蘇る彼と聖遺物   作:はるひよる

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気がつけば料理の事を書いていたはるひよるです。

そろそろ月の問題を解決せねばと書き始めた筈が中々進められていないです。

最後まで読んでいただけると嬉しいです。


ふれる手と繋がる想いと

私はマリア達とともに久方ぶりにあの武家屋敷へと足を踏み入れている。玄関を潜りリビングへと近付く。すると聞き覚えのある鼻歌が聞こえてくる。おおよその見当はついているが、随分とご機嫌だな。扉を開けるとソファーで寝転び寛ぐ奏に少し嬉しくなってしまう。私の背後ではマリア達は困惑しているのか声を出さない。

 

「遅かったじゃないか。それにしてもここはめちゃくちゃ落ち着くよな。」

 

「それは遅いのでは無くて奏が早過ぎるんだ。」

 

相変わらずの奏のペースにマリア達は飲まれたままだ。奏は起き上がりソファーから立ち上がると呆然としているマリアの前に立つ。

 

「なあ、歌姫さん。一目見た時から思ってたんだけどよ………あんたとあたし、同じ波長な気がするんだよな。あんた———。」

 

マリアの耳元でさらに何かを囁く。マリアは驚愕に目を見開き奏の顔を見ている。そしてとても嬉しそうに奏と熱い握手を交わしていた。

 

「よき友人と巡り会えるとは………今日は素晴らしい日に違いない!これからよろしく頼む。」

 

調と切歌は目が点となってしまっている。セレナは聞こえていたのか呆れと照れの混在した困り笑顔だった。マリアと奏はそんなセレナを何故か満足そうに眺めている。その間にようやく正気に戻ったのか切歌は大きく手を広げる。

 

「いきなり馴れ馴れしいデスよ!それにあたしと調は簡単に手懐けられたりしないのデス!」

 

切歌は調を庇うように奏の前に立ちはだかる。庇われた調は特に何をするでなく成り行きを見守るようだ。奏は威嚇してくる切歌とその背後に隠れた調を見詰めていた。奏は一歩ずつ切歌との距離を詰める。そしておもむろにポケットから取り出したのは様々な味のアメ玉だった。

 

「そんな警戒すんなって。とりあえず好きなの選んでくれよ。オススメはちょっと苦いけど奥深い味わいの大人な味の緑茶だな。」

 

「大人な味、それが欲しいデス!?」

 

途端に警戒は解かれて切歌はそれを貰いすぐに口へと放り込む。少しだけ顔をしかめるも笑顔になりお気に召したみたいだ。残る調に奏は近付きアメ玉を差し出す。調は素直に選び取りお礼を言う。

 

「マリアみたいな雰囲気で、なんだかお母さんみたい。」

 

私もマリアは母性溢れている気がする。切歌は食事中に度々口の端を汚すのだが、それを微笑ましそうにしながら拭う光景を目撃している。その光景に奏を当てはめてみても違和感を感じないということは奏とマリアは似ているといえそうだ。

 

「そんな年齢じゃねぇ!あとなんでマリアは笑ってられるんだよ!?」

 

微笑ましそうにしているマリアは奏の問いに悩むことなく答えた。

 

「慕われてるのだからそれ程悪い気はしない。そうなるとお父さんは大和かしらね?」

 

私へと悪戯な表情でウィンクをされても反応に困る。マリア達の為になるようにと動いてきたつもりだが、それが父親役として正しいのかよくわからない。ただマリア達が笑顔であれば良い。この考えは父親みたいなのかもしれないな。

 

「お父さん………まあ、そうなるな。しかし、私は父親という役割に自信は無い。だがマリアや奏はきっと良い母親になるだろうという事は自信を持ってそうだと言える。」

 

奏は少しだけ照れているようで、私にアメ玉を投げ渡してきた。それを受け取り口に含むとやや苦いがあとから緑茶特有の甘さが広がる。奏はいつの間にかマリア達の輪の中へと馴染み楽しそうに会話をしていた。

 

 

その後、奏を加えた私達は大掃除の真っ最中。長らくの留守ではあったが埃っぽくも無く比較的に綺麗な状態だ。何故綺麗な状態なのかというと、この屋敷やあの湖の家はフロンティアの一部で造られているらしい。今ならばフロンティアと同質の物を感じられるから納得だ。ともかく私達は気分的な問題で掃除を始めた。けれども綺麗な状態なのであっという間に掃除を終えてしまう。そして今、私はお気に入りの縁側で寝転び陽のぬくもりを感じていた。今ごろ櫻井達は月の再起動について各国へと説明しているのだろうか。あまり余計な圧力をかけなければいいのだが………。

 

「こうしているとあの時を思い出すよな。帰って来てそこに大和が居るとなんかさ………すごく安心する。」

 

私の頭の近くに奏は腰掛ける。奏は私との繋がりが戻りステルスになれる。そして外部から聖遺物のエネルギーを観測されないこの建物ならばと特別に外泊の許可を得てここへと先に来ていた。平日の今日、立花達はリディアンにて勉学に励んでいる。

 

「帰る場所に誰かが居てくれるだけで嬉しいものだ。そんな日々が続くことは本当に幸せなのだと実感するよ。」

 

視界の中で朱く柔らかそうな髪がそよ風に揺れる。湯あがりだからか柑橘系の香りが漂い、私はますます眠たくなる。お風呂場からはマリア達の楽しそうに歌う声が聞こえてくる。

 

「誰もがさ………笑い合える、そんな世界にしなきゃだな。」

 

「ああ、そうだな………。」

 

私と奏はそれ以上口を開かず、私はゆっくりと瞼を閉じて心地よい時間を過ごした。

 

 

誰かが私を呼ぶ声に意識が覚醒し始める。少し寝てしまったようだ。目を開けばエメラルドの瞳と目が合う。太陽に照らされて煌めく金髪が揺れる。その度に奏と同じ柑橘系の香りによって脳が刺激されて私の目が冴える。

 

「ご飯デスよ大和!なんと今日はオムライス!出来立てを冷める前に食べるのデスよ。」

 

起き上がり背を伸ばして皆の方へと向かうと、座卓と他の部屋から持って来たであろうテーブルがその隣りへ設置されていた。追加のテーブルには調と切歌が向かいで座る。座卓ではマリアとセレナが向かいで、私はセレナの隣で奏の向かいへと座る。

 

「それでは、いただきます。」

 

大皿にオムライスが三種類並べられており、それを取り皿へ取って食べる。シンプルなケチャップ、ホワイトソース、梅しそ和風あんかけのどれも美味しい。

 

「美味しく出来ていますか大和?奏も手伝ってくれましたので中々良い出来だと思います。」

 

ケチャップオムライスはチキンライスにグリンピースが混ぜられ、それを覆う玉子は薄くしっかりと焼かれている。昔ながらの洋食オムライスといった感じだ。ホワイトソースはバターライスの上をとろけた状態にした玉子が覆う。さらにその上のホワイトソースにはほうれん草にベーコンと相性のいい組み合わせだ。和風あんかけは、焼き鯖のほぐし身とねり梅とを混ぜたご飯をやわらかく厚みのある玉子が覆う。醤油ベースの餡にはシメジが入っており、その上の細く刻んだシソがいい香りだ。

 

「どれもとても美味しい。だがもう買い出しに行ったのか?ひと声かけてくれれば一緒に行ったのだが、まさか奏が外に?」

 

久方ぶりに帰ったのだから食材は無い。そうなれば買い出しに行ったとしか考えられない。上空のフロンティアから直接この屋敷の庭に降りたマリア達は当然近隣の事を知らない。

 

「いや、マリア達に任せたから安心しろって。大和があんまりにも気持ち良さそうに寝てたから起こすに起こせないだろ?」

 

奏がスーパーのおおよその位置を教えたらしい。数ヶ月前に上空から見つけていたとのことだ。そして本日の夜にはここで装者達ともう一人を加えた親睦会を開催する。その買い出しは大量の荷物となるが装者の身体能力は侮れないな。装者といえば奏と雪音のギアの二重展開だが、あの時に私は奏と天叢雲剣の適合が少し脆弱に感じた。マリア達に施した方法で適合率を上昇させれば今後役に立つだろう。

 

「この後に奏と天叢雲剣との適合率を上昇させようと思う。いつ何が起こるともわからない。だから今日から施術を始めようと思うのだが構わないか?」

 

マリア達とで私はある程度は慣れたのだから一週間以内には終えられるだろう。奏はセレナと同じだが元の適合率を考慮するとセレナには及ばずとも———。

 

「あたしは別にいつでもいいけどさ、今日はそういう血なまぐさい事は抜きで楽しく過ごさないか?それに今ここで何かが起きても大和が何とかしてくれるだろ?」

 

確かに今日はそのような事は忘れて楽しめる一日にするべきだな。つい先の心配をしてしまい、大切な事を見失っていた。

 

「その通りだな。ありがとう、奏。皆も済まなかった。今日は腕によりをかけて料理を作るから楽しみにしててくれ。」

 

マリア達は大和らしいと苦笑いを浮かべ、調と切歌は夜が楽しみだと笑顔だった。

 

昼食後、大きなテーブルを用意してから料理の下ごしらえを済ませた。調理を開始するにはまだ早いな。それに立花達を迎えに行くにも早い絶妙に暇な時間。私は一人で立花宅に向かって歩く。もう何事も無いと思うが少し気掛かりだった。立花宅に到着したがやはり落書きや破損は見当たらない。

 

「あの………家になにか御用でしょうか?」

 

背後から声を掛けられ振り返ると立花に似た顔立ちの女性がいた。少し不審に思われていそうだ。ふと私はその顔の目の下に薄っすらと隈を見つける。日々の疲れが溜まっているのだろう。………こっそりと治癒の力を行使する。

 

「いえ、久方ぶりにこの地に帰って来たのでただ何となく立ち止まっていただけです。失礼しました。」

 

困惑した声を漏らす女性を残して私はその場を去った。それにしても私はあの家で立花の父親を見たことが無い。あの迫害の日々やその後も一切である。もしも立花が父親との事で助けを求めた場合には手を貸すくらいしか私にはできないだろう。私にとって親子の問題は荷が重いのだから。

 

それから自宅へ戻るとキッチンでは着々と準備が進められていた。奏は慣れた包丁捌きでタマネギをみじん切りにしている。それと同サイズにピーマンも切られ、輪切りにされたイカと殻付きのエビにアサリがバットに並べられる。残りの食材は生米とトマト缶等という事から作っているのはパエリヤだろう。

 

「大和はそんなところに突っ立ってないで、ホットプレートの用意を頼めるか?」

 

キッチンの上の棚からホットプレートを下ろしてテーブルに設置する。時計を確認するとまだ立花達を迎えに行くには時間がある。奏はホットプレートでの調理に移りキッチンが空く。

 

それでは今のうちにデザートでも仕込もう。先ずはヨーグルトをキッチンペーパーで包みザルに置き水分を抜く。氷水を張ったバットに板ゼラチンを浸ける。イチゴのピューレを作りアルミボウルに入れる。そこにグラニュー糖とレモン汁を加えて弱火で温める。グラニュー糖が溶けたら火から離し、そこへふやかした板ゼラチンを加えて溶けるまで混ぜる。別のボウルで水切りをしたヨーグルトを立て、別に立てた生クリームと合わせる。先程置いたイチゴのピューレを氷水のバットで冷やしながら混ぜて固まり始めたら生クリームのボウルを氷水に浸す。生クリームへとイチゴのピューレを投入して混ぜる。ゴムベラから伝わる感触に程よく抵抗があれば透明な手のひらサイズの器に入れる。冷凍庫で冷やしてちょっとしたアイス風にしよう。帰った後にブドウジュースのゼリーで表面を仕上げるか。時計を見るともう立花達を迎えに行かなくてはいけない時間だ。

 

「そろそろ立花達を迎えに行く。奏も人手が必要ならマリア達を呼んでくれ。地下の調整で忙しいのだろうが一人くらいは大丈夫だろう。」

 

「おう、ちゃちゃっと迎えに行ってこい!今のところ人手は足りてる。まあ、必要になったら調にでも手伝ってもらうさ。」

 

そうして私は庭から空へと上り立花達を迎えに向かうのだった。

 

 

リディアン音楽院からそう遠くない公園のベンチに座っている。その隣に風鳴も姿勢良く座っている。この公園に集合なのだが立花達は荷物を取りに帰った。風鳴は荷物を持って登校していたのだ。私は風鳴と日常の中で会話をした事は皆無に等しい。なら今がお互いを理解する絶好の機会だろう。私が口を開くよりも先に風鳴が切り出した。

 

「葛城には様々な礼を言いそびれていた。立花へと刃を向けた時、絶唱で生死を彷徨った時、赤き竜をともに倒した時、月の欠片を砕いた時。何よりも大切な人を救ってくれた事。この恩をどう返せばいいのか皆目見当もつかないのだ。」

 

奏が風鳴へと意地悪をしたくなる気持ちを少し理解できた。白刃のように真っ白で真っ直ぐで、手入れを怠ると刃毀れしてしまうそんな一振りの刀。刀とは誰かを傷付ける為だけの道具では無く、伝説の歌手のように刀は歌とともに人々を魅了し勇気を与える事も出来るのだ。奏なりにそういった事を伝えたかったのだろう。私は自然と表情を緩めてしまう。

 

「ありがとう。ただその一言に想いを込めて相手に伝えるだけだ。難しくなんて無いだろう?」

 

風鳴はそうかと小さく呟くと口の端を僅かに上げた。

 

「ありがとう。………だがやはり少しでも恩を返させてはくれないだろうか?そうでもしなければ落ち着かないのだ。」

 

そう言われても私が風鳴に求めるものは………いや、一つあった。

 

「それならば、私に対してもっと気楽に接してくれないか?風鳴のその口調は肩が凝りそうだからな。無理強いはしないがどうだろうか?」

 

風鳴は腕組みをして目を閉じ考え込んでしまう。風鳴なりのこだわりがあったのかもしれない。

 

「そう………そうね。私は少し気を張り過ぎていたのかも。また奏に真面目が過ぎるぞって言われてしまう。立花や雪音のよき先輩になろうって奏を目標にしていた。けれど、やっぱり奏には敵わないみたいだ。」

 

風鳴は少し嬉しそうにする一方で寂しそうにも見える。たしかに奏はどんな相手でも仲良くなれる不思議な魅力がある。

 

「そうだな。だがそれは誰かと比較する事では無んじゃないかな?私は風鳴と会話をしてその想いを知った。そしてそんな風鳴だけの魅力を知り私は好感を持ったのだ。奏も風鳴も立花と雪音に慕われているという事では駄目だろうか?」

 

面食らったように目を丸くし、私から顔を背ける。俯き表情は見えないが、夕陽に照らされた耳は赤みを帯びて見えた。

 

「随分とストレートな物言いに驚いてしまうではないか………。でも葛城のおかげで気は楽になったみたいだ。だからありがとう。それと私も葛城のことを好感の持てる人物だと思っているから。」

 

それきり風鳴は俯き口を噤んでしまった。私は木々の葉が擦れる音や風の吹き流れる音へと耳を傾けながら立花と雪音の到着を待った。

 

夕陽が沈み去る頃に立花達はここへと到着した。

 

「すみません、私まで呼んでいただいて本当によかったのでしょうか?」

 

薄暗い時間でも頭の白いリボンが映える小日向は遠慮しがちだ。小日向は自分自身は何もしていないと考えているのだろうが決してそんな事は無い。

 

「いつも立花を支えてくれていた事は聞いている。直接拳を交えなくとも小日向はこれまで立花達とともに戦ってきた。だからこそ呼んだんだ。」

 

小日向の隣の立花が小日向の手を両の手で包む。立花は笑顔を小日向へと向ける。

 

「いつも未来には感謝してるんだ。あの時、未来が言ったんだよ?一緒に戦いたいんだって。その想いはいつもこの胸にある。だから未来はいつも一緒に戦っていて私に勇気をくれてるんだ。」

 

「そうそう、こいつは小日向がいねぇと目に見えて落ち込んだりで大変ったらありゃしねぇ。まあ、それに私みたいな奴を友だちだって言ってくれてその………感謝してる。」

 

照れ臭そうに頬を掻きそっぽを向く雪音に立花はデレたと楽しそうにからかっていた。小日向は目の端へ涙を溜めながらも楽しそうに笑みを浮かべている。私の隣の風鳴は大切なものを見るような優しい表情だった。きっとその想いは立花達へと伝わっているだろう。今ここに笑顔が溢れているのだから。

 

雪音の手刀での制裁によって立花は落ち着いた。切歌が空腹と闘っている頃合いだろうからそろそろ帰らないとな。私達の誰よりも食事を楽しみにしてくれている切歌。その満面の笑みは作る側の人間への最高の報酬であり、とても作り甲斐があるのだ。

 

「これからマリア達の待つ場所へと繋げるが、大人しくついて来てくれ。」

 

人気のない茂みに入り周囲に人が居ないか確認する。そして、手を頭より高く挙げて人差し指と中指だけを立てる。その指先へと鳥之石楠船神の力を集束させて地面へと空を切るとその軌跡が光のラインとして残る。そのラインへと両手を差し入れてこじ開ける。人が一人丁度潜れる大きさの時空間の裂け目の先はあの武家屋敷の庭に繋げてある。初めて見るであろう光景に立花達は驚きのあまり固まってしまったみたいだ。マリア達もこうしてあの武家屋敷に足を踏み入れたのだが、驚く事もなく潜っていた。日頃からフロンティアのあらゆる所から出現する櫻井に慣れていたからなのかもしれない。私が先に潜り抜けて手招きする。

 

「へぇ………時空間ってのは硬いんだな。」

 

雪音は好奇心からか裂け目の境界面を踏みつけている。硬いというよりも時空間への干渉力が無いと絶対に動かないだろう。雪音の様子を見ていた立花達も次々にこちらへと潜り抜けて目的地に到着した。

 

「やっと来たんだな。もう切歌が動けないって借りてきた猫みたいにソファーでただじっとしてるぞ。」

 

庭からリビングへと上がりソファーを後ろから覗くとうつぶせで死んだ魚のように全く動かない。

 

「皆が揃ったからご飯が食べれるぞ。だから切歌、もう起きるんだ。」

 

すると切歌は途端に起き上がると周囲を確認するように見回す。

 

「皆さまおそろいデスからもう食べてもいいんデスよね?」

 

立花達の荷物は一先ず部屋の隅に集めて置き、セレナが飲み物を配り終えるまで待つだけだ。

 

「もう少し待ってくれ。今セレナが飲み物を配っているからな。………さて、堅苦しい会では無く、ただ皆で料理や会話を楽しんでくれればいい。それでは乾杯!」

 

一斉にグラスを掲げて乾杯する。私はキッチンに向かいそこから皆の様子を眺める。切歌は一気に飲み干すと料理を取り皿へと次々に盛って口に運んでいる。案の定、喉に詰まらせてしまったのか飲み物を探し求めている。私が飲み物を渡そうとするよりも先に切歌に飲み物が差し出された。切歌はその飲み物で流し込み少し涙目になっている。

 

「ゆっくり食べないと危ないよ?それにちゃんと味わって食べてくれた方が作ってくれた人も喜ぶと思うの。あ、少しじっとしてて………はい、もう綺麗になった。」

 

小日向は切歌の口元を拭いながら優しく微笑みかけている。切歌は恥ずかしいのか少し顔を赤くしてそれを誤魔化すように笑う。

 

「あ、ありがとなのデスよ。美味しいからついつい焦って食べてしまうのデスが、これからはちゃんと味わって食べてみるのデスよ!」

 

小日向と切歌は仲良くなれそうだな。私はイチゴのヨーグルトムースの上に温かいブドウジュースのゼリーを流し終えて冷蔵庫で冷やし固める。あちらでは口に沢山の料理を頬張る立花と、その隣で黙々と食べる調がいた。時折調が立花の顔を覗き込んでいるが、あれは話を切り出すタイミングを見計らっているのだろう。立花が飲み物を飲み終えた時に調が声をかけた。

 

「私、あなたに謝らなくちゃいけないことがあるの。あの時、偽善者だなんて言ってごめんなさい。あなたのことをちゃんと知りもせずに傷付けてしまってごめんなさい。」

 

深々と丁寧に頭を下げる調に立花は顔を上げさせて優しく笑いかける。ずっと調は心の中で後悔と反省を続けていたのだろう。

 

「謝らないで調ちゃん。確かに私の行動が全部正しいとは思わない。誰かを傷付けてしまっているのかもしれない。だけどね、それでもやっぱり私はこの手で助けを求める誰かを助けたいんだ。それに———」

 

そんな調の手を立花は掴み握る。少し驚いた様子の調だが嫌がる素振りは見えない。

 

「今は調ちゃんとこうして手を繋げる。だから私は守ることを、分かり合うことを諦めないよ。」

 

こちらも大丈夫だろう。私は料理を取りながら他のメンバーの様子を見る。セレナは風鳴と飲み物を片手に楽しそうにしている。特に風鳴は先程までよりも表情が優しいものになっていた。

 

「いつも私を助けてくれる自慢の姉です。風鳴 翼さんは奏の事をどう思っていますか?」

 

「それは勿論姉のように慕っている。臆病な私に様々な事を教えてくれた大切な存在。………再び同じステージで歌う事が出来るのならばどれ程………。」

 

風鳴は少し離れた場所でマリアと会話している奏を見ている。セレナもその視線の先を見る。

 

「同じステージですか………。私も同じ夢があります。人々を惹きつけるマリア姉さんの輝きに負けないくらい輝いて隣に立ちたい。絶対に追いつくんだ!」

 

意気込むセレナの頭へと風鳴は手を伸ばして優しく撫でる。セレナの表情が少し緩まり大人しくし撫でられている。

 

「済まない。だが、無性に君の頭を撫でてみたかったのだ。少しの間お姉さんの気分に浸らせてくれないだろうか?」

 

そう言いつつも風鳴は撫でる手を休めない。その表情にいつもの凛々しさはどこかへと隠れて笑みがこぼれている。それがセレナを猫可愛がりしているマリアと重なって見えた。

 

「いいですよ。でも、生きていれば私の方がお姉さんですね。それと、食事の後にきっと素敵な事がありますから楽しみにしていてください。」

 

今のこのメンバーの中でも見た目が少女であるセレナを風鳴が歳下だと思うのは仕方がない。戦闘時にはマリアと同じくらいまで成長するが、日常での姿はほとんどが小さい状態だ。風鳴は衝撃の事実に少し動揺したのかセレナを撫でる手が止まった。この二人も大丈夫だろうな。固まったゼリーの上にヘタを除いて三分の一に切ったイチゴを一つ分と半分に切ったブドウ一粒分を飾って寒天でコーティングしてデザートが完成した。

 

「匿ってくれ。二人掛かりであたしを揉みくちゃにッ!?」

 

キッチンに駆け込んできた雪音が私の背に隠れる。何事かと雪音の視線を辿るとキッチンの入り口を警戒しているようだが………。デザートを持って行きたくても雪音に腕と腰を掴まれて動けない。

 

「観念して出てこい。あたしはまだマリアにクリスのかわいいところを伝えきれてない………だから!」

 

その熱意は伝わるのだが内容がどうしても理解できない。隠れていた雪音が少しだけ身を乗り出す。

 

「いくらなんでも羽目を外し過ぎだってんだ。少しは落ち着いて楽しめねぇのかよ!あたしは奏がもうしないって約束するまでここから動かねぇぞ!絶対の絶対にだからな!」

 

先程よりも強く雪音に掴まれる。よくわからないが今、私が雪音を助けなければいけないことだけはわかった。

 

「雪音も困っているようだから奏も少しは落ち着いたらどうだ?ほら、デザートでも皆に配ってくれ。」

 

私が抗議の意を込めて見つめると奏は眉尻を下げた。

 

「悪かったって。ついつい可愛がりたくなっちまうんだよ。ちょっとご機嫌斜めなクリスの事を頼んだからな、大和。」

 

奏はデザート二つを残して去って行った。すると雪音は奏が来ないかを確認して私から離れて大きく息を吐く。

 

「はぁ………助かった。奏のやつ節度を知らないから………まったく、アレさえ無けりゃいいのによ。それにあいつの妹も大変だろうな。ありゃ奏より重度だぞ。」

 

よっぽど過度に可愛がられたのだろうか。その雪音の声音からは怒りの感情や喜びの感情も感じられる。口で言う程に怒ってはいないのだろう。ともかく奏に頼まれたので雪音にデザートを差し出す。サンキューと言いながら受け取り一口食べた雪音は頬をほころばせる。喜怒哀楽を隠すこと無く表現できる雪音が少し羨ましい。

 

「お前も料理が出来んだな。奏とよく料理をするんだけどよ、あの悪い癖のせいで落ち着いてできねぇんだ。もしよかったら時々でいいからあたしに料理を教えてくれねぇか?」

 

雪音は器の隅々までムースを残さずスプーンですくい取って食べ終えた。そしてこちらを見上げて返答を待っている。私自身は料理が得意ではなく、レシピ通りにならそれなりに作れるだけだ。奏に主菜は任せるとして、主に私はデザートを担当しよう。

 

「構わない。私は主にデザートを担当する。奏も雪音に教えたがるだろうからその時は私が奏を抑える。それでいいか?」

 

「おう、やっとまともに料理が作れそうだ。それじゃあその時に連絡するからな。………奏も少しは反省しただろうしあたしは戻るけど、行かないのか?」

 

私が皆の輪に加わることに消極的な為に気をつかわせてしまったみたいだ。

 

「ここから楽しそうにしている皆を見ている方が好きなんだ。でも、こうして雪音と話したり色んな表情が見れて楽しかった。料理の件も楽しみに待っているからな。」

 

「ま、別に構わないけど。お互いあいつらには素直に胸の内を晒せたら楽なのにな。………このままじゃ余計なことまで話しちまいそうだからもう行ってくる。それじゃあな、大和。」

 

素直に胸の内を明かすという事は難しい。雪音は風鳴と話している奏へと向かった。

 

食事を終えてテーブルを囲む九名は皆笑顔で幸せな雰囲気に溢れている。調は立花と、切歌は小日向の隣で言葉を交わし笑みを浮かべている。二人にとっていい傾向だ。そろそろ始めてもいい頃合いだろう。皆の輪へと近付くと最初に雪音が気付く。

 

「やっと加わる気になったのか?それとも何かあるのか?」

 

マリア達はその何かを知っている。知らないのは私が連れて来た四名だけだ。

 

「それは着いてからのお楽しみだ。皆、地下に向かうぞ。」

 

マリア達はこれからの事を考えているのかやや興奮気味だ。立花達は頭上に疑問符を浮かべながらもついて来る。そして、広い地下室に到着した立花達は驚きの声を上げる。そこにあったのは、ここにいる全員が上がっても余裕のあるステージが設置されていたのだから。マリアは立ち止まる皆の前へと歩み出て注目を集める。

 

「どう、驚いたかしら?どうしたらもっと仲良くなれるのか考えたの。そして導いた答えは歌と音楽!始めは私が………そう言いたいところだけれど———。」

 

マリアは風鳴へと向き、奏へと視線を移す。視線を追う風鳴は奏と向かい合う。

 

「ちょっとばかし待たせちまったけどさ………またあたしと一緒に羽撃いてくれないか、翼?」

 

俯き肩を震わせる風鳴。皆が見守る中、風鳴が俯いたまま奏へと駆け寄る。そして、奏の胸へと飛び込みしがみつく。遠く離れていた大切な人と再会し、もう離れたくない、決して離すものか。そんな姿だった。

 

「本当に………本当に待たせ過ぎだよ、奏!あれからずっと一人でステージに立ってたんだ。でもね、それは違って奏はいつも私のそばで見守ってくれていたんだ。」

 

奏は風鳴を優しく抱き留めて言葉も受け止めている。

 

「立花や雪音に気付かされた事があるんだ。片翼では飛べない訳じゃなくてちゃんと飛べる。でも、両翼揃えばどこまでも飛べるんだって。だから、一緒にどこまでも飛ぼう、奏!」

 

奏は涙を流しながらも笑顔で風鳴を震える腕で抱き留め続けている。

 

「ありがとう、翼。最高のライブをしような。………それにしても相変わらず翼は泣き虫なままだな。まあ、それが嬉しくもあるけどさ。」

 

すると風鳴は奏から少し離れて指で涙を拭いながら笑顔を見せる。

 

「奏はやっぱり、意地悪だ。」

 

立花は小日向と雪音の手を握り、よかったと言いながら涙を流す。その姿に小日向や雪音も同じく頬を濡らす。調は目に涙を溜めた切歌の手を小さな両手でしっかりと包み見つめ合う。

 

「ずっと………ずっと一緒だよ切ちゃん。」

 

「うん、ずっと一緒だよ。絶対に離れたくないデス。」

 

咲くような調の表情に切歌も笑顔で応える。マリアはセレナと寄り添うように立つ。二人は風鳴と奏を優しい眼差しで見守っていた。私も胸に温かいものが込み上げて心が揺り動いてしまう。

 

それから少し経ち落ち着いた皆は準備の為にステージ裏に消えた。私達はステージ前に用意してあるイスに座ってライブ開始を待つ。そこへ音響などを担当しているセレナがペンライトを配る。

 

「櫻井さんが用意されました。楽しんでらっしゃいとのことです。今夜は私も歌って、応援して、楽しみますね。」

 

これを握るのは初めてだ。最期のライブでは必要な物だと知らずに会場で少々肩身の狭い思いをした。櫻井お手製のこのペンライトからごく僅かな聖遺物のエネルギーを感じる。すでに実用化していたのか。ただペンライトの色を変えるスイッチがいくつかあるのだが、色の名称ではなく人名なのは櫻井の趣味なのだろうか。そして何故か私と小日向の色まで用意されていた。私は灰色で小日向は紫色だった。

 

部屋が暗くなりステージが照らし出され曲が流れ始める。これはツヴァイウィングの代表曲であり最期に聞いた曲だ。奏と風鳴がステージに現れ息の合ったダンスを披露する。その衣装はあの時の物と同じだ。立花は立ち上がり力一杯に二色のペンライトを振っている。歌が始まると二人の奏でるハーモニーに包まれ、皆が曲に合わせてペンライトを振る。奏も風鳴も心底楽しそうな笑顔で見事に歌って踊ってみせる。鳥の羽のように軽やかに躍動する朱の髪。長い鳥の尾羽のように流れ躍る蒼の髪。時折、奏と風鳴は互いにアイコンタクトをして意思疎通しているようだ。このパフォーマンスを目の当たりにしてツヴァイウィングに興味を持てないなどあり得ないだろう。以前の私はもっと自分の中の世界を拡げて知るべきだった。知らぬ間にペンライトを振る腕は、より力強くなっていた。

 

数曲終えた頃には皆のボルテージは最高潮に達し、ステージ上の二人は清々しい表情だ。

 

「やっぱり翼と歌うのは最高だ!そうだろ、翼?」

 

「うん、奏とのステージは最高だよ!」

 

その後、ツヴァイウィングに負けじとマリアが熱唱したり、調と切歌がデュオしたり、奏とマリアによって雪音とセレナが組まされ歌ったり、立花が小日向を引っ張って歌ったりと騒がしくも楽しい時間を過ごすのだった。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

何かと関わりの少なかったクリスとの会話でした。そして未来ともですかね。月の落下阻止作戦は次回かそのまた次回には開始するつもりです。一応40話と少しでGの物語は終える予定ですが、今でも思いつきで書き進めていますのでどうなるのかわからないです。

次回もよろしくお願いします。
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