西木野真姫の真相を聞いて、私は絢瀬絵里のことが気になった。しかし、アポをとることはできず、会うことは叶わない。そこで私はもう一人のその後を追うことにした。
名は、園田海未。
μ'sの作詞担当にしてまとめ役を担っていたしっかりもので礼儀正しい、アイドルにしては希な存在。弓術に長けており、その手の番組にも引っ張りだこだった彼女のイメージは清廉潔白そのもの。胴着を着ている彼女にファンは釘つけになったことだろう。
だが、それが今となっては消え去ってしまっている。彼女が薬物に手を出してしまってからは、大きく変わってしまった。
彼女は何年かの懲役を経て漸く釈放されたものの、μ'sを抜けざるを得ず崩壊の原因のひとつとも囁かれている。私もこの事件についてはよく覚えている。何故ならこれが唯一公開された、μ's内で起きた事件だったからだ。
現在彼女は自宅で過ごしているという。今回アポをとってどうにか取材を受け入れてもらうことに成功した。
インターホンを押し、ドアが開くのを待つ。するとすぐにドアが開いた。
「どちら様ですか……?」
細々とした声で、かつてのアイドル園田海未は私を迎えた。私は自己紹介して取材したいという意図を伝えた。
「ああ、三沢さんですね。分かりました、どうぞ上がってください」
「では失礼します」
私は玄関を跨ぎ、上がらせてもらった。
しかし、こちらもなかなか素晴らしい家だった。すべて木張りで伝統的なものを感じる。軋む音も味があっていい。
通された部屋は畳が敷かれており、懐かしい匂いが鼻をくすぐる。座布団に座り、机に置かれた緑茶をすすると、どこか旅館に来たような気分になる。
「それで、何について聞きたいのですか?」
彼女はお茶に一切口をつけずに聞いた。私は一口頂いた直後に、早速質問した。
「園田さんは、薬物に手を出したそうですが……本当ですか?」
聞いてはいけない質問だったかもしれない。でも、それが一番重要なんだ。真実を伝える身としては、かかせないのだ。
彼女は躊躇いがちに顔を伏せていたが、わずかに顔を縦に降る。
「そうですか……。何故、そんなことをしてしまったのですか?」
「……話せばすごく長くなりますが、それでもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「それではーーー」
常に敬語を使って話すような健気なアイドルが、どうして薬物などに手を出してその後の人生を狂わせかねないような選択をしてしまったのか。その理由が、真実が今語られる。
***
μ'sがオリコンチャートから落ちてメンバーが焦りを感じていたとき、私は自分を必死に責めました。もっと心に響く詞を何故書けなかったのか。真姫の曲との最高のコントラストを何故実現できなかったのか。ことりのかわいい衣装を際立たせることが何故できなかったのか。自問自答を繰り返しながら私は考えました。そしてパッと思い付いたのがあったらそれを紙に殴り書く毎日を送りました。
でも……どんなに詩を書いても、売れることはありませんでした。韻も、語感も、イメージも掴みやすいものに仕立てあげたはずなのに、まるで売れず、ますますμ'sの人気は落ちていく一方でした。真姫の曲のクオリティも落ちてきていることもあって、私は八方塞がり状態に陥りました。
そんなある日のことです。
「ねえねえ海未ちゃん。ことり、いいもの持ってるよ?」
私の幼馴染みであり、μ'sの衣装担当でもあることりが声をかけてくれました。
「何ですか、いいものって?」
「これだよ~」
ことりがポケットから取り出したものは、白い粉が入った袋でした。この粉は、まさか……。
「ドラッグですか……?」
「うん」
涼しい顔でことりは頷いていました。ドラッグは危険なものだから手を出してはいけないと、私は教わっていたので恐ろしい気持ちでした。ことりはすでに手を出していたのです。私はことりの肩を掴み、怒鳴っていました。
「何でそんなものを貴方が持っているんですか!? 服用するのはもちろん、持っているだけでも捕まるんですよ!?」
「こ、声が大きいよ……海未ちゃん」
思わず大声をあげてしまった私は、すみませんと短く謝って、再びことりを叱り始めました。
「ですが、それはさっさと捨ててください。ことりの体を、いえ、人生をダメにするものなんです」
「じゃあ、海未ちゃんはスランプが続いてもいいって思ってるの?」
「ーーーっ!?」
ことりに、私の抱いている悩みを抉られました。そう、私はスランプに陥っていたのです。何を書いても浮かばない。何を書いても成功しない。何も思い付かない。ことりは、それに気づいていたのです。
「あのね、海未ちゃんずっと辛そうな顔しているの。だから、このお薬で元気になってほしいなって……。そうすれば、きっといい詞だって書けると思うんだ」
「ですが……」
私は迷います。スランプに陥っているということは否定できないです。しかし、薬物はいけないもの。一度やったら止められないもの。だけど……。
別にやってもいいじゃないですか。
スランプから脱出できて、μ'sをトップにできれば、別にいいじゃないですか。μ'sは私の人生そのもの。私の生き甲斐。命よりも大切なもの。だったら、自分の体なんて、どうだっていいじゃないですか。
揺れ動く私の思い。どちらにでもすぐに転びそうな状況の中ーーーことりの声が聞こえた。
「だからね海未ちゃん……お願いっ!!」
ことりの、胸を押さえて可愛げに訴えるそのしぐさは、ごろっと転がるように、私の破滅を招き入れたのです。私は、破滅を選びました。μ'sのために、ことりのために、もう一人の大切な幼馴染みのために。
ことりからそっと白い粉を貰い、すぐに口にいれた。するとーーー。
身体中にみるみると力が湧いてくるではありませんか!! 頭を貫くほどに駆け巡る快感、叫びたくなるほどの衝動、今までの鬱憤や疲れが全て吹き飛ぶほどの爽快感。どれも私が体感したことのないもので、虜になっていきました。これほどまでに私を覚醒させてくれるものがこの世の中にあるなんて、知らなかったのです。
それからというもの、詞は順調に書けるようになりました。テーマもバンバンと思い付き、1日10作以上は作れるほどでした。クオリティーもそれまで以上で、リターンはとても大きなものになると思っていました。
ですが、そうはなりませんでした。真姫の曲が余りに酷くなっていたのです。真姫も恐らくスランプに陥ってしまったのでしょう。私は真姫にドラッグを勧めようとしました。しかし、真姫が引きこもってしまい、声をかけるタイミングが無くなってしまったのです。
私は真姫が戻ってくるまでの間、詩を考え続けました。しかし、ここで私は壊れ始めていることに気づきます。普段は湯水のようにアイディアが涌き出てくるはずなのに、何も思い付かないどころか、やる気すら起きないのです。
これではいけないと、私は薬を摂取しました。すると再び快感が私を襲い、アイディアがポンポン出てきます。
でもそのサイクルこそ、地獄への誘いだったのです。快感を求め、薬を摂取する。しかし、足らなくなると発狂し始め、薬を手にいれるためなら何でもする。そして手にいれた薬を再び摂取する。そして切れて手にいれる。この繰り返しが、いつしか当たり前になりお金もどんどんなくなって気持ち悪さも増していきました。
何度もやめようと自制に努めました。しかし薬の影響で依存性が高まってしまい、やめることができません。注射器を手離すことが出来ず、体をダメにしていく日々が続きました。
そんなある日。
μ'sの練習に参加した私は、倒れました。体力が大幅に落ちてしまったためです。幼馴染みの穂乃果に独り暮らしをしているアパートまで送ってもらったのですが……穂乃果にばれてしまいました。私が何をやっているか、私がどこまで狂ってしまったかということを。
私は穂乃果に真実をすべて話しました。穂乃果は私を涙目でビンタし、抱き締めて。警察を呼ばれて私とことりは捕まりました。μ'sは非難に晒され、釈放後は私はμ'sを脱退しました。にこの死のタイミングもまさにそこだったと思います。
穂乃果は最後まで泣いていました。あのときの穂乃果の泣き顔を見ておけば、穂乃果のことを考えていれば……こんなことには、ならなかったと思います。
***
「私は、後悔しています。薬物をやってしまったせいで全てを無駄にしてしまったんですから。μ'sも私のせいで壊れてしまったんですから……」
「薬物を勧めた、南ことりを恨んだことはありますか?」
私の質問に、彼女はそっと首を横に振り、否定した。
「いえ、ことりは悪くないのです。良かれと思ってやったのですから。悪いのは私です。私があのとききっぱりと断ればよかったんです。小学校や中学校できちんと教わったはずなのに、実践できてなくては意味がないですね。穂乃果のこと、言えなくなってしまいました」
愛想よく笑う彼女は、どこか影があった。世間に完膚なきまでに叩かれ、社会に出ることを許されなくなった彼女に傷がないわけがない。
「μ'sは、トップに固執しすぎたのです。そのせいで私はおかしくなりました。スクールアイドルだった頃の私たちは、影も形もなくなってたことに、どうして早く気づけなかったんでしょうか。私は、後悔しています」
彼女は語る。崩壊の原因のひとつを作ってしまった一人の罪深き元アイドルは、これからどう生きるのだろうか。おこがましいものだけれども、聞いてみた。
「どう生きるか、ですか? 私は、日舞を継いで武道教室を開いて生計を立てていこうと思います。ひっそりと生きるのがせめてもの償いですから」
「そうですか……。今日は本当にありがとうございます」
私はお礼を言って席を立った。同時に彼女も立ち上がり、私の見送りに行く。玄関の引き戸を開けて今日はありがとうございましたと頭を下げていこうとしたその時。
「あ、あの! 一つだけいいですか?」
彼女は私を呼び止めた。私はそれに応じ、聞き返した。
「はい、何ですか?」
「穂乃果に会う予定はありますか?」
「そうですね、高坂穂乃果さんにアポは取ってありますが」
「……もし穂乃果に会ったら伝えて頂けないでしょうか?」
「伝言ですか。何と?」
彼女は目を細め、憂鬱な表情を必死に圧し殺す。そうして出来た作り笑いでこう言った。
「本当にごめんなさい、と。貴方の夢を壊して、ごめんなさいと、伝えてください」
彼女なりの謝罪。彼女なりの言葉。幼馴染みの二人にしかわからない言葉の意味。私ごときが勝手に意訳するのはいけない行為だ。私は分かりましたと首を縦に振りそのフレーズをメモした。一字一句、間違えないようにと。
μ'sの崩壊の引き金を引いたといっても過言ではないアイドル、園田海未。彼女の懺悔はいつまで続くのであろうか。
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