である英霊が出来る道理などない。最果ての海を目指しながら志半ばで死した男は、例え蘇ったとしても決してそこ辿り着くことは叶わぬ。例外があるとすれば、サーヴァントでありながら英霊となっていないイレギュラーの類であろうな」

 

「然り。彼女が聖女であれば確かにその通り。あれは世界を救えても自分は救えぬ類のの人でなしだ。そういう意味で彼女が俗人と懸け離れた異端であるというのはまっこと正しい。けれど魔女として新誕した彼女であれば、或は――――」

 

「成程。確かに生前で完成しきっていないのであれば、確率はあるかもしれぬな。しかも此度はマスターがマスターだ。それでも極小の確率ではあるが、意外な展開を期待するのも観賞の醍醐味。そもこのゲームの主催者は貴様で、貴様が唯一のプレイヤー。我はプレイヤーでも役者()でもなく、観客として傍観しているに過ぎぬ。盤上に上がるつもりも干渉する必要もない故、好きに振る舞え。野次くらいは飛ばすやもしれんが許せよ」

 

 英雄王ギルガメッシュは駒ではなく、例えるならば地震や雷のような天災だ。盤上に乗り込めば、ジュリアスの描いた図面など容易く吹き飛んでしまう。

 彼からはっきり不参加の言質をとれただけで、ジュリアスにとってはありがたいことだった。

 

「――――それはおかしい。対局とは自分と対戦相手がいて初めて成り立つもの。一人だけの対局は対局ではなく一人遊びと言い表すべきだろう」

 

 花が、舞う。

 虚空に現れた花の門より現れたのは、質素でありながら最上級の繊維で編まれたローブを纏った男。

 陽射しを透かす虹色の長髪。気負いなく遠方を見据える目と姿勢。

 二人の超越者の視線をさらりと流しながら、漂泊の賢者は花の海を歩いてくる。

 予想外の人物の登場にジュリアスは勿論ギルガメッシュまでもが目を丸くする。

 花の魔術師マーリン・アンブロジウスは飄々とした仕草で、虚空に石の台座を投影する。

 

「君が指さないなら、私が指そう。それで条件成立だ」

 

 マーリンが腰を降ろしたのは、ジュリアスの向かい側。

 それはつまり自分がジュリアス・カイザーの対戦相手を務めるという意思表示だった。

 

「おやおや」

 

「噂をすれば影だな。座に上がることもなく妖精郷(アヴァロン)の塔に幽閉されている引きこもりが、このような場所に顔を出すとはどういう風の吹き回しだ? 明日は世界が滅ぶやもしれんな」

 

「なに。単なる利害の不一致さ。運命というやつは往々にして気紛れで碌でもないものだが、中には変えたくない運命というのも、ある。

 それでゲームマスターである君はこの私の参加を認めてくれるのかな?」

 

「空白の席に座るなと言うほど我輩は狭量ではないつもりだ。しかしお前の動かせる駒はさして多くはない。これでは我輩のワンサイドゲームとなってしまうが、宜しいのか?」

 

 マーリンは永遠の幽閉を受けている身だ。ジュリアスのように盤上へ直接ないし間接的に介入することは不可能に近い。強いて動かせる駒があるとすれば、それは自身の縁のあるキャスターだけだろう。それだって自由に動かせる訳ではなく、自身の意思を駒に反映できるチャンスは極めて少ない。

 分が悪いどころの話ではなかった。ジュリアスがその気になれば、簡単に詰むような絶望的な形勢である。

 されどマーリンこそは魔術師の頂点に立つ者の一人だ。その程度の不利で無力化されるなら、マーリンは人類史魔術史双方に名を残していない。

 

「私は駒を動かさないよ」

 

「というと?」

 

「ジュリアス。君の描いた図面は完璧だ。一切の無駄なく、君の望む終着に終結するよう仕上がっている。しかし些か以上に無駄がなさ過ぎる。完璧なるものこそ、ただ一つの綻びで台無しになるもの。さしずめ名画が傷一つで価値を大きく落とすように。私は、その綻びを待たせて貰う。私が動くのはそれからだ」

 

「宜しい。ではゲームを始めよう」

 

 盤面を作り上げたのはジュリアス・カイザー、対峙するはマーリン・アンブロジウス。傍観するは英雄王ギルガメッシュ。

 生まれながらに最高位の『世界を見通す眼』を持ち者達の、人間()を使っての優雅(悪趣味)なチェスゲーム。

 次に動くのは、果たして。

 

 

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