Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
ナチスの暗部に存在する『結社』が、人造英霊なる異端のサーヴァントを率い『聖杯』を強奪し、帝都にて暗躍している。
その情報は監督役である言峰璃生の名で、冬木において聖杯戦争の再開を待っていた全てのマスター達に伝えられた。
最優のセイバーを擁するエーデルフェルトの双子姉妹。
御三家の一角にして時計塔でも名を知られる蟲使い間桐狩麻。
伝えられたのはたった二組であったが、ライダーとアサシンのマスターは既に帝都にいるらしいという情報が分かったので問題はない。
ともかくこれで冬木にて眠っていた二頭の獅子は叩き起こされた。
「ふふふふ、あはははははははは、あーはははははははははははははははははっ!! やっぱり静重みたいな化石じゃなくて、新鮮で活きのあるプリプリした貴方じゃないと締まらないわねぇ。冥馬ァ!!」
「……ナチスに、人造英霊とな? ナチスが魔術協会相手に戦争をふっかけておるのは知っていたし、どさくさに巡れて大聖杯強奪くらいは目論んでおるとは思っておったが…………流石に、人造英霊などという出鱈目は見抜けなんだわ。
此度を見送ったのはやはり正解よ。このような未知数の戦いに賭け金など乗せられぬわ。じゃがナチスの目的も分からぬし、次の儀式を滞りなく行うためにも、細心の注意を払わねばのう。くれぐれも慎重に――――」
「アーチャー! 直ぐに帝都へ行くわよ。冥馬の命を! ナチスなんて連中に奪わせてなるものですか。冥馬が欲しがっていた勝利も聖杯も、全部この私が冥馬の目の前で根こそぎ手に入れてやるんだから」
「おお、その素早い決断は美しい! 薔薇のプリンスを名乗る僕だけど、今回は謹んでマスターに華を譲ろうじゃないか! 奪われた聖杯、敬虔なる神父の救いを求める声。それにいの一番に馳せ参じるは正に……正に主人公!!
さぁ行こう! 直ぐに征こう! 目指すは帝都、ジャポンの中心!! このジパングの誇る黄金の都が僕らを待っているのさ!!」
「――――やはり、呼び出させる英霊は、儂が選別するべきであったか」
報告を聞いた間桐の動きは、早かった。五百年を生きる妖怪である臓硯を唖然とさせ、戦争の天才と謳われたアーチャーすら驚くほどに迅速だった。
聖杯よりも遠坂冥馬に執着していた節のある間桐狩麻にとっては『冥馬が聖杯戦争に参加した』ということが一番の重大事で、ナチスや人造英霊はそれに比べれば微々たる情報に過ぎないのだろう。
結局は臓硯の慎重論を完全に無視する形で、狩麻は碌な準備もせぬまま帝都へ出立してしまった。
一方で間桐ほど聖杯戦争についての知識を持たず、良く言えば落ち着きをもって、悪く言えば慢心をもって参加していたエーデルフェルトの双子姉妹達は、教会の報告を受けても直ぐには動かなかった。
取り敢えずは監督役である言峰璃生と直接話し、帝都における住まいとして予めホテルのフロアを貸し切ってから――――漸く帝都へ出立した。
彼女達の行動は決して間違ったものではなかっただろう。
監督役の名前での通達だからといって盲信せず、事実確認をしっかりとって、尚且つ拠点を事前に用意してから行動に移す。帝都での滞在場所どころか事実を良く理解もせずに、殆ど身一つで向かった狩麻とは雲泥の差だ。
しかしながら戦争という生き物は、悪魔のように浮気性で女神のように見気紛れだ。間違っていないことが、必ずしも正解に繋がることはない。逆に明らかな間違った行動が、運命の巡り合わせで成功してしまうことすらある。
更に言えば姉妹は一つ大きな失策をした。拠点を事前に用意するのは良いが、財力に物を言わせてホテルのフロアを丸ごと貸し切るなどという派手な事をすべきではなかった。
既にダーニック・プレストーン・ユグドミレニアという情報戦のプロフェッショナルにより、帝都中には『結社』の情報ネットワークが構築されつつある。そのネットワークにエーデルフェルト姉妹の行動はあっさりと引っかかった。
だが伝わったのがダーニックだけなら、まだどうにかなっただろう。
ダーニックが得意とするのは口先を活かした政治、そして高度な情報網を駆使した遠大な戦略だ。現場指揮官や将としての戦術力は低くはないが特に高い訳でもない。
けれどナチスが呼び出した人造英霊の中にはいたのだ。疾きこと風の如し――――それを体現する戦術家が。
「エーデルフェルトの双子が帝都へ来るルートが分かった。私は動くぞ」
「どうぞどうぞ。オレは君の行動に制限を加えるつもりはないよ。好きに戦えばいい、
怠惰という罪科を背負いし英霊は、狼のように獰猛な瞳で戦術目標を定める。
聖杯戦争そのものには大して興味のないベルンフリートは、高い実力を持ちながら一流のマスター足り得ないが、アケーディアにとっては及第点の主人だった。
優れた戦術家であるアケーディアにとっては、なまじ積極性がありつつ自分主導で動こうとするマスターは、己の行動を阻害する足かせに過ぎない。優れた将たるアケーディアにとって、自分行動を制限せず好きにさせてくれるマスターこそが優秀の第一条件であった。
アケーディアの背後で人ならざる複数の何かが蠢く。人の形をしたそれはアケーディアが命令すると、其々がまるで意思もつ人間のようにきびきびと動き始めた。
ダーニックが入手した情報に誤りはなく、目星をつけていた列車にルネスティーネとリリアリンダのエーデルフェルト姉妹は乗車していた。
彼女達以外に乗客はいない。ホテルのワンフロアを貸し切ったのと同じく、この列車も貸し切ってしまったのだ。流石はフィンランドの名門貴族にして、魔術界でも屈指の富豪といえるだろう。節約家の冥馬あたりがエーデルフェルトの財力を目の当たりにすれば、悔しがるかもしれない。
ともあれ重要なのは情報通りの列車に乗った姉妹が、情報通りに列車に乗って、情報通りに鉄橋の手前まできたということだった。
「御三家っていうのも案外と不甲斐ないわね。ナチスのような品性の欠片もない連中に、聖杯を掠め取られるだなんて。冬木に私好みの館を用意したのに無駄になったわ」
「使いによれば、醜態を晒したのはアインツベルンとか。歴史はエーデルフェルト以上の錬金の大家というから期待と警戒をしていましたが、まったく無意味なことでしたわね」
「監督役と一緒にいるっていう遠坂家のマスターは、もう少し骨があるといいんだけどね。幾ら末席も末席とはいえ仮にも大師父を祖とする家なんだもの。無様を晒したら、エーデルフェルトの恥…………いいえ、下手すれば大師父の顔に泥を塗ることになるわ」
「それですけれど、リリアリンダ。なんでも監督役と行動を共にしている遠坂は、参加者だった静重ではなく、その息子の冥……くら……クラマンとかいう男らしいですわよ」
「はぁ!? なにそれ初耳よ。なら静重の方はどうしたのよ」
「帝都へ使いに出した私の従者によれば、ナチスに襲われて死んだらしいですわ」
「アインツベルンどころか遠坂まで戦いが本格化する前に死んだってわけ? 御三家なんて名乗ってる癖してだらしないわね。物が〝聖杯〟だから態々極東のド田舎まで足を運んだけど失敗だったかしら? こんなことならヴァン=フェムのカジノ船にでも乗ったほうがましだったかもしれないわね。
聖杯の出来栄えもあんまり期待できなさそうだわ。万能の願望器って宣伝してはいるけど、本当に願いが叶うのか怪しいものよ」
「それはリリアらしからぬ物言いですわね。聖杯の出来栄え、だなんて関係ありませんわ。私が求めるのは、戦いを制したという証のみ。そこに戦うからこそ参戦し、当然の如く勝利を奪い去る。聖杯はその証として相応しい王冠ですわ。
だというのに下賤なナチスは、私が手にすべき王冠を横合いから盗んでいった。許せませんわね。スポーツマンシップの風上にも置けませんわ」
「連中がそんな高尚なものを持っているかどうかは別として、今回ばっかりは同意見よ。ハンターの狙った獲物に手をつけたらどうなるか。きっちり教えてあげるわ。授業料は連中の命で」
「安い対価ですわね」
リリアリンダとルネスティーネの二人は、自分達以外は誰もいない列車でアインツベルンを筆頭にした御三家を扱き下ろす。特に同じ宝石翁を祖と仰ぐ遠坂に対しては苛立ち混じりに。
まだ
そのツケを彼女達は支払うことになる。
二人を乗せた列車が鉄橋を渡り始めた、その時だった。
耳をつんざく爆発音が轟く。
「――――マスターっ!」
いの一番に危機を察知したのは、歴戦の英霊たるセイバー。セイバーが危機を察知すれば、別たれた同一人物である
セイバーはリリアリンダを、
二騎――――というよりセイバーの咄嗟の判断。これが姉妹の命を救った。
爆破により崩れ落ちた橋より落下するのは、ほんの十秒前には二人を乗せていた列車。二人以外に乗車していた運転手や添乗員は即死だろう。
「くっ……! 一体誰がこのような下種な真似を……!」
谷底へ落下した列車に視線を落としながら、ルネスティーネは肩をわなわなと震わせる。
彼女も馬鹿ではない。これが無差別テロなどではなく、自分達を狙っての事だというくらい分かっていた。そして運転手を始めとした添乗員が、自分達の巻き沿いとなって死んだことも。
彼女は魔術師であると同時に貴族。貴族とは下々の上に君臨し、下々を安寧に導くもの。ノブレスオブリージュなどという魔術師にとって己を着飾るファッションに等しいものを、彼女は信じていた。その彼女にとって巻き沿いを喰らって死んだ彼等は自分の領民ではないものの、見下ろし守り慈しむべき民だった。それを下手人は殺したのである。たかだか聖杯を得るなどというつまらない理由で。
「卑怯者! ルネスティーネ・エーデルフェルトは健在ですわよ! 私の命が惜しいのでしょう? 出て来なさい!!」
獅子すら跪かせる女帝の一括。それに圧されてか、対岸の物陰が揺れたのをルネスティーネは見逃さなかった。
「あれは……!」
木に隠れて様子を伺っていたのは、紅の服を纏った東洋人と、蒼を基調にした甲冑に身を包んだ騎士。
騎士の方は時代錯誤な格好からしてサーヴァントだろう。そして紅の東洋人の方は、ルネスティーネには見覚えがあった。
そう、従者が持ってきた写真の男とそっくりだ。
「遠坂冥馬っ! そう、でしたの……。全て私たちを誘き寄せるための罠だったということですわね」
ルネスティーネに気づかれた冥馬は、何も応えず一目散に逃げ出した。だが逃がさぬとばかりにルネスティーネは口を開く。
「
「待ちなさい、ルネス!」
しかしそんなルネスティーネを、リリアリンダが止める。
「どうして止めるんですの? 私の妹ともあろう女が臆病風に吹かれましたか?」
「そうじゃないわよ、この猪! また似たような罠があったらどうするの。ここは罠がないか警戒しながら、慎重に行った方がいいわ」
「極東の三流魔術師の張り巡らせる罠程度、私の
そう吐き捨てるとルネスティーネは
後にはリリアリンダと聖騎士のセイバーの二人が残される。
「で、どうするんだマスター? 俺達も追うのか?」
「監督役に連絡して…………いいえ、こうなると監督役も信用できないわね。エーデルフェルトから教会に話を通して、スタッフを派遣して貰いましょう。この惨状を放置できないわ。
ルネスティーネを追うのも、帝都へ行くのも、お礼参りも全てはそれからよ」
近くにあった木の幹にリリアリンダは腰を下ろす。
夏の日照りは、厭になるほど暑かった。