トップアイドルμ'sの、破滅の物語   作:アズマオウ

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二回に分けてやります。あと、あまり更新ができないです。活動報告をご覧ください。


第8章:絢瀬絵里、虚空を眺める

 ロシアの国際空港に足を踏み入れた私は、ため息をついた。娘も妻も日本に置いていき、遥か遠いロシアの地に来ている。全ては、絢瀬絵里の真実を知るためだけに。仕事とももはや呼べない、とってもささやかでもっとも欲求に忠実な行動だ。

 タクシーを呼び、東條希からいただいたメモの住所をドライバーに教えた。20分くらいで着くとのことだった。

 ロシアの見慣れない町並みを眺めながら、私は想いを馳せる。いったいなぜ、このロシアの地に絢瀬絵里、もしくはその関係者がいるのか。日本にはもういないのか。

 絢瀬絵里が人を殺したという事実は世間には出回っていないはずだ。だから引っ越しなどしなくてもいいはずではあるのだが。それとも帰郷したいとでも思ったのだろうか。とにかく、いってみれば分かる。

 絢瀬絵里の住む家についた私は、タクシーを降りて、玄関まで向かう。大きさは微妙でお世辞にもでかいとは言えないけれど、白を基調としていて上品な印象を与える素敵な家だった。私はインターホンを押した。ロシア語の呼び掛けが聞こえたが、恐らくここに住んでいるのは日本人であるはず。私は日本語で応えた。

 

「失礼します。ジャーナリストの三沢です。綾瀬さんの御宅ですよね?」

 

「……ええ、私は綾瀬ですが」

 

「そちらに、絢瀬絵里さんはおりませんか?」

 

 私が尋ねると、急に押し黙った。そして、不機嫌そうな顔で話す。

 

「……あの娘がどうかしたのですか?」

 

「いえ、少しばかり話を伺いたいかと思いまして」

 

「……少々お待ちください」

 

 インターホンのスイッチが切れて、待たされた。

 しかし、絢瀬絵里の名前を出したとたんに期限が悪くなったのは、やはり殺人を犯したからであろうか。それともこちらがマスコミ関係者だとその時点で感づいて警戒したのではないのか。どちらかはわからない。

 数分後、再びインターホンのスピーカーから声が聞こえた。

 

「どうぞ、お上がりください」

 

 それだけいってプツンと音声が切れたので私はドアを開けた。目の前には、年のいった女性が立っていた。恐らく母親であろう。どうぞこちらへとリビングに案内してくれた。

 リビングの中はなかなか素敵だった。生けた花が飾られていたり、美しい景色を描いた絵画が何枚もあったりと、やはり中身も上品だった。

 中を進んでいくと、奥に絢瀬絵里に姿があった。私はその姿を見て驚いた。まず、体は痛々しいほどに細い。嘗ては綺麗に整っていた金髪はだらしなく乱れていて、目は死んだように垂れていた。表情もこの上なく暗く、私をちらっと見ただけで会釈すら返さないほどに無愛想だった。嘗てはとても礼儀正しい人間だったのに。

 後は好きにしてくださいとお母さんは言い残して部屋から出ていった。何処か釈然としないが私は彼女に向き直って話しかけた。

 

「綾瀬絵里さん、こんにちは。私はジャーナリストの三沢ともうします」

 

「…………」

 

「今日は、貴方にμ'sについて伺いに来ました」

 

「みゅー……ず……」

 

 まるで小さな子に語りかけるような感じだ。何故こんな風に言わねばならないのだ?

 絢瀬絵里の反応は、まるで失語症にでもなってしまったかのように薄い。適切な言語を知らないような、子供のようにも見える。記憶の端を摘まむようにするのが精一杯なのか?

 

「貴方は、μ'sで一体何があったんですか? 貴方はトップに固執してしまった理由は、何ですか?」

 

「…………」

 

 反応は、ない。ただ、端正な顔が虚空を見上げているようにしか見えない。まるで体は大人、頭脳は子供だ。いや、子供ですらない。心を失った、ただの殻だ。目には光が差しておらず、ただ呼吸しているだけの存在。お母さんが厄介者扱いするのも納得がいく。

 詰まるところ、彼女は廃人と成ってしまったのだ。普段は冷静沈着で賢い彼女を追い込んだその元凶が大きくなって押し潰し、殺したのだ。これでは話にならない。

 

「話を、聞いているのですか?」

 

 苛立ちを圧し殺し、私は聞いてみる。すると、絢瀬絵里は口を開いた。

 

「…………ぁ、り」

 

 何を言ったんだ? 戦慄く口から何かが出た。意味を成すかどうかすら分からない何かが、心を閉ざす彼女から発せられた。それはまるで、生まれて間もない子供が、笑顔をはじめて見せるような、小さくも大きな進歩だった。

 

「……り、さ……あ……りさ……」

 

 何と言っているのだろうか。ありさ……アリサ……。

 

「亜……里沙……。亜里沙……」

 

 亜里沙と言っている。だが誰だ? 亜里沙とは何者だ? 関係者か?

 だがひとつだけ解ることがある。亜里沙という人物は、彼女の心を開く鍵なのかもしれない。果てには絢瀬絵里の豹変の謎を解明する事にも繋がるかもしれない。

 亜里沙とは誰か、聞きたい。何者か知りたい。でも、この状態では……なにも聞けまい。

 帰るべきだ。私はそう判断し、席をたつ。喪心状態の彼女に何をいっても、変わるまい。

 

 お母さんに帰ることを告げ、家を出た。私が居なくなった後で、どういう話をするかふと気になったがそのまま歩を進める。近くのカフェを見つけ、そこでコーヒーを飲んだ。

 その間、私はグーグルで亜里沙について調べてみた。しかしなにもヒットしない。絢瀬絵里と一緒に調べてみても結果は数件しかない。

 こうなれば、電話するしかない。無論、東條希に。彼女は絢瀬絵里についてはオープンだし、きっと亜里沙について何か知っているはずだ。海外からの通話のためアホみたいに料金がかかってしまうがそれはやむを得ない。別にお金ならなんとかなる。

 国際電話をかけ、出るのを待つ。すると、すぐに彼女が出た。

 

「東條希さん、こんにちは」

 

「やっほー、ロシアからわざわざ電話ありがとな。でも……料金ヤバイんとちゃう?」

 

 東條希の電話番号は当初は持っていなかったが、本人から事前に聞き出しておいた。絢瀬絵里関係でまた聞きたいことがあるかもしれないと思ったからだ。

 

「そうなんです。ですから手短にいかせてもらいます。あの、あなたは亜里沙さんを知っていますか?」

 

「亜里沙ちゃん? 知っとるよ」

 

 やっぱりだ。彼女は知っていた。高い通話料が無駄にならなくてすむ。

 

「それで、絢瀬絵里とはどういう関係で?」

 

「姉妹や。絵里ちが姉で、亜里沙ちゃんが妹や」

 

「なるほど……」

 

「でも、何で亜里沙ちゃんのことについて聞くん?」

 

「実は……」

 

 私は絢瀬絵里がそう呟いていたことを告げた。次いでに、失語症に近いものになっていることも。

 

「それはヤバイな……絵里ち相当やられてるね」

 

「ですから話にも成らなくて、あなたに聞いた次第です」

 

「なるほどな……で、亜里沙ちゃんに会いたいん?」

 

「ええ」

 

「分かった。じゃあ電話番号教えるね。亜里沙ちゃんとは仲良くしてるから番号は知ってるんだ」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあいうね」

 

 私は鞄からメモを取りだし、細心の注意を払って番号を記す。なんとか一発で書き留めることに成功した私は、確認することもせずにお礼をいった。

 

「ありがとうございます。じゃあこれで失礼します」

 

「またなんかあったらいつでもええからね」

 

 東條希はそれだけ告げて電話を切った。ツーツーと通話終了の音声が流れるなか、私は料金を計算していた。通話開始一分前までは、6秒ごとに6円、一分後は4円というものだ。総合通話時間は5:24とあったので、合計196円となる。割りと安いことに私は安心した。

 

「さて、次はと……」

 

 私はメモを取りだし、番号を慎重に入力する。しかし、今になって番号が間違っていないか不安になった。先程けちらずに確認をとるべきだったかもしれない。

 ドキドキが止まぬままに呼び出す。数秒がものすごく長く引き伸ばされたような感覚に陥り、イライラする。長いときを経て漸く繋がったときには、安堵の息を漏らしそうになった。間違い電話だったら終わりだ。因みにロシアにいるのか、日本にいるのか分からないが、念のために国際電話でかけた。

 

「はい、もしもし」

 

 よく通る女性の声だった。日本語だったが、どこか日本人離れしている響きを持っている。

 

「あの、絢瀬亜里沙さんですよね?」

 

「はい、私が絢瀬ですが」

 

 よし、間違いじゃなかった。そう胸のなかで安堵の息を吐きながら話を続ける。

 

「私はジャーナリストの三沢です。今回、貴方のお姉さんの絢瀬絵里さんのことについてお話を伺いたいんです」

 

「お姉ちゃんのですか?」

 

「はい」

 

「あの……貴方は今どこからかけているんですか?」

 

「ロシアからです」

 

「あー……私今日本にいるんですけど、どうしましょうか?」

 

「取材を受けていただけるんですか?」

 

「ええ、お姉ちゃんの話をするのは大好きなんです。お姉ちゃんに、最近会ってないから尚更ですね」

 

「ありがとうございます」

 

 意外にも断られると思っていたものだから呆気ないと感じていたところもあった。しかし、受けていただけるのならこれ程ありがたいものはない。素直に感謝した。

 

「じゃあ、私が今からそちらに向かいます。一日はかかっちゃうので、どこかその辺のカプセルホテルにでも泊まってください」

 

 そう告げて、電話が切れた。恐らくこちらの電話料金を気にしてくれたのだろう。気配りのうまい女性だ。

 私はスマホで空港前のホテルを探し、そこに駆け込んで一夜を明かした。

 

 

 次の日の朝、亜里沙さんから再び電話があった。ホテルの近くの喫茶店にいるとのことだ。早速私はそこに移り、彼女を探した。容姿は分からないので店員に絢瀬亜里沙はいるかと尋ねると、もう既に席にいるとのことだ。早速案内してもらうと、そこに確かに女性がいた。クリーム色の髪をたなびかせ、サファイア色の瞳で私を見つめている。とても美しい。それも当然だ。絢瀬絵里の妹なのだから。

 

「あなたが三沢さんですか」

 

「ええ、初めまして。絢瀬亜里沙さん」

 

 自己紹介を終えて、コーヒーを注文する。畏まりましたとウェイターが去ると私は口を開く。

 

「この度はわざわざ私のために遠くから越していただき、ありがとうございます」

 

「いえ……私も家に帰ろうと思っていましたから。暫く休暇を貰ったので」

 

「成る程……今何をされているんですか?」

 

「プロデューサーです。昔はアイドルしていたんですが、相方がいなくなっちゃったんで。」

 

 話によると、昔は相方がいたらしいが、家業を継ぐとのことで解散して現在は一人で活動しているそうだ。因みにその相方は高坂雪穂というようで、何と高坂穂乃果の妹だそうだ。しかし、疑問に思う。何故、グーグルで検索しても亜里沙さんの名前が出てこなかったのだろうか。仮にも絢瀬絵里はトップアイドル、その妹ならば何十件もヒットしてもおかしくはないはず。

 

「あの……でも貴方の名前は失礼ながらあまり聞かないのですが」

 

「あー……まあ、私は偽名で活動してましたからね。お姉ちゃんに迷惑はかけたくなかったから。ずっと原 翔子として活動してます。姉の口癖から取ったんです。ハラショーって。あ、雪穂も違う名前で活動していて穂村 雪穂という名前だったんですよ」

 

 ハラショーは、凄いという意味を持つロシア語だ。つまり、いろんなことに驚いていた、初々しい女性だったということだ。それが廃人に成ってしまうとは、やはりおかしい。何が彼女をそこまで追い込んだのだろう。

 

「でも、今はなんかアイドルってなんなんだろうって思い始めました」

 

 ポツリ、亜里沙さんが呟く。私は耳を傾ける。

 

「μ'sは、あれだけ憧れていたμ'sは解散しちゃって、私たちはスキャンダルに怯えながら毎日を送っているんです。雪穂もそれが怖くてやめちゃったんじゃないかって思ったんです。お姉ちゃんも、あんなことしちゃったし……アイドルって、本当は一番最低な仕事なんじゃないかって思います」

 

 そうだ。アイドルは最低な仕事だ。ファンに媚を売り、過労に苦しみ、見返りはほんの少し、そのくせマスコミの視線が纏わりつき、何かあったり、時代が過ぎたら捨てられるだけの存在。云わばぼろ雑巾だ。私は、今までの話を聞いて、そう思い始めた。

 純粋な女性が、薄汚い世界に身を染めて、潔白でいられるはずもない。薬物、犯罪、枕仕事、陰謀、金。闇へと引きずる手は無数だ。振りほどくことなんて出来やしない。それでもそこしか居場所がなくて、必死にしがみつく。その結末は、破滅だ。

 

「だから、私はせめてその子達を引きずる闇を払えたらいいなって思うんです。だからアイドルたちを見守る、そして売り出していくプロデューサーを選んだんです。けど……そう簡単にはいかなくて、リフレッシュのためにこの故郷に帰ってきた感じです」

 

「成る程……。しかし、貴重な休暇をこんなことに割いてしまっても大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫ですよ。お姉ちゃんについて話すのは好きですし、それにμ'sについて知りたいっていう人を門前払いできません。μ'sのことはずっと覚えていたいですから」

 

「そうですか……では、そろそろ本題に入りたいと思います」

 

 私が口を開くと、ウェイターが失礼しますと割り込んできて、コーヒーを二つ持ってきた。ミルクとコーヒーを少し入れて口に含む。味はまあまあだ。しかし、亜里沙さんはとっても上品に飲む。肩身が狭まる思いがする。

 

「……綾瀬絵里さんはどうしてトップに固執してしまうようになったんでしょうか……?」

 

 ウォホンと咳き込んで、尋ねた。本人に聞けば済むのだが、話もろくにできない状態だ。だから妹さんに聞いている。

 だが、妹さんは首を横に振った。

 

「すみません……流石にそれは分かりません」

 

「そうですか……」

 

 まあ確かにこれは絢瀬絵里自身の問題だ。妹であっても知っているはずがない。

 

「 あ、でも……」

 

「え?」

 

 だが、不意に亜里沙さんが呟いた。何か思い当たる節があるのだろうか。

 

「お姉ちゃんがどこかおかしかったときのことは覚えています」

 

「是非聞かせてくださいっ。もしかしたらそれも、謎を解く鍵になるかもしれない」

 

「そうですか……もしかして、何かドキュメンタリーでも作るんですか?」

 

「ええ、まあ……穂乃果さんに頼まれていて」

 

「そうなんですか……わかりました。話しますよ」

 

 これが手がかりになるかは分からない。デも、情報が多ければ多いほどいい。それに……もしかしたら意外なことがわかるかもしれない。この、トップアイドルの妹という立場はどんなものなのか、絢瀬絵里の、元の姿とはどんなものなのか……欠片でも解ればそれでいい。

 

 

***

 

 

『Hey,Hey,Hey,Start Dush……♪』

 

 亜里沙は、憧れていた。自分のお姉ちゃんが、テレビに出て、楽しそうに踊っているのを。最高の仲間と一緒に、光り輝くステージでライブするお姉ちゃんが輝かしく見えた。いつか亜里沙も、テレビに出て踊りたいと思った。輝きたかった。

 だから友達の雪穂と一緒にアイドルを目指した。スクールアイドルとして三年間活動し、その後プロに入った。μ'sほど人気は出なかったけれどそれでもよかった。μ'sはあくまで憧れ、私たちは私たちだと割りきっているから。

 

「あら、亜里沙も頑張っているわね」

 

「うん、お姉ちゃんにもすぐに追い付くよ」

 

「フフ、亜里沙楽しそうね」

 

「うん、だってアイドル楽しいからね」

 

「そうね。トップとかどうでもいいからずっと踊っていたいわよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 年月がたって、μ'sがオリコンチャート一位になった。亜里沙はとっても嬉しかった。自分達は負けてしまったけれど、憧れのアイドルが一位の座を取れたのは嬉しかった。御祝いもした。そして……亜里沙たちも負けないと強く誓った。

 

「お姉ちゃんおめでとう!」

 

「ありがとう亜里沙。でも、まだまだこれからよ。亜里沙も頑張ってね」

 

「うん、いつか追いついて見せるよ」

 

「それは楽しみね、フフ」

 

 まだ、ライバルと言える間柄じゃないにせよ、少しずつ意識し始めていたのは否定できない。でも、お姉ちゃんとずっと一緒にこの業界で踊れたら、嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、あとちょっとだったのに!!」

 

 亜里沙は悔しげに叫ぶ。それを、お姉ちゃんは優しく受け止めて囁く。

 

「でもすごいじゃない。二位なんて。うかうかしてたら追い越されるわね」

 

「でも、お姉ちゃんたちには敵わないなあ……」

 

「伊達にアイドルしてないのよ。亜里沙は、もはや私たちのライバルね」

 

「そうかな……」

 

「そうよ、だからお互いに頑張りましょう。第二のμ'sさん」

 

 私たちは努力して、何とかμ'sの次の地位にまで追い付いた。それでもあと一歩足りなかった。次は勝てるかもしれない。亜里沙たちは、いつのまにかμ'sに対抗心を燃やしていた。そして気づいていた。μ'sの皆さんの、亜里沙たちを見る目が妹を見るそれではなく、ライバルを見る目になっていることを。世間では、私たちは第二のμ'sと呼ばれていることにも。

 

 

 

 

 

 

 

「や、やったぁ!! やったぁ!! やったやったぁ!!」

 

「ハラショー!! ついに抜かれちゃったわ……でも、おめでとう」

 

「ありがとうお姉ちゃん……!!」

 

「こうなったら私も、頑張らないとね。亜里沙にいつまでも負けてられないわ」

 

 亜里沙たちは、ついにμ'sを越えた。オリコンチャートで一位になったのだ。第二のμ'sが、遂に本家を倒したのだ。嬉しかった。お姉ちゃんと同じステージに立てたのは嬉しかった。お姉ちゃんは、自分のことのように祝ってくれて、同時にやる気になっていた。そういう関係が、ものすごく気持ちよくて、ワクワクしてくる。もちろんよしよし可愛がってくれるお姉ちゃんも好きだけど、こうして張り合うのも好きだ。ずっと、このままでいたい。お姉ちゃんと一緒に、アイドルしたい。強くそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、雪穂……辞めちゃうの?」

 

「うん……だって、穂むらお姉ちゃんの代わりに継がなくちゃいけないし」

 

「で、でも私たちうまくいってるじゃん。今やめることなんて……」

 

「上手くいっているからこそだよ、亜里沙」

 

「え?」

 

「今は上手くいっても、きっとだんだんと人気は落ちてくる。その時に解散しても、お互いに辛いだけだよ。だから、幸せなときに切り上げるべきだよ。あの伝説のアイドルの山口百恵だってそうしたんだ。その方が、ずっと幸せだと思う」

 

「雪穂……分かったよ。亜里沙もそうする」

 

「ごめんね……もっとアイドルしたかったと思うけど」

 

「ううん。私、雪穂と踊りたいから。雪穂がいなかったらアイドルする意味はないと思う」

 

「あれ? 今゙私゙って……?」

 

「だって、もうアイドルじゃなくて普通の人間だから。それに、もう大人だから、いつまでも名前呼びは恥ずかしいよ」

 

「それもそっか。お姉ちゃんにそれいっておこう」

 

 私たちは、オリコンチャートで一位をとった一ヶ月後、解散を発表した。理由は、雪穂の家業だが、本音は今のうちにやめて嫌な思いをしたくないという意図からなるものだ。

 それを知ったお姉ちゃんはすっごく怒った。

 

「亜里沙、雪穂、何を考えているの!? 貴方たちはアイドルで成功しているのよ!! 立ったら、もっとやってもいいんじゃない!?」

 

「でも絵里さん。世の中盛者必衰です。一端成功しても必ず廃れるものです。常に一線を張れるなんてあり得ません」

 

「何を言っているの!? 私たちはアイドルの頂上よ! そこらのアイドルとは違うのよ!!」

 

 お姉ちゃんは、人が変わったように私たちに怒っていた。非難していた。私はそれが怖かった。お姉ちゃんの目付きがすっごく怖かった。だから私は何も言えずにただ雪穂とお姉ちゃんの言い争いを見ていた。

 

「何で絵里さんが私たちの問題に関わってくるんですか!?」

 

「貴方たちのライバルだからよ!! 勝手にいなくなって貰うと困るのよ!!」

 

「そんなの知ったことじゃないです!! 私たちはもうやめるんですから」

 

「知ったことじゃないですって……?」

 

 場がピリピリしてくる。私はどうしたらいいか分からなかった。やめてほしいけど、動かない。口が動かない。

 

「とにかく帰ります。行こっ、亜里沙」

 

「待ちなさい、亜里沙の意見を聞いていないわ。亜里沙はどう思っているの?」

 

「あ……え……ええっと……」

 

 話が振られた。私は何も言いたくないのに。確かに雪穂に賛成した。したけれど……お姉ちゃんには言えない。

 

「どうなのよ亜里沙。亜里沙はきっとアイドル続けたいわよね?」

 

「ええっと……あの……」

 

「亜里沙が困っています絵里さん!! 亜里沙はアイドルやめるっていってました!!」

 

「雪穂は黙ってて!! 答えなさい亜里沙!!」

 

 私は怖くて口が動かない。答えられない。逃げ出したくて目をつぶったその時だった。

 

「分かったよ、雪穂。亜里沙ちゃん。気持ちはよく分かったから」

 

 どこからか声が聞こえた。振り向くとそこには、穂乃果さんがいた。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「雪穂がそうしたいっていうなら、穂むらを継ぎたいって言うならそうすればいいよ。私と一緒にアイドルをしてくれることだって、嬉しかったから。もう穂乃果は十分いい思いをしたから。絵里ちゃんももう、諦めなよ。私たちは私たち、だよ」

 

「穂乃果……はぁ、分かったわ。でもこれだけは言っておく」

 

 絵里さんは私と雪穂を見つめて、こう言い放った。

 

「私たちはずっと飛び続けていくから。貴方達が開けた席を、無駄にはしない。そこは再び、μ'sが立つ場所だから。貴方達がまたアイドルやりたいって思うほどに、輝いてみせるから」

 

 そう、強く告げて去った。ここまで怖くて、冷徹なお姉ちゃんは、はじめて見た。いつでも優しくて、賢くて、可愛いお姉ちゃんが、怖いと感じた。そんなことなかったのに。私は恐怖と失望を抱えながら、お姉ちゃんの後ろ姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……」

 

 私はデスクの上で愕然とした。手に握りしめた週刊誌を戦慄かせながら、私はまじまじと記事をみる。そこには……私の憧れのアイドルの一人゙園田海未゙さんが覚醒剤で逮捕されたことが書かれてあった。

 覚醒剤? そんな馬鹿な。あの海未さんが 薬物に手を出すなんて……!!

 週刊誌はまるで役に立ちそうにないのでパソコンで調べてみたが、やはり本当の話のようだ。ビックリしすぎて呆けてしまうくらいに私は萎えてしまった。

 アイドルをやめた次の仕事はプロデューサー、すなわちアイドルを導く仕事だ。少しでもアイドルに関わりたいと思ったからだが……今回のこの事件をみて、果たしてアイドルとはそんないいものかどうか考えるようになった。

 あの清廉潔白で賢い園田海未さんが、薬物に溺れて捕まってしまったのだ。有り得ない。本来の彼女なら絶対に有り得ない。

 なら何が彼女をそうさせてしまったのか。それは……芸能界の闇だ。そうでなかったら薬物になんか手を出さない。トップに食いつかなくては生き残れないという考えが海未さんを追い込んでしまった。

 だとしたらアイドルとはなんのためにいるのか。何のためになるのか。何で私は、アイドルをやっていたんだろう。姉に憧れていたというだけでその世界に入ったというのは間違いだったのか?

 ……私の担当の子は闇に陥っていないだろうか。

 私は決心した。その子を闇から守って、人生を狂わせないようにしよう。アイドルになってしまったのは仕方がない。だからせめて、闇へと誘う無数の手から遠ざけよう。私はデスクに座りながら、心に決めた。

 お姉ちゃんのように、闇にとらわれないようにと。

 

 私がみていた新聞記事には、こういうものもあった。

 

『絢瀬絵里乱心!? 番組スタッフに暴力!? 同時に矢澤にこ失踪!! 何があった!?』

 

 

 

 

***

 

 

「後にお姉ちゃんがにこさんを殺したことも、穂乃果さんから聞きました」

 

 亜里沙さんはすごく辛そうな表情を浮かべながら、話終えた。しかし、改めて絢瀬絵里の豹変を見たが……衝撃の一言だった。要は理由はこういうことだ。

 ライバルを失って、空白の一位の座を埋めて妹たちに証明したかったということだ。その執念によってμ'sが崩壊するとも知らずに。

 だが、気持ちはわかる。寂しかったのだろう。それで注目されたい、妹たちに戻ってきてほしいというそれだけのためにトップに固執した。独り善がりだけど、悪い考えじゃない。

 でも……その考えが彼女をねじ曲げ、多くの人の人生を大小関係なく変えていった。それは、変わらない事実だ。妹たちを見返したいという想いが、彼女を闇に引きずり込んだのだ。

 

「お姉ちゃんは、おかしくなっちゃったんです。ひとつのことに固執しすぎて」

 

「そう、ですね……彼女は今や、喪心状態に近いものになっています」

 

「ああ……だから私に話を聞きに来たんですね」

 

「ええ、そうです。一度訪れたんですが……話になりませんでした」

 

 どうやら亜里沙さんは絢瀬絵里の現状を知らなかったようだ。日本で活動しているのだから当然と言えるが。

 

「お姉ちゃんは……その、話もできないんですか?」

 

「出来ないというよりかは……話を聞く気がなく、ただぼぉっとしているだけのように見えます。心が死んでしまっているといった方がいいですね」

 

「…………」

 

 それを聞いて亜里沙さんは首をだらんと下げた。そして目をつむる。姉がそこまで追い込まれてしまったことを、悲しんでいるのだろう。絢瀬絵里は、ライバルの喪失に心を乱され、トップを貪欲に欲しがるようになった。でも今は犯罪者となり、ロシアで孤独に過ごすだけの毎日。心に穴が開かないはずがない。

 でも、その穴を埋められる可能性がある人物がここにいる。

 

「でも……」

 

「え?」

 

 私は、たったひとつの真実を告げた。絢瀬絵里の心を埋める、ものを。

 

「綾瀬絵里さんは、゙ありざとずっと言っていました。恐らく……貴方のことだと思います」

 

「ーーー!!」

 

 亜里沙さんは目を見開き、本当ですかと私に身を乗り出して確認する。私は頷いた。ゆっくりと姿勢を戻し、眉間にシワを寄せて考えた。やがて……彼女は私の目をみて、はっきりと言った。

 

「行きます。お姉ちゃんのもとに行きます。三沢さんも、一緒に来てください」

 

「分かりました。早速いきましょう」

 

 絢瀬絵里を更正させようとかそんなことは思ってはいない。ただ知りたいという欲求のみで動いている。大体の話は分かったけれど、彼女が殺人に手を出す、直接の理由にはならない。

 それにーーーアイドルとは何か、知りたくなってきた。アイドルはマスコミや事務所に踊らされ、闇に引きずり込まれる最低の仕事には、代わりはない。でも……なぜ世の中の少女はそれを目指すのか。それを目指すために青春のすべてを注ぐのか。そうする意味は、あるのだろうか。この、μ'sの破滅の物語をすべて把握した先に、その答えが見えてくると思う。

 会計を済ませ、タクシーを呼んで乗り込んだ。もうすぐだ。もうすぐ、紐が解かれる。




次章:絢瀬絵里
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