Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
微かな重みを感じながら、冥馬は目蓋を開いた。
横目で時計を眺めれば、針が指し示すのは午前三時過ぎ。時刻が時刻なこともあって宛がわれた教会の部屋は、完全なる静寂が支配していた。
(…………あの夢)
言うまでもないことだが、冥馬には老騎士を父に持ったことなどないし、騎士を目指して鍛錬に励んだこともない。つまり冥馬が見ていた夢は、自分ではなくキャスターの過去なのだろう。
祖母の話を聞いた父からの又聞きであるが、マスターはサーヴァントの過去を夢として見ることがあるらしい。となればあの老騎士がアーサー王の育ての親として知られるサー・エクターで、あの金髪の少年こそが若かりし日のアーサー王なのであろう。
(妹の方は誰なのか見当がつかないが――――)
妙な引っかかりを覚えながらも、冥馬は睡眠を要求する体を叱りつけ、のっそりと立ち上がった。本音を漏らせば、ふかふかのベッドで昼まで惰眠を貪りたいが、閖夜と璃正のいない時間に済ましておかねばならぬことがある。
「キャスター」
「どうした」
名を呼ぶと直ぐにキャスターが実体化した。
霊体であるサーヴァントは魔力供給さえしっかりしていれば、人間にとっては不可欠である食事や睡眠が一切不要となる。口では不真面目な癖して、根は真面目なキャスターのことなので、どうせ律儀に眠らずの護衛をやっていたのだろう。その律儀さはマスターとして有り難いが、緊急時のドサクサで契約してしまった自分達には、未だに確固たる『信頼関係』が結ばれてはいない。
結社という大敵と戦うならば、主従間で不和が発生すれば即座に命取りとなる。それを防ぐためにも、これは今日のうちに済ませなければなるまい。
「昨日の話の続きだよ。二つ三つほど……尋ねたいことがあるが構わないか?」
「下らん質問じゃなければな。色気のある女相手ならまだしも、深夜にむさい男と密室で語り合う趣味はないもんでね」
「心配無用。俺もそっちの気はない。それより〝聞き耳〟はないか?」
「ない」
「魔術的なもの以外も含めてか? 〝教会〟の秘蹟関連のものとかも?」
「何度も同じ答えを言わせるな阿呆。埒が明かんから断言するぞ。ここは物理的にも魔術的にも完全防音だ。あの閖夜とかいうド阿呆も、璃生とかいう坊主も、元聖女様も誰一人として聞き耳なんぞたててないし、たてさせん」
「なら、大丈夫か」
「慎重だな。昨日は『お前は信用できる人間』だの『頼りになりそう』だの綺麗事くっちゃべってた奴とは思えないな」
「あれは本音半分建前半分だ。俺は生憎と花の魔術師のようなご大層な〝眼〟なんて持っていないんでね。信用できそうな人間が、本当に信用できる人間だっていう保証なんてないんだ。
そもそも俺達は別に同志ってわけじゃなく、単に共通の敵を倒すために手を組んだっていうだけだ。極端な話をすれば、いつ裏切ったって不自然じゃない。
閖夜なんかは敵を倒した後の『賞品』も狙っているようだし、こうやって警戒するのは必要不可欠なことじゃないの」
「成程。裏切りの類はちゃんと考慮に入れているってことか。――――褒めてやる、泣いて喜べマスター。裏切りで身を滅ぼした英霊なんざ腐るほどいる。過ぎれば疑心暗鬼の粛清祭りっていう駄目パターンだが、適度に警戒するのは悪くない」
他ならぬアーサー王が味方であるサー・ランスロットとサー・モードレッドの裏切りによって滅んだ英雄だ。キャスターの忠告には実体験を伴った重みがあった。
「話を戻そう。質問っていうのは、変に取り繕っても仕方ないからはっきり言うが、お前のクラスのことだよ」
出会い話してからずっと喉の奥に引っかかっていた疑問を、冥馬はやっとこさ口にする。
キャスターもこの質問が出ることは分かっていたのだろう。特に驚いた様子はなかった。
「星の聖剣を担うアーサー王に相応しいクラスは、どう考えてもセイバーだろう。百歩譲ってセイバークラスが駄目だったとしても、ランサーかライダーだ。
アーサー王は聖剣以外に聖槍ロンゴミニアドを携えたという伝承もあるし、名馬にのって戦場を馳せたという伝承もある。
だがどれだけ頭を捻ろうと、アーサー王が魔術師だったなんて伝承はなかった。伝承を紐解く限りアーサー王が
だが現実としてアーサー王はキャスターとして現界している。二重召喚でセイバーのクラスも兼ね備えていることを含めても、疑問に思わずにはいられない。
どういうことか答えてくれるな、キャスター」
もし答えなければ令呪の行使すら辞さない。そういう示威行為のため令呪の宿った手を見せる。
「ハッ! 伝承とは随分と下らないことを持ちだすな。そんなものに何の意味がある?」
「どういうことだ?」
質問を鼻で笑うキャスターに、冥馬は眉を潜めながら言う。
「それでも魔術師か、阿呆。歴史書に記されてる事実が、事実と異なるなんてこと有り触れたことだろうが。ましてや俺の伝説なんぞ吟遊詩人に小説家に娼婦の寝物語に。諸説紛々あり過ぎてどれが正しいかなんぞ俺にも分からん」
「…………それは、言えているなぁ」
一口にアーサー王伝説といっても、それを綴った者により内容は正に千差万別だ。
初期の伝説にはランスロット卿なんて影も形も存在しないし、王妃と不倫したのがサー・べディヴィエールだったりもするし、サー・ガウェインが悪意すら感じるほどに悪く描かれているものもある。
はっきり言ってアーサー王伝説ほど、どれが正しいのか分からない叙事詩は珍しいだろう。
「阿呆にも分かりやすいよう例を出してやる。俺には男勝りの性格をした義妹がいたんだが、お前はそいつのことを知らんはずだ。なにせ『あいつ』の存在はどの伝承にも登場しないんだからな、当たり前だ。だが事実として俺には義妹がいた」
「――――!」
冥馬の脳裏に金砂の髪をした少女が浮かび上がる。
確かにアーサー王に共に修業時代を過ごした妹がいたなんて伝承は聞いたことがない。アーサー王の幼少期を共に過ごしたのは義兄たるサー・ケイとその両親だけのはずだ。言われてみればあれが現実と伝承の違いの現れだったのだろう。
「魔術のことだってそうだ。俺はマーリンの奴に後々自分がいなくなった後に役立つだろうからって魔術を教わったが、それが吟遊詩人共の舌先に乗ることは終ぞありはしなかった。
アーサー王は黄金の聖剣を振るい、聖槍を自在に操り、戦場を自由自在に駆け抜けた騎士の王。その輝かしい武勲に、実は魔術師だったなんて事実は蛇足の極みだろう。実際さして役にも立たなかったからな。だったらいっそ語らずになかったことにしてしまった方が、物語としては綺麗に纏まる」
「そういうことだったのか」
創作が現実を浸食してしまう――――冗談のように聞こえるが、これは世界中でわりとよくあることだ。
東洋でいえば三国志などがその代表例だろう。あれも史実を元にした創作である三国志演義が余りにも有名になったせいで、創作のイメージが史実の人間像をかなり歪めてしまっている。
ならばアーサー王が騎士であると同時に魔術師だったという事実も、あながちおかしなことでもないのかもしれない。
「質問はもういいのか?」
「ああ。――――いや、一つだけ。キャスターはどうして聖杯戦争に? 聖杯で滅んだ国を救うためか?」
「まさか」
キャスターは一瞬寂しげに目を細めると、振り払うように鼻で笑う。
「俺は国のために年中無休、眠る間も休む間もなく働いたんだ。なんの失敗もなく、100%最善を尽くしてな。なのにふざけたことに、馬鹿な騎士共と愚かな民共と糞魔女のせいで全部台無しだ。あれだけやっておいて、馬鹿の離反程度で滅びる国なんざ知ったことかド阿呆! 救いようなどあるものか!」
苛立ちを全開にしてキャスターが気炎をあげる。よっぽど生前のことが腹に据えかねていたのだろう。
「救いようのない国と民なんぞ俺の知ったことじゃない。アーサー王のやるべき事は、もう生きている間にやりきっているんだよ。
だから現世での二度目の生くらい、面白おかしく平凡なただの人間として楽しく過ごさせて貰う。俺の願いなんていうのは、それだけだ」