Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
暴露してしまえば、鬼柳大佐は最初から上層部からの指令に懐疑的だった。
聖杯戦争。人類史に名高い英雄を蘇らせ、殺し合わせるという魔術師が始めたという儀式。正確には蘇らせているというよりは『降霊』しているという表現の方が正しいらしいが、魔術師ではない鬼柳大佐にとってそんな違いは実にどうでも良いものである。
「この訳の分からん儀式を制し、聖杯を手に入れろ、か。まったく上の御歴々の考えることは分からん」
そもそも――――とある縁あって魔術の存在を知っている鬼柳大佐であるが『鬼柳輝三』という男は現実主義者であり、魔術のようなオカルトに傾倒する人間とは真逆の性格をしていた。魔術の存在こそ『実例』を目の前で見せつけられたことで止むを得ず認めているものの、流石に過去の英霊を呼び出すなんて眉唾は到底信じることができなかった。
しかし鬼柳輝三は大佐の階級を預かる帝国軍人だ。どれほど信じ難いことであろうと、上層部が『ある』と言えばあると信じる他ない。
「大体だ。聖杯というのは確か聖人の血を受けた単なる杯だろう? たかがコップを手にしたからといって本当に我が国の利益になるというのか? 大敵たる米国や英国を打倒しうる切り札に……なりえるというのか? 上層部の判断を疑いたくはないが、私には到底信じられん」
「それは愚問だよ?」
鬼柳大佐の問いかけに答えたのは、白と黒を基調としたドレスを着込んだ妙齢の女性。
カーテンを閉め切った質素な室内で、洒落に日傘などを差している女はお伽噺に出てくる悪い魔法使いのようであった。しかしてその正体は見た目通りの魔女である。鬼柳大佐は詳しくは知らないが、軽く数百年は生きている魔術師らしい。軍属どころか日本人ですらないが、帝国陸軍には自らの趣味を許容することを代価に魔術方面のアドバイサーとして協力しているという。
「合衆国? 英国? そんな連中なんてお話にもならないよ? だって『聖杯』を手に入れるということは『全て』を手に入れるも同じなんだから」
「大言壮語はそこまでにしろ」
「あははははははははは、あははははははは、あははははははははははははは!」
「なにが可笑しい?」
「可笑しいよ。可笑しくて可笑しくて内蔵がビチビチに捩れちゃいそう! 話を聞いていなかったの? 聖杯なんだよ? どんな願いでも叶えられるってそういうことでしょ。世界征服だって、世界統一だって、世界滅亡だって、世界凌辱だってぜーんぶがびょーどーに等価値。だからヴォルフちゃんのとこのヒムラーも熱心に探してるんじゃない。ま、ヒムラーくんは色々見当外れだけど『結社』は本物だよ。ヴォルフちゃんの夢の千年帝国樹立のために本気で聖杯を狙いにきてるもの」
「……ナチスが聖杯戦争に参加するというのは、やはり本当なのか? それと『結社』とかいう組織の実在も」
「間違いないよ! だって私も『結社』の一員だしね」
「…………なんだと?」
「二重スパイってやつ? マタ・ハリみたいで心臓がバクバクしちゃったかな?」
「我々を謀ったのか、
魔術師ではない身で、陸軍の魔導機関に所属しているのは伊達ではない。鬼柳大佐は目にも留まらぬ速さで拳銃をフランチェスカという名の魔女に照準した。
ただの銃で魔女を殺す事は出来ないだろうが、装填されている弾丸は高位の神職によって加護が施された特別性である。サーヴァント相手にも一定の効果を見込めると太鼓判を押された銃弾であれば、フランチェスカを殺すことも出来るだろう。
「堅いねー。女の子にカタいのを向けていいのは布団の上だけって習わなかった?」
「簡潔に答えろ。貴様は
「うーん、どっちかというと味方?」
「何故曖昧だ」
「だってだってこの聖杯戦争での私は黒幕の一人じゃなくて、単なる参加者の隣で好き勝手クレームつけたりエールを送ったりするだけの端役だし。敵対したり裏切ったりしてもあんまり意味も意義もないじゃない。『結社』に所属したのも、ここに入るより前だしね」
「ならば貴様は『結社』にとっての裏切り者ということか?」
「うーん、難しいなぁ。そもそも『結社』って組織としてはあんまり成り立っていないんだよね。
「要するに性質の悪い時計塔ということか」
「それそれ! ピッタリな表現だね!」
「だが組織として成立させるには、流石に無法ではないだろう」
「うん! 『結社』には幾つか禁止事項があって、それを破ると死ぬんだよ。殺されるとかじゃなくて死ぬの。一種の
「……ならお前はどうして生きている?」
「死んだよ? この体は使い始めてまだ一か月くらいだし。でも死んだってことは、その罪は許されたってことでしょ?」
「…………」
「だから安心していいよ。少なくとも私は君達の邪魔をするつもりはないから」
死刑を喰らったが死ななかったから釈放。フランチェスカが言っているのはつまるところそういう理屈だ。
本当にそれで『結社』が納得したのかは知らないが、少なくともフランチェスカが陸軍を裏切らないならば良い。鬼柳大佐は銃口をフランチェスカの眉間から外した。
「あ、信じてくれたの?」
「元より信じていなかった。裏切る素振りを見せたら処分する――――当初の予定通り変更はない」
「つれないなぁ、そんなんじゃ女の子にモテないゾ!」
「それで貴様が『結社』の一員なら、ここに来る人員も掴んでいるのだろうな?」
「もちロン。伊達に齢を重ねたわけに非ず。『結社』にも幾つか派閥があってね。たぶん来るのはロディウス・ファーレンブルクって魔術師を中心にした連中。ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアとベルンフリート・V・D・ローゼンハインの二人がこの地にやってくることは確実かな
大佐くんは知らないだろうけど、この二人はどっちも良くも悪くも名を馳せた怪物。特にベルンは比喩ではなく正真正銘の〝怪物〟だよ? 悪意100%で忠告すると、あんまり警戒しないで握手を求めてみたら? 案外とOKしてくれるかも」
「……ふむ。つまりその二人は要警戒ということか。それとフランチェスカ、私がするのはあくまで〝支援〟であって、私自身がマスターとして参戦するわけではないぞ」
聖杯がマスターに選ぶ第一条件は、魔術回路をもった魔術師であることだ。
鬼柳大佐には申し訳程度の魔術回路が数本ほどあるが、実家が極普通の家庭だったため、魔術の修行など一切したことがない。幾ら聖杯が自らを欲する者に令呪を与えるからといって、半人前以下の鬼柳大佐を選びはしないだろう。
「分かってるよ。だから私が提案した悪趣味な選抜させたんでしょ」
「……そうだ」
フランチェスカの言う通り鬼柳大佐が『支援者』として最初に行った仕事は、戦いに参加するマスターを選定することだった。
上層部が選んだ候補者は二十人程いたが、魔術は門外漢の鬼柳大佐に誰が最もマスターの適正があるかなど分かるはずがない。大体鬼柳大佐がマスターとして選んだところで、聖杯の方がその人物をマスターに選ばなければ何の意味もないのだ。
そこで鬼柳大佐は最も簡単で分かり易い方法でマスターを撰ぶことにした。
「マスター候補全員を冬木市へ赴かせ、令呪を宿した人間を帝国陸軍のマスターとする。人間に選べないなら聖杯に選んでもらおう大作戦。まさか実行しちゃうなんて思わなかったけど」
「〝聖杯〟は相応しいものに令呪を分配するのだろう。だったら碌に魔術を知らぬ私より、万能の聖杯とやらに選んでもらった方が手っ取り早い。これで二十人のうち七人が令呪を宿してくれれば、戦う必要もなくなるのだがな」
「それは無理だよ。だってそれじゃゲームが成立しないじゃん! 令呪は御三家に優先的に配分される仕組みになってるし、聖杯はたぶん意図的に一つの陣営に二つ以上の令呪がゆかぬようにしているんじゃないかなぁ。一人でも宿れば合格点だよ」
「承知している。単に言っただけだ」
「なんなら、私がマスターになれば良かった?」
「駄目だ。お前は信用ならん」
「手厳しいなぁ。女性に優しくするフェミニスト精神が足りないよ?」
「お前がただの女であればな。数百年を生きた妖怪婆に対して払う敬老精神は、生憎と私は持ち合わせていない」
鬼柳大佐の冷たい視線を浴びて、フランチェスカは皺一つない顔を醜悪に歪めて嗤う。
利害に敏い者、義理人情で動く者、復讐心で動く者。
鬼柳大佐はこれまで様々な人間を見てきたが、フランチェスカほど掴み処のない女は魔術師にもいなかった。こんな女をマスターとして擁立したところで、陸軍の思い通りに動かせる保障はない。アドバイサーとして留めておいて、実権は一切与えないのがベターだろう。
そうして鬼柳大佐が思考を巡らせながら、煙草に火をつけ一服つこうとした時だった。部屋に設置されている通信用の魔術礼装に反応があった。
通信技術もまだまだ未発達の現代。コストはかかるものの、これ一つで地球の裏側とも交信可能で、しかも盗聴の心配もないというのだから魔術というのも便利なものである。
『大佐、鬼柳大佐。お喜び下さい』
「どうした?」
『たった今、冬木に入った二十人の候補者から令呪を宿した者が現れました。これで我々は本格的に聖杯戦争に乗り出すことが出来ます』
「成程。朗報だな」
取り敢えずこれで第一関門はクリアである。
最悪誰一人令呪を宿さず、他のマスターから令呪とサーヴァントを強奪することすら考慮に入れていたため、その必要がなくなったことは正直嬉しかった。
「その者を直ぐに帝都へ呼び戻せ。令呪を宿した以上、早々に英霊とやらを召喚する必要がある。そちらに召喚のための『触媒』を遅れれば手っ取り早いのだがな。アレはそう易々と動かせる代物ではない。英霊の召喚はここ帝都で行ってもらう」
『了解です。他十九人の候補者達に〝彼〟の護衛をさせます。確実に彼を帝都へ送り届けましょう』
「頼んだぞ」
『はっ!』
鬼柳大佐は部下の返事に納得し通信を切る――――ところで、手を止めた。
「待て。聞き忘れていたことがあった。令呪を宿したのは……誰だ?」
『相馬戎次……第4魔導機関所属、相馬戎次中尉です』
机に重なった書類の山から、二十枚の候補者リストを引っ張り出す。果たしてその中に相馬戎次の名はあった。
第4魔導機関。帝国陸軍が倫敦にあるという魔術協会に対抗するために組織した、研究機関である。相馬戎次はそこの対魔術師戦闘部隊の所属のようだった。特記事項として彼はその中でも戦闘能力において右に出る者はいないと記されていた。その力は『生きる英霊』と称しても過言ではないだろうとも。
「相馬戎次……そうか誰かと思えばあの相馬戎次か。六・二二事件で首謀者の
狼の如き眼光と、真面目に引き締まった表情。碌に手入れのされていないボサボサの髪は、狼の体毛を思わせた。
六・二二事件、正式には神代事件。首謀者である神代閖夜を筆頭として魔術関連に深く関わる出来事だったため、歴史には残らず闇に葬られたが、一歩間違えれば国家転覆すら有り得たという恐るべき事件である。
その事件で相馬戎次は元同僚であった神代閖夜を捕え、その功をもって曹長から中尉まで特進を果たしたのだ。
「勿体ないな。これが魔術関連の事件でなければ、彼は大々的に英雄として祀り上げられただろうに。いや例え表沙汰にならずとも英雄は英雄、か」
生きる英霊と称されるほどの男が、正真正銘の英霊が集う聖杯戦争でどう戦うのか。
任務でこんなことを考えるのは不謹慎であるが、少しだけ鬼柳大佐は興味を覚えた。
そんなこんなでFakeからフランチェスカ参戦。といっても体は別ですが。