トップアイドルμ'sの、破滅の物語   作:アズマオウ

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更新遅くなりました。取材と回想で二回に分けて書きます。
それとツイッターをはじめました。ユーザーページに詳細が書かれておりますのでよろしければご覧ください。


第9章:高坂穂乃果、悲劇を俯瞰する

 思えば、よくここまで私はやってこれたと思う。私が今までみてきた現実は、すべて過酷なものだった。スランプが訪れて西木野真姫は精神崩壊、園田海未と南ことりは麻薬に溺れ、絢瀬絵里は精神崩壊の末に矢澤にこを殺めて、星空凛はネット上で炎上して心に深い傷を追った。小泉花陽も絢瀬絵里の精神崩壊の犠牲となり、東條希は自責の念に駆られていった。

 どうだろうか、この事実は。大したことはないというのもよし、過酷だと思うのもよし。だけれども……この現実を目の当たりにしてきた私には、耐えられないものだった。

 今までアイドルとは自分の体を何のためらいもなく差し出せる、変態の一種だとも思ってきた。世間からもちやほやされ、ある意味得する変態かもしれないと思った。しかし……世間は容赦なかった。麻薬、精神崩壊、誹謗中傷、犯罪。こうした見えない闇の手が無数に伸びて捕まえてくる。その手に捕まったら最後。輝かしい光の世界には、二度と戻れない。

 μ'sのメンバーの大多数がその闇の手に捕まった。東條希、小泉花陽、高坂穂乃果は振り払うことができた。でも……その他は光ひとつない闇の地獄へと引きずり込まれ、もがく力すら失っている。光を放つはずのアイドルが、闇に染まっていき、いつのまにか忘れられていく。もがけずに外の世界を必死に睨むけれど届かない。誰も、みてくれない。

 そんな闇の旅は終わりに近づいてくる。闇の手が拱いているアイドルの世界の本質、意味が明らかになればいいと思う。

 

 帰国して一日休息を取った私は、音ノ木坂に来ていた。目的は他でもない。高坂穂乃果の取材である。メールですでに日時は指定してあるので問題はないはずだ。

 高坂穂乃果が指定した場所ば穂むら゙という和菓子屋だ。おそらくここが彼女の実家なのだろう。待ち合わせに和菓子屋なんて普通指定するわけはない。

 昭和風の引き戸と、天然素材の木の看板が特徴だと言われたので探してみると、確かにあった。こじんまりとしているが、結構立派だ。私は引き戸を引く。

 

「いらっしゃいませ」

 

 女将さんが大きく頭を下げる。ずいぶん若い。だが、髪の毛は茶髪であるので高坂穂乃果ではないようだ。待ち合わせ時間は間違っていないはずだ。

 

「あのすみません。高坂穂乃果さんはいらっしゃいますか? 彼女から呼ばれていて……」

 

「えっ? お姉ちゃんにですか? 少々お待ちください」

 

 女将さんが場を離れていった。しかし今お姉ちゃんといった。ということは、彼女は高坂雪穂ということか。全くこの家はアイドルを二人抱えているのか、とんだ家族だ。

 しばらくすると女将さんが戻ってきた。何でも二階に来てほしいようだ。理由は、案内するのが面倒だからだという個人的なものだった。

 仕方なく私は二階に上がらせてもらった。そして、高坂穂乃果の部屋をノックする。

 

「はーい?」

 

 元気のよい返事が聞こえる。

 

「三沢です。高坂穂乃果さんの部屋でいいですか?」

 

「うん、どうぞ入ってください」

 

 そういうことなのでお言葉に甘えてドアを開ける。そこにはテーブルについている高坂穂乃果がいた。お茶は用意されていないようだった。

 

「ゆきほー、お茶持ってきてー」

 

 挙げ句の果てには妹にお茶を持ってこさせる始末。高坂穂乃果とは、ここまでぐうたらな人間だったのか。

 健気な妹は二つのお茶を持ってきてくれた。

 

「いやー悪いね雪穂」

 

「お姉ちゃんったら……三沢さん、こんなお姉ちゃんですがどうぞゆっくりしていってください」

 

「いえいえお気遣いなく」

 

「では……あ、そうだ。これうちの看板商品なんですけど」

 

 高坂雪穂はポケットから何かを取り出した。手のひらサイズのまんじゅうのようだ。

 

「おまんじゅうですか?」

 

「はい、ほむまんと言いまして……どうぞ食べてみてください」

 

 包み紙を開けると、そこには「ほ」と表面に刻まれた皮が見えた。ものすごいインパクトである。さらに稲穂まである始末だ。私は一口かじってみる。餡子の甘味が絶妙でとても美味しい。

 

「美味しいです。帰り買っていきますね」

 

「本当ですか? ありがとうございます。それじゃあ失礼します」

 

 そういうと、高坂雪穂は部屋から出ていった。しかし、妹の方がしっかりしているな。姉は全く何もしない。ほむまんを美味しそうに頬張っている。もしかしたらこれが彼女の素の姿かもしれない。

 ほむまんを食べ終わり、お茶をすすった彼女はようやく口を開いた。

 

「ふぅ、美味しかったあ……。三沢さん。ビデオの取材、どこまで進みましたか?」

 

「取材ですか? もうほとんど終わっています。全員にもう会いました」

 

「ほぇ~もう終わっちゃったんですか? 仕事早いなあ……」

 

「迅速に動くこともジャーナリストの仕事ですから」

 

 私は笑いながら答えた。実際そんなに日にちはかけていない。すべて国内だったからというのもあるが、高坂穂乃果の住所や連絡先の提供がなかったらもっと掛かっていただろう。

 

「じゃあ、あとはもうビデオを作るだけですね」

 

「そうですね。でも、あなたは取材をまだ受けていない。あなたの取材を受けてはじめてビデオが完成するのです」

 

「そっか。まだ私の取材していないのか。分かったよ、なに聞きたい?」

 

 かなりサバサバしているな。躊躇いもせず、笑顔で私に質問を求めてくる。かつてはμ'sの太陽と呼ばれていた存在だけあって暗い表情は見せない。

 何はともあれせっかくのチャンスだ。無駄にしてはならない。私は早速質問を発しようと口を開く。

 

「では早速うかがいます。貴方はこの破滅を経験し、μ'sを失ったのですが、何故そんな破滅が訪れたと思いますか?」

 

「難しい質問だねぇ……まああの頃はバカみたいに考えていたけど、結局答えは出なかったよ」

 

「あなたなりの答えでいいんです。あなたたちにとってのターニングポイントは、一体どこだったんですか?」

 

 ターニングポイントを追うというのは私にとっても、そして本人にとっても重要だ。物事の本質や意味、その人の選択によって生じた結果の重さを知るピースになるのだから。

 これまでの人物のターニングポイントは様々だった。それぞれ後悔を抱き、ターニングポイントを見つけていた。だけれども……根本的なターニングポイント、すなわぢμ's゙のそれがまだわからない。今までアイドル個人の人生にターニングポイントを聞いたが……μ'sとしてのターニングポイントは、選択の瞬間は何処にあったのだろうか。

 高坂穂乃果はμ'sのリーダーだ。だからきっと選択を迫られる場面があったはず。

 ……例えばプロになるか、スクールアイドルのままやめるか。

 

「……私個人の人生でのターニングポイントなら山ほどあります。でも、μ'sのポイントは、私が考えるに一つしかないと思う」

 

 高坂穂乃果は苦笑いをする。今こそこうしてアイドル時代の笑顔に戻りつつあるけれどやはり影は隠せていない。ライブ映像の彼女には、影なんて全くといっていいほど無い。あるのは、太陽のような輝きを持つ、アイドルとしての彼女だけだった。今ここにあるのは、人としての高坂穂乃果だ。

 

「そこは、どこなんですか?」

 

「μ'sのプロ入りを考える時です。スクールアイドルとしての形を重視してアイドルを止めるか、ファンを重視してアイドルを続けるか。私は、後者を選びました。その結果が、これです」

 

 予想通りだ。やはりそこだった。

 そこがμ'sにとって、いや、芸能人にとって一番の選択だ。人気絶頂のときに止めるか、それとも続けるか。この選択は、時に人生を変える。それは、この破滅の物語を追ってみても分かる通りだ。妥当な、ターニングポイントであろう。

 彼女たちはやはりスクールアイドルの時点で止めるべきだった。スクールアイドルを重視すべきだった。

 そう同意を示そうとした。が、その前に高坂穂乃果が口を挟む。まるで、悪魔の言葉を吐くかのような、そんな笑みを浮かべて。

 

「でも、スクールアイドルというのは、実は形なんてなくて、幻影にすぎないんですよね。だから、大切にするも何もないですけど」

 

 高坂穂乃果は、口を開いた。

 幻影といったが、それはどういう意味だ? 

 

「どういうこと、ですか? 影も形もないというのは?」

 

「だってさ……私たちのやってきたことって、スクールアイドルって、紛い物だったから。そこで紡がれた世界の全てが、全部紛い物だったんだよ。偽物だったからだよ」

 

 偽物?

 思い出が偽物だと?

 ますます分からない。分かるとしたら、高坂穂乃果の思い出を、人生を否定するようなニュアンスのみ。それだけでも、かつての彼女とは比べ物にならないくらいに変わってしまっている。

 ただ何故偽物と決めつけるのか。そこだけが、わからない。高坂穂乃果のその変化も分からない。

 

「どうして、偽物だと思うのですか?」

 

「スクールアイドルっていうものが、全部嘘で塗り固められていたからだよ」

 

「それはどうして?」

 

 私が問うと、高坂穂乃果は表情を変えずに答える。悲しそうだけれども、淡白だ。そんな印象を受けた。

 

「考えてみてよ。スクールアイドルってさ、矛盾だらけなんだよ。アイドルっていうけど、本当のアイドルとは月とすっぽんだよ。何で肖像権を無視して勝手にスクールアイドルたちのグッズを販売できるの? 何で莫大なお金を出してくれるの? 何で本当のアイドルですら何十年もかけて到達できた海外でのヒットという領域に私たちがすぐに行けたの? 何で女子高生だけがファンなの? 何で私たちは、気づいていないの? もうね、あげたらたくさんあるよ。本当に、バカみたいにさ」

 

 弾丸のようにスクールアイドルを醸成する社会を叩き、呆れたような表情を浮かべる。一息ついたところで再び口を開く。

 

「結局のところ、私たちはそれっぽい舞台を用意されて、それっぽい環境を用意されて、お膳立てされた場所でただ純粋に踊って、歌っているだけだった。それも、遠くから見たらボロ丸出しの舞台で。私たちは単なる操り人形ですよ。アイドルよりも、滑稽なものです。だけど、普通の人がアイドルになれるということに感動して、そうした背景に盲目的だった。うまいビジネスなんですよ。簡単に引っ掛かってくれるんですから。ファンはもちろん、アイドルだって。だから、無駄だったんです」

 

 達観というべきか、偏屈というべきか。

 彼女の言葉には説得力はなくもない。スクールアイドルという環境を俯瞰的に見れば明らかにおかしい。私もその話を娘に聞いたとき、ふざけたものだと思った。印象としては……か弱い女の子を守るために、いや、心地いい思いをさせるためにアイドルの負の部分を取っ払った、ガタガタな業界だというものだった。つまり、光の部分のみしかスクールアイドルという業界には存在しない。あるとしてもその世界での勝負に負けたときに生じる闇のみ。少なくとも私が見てきた破滅の物語を拝むことはない。

 リアリストな発言を前にして私は失念していた。私が今目の前にしているのは、綺麗事を平気で宣うアイドルとしての高坂穂乃果ではなく、一人の女性としての、高坂穂乃果なのだ。アイドルとしての目線を既に持っておらず、一人の女性のものでしかない。

 

「当時の私は、全く疑いもしませんでした。この選択こそ、絶対なものだったと信じていたからです。でも、トップに上がるということは、それなりのリスクもあります。それを分かっていなかった。私は、バカだったから。……盛者必衰という言葉がありますよね。一度成功したものでも、いつかは廃れるという意味です。バカの私でも意味くらいはわかります。それを、私たちは本当の意味で分かっていなかった。だから……崩壊した。消えてしまった。μ'sは壊れてしまったんです。……今の私は、アイドルでもなんでもないただの歌手。アメリカにてジャズを歌うのが仕事であり趣味です。私はどん底にまで落とされました。アイドルという存在に溺れたから。だからこうして細々と生活しています。それでいいと今は思っています。―――ただ、私は思いますよ。もし、タイムマシンがあれば。最初の選択の日まで戻してほしい。そしてμ'sの幕を下ろしたい。そうすればこんなことにはならなかった。取り返しのつかないことにならずにすんだんです。……スクールアイドルという、偽りの光の幻想に囚われなければ、こんな選択を、しなかった。何にも、わかっちゃいなかったんです、私たちは」

 

 長々と、平坦に言いあげた高坂穂乃果はため息をついた。毒を吐いて、気持ち悪さが軽減されたけれど、それでも僅かに残るのだ。気持ち悪さが。

 だが、この一連の言葉は高坂穂乃果の、そしてμ'sの心情を表している。μ'sは誤った選択をした。もし違う道を選んでいたら、彼女たちは壊れなかった。全てを失うことはなかった。

 だけど、それを言うのは止める。私個人の意見を述べるのは取材の場ではあまりいいことではない。

 質問を変えよう。それも、私がここに来てから何となく気になっていたことだ。

 

「分かりました、ありがとうございます。では、次の質問良いですか?」

 

「いいですよ」

 

 先程までの苦しそうな表情が抜けて、笑顔を見せる。ただ、やはりぎこちなさはある。ただ、私が知りたいのはまさにそこだ。何故そこまで゙戻れだのか。

 

「あなたは先程、アメリカで歌手をなさっていると聞きました。アイドルから、どうしてそれになろうと思ったんですか?」

 

 私の質問が簡単なのか、彼女は拍子抜けしたような顔をした。そしてクスッと笑いながら答える。

 

「簡単ですよ。生計を保つためです」

 

「そうですか。ではもう少し聞きますが、どうやってあなたは再起したのですか? 希さんの取材に伺ったとき、あなたは死んだような声を出して絶望していたと言うことを聞きましたが、どうしてあなたは今ジャズシンガーになろうと思ったのですか? 生計を保つためならば、もっとその、確実性のある仕事の方がいいのでは無いでしょうか?」

 

 東條希の取材の時、高坂穂乃果の話が出てきた。彼女がμ'sの解散について高坂穂乃果に聞いたとき、心が壊れたように教えたということを取材で聞いた。だが、今は普通に話せるまでになっている。綾瀬絵理は解散以降喪心状態になって、そのまま亡くなってしまったが、高坂穂乃果は仕事までしている。時が経ったという答えだって正解だが、もう少しほしいのだ。何故、アイドル社会に裏切られてもなお、歌を歌う職業に就いているのか。烏滸がましい質問だけれども、聞かずにはいられない。

 

「あー、希ちゃんと電話したときだねそれ。まあ、確かにあのときは絶望したよ。だって……μ'sがいつの間にか消えちゃったもん。……で、なんで私がジャズシンガーになっているかって? ちょっと話すと長いかもしれないけどさ」

 

「是非聞かせてください」

 

 私は、お茶を煤る。別の道に進むこと自体が聞きたいのではない。何故、歌うことに、つまりアイドルによく似ている仕事に付こうとしたのかが、聞きたい。アイドルというものを憎むのなら、アイドルに破滅させられたのならば、普通は逃げるように全く関係の無い仕事につくはずだ。園田海未であったり、南ことりであったり、東條希であったり。

 自らが志し、それに裏切られた、頂点にたっていた女性の口から、再起への道が語られる。

 

 

 

 

 

 




次章:高坂穂乃果
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