私、三沢雪好は穂乃果さんから西木野真姫のご自宅の場所を教えてもらった。彼女はかつてはアイドルだったが、突如として引退してしまった。現在は小さな病院を経営して細々と生活している。今回取材はオーケーとなったのでさっそくカメラにその記録を納めることにしよう。
「こんにちはー」
西木野真姫の家はすごく豪華だ。何でも、腕が確かであることで有名な西木野総合病院を代々経営しているそうだ。彼女もその後を継いで現在は医師として食べている。
アイドルだった彼女が何故引退したのか、この場で聞ければいいのだが。
「……なんですか?」
ツンとした態度で、彼女は出迎えてくれた。容姿は当時とはあまり変わっておらず、年期を感じさせない。細められた目つきとすらりと伸びた紅の髪に心を奪われそうだ。今は医師として現場に立ってはおらず、私服でくつろいでいるところだろう。アポはとってあるので問題はないはずだが。
「この間お電話させていただいた三沢です」
「……穂乃果から聞いてるわ。入って」
「では、お邪魔します」
私はお言葉に甘えてお邪魔させてもらった。
しかし、驚きの一言につきる。まず、玄関はあり得ないくらいに広い。大きな料亭レベルに広く、とても住居とは思えない。まあ外見からして恐ろしく大金持ちムードは匂ってはいたが。リビングだってすごい。広いのはそうだが、椅子の数やテーブルの大きさが尋常じゃない。お客さんとかがたくさん来るからだろうか。内装もどこか落ち着いていて、高級感を感じさせるものに統一されている。
高級そうなお茶を出していただき、一口飲んでみる。美味しい。ほんわかと広がる芳ばしい匂いが堪らない。
「……で、何を聞きたいの?」
「単刀直入に言いますね。どうしてμ'sを抜けたんですか?」
「本当に直ね」
彼女はくすっと笑いながらお茶を口に含む。話すべきか迷っているようだ。
「どうしても話したくないなら、結構です」
「……いえ、話すわ。いつまでも下らない噂話されても困るもの」
μ'sの突如の解散は話題になり、根も葉もない噂があちこちに飛び交った。その真相が、今彼女の口から語られる。
***
μ'sは不動の地位を保ち続けていた。メディアから引っ張りだこにされ、多忙な日々を送るなか、アイドルとしての楽しさを感じていけることに喜びを覚えられた。作詞も作曲もうまくいき、ヒット曲を連発していく。
そんななか、転機が訪れた。
μ'sに、新たなライバルが立ちはだかったのである。
出身は同じくスクールアイドル。世間から第二のμ'sと謳われ、人気を獲得している。私たちはトップアイドルとして負けるわけにはいかない。その意地で練習に励んだ。無論手を抜かず、全力で踊り、歌った。
結果は私たちの勝ちで、一位の座の維持に成功した。だが……それは覆されることとなった。
「うそ……オリコンチャート二位?」
エリーが事務所にて呟いた一言によって全員が衝撃を受けた。結果が記されているパソコンに全員が群がり、食い入るように見つめる。すると、μ'sの新曲が二位になっていた。トップアイドルの座から落とされたのだ。
一体自分達の何がいけなかったのか。ダンス? 曲? 歌詞? 衣装?
その日はずっと反省会だった。どこが悪かったか、決定的に洗い出すために。自分達がトップに返り咲くために。
ここで私たちはすでに間違っていたかもしれない。トップに固執するあまり、ここまで張り詰めた空気を産み出してしまっていることに気づけていないのだ。それが、メンバーを抑え込んでいることに、何にも気づかないのだ。
ただ当時の私からすれば無理はないかもしれない。何故なら一位をとったところは¨第二のμ's¨だからだ。
私はどうにか挽回しようと作曲に励んだ。どうすれば売れるのか、過去の曲とかを参考にしながら譜面を汚す毎日だった。プロの作曲家にもご指導いただいてようやく、新曲が完成した。
海未もことりも最高の作品だと自負し、ダンスも極めて、新曲のPVを発表した。
だけど、結果は思い通りにはいかなかった。
「何でなの……何で私たちはトップになれないの……!?」
にこちゃんの震える声が私の心に突き刺さった。もっと曲を良くすれば、これ以上にないものを作れば良かったんじゃないか。私は泣き叫びながら謝りたかったけれど、それは甘えだと自制した。
「で、でも……曲は良かったよね。海未ちゃんとことりちゃんと真姫ちゃんも、頑張ったから、これは仕方ないよ」
花陽が必死にフォローする。でも……。
「何言ってるの花陽? 私たちはトップよ? この結果がどういうことか分かっているの? 一位のあの子達よりも劣っていることなの! 曲も詞も衣装もダンスも歌も、全部が劣っているの!!」
エリーが険しい顔で花陽を怒った。花陽はそういうのが苦手なのはよく知っている。私はかばうように反論した。
「ちょっとエリー。花陽は励まそうとしているのよ? 何もそんな言い方することないんじゃない?」
エリーがこれで謝れば良かった。でも……ダメだった。もう、この時点から壊れているんだ。
「何偉そうに言ってるのよ真姫。あなたの曲がダメだったから、こんな結果になったこと分かってる? 花陽を庇うことよりもさっさと曲つくったらどうかしら? それも売れる曲をね」
私はあのときカチンときた。メンバーに対してここまでキレたことはなかった。思わずエリーの胸ぐらを掴んで叫んだ。
「何もしていない人間が偉そうに言うわねっ! そういうエリーが作ればいいんじゃない!?」
「別にいいけど、もっと売れなくなることを覚悟で言っているのかしら? そういうのがないくせに、平気で言わないでもらえる?」
私がキレても平然と言い返すエリーに失望した。前は、こんな性格じゃない。いや、戻ってしまった。余りにも一つのことに固執するあまり、周りが見えなくなっている。自分を殺している。私はもう言葉を交わす気になれなくて、作曲作業に再び戻った。
でも、それ以来まともな曲が作れなかった。過去曲のアレンジ止まりになったり、素人レベルの曲になっていったりして。だんだんと私の心が荒んでいくのを感じた。周りに当たり、譜面を破ったり、壁を殴ったりして鬱憤を晴らす毎日を過ごす。私は、スランプに陥ったのだ。
もう私にとってはμ'sは枷でしかない。私の心を汚すものでしかない。心が死んでいき、やる気の欠片も残さず消えていった時に、更なる追い討ちがきた。
にこちゃんが死んだという報せだ。原因は他殺。犯人はエリーだった。経緯としては、花陽やその友人の凛に対して暴言やら嫌がらせをしてくるエリーににこちゃんが抗議して口論の末に首を絞められた、というものだ。
私はエリーをここまで憎んだことはない。エリーを許さない。絶対に許さない。その直接的な感情で、私はにこちゃん殺害の裁判にて全力をもって勝訴させた。エリーを勝たせないために妨害工作もして、エリーに犯罪者の汚名をぶつけた。
ただこの裁判は非公開事項となっているようで世間には知らされていない。これも私が政府やマスコミを抑えておいたからだ。
にこちゃんの死亡は、本当に耐えられなかった。なんだかんだで仲良かった私たちの関係が割かれたのだ。
だから私は、正式にμ'sを辞めた。最初に辞めたのは、私だった。
***
「なるほど、そんなことがあったんですか……」
「そうよ、私が公表させなかったからね。今だったら話せるわ」
μ'sの間にそんなことが起こっていたとは、驚きだ。私はもう聞いていて辛い。μ'sのなかで殺人があったことも今初めて知った。矢澤にこは生きていると思っていたのだが。
「矢澤にこの死は、未だに知られていないんですか?」
「噂はあるけど、真相は知らないままね。まあにこちゃんはμ'sのアイドルだったし、無理もないけど」
「では、何故隠したんですか?」
「決まってるでしょ? そんなことしたらμ'sエリーはもう二度と外には出られない。それはきっと、にこちゃんが望んでないと思うから……」
たしかにそうだ。もし真相をすべて話せば、絢瀬絵里は二度と世間に顔を出せない。ただでさえ殺人という重い罪を背負っていて、しかもファンも多い矢澤にこを手にかけてしまったのだ。ファンに何されるか分からないし、μ'sもどうなるか分からなくなる。懸命な判断だ。
「まだ私は、μ'sは建て直せると思ってた。でも結果的には無理だった。……まあ少し考えれば、にこちゃんが死んじゃった時点でもう無理だったことくらい分かるのにね」
自嘲気味に笑いかける。相当ショックだったのだろう。
「しかし……何故絢瀬絵里は矢澤にこに手をかけたのでしょうか?」
私は再び質問した。だが、彼女は椅子から立ち上がり、部屋のドアへと向かう。疑問に思った私は呼び掛けてみる。だが、彼女から帰ってきた言葉は拒絶の言葉だった。
「ごめん、帰ってちょうだい。にこちゃんのこと、エリーのことに関してはこれ以上話したくない。もう、これ以上は無理。だから……帰って」
「分かりました……ですが、最後にひとつだけ聞かせてください。絢瀬絵里は、どうして変わってしまったのでしょうか……?」
そう。
μ'sのまとめ役だった存在の絢瀬絵里は何故にこを手にかけてしまうほどにヒステリックになってしまったのか。メンバーに当たるようになってしまったのか。¨かしこいかわいいエリーチカ¨は何処へ消えていってしまったのか。これが一番知りたいことだった。
しかし、返ってきた答えはドアの開閉音と、使用人の姿だった。初老の紳士が私に帰るように促したので言うがままに西木野家を出たのだった。
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