ついに月の遺跡が、というお話まで書き続けられました。秋から始めたこのお話もそろそろ一区切りです。ポエムっぽい箇所もあります。どんな歌なのかが伝わればいいのですが。
もうすぐ40話目前。よろしければこれからも読んでいただけると嬉しいです。
宇宙と地球の狭間を航行するフロンティア。その表層で私は目を閉じる。そうして、自身の内に存在するエネルギーを操作する。宙に浮かせた大きな水の塊を変形させるイメージだ。日の出の時刻は静かでこれをするには適している。朝以外でも構わないのだが、一日の始まりにすると頭が冴えるのだ。そんな時、背後から近付く存在を感じた私は中断して顔だけ振り返る。こんな朝早くに、もしやマリアだろうか。
「邪魔をして済まない。この時間は日々何かしらの鍛練をしていたので起きてしまったのだ。」
私の近くまで寄って来た風鳴は立ち止まる。その立ち姿は背に一本芯が通ったように真っ直ぐで風鳴らしさが滲んでいた。声音も安定しており寝不足の雰囲気はない。
「いや、大丈夫だ。それに今日は月を再起動させるからなのか私も少々早くに起きてしまった。」
もう頭は冴えた。それに風鳴も来たので休憩でもしよう。カフェによくあるのテラス席を造り出して席に着く。
「丁度休憩でもしようと思っていたのだが、風鳴もどうだ。朝からの温かい茶は格別だぞ?」
「では、有難く………いや、ありがとう。早起きの習慣のように身に染み付いたこれは中々変えられない。だけど、こんな景色を眺められるなんて、早起きはするものね。」
片手で自室と繋がる裂け目を作り電気ケトルで湯を沸かす。もし、自室側でこの光景を目の当たりにしている者が居たのならただのホラーだろうな。沸いた湯を急須に注ぐ。湯のみに水を少量、そこへと茶を注ぎ裂け目から二つの湯のみを取り出してテーブルに並べて置く。
「人肌程で飲み頃だ。少し熱いから気を付けてどうぞ。」
私と風鳴はともに一口飲む。口から喉を通り身体の中心へ向かうその温かさは全身を巡り身に沁みる。ともに息を吐き自然と頬が緩む。
「人類の命運を左右する日に何を暢気な。だけど、悪くはないかな。」
「そうだな。誰かとこんな小さな幸せを共有する。そんな毎日を過ごしたいものだ。」
心地よい温かな雰囲気の中、茶が無くなるまで風鳴と奏や雪音について話して過ごした。
風鳴が去った後、月を眺めながら新たに淹れた茶を飲んでいた。呪詛が蘇り相互理解を阻害する監視装置に戻るであろう月。だからといって放置すれば地球は滅ぶ。月の大部分は神楠の管轄外で、勝手に月の機能を書き換えると何が起こるのか分からないそうだ。そんな時に誰かが私の部屋に入ったのを感知した。そろそろ皆が起きる時間だな。私は裂け目を作り自室に戻った。
来訪者であるマリアは特に驚いた様子もなくソファーで寛いでいた。私も予想はしていたので、これといって驚かない。時々、マリアは朝に私の部屋に来ることがある。大抵の場合は、皆を庇護する立場であるマリアが同じ立場の私に相談する為に来るのだ。今回、マリアの表情からは少々自信が薄れ曇って見える。あの海を眺めた日と雰囲気が少しだけ重なっていた。
「暗い表情でどうしたんだ。」
「これからの事を考えると、少しだけ怖気付いてしまって………。セレナ達に気取られて不安にさせる訳にはいかないでしょう? だから大和に勇気を分けて貰いに来た。」
これは仕方ないだろう。何せ世界を相手に歌うのだから。私には到底成し得ない事だが、それを少し怖い程度のマリアは凄い。
「勇気を分けるとは言ってもどうすればいいんだ?」
するとマリアがソファーを軽く叩いて隣に座れと要求するので、それに従い私はソファーに腰を下ろす。そしてマリアが私の大腿へと仰向けに倒れ頭を据える。私を見上げているマリアは穏やかな表情で少しは不安が和らいだようだ。
「セレナ達にすることはあっても、自分がされることはあまりなかった。こうして身を委ねると、心が温かなもので充たされる。偶には悪くないかもね。」
私は偽らない等身大のマリアの存在を感じ、その強くあろうとする姿勢に支えなければと思った。ふと視界の隅に映る自身の左手に、あの時の光景が脳裏に蘇る。
砕け散る銀と金。ほとんど同時ではあったが、僅か先に銀の腕が打ち砕かれていた。ともに全身全霊の込められた一撃だと思い込んでいた。あの時、私は心の奥底に棲む影が枷となり、皆の想いを背負うことに恐怖を抱いていた。それは無意識に近いものであり、前世から抱えてきた私の負の面なのだ。正真正銘の全力を超越した立花の一撃と、正真正銘にすら届かぬ私の一撃では雲泥の差があったのだ。
その時、固く握り強張った左手を温かな手が包んだ。
「大和と私達の間に壁があるのには皆が気付いている。でも、追及はしない。いつか話してくれると信じ待っている。だけれど………答えは既に得ているのではないか?そう、あの時の私のように。」
心の中に視えた光景は皆が笑顔で食卓を囲む温かな関係。そして、そこに加わりたいと願いながらも輪の外で満足だと自らに言い聞かせて誤魔化す。伸ばそうとした手を臆病な私が引き戻すのだ。弱い私の心が傷つかないように。だけれども、そんな私を笑顔で迎え入れてくれた人達。繋いだ手は温かかった。さらに、思い起こされる教授の言葉。
傷つく事を恐れないで、胸の想いを伝えなさい。傷つく事を恐れては、分かり合うことは出来ないのですから。
私はその温もりを渇望していたのだ。長く望んでいたものはもうすぐそこにある。今こそ己の弱さを克服する時だ。最後で最初の一歩を踏み出そう。決して失わぬように、この繋いだ大切な絆は必ず守り通す。そう覚悟を決めた時、心の奥に巣食う暗い影は消え、澱んだ水は流れを始めた。
「ありがとう、マリア。」
左手を包む勇気をくれた手に右手を重ねる。今までよりもそのぬくもりは身体の芯まで浸透する。
「どういたしまして。ただ、奏と微笑み合っていた時にはほとんど解決していたみたいだから………正直悔しい。私達の方が付き合いは長い筈なのだけれどね。」
マリアは不服そうに眉根を寄せる。それが微笑ましくてつい口元が緩む。
「今思えばそうかもしれないが、同じくらい気付かせ、背中を押してくれたマリアに感謝しているんだ。ほら、拗ねていないで起きてくれ。そろそろ朝食に顔を出さないといけない時間だ。」
マリアは不承不承といった表情ながらもソファーから起き上がり立つ。
「このあと、セレナ達にも心配をかけていたのだから、ちゃんとお礼を言うこと。それは絶対の絶対に、わかった?」
私は了承し二人で部屋を出る。連れ立って歩くその距離は手と手が触れ合う程に近付いていた。
向かった先は仮設二課本部内の食堂。日本だけフロンティア内部へと必要以上に足を踏み入れると各国からの風当たりが強くなるからだ。艦内を進み食堂の扉を抜けた先には既に着席して楽しそうに談笑するセレナ達がいた。少しの抵抗感も抱く事なく加わろうとするが、マリアが先に調と切歌に何かを吹き込みセレナの隣の席に着く。風鳴側とマリア側に分けて座っている。ここは順当にマリア側の端に座ろう。すると、切歌が私の目的の席へと移る。それによってできた調と切歌の間に座って欲しそうに二人が見詰めてくる。その通りに席に着くと二人の視線に挟まれた。
「難攻不落の大和城。遂に牙城へ踏み込む私達。だからもっと大和のことを教えて欲しいの。」
「よくわかんないけど、これからは水臭いのは無しデスよ。だって大和は大事な、大切なのデスから!」
右の切歌は純真に太陽のような笑顔を、左の調は無垢に月のような笑顔を向けてくれる。この笑顔を失わぬように見守らないとな。
「ありがとう、調に切歌。私も大切に想っている。改めてよろしく頼む。」
私が感謝の意を笑みにも込めて返すと、二人は気恥ずかしいのか耳を赤らめている。
「いつもよりも心があたたかくなって、何故だかすごく恥ずかしい。」
「心があったかいので充たされて、赤面ファイヤーが止まらないデス!」
私も温かな気分でいると、調と私の間にセレナが顔を出し見上げてきた。
「本当に二人が幸せそうです。大和、私も改めてよろしくお願いしますね。でも、そろそろお食事にしませんか?」
セレナの視線の先では立花が突っ伏して呻いていた。そういえば立花達を待たせていたな。
「待たせて済まなかったな。それじゃあ朝食にしようか。」
私達は料理を受け取りにカウンターへと向かうのだった。
空腹を思い出したのか切歌は立花とともに先にカウンターへと向かった。そんな二人を小日向と調が追う。
「前ん時よりもマシな面構えになったじゃねぇか、大和。」
焼き鮭か、それともベーコンエッグかを迷う私に、隣の雪音が声を掛けてくる。ならここは雪音と同じにしよう。どちらも嫌いではないからな。
「皆がこんな私に帰る場所と、温かい手を差し伸べてくれたからな。弱さを見せてもいいと思えたのなら、今までの恐怖はどこかへと消えたんだ。」
すると、雪音は伏し目がちに弱々く呟く。
「なぁ大和、あたしもひとりで背負いこまなけりゃ、そんなふうに笑えるの………かな?」
声音からはやや重々しさが感じられる。それ程まで苦悩していたのだろう。そして、雪音が真情を吐露してくれた事は嬉しい。私と似たような事で悩んでいるであろう雪音。なら、伝えるべき言葉は決まっている。
「傷つく事を恐れずに、雪音の胸の想いを伝えればいい。傷つく事を恐れては、分かり合うことは出来ないのだから。」
私はマリアから勇気を貰ったように、所在無げな右手を優しく手で包む。僅かに震える小さなその手。短く声を出した雪音は目を丸くして私を見ていた。何かを言いたげに繰り返し口を開閉しているが、声は出てこないようだ。
「大丈夫だ。皆が雪音を拒む事など無い。それでも不安なら、先ずは私が雪音を受け入れる。だから、決して雪音はひとりなどではない。」
繋いだ手から伝わるぬくもりは、ほのかに温かくなった気がした。
「こそばゆい………けど、あったけぇ。なあ大和は、あたしを置き去りにしないか?もう誰かを見送るのだけは嫌なんだ。それなら最初っから繋がなきゃって———」
「ならば、離さない。雪音が安心するまで絶対に離さないからな。」
雪音と重ねた手に、更に手が重ねられる。その手は、誰もが深い安堵を覚える微笑みのセレナの手だった。
「私もクリスちゃんを、誰も置き去りになんてしないよ。だって、ひとりぼっちはとても寂しくて寒いから、ね?」
手に伝わる震えは止み、細めた目の目尻から溢れ出る涙。セレナが優しくそれを拭えば、笑顔しか残らない。
「敵わねぇな。ありがとう………こんなあたしだけど、友だちになってくれて。」
その後、私達は料理を受け取り席に着く。一部始終見守っていた風鳴は微笑みながら雪音の頭をゆっくりと撫でていた。雪音が落ち着いてから、私達は食事を始めた。雪音は焼き鮭を口に運ぶ。
「しょっぱい………でも、悪くねぇかもな。」
ゆっくりと噛み締め味わい、雪音は小さくそう呟くのだった。
立花達との朝食の後、装者計八名との繋がりの最終確認を終えた。中でも立花とのラインは太く頑丈に構築した。櫻井の見立てでは融合状態に多少の進行はあるにしても命の危険は無いとのことだ。だが、油断はできない。立花が無理をしないように私がしっかりと負担しなければ。
そして現在はマリアの世界へ向けてのライブの準備が終わり、世界中へと発信するのみとなった。フロンティア内部のコンサートホールのような場所のステージ上でマリアはギアを纏い中央に立つ。会場を占拠した時と違い一切の迷いも見受けられない。他者を魅了し惹きつける圧倒的な雰囲気を纏っていた。その様子をマリア以外の私達はフロンティア表層でモニター越しに見ていた。
「ホントは近くに居たかったデスけど、こっちの方が都合がいいならしかたないデスね。」
「大丈夫だよ切ちゃん。手を繋げなくても私たちの想いは、心はマリアと繋がっているもの。みんな一緒。だからきっと大丈夫。」
「そうだね。私達の絆は誰にも断ち切れない。私が絶対に守ってみせます。」
皆は近くの仲間と手と手を繋ぎ結束を固める。
「最初はすれ違い拳を、想いをぶつけ合った私たちだけど、今はこうして一つになれた。未来に想いを繋げるために、絶対にこの作戦を成功させるんだ!」
「勿論だとも。歌で世界を救う。歌で世界は繋がれると世に知らしめる!」
「あったりめぇだ。こんな事で、誰かの夢を叶える可能性を奪わせはしねぇってんだ!」
「まだまだあたしは歌いたりねぇ。世界中のヤツの笑顔を見れてないんだからな!それじゃあ、いっちょ気合い入れて行きますか!」
皆の想いが一つに交わり束ねられる。
「マリアはひとりではありません。いつも私達がついています。だから、安心してくださいね。」
モニターのマリアは自信に満ち溢れた表情で胸を反らす。
「みんなが私に勇気を分け与えてくれた。弱い私に強さをくれていた。だから、今度は私がもらったものを返したい。そうしなければ私が私を許せる筈も無い!」
インカム越しでもマリアの揺るぎない決意が伝わる。しかし、肩の力が入り過ぎてはいけない。マリアらしい歌が歌えなくなるのだから。
「こっちの事は任せておけばいい。だから、マリアは好きな歌を好きな気持ちのまま素直に歌えばいい。」
「ええ、偽らない私の想いを歌ってみせる。だからちゃんと観ていて、聴いていて。」
少女のような笑みを浮かべるマリアに笑みを返す。
「は〜い、皆々様準備はいいみたいね。響ちゃん達も思いっきりやっちゃってね!それじゃ、カウントを始めちゃいます!」
フロンティア全域にライブ開始までのカウントダウンが響き渡る。
私は蘇ってからも孤独だった。だが、いつの間にか私の周囲はあたたかさで溢れていた。こんなにも大切な仲間に支えられ、時には支えることもある。立花と、神楠と繋いだ手を今一度、離さぬように握りなおす。私達は心をひとつにその時を待つ。そして、カウントが終わり、マリアのライブが開演された。マリアが大きく手を横に出すと、黒いマントもはためく。
「聞けッ!———」
その言葉を合図にマリアの前面にアイギスの鏡を出現させて、中継しているカメラへ向けて輝きを放つ。モニターが白い光で埋まる。徐々に出力を抑えるとモニターにマリアが映る。
「———私はマリア・カデンツァヴナ・イヴ。今日は皆にお願いがある。」
モニターの向こう側へと揺るぎない炎を宿した瞳で訴える。
「私と一緒に歌って欲しい。上手や下手、男性や女性、子供や大人、好きや嫌いは関係無い!私一人では成し遂げられない事がある!だから、一緒に歌って欲しい!楽しんで欲しい!」
一言一句に決意と覚悟が込められ、その気迫が視覚聴覚を捉えて離さない。全世界がマリアただ一人に掌握され始める中で、マリアは曲の始まりを待つ。そして始まるのはマリアが全米一位を獲得した代表曲だ。依然として変わらない力強い声音と歌姫としての威圧感すら覚える迫力。そして何よりも、以前とは違う屈服させるようなものではなく、感服してしまう、そんな歌に変わっていた。
「櫻井、数値はどうだ?」
「今は27%ね。まだ一曲目だけどこれから跳ね上がる筈よ。」
この数値はマリアのファン層なのだろう。となると、ここからが本当の意味で勝負という訳だ。一曲目で世界中の人々の意識をマリアへと向けさせられた筈。今は信じて待つのみだ。それにしても妙に奏の落ち着きがないように見えるが………。
二曲目は会場を占拠した時の歌。過去を認め、それを乗り越えてこそという考えなのだろう。あの時より決意の込められた歌が響く。調と切歌はその姿に勇気をもらったのか晴れやかな笑顔になる。セレナはマリアの勇姿を見逃さないようにモニターを見詰めていた。
「櫻井、今は?」
「58%まで一気に上昇したから、そうね。そろそろ響ちゃん達も絶唱の準備、頼んだわよ。」
ここまではおおよそ順調であるが、ここからが正念場だぞマリア。フロンティアの中央部にそびえる仏塔のようなモニュメントが起動した。外観は変わらないがフロンティア内にチャージされたエネルギーをいつでも照射させられる段階だ。マリアの歌は確実に世界に響き渡っているぞ。
最後の曲は、決闘時に歌った覚悟の歌。迷ってばかりだった弱い己自身を受け入れ、マリアだけの強さを見つけた歌。凛々しい表情の中にも生得の慈愛に満ちた優しさが滲み出ている。私はこの歌が最もマリアらしくて似合っていると思うのだ。
「櫻井、どうだ?」
「84%なの。少し、ほんの少しだけ。あと一押しあれば届く筈なのよ!?」
マリアの歌は世界に届くも月には届かないのか………。何よりも今、私には何が出来る?暗い雰囲気が私達を飲み込もうとしつつある。
「ならば、私とマリアが羽撃いて———」
風鳴は暗雲を断ち切ろうとする。
「———待ちな、翼。」
だが、不思議な強制力のあるその声に、風鳴と私達は奏に注目せざるを得ない。風鳴、雪音と繋いだ手を離し、二人に繋ぎなおさせた奏。
「翼やマリアばかりが最高のステージを独り占めするなんてずるいじゃないか。それに、翼が夢を諦める事になるのは、あたしは嫌だね。最短で真っ直ぐに一直線で追いついてやるよ!だから、翼はそこで待ってな!」
奏はあのステージで歌うつもりなのだろう。思いっきり歌って楽しむことが奏の夢なのだ。そんな不敵に笑みを浮かべている奏を止められはしない。
「なあ、了子さん。私に散々迷惑を掛けてんだから、今度はあたしのワガママを聞いてもらうからな!なぁに簡単さ。あたしがこれからすることを上手い事処理してくれりゃいい。」
「あらら、それは聞き入れなきゃいけないわね。いいわ、思い切りやっちゃいなさい。その後の事は出来る女の私に任せなさい!」
そんな急展開にもう一人。セレナが奏の隣まで進み出る。ステージ上のマリアと見紛う程に覚悟を決めた眼光。やはり姉妹なのだな。
「了子さんに奏、お願いします。私も一緒に歌わせてください。姉さんを助けたい………いいえ、違う。私は姉さんの隣で歌いたいです!」
奏はセレナの覚悟を見定めるように数秒間見詰める。
「どうやら相当の覚悟みてぇだな。よし、それじゃあ世界中のみんなにあたし達の最高の歌を聞かせに行くぞ、セレナ!」
「はい。私も姉さんと肩を並べて、堂々と胸を張って歌います!あ、私の事もお願いしますね、了子さん。」
「はいはい、思う存分に歌ってらっしゃいな。どちらにせよ、エネルギーが無ければ始まらないのよ。だから、頑張ってね。」
フロンティア内へと消えた二人を見送るだけの私達。モニターではマリアが全身全霊で歌い終えたところだった。肩を上下させながらも最後まで想いを伝えようとこちらを向いている。
「何が。私にはあと一歩、何が足りないの!」
その時に、マリアの背後に奏とセレナが現れる。肩に手を置く奏。セレナはその反対側の手と手を繋ぐ。
「マリアはこれが歌手として最後のステージだと思ってるだろ。いいや、違うね。こんな事で誰かが犠牲になることは間違ってる。」
そうだ。このフロンティア計画で歌姫としてのマリアだけが犠牲になるのは間違いだろう。それでも急を要する事態に、これしかなかった。今後、私に出来る事すべてでもって笑顔にしないといけないな。
「櫻井。マリアは今後もステージで歌えるのか?」
「まだ確定じゃないから話していなかったわね。そうね………奏ちゃんとセレナちゃんの分で少しの期間、フロンティアにこもってもらわなきゃいけないと思うけど大丈夫よ。それに、あの子達には笑顔が似合うもの。」
その優しくも寂しそうな声。そこには後ろ暗さが込められているように聞こえる。櫻井なりの罪滅ぼしなのだろう。
「聞こえるかしら?マリアちゃん達、ごめんなさいね。確定じゃないから伝えていなかったのだけど。今後もステージで歌えるように必ずしてみせるわ。だから、あなた達はその胸の歌を信じなさい!」
「そうか。ならばこんなところで終わらせる訳にはいかない!セレナ、奏、私に力を貸して!」
モニターに映るマリアはセレナ、奏と手を繋ぎ堂々と立ち、モニターの向こうへと力のある視線を送っている。そして、奏は視線の先を指差し大きく息を吸い込む。
「あたしは天羽 奏だ。二年間ぶりのでっかいステージに、胸の鼓動は強く速く刻んでる。何故今まで表舞台に現れなかったのかだって?そんなこまけぇこたぁいいんだよ!これからみんなには私達の歌を聞いてもらうからな!」
奏がモニターからセレナへと視線を移すと、セレナも息を整えてモニターの向こうへと視線を送る。見落としそうな程小さく、マリアと繋いだ手をほんの僅か強く握ったように見えた。
「みなさん初めまして。私はセレナ・カデンツァヴナ・イヴ。マリア姉さんの妹です。突然になりますが、みなさん私達の歌を聞いてください!」
奏らしい豪快な第一声と、セレナらしい実直な第一声だ。
「ところで、このユニットの名前は考えてあるのか?」
奏は首を傾げてどうにかこうにかひねり出そうとしているみたいだ。
「………
「最初に戻って終わりまで、ですね。ここから新たに始める私達にぴったりです。」
「終わりは何かの始まりということね。ならば、私達の歌で終わらせる。そして、歌には世界を変える力があると伝え始めようじゃない。」
マリア達は顔を見合わせて再び正面を向く。一人でも眩しいくらいに輝いていたマリアだが、今はその比ではない輝きに目が離せない。マリア、セレナ、奏の三つの翼ならば空を越えて、月さえも通過してどこまでも羽撃いて行ける。
「私達は終わりの名を持つ者、D.C. AL FINE。聴かせてあげる、歌には力があるという事をッ!」
前奏が始まると次第に強くなる地球の輝きに、思わず私達は振り返ってしまう。太陽のように熱いでもなく、月のように身に沁みるでもなく、心があたたかくなり安堵を覚える。そんなぬくもりの光だった。
マリアは歌う。先立つ大切な人は、残された者に悲しさを遺して去る。でも、それだけではなくて、あたたかい想いも遺して。いつだって明日に進む後押しをしてくれていた。その想いを言葉に紡ぎ出し、やがて言葉は旋律と融合し音楽となるのだと。
セレナは歌う。先立つ不孝を許して欲しい。あれだけ頼りになった大きな背中は、いつもよりとても小さな背中だった。触れられなくても寄り添い温めたかった。その想いを言葉にして、あなたの音色に重ねて歌う。そうすれば、届くような気がしたから。
奏は歌う。心残りは、最期に笑顔が見れなかった事。その涙を拭えなかった。辛い思いを背負わせ傷つく背中を優しく抱き締められない。手の届く距離のおまえをわざと突き返す。おまえの翼はどこまでも翔べる。だからこっちに来るにはまだ早いさ。
三人は歌う。紡いだ歌は奇跡を呼び寄せ再会する。失い望んだぬくもりを溢さないように、繋いだ手は絶対に離さない。その想いを歌にすれば、天高らかにどこまでも響き渡り世界は繋がる。誰もが誰かを愛しみ守るのならば、いつか分かり合えるだろう。歌はその為にあるのだと。
マリア達の歌に呼応し共鳴するように膨大な光の奔流がこのフロンティアへと収束している。マリア達は偉業を成し遂げた。ならば、私達もやるべき事を成さねばな。櫻井により世界への中継は切られ、マリア達はこの場へとフロンティアの機能で送られてきた。
「マリアさん達の歌から、私とっても温かい想いを受け取りました。でもそれはきっと、私だけじゃなくて世界中の人も同じです。みんなが歌でひとつになれたんです!」
「ありがとう。ちゃんと返せていたみたいね。それでは、最終段階に移るぞ、響!」
マリアは立花と手を繋ぐ。
「星が音楽となった………。奏には追いつくどころかこれ程までに離され、私が追いかける立場になろうとは。もう少しだけ待っていてくれるか、奏?」
「少しだけ、な。そっか、もうあたしが余計な世話をしなくても翼は翔べるのか。少し寂しいけどさ、それよりも嬉しいもんだな。楽しみに待っているさ。だから、翼も早く来いよ?」
風鳴と奏は手を繋ぐ。
「調ちゃんに切歌ちゃん、クリスちゃんも、遂に夢が叶えられちゃいました!嬉し過ぎて前がよく見えないよ………。」
「セレナが嬉しいと私も嬉しい。よかったね、セレナ。」
「すっごくカッコよくてマリアに負けないくらい輝いていたのデスよ。」
調と切歌は手を繋ぐ。
「あたしまでもらい泣きしちまうじゃねぇか。だから、こうしてあたしが涙を拭ってやる。今朝のお礼だ。それに、セレナにはそんな風に優しく笑ってるのが似合ってる。」
優しくセレナの涙をハンカチで拭う雪音は照れているようで耳が赤い。
「ありがとう、クリスちゃん。でも、ハンカチなんてどこから?」
雪音がこちらを見る。
「大和があたしにくれたんだ。これで涙を拭えって。自分ですればいいのにな。」
セレナと雪音は手を繋ぐ。
「世界をただ流るるままに見てきました。ですが、こんなに素敵で温かい居場所に巡り出会えて、皆さんには感謝しかありません。偶然大和に出会い、気紛れという偶然で蘇らせ、偶然に大和は沢山の人達と手を繋ぎ、私すらも救ってくれました。私にとっての、この奇跡を失いたくないのです。だから絶対に成功させましょう!」
私が奏やセレナ、櫻井に手を差し伸べたのは神楠と同じだったのだろう。弱い私を隠して、強くあろうと生きてきた。奏達に手を差し伸べたのではなく、私は助けて欲しくて伸ばしたのだ。けれども、そんな私をあたたかく迎え入れてくれた。だから———。
「勿論だとも。ようやく繋いだ大切な絆を離してなるものか。絶対に失いたくはない!」
私は神楠と手を繋ぐ。
「今、私達に世界中の人々が力を貸してくれている。だから、私達も全力で応え、この手で明日を掴んでみせる!」
皆が手を繋ぎ、輪となり目を閉じて集中する。そして、私と神楠以外は絶唱を始める。それは装者八名で行われるS2CA。私と神楠は絶唱の負荷を肩代わりする。フロンティアへと光の川が流れ込み、次第に光の海に変わる。光はフロンティア内部に充満し太陽と月よりも強く優しく輝きを放つ。各々が光の球体に包まれた立花達。私にのし掛かる極大な負荷に耐えて待つ。そんな私を励ますように握る力を増した神楠の手を、私も握り返す。
「ジェネレートッ!!」
セレナがエネルギーを制御し、
「エクスドライブッ!!」
立花が世界中の想いを束ねる。天高く昇る八色の光は交わり、そして限定解除されたギアを纏った立花達が舞い降りた。皆が通常時のギアよりも白の占める割合が増え、羽のような拵えが追加されていた。私はフロンティア全機関に充足したエネルギーによって身体が熱い。隣の神楠は全身に赤いラインが輝き、黒い筈の瞳と髪は灼熱のごとく赤い。
「フロンティアのエネルギーを束ねて月遺跡へと照射する。皆、頼んだ!」
「大和さん、任せてください。みんなの歌を、想いを無駄になんて絶対にさせません!」
立花とセレナが中心となり、ギアを介してエネルギーを高める。次々にフロンティアへとエネルギーが雪崩れ込むのを神楠となんとか制して臨界寸前まで高める。ほとんど無色だった光は立花達を介した事によって様々な色みを帯びて綺麗だった。
「みんな、もうオッケーよ!それじゃあ月へ向けて照射始めるわよ!」
フロンティア表層にそびえるモニュメントが徐々に輝きを増し始める。そしてモニュメントは眩い光を解き放ち、70億の絶唱を束ねた天を衝く虹の御柱が月へと伸びる。月へと到達した虹の御柱は月を突き上げるようにして、月が地球から離れて行く。という事は月の遺跡が再起動したのだ。
「あれで大丈夫でしょう。お疲れ様でした大和。私にとって、葦原中国以来の大仕事でした。それにしても、私の中のエネルギー活性が収まらないのです。この赤い髪と瞳のままなのでしょうか。」
神楠は前髪を手で弄っている。似合っていないこともないとは思うが、神楠は気になるようだ。
「私も臨界寸前まで溜めた所為なのか身体が熱いままだ。これだけ大きな事を成し遂げたのにあまり実感が湧かないな。あと、赤も活発な印象で悪くないんじゃないか?」
そう言うと、神楠は髪を弄る手を止めた。
近くでは皆が成功した事でお互いに喜び合っていた。セレナは調と切歌を抱き締めて笑顔で涙を流す。立花は雪音に正面から抱き着き名前を連呼して喜びを表す。それを雪音は仕方ないといった表情で受け止めている。だが、そこへ奏が照れ臭そうにしている風鳴と背後から抱き着く。雪音は揉みくちゃにされながら、いい加減に離れろと嬉しそうに声を荒げていた。マリアはどこだろうと見回すと、一人で月を見上げていた。
「一人で月を見上げてどうした。何か気がかりなのか?」
振り返るその表情は物悲しそうだった。
「今まででがむしゃらに突き進んできた。その反動なのかしら。達成感で埋まらない小さくない喪失感が、ね?」
今までその事ばかりに傾倒して生きてきたからだろう。そうならざるを得なかったのだ。それでも、その過酷な環境の中で、歌が好きだというかけがえのない想いを見つけられた。ならば、マリアの喪失感が消えるようにしたい。
「………マリアは何かしてみたい事はないか?ほんの些細な興味でもいいんだ。」
マリアは宇宙の彼方を見上げている。そして、ゆっくりと口を開いた。
「遠く………どこか遠くへと行ってみたい。奏とセレナ、二人と再び歌うまでの空白の期間に。」
ならば、立花の問題を解決次第にでも、どこか遠くに旅行に行くとしよう。世界の様々な場所を知っていそうな櫻井と神楠に聞いてみるか。
青い地球と白い月は元に戻り、望んだ日常は訪れるだろう。束の間かもしれない、この平穏をちゃんと堪能しないとな。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
これにてGの物語は殆ど終了です。それと、しないフォギアG〜GX編が出るまでどうしようかと考えていました。
結論と致しましては、変則的にGXに突入です。原作を崩壊させ過ぎずに出来るのかどうかが不安ですね。なんとか頑張ってみます。
次回はビッキーとその他です。
次回もよろしくお願いします。