Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第5話  天秤

 エーデルフェルトの双子姉妹ほど優柔不断という言葉が似合わない人間も珍しいだろう。

 思い立ったら直ぐ行動。即断即決こそが地上で最も優美なるハイエナの真骨頂である。

 クラヴジック邸で聖杯戦争について知ったルネスティーネとリリアリンダは、その日のうちにフィンランドの屋敷へ戻って準備を整えると、個人所有の大型船の一隻で即座に日本へ発った。

 フィンランドから日本までは船で最低でも五十日以上はかかる。だというのに双子姉妹は驚くべきことに、たった三十日で日本の冬木市へと到着した。

 船による海路だけではなく陸路、そして極々一部の人間しか使えぬ『空路』まで用いた、エーデルフェルト家の財力あっての反則である。狩麻や冥馬などがこれを知れば『ブルジョワめっ!』と吐き捨てたことだろう。

 だがエーデルフェルトの途轍もなさはそれだけには留まらなかった。

 

「ふぅん。短時間にしてはまぁまぁの仕上がりですわ。高貴なる私が一時の住まいとするにはギリギリ及第点ですわね」

 

「本当は本家のように宮殿を建造して、郊外の森に城を構えているらしいアインツベルンを牽制したかったけど……」

 

「仕方がないでしょう。ここはセカンドオーナーである〝遠坂〟の領地なのです。相手が極東の田舎者とはいえ、一応はエーデルフェルトと同じく宝石翁を大師と仰ぐ一族。最低限度の礼儀すら忘れてはエーデルフェルトの名に瑕がつきますわ」

 

 ルネスティーネとリリアリンダが冬木に来て真っ先に足を運んだのは屋敷である。ルネスティーネからの評価は芳しくなかったが、それは感覚が色々と狂っている彼女の評だからであって、極普通の富豪の目から見れば十分に立派な豪邸だった。

 貴族が住まうだけの気品がありつつ、魔術師が住まう家らしい排他性を備えた館は、遠坂の屋敷や間桐の屋敷にも負けはすまい。

 冬木に根を張る御三家とは違い、外来の魔術師は先ず自分達が拠点とする場所を構築することから戦いが始まる。この館は聖杯戦争に参加するにあたってエーデルフェルトが建築した拠点の一つだった。

 

「リリア」

 

「なにかしら?」

 

「館に到着したことですし、早々にサーヴァントの召喚を行いますわよ。参加したマスターの中には、他のマスターがサーヴァントを召喚する前に殺してしまおうなんて企む器の小さい小物もいるかもしれませんですし。

 もしそんな小物が現れれば、真の魔術師の闘争というものを教育差し上げてあげるまでですが、幾らこのルネスティーネ・エーデルフェルトといえどサーヴァントの相手は少々骨が折れますわ。そんなの華麗じゃないでしょう?」

 

「……ええ。ルネス、貴女の判断は私も同意見よ。聖杯に目がくらんでそんな下種なことをする輩もいるだろうし、早くサーヴァントを召喚しておくのは私も賛成よ。サーヴァントを呼び出す聖遺物が手元にあるっていうのに、態々時間を置く必要なんてないしね。けど――――」

 

 そこで言葉を区切り、リリアリンダは敵意の眼差しをルネスティーネに向けた。

 

「聖杯戦争の話を持ってきたのも、召喚のための聖遺物を見つけ出してきたのも全て私よ。貴女じゃないわ、ルネスティーネ。なのにどうして〝貴女の〟屋敷で〝私〟の聖遺物を使って召喚を行おうとしているのかしら。

 常識的に考えれば私の方の館で召喚の儀を執り行うのが筋っていうものでしょう?」

 

 ルネスティーネ・エーデルフェルトとリリアリンダ・エーデルフェルト。歴代エーデルフェルトでも屈指の才媛と噂されながら、彼女達は歴代でも随一の仲の悪さで有名だ。各地の争いに介入する時だって主な競争相手は姉/妹であるし、姉妹喧嘩の余波で城が一つ消し飛んだこともある。

 似たような性質と性格の持ち主だからといって仲が良いとは限らない。むしろ性格が似ているからこそ互いに負けん気を起こして仲が悪くなることは往々にしてある。エーデルフェルトの姉妹はその典型と言えた。

 エーデルフェルトは余所の戦場に赴く際、あたかも戦争で敵地に砦を建設するかの如く洋館を建てるが、その際に姉妹が同じ館に二人で住まうということは一度としてない。必ず一つの地に姉妹別々の屋敷を建てるのだ。

 今回の聖杯戦争もご多聞に漏れず、遠坂邸付近に建てられた姉の館と殆ど同じものが、冬木大橋を渡った向こう側の教会付近に建てられている。

 

「つまらないことを言うのですね。私は姉で貴女は妹。姉とは妹の人生の手本となる者であり、妹の成果は全て姉の教育の賜物。であれば英霊の召喚という誉れを、どちらの館でするかなど自明の理というものでしょう?」

 

「たかが数時間早く生まれたくらいで姉気取りしないでくれるかしら? あと一つだけ言うと私って年功序列とか長幼の序とか大嫌いなの。単に年齢が上ってだけで、低能な連中に上から目線で話されると捻り潰したくなるわ。そう、今のように……ね」

 

「て、低能ですって!? ……フフ、オーホホホホホホッ! 地金を見せましたわね、リリア。程度の低い挑発ですわ。仮にも私と同じエーデルフェルトならば、もっと相応の話し方をして欲しいものです」

 

「程度が低いのはアンタの髪型でしょ。なによそれ、ハルマキ? シャンハイの料亭にでも行ってきなさいよ。きっと物好きの客が残さず食べてくれるわよ。なんならお持ち帰りでもされてきたら?」

 

「なっ! 私が毎朝時間をかけてセットしている髪を! ゆ、赦せませんわ! 手袋を受け取りなさい! 今日という今日こそ白黒はっきりつけてあげますわ!」

 

「望むところよ! いい加減、アンタの存在そのものが鬱陶しく思えてきたことだし、ここらで姉妹逆転させて貰うわ」

 

 ルネスティーネとリリアリンダから湧き上る殺意。二人は全身の魔術回路に魔力を流し込むと、宝石魔術師の最大の武器である宝石を取り出した。

 諍いの理由こそ非常に下らないものであるが、ルネスティーネとリリアリンダは時計塔に在籍すれば、最低でも『典位』は確実にとれる超一流の魔術師である。そんな二人が真昼間から激突すれば、確実にサーヴァント戦クラスの被害が街に出る。

 

「おっといけません。羽目を外すところでしたわ」

 

「流石にここじゃ不味いわね」

 

 そのことに奇しくも同時に思い至った二人は、魔術を発動する前に魔術回路を閉じた。

 幾ら二人とも姉妹同士の事に関しては頭に血が上り易いといえど、彼女達は魔術師である。神秘の秘匿という大原則を忘れるほど愚かではなかった。…………たぶん。

 

――――だが神秘の秘匿程度で二人の怒りを抑えることも、また出来ない。

 

 庶民が一年働いて得た稼ぎを注ぎ込んでも手の届かぬドレスの袖を、ルネスティーネとリリアリンダの二人は迷いなく破き捨てた。

 別に戦う方法が魔術だけとは限らない。魔術以外にも戦う術はある。そう、例えばプロレスだとか。

 隙のない構えで敵を見据える佇まいは素人のそれではなく熟練者そのもの。ルネスティーネとリリアリンダは一流の魔術師であると同時に、一流のプロレスラーたらんとする武闘家でもあるのだ。

 

「魔術が駄目なら互いの肉体で決着をつけましょう。覚悟は宜しくて、リリアリンダ。タイルを投げるセコンドはいませんわよ」

 

「――――上等よ! そっちこそ泡吹いて失禁するまで許す気ないから覚悟しなさいッ!」

 

 そして聖杯戦争開幕前に、姉妹同士による無駄に壮絶なプロレス勝負が始まった。

 

 

 ルネスティーネとリリアリンダによる3809回目となる姉妹喧嘩は僅差でルネスティーネの勝ちに終わった。

 リリアがジャーマン・スープをかけたところで勝利を確信し、油断していなければリリアの勝利は動かなかっただろう。結果的には僅かな隙をついたルネスのレックスリバース・スープレックスによる逆襲が決まり、リリアは大地で五分ほど気絶する羽目となった。

 仲の悪いことで有名な双子姉妹だが、彼女達はプライドの高さでも有名である。リリアにしても自分の敗北を認められぬほど狭量ではなく、よって『今回は』英霊召喚の儀を執り行うのはルネスティーネの館ということに決まった。

 洋館の中で最も閉鎖的で、魔力(マナ)が逃げにくく魔術の行使に適した場所へ来たルネスとリリアは、宝石を溶かして召喚魔方陣を描く。

 台座へ置くのはクラヴジック邸で見つけた聖遺物。英霊ローランが羽織った外套の切れ端だ。

 聖杯戦争で召喚されたサーヴァントは七つのクラスに分けられる。

 剣の英霊(セイバー)

 槍の英霊(ランサー)

 弓の英霊(アーチャー)

 騎乗兵(ライダー)

 魔術師(キャスター)

 狂戦士(バーサーカー)

 暗殺者(アサシン)

 集まったマスターによっては七クラスに該当しないイレギュラークラスが召喚されることもあるが、基本となるのはこの七クラスだ。

 うち魔術を防ぐ〝対魔力〟スキルを持ち戦闘にも秀でたセイバー、ランサー、アーチャーは三騎士と称され、特にセイバーは過去二度の戦いで必ず最後まで生き残ったことから最優のサーヴァントと称されている。

 彼のシャルルマーニュに仕えたとされる十二勇士。アーサー王伝説の円卓にも匹敵する聖騎士達の中にあって『最強』の名を欲しいままにした騎士こそがローランだ。騎士王にも伍する騎士を、セイバーのサーヴァントとして呼べば勝利は手に入れたも同然だろう。

 とはいえローランは聖剣を振るった剣士としての側面以外に、狂乱に囚われた『狂えるオルランド』としての側面を持っている。そのため狂戦士(バーサーカー)のクラスで召喚されることも有り得るが、彼女達は最優の自分達に呼び出されるのは最優のサーヴァントであると信じて疑わなかった。

 ルネスティーネは時計に視線を送る。現在の時刻は午前二時。ルネスティーネとリリアリンダが最も絶好調となる時刻だ。

 

「頃合いも良いですわね。始めますわよ、リリア」

 

「癪だけど今は従ってあげるわよ」

 

 これから行われる召喚の儀に呼応してか、ルネスティーネの右手とリリアリンダの左手に刻まれた令呪が輝きを放ち始めた。

 マスターの証たる『令呪』は体のどこかに三画揃って刻まれるものだが、この姉妹に限っては別である。

 ルネスティーネの右手とリリアリンダの左手に浮かぶのは左右対称の割れた花の文様だ。

 後継者を二人とする『天秤』のエーデルフェルトに対して、聖杯は相応の令呪をもって祝福として与えた。三画である令呪を姉妹に一つずつ、最後の三画目を姉妹に半分ずつ分配するという形。

 この特殊な令呪の形状のせいで、彼女達が其々サーヴァントに対して命令を行使できるのは一度が限度だ。最後の三画目を使用するには、姉妹揃って命令しなければ効果を発動できないという制約が課せられている。その代償にもしも彼女達が真に心を通じ合わせれば、本来の令呪ですら不可能な奇跡を実現させうるかもしれないが、彼女達が彼女達である限りそれは叶わぬ未来というものだろう。

 

――――では彼女達が手を重ねた時に浮かび上がるであろう百合紋(フルール・ド・リス)は幻と消えるのか?

 

(いいえ。違いますわ)

 

(いいえ。違うわね)

 

 お互い姉/妹にこそ話さないが、姉妹両方ともが手を重ねずに完璧なる百合紋を得る術に検討はついていた。しかしそれを口にしてしまえば全てが決裂してしまうと分かっているが故に、二人とも何も言わないのである。

 今はまだ早い。姉/妹と雌雄を決するのは、然るべき時を待つべきだ。少なくとも未だ戦いが始まっていない段階では、仮初の共闘関係を続ける必要がある。

 

「「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」」

 

 麗しの花のような声に、凛とした炎のような声が重なる。

 間桐狩麻が始まりの三人の一人たるマキリ・ゾォルケンを大祖とするのであれば、エーデルフェルトが祖とするのは宝石翁。死徒27祖に名を連ねる吸血鬼の王が第四位にして、この世に五人しかいない魔法使いの一人だ。

 

「「閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)。 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 魔方陣が光を灯し始めるが、ここで少しだけ奇妙なことが起こった。エーデルフェルトの天秤を象徴するかのように、魔方陣が左右其々で異なる色に発光し始めたのである。

 右側にいるルネスティーネの側の魔方陣が灯すのは黒銀。其れは全ての邪を捻じ伏せる暴力的な狂戦士の気配。

 一方で左側のリリアリンダの側の魔方陣が灯すのは白銀。其れは全ての聖を一身に宿す勇敢なる聖騎士の気配。

 ルネスティーネとリリアリンダは召喚になんらかのイレギュラーが生じていることを直感的に悟るが、ここまできて止めることは出来ない。

 姉妹は危険を承知で儀式を続行する。

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ」

 

「「天秤の守り手よ―――!」」

 

 魔力が荒れ狂い、ここに此度の〝聖杯戦争〟における最優にして最強のサーヴァントが召喚される。

 糸を手繰る魔術師が天秤であるのならば、呼び出されるサーヴァントもまた天秤。

 

「なっ……!?」

 

「嘘、でしょ……?」

 

 ルネスティーネとリリアリンダの眼前、魔方陣の上には二つの人影があった。

 人間味を感じさせない獣のような唸り声。凶暴性が剥き出しになった真っ赤な双眸。膨張し黒く変色した剥き出しの筋肉。手には人の身長ほどもある巨大な棍棒が握られている。

 精悍でありながらも、どことなく愛嬌のある顔立ち。月光に照らされ輝くように靡く銀髪は、黒い髪止めで結われていた。そして白銀の甲冑に身を包み白い外套を羽織った姿は王と神に忠義を捧げる〝聖騎士〟そのものだ。手には聖騎士に相応強い華美に鍛えられた輝煌の聖剣がある。

 黒く変色した金剛石の肌/銀色の甲冑に覆われた肌。

 狂気に濡れた紅い双眸/蒼穹のように蒼い双眸。

 狂気と聖気。

 相反する気配を放ちながらも、身長や顔立ちはまったく同じもの。

 同じなのはそれだけではない。双つの影は魂からその起源に至るまで完全に同一の存在だった。

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に従い参上した」

 

 聖騎士を象徴する男はそう真面目な口調で発言し、

 

「問おう―――――」

 

「■■■■■!」

 

「って……なんじゃこりゃ!?」

 

 鏡写しの自分を目の当たりにして、素っ頓狂な叫び声をあげた。

 

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