今回は、拘束された大和の翌日。ついに始まるライブ。マンション大火災の三本です。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
目に映る不鮮明な光景。視界の中に配置された物の名前は知っている筈であるが、あと少しのところで繋がらない。ふと、見上げた背中には月の無い夜空のように黒く癖の無い髪が流れていた。これは母の背中だ。更に、その向こうに立つ大きな人物。逆光なのか首から上は黒で塗り潰され面構えは不明であるが、恐らく私の父だろう。記憶の中にある最も古く、直接顔を合わせた最初で最後の姿。シワのないスーツ姿の広い背中だけが記憶の中、その片隅に残されていた。幼いながらも、私は直感で会えなくなることを理解しており、だからといって別段その事に寂しさを感じてはなかった。これは夢だ。そう自覚をすると暗転を始めた景色。次に目に飛び込んだのは昨夜見た灰色の天井だった。
勝手に部屋を出る訳にいかず、私は壁から生えたような簡素な洗面台で顔を洗い歯を磨く。そして、日課である精神修業を行い、時が過ぎるのを待つ。女店主から金属片を託されて以来、黒い球体が脳裏にイメージされてしまう。大きさはあやふやなのだが、雪音と奏の編み出した物に近い気がする。爆発というよりも焼滅が当てはまるのだが………一体何なのだろうか。そこへ、扉の開く音がして顔を向ければ朝食を届けに雪音が入室するところだった。
「ここに置いとく。ま、一応おまえが食べ終わるまで見張ってないとだからな。」
そう言うと、昨日よりテーブルから数歩の近い位置で壁にもたれる。腕組みをして横目でこちらを監視する雪音に、私はそれが気になり何度も目が合ってしまうのだ。その度に視線を逸らす雪音と頭頂部の癖毛は揺れる。しばらくすればまたこちらを見る行為を繰り返す。すり寄ってきたと思いきやそっぽを向く気まぐれな猫のようだ。以前、奏は雪音を猫のように撫でると破顔して面白かったと語っていた。その様子を想像すると頬が緩む。
「なんだよ。何かあるならハッキリしやがれ!」
当然のごとく馬鹿にされたと捉えたであろう雪音はこちらに向き直り一歩ずつ距離を詰めて来る。威勢よく長い後ろ髪を靡かせて。
「君は優しいのだなと、そう思ったのだ。」
歩みを止めて私の目を見ながら声を詰まらせている。であるならばと私は今のうちに朝食を味わう。完食した頃に雪音は再起動した。
昨晩と同様にしかめっ面の雪音と部屋を出て通路を並び進む。隣の雪音と目が合えば顔を背けられ、小さく何かを呟くのみである。特に会話もなく目的の部屋に到着した。
その部屋では司令とマリアがすでに席に着いており、私と雪音は二人に挨拶をして着席した。何となく室内を見回すと碧い玉髄のような瞳と視線がぶつかり、軽く微笑みを返してくれた。
「それでだ、大和君提供の機器の数々は信じ難い事にすべて本物………いや、それ以上との結果が出た。やはり素直に教えてはくれないか。」
私は頷き、神楠へと繋ぐ。
『そろそろ私はそちらに帰る予定だが、適当な場所にあれを放置してくれたか?』
『それなら大丈夫です。一日拘束された気分は如何ですか?』
手錠を眺めて私は答えを返す。
『慣れない事は疲れる。神楠も大変だったな。ただ、それだけの価値があったのだと思えた。』
危険なLiNKERを使用しなければならないリスクは解消出来たのだから。
『お茶の用意でもして待ってます。それでは、大和。』
私は立ち上がり大きく伸びをする。皆の注目を集めていた。
「そろそろお暇します。手錠は———」
雪音は立ち上がりペンダントを構える。
「外さないし、まだ逃がさないからな!」
私は一瞬にして神楠が設置したポイントへと跳躍する。そこは都内を一望する事も容易い建物の上だった。初めて都庁の頂上を訪れたが、こんな場所に設置したのは奏の仕業なのだろう。だが、悪くないな。
「いい眺めだ。」
手錠をレーヴァテインの力で熔かし両手の自由を取り戻した。そうして私は神楠の淹れた茶を求め帰った。
———奏サイド———
あたしは沈み始めた陽を背に観客席へと入場する。会場は満員御礼。こりゃ凄いな。川や車の行き交う音は微塵も聞こえて来ない。それに、会場の中央にある筈のステージが無い。水で満たされ隠れているステージは、天の造物と人の建造物が見事な合一を果たして、ここで歌い舞える翼とマリアが羨ましいったらありゃしねぇ。行き場の無いこの滾る熱は全力の応援で発散してやるさ。暗い会場の中で、あたしはペンライトを手に持ち準備を整える。あたしだけじゃなく、会場の奴ら全員が始まりを待ち望んでいることが肌に伝わって胸が高鳴るのだ。
会場が震える。それは音楽が流れ歌姫が二人、ステージに照らし出されたから。二人は歌い、歓声に笑顔で手を振り応える。ちくしょう、本当に楽しそうだ。あたしも今、あそこで歌いたい。大きなモニターには二人が映し出されて、どこかの魔法の言葉でも唱えるかのようにモニターの繋ぎ目へと人差し指を数回振るう。開け放たれた門の向こうから、川の水面を赤に照らす夕陽がこちらを覗くのだ。橋の中ほどに建つ二つの塔の影と、水の上で背を向け合い立つ二人の間を陽が分かつ。二人はその境を鏡とするように、お互いの領域を行き交い舞い踊る。そして遂に、接近した二人は天を指差し、左の小指と右の小指が触れ合った。陽は沈み、その瞬間に空へと流星が流れ、二人は空を翔ける。再び水面を滑り舞うと、最初の背を向け合い立っていた場所で同じ方向を見据え並び立つ。手と手が触れ合う距離まで歩み寄り、腰の高さで自然と腕を交わらせそのまま天へと手を伸ばす。空に映し出された赤い銀河と蒼い銀河は融合し、眩く輝きを放ちひとつとなった。
「痺れるくらいカッコいいじゃねぇか、翼にマリア。あたしも歌いたくて仕方がねぇ!」
歓声に紛れて届きやしないだろう。そう高を括るあたしの方を急に翼が振り返るもんだからびっくりしてしゃがみ込んでしまった。何となく、今の翼に見つかると正体まで見破られる気がしたからだ。少し飲み物が欲しくなったあたしは観客席から離れて自動販売機のある場所まで向かう。火照った身体は冷たく清涼感のある物を欲している。ミネラルウォーターにするかな。買ってすぐにペットボトルの蓋を開けて喉を潤す。冷たさが心地よい。もう一口飲もうと口をつけた時、神楠から連絡が入った。
『そちらの会場でアガートラームの起動を確認しました。マリアは何かと交戦中と思われます。こちらでも都内高層マンションにて大規模な火災が発生しています。同じように装者達が行動を開始するものと思われます。』
『了解した、神楠。助太刀に向かえばいいんだな。その場所までの指示を頼む!』
折角の二人の晴れ舞台にケチが付くなど許せない。あたしはギアを纏い久しぶりのバイザーを装着して通路を駆ける。XDモードによってあたしへの最適化が進んだギアならば、天叢雲剣の特性を引き出せる。それに伴い、右のプロテクターは青く、左のプロテクターは赤く染まったのだけれど、色合いがアンバランスなんだよな。
『次を———今、天羽々斬の起動も確認。次に左で、その先が反応のあった場所です。』
左折した勢いそのままに通路の右の壁を少し走り、通常の通路上に戻る。そこには衣装を纏ったマネキンが大量に並んでいた。すると、通路の先から大きな音が聞こえてあたしは足に力を込める。この先で何が起きてやがるんだ。
———化け物だッ!
翼の宣言に、瓦礫を吹き飛ばし立ち上がる大剣を構えた緑の変な奴。何故ならフラメンコみたいに片手を挙げ剣を構え、反対の手でスカートを軽く摘み上げているのだから。取り敢えず、あいつが敵だってことは間違いようがない。
「聞いていたよりもずっとしょぼい歌。こんなのじゃ、やられ———」
翼とマリアの頭上を飛び越えた時に二人と目が合う。二人とも、戦場で呆けた表情してるぞ。あたしは緑に視線を戻し、右のプロテクターを刀身が凍りついた太刀へと抜刀する。刃を上に切先を緑に向け、全身のバネを使い弓を引き絞るように構え突進する勢いそのままに胴目掛けて鋭く突き穿つ。
「その口を閉じろ、この緑フラメンコが!!」
大きく突き飛ばすことには成功した。だが、最初は硬い物に当たる感触が手に伝わり、その後は空を切ったかのように手応えがまるで無かったのだ。自ら後ろへと飛んだのかもしれない。硬かったのは、大剣によって突きを防がれてしまったからだろう。その証拠にあいつは遠くで無傷のまま、あのポーズをしながら立っていた。
「本日二度もなんておかしいですわね。このソードブレイカーはあらゆる剣、それの概念を噛み砕く哲学兵装。もしやその剣は剣ではないのかしら?」
あいつは何を言っている。この天叢雲剣はかなり頑丈な剣だ。セレナの盾に対してはそうでもないが、あれは規格外。比べちゃいけない例外だ。とにかく、青の太刀《叢雲》と赤の太刀《天剣》に分かれようとも壊れ難い事には自信がある。
「さあな。お前の気合が足りなかったんじゃないのか。まあ、この天叢雲剣が特別頑丈なのは認めるけどよ。」
すると、あいつは楽しそうに口を歪めて笑う。
「ああ、成る程そうでしたの。剣という概念を噛み砕くソードブレイカーと、剣では砕けぬ概念を秘めた剣。相殺だなんて素敵な剣ですわね。貴女と斬り結びたいのは山々ですが、私はあちらの剣ちゃんに用が御座いまして。」
マリアにも襲いかかっていた筈なのに最優先のターゲットは翼なのか。つまり、翼を誘い出す為にマリアを襲撃したみたいだな。ギアの所々を損傷したマリアと十全な翼。シンフォギア目的っぽいのに翼が優先すべきターゲットの理由は何だ。わかんねぇな。まあでも今、あたしがこいつをくい止めなければならない。それだけは確かだってことさ。
「つれないな、緑の。………翼とマリアは撤退しな。こいつの目的は翼達装者さ。」
未知の敵に謎の人物が現れて、普通の奴なら狼狽えるだろうが翼とマリアは落ち着いている。場数が違うってことだな。
「しかし、奴は化け物そのもの。たった一人で太刀打ちできる相手ではない!」
あたしもそう思う。つい頭に血が上り全力で突いてしまったのに、あいつは無傷だったのだ。ただし、この狭い空間ではド派手な技は繰り出せず、あたし以外じゃ相性も最悪だ。なら、とっとと逃げてくれた方がいい。マリアのダメージは思ったよりも大きそうだ。
「マリアと翼、何より無関係な人々の安全が最優先だろ。狙いは二人。なら、逃げ切ればきっとそれが勝利だと思うぞ?」
渋る翼の手をマリアが掴む。どうしてそこで頬を赤くするんだ、翼。
「狙いは私達に間違いない。だから、ここは一時撤退し立て直すべきだ。………貴女名前は?」
本当の名前は言えない。その代わりにセレナ達と決めたこの世界でのあたしの名乗りがある。日夜無償で世直しする、あのフィクションの彼女達のように。
「快傑うたずきん ソルだ。300万の歌の力は伊達じゃないってトコ、見せてやるさ!」
翼達がここを去るまで律儀に待っていてくれた緑の奴に焦る様子は見られないな。作り物めいた表情が不気味以外の何ものでもない。すると、懐からビー玉程の小さな赤味を宿した謎の結晶を複数個ばら撒く。
「確かに貴女はターゲットでも何でもありません。ですが、私個人として貴女を気に入りました。
ばら撒かれた結晶は砕けてアイツらが生えてくる。家族の仇で憎い相手。通路の至るところに召喚されたノイズをあたしは叢雲を振るい斬り払う。やっぱりノイズのことになると熱くなり肩に力が入ってしまう。頻繁に白い触角みたいな物を伸ばして襲い来るので、それを避けながら斬り捨てる。だが、両の手に鋭利なスピアのような物を備えたノイズと斬り結んだ時、刀身が侵食され赤い粒子へと変えられ分解されてしまった。こいつら、ノイズじゃない。だからなんだってんだ。
「面倒くせぇモン持ってやがるな。なら、触れなきゃいいんだろ!」
跳び上がったあたしは右の拳にエネルギーを溜めて大きく振りかぶり前に撃ち出す。飛沫のように拡散したエネルギーはノイズどもに付着する。
「終いだノイズども!」
付着した部分から凍りつき始めるノイズどもは氷像に早変わりだ。とはいえ、触角っぽいところは氷すら赤い粒子へと変える。まあ、動けぬ相手に遅れを取るようなあたしじゃないさ。次々と斬り伏せて全て倒し終えた。だが、周囲にあたし以外誰も存在せず、ファラの姿は見えなかった。
『神楠、現在の翼とこっちのマリアの位置を教えてくれ!』
神楠の指示に従い翼達を追う。狭い通路と何より観客の安全の為にアイツらを捨て置けなかった。それを見越してファラの奴は撒きやがった。奴は今、たぶん翼達を襲撃している。まんまと時間を稼がれた。あたしが到着するまで耐えていてくれよ。会場から川へと飛び、叢雲の水を操る力で翼達の戦う橋まで水に乗って高速で滑る。橋が目前に迫った時、神楠から通信が入った。
『天羽々斬、アガートラームともに反応途絶。奏、急いでください!』
そんな………間に合わなかったのか。いや、まだ生きてる。こんなところで諦める訳がない。あたしの生きている間は絶対に目の前の命を掻き消させはしねぇぞ! 叢雲の力を最大限行使して一体の水の大蛇を造り出す。胴の太さがあたしの身長よりも高くて大きい。その頭に乗り、橋の上で倒れた二人を見下ろすファラとノイズが目に飛び込んで来た。
「絶対にやらせはしないぞ。呑み込め、叢雲!!」
大きく口を開いた大蛇がファラとノイズを横殴りに襲い呑み込む。二人を橋の上へと残して、その他を川へと引き摺り落とした。そして、水の大蛇を凍らせ粉々に砕け散らさせる。腹の中のノイズは全て無に帰したが、途中離脱していたファラは突風を巻き起こし揺れる水表面を浮遊する。あいつが翼とマリアを………許せない!
「二人を壊されて怒ってるようね。ですが目的は達成されました。後は帰還するだけ………さようなら、ソルちゃん。」
笑いながらファラは淡くピンクに発光する不思議な小瓶を剣で壊すと、足下に同じ色の輪が広がりどこかへと消えた。気味の悪い笑い声がだけが頭の中で繰り返される。護れず、逃げられて、あたしは自分自身が情けない。苛立ちを込めて水面を拳で殴りつけた。高く上がった水柱。気分は晴れない。降ってきた大量の水を頭から直接浴びて少し冷静になれたあたしは倒れた二人へと向かった。
二人は一糸纏わぬ姿で倒れている。これって、ギアが破損したから衣服を纏えてないんだよな。あいにく何も普通の衣服を持ってない。取り敢えず、天叢雲剣で造った黒い布っぽい物で包み隠すか。これ以上あたしには何も出来ない。そのうちにS.O.N.G.のスタッフが回収に来るだろう。橋の向こう側からエンジン音がこっちに近付いているな。一台の黒い車。運転しているのは………緒川さんだ。あたしから少し離れた位置に停車し降りて銃を構える。
「すみませんが二人から離れてください。」
あたしは首を振り拒否する。
「何か二人の身体を隠せる布をくれ。いくらあんたでも一糸纏わぬ姿を見せる訳にはいかないからな。」
すると、あらかじめ予期していたのか折り畳まれた毛布を二つ投げ渡してきた。空中で解けず綺麗なままで同時に投げられる技術の高さは流石である。黒い布の上から毛布で包みその場に寝かせ、黒い布を戻してその場を離れようとゆっくりと後ろに退く。
「あなたは………あなた方は葛城 大和と名乗る人物の関係者ですよね。色々と聞きたいことがあります。我々に同行願えませんか?」
振り返らずにあたしは首を横に振る。もうここであたしのするべきことはない。それに、翼やマリアもこんなところで折れたまま怯えるほどに臆病者じゃないさ。あたしは自身の心臓である天叢雲剣を基底状態へと戻し、光の粒子となり大和の中へと還るのだった。
———マリアサイド———
セレナと大和は燃え盛るマンションへ向かい、私はそこから四時の方向に向かう。追うのはクリスの乗るヘリだ。神楠によると被害が四時の方向に拡大しているらしい。仮面越しに空を見上げて私は地を駆ける。既にこの地区は避難を完了しているらしく人影はない。ない筈なのだが、マンションの物陰から開けた場所を覗き込む暗い色のローブを纏った背中が見えるのだけれど………。クリスがヘリから降り、飛び去るヘリ。私がそれを目で追うと、突然上空を飛行していたヘリが爆発を起こし墜落した。
「ここは危険だ。今すぐ避難しろ!」
慌てて駆け寄れば、その身長の低さから子供だと判別できる。振り返るその子供の垂れ目気味の眼。その青い瞳がフードと髪の隙間から私を見上げていた。しかし、その恰好が追い剥ぎにでも遭ったのか、急ぎ逃げてきたのか、下着の上にローブを羽織っただけなのだ。こんな幼気な子供が一体何故こんな恰好でここに居るのだろう。
「あなたは………もしかしてS.O.N.G.の関係者ですか? ボクは、S.O.N.G.へと届けなくてはいけない物があるんです!」
それは愛らしい容姿に似つかわしくない、裏側についての内容。どうやら外見通りではないみたいだ。一先ず、私は切迫した表情で訴える少女の頭を撫でる。困惑していたが徐々に落ち着き、この行為の意を問うかのように見詰めていた。
「落ち着きなさい。残念ながらS.O.N.G.関係者ではない。けれど、私がちゃんと送ってあげる。だから、少し離れた建物に隠れてなさい。」
安心させるために精一杯笑ってみせる。この子の儚い印象が私をそうさせるらしい。あの頃のセレナも身体の線が細い子供だった。しかし、精神面は誰よりも強靭でぬくもりに溢れていたのだけれど。
「あなたは優しい方なのですね。胸のあたりがあたたかい何かで満たされました。………ボクはエルフナイン。あなたのお名前は?」
さて、遂にこの時が来てしまった。私は仕方なくセレナと決めたこの世界での名を口にするしかない。しなければ、また私はセレナに黒歴史を笑顔で抉られるのだ。フィーネだと偽っていた時期、大きな不安からセレナに縋り枕を濡らした日々のことを。まさか近くで見守っているなんて思わないじゃない。おかげで姉としての威厳は失墜し、妹に可愛いと言われる始末だ。まあ、それでも本心から慕ってくれていると感じられる。だから、私は嬉しく思うのだけれどもね。そうして私はそれを名乗るのだ。
「快傑うたずきん レイヴン。歌には力があるのだと世界へ知らしめる者だ。」
エルフナインを安全な位置へと向かわせた。別れ際に気付いたが何か匣を持っていたな。その後、神楠へと状況を告げ、私はマンションの物陰からクリスの様子を窺う。クリスはこの危難をどう撃ち抜くのか。すると、クリスは聖詠を紡ぎギアを展開してクロスボウを構えていた。その視線の先にはカジノのディーラーのような恰好の女性。モノレールの線路上で顔を半分手で隠し、その指の間から眼を覗かせる。彼女がヘリを墜落させたのだろうか。
「お高くとまりやがって………あたしが撃ち落としてやる!」
クロスボウを複数発同時に発射出来るように拡張して、クリスは彼女を精確な射撃の腕前で狙い撃つ。その殺到する矢を彼女は背中で線路上を回転しながら滑るように移動して回避する。さながらブレイクダンスだ。矢の嵐を凌ぎ切った彼女はいつの間にか手に矢を二本掴み取っていた。あれは人間業じゃない。それを目の当たりにしたであろうクリスは更に矢を撃ち込む。それを彼女は胸の前面で手を構えて黄金に輝く小さな何かを撃ち出して相殺している。どこか馴染みのある金属音とあのサイズ。導き出された答えはコイン。それが事実なら益々人外じみている。クリスはクロスボウを構えたまま彼女へと跳び接近し、それに応えた彼女も同様にして接近する。幾度も衝突を繰り返す。彼女がビルの壁面を走ればクリスはガトリングで狙う。銃弾の全てを躱した彼女が未だガトリングで応戦するクリスに急接近する。クリスはそれを銃撃で牽制し彼女を上へと跳ぶ事で避けざるを得ない状況に追いやる。人から逸脱した跳躍力で高く跳ぶが、逃げ場など存在しないミサイルによる弾幕が迫っていた。
「好きなだけ喰らいやがれってんだ。」
彼女の居た場所で何度も爆発が起こり煙に包まれる。直撃した筈なのだがクリスは苛立ちを露わにして煙を睨み付けている。ふと、私の視界の隅で何か得体の知れない黄色い二つの光が映った。それの方を見ると海上に大きな人型の影が浮かび上がっていたのだ。その影はクルーザーを四隻掴み取って投げた。その目標は………クリス!?
「間に合え!」
ギアを纏い地を蹴り腰のバーニアを噴かせて最短距離で空を翔ける。そして、右手に構えた槍の先端を紫の閃光で刃を形成、さらに延長してクルーザーへと通り抜けざまに振るい切り刻む。先程の爆発に引けを取らない爆発。海上に存在した人型の影は消えていた。私はレールの上に着地しクリスの方へと振り返る。
「派手に登場とは、随分とやってくれる。」
黄色に輝く障壁で無傷だった彼女の声音には少しだけ悔しさが感じられた。一方、クリスは警戒しつつ通信しているようだ。
「前にゃ人外、後ろにゃ謎の黒いガングニール装者。ったく、次から次へと驚きの連続だぞこんちきしょうめ。」
「ならば、ついでにもう一つ驚くといい。」
彼女が手からコインとは違う何か小さな赤い物を地面へと大量に撒く。そして地表面に描かれる赤いヘキサゴンの文様。そこから現れたよく見知った化け物ども。この世界では根絶した筈の対人類において最悪の兵器。ノイズどもがさも当然のごとく立っていたのだ。サクリストSとバビロニアの宝物庫が機能しない程度に消滅したのは確認済み。ならあれは何だ。模造品なのだろうか。従来のノイズとの外見上の違いは、手に相当する部位に淡く白に発光する器官が備わっていることだ。
「多勢に無勢………そう言いたいのか? なら残念だったな。あたしを倒したけりゃこの100万倍用意しやがれ!」
クリスはノイズどもをガトリングで蜂の巣にして殲滅せんと激しく攻める。所々欠損してもなお動くノイズ。その傷口からは赤い粒子が漏れ出ている。やはりノイズではないのか。ディーラーの彼女はクリスと私を交互に見ている。恐らく彼女の狙いはクリス。私は完全なるイレギュラーなのだと思われる。ノイズ程度と、そう侮らぬ方が身のためだろう。だが、ノイズモドキ相手にクリスがそう簡単に敗北するとは考え難い。問題は彼女だろう。ならば、私が彼女の相手を務める。
「ここからは私も参戦させてもらう!」
彼女へと槍を全力投擲して私もバーニアを使い飛ぶ。彼女に槍を躱され、一直線に迫る私へとコインを撃ち出してくる。それをマントを前面に展開させて防ぎつつ突き進む。地面に突き刺さった得物を回収し構える。彼女はコインを束ねトンファーを作り対峙する。先程までの俊敏な動きに私は攻めるよりも迎え討つ方を選びたい。彼女に勝つのは難しいだろう。それに、クリスを守り抜くことが第一だ。彼女が動く。私はマントを操り叩こうと伸ばす。だが、流石は人外とでも言うべきか。ステップを踏むように躱されあっという間に私の槍の間合いまで進み入るのだ。私とてただ黙ってみすみす攻撃を受けるつもりはない。得物の長さは先手を取って優位に立つ為のもの。私は胴目掛けて真っ直ぐに槍を突き出す。当然、それを回避しようと身体を当たらぬように横に逃がす、が———。
「そうでしょう———ねッ!」
XDモード後に新たに可能となったギミックを稼働させる。槍の穂先から二つに分かれ蟹の
「なんでギアが分解されてんだ!?」
彼女の放ったコインが引き起こしたのか、尻餅をついた状態でクリスのガトリングがノイズモドキにより赤い粒子に分解され、ペンダントに奴らが伸ばした白い器官が触れた。その瞬間、ギアの防御機構を容易く突破し表面に亀裂が走り強制解除され、反動でクリスはその場で倒れ気を失ってしまっている。私は槍を振るい彼女を遠くへと投げ飛ばし、クリスへ駆け寄ろうと走り出した。遠くに着地した彼女はその場でこちらを見るばかり。ノイズモドキも動かず突っ立っていた。邪魔なノイズモドキを槍で払い退けクリスを庇うように立つ。
「………了解です、マスター。これより帰投します。」
ノイズモドキは出現した時の逆再生のように還り、彼女はピンク色の小瓶のような物を地面へと落としどこかへと消えた。色々と思うところはあるけれど、今はクリスをどうにかしなければ。呼吸、顔色、外傷のどれも問題はなさそうだ。ならば次は着る物だな。周囲に服の代用になりそうな物は見当たらず、現状はガングニールのマントで包むしかない。クリスを包みながら私はエルフナインの存在を思い出した。そういえば、エルフナインはどこだ。もう既に保護されたのだろうか。すると、マンションの方からエルフナインが走って来た。
「装者屈指の戦闘力とフォニックゲインを誇る雪音 クリスさんでも自動人形であるレイアに勝てないなんて。やはり、これを届けなくては。」
エルフナインは彼女を知っているらしい。エルフナイン、自動人形、ノイズモドキ。これらは一体何なのだ。私がS.O.N.G.関係者へどのように接触しようかと悩んでいたところ、空間が裂けて大和が現れた。
「君は………キャロルの姉妹なのか?」
大和はマンション前で別れた時よりも弱々しい声で尋ねる。エルフナインは取り乱すことなく空間跳躍を受け入れているようだ。馴染みのある光景なのだろうか。そうだ、先程のレイアは逃走手段にピンクの小瓶を用い一瞬にして消え去っていた。あれは、空間跳躍の類なのかもしれない。
「いいえ、ボクはキャロルの姉妹のようなものであって家族ではありません。ですが、家族以上に近しい存在………キャロルの失敗作なのです。」
悲しそうな目をしていたが、それ以上に固い決意の熱情が前面に表れていた。何がエルフナインをそこまで突き動かしているのだろう。片膝をつき目線の高さを合わせた大和は左の手で小さな頭を柔く撫で微笑む。すると、エルフナインは目を細め容姿相応の愛らしい笑顔となり、大和もいつもの調子にまで持ち直したようであった。
「懐かしいこのぬくもりは、パパの………。」
緊張の糸が切れて蓄積された疲れに襲われたのか、エルフナインは身体を弛緩させ大和に身を委ね眠ってしまった。両の手を肩に置き優しく支える大和。その光景が微笑ましくて頬が緩むのは仕方ない。
「そこの裂け目を部屋に繋げたから、雪音を任せた。」
「ええ、任された。」
私はクリスを包んだまま帰還し、クリスの着られそうな衣服を適当に見繕い着せる。クリスの服選びは大変そうね。再び潜り戻った私は芝の生えた地面の上にクリスを寝かせた。エルフナインもクリスへ寄り添うように大和が寝かせる。
「さて、帰ろうか………レイヴン。」
「まだそれには慣れていない。お互いこれから努力するしかないみたいね。」
謎の襲撃者レイアと蘇ったノイズモドキ。謎の少女エルフナインと失われた力。大きな何かが裏側から表に出ようとしているのだろうか。そんな事を考えながら私は裂け目を潜り帰った。
———セレナサイド———
姉さんがヘリを追い別行動となり、大和はただ一人で燃え盛る高層マンションへと突入しました。大和は私たち姉妹を気遣いそうしたみたいです。もう過去の出来事だと割り切れたつもりでも、これだけ状況が似通えば否応なく最期に見た光景が鮮烈に脳裏へと浮かんでしまう。その私と姉さんの恐怖を見抜いた大和は指示を出し、有無も言わせずに駆け出しました。ごめんなさい。そして、ありがとう大和。私は今、任された務めを一所懸命に果たしますから。怖くて動かなければ、きっと私は後悔をする。私はギアを二重展開し、搬送される方々を癒しの力で回復させる為に奔走する。一人でも多く救いたい。苦痛を和らげたい。その祈りを光へと込めて負傷された方々へ浴びせれば痛みに歪む表情が和らいだ。
『現在、英国で奏が未知の敵と交戦中です。どうやら装者を狙っているようで、会場にいたマリアと翼が襲われています。ですから、セレナは近くの切歌ちゃんと調ちゃんの周囲を警戒してください。それと、響ちゃんは大和が見守っています。』
どうしてこのようなタイミングで襲撃なんて………。この火災も関連しているのではと考えてしまう。偶然でないのなら、誰がどのような目的でこんなひどいことをしているのですか。何かが焼けて弾けるような音。消防救急の方々の緊迫した声が響くだけ。今は、神楠ちゃんの指示に従い二人の身の安全を確保しないと。そうして、私は強く拳を握り、赤に染まるマンションへと駆け出した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
錬金術関連を調べれば調べる程に頭の内部は混乱しました。
錬金術の起源だと噂されるフィーネ。シンフォギアを錬金術で改修出来るのですから、元々錬金術の技術が使われていてもおかしくはないのかもしれませんが。
次回はセレナサイド、大和サイド、その他です。
次回もよろしくお願いします。