Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
大事を成すのに、必ずしも大計が必要ということはない。
小さな嘘を吐いた者が、その嘘を覆い隠すために徐々に嘘を大きくしていくのと同じ。ほんの些細な、それこそ子供の児戯にも等しい一つの策がやがては国を割るほどの軍略に繋がることも往々にしてある。
今回アケーディアの弄した策というのもそういう部類。雪山の頂上から転がした雪玉は、直ぐに割れてしまうのか、それとも坂の下まで転がり落ちて巨大な雪玉になるのか。それは神のみぞ知ることだろう。
「……戻ったか」
ビルの屋上で星を見上げるアケーディアの背後に現れたのは、ルネスティーネが目撃したのと同じ遠坂冥馬とキャスターだった。
だが敵であるマスターとサーヴァントに背後をとられたにも拘らず、アケーディアには動じる素振りは一切ない。それどころか何の警戒すらしていなかった。
その理由は直ぐに明らかになる。
葉の落ちた木が剥き出しの枝葉を覗かせる様に『遠坂冥馬』と『キャスター』を覆っていたメッキが剥がれ落ちていく。代わりに現れたのは二人とは似ても似つかぬ二体の傀儡兵。
これこそがアケーディアが嘗て保有し、ランサーの錬鉄によって忠実以上に再現された〝
「――――」
空気が、揺らぐ。
異質な気配を感じ取ったアケーディアは、剣の柄に手をかけ、素早く呪詛を紡いだ。
「やぁ、アケーディア。その様子じゃ仕掛けは上手くいったみたいだね。お疲れ様」
だが気配の主が自分のマスターだと気づくと、発動寸前で留めておいた呪詛を雲散させる。ベルンフリートは信頼に値しない怪物ではあるが、一応は自分のマスターであるし、今のところは敵ではない。
殺すのは敵になる素振りを見せた時でいいだろう。
「無音で近づくな。名目上とはいえマスターを敵と間違えて殺すなど御免被る」
「はは、ごめんごめん。それに〝お疲れ〟という程のことでもなかったよね。キミはオレのような卑小な屑と違って、正真正銘の素晴らしい英雄だ。ちょっと自分の手駒を動かしたくらいじゃ消耗なんて全然だよね」
ベルンフリートから『英雄』と称えられたアケーディアは、眉を潜め表情を渋くしていった。
英雄、英傑、英霊――――聖杯戦争に招かれるサーヴァントは当たり前のように、凡俗では決して届かぬ名を背負うのだろうが、アケーディアにとってその名は背負うには重すぎるものだった。
「…………やめろ。私は、英雄と呼ばれるに値せぬ。主君の恩義に対して薄汚い裏切りをもって報いてしまった不忠者に過ぎん」
だからこそベルンフリートに対して苛立ち混じりに断ったのだが、ベルンフリートは首を横に振った。
「いいや、キミが自分をどう貶めようとキミは英雄さ。だって他ならぬ怪物が、怪物であるオレが、認めてるんだよ。キミは英雄だって。英雄に相応しい偉業をなした元人間だって」
「勝手だな」
「当然だよ。だって英雄を祀り上げるのは英雄自身じゃない。いつだって英雄に群がる有象無象が信仰することで人は英雄に成るんだ。だからオレもまた有象無象の怪物として、キミのことを英雄として祀りたいんだよ」
「好きにしろ。どうせ今生の僅かばかりの間だけの関係だ。私の邪魔をしないならそれでいい」
英雄扱いされるのは嫌だが、こんなことに意地を張ってマスターとの関係を険悪にすることはない。第二の生など興味のないアケーディアにとって、ベルンフリートは聖杯戦争が終わるまでの……時間にすれば長くて一か月程度の間柄だ。その程度なら我慢すればいいだけのことである。
下手に機嫌を損ねて、緊急処分用の令呪を使われてしまっては、聖杯戦争もひったくれもないのだから。
「ありがとう。ところでエーデルフェルトへの仕掛けはあんなので良かったのかい? キミの兵を遠坂冥馬とキャスターに化けさせた上でエーデルフェルトを襲って、エーデルフェルトが遠坂や神代閖夜とかいうのと合流するのを防ぐ。悪くないアイディアだけど子供騙しだ。こんなのに音に聞こえたエーデルフェルト姉妹が引っかかるのかなぁ。箱入りお嬢様なら兎も角、あれでエーデルフェルトの双子って結構な修羅場を潜りぬけてる
「子供騙し、故に良い」
「というと?」
「優れた人間が優れた策を見抜くのは容易いが、なまじ優れているだけに子供が悪戯で置いた小石に躓く事もある」
「今に語られるキミのようにかい?」
「さて、な。ただ私の見る限り双子の片割れ、ルネスティーネ・エーデルフェルトは引っかかった様子だった。問題は彼女のサーヴァントが頭の回る者だった場合だが」
アケーディアの宝具――――正確にはランサーによって忠実以上に再現された人形兵は、アケーディアと五感を共有させる機能をもっている。
五感のうち視覚を共有させたアケーディアは、エーデルフェルト姉妹やそのサーヴァントについてもしっかり目撃していた。
「ダーニックの抑えた情報によれば、エーデルフェルトの双子姉妹が呼び出したサーヴァントはシャルルマーニュ十二勇士の一人、聖騎士ローラン。寧ろ策略には滅法弱い武勇一辺倒だからその可能性もない、と」
「通説を信じるのならばな」
アケーディアが想起するのは白銀の甲冑に身を包んだ聖騎士と、黒銀の体躯に覆われた狂戦士。聖騎士ローランは誉れ高き騎士であると同時に『狂えるオルランド』として狂乱の逸話をもつ英霊だ。
どういう理屈かは知らないが、恐らく双子姉妹は同一サーヴァントを別側面から二騎召喚させているのだろう。
「だが私達がそうであるように、後世に伝わる歴史と、実際の人物像が掛け離れたものになる事は多い。あのセイバーが伝承で語られた通りの蛮勇の徒ではなく、知勇兼備の騎士である可能性もゼロではない。
尤も姉のセイバーはローランはローランでも、狂えるオルランド――――狂戦士としての側面が強調された存在のようだし、そちらについては杞憂だろう」
聖騎士として呼ばれていたローランも、余り頭の良さそうな顔はしていなかったが、外見で能力までは正確に判別することは出来ない。
見ただけで相手の全てを知る事が出来るのは、人類史全体でも一握りの極まって優れた眼力の持ち主だけだ。アケーディアは該当しない。
「そうかい。じゃあオレはもう戻るよ」
「ジュリアスとかいう男の用意した神殿へか?」
「いいや。あそこは怪物の巣には相応しくない。吸血鬼は吸血鬼らしい、もっと不気味な場所へ引っ込むさ。オレの子も何体か呼んであるんだ。サーヴァント相手にするには役不足だろうけど、それなりに戦いを彩る役には立つはずさ」
ここでいう『子』とはベルンフリートの子供ではなく、死徒として血を与えた眷族である吸血鬼のことだ。
彼の27祖にも並ぶとまで恐れられるベルンフリート程ではないにしても、吸血鬼は吸血鬼。そこいらの魔術師など及びもつかない強さを持っている。
そういった子飼いの戦力を抱えていることが、ベルンフリートのような怪物が『結社』で確固たる立場を持っている理由の一つだった。
「そうか。それで私はどうすればいい? サーヴァントとしての常識に乗っ取るなら、マスターに付き従うべきところだが」
「キミは好きにしてくれよ。マスターといっても正規のものと違って魔力供給しているわけでもないし、令呪だって処分用の一画きりなんだ。主面するつもりはないから、自由な采配をするといい。それがオレという碌でなしからキミへ送る、せめてもの手向けさ」
「かたじけない」
ジュリアス・カイザーに付き従った者は、誰もが新天新地に望んだ夢を実現させる資格を与えられる。
うち『結社』のマスター達は新天新地行きが確定しているが、人造英霊が生きて新天新地へ到達するには、この戦いを贄となることなく生き延びなければならない。
だが第二の生に興味のないアケーディアにとっては、最終的に戦いが『結社』の勝ちで終わるのならば、他のことはどうでもいい。
ベルンフリートという大局に最も興味のない男のサーヴァントが、最も大局の為に動こうとする者だということは皮肉以外の何物でもないだろう。
「ほう、星が」
自分の宿星が夜空に妖しく輝く。これは吉兆か、それとも凶兆か。
嗚呼、けれどなんと嘆かわしいことか。この星空の何処にも、敬愛する主の星はありはしなかった。