Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
帝都であって帝都ではない場所。偽装された反転世界――――そこは現実より生み出された虚構であり、だからこそエルマ・ディオランドという非力な魔術師が拠点とするにはうってつけだった。
灰色の空と灰色の地面、そして灰色の木々。総てが灰色の世界にあって、ただ一か所だけ鮮やかに彩られた小さな屋敷。こじんまりとしたそれは、童話の世界から抜け出してきたかのような摩訶不思議な雰囲気があった。
屋敷の扉を守護するのは、釣り合わぬ大きさの
もしもこの小さな人形屋敷に、なんの事情も解さぬ凡俗が紛れ込めば仰天するだろう。或は年端もいかぬ少女ならば目を輝かせるやもしれない。
屋敷の扉を開ければ、飛び込んでくるのは無造作に散らばった人形とぬいぐるみの山。見る者が見れば、そのどれもが同じ職人――――それも一流の――――が作り上げたものだと分かるだろう。人形にもぬいぐるみにも共通してある種の倒錯的感情が垣間見えるのが証左である。
そして人形屋敷の中心。人形とぬいぐるみを下僕のように佇むのは、星を溶かし込んだ金色の髪とサファイヤを埋め込んだような双眸を持つ、天使の如く愛らしい〝人形〟だった。
いや、人形と表現するのは的確ではないだろう。何故ならば彼女は人形ではなく人間。天使のように愛らしい人形ではなく、人形のように愛らしい人間なのだ。
つまりこの少女こそこの人形屋敷で唯一の『人間』にして、人形たちの生みの親。聖杯戦争におけるアサシン、エルマ・ディオランドに他ならない。もっと言えば『少女』という表現も適切ではないのだが、それは今は置いておこう。
「ルクスリア――――
エルマ・ディオランドが声を掛けたのは、自分の背後に広がる何もない暗がりに潜むアサシンだ。尤も霊体化している上に気配遮断までしているアサシンがいることに気付くなど、マスターであるエルマ以外ではサーヴァントでも不可能だろうが。
表側であるならばいざ知れず、この場所に限って他サーヴァントの奇襲を受ける可能性は限りなくゼロに等しい。なので別に気配を断つ必要などありはしないのだが、それでも律儀に姿を隠しているのはアサシンの魂魄に根付いた暗殺者の性というものなのだろう。
しかしアサシンはマスターに問いかけられて無視を決め込むほどの無礼者でもないので、気配遮断を薄めると口を開いた。
「無論。手抜かりなく確実に仕留めたと保証する」
暗がりに浮かび上がる髑髏の白貌。それは
「我が
もしも我が
「でしょうね。タカヨシ・キド…………いえコゴロウ・カツラはバクフを倒して新政府を作り上げた、かなり最近の英霊。呪いに対する加護なんて持っている筈がない」
十字軍を震撼させた歴代〝山の翁〟の御業は凶悪にして無比だ。この呪いを上回る加護の持ち主となれば、かなり上級の霊格をもつ聖人の類か、或は神代の英霊くらいだろう。
そういう意味で神秘の薄い近代出身のサーヴァントは、アサシンの格好の獲物といえる。
(まぁアサシンの場合、本当の獲物はサーヴァントではなくマスターですから、対サーヴァント戦での優位はおまけみたいなものですけど)
ナチスの人造英霊の一騎を討ち取るという大戦果をあげたアサシンだが、だからといってエルマはアサシンのことを間違っても『強力なサーヴァント』などと思い上がりはしなかった。アサシンがルクスリアを殺せたのは、あくまでもルクスリアが相当の消耗をしていたからである。もしもルクスリアのコンディションが万全であれば、結果はまるっきり逆になっていただろう。
聖杯戦争で最弱と呼ばれるのはキャスターだが、それはあくまで三騎士とライダーが対魔力スキルを有する故のこと。こと真正面での対決においてはアサシンこそが七騎中最弱といっても過言ではないのだ。
だがただそれだけでアサシンを『外れ』と断じるのは無知蒙昧の輩のすることである。アサシンには正面戦闘における脆さを補って余りある『気配遮断』のスキルがあるのだ。しかも『
正面戦闘の弱さから王道的戦略を描くことはできないが、マスターの采配如何では十分に聖杯戦争を制することも可能だろう。
エルマが三騎士のような花形ではなく、敢えてアサシンのサーヴァントを選んだのもその辺りが大きな理由だ。
「ところで――――こちらが本題なのだけど、ナチスの居城は見つけることができましたか?」
「不可。面目ないことであるが、発見は出来なかった。御主君の命令通り、
「まさか尾行を気付かれたのですか?」
だとしたら大事だ。気配遮断スキルはアサシンの生命線である。なのにもしも
しかしそんなエルマの懸念を宥める様に、アサシンはやや強く「否」と言う。
「気付かれたのではなく、感付かれたという方が適切と愚考する」
「つまり」
「イーラは私の存在に気付くことこそなかったが、何者かが尾行してくるであろうことには感付いた。敵を称賛するなど初めての経験であるが、その見識は見事と称えるべきなのだろう。結果、イーラは私という暗殺者から見事に逃げ果せた。
ついては御主君。御主君の命を果たせなかった失態、マスターの命を刈り取ることで果たしたいと思うが如何か?」
「ええ、それでいいです。変に重く受け止められて、この罪は我が命で償う、だなんて言われても困りますし。それにあんまり多くを望むものじゃありませんよ。だって私達は既に ツイているんですから」
どうして璃正が監督役としての『声明』を発表する前に、逸早く帝都に潜んでいたか。その理由はアルラスフィールにある。
自分とアサシンが『脆い』ことを自覚しているエルマは、聖杯戦争にも入念な下準備をしてきた。そしてエルマが難敵と定めたのは、始まりの御三家と呼ばれる三つの家。即ち遠坂、間桐、アインツベルンのマスター達。
その中で最も厄介なのが誰かと考え、エルマはアインツベルンだと結論付けた。
理由は色々あるが、一番にはアインツベルン製のホムンクルスの性能を知っていたというのがある。
フリーランスの魔術使いとして活動している最中に運悪く邂逅した、アインツベルンから廃棄されたホムンクルス。今にも死にそうな骨と皮だけの肉体で、コンクリートの壁を容易く砕いた光景は忘れたくても忘れられない。
廃棄品でそれならば、正規品は相当の力を持っているのだろう。もしかしたら部分的にはサーヴァントにすら迫る能力を持っているかもしれない。もしそんなホムンクルスを軍団として投入してきたのならば相当の脅威となる。
職業柄〝数の暴力〟の恐ろしさを理解しているエルマにとって、それは捨て置ける可能性ではなかった。
故にエルマはアインツベルンこそ真っ先に排除するべき敵と定め、アサシンを用いてアインツベルンの動向を探らせ、冬木へ向かうのに帝都を経由することを掴んだのだのである。
アインツベルンの城は郊外の森の奥深くにあり、ここに要塞を築かれてしまえば、アサシンでも侵入は困難になる。だからこそ防備を固められる前に、帝都でアインツベルン暗殺を企み――――それであれに遭遇したのだ。
白衣に身を包んだ槍兵と、人造英霊を名乗る六体の魔人達。合計七騎のサーヴァント。
〝勝てない〟
衝撃的な光景を目にしたエルマが、本能的にそう思ってしまったのは無理のないことだろう。
なにせサーヴァント一騎でさえ死徒の王と匹敵する化け物なのだ。それが七騎以上いるなど、もはや悪夢に等しい。例え悪名高き埋葬機関の埋葬者が全員出張ったとしても、果たして倒せるかどうか。だが、
〝ふむ。これは少しばかり骨の折れる仕事になりそうだ〟
アサシンのいつもと変わらぬ落ち着いた声で、エルマは我を取り戻したのだ。
見方を変えればこれは僥倖である。なにせランサーを除く正規マスターの誰よりも早く、ナチスの存在に気付くことができたのだ。しかも恐らくはナチスにとっても想定外なほど早くに。
――――私とアサシンだけでナチスを倒すことは出来ない。けれど私以外の正規マスターとナチスを相争わせれば。
獅子と竜が戦えば、どちらが勝ったとしても生き残った側は激しく消耗する。そんな消耗した状態であれば、アサシンで勝利を掠め取ることも可能だろう。
「けどまだまだ天秤はナチスの側に大きく傾いている。私以外のマスター達には存分に力を振るって貰わないといけません。アサシン、ナチス以外のマスターを暗殺するのはまだ自重して下さいね」
「御意」
愛らしい外見には似つかわしくない強かな笑み。蜘蛛の巣は帝都に張り巡らせた。後は獲物が勝手に弱っていくのを眺めるだけ。
そして獲物が弱りに弱ったその時、巣を張る蜘蛛は牙を剥くのだ。