Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
閖夜が出て行った後、冥馬とキャスターは『ルクスリアの腕』の本格的調査を始めていた。
テーブルに並ぶのは錬金術に使うための試験管に、メスなどの医療機器。人体についてはガブリエルが専門だが、冥馬もガブリエルとの共同研究で何度かそちらの方面にも関わることがあった。その経験が今回は役に立つ。
手始めに冥馬は採取した血液と肉片を試験管に入れ、その中に透明の液体を注いだ。待つこと数秒。透明な液体は薄桃色に変化した。
「……どうやら異常はないようだな」
魔術師のサーヴァントだけあって、その変色の意味を理解したキャスターが言った。
「ああ。両方とも極普通の反応しかない。つまりこの『腕』はただの死んだ人間の腕ということだ」
異常なし、それこそが異常の現れである。
もしもサーヴァントのような『魔力の塊』の血液を試験管に入れていたならば、透明な液体は薄桃色ではなく深い紅に変色していた筈だ。そうならなかったということは、少なくともこの腕はサーヴァントのそれではなくなってしまっているという証明でもあるだろう。
魔術には自分自身に霊体を憑依させることで、その霊体の能力を得る魔術がある。この日本においては口寄せと呼ばれる降霊術の一種だが、確かその術も憑依していた霊体が消えれば肉体は元に戻ったと記憶している。もしかしたら人造英霊の絡繰りはそれを応用発展させたものなのかもしれない。
『いや、ただの人間の腕じゃない』
霊体化したままキャスターが言った。
「キャスター?」
『さっきその腕を持ってみたが、体積以上の重みを感じた。その腕、中に仕込まれているぞ。それもかなり』
「となると、こいつの出番だな」
冥馬はメスを手に取ると、慣れた手つきで腕の解剖を始めていく。すると直ぐにキャスターの助言の正しさは証明された。
腕の中からゴロリと出てきたのは大き目のネジと歯車だった。それに電線のようなコードらしきものまでが出てくる。
「おいおい、なんだこれは。不味いな。魔術はともかく
『口を動かしてもいいが、一緒に手を動かせ。両方動かせないなら片方に集中しろ。時間は有限なんだ、手早くやれ』
「だったら少しは手伝ってくれ」
『サーヴァントを実体化させるための魔力と、お前が一人で作業することに必要な体力。どちらが多いと思う?』
「む」
そんなもの後者に決まっている。そして往々にして魔術師とは合理主義者であり、無駄や浪費というものを嫌う生き物だ。冥馬とて例外ではなく、キャスターにこう言われてはぐうの音も出ない。流石はアーサー王。魔術師のあしらい方が良く分かっている。
「本当にああ言えばこう言うというか、屁理屈が上手いんだから。もうやってられないじゃないの。俺の中のアーサー王はこう……ジュースばかり飲んでいたときに、久しぶりに飲んだ綺麗な水みたいな感じでさ。これじゃお茶ばかり飲んでたときに、いきなり飲まされた炭酸飲料じゃないの」
『訳の分からんことをほざくな』
「はいはい」
文句を言いながらもキャスターの言う通りに口と一緒に手を動かす。別に生きた人間を
冥馬の手際が良かったこともあってニ十分程で腕を完全に解剖し終えることが出来た。
「さて、と。こうして眺めると……たまげたなぁ」
テーブルに並べられた大小様々な機械の数々。こうして見れば実に全体積の三分の一が機械で構成されていた。血液や骨などより鉄が重いのは言うまでもないことであり、キャスターが体積以上の重さを感じたのも当たり前のことだろう。
骨や血管などからは魔術的な強化が施されたらしい痕跡を発見することが出来たが、最悪な事に機械部品からは一切の魔術的痕跡を見つけられなかった。つまりこれらは純科学による産物ということである。
「そういえばナチス暗部は現代の数百年先を行く科学技術を持っているなんて噂があったが、まさかアンドロイド・マリアは既に完成していたのか? メトロポリスの時代までそう遠くはないのかもしれないな」
完全な機械ではなく機械と人体の融合体のため、アンドロイドというより
「しかしこれじゃお手上げだ。キャスター、後は任せる」
『お前より遥かに過去の人間に、現代の科学技術が分かると思うのか? そういうお前こそ少しは調べる努力くらいしたらどうだ。錬金術が自然科学を産み落とすまで、錬金術師は科学者の同義語だっただろう』
「ラーゼスやパラケルススのようなタイプもいるが、今の時計塔じゃそちらの方面はさっぱりだよ。アトラスの錬金術師ならこれもなんとか解析できるかもしれないがねぇ。まさか知り合いの錬金術師をここに呼ぶ訳にもいかないし、この国の研究機関に提出する訳にもいかない。それに下手に触ると爆発しそうだし」
『するのか、爆発……?』
「た、たったの三度だけだ」
『十分多いんだよ阿呆』
「うぐっ! ま、まぁちゃんと人造英霊の実用には、魔術的技術だけじゃなく科学的技術も使われていることが分かっただけでも成果はあっただろう」
『そういうことにしておいてやる』
魔術は過去へ疾走し、科学は未来へ疾走する。
これは遠坂の大師父たるシュバインオーグの言葉であるが、これの意味するのは『両方とも辿り着く場所は同じゼロである』ということだ。
近代に入り魔術の優位性はどんどん失われ、科学はますます便利になっていく。魔術の総本山である時計塔もゆっくりではあるが衰退の一途にあった。
魔術師としては余り考えたくないことだが、いずれ大気中の
(だがもしナチスに遥かな過去の『魔術』と、遥かな未来の『科学』の両方の技術があるとすれば)
それらを『融合』させた時、どんな結果を生み出すというのか。或はそれは神の領域を犯し、五つの奇跡すら地に堕とすものではないのか。そんな厭な想像が冥馬の脳内をぐるぐると回る。
なんにせよ閖夜が戻って来る前にテーブルの上を片づけておかねばならない。念のため機械類には一纏めにして保管しておいた方が良いだろう。冥馬はテーブルの上の部品に手を伸ばし、
「――――っ!」
ひんやりと冷たい気配に、ピタリと手を止める。
「気付いたか?」
素早く実体化したキャスターが教会の外へ視線を向けた。
教会の敷地内に張り巡らせている結界に反応はない。だが冥馬とキャスターの明敏な勘は、結界に近付く敵の気配を確実に感じ取っていた。
「ああ。マスターとサーヴァントの二人組……なんていうもんじゃあないな。これはもっと多いぞ」
背中がささくれ立つほどの軍気。最低でも小隊以上の規模の兵団が教会に近付いてきている。
冥馬は反射的に『結社』の襲撃を疑うが、それにしては敵の兵力がただの兵隊のそれが大多数を占めている点が奇妙だ。『結社』の戦力は人造英霊が中心であり、態々ただの人間の兵力を運用するとは考えにくい。兵士百人を投入することにかかる費用より、人造英霊一騎を投入する方が安く済むだろう。
ともかく敵が何者か知らなければ始まらない。冥馬はキャスターに遠見の魔術を使うよう指示を出そうとして――――刹那、教会を大砲の一斉掃射が襲った。