対談と、回想を交互に描いていきます。一話だけは例外ですが。
序章:μ's、トップアイドルになる
【本編再生】
「μ'sは……続けようと思う」
ーーー全ては、この言葉から始まった。この言葉が示す選択は、私に、高坂穂乃果に、一生かけても消えることのない後悔を生み出すこととなった。
学校の中庭にて私が突然言い出した言葉に、皆は困惑した。木々のせせらぎが穏やかに聞こえるなか、私たち9人の空気は一気に緊迫した。私の言葉にいち早く、にこちゃんが飛び付くように叫んだ。
「はぁ!? 何いってんのあんた!! μ'sは、今度のライブで解散するって決めたじゃない!!」
「そ、そうだよほのかちゃん、皆で話してそうしようって……」
ことりちゃんも、にこちゃんに賛成の意を表する。でも、その選択を選んだのにも理由がある。
「そうだけど……やっぱりファンを裏切ることは出来ないよ……」
私は、ファンを裏切りたくない。その想いでこの言葉を言った。
今、私たちは人気絶頂期にある。アメリカにて宣伝ライブを行い、スクールアイドルの祭典、ラブライブがアキバドゥームで行われるかも知れない事態になり、必然的に私たちμ'sは出場を期待されている。しかし、私たちのなかに、今年で卒業する三年生が3人もいるのでμ'sは卒業を機に活動終了を考えていた。私たちは、今その選択の岐路にたたされている。ファンを選ぶか、スクールアイドルとしての形を選ぶか。
それで、私はファンを選んだ。期待されているなか、それに答えなくてはいけないと思ったから。絵里ちゃんや希ちゃん、にこちゃんたちが卒業しても、9人でやっていきたいから。
「私は、ファンにも答えたいし、みんなとまだまだ一緒にいたい。一緒に、歌ったり、踊ったりしたい」
私は、はっきりと伝えた。反対されるのは分かっている。これが正解なのかも分からない。でも……私はそうしたい。
「……私は、穂乃果に賛成です」
「海未……」
「私は……ファンの期待を無視することはできません。サインだって、恥ずかしくておどおどしちゃいますけど、それでもファンと一緒にアイドルをしていきたいし……それに、この9人でずっと、ずっと一緒にいたいんです。穂乃果の思い、私も同じです」
「海未ちゃん……」
海未ちゃんは、絞り出すように言った。しかし、真姫ちゃんが鋭く反論する。
「待って、私たちはここで終わりにするって決めたでしょ!? 終わるときは終わる、それで納得したはずじゃ……!」
「そうよ、私だって、真姫だって、やりたいけど……けじめってもんがあるでしょ!?」
にこちゃんも真姫ちゃんの肩を持つ。中々意見はひとつになりそうにない。
「ことりはどうなのよ!? あんたも反対していたでしょ?」
「ふぇ?」
「どうなんだって聞いてるの!!」
にこちゃんが大声でことりちゃんに意見を求める。ことりちゃんはおどおどしながらも、にっこりと笑って、言った。
「確かに最初は、反対だった。でも私は、穂乃果ちゃんが選ぶ道なら、どこでも行くよ? だって、穂乃果ちゃんの友達だから。ーーーこのμ'sが大好きだから。穂乃果ちゃんがいなかったらμ'sもなかったし」
「あんたねえ……真面目に考えなさいよ!!」
「っ……真面目だよ!! 私はμ'sが好き!! いつまでもみんなと一緒にいたい!! だから……だから……」
「にこっち、言い過ぎや。ことりちゃん泣いてるやん」
希ちゃんが仲裁に入る。顔を押さえて泣いていることりちゃんを、海未ちゃんが支える。
「希、あんたはどう思うの……?」
にこちゃんが希ちゃんに問う。希ちゃんは、柔らかい笑みを浮かべてこう言った。
「うちはね、やめるべきだとは思う。でもな、やりたいって言っている人の気持ちを無視したり、無下にしたりするのは、出ていくもののすることじゃないって考えてるんや」
「でも……」
「それに、うちだって続けたい。やりたい。本音はそれや。にこっちは、どう思う?」
「き、決まってんでしょ!? やりたい、やりたいわよ!! でも……でも……」
にこちゃんは泣き出した。希ちゃんが抱きしめる。にこちゃんはすがるように希ちゃんの胸に顔を埋め、嗚咽を漏らす。
「絵里ちはどうするん?」
にこちゃんをなだめながら絵里ちゃんに聞く。絵里ちゃんは顔を俯かせながらも、伝えた。
「私は、穂乃果に賛成する。やりたい、続けたい。心変わりしたって思われるかもしれないけど……やりたい。私を変えてくれたのは、アイドルだから。ずっと、やっていきたい」
「わ、私もだよ穂乃果ちゃんっ。……私だって、アイドル好きだから……μ'sのことが好きだから……解散なんて嫌だよ!」
「かよちん……凛も同じだよ」
かよちゃんが涙ながらに叫び、凛ちゃんが肩を支えている。皆、想いは同じ。μ'sを続けたい、アイドルを続けたい。スクールアイドルという形にこだわらず、アイドルをしたい。
「真姫ちゃん、確かにけじめをつけてやめようとは言った。でも……もしファンを裏切っちゃったら、それはそれで後悔しちゃうかもしれない。穂乃果はそれはいやだ。だから、μ'sはこのままがいい。ーーーどうかな?」
ただ一人納得していない真姫ちゃんに私は説得する。真姫ちゃんは目をきつく閉じて聞いていたが。
「はぁ……分かったわよ。私だってアイドル続けたいし、ファンは裏切りたくない。μ'sは、このままでいきましょ」
これで、全員の意見が一致した。選択は、決まった。道も決まった。
私たちは歩き始める。
破滅の道をーーーーーー。
その年の3月。
歯車は、軋み始めた。
「そう、続けることにしたのね」
「はい」
UTX学院の応接間にて、人気スクールアイドルグループ《A-RISE》のリーダー、綺羅 ツバサさんが私たちの決断を理解してくれた。ツバサさんやあんじゅさん、絵玲奈さんには相談に乗ってもらったりと助けてもらっている。だから私は最初にツバサさんに報告しようと決めていた。
「なるほどね……またあなたたちと張り合うことができるのね。楽しみだわ。どこか事務所探すんでしょ?」
「はい。どこか良いところありますか?」
A-RISEは卒業してもどこかの事務所に所属してアイドルを続ける選択を選んだ。つまり再びライバルとして高め合える。やはりこの選択でよかったのだ。自分の好きなことをやっていく人生ほどいいものはない。
「うーん、私たちと同じところじゃライバルとしては戦いにくいし……これなんてどうかしら?」
ツバサさんは胸ポケットから一枚の名刺を取り出した。ピンクが目立つ、可愛い名刺だ。事務所名は、《StarDrop Production》と書いてある。
「これは?」
「まだまだ実績はないけど、確かな経営者が創立した事務所よ。貴方たちのことはよく見ているらしくて、申し込めば一発でOKがもらえると思うわ」
「ほんとですか!? 後でみんなに相談してみます」
「ええそうするといいわ」
そういうとツバサさんはすぐににっこりと笑う。そして紅茶を口に含みながら言った。
「とにかくしばらくしたら皆でその事務所にいってみるといいわ」
「分かりました! じゃあ今日はこれで!!」
私は笑顔でそういうと、駆け足でみんなの元へと向かっていった。
「事務所ですか?」
「うん、こういうとこ!」
あの後私は学校に戻り、屋上に向かうと皆はライブのために練習していた。私を見るとみんな笑顔で出迎え、集まってきた。そのタイミングで私は先程の名刺をポケットから取り出したのだが。
「へぇ……聞いたことないわね」
「そうやね絵里ち。にこっちは?」
「さあね。無名なところかしら。にこはいやよ」
「かよちんは知ってるの?」
「知らないよ……でも、この経営者の名前は見たことあるよ。畠山 哲って人。過去にトップアイドルを排出している人だよ。きっと独立して事務所を立ち上げたんだ」
「へぇーすごいねぇ……ことりここにしたいな……」
「ことり、まさか本当のアイドルになるつもり?」
「まあゆくゆくはそうなると思いますよ、真姫。だったらこういう有力な方がいた方がいいのではないでしょうか」
「まあ、別に依存はないけど私は医者も継がなきゃいけないからね。実家病院だし」
どうやら賛成の方向だ。私は早速行動に移そうと携帯電話を取り出した。
「ちょ、ちょっと穂乃果!?」
「え、事務所に電話するんだよ? もう連絡した方がいいと思って」
「いやいや早すぎるでしょ!!」
「えーそうかなー? まあいいや」
私は発信ボタンをポチっと押した。皆の叫び声が聞こえるけれど無視した。
「あー、もしもし。スタードロッププロダクションさん? ですか?」
「はい、こちらスタードロッププロダクションです。どちら様で」
受付の人は女の人だ。すごく優しそうである。私はほっとして名乗った。
「私は、μ'sの高坂穂乃果です。あの、その……」
「ああ、μ'sですか! 私もμ'sのファンなんです。それで、どのようなご用件で……」
「その……私たちスクールアイドルなんですけど、その、3年生が卒業してしまうためスクールアイドルじゃなくなっちゃうんです。そこで……そちらの事務所でプロデュースしてもらえればなあって……」
「ああ、なるほど。しかし何故弊社のような弱小事務所に入ってくださるんですか?」
「ええっとA-RISEの紹介で……」
「そうなんですか……。うちとしては喜ばしい話です。是非入っていただきたいです」
「そうですか! 分かりました。近い内にそちらにお伺いします」
「分かりました。それでは次回のラブライブが終わった頃にお越しいただければと思います。やるかどうかわかりませんが」
「きっとやりますよ。分かりました。じゃあこれで失礼します」
受付の人は電話を切った。すぐさま私はみんなにことの次第を報告した。
「なるほど……とりあえず内定はとれたという形ですか?」
「まあ、そうかな」
「とりあえずμ'sのこれからはこの辺で置いといて、練習しましょ。今度のライブに向けて、最高のパフォーマンスを準備しないと」
絵里ちゃんの言葉にみんな頷き、練習を再開した。そう、これがμ'sの、スクールアイドルとしての集大成だ。だから、必ず成功させねばならない。
私はワクワクしていた。最高のパフォーマンスを作るために、ステップを踏み声を出すことにワクワクしていた。みんなと作り上げるひとつの作品。それを作れるほど楽しいものはない。それは変わらない。それを、見ている人に伝えたい。
その想いを胸に、私たちはライブに向けて毎日遅くまで練習し続けた。自分達のやれることをすべて出しきり、次のステップへと繋げる大事なライブ。手を抜くことは許されない。
そしてライブ当日を迎えた。曲名は《僕たちはひとつの光》。
古い形としての、スクールアイドルとしてのμ'sは、この9人は終わってしまうであろう。でも、さよならじゃない。これからがまだある。これからも、一緒だから。離れることはない。だから……僕と君はまたどこかで会える。いつも、一緒だから。ファンと僕たちは、離れない。
ファンにこの想いが伝わったかは分からない。スクールアイドルをやめるが、歌い続ける意思を伝えたこの曲。未来へ羽ばたく光は、輝きを失うことなく突き進む。それが私たち。
だって僕たちは……ひとつの光だから。
光は、秋葉原のステージにて……透明でまっすぐな宣言を、サイリウムやペンライトを掲げて盛り上がる沢山のファンたちに告げた。
私たちμ'sはライブと、デュームにて行われたラブライブをこなしたがどちらも大成功を修めた。ライブのビデオの再生数は恐ろしい桁を誇り、ラブライブは再び優勝するなど、うなぎ登りの成長を見せている。
希ちゃんと絵里ちゃんとにこちゃんは卒業し、スクールアイドルではなくなったがアイドルは続けることを選び、事務所に入ることを決断した。
でも、入るのは3人だけじゃない。私も含めて6人も、スタードロッププロダクションに入ることを決意した。理由は、9人で一緒にいたいから。学校は辞めないことを条件に私たちは、プロの道へと入った。
ラブライブが終わった翌日、私たちは事務所のドアを叩く。新しい事務所のようで建物はとてもきれいだ。ドアが開き、受付の人が出迎えると、その奥に若い男性が回転椅子に座っていた。物腰は低く、とても話しやすい人だった。私たちを快く受け入れ、待遇もなかなかよかった。スタジオは完備、給料も高め、レッスンコーチも用意してくれるのことだ。これ程ありがたい話はない。
私たちは握手を交わして学校に戻った。皆受かれて喜んだ。プロの道のはじめはいい感じだ。練習に励み、μ'sをもっと大きくしよう。楽しくやっていこう。その気持ちが強くなっていくのを私はしみじみと感じていた。
そして……あれから数ヵ月がたったある日。
事務所に入ってから最初のライブが行われることが決定した。
ラブライブに比べれば規模は小さいが、プロに向けての最初の第一歩には変わりはない。私たちはあえて新曲を考えず、メドレー方式でライブを行った。
結果はまずまずだった。お客さんもたくさん来て盛り上がりはすごかった。が、私たちのあとにやったアイドルグループの方が、上だった。テンションも、ダンスも、声量も、曲のクオリティも。
私たちはあの日以来練習を重ねた。スクールアイドルと云うものは仮のアイドルにすぎないことを改めて実感させられた私たちは、今まで以上に厳しく歌い、踊り、律していく。私たちが生き残るには、練習しかない。毎日遅くまで学校の屋上に残り、休み時間ですら犠牲にし、成績をも捨ててアイドルへなろうと努めた。
そんな、過酷な修行の日々が続くこと3年。全員が音ノ木坂学院を卒業して、本格的にアイドル活動へと打ち込めるようになった。大学には真姫とことりと海未のみが行き、それぞれのやりたい勉強と両立することになった。真姫の場合は病院を継がなくてはならないので医学部に向かったが、同時に作曲の勉強をするために音楽学校にも行っている。ことりは被服を学べる専門学校に、海未は文学部へと入り、μ'sの柱の役割を全うしている。
他のメンバーはというと、朝から晩まで練習である。ライブのために、アイドルのレベルに追いつくために。ただ高校時代の体力作りの成果もあって、バテることはなく練習をこなせている。
そして練習を重ねに重ねて迎えた、ひとつの大きなライブ。
私たちはそのステージでありったけの力を奮い、歌い踊った。ラブライブに匹敵するレベルに大きなステージの中で、私たちの歌声が響く。サイリウムが光の海を作り出す。会場が一体になる。この感動は、過去最大級のものだった。ラブライブの時なんて比じゃないレベルだ。ぞくぞくがとまらない。力が無限に溢れてくる。疲れなど感じない。
だってっ!
楽しいから!!
スッゴク、楽しいからっ!!!!
歓声が巻き起こるなか、私たちは最高のパフォーマンスが出来たと確信しながら舞台を降りた。結果は果たして、大成功。
大きなライブから数週間後。
ライブが終わってもなお練習に励む私たちに、またもや嬉しい知らせが舞い込んできた。
それは。
「おめでとうμ'sの諸君。この間のライブの曲、なんと今週のオリコンチャート一位だ! 君たちならやってくれると信じてた。本当に、おめでとう」
オリコンチャート一位。売り上げが一位。他の人気アイドルを抑えて、一位。つまり私たちは……。
「トップ……アイドルってこと?」
「現時点ではな。だが、たった3年でトップアイドルになれるとは思ってもいなかったよ。これからも、精進してくれ」
「は、はい!!!!」
嬉しかった。トップアイドルになれたのは嬉しかった。私たちがようやく世間に認められた。人気者に、なれた。
心のそこから全員で喜び、抱き合う。そして決意した。これからも、アイドルを続けていこう。アイドルは、天職なんだ。
嬉しさを胸に抱きながら私たちはさらに練習を重ねた。精進したい、もっと踊りたいから。私たちは新曲もバンバン発表し、素敵な衣装を纏い、プロに匹敵するほどの詞を奏で、斬新的なダンスを炸裂させていった。人気はうなぎ登りで、首位を維持し続けた。このままずっとμ'sの天下になる。その事実を自他共に知らしめた。週刊誌ではμ'sの時代到来と謳い、テレビ番組にも引っ張りだこになり、ドラマにも出演し、ラジオも成功を次々と修めていった。
そうしていくうちに、私たちは疑うことはなくなった。私たちの天下が覆されることはなく、無敵のアイドルだと確信するようになった。μ'sは、本格アイドルへと進化を遂げたことに、誰もが喜んだ。
***
『当時の私は、全く疑いもしませんでした。この選択こそ、絶対なものだったと信じていたからです。
でも、トップに上がるということは、それなりのリスクもあります。それを分かっていなかった。私は、バカだったから。……盛者必衰という言葉がありますよね。一度成功したものでも、いつかは廃れるという意味です。バカの私でも意味くらいはわかります。それを、私たちは本当の意味で分かっていなかった。だから……崩壊した。消えてしまった。μ'sは壊れてしまったんです。……今の私は、アイドルでもなんでもないただの歌手。アメリカにてジャズを歌うのが仕事であり趣味です。
私はどん底にまで落とされました。アイドルという存在に溺れたから。だからこうして細々と生活しています。それでいいと今は思っています。
ただ、私は思いますよ。もし、タイムマシンがあれば。
最初の選択の日まで戻してほしい。そしてμ'sの幕を下ろしたい。そうすればこんなことにはならなかった。取り返しのつかないことにならずにすんだんです』
そう、元人気アイドルグループμ'sのメンバー、高坂穂乃果は語る。
このビデオは、μ'sメンバーのその後をカメラに移した記録である。あのμ'sが突如として消えた、裏の事情にジャーナリストの私、
これは、盛者必衰を迎えたμ'sの話である。
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