続いて私が取材したのは、μ'sの衣装担当にしてほんわか系アイドルの南ことりである。彼女は園田海未と同じく薬物乱用で逮捕されてしまい、現在は小さな呉服店を経営しているという。μ'sの綺羅びやかな衣装もすべて彼女の手作りというのだから、裁縫スキルはかなりものだと思っていい。
だが、そんな彼女が何故薬物に手を出してしまったのか。何故、園田海未までもを巻き込んでしまったのか。
今回それを解明するために私は彼女の店を訪ねる。
「こんにちはー」
お洒落な引き戸をそっと開けて、声をかける。すると店のカウンターに従業員と思われる女性がいた。私は彼女に尋ねた。
「すみません、南ことりさんは今いますか?」
「店長さんですか? 今ちょっと服作っているんですけど……呼んできますね」
まだ学生とおぼしき従業員はそそくさに奥に入って作業しているのであろう南ことりを呼びにいった。するとすぐに南ことりが現れた。
「はい、私が南ことりですが」
大きくつぶらな瞳、変わらないたれ目。しかしそれでいて背はスラッと伸びて大人びた印象を覚える。ただ傷跡はまだ残っていて、腕には注射器の穴がいくつもあり、以前より細くなってしまっている。歯も何本か抜けてしまっていて入れ歯をいれているようだ。
「あの、取材に来た三沢というものですが」
「海未ちゃんから聞いてます。奥で話しますよ。……かなえちゃん、ちょっと店番お願いね」
「分かりました」
「何か分からないことがあったら、私に言っていいからね」
「はいっ」
元気よく従業員が返事すると彼女は笑顔で私を見ていきましょうと促した。相変わらずほんわかとしたところは変わらない。天然なのだろう。
奥へと案内されると、制作中の服がテーブルに散らかっていた。それに気づいた彼女はせっせと片付けて、椅子を用意してどうぞと促した。私はお言葉に甘えて椅子に座った。
「お茶とかはないんです。すみません……」
「いえいえお構い無く」
「……あの、何について聞きたいんでしょうか?」
彼女は直球に聞いてきた。ならば私も直球で返さなくては。
「貴方は、どうして薬物になんかてを出してしまったのでしょうか?」
「……ド直球ですね。まるで穂乃果ちゃんみたい」
クスッと笑いながらも少し影のある表情は隠せない。私も少し罪悪感を感じざるを得ない。人のトラウマを抉るようなものなのだから。しかし、仕事である以上仕方のないことなのだ。
「分かりました、話します。いつかは、言わなきゃって思ってましたから……」
彼女は店番をしている彼女に話聞こえないように、そっとドアを閉めた。μ'sの崩壊の引き金を引いたといっても過言ではない薬物は、いったいどんな経緯でもたらされたのだろうか……?
***
「うーん……全く思い浮かばないなあ……」
ことりは、一人で考えていた。素敵な衣装にするにはどうしたらいいか。どんな衣装にすれば売れるか、必死に考えた。他のアイドルの衣装だって見た。研究した。でも……ダメだった。どうやってもμ'sは上にはいけなかった。ことりはもうどうしようもなくてただボーッとするだけの毎日を送っていた。
そんなある日のことだった。
ことりは業界では大物の芸能人さんとテレビに出演し、その帰りに飲みに行った。お酒はそんなに飲めないのでちびちびと飲んで、楽しくおしゃべりをして過ごしていたのだが。
「ことりちゃん、最近スランプらしいんだって?」
「えっ? いやそんなことは……」
夜の町を歩いているところ、急に芸能人さんに言われました。ことりはスランプだった。でも認めたくなくて否定してしまった。
「そんなことあるでしょ。だって、μ'sあんまり売れてないじゃん最近」
「え、ええ……」
もしかしてアイドルが嫌いだから嫌みを言いたいのかな? ことりは芸能人さんの話が不安になった。まあどう思われようが、ことりたちはことりたちでやっていくけれど。
でも、芸能人さんの口から出た言葉は、予想外のものだった。
「そこでだ。おじさんはことりちゃんに良いものをあげようと思う。これだ」
私は呆気にとられながらも、おじさんがポケットから取り出す物を見つめた。それは、透明な袋に入った白い粉だった。
「これは……?」
「魔法のお薬さ。これを飲めば一発で覚醒できる。アイディアもどんどん広がっていくし元気になれるんだよ」
「へぇー……」
このとき、ことりは余りにもバカだった。それは危険な薬物なのかと疑いもせずにその薬のことを信じこんでしまったのだ。でも、当時のことりには魅力的に見えたのだろう。覚醒もできて衣装のアイディアも広がる。まさに最高のお薬なんだと、盲目的に信じてしまったのだ。普段だったら絶対に間違えないはずなのに、お酒の勢いなのかはたまたスランプによる混乱か、間違った道を進んでしまった。
「どうだいことりちゃん? 今回はお試しということで特別にただであげるよ」
「ほ、ほんとですか?」
「ああ。もしもっと欲しかったらおじさんにまた言いな? いくらでも持ってるから」
ありがとうございますと、ことりはそれを受け取った。そしてさっさと家に帰って、それをコップにいれて飲んだ。
するとーーー体の底から衝き上がるような快感が私を貫いた。眠気や疲れや酔いが完全に吹き飛び、エネルギーが溢れるように感じた。今だったら何でもできる、そんな全能感を味わっていた。
ことりは飛び付くようにルーズリーフを手に取り、さらさらっと衣装のアイディアを書き出した。すると今までに浮かんでこなかったものがどんどん頭のなかに広がっていき、素敵な衣装をデザインすることに成功したのだった。
ことりはこんな素敵なものがあるのを海未ちゃんに教えた。海未ちゃんはそれを危険薬物だとは言ったけれど、素晴らしさを教えたら最後には納得してくれた。まあことりもこれはどこかやばいものだとは気づいてはいたけど、止めるなんてとんでもなかった。
でもーーー。
μ'sは相変わらず伸びなかった。トップに返り咲くことはできなくなった。ついには、オリコンチャートから外れていってしまった。世間から、もう相手にもされなくなったということをことりたちは如実に思い知らされた。
ことりはこの結果を認めたくなかった。まだまだμ'sはトップになれる。その執念から衣装作りをこれまで以上に励んだ。でも……その時から異常は起こっていた。
『貴方の衣装、最低ですね』
『ことりちゃん、なにこのセンス? 穂乃果が作った方がいいんじゃない?』
海未ちゃんと穂乃果ちゃんがことりに対して酷いことを言うようになった。いえ、実際はいっているように見える幻覚だったが、ことりは怖くて仕方なかった。指の震えも止まらなくなり、何度も針で怪我をするようになった。その度に薬が欲しくなり、毎度のごとく芸能人さんのところにいった。薬欲しさにお金もたくさん払った。一緒に寝たりもした。恥ずかしいポーズもした。いつしか、薬の方がμ'sよりも大切なものになっていってしまった。
そんな崩壊の日々に終止符を打ったのは、穂乃果ちゃんだった。海未ちゃんが練習に倒れて家に行ったところ、海未ちゃんの家がひどいことになっていることに気づいて、海未ちゃんに自白させたのだった。同時にことりの名前も出され、穂乃果ちゃんが私のアパートにも来た時には、穂乃果ちゃんは死んだような目をしていた。この時はじめて取り返しのつかないことをしてしまったと、後悔した。
結果、私と海未ちゃんは薬物乱用で捕まり、私に薬を勧めた人はさらに重い罪を課せられた。
***
「私は、バカだったんです」
全てを話終えた彼女は、唐突に呟いた。
「薬物なんか、やっちゃいけなかったんです。疑えばよかったんです。小さいときに教育を受けたんですから。そうじゃなかったら、穂乃果ちゃんを悲しませることはなかった」
「穂乃果さんは、それほどまでにμ'sが好き、だったんですか?」
私の質問に、即ではいと答えた。
「穂乃果ちゃんにとってμ'sはかけがえのないものだったんです。でも私と海未ちゃんはそれを壊してしまった。もう、穂乃果ちゃんの友達ではいられないんです」
「穂乃果さんは、何か言っていましたか?」
その質問に対しては答えが遅かった。そっと首を横に振り、悲しげに顔を伏せた。
「穂乃果ちゃんは、何も言いませんでした。ただ絶句し、死んだような目を私たちに向けるんです。裏切られた、って言うようなそんな顔です。私たちはそこでようやく過ちを犯してしまったんだって気づいたんです」
「そうですか……」
私たちは暫し沈黙した。空気が重い。私はどうにか次の質問を喉から引っ張り出した。
「あの、ことりさんはこれからどうする予定なんですか? アイドルをやめた今、何を目標に生きていくんですか?」
彼女は私の目を見て、すぐにそらした。勇気がないのだろうか。これからの一歩を踏み出す勇気が、振り絞れないのか。
「……取り敢えずこの店を続けていきたいと思います。お金のないあの子のためにも」
「そうですか。分かりました、ありがとうございます」
私は立ち上がってお辞儀をした。彼女が付き添い、見送ってもらった。店の表に出たときは、すでにお客さんがいたようで先程の従業員が対応していた。あの子はかなり若い学生に見えるが、もしかしたら中学生なのかもしれない。
「そうだ、何かの縁です」
私は財布から何枚から札を取り出し、入り口先でたって見送ってくれている彼女に渡した。
「これは……?」
「あの子にボーナスとしてあげてやってください」
「で、でもそこまでしてもらうのは……」
「取材させてもらったんです。押し掛けた身としては礼儀を忘れてはいけませんから」
「……分かりました、有りがたく受け取ります」
彼女は大事そうにお金を握りしめて手を振ってくれた。もう彼女は薬物に手を出すことはないだろう。しかし私は思う。アイドルを辞めた後というのはどうしてこんなにひっそりとしているのだろうかと。どうしてまるで世間から逃げ出すような生活を皆送っているのだろうかと。
次に訪ねるアイドルも、やはりそうなのだろうか。
私は、いつまでもにこやかに手を振ってくれる彼女を見ながら考えた。
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