Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
魔術協会の目が届きにくい事に目を付けた魔術師たちが、開国を機に多数移住してきたこともあって今や日本にはそれなりの数の魔術師が住んでいる。御三家の一つたる間桐も海外からやって来て日本に根付いた魔術師の一族の一つだ。
魔術師の人口という点でいえばイギリスを筆頭とした西洋諸国とは比べるまでもないにしても、隣の中華民国を始めとするアジア諸国の中では日本が頭一つ飛びぬけているだ。
そんな中で相馬戎次の生家である『相馬家』は、元から日本に土着していた魔術師の家系でありながら400年の歴史をもつ家系だ。これは日本土着の魔術師の家系として有名な『蒼崎』や『遠坂』を超える長さである。だがその一方でそれだけの歴史を持ちながら、相馬家のことはまったく時計塔には知られてはいなかった。
戎次の相馬家が本家から枝分かれした『分家』に過ぎないから……ではない。魔術師として劣っているからでもない。分家である相馬家はまだしも〝本家〟は冬木にも引けを取らない極上の霊地を抑えているし、魔術回路と魔術刻印も極めて優れている。特に歴代でも随一とされる現在の本家当主の実力は、時計塔の十二の
相馬の〝本家〟が魔術を学んだのは『根源』を目指す為ではなく護国のため。
西洋魔術師や聖堂教会などの勢力が日ノ本ヘ入る事を防ぐため、時の指導者によって魔術を学ぶ事を命じられた、対魔術師戦に特化した魔術師一族こそが〝本家〟の正体である。維新により指導者が幕府から政府へと変わっても『本家』の在り方は変わらない。
彼等は国を覆う鎖にして、罪人を縛る縄。国を犯す外敵あればこれを防ぎ、国を蝕む内敵あればこれを絞め殺す。分家の長子である戎次が帝国陸軍へ属しているのもそれ故である。
とはいえ相馬戎次という男は、例え相馬家に生まれずとも軍人となる道を選んだことだろう。
生家の影響ではなく、自らが自然と抱いた国とそこに住まう皆を守りたいという感情。
余りにも“戦い〟という分野に特化された魔術回路と身体能力。
これらを一切の無駄なく活かすには、軍人以外に道などなかったのだから。この時代では特に。
そんな戎次だから、いきなり上層部から聖杯戦争について説明され、冬木市へ行けという命令を受けた時も、驚きはあっても拒否する事はなかった。
戎次は己のことを一振りの刀であると自認している。刀は命令に疑問を持つことなどはなく、与えられた命令を遂行するだけだ。そういう意味で相馬戎次は国家にとって理想的な『駒』といえよう。
ただ彼が厄介なのは、野性的な嗅覚により命令の中にある真偽を見抜き、それが『国の害となる』と判断すれば、即座に命令者へ刃を向けることだろう。刀は刀でも名刀ではなく妖刀の類なのだ。
普通ならとっくに銃殺刑になってもおかしくないが、そうはなっていないのは『本家』の威光と彼の嗅覚が間違った事がないのが原因である。
ともあれ戎次は鬼柳大佐の命令通りに冬木市へ赴き、そこで令呪を授かった。
首筋に浮かび上がった日輪型の刺青。それが相馬戎次がマスターに選ばれたという証だった。
マスターに選ばれてからも戎次には休んでいる余裕などない。令呪が宿った瞬間、これまで自分と同じマスター候補だった魔術師達は自分の護衛となり、彼等全員の命を切り捨てても帝都へ帰還する義務が新たに生じたのだ。
幸いにして戎次の撤退を邪魔する者はなく、犠牲者が出ることもなかった。
そして帝都に着いた戎次を待っていたのは冬木行きを命じた当人たる鬼柳大佐と、如何にも怪しい臭いを漂わせる女の二人。鬼柳大佐は兎も角、女の方は明らかに人ではない。見た目の年齢は二十代前半といったところだが、最低でも二百年以上は生きているだろう。肉体は新鮮でも、魂の腐臭までは隠せない。
けれど一方で『嫌な臭い』はしても『裏切り者の臭い』はしなかった。それが国の害となる者なら上官だろうと問答無用で殺す戎次だが、それが嫌な臭いの持ち主だろうと『害になりそう』という憶測だけで切り捨てるほど狂犬ではない。今のところは警戒するに留めることにした。
「相馬中尉だな」
「はっ!」
「既に英霊召喚の用意は整っている。ついて来たまえ」
「了解しました、大佐殿」
鬼柳大佐と老婆に連れられ、戎次は地下を進む。
階段を降りて三分程だろうか。帝都を走るどんな地下鉄よりも深い場所にそれはあった。
まず目についたのは人間の血で描かれた魔方陣。次に巨大な台座に安置された木箱。恐らくあれこそが帝国陸軍が聖杯戦争のために用意した聖遺物なのだろう。木箱に厳重に『封印』されているにも拘らず、戎次は自分の心がざわめくのを感じる。
魔術師ではなく日本人の本能が叫んでいた。あの聖遺物は疑う余地なく国の至宝であると。
「サーヴァントを召喚するための詠唱は暗記してきたかな?」
「ああ。諳んじれるよう覚えてきた」
「なぁーんだ。覚えてないんなら罰ゲームに私の大脳をソテーにして食べさせようと思ったのに」
「意味のがとからんけん。大脳ば食べたっちゃんらなんか変わるんか?」
「んー? 辞書のページを破って食べると、そのページを暗記できるっていうじゃない。なら辞書なんかチマチマ食べるより、脳味噌丸呑みするほうが効率的でしょ? ね、試してみない? 試してみたくない? きっと甘いよ。乙女のイ・タ・イ・ケな脳味噌」
「…………にしゃっち話しとるっち頭の痛くなる。大佐、質問を宜しいですか?」
「なんだね」
「彼女の会話するのは義務ですか?」
「いや不要だ。無視して構わん」
「はっ。ではお言葉に甘えて」
「戎次ちゃんもカチココチンだね。もっと女の子との甘酸っぱい会話を楽しみなよ。軍隊じゃ男所帯だったんでしょ」
「大佐、初めて宜しいですか」
「構わん。準備が出来ているならやりたまえ」
大佐の言葉に甘えてフランチェスカを完全に無視して、戎次は魔方陣の中心に立つ。
英霊召喚。魔法使いですら使役することの叶わぬ英霊を、サーヴァントとして傅かせる想像を絶する奇跡。出自もあって魔術師らしさとは無縁の戎次だが、これから自分が本物の『英霊』を呼び出すのかと思うと、心の奥より込み上げてくるものがあった。
だが感情に流されるばかりではいけない。これからマスターとして戦うのならば、最低限聞いておかなければならない事が一つある。
「大佐。召喚の前に一つ質問しても宜しいでしょうか?」
「召喚前に術者に余計な迷いがあっても困る。言いたまえ、私に答えられることであれば答えよう」
「では。この聖遺物――――なんの英霊を呼ぶためのものか教えて頂けますか?」
「ふむ。当然の疑問だな」
戎次は例え与えられたサーヴァントがなんであろうと、全力で戦いに臨むつもりであるが、やはり召喚する前に自分がなにを呼び出そうとしているのかくらいは知らなければならないだろう。下手に自尊心が高い英霊を呼び出して、名前を知らないことに激怒されてはたまらない。
「これから戦いに参加する君だからこそ話すが、呼び出す英霊については上層部の間でも揉めに揉めてね。戦国時代の三英傑たる織田信長や豊臣秀吉。日本史随一の名将たる源義経、最強の陰陽師たる安倍清明などなど。流石に徳川家康という案は即座に却下となったがね」
それはそうだ。徳川家康は日本史でも屈指の英傑ではあるが、この政府は家康が興した幕府を倒して生まれたのだ。家康にとって、大日本帝国は敵も同然。最悪聖杯戦争の前に主従間で戦争が起きかねない。彼が絶大な信仰心を受ける英雄といっても、召喚するメリットにデメリットが釣り合ってないだろう。どうせ呼び出すなら強くて従順なサーヴァントがベストである。
「だが最終的には『剣の英霊』が最優のクラスであるという情報を掴んだことで、候補は一騎に絞られた。即ち、日ノ本の国で最強であると名前に刻まれた剣士でね」
「まさか……!」
「そうだ。我々帝国陸軍が呼び出す英霊は
戎次は戦慄する。日本人で日本武尊を知らない者などいやしないだろう。英霊の強さが信仰によって決まるのであれば、この国の聖杯戦争において日本武尊を勝る英霊は存在しないと断言できる。
鬼柳大佐が最初にあげた英霊たちも、戦闘力という一点においては一歩譲らざるを得まい。
「ということは、その台座に置かれている聖遺物は――――?」
「推察の通り熱田神宮から特別に借りてきたものだ。この国の至宝故、外気には晒せぬが許せよ」
「分かりました。では相馬戎次、始めます」
「うむ」
これで戎次の心中にあった僅かばかりの不安は木端微塵に消え去った。
日本武尊。これほどの英霊をサーヴァントとして与えられるのである。戦力は十二分、これで負ける事があれば言い訳の余地なく自分の責任だ。
触媒たる聖遺物に問題がないのであれば、マスターたる自分は全霊をもって戦いに挑むだけ。例え相手が万夫不当の英霊たちの軍勢だろうと、その総てを打ち取って聖杯を手に入れてみせよう
戎次は全身の魔術回路に魔力を流し込み、サーヴァント召喚の詠唱を一言一句違わずに行う。そして、
「問おう」
魔方陣から舞うのは穢れのない白雪。戎次は、目をこれ以上ないほど見開いて絶句する。
「なんだか大勢雁首揃えているけど、貴方が私のマスターだね。坊や」
戎次だけではない。鬼柳大佐もまたわなわなと肩を震わせながら驚愕していた。
それも仕方のないことだろう。なにせ魔方陣から現れたのは日本武尊とはとても思えない、白い着物を纏った美女だったのだから。
日本武尊には女装して熊曾建を討伐した逸話が残っているので、女性的な容貌をしていても不思議ではないが、これは女装などという次元ではなく正真正銘の女性だ。男性にはない胸のふくらみと、喉仏がないことが何よりもの証明である。
そもそもにして男を蕩かすような艶やかな雰囲気は、日本武尊の印象とはまったく合致しない。これなら『玉藻の前』や『藤原薬子』と言われたほうが信じられるというものだ。
聖杯戦争に乗り気でなかった鬼柳大佐も、召喚者である戎次もまったく想定外の事態に一歩も動けないでいた。
「念のために確認するぞ。お前の真名は…………日本武尊で、クラスはセイバーか?」
どうにか質問した戎次に、女は口元を抑え、氷の微笑をもって答える。
「ふふふふっ。この私が
僅かな期待を粉砕するように、女性から返ってきたのは明確なる否定の言葉。鬼柳大佐は自分の胃がストレスで捻じれた事を確信した。
「私のサーヴァントとしての
魔方陣からふわりと浮きあがったライダーが、誘うように戎次の唇に指を這わせる。
ひんやりと冷たい感触と、表には出さなかったものの気恥ずかしさで、戎次はライダーを振り払う。
「それで私の真名は――――――」
誰もが驚きを隠せない中、フランチェスカ一人だけが不気味に笑みを浮かべていた。