トップアイドルμ'sの、破滅の物語   作:アズマオウ

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ランキングに乗りました。ありがとうございます。


第5章:星空凛、世間の目に曝される

 

 私は、星空凛にも取材をしたいと頼み込んだ。先ほど小泉花陽の話を聞いたので、今度は彼女にも話を聞いて、マスコミ嫌いになった理由を教えてほしかった。

 だが、彼女は拒絶した。

 

「かよちんの時は、かよちんが決めたことだから仕方なくOKしたけど、凛は嫌だよ! もう帰って!!」

 

 無理矢理ドアの外に追い出されてドアを閉められてしまっては、どうしようもない。私はとぼとぼと向きを変えて去ることにした。

 突如、私の携帯電話がなり始めた。誰だろうと思い、電話に出る。

 

「はい、もしもし……えっ、これから会いたい? そうですか……分かりました。すぐに伺います」

 

 短い会話を終えた私は、すぐに最寄りの駅へと向かった。今電話をかけてきた相手が、もしかしたら有力な情報を持っているかもしれないからだ。

 なぜそんなことが言えるか。

 電話をかけてきた相手が、人気アイドルA-RISEのリーダーにしてµ'sのライバル、であったからだ。

 

 

「急に呼び出してごめんなさい、三沢さん」

 

 呼び出された場所は、"Phoenix Production"という事務所だった。アイドル専門の事務所で、人気アイドルを次々と輩出していることで有名だ。A-RISEもその一つでスクールアイドル出身にも拘らず、相変わらずの人気を誇っている。

 綺羅ツバサは私にコーヒーを出してくれた。一口含むと、上品な味が口に広がる。かなり高い豆から挽いたのであろう。他のメンバーについて聞くと、現在レッスン中のことだ。

 

「いえ、こちらも暇だったものですからお気になさらず。……それでお話とは?」

 

 私は話があると言われたので来たのだが、いったい何の話であろうか。こちらがマスコミ関係者ということを知ってのことなのか?

綺羅ツバサはマグカップを口につけると、謎めいた笑みを浮かべながら口を開く。それにしても随分と手慣れた動作だ。高校はUTX学園とかなりのお嬢様学校だったようだから、そこで作法などを身に着けたのであろうか。スクールアイドル時代の映像を見ても、十分に大人っぽい魅力を放っていたが、いざ本当に大人になるとさらに磨きがかかるものだ。

 

「あなたは今、µ'sの真相について追っているそうね?」

 

「どうしてそれを?」

 

 私が聞き返すと、マグカップを置き、柔らかい笑みを浮かべた。警戒するなというように。とりあえず警戒を解くふりをして、話に注意する。

 

「穂乃果さんが教えてくれたのよ。メールでね。今でも穂乃果さんとはメールしているのよ」

 

 なるほど、μ'sを解散したあとでもこうして交流があるとは。てっきり見捨てて付き合いを絶ち切っていたのかと思っていたのだが。

 

「しかし、その様だと取材を断られたようね。誰に当たったの?」

 

 意外と鋭いな彼女。

 そう感心しながら私は質問に答えた。

 

「星空凛です」

 

「それは断られるわね。あなたまさか知ってて行ったんじゃない?」

 

 知ってて、というのは恐らくマスコミ嫌いのことだろうか。ということは―――彼女は星空凛の過去を知っているということになる。これはチャンスかもしれない。本人以外からでもほしい情報が得られるかもしれない。

 

「いえ、知らないで行きました。もっとも、小泉花陽を取材にし来たついでなんですがね」

 

「なるほどね、嘘はついてないみたいね」

 

「はい、思いきり拒絶されました。……しかし、なぜ拒絶されたのか私にはわからないのです」

 

 あそこまでマスコミを嫌うようになった事件なんて私は知らない。もしかしたら、矢澤にこの殺害と同じように秘匿されている案件なのかもしれない。

 

「知りたいの?」

 

「はい」

 

 はっきりと答えた。ジャーナリストとして、一人の好奇心のある人間として、知りたい。その真摯な気持ちを伝えるために、目をじっと見た。綺羅ツバサはふっと笑って、いいわと答えてくれた。

 

「ただし、公表することだけはやめて。彼女一生外に出られなくなるから」

 

「……分かりました」

 

「それじゃ、話すわね―――」

 

 µ'sメンバーではない彼女から明かされる、星空凛の過去。マスコミという人種の存在が関わる、重大な話になりそうだ。

 

 

***

 

 

『私は、凛は、一緒に寝てません』

 

 凛は、自分がやっているブログに書き込んだ。事実しか書いていない。凛は嘘をつくのは嫌いだから。

 でも―――。

 

『嘘乙』

 

『この記事はどう説明するの猫女? ソース:image/……』

 

『おじさんのチ○ポどうだった? 気持ち悪かった? じゃあ今夜俺と寝ようよビッチ』

 

『いくら売れないからって、それはないわ……アイドルの恥さらしだろマジで』

 

『何でも受け入れてくれる痴女がいると聞いて』

 

『中で鳴るLove wing bellwwwww』

 

『とっとと引退しろクズが』

 

『俺りんぱな期待してたのに、まじないわー』

 

 みんな、信じてくれない。それどころか凛を非難するコメントで埋め尽くされていく。私は何もしていないのに、悪いことをしていないのに、何でここまで言われなくちゃいけないの?

 何度もそれを言い続けているのに、届かなくて。

 聞こえないふりして。

 嘘ばっかり言って。

 それを楽しんでいる。

 

 昨日までファンだった人なのに、手のひらを返されたように凛を誹謗中傷している。辛かった。裏切られた感じがした。誰も助けてくれず、口々に凛ばかりが悪口を言われる。まるで世界が凛の敵になったかのように、凛を攻撃してくる。そんなの嫌だ。嫌だよ。

 

 助けてよっ……!!

 助けてっ!!!!

 

 でも、凛の叫びは、パソコンの画面の外に届くことはなかった。

 

 

 

 

 にこちゃんが死んでから少し経った後のこと。事の始まりはとある週刊誌だった。

 週刊誌に取り上げられたのは、凛と男の人が一緒に歩いている写真だった。その場所は、ホテル街だった。でも、凛たちはそんな如何わしい目的で来たわけじゃない。愛し合ってるとか、恋人同士とか、枕仕事とか、そんなんじゃなかった。

 でも、記事を書いた人はそんな事実確認なんて一切せずに記事を書いた。

 

「星空凛、スタードロップのプロデューサーと×××な関係か? 麻薬に続いて枕仕事か?」

 

 この一文が広まった瞬間に、凛の地獄は始まった。

 凛が仕事から戻って家に帰ると、人が多かった。何があったのか、駆け寄ってみると、その人垣は凛に向かってきた。

 

「え? え?」

 

 なんでこっちに来てんだろ? 戸惑って立ち止まっていると、マイクが私に差し出された。そして、質問を聞いた瞬間、私は凍り付いた。

 

「星空凛さん、スタドロのプロデューサーとホテルで一夜を迎えたのは本当ですか!?」

 

「え―――いや、ちが……」

 

 私が質問に答えようと口を開く。が、すぐに割り込まれてしまう。

 

「何でも誘惑したという情報がありますが本当ですか!?」

 

「なっ、凛はそんなこと……」

 

「売上向上のため体を売ったのは本当ですか?」

 

「そんなわけ―――」

 

 凛は叫ぼうとしたがそれどころじゃなくなった。人垣にのまれてしまい、身動きが取れなくなってしまったのだ。息も苦しく、大声も出せない。どうにか抜け出そうと必死に暴れる。とにかく逃げなきゃ!! それで後で誤解だというのを伝えないと……。

 手やら足やらを振り回してどうにか人垣から抜け出して息を吐く。カメラやらマイクやらを持った取材陣の人が凛を捉え、追いかけるが凛は怖くなって全力で逃げた。家とは正反対の方向へと。

 

 この日はネットカフェで夜を過ごそうと決めた。ドリンク片手にパソコンを開き、何となしにブログで愚痴でも吐こうかと思ったのだが、いざ開いてみると。

 

「な、なにこれ!?」

 

 コメント207件。新着コメント数である。

 いつもならせいぜい10件、多くても50くらいのはずだ。でも今日はその4倍。何で? どうして? 震える指でマウスをクリックする。

 

 そこには―――誹謗中傷のコメントがおびただしく表示されていた。

 

『プロデューサーと寝ていたのってマジ?』

 

『ことうみがタイーホされたからってマジでないわ』

 

『マキちゃんが抜けたからって必死杉www』

 

『にゃあにゃあ喘いでたんだろうな』

 

『つか、これデマじゃないの?』

 

『この写真見ても、それが言えるか? つwww/……』

 

『これはwwww』

 

『どうみても寝てますわ』

 

『【速報】星空凛、取材陣に暴行を加えた』

 

『は? それマジ?』

 

『ネットで速報が流れとる。おまいらも早く見てこい』

 

 

 

「なんで……こんなことに?」

 

 凛は、スクロールする指を震わせながらつぶやいた。みんなでよってたかって凛のことを話題にあげて楽しんでいるようにすら見える。そもそも凛は暴力なんか振ってない。あれは事故なんだ、向こうが悪い。怒りで震えて頭がかあっと熱くなる。でも、とりあえずは落ち着こう。

 凛はブログ投稿欄にカーソルを合わせ、キーボードをゆっくりと慎重に、叩いた。

 

『皆さん誤解です。私は事務所の人とはそんな関係じゃないです。それに暴力なんて振ってません』

 

 これで分かってくれる。これでこの嵐も、変な噂もすべて終わる。そう、凛は信じていた。

 でも、現実は違った。

 

 

『おっ、ようやく来たぞ』

 

『いや、どう考えてもこれは……』

 

『言い逃れは止めてさっさと告白すればいいのに。自分は淫乱暴力女だって』

 

『凛ちゃんのことを信じてやれよ。―――って思ってたけどさすがにショックなんですが』

 

『あーあ、燃料投下しちゃったよwww』

 

 

 目の前が真っ白になった。次々に弾丸のように飛んでくるコメントに涙が出そうになった。指の震えが止まらない。でも、そこを何とかこらえて必死に事実を否定しようとコメント欄にも書き込む。

 

『違うんです!! 本当なんです、あの人とホテルに入ってません。暴力だってあれはわざとじゃなく事故なんです!! お願いだから信じて!!』

 

 凛は本当のことしか書いていない。書いていないのに……。

 

『写真があるのにまだそんなこと言うの? 往生際悪すぎ』

 

『寝ましたっていえば終わるのにさ』

 

『事故じゃなくてもやったのは悪いだろ』

 

『すぐに謝ったほうがいいだろこれ』

 

『マスゴミがいくらしつこかったからといって暴力を振るのは許されないことくらい勉強して来いよ猫女』

 

 

 凛はいよいよカチンときた。凛は負けず嫌いだ。負けてたまるか。

 

『暴力暴力って……みんなだって凛をよってたかって悪口言ってるじゃん!!』

 

 けれど、それは無意味でかつ、さらに悪化させてしまうことだ。

 

『言葉の暴力と物理じゃ全然ちげーよかす』

 

『つか俺ら事実しか言ってなくね? お前が疑わしいことするからいけないんだろ?』

 

『りんたその燃料投下のせいで信者たちもおかえりになったよwwww』

 

『カワイソスwwwwwww』

 

「っ……!!」

 

 

『なんで!? なんで凛の事信じてくれないの!? なんも間違ったことしてないのに!! もうやめてよ!!』

 

 

 

『うわぁ……』

 

『悲劇のヒロインぶってやがる』

 

『間違ったことをしてないって本気で言ってる?』

 

『アーオレタチガワルカッタヨ』

 

『もうこりゃだめだµ's終わりだわ』

 

『麻薬に脱退に枕じゃもうこれは終わりだわ。もうコメ欄に信者沸いてこないしね』

 

 

 

 

『私は、凛は、一緒に寝てません』

 

 

 

 

 

 

 

「ぁああっっ!!」

 

 凛はキーボードに腕をたたきつけて机につっ伏せた。もう嫌だ。助けて……。

 日本中のネット社会では星空凛の事で話題になる中。

 本人は小さなネットカフェの個室で一人泣いていた。

 

 

 それ以来、凛は毎日マスコミに追われ続けた。どうにかかわして事務所に逃げたりしたが、ついに待ち伏せされるようにもなり、家に引きこもるしかなくなった。でも―――常に何人かは張り込んでいて、外にも出られない状態だった。どいてと言ってもどいてくれないし、やめてと言ってもやめてくれない。

 私は家の中でずっと泣いていた。常に監視されていて自由に羽を伸ばせない状態に、もう耐えられない。でも、ずっとそこにいなければさらにひどい目にあう。

 どうしてこんなことになっちゃったんだろう。凛は何か悪いことしたのかな? かよちんには確かにいろいろと迷惑はかけてきたけど……そこまでひどいことはしてなかった気がする。というかしてない。

 私はソファーにずっと体育ずわりしていた。孤独だ。誰も助けてくれない。もう嫌だよ。誰か……誰か助けてよ!! 私を解放して、解放してよぉ!!

 

 叫びたい、暴れたい。

 追い払いたい。

 殴り倒したい。

 息の根を、止めたい。

 

 気づいたときには、凛は立ち上がっていた。もうどうでもいい。その時にはすでに凛の理性はなくなっていた。台所にある包丁を手に取り、玄関へと向かう。そうだ。この手で殺す。凛を追い込んだ、カメラを持った悪魔を。ドアノブに手をかけ、包丁を握りしめた。

 

 

「凛ちゃん! 開けて!!」

 

 昔から馴染みのある声だった。でも、玄関からじゃない。二階からだ。凛は包丁を台所においてそっちに向かった。階段を急いで駆け上がり、自分の部屋を見渡す。すると、カーテンの隙間から細い手が伸びていた。凛は覗き込む。するとそこには―――かよちんがいた。

 

 窓を開けてかよちんを出迎えると窓から抱き着かれた。

 

「凛ちゃんっ!!」

 

 私は押し倒された。かよちんの力は強かった。でも、かよちんの顔は涙でぬれていた。

 

「心配したんだから……凛ちゃんに会うだけで大変だったよ……でもよかった、凛ちゃんに何かあったらと思うと……」

 

「か……よち、ん」

 

 凛はかすれ声で名前を呼ぶ。かよちんは泣きながら笑ってくれて、抱きしめてくれた。

 その瞬間。凛がため込んできた涙があふれ出してきて、止まらなくて。

 

「う、うわああああああああああん!!!!」

 

 凛はかよちんの胸に泣きついた。久しぶりに流す涙と、人の温かさ。凛にはものすごく昔のことに思えて、うれしくて、温かくて。ありがとうと何度も言って。

 

「よしよし……凛ちゃん辛かったんだね」

 

「怖かったっ……怖かったよぉ……」

 

「私が、ついてるからね。真姫ちゃんにも連絡したし、きっともう終わるよ」

 

「……本当に?」

 

「うん。私、嘘ついたことある?」

 

 凛はびくっと震えた。かよちんは実は嘘をついているんじゃないか? 凛をだましてマスコミに売り飛ばそうとしているのかもしれない。それだけは嫌だ……! 

 だって、みんな嘘ついているから。凛がやっていないことを本当は分かってくれているくせに、嘘をつくんだ。かよちんだってあり得ない話じゃない。かよちんを追い出さないと―――。

 

 いや、それは違う。

 

 かよちんは、かよちんだけは絶対に嘘をつかない。こうしてきてくれて、凛の味方になってくれる大切な友達を何で疑うの? 凛にとって最後の味方なのに、何で疑うの?

 だめだ、何でも疑っちゃ。凛は、なんも悪いことしていないんだから。かよちんだって、何にも悪いことしてないんだから。

 

「……ううん、ないよ。ありがとね、かよちん」

 

 

 

 

 

 

 

 かよちんが助けに来てくれてから一週間後、真姫ちゃんの力添えもあって、記事を書いた人を特定して捕まえることに成功した。事実確認をせずに編集し出版したことを認め、逮捕されたという。しかしこの騒動は報道されることなく、闇の中に葬られた。唯一公開されたのは、ライターが逮捕されたことくらいで詳細を知る人は少ない。

 

 ただ、それ以来凛はマスコミを嫌うようになった。ブログも止めて、ネット上での会話もほとんどしなくなった。かよちんと共にµ'sを辞めてデュエット活動をするようになってからもインタビューとかには凛は参加せず、かよちんが応答するようになった。

 

 

***

 

 

「うーん……」

 

「なんか腑に落ちなさそうな顔ね」

 

 そう。

 今の話を聞いて私は腑に落ちないのだ。

 たしかに星空凛がマスコミやネット上の人間に追い込まれたというのは事実だ。一歩間違えればプライバシーの侵害という禁忌を犯すところだった。やりすぎな感じも否めない。

 だけれども。

 

「今の話だと、正直マスコミというよりかはネット上の人間に追い込まれた気がしてならないのですが。なんというか、あんまりマスコミは関係していないんじゃないかって……」

 

 今の話によると、マスコミが報道した語解釈をネット上の人間が様々な尾ひれをつけて話を広めていったせいで星空凛は追い込まれたのだ。つまり、ネット上の人間が押さえておけばここまで大事にならなかったんじゃないのか? そもそも星空凛の対応が良ければ炎上することもなかった。マスコミばかりを責めるのはおかしいのではないか。私はそう思うのだ。

 綺羅ツバサはマグカップのコーヒーをすすると。

 

「確かにそうね。あなたの言いたいことはわかるわ。でもね―――」

 

 手に持つマグカップをテーブルに置き、じっと私の顔を見つめるときっぱりと言い放った。

 

「火のないところに煙は立たない。あなた方マスコミ側が情報を間違って発信したことに責任があるんじゃないかしら? 逆に言えば、記者が記事を発表して大きく扇動さえしなければこんなことにはならなかったわね」

 

 痛いところを突かれた。いや、よく考えれば当たり前の話だが。正直言って、記者を擁護できる材料は何もない。せいぜいどう考えてもそうだろうという、感性で訴えることしかできない。それでは何の説得力もないが。

 

「まあ、広げすぎたネットユーザーや、凛さんの対応も悪かったというのも原因の一つだけどね。炎上しそうになったらひたすら謝って沈静化を図るべきだった。でも、これだけは覚えておいて」

 

 綺羅ツバサは立ち上がり、私を見下ろすようにして告げた。

 

「マスコミは、人の人生を変えてしまう。いい方向にも、悪い方向にも、ね」

 

 それだけ言って、背を向けてしまった。そしてそのまま歩を進める。

 

「あ、あのどこへ?」

 

「これから仕事よ。メンバー待たせてるから、じゃあね」

 

 振り返って、いつもの大人びた笑顔を浮かべて部屋から去った。バタンとドアが閉まり一人取り残された私は、茫然とした気持ちだった。

 私は、マスコミは、ジャーナリストは、アイドルに説教されたのだ。マスコミはもう少し責任を持て、と。

 でも……不思議と悪い気はしなかった。イラつく気持ちもわかなかった。中途半端に物を語っていないから、確信をついていたから、正論だったから。私よりも若い女性にここまで言われてしまうと脱帽してしまう。

 しかし、マスコミという生き物は私は嫌いじゃない。むしろ一番動物的で素晴らしいと思う。知りたいから、追いかける。食べたいから追いかける。マスコミにとって、情報は食糧みたいなものだ。それを追いかける行為の何が悪い。仕事を否定するのか。一生懸命やっていることを否定するのか。知るという行為は罪なのか?

 

 

 ―――マスコミは人の人生を変えてしまう。いい方向にも、悪い方向にも、ね。

 

 

 

 

「……哲学だなぁ」

 

 マスコミは正義か、悪か。その議論は決着がつきそうにない。でも、傷つく人がいるというのは事実なんだろう。けれど、必要としている人だっている。

 私は、どうしていけばいいんだろう。

 突然降り注いできた、無視できない難問。いつ答えが来るか、わからないものだ。

 

「とりあえず、帰るか」

 

 腕時計を見ると、もう夜の7時だった。今から取材のアポを取るのはきつそうだ。そろそろ帰らないと女房が心配するだろうな。

 私はカップに残っているコーヒーを飲み干して部屋を出た。事務所の人にお礼を言い、外に出る。すると、輝く人口の光が私を出迎えてくれた。そういえばここは駅前だった。

 私は電車に乗り、つり革を握るとふと、広告が目に映った。週刊誌の広告だ。グラビア紹介の隣に、ゴシップ記事がずらっと並んでいた。芸能人の肉体関係や、政治家の陰謀などがでかでかと掲示されている。

 

 

 

 ―――マスコミは人の人生を変えてしまう。いい方向にも、悪い方向にも、ね。

 

 

「……どっちに、傾くかな」

 

 私は一人、そうつぶやいた。それは、聞こえることはなかった。

 

 




次章:矢澤にこ
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