Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
同盟を結んだ閖夜が先ず優先させたのは拠点の確保だった。
聖杯戦争が一都市で行われるものだというのならば、これまでの流れを鑑みるに帝都が戦いの舞台となる可能性が高いだろう。となるとやはり必要なのは、休息や活動の中心にするための拠点だ。
しかしながら脱獄囚である閖夜に帝都での活動拠点などありはしない。クーデター前は幾つかアジトを用意していたが、それらは全て帝国陸軍が抑えてしまっているだろう。
人格と能力は必ずしも比例しない。帝国陸軍暗部の魔術部門における上層部は腐った連中ばかりだが、彼等は決して無能ではないのだ。
いっそ隠匿性重視で適当な家に暗示を使って転がり込むとも提案してみたが、それは冥馬の『キャスターの陣地作成スキルを活かすために、そこそこの霊地を拠点としたい』という意見によって却下となった。
基本七クラスにおいて唯一『陣地作成』という拠点構築及び防衛に秀でたスキルを保有するキャスター。ただでさえキャスターは純粋な戦闘能力においては最弱と揶揄されているのだ。挽回のためにも長所は最大限発揮するだろう。
難航すると思われた拠点探し。だがそれは璃正の鶴の一声によってあっさり終わりを告げた。
「陣地に適した場所なら、冬木に来る以前に目星はつけてある。心配は要らん」
帝都の一級品の霊地は政府やその関係者が抑えているものが殆どだが、中には例外もある。明治以降に欧化が進むと基督教にも一部の霊地が分け与えられ、聖堂教会はそこに教会を建造した。
日本国内において国粋主義が強化されたことに伴い今は無人となってはいるものの、政治的な問題もあってまだ帝国陸軍による接収を免れている。聖杯戦争の拠点とするにはうってつけといえるだろう。これが本当の神の采配というやつだ。
歩いて数十分。
帝都において一等地とすら呼べる場所に、それはあった。
土地が一級品ならば、そこに建てられた建造物が一級品になるのが道理というもの。
右を見渡しても左を見渡しても地面がしっかり人の手で舗装されており、その中心には荘厳と聳え立つ教会は言い知れぬ神聖な迫力をもっていた。
偽物とはいえ『聖杯』を巡る争いを監督するための冬木教会にも、決して勝るとも劣らぬ規模のそれである。悪名高い聖堂教会管理下にある教会だけあって、手を加えるまでもなく外敵への護りも備わっていた。
こんな施設を放置する帝国陸軍を笑いはしない。聖堂教会はこの惑星で最も信仰を集めた宗教の裏部門。異端狩りの最右翼だ。日本中の退魔組織を結集させたところで、聖堂教会の規模の足元にも及びはすまい。気に入らないから排除すれば済むような相手ではないのだ。
「ここがお前の言っていた陣地か。中に入ったら武装した代行者がいるなんてオチはねえだろうな」
ナチスの戦力に対抗するため冥馬や璃正と手を組んだ閖夜だが、二人のことを決して信用している訳ではなかった。そもそも冥馬とも璃正とも今日出会ったばかりだというのに信用も糞もないだろう。
冥馬の側だって口では閖夜のことを信用できる人間、などと耳障りの良い言葉を並べているが、内心でなにを考えているかは分からない。最悪の場合はナチスを倒せば、用済みとばかりに背中に剣を突き刺してくる可能性もある。それは冥馬の方も同じで、閖夜が裏切ることは勿論、寝返ってナチスに組することくらいは想定しているはずだ。
閖夜にせよ冥馬にせよ、本来ならばこんな碌に知らない相手に命を預けるなんてしたくはない。だが今は非常時だ。人造英霊という戦力を揃えたナチスと戦うには、今は一騎でも多くのサーヴァントがいる。だからこそ閖夜も冥馬も、懐に忍ばせた得物が銃なのかナイフなのかもわからない相手と肩を並べて歩いているのだ。
「そんなことはせんよ。主に誓って嘘は言っておらんとも。まぁ聖堂教会の息がかかった教会ではあるがな」
「そうそう。代行者もサーヴァントを使役するマスターに襲ってくるほど馬鹿じゃあない。先回りしたナチの連中がスタンバイしている可能性はあるかもしれないなぁ」
閖夜の厭らしい冗談を璃正が否定し、冥馬が冗談めかして警戒を促す。
冥馬に言われたからというわけではないが、念のために教会内部の魔力を感知する。だが感じる気配はゼロ。少なくともこの教会に魔力を持つ人間やサーヴァントは存在しないようだ。
「うち程じゃないが、地下を流れる霊脈も中々。敷地を覆う塀がいい具合に
「『聖杯の器』の所在調査が長引きそうだったのでね。アインツベルンを襲ったマスターとサーヴァントが潜んでいる可能性を考慮し、事前に要塞化できそうな教会を用意させていたのだ」
「用意させていた……?」
「スタッフには感謝せねばならん。報告によると……とんでもなく埃っぽかったそうだ」
「その年でお前が監督役に選ばれた理由が分かったよ。――――キャスター」
名前を呼ばれると、冥馬の背後に鎧を纏う騎士が実体化する。
(これが冥馬のサーヴァント……キャスター、か)
蒼い鎧を装備した金髪の騎士。
前見た時はゴタゴタしていて碌に注意を払えなかったので改めて観察する。と、同時に閖夜の脳内にキャスターのパラメーターが流れ込んできた。
曰く、魔術師のサーヴァント。
三騎士含め実に四騎もが対魔力スキルを持つ聖杯戦争では、最弱のサーヴァントとして扱われているという。しかし正面戦闘における弱さだけでキャスターを役立たずと断じるなど愚の骨頂。キャスターの強味はなによりも現代の魔術師には及びもつかぬ魔術の腕にある。
現代ではとうに失われた奇跡や、神代の終わりと共に消滅した神秘の数々。それらをキャスターのサーヴァントは手足のように自在に扱うのだ。
対サーヴァント戦においては脆弱かもしれないが、陣地作成スキルによる拠点構築や使い魔を用いての情報収集など、戦略的には極めて優秀なサーヴァントといえるだろう。
もしかしたら冥馬も案外そういう点を見越して、敢えて三騎士ではなくキャスターを選んだのかもしれない。
「到着早々に思い出したように呼び出すな。俺はお前のサーヴァントになった覚えはあるが、お前の小姓になった覚えはないぞ。同盟を組むって大事にはなんの相談もしなかった癖して、図々しいにも程がある」
「頼みたいことがあるか、構わないな」
「おまけに分かり易い。どうせこの教会に『要塞』を築き上げろって言うんだろうよ。俺が出来る物作りなんざ聖剣のハリボテが精々だし、キャスターとしての利点もそれくらいだ」
「同盟のことを相談しなかったことはすまなかったよ。陳謝する……するから、要塞化は任せたぞ」
「命令するだけってのは楽でいいだろうな。座って待ってれば、下々が勝手に成果を仕上げてるんだからな。領主はそれを徴収するだけでいい。まぁそりゃ王様が命令するだけで回るような健常な国ならば、の話だがな。
癪だが今の俺はサーヴァントだ。聖杯も入用だし、従ってやる。工房はどれだけの物に仕上げればいい」
「24時間以内までに完成できる最大値で。特に
「それなら13時間と25分要る。言っておくがピタ一秒とて少なくはできんぞ」
「了解。じゃあ13時間と25分コースで任せる」
キャスターの陣地作成スキルのランクはB。神代の魔術師が作り上げる神殿クラスの要塞は難しいが、一流の魔術工房を作り上げることは可能だ。
道中に冥馬より聞いた話によれば、イーラの狙撃能力は相当に厄介である。それを防げる陣地を作ってくれるというのは素直に有難い。
(しかし幾ら同盟中だからって隣にサーヴァントを従えてるマスターがいるってのに、こうもあっさり自分のサーヴァントを遠くにやるとは。肝が据わっていやがるのか、こっちを舐めてやがるのか。後者なら俺としちゃ組み易いが、恐らくは前者だろうなぁ)
優れた人間には、往々にして優れた風格というものが付随する。後に英雄となる人物が、若い頃に只ならぬ雰囲気を持っていたなんて逸話はよく聞く話だろう。
正真正銘過去の〝英雄〟であるスペルビアは、口調こそ品のないものだったが、一方で確かな英雄の威風を持っていた。そしてその風格が、遠坂冥馬にも備わっている。
(古巣にいた戎次の野郎と同類……英雄候補ってわけかい)
願わくば遠坂冥馬と敵対する事がないように祈りたいものだ。
完成された英雄は能力も性格も定まっているが、候補の方は未完であるが故に未知数だ。
「さ。守りはキャスターに任せて、中に入ろうじゃないの」
閖夜の警戒心を知ってか知らずか、冥馬は朗らかに言った。
「へぇ。立派なのは外面だけじゃなったな」
誰もいない教会だというのに、掃除は隅々まで行き届いており埃一つとしてなかった。
奥にある十字架の荘厳さを目の当たりにしたら、無神論者や戎次のような阿呆だって神様を信じたくなるかもしれない。閖夜は十字架の前に座布団を置いて南無阿弥陀仏と唱える戎次を想像して、思わず吹き出しそうになった。
「部屋は幾らでもある。どこでも好きに使うといい。私は仕事があるので失礼する」
「仕事?」
「教会スタッフへの連絡と、本部機能の移設、そしてマスター達への通知だ」
「やはり他の連中を動かすか」
冥馬の言葉に、璃正は重々しく頷いた。
「七つの大罪を背負うのであれば、人造英霊の総数は七体。対してこちらはルーラーとキャスターの二体。この戦力比を覆すには、冬木に留まるマスター達を動かす他ない」
アインツベルンのアヴェンジャーは脱落したが、冬木市にはまだ四人のマスターが留まっている。彼等をもし全員味方にすることが出来れば、結社とも互角に戦えるだけの戦力となるだろう。
そして彼等マスター達に渡りをつける最良の方法が、中立の監督役である言峰璃正だ。
「頼んだぞ、璃正。冬木のマスター達が動かなかったら、俺達は負ける」
「確約はできんよ。私が君の信頼に返せるのは『最善を尽くす』という頼りない言葉だけだ」
そう言って璃正は教会の奥へ消えていく。ここは聖堂教会の施設だというし、奥に通信機の類でもあるのだろう。
この件に関して手伝えることは閖夜は勿論、冥馬にもない。図らずも対結社の最前線に立つ二人のマスターは、休息のために各々の部屋へ散っていった。