蘇る彼と聖遺物   作:はるひよる

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マスクな季節、はるひよるです。

謎の17歳と撃槍とラスボス出陣の三本です。

最後まで読んでいただけると嬉しいです。


撃槍と道化と感情と

見る者の心を掴み取るような不可思議な月の瞳。それを見ながら私は考える。どこか聞き覚えのある声。だが、それよりもずっと若い印象で透明感のある声に、眼帯も車椅子も使用していない同年代と思しき少女。黙ったままの私を待つつもりなのか彼女は墓碑に腰掛けたように浮遊する。存在自体が半透明で青白く、月の輝きを連想させる特別な風体だ。宙に投げ出した足を前後に揺らし遊ぶ。しばらくそうしていた彼女は見ず知らずの人物である私に興味津々といった様子で飛び下りると切れ長の目で顔を覗き込んできた。やはりその面立ちに私は覚えがある。おもむろに手を伸ばした彼女が私の肩に触れると目を輝かせ、触れるたびに歳相応の表情へと変化した。

 

「貴方が初めて。人や物にすら触れられなかったですから。ひとりぼっちで、少しだけ………ね。」

 

「あなたは、その………ナスターシャ教授?」

 

目を細め嬉しそうにする。その表情は見知った微笑みと重なった。どうやら正解みたいだ。

 

「ご明察の通り、私はナスターシャ。心も身体も軽くて仕方ないです。私の置かれた状況がにわかには信じられません。もしや、霊体なのでしょうか?」

 

彼女は円を描くように空中を浮遊してみせる。容姿相応であるが想定外の大きな落差があり、教授の人物像が壊され新たに造り直される始末。その姿に精神が引っ張られているのだろう。私もそうであるから。健全なる霊魂は、その人が最も充足を感じていた時代を強く反映するのかもしれない。好奇心というか、活力に充ち満ちるのだ。気を取り直し話を続ける。

 

「………そうだ。大抵は自動的にあの世へと送られるものなんだが。何か心当たりがあるんじゃないか?」

 

彼女は顎に手を当て首を傾げる。やはりあの瞳からは月に似た力を感じる。まず間違いなく月の遺跡は関係しているだろう。となると、バラルの呪詛を含む月機能の不全を70億のフォニックゲインにより再起動に成功させたその時、何かが起きたのかもしれない。だけれども、私にはこれ以上わからない。危険かもしれない力を宿した彼女を放置する訳にもいかない。なら、フロンティアへと連れ帰るのが最善だろう。それを切り出そうと彼女の横顔を見やるが、遠くから複数の足音が聞こえ近付いていた。

 

現れたのは彼女を心から慕っていた三名。空のご機嫌に同調したかのような哀愁を帯びた表情で墓前まで歩み来る。

 

「少し、遅くなってごめんなさい、マム。」

 

マリアは墓前に白い包みの花束を供えた。そして、制服姿の切歌は丁重に醤油1Lを躊躇いなく供えたのだ。何も疑う事のない無垢な微笑みで。その隣の調は無意識になのか、目に映る筈の無い彼女の方を向いていた。

 

「切ちゃんが、あたしにおまかせデスって胸を張るから。私はやんわりと止めたんだけれど。」

 

「きっと、今ごろマムは遠い遠いところでお醤油が無くて困ってるのデス。あ、心配ご無用デス! 次はお味噌を持ってくるからね。」

 

私達はその様子を墓の裏から見ていた。隣の彼女は困った顔で嬉しそうに眺めていた。

 

「気持ちだけ、受け取りましたよ。確かに覚えている筈の味が、本当に合っているのか。それをもう確認できないのが残念でなりません。」

 

青葉若葉が風に揺れ耳当たりのよい音を奏でる。湿気を多分に含む風が少しだけ爽やかに感じられた。

 

「それでね、マムや響さんたちが守ってくれたフロンティアや月の遺跡の大事なデータを世界各国の機関で調査してるんだって。」

 

「みんながマムの遺してくれた大切を人類のためにって協力しようとしてるデス!」

 

「マムの想いはちゃんと届いて、世界は徐々に変わろうとしているみたい。………私も変わりたい。」

 

伏し目がちに、呟くようにそう言葉をこぼした。進むべき方向が分かってはいても大きな壁の前に立ち尽くしているのだろう。それを突破する為の力が見つからない。だけれど、時間も敵も待ってはくれないのだ。

 

「私も、真の強さを見つけたい。」

 

「あたしも見つけたいんデス!」

 

ならば、必死に探すしかない。何もしなければ何も手にすることが出来る筈もないのだから。マリア達の言葉を聞き、彼女は涙に頬を濡らす。そして、決して交わることのないその身で三人の子どもを抱きしめようとする。姿がどれほど変わろうとも彼女は彼女だ。

 

「大丈夫。手を繋ぐ事の出来るあなた達ですから。だから、絶対に大丈夫です。」

 

透過する腕はもの悲しく見るに忍びない。熱くなる目頭に私は涙を堪えその肩に触れようとした。

 

「わかってる、マム。寂しいけれど、答えは自分で探してみせるから。」

 

「マムの遺してくれた世界だから。」

 

「答えを見つけてみせるデス!」

 

頬に細く温い水滴が降ってきた。彼女は涙を指で拭い三人の前に立つ。

 

「そうですか………随分と大きく、頼もしく感じられるまでになって。ならば行きなさい………そして、あなた達の答えを私に見せなさい。」

 

雨の足音に気付いたマリア達は足元の墓碑から目線を上げた。その視界にはきっと、今はもう見えない彼女を見ているのだろう。

 

「必ず、また来るから。だからその時は答えを聞いて、マム。」

 

「学校の勉強は難しい。けれど、楽しいことも一杯なの。笑顔の練習も、もうすぐ必要なくなりそう。」

 

「次は笑顔の楽しい明るいお話を聞かせるからね。だからマム、楽しみに待っててくださいデス!」

 

青時雨の中、三人は仲良く並び駆けて行く。それを見えなくなるまで見送った。残ったのは二人と花束。私はそれを手に取る。走り去った方を向いたままの背に声をかけた。

 

「貴女のその状態について調べたい事がある。一緒に来てくれるか?」

 

振り返った彼女。私の抱えた花束にある白百合は咲き誇るように雨粒を弾いていた。

 

「行くあてもなく彷徨うよりは………貴方のお名前は?」

 

空を指でなぞり拠点へと繋ぐ。

 

「葛城 大和。仲間に大抵は大和と呼ばれている。この先驚く事も多々あるだろうが、それは向こうでまとめて話す。」

 

「では、大和と。よろしくお願いします。」

 

私が潜り、続いて彼女は潜った。

 

この世界の拠点へと帰った時、レイヴンには見えないようだった。私と魂が繋がっているセレナと奏、元々霊的な存在の神楠は彼女とすぐに打ち解け正体も見破っていた。少し拗ねた様子のレイヴンも引き連れ、私達はフロンティアへと向かった。

 

検査の為に彼女を櫻井へと預けて早一時間が経過した。その間、見えない者が見える者へと彼女についての質問をして盛り上がっていた。特に、普段よりも教授が装者達に近付いている気がする。私は花瓶へと飾られた花々を眺めていた。隣では神楠が端末で向こうの世界の様子を監視していた。すると、自動人形の出現をS.O.N.G.が捉えたらしく、映像の中のスタッフが慌ただしくなる。大型モニターに映し出されたのは長く赤い髪を二つに巻き、両手には熊のように鋭利な鉤爪を指のかわりに生やし無邪気に笑う自動人形。最強とされるミカは道化師のような恰好で全体的に赤い印象。そして現在、つけ狙い追い立てるのは立花と小日向だった。

 

「今はギアの改修中で戦えるのは自分だけか………すぐに現場に向かう!」

 

対アルカノイズの防御機能を組み込む為にギアは改修中。それに、天叢雲剣とアガートラームを取り出し、セーフティを設けた上でフロンティアとのエネルギー供給ラインを構築していたところなのだ。今日中にガングニールのギアは終わる予定であるが。

 

「大和、響を頼んだからな!」

 

世界は違えどガングニールは立花に託されている。歌で互いに救われ、互いが支え合ってきた。だからこそ奏は強く再起を願っている。万物流転、それでも受け継がれた確かなものは存在すると信じているから。

 

「わかった。それでは行ってくる!」

 

世界を渡り、私は雨空を翔け抜ける。神楠の指示により進み現場上空へと到着。雨曝しの廃墟と化したビルに逃げ込んだ立花を追って侵入しようとするアルカノイズ。ヴァジュラの鉤爪の籠手を装着する。両方の籠手に雷を纏わせ廃墟の入口へと跳躍して敵を迎え討つ。切り裂き、突き刺し、散華せよ。ある程度一箇所に集まったアルカノイズに対して、両手の間に雷を溜めて球状に形成、そこへと放つ。アルカノイズの集団の頭上にて炸裂し雷が降り注ぐ。数十のアルカノイズは跡形も無く消し去った。だが、落雷の範囲内にいたミカは炸裂の寸前に大きく後ろへ飛ぶことで間一髪躱していた。

 

「余計なのも釣れてしまったゾ。でも、想定内も想定内。君の相手は———」

 

そんなことは関係ない。口を動かすミカの眼前に跳躍して腕を振るう。それに反応したミカは鋭く硬質な爪で受ける。

 

「まだお話の途中だゾ? それに、自分ばっかりに集中してると取りこぼすんだゾ。」

 

右側から金属の弾いた音。私は後ろへと跳びコインを避ける。だが、自由となったミカはこちらに手のひらを見せつけると楽しそうに口を歪めた。

 

「それそれそれー!」

 

赤みを帯び先の尖った何かを手のひらの発射口から次々と撃ち出してきた。背後の廃墟ビルには立花と小日向が。避ける訳にはいかない。障壁で防ぎ、鉤爪でいなす。私がミカを抑えているが、少なくともこちらへ姿を現さないレイアは確実に近くに存在する。立花だけでなく、一般人の小日向もいるのだ。装者には耐えられても、小日向では耐えられないような事が起き得る。だから立ち上がれ、今こそ信じた正義を貫く時。

 

「気を付けろ立花、まだレイアが——— だから、立て! 立って思い出せ、立花! 奏の言葉の意味を、信じた胸の鼓動を、拳に込めたその想いを!」

 

しかし、強まる雨音に返事は聞こえない。今この時、立てなければもう本当に立ち直れなくなるかもしれない。廃墟の方から何かが崩落した音が耳に届いた。防ぐだけでは間に合わない。ならば、神獣鏡を起動。私は飛来物を掴み取りミカへと蹴り飛ばす。ミカは撃ち落そうと同じ物を当てるが勢いはこちらが上回る。

 

「勝手に使わないで欲しいゾ———ナンデスト!?」

 

ならばとミカは両手で同じ物を持ち野球の打者のように構える。しかし、打ち返せなかった。それは鏡が作り出した幻の像。そして、ミカは気付かぬ間に懐まで本物の飛来物を振りかぶり接近していた私と目が合った。時すでに遅し。ミカは腹部を捉えられ空高く舞い飛んだ後、地面に強く背を打ち付け目を回していた。廃墟を向いた時、叫びが響き渡る。

 

「傷つける為の歌じゃない!伸ばしたその手は、想いを繋ぐその手は、温かいんだ!あの時、私は戦って、そして救われた!だから、怖がらないで!だって私はそんな響の歌が大好きだからッ!だから———!!」

 

駆ける私の視界にビル三階相当の高さから転落する小日向が映る。そこへと跳躍しようとした。

 

「まだ10カウントじゃないゾ。ここからが本当の始まりだゾ!」

 

跳躍に集中した事と背後への警戒を怠った事が重なり障壁は発動しなかった。腕を万力のような力で掴まれ背後へと引っ張られる。その手に腕は無くワイヤーが離れた位置のミカの手首と繋がっていた。私がお構いなしに再度跳躍を試みたその時、強く熱く私の内にあるガングニールが疼くのだ。まるであの日の再現のように。立花は己の感情をありのままに発露し咆哮する。私は障壁を足場にミカの方へ全力で跳び、蹴りを繰り出す。そして、一際大きくガングニールが鼓動した時、立花は覚悟を紡いだ。装着時の光が雨を照らす。

 

「見え見えのそんな蹴りが当たるわけないゾ!」

 

こちらの軌道を読み取り回避行動へ移る。

 

「早計だ、高を括るならば!」

 

懐から銅鏡を取り出しかざす。ミカは何だろうかと凝視していた。私は魔を祓う閃光を一気に解き放つ。ミカは強烈な刺激に目をくらませ悶え苦しむ。そんなミカを私は鎖で拘束した。一方、馴染んだプロテクターは曇りなく輝き、立花は力強く跳ぶ。大切な親友を救う為に。

 

「未来ッ!」

 

伸ばしたその手は確かに到達する。その腕に抱えられた小日向は自分らしく再び歩み出した親友を優しい表情で見上げていた。降り立つ二人に雲の晴れ間から光が降り注ぐ。

 

「ありがとう、未来。私はもう迷わないよ。託されたもの、守りたいものの全部、なくしてなんかない。なくしたくない! だから、私の歌を聞いてッ!」

 

堂々と自分の足で立つ。瞳には力が宿り輝いている。それは、ギアの黄金の輝きにも勝るとも劣らない。立花は拳を握る。

 

「行ってくる。」

 

「待っている。」

 

それだけで微笑み、二人は心から信頼しているのだと分かる。対峙するレイアはアルカノイズを呼び出し戦いの火蓋は切って落とされた。始まりから全身全霊の拳を叩き込む。迷いのない立花にアルカノイズなど障害たり得ない。一切の攻撃も許さず全てを圧倒し、残るはレイア一体のみ。

 

「来い、ガングニールの装者。お前の全てを壊せと、マスターからの命令だ。」

 

「壊させやしない。だって、譲れない想いがここにあるッ!」

 

立花は腕部装甲を稼動させ背部のバーニアとともに噴かせ真っ直ぐに拳を突き出す。トンファーを両手に構えたレイアは障壁を展開、真正面から受け止める。だが、止まらぬ拳はそれを突き破り、レイアは交差させたトンファーで凌ぐ。

 

「ようやく本領か。随分と待たせてくれる。」

 

その突進を横へと流したレイアは距離を稼ぐが即応した立花は反転、再度激突。無手の立花とトンファーのレイアは近接距離で高速に打ち合う。

 

「今すぐにでも解放しないと酷い目をみるゾ! この街の何もかも全部解体してやるゾ!」

 

「ならばなおさらだ。大人しく捕まってろ。」

 

言動挙動などはどこか子供染みているが、それだけの力を伴うものだからミカは残忍さが際立つ。単純なパワーならば立花と同等かそれ以上だろう。それに耐える赤みを帯びた黒い棒状の物はミカに適合している。

 

「そうやって見下してばかり。だから君は見落とすんだゾ。」

 

「見落とす、だと………まさか!?」

 

上へと顔を向ける。瀑布のように大量の水が私とミカ目掛け雪崩れ落ちてきた。地面で弾け飛沫の上がる中、拘束を抜け出したミカが二房の巻き髪から炎を噴射し爆発的に加速する。目指す先は立花。

 

「させるか!」

 

「ええ、させませんとも。この私が、ね?」

 

濡れた身体を氷が覆い尽くす。さらにミカとの間に氷壁がそびえ立ち跳躍を阻む。苛立ちに右の拳を強く握り締めた。

 

「邪魔だ!」

 

私はレーヴァテインの炎で氷を溶かし氷壁に大穴を開けた。そこから覗く光景は、決定的だった。

 

「終わりだゾ。」

 

ミカの撃ち出した黒い棒状の物がペンダントを捉えて砕き、だめ押しに空中へと高く飛ばされた。歯を食いしばりながら飛ばされた立花を追い跳躍する。完膚なきまでに想いごと無惨に打ち砕かれた。腕に抱えた立花の瞳は輝きを急速に衰退させる。その視界の隅に、口を大きく歪め嗤うミカが映ってしまった。私は小日向の隣へと跳躍して立花を引き渡す。即座に二人を障壁で防護、強く地を蹴りレーヴァテインの力を集束させた右腕をミカへと叩き込む。だが、手応えは無く、かわりに大量の水蒸気が発生して周囲を包んだ。塞がる視界の中で声が響き渡る。

 

「多少は気が紛れますが拍子抜けって感じですよ。まあ、精々足掻いてくださいな。それではサヨウナラ。」

 

小日向は倒れた立花を抱え必死に呼びかける。力無く垂れた腕、解けた拳は地につく。そこへと二つの影が駆けて来る。

 

「間に合わなかった………嫌だ、私が強くないからなの?」

 

「嘘、嘘デスよこんなの!? これじゃ何のための力かわかんないよ!」

 

かける言葉も浮かばずに私は空虚な心持ちで治療を施した後、暗い空を雨に濡れながら帰るのだった。

 

 

 

あれから目覚めない立花。身体へのダメージは完治しているが精神に負ったダメージが深いのだろう。最近の雨続きもあり周囲に暗い影を落としていた。再び開かれた時、その瞳は何を見て何を思うのだろうか。何が起こるのか分からないからこそ、不安は際限なく膨張する。それを少しでも払拭する為に今出来る事へと一心不乱に打ち込む者もいる。いつも通りの日常を守ろうと普段と同じに振る舞う者もいる。皆一様に元気で明るいあの笑顔を待ち望んでいるんだ。

 

「Project IGNITE………負の激情を力に変える、か。」

 

S.O.N.G.では保護したエルフナイン立案の計画が進んでいた。キャロルの錬金術に対抗し得る聖遺物ダインスレイフをギアに組み込み代償つきで大きな力を引き出す。展開時アンチアルカノイズプロテクターになりギア出力の向上も見込まれる。そして、諸刃の剣のごとき血戦———決戦機能を備えるのだ。装者の負の感情を利用し呪いでもって増幅、そしてそれを純粋な戦闘力へと変換錬成する。伝承では鞘から抜けば誰かの血を啜らせなければならない殺戮の魔剣。欠片となり呪いは弱体化したものの、時限式でギアを強制解除させる。ギアが無ければ即刻死に繋がる戦場では大きな代償といえよう。

 

ギアの強化改修が急がれる中、私はS.O.N.G.本部である潜水艦を係留する基地にある大型の太陽光発電設備のパネル上にいた。立花が倒されたあの日から今まで以上に近くで周辺を警戒している。モニター越しでは隔たりを強く意識してしまう。繋ぐ力に距離は意味をなさない。だが、視界良好ならばという前提がある。煙に吹雪や暗闇では精度が落ちてしまう。だからこそ、目に見えるかたちで距離が近ければそれだけで安心できる。S.O.N.G.の戦力となる装者はたったのニ名。まさに崖っぷちである。十全の立花すら叩き伏せたキャロル達が襲撃するなら絶好の機会だろう。

 

「不気味。そう、とても静かで穏やか過ぎます。」

 

リディアンの涼しげな夏服に身を包み、臙脂色のネクタイが海風に靡く。目の周囲を覆うように隠す黒い覆面さえなければ普通の女子高生だろう。天気は曇り、白い制服は灰色を背景にすると映える。

 

「何故制服なんだ?」

 

「お恥ずかしい話ですが、折角若返ったようなものですから単純に着てみたかった………たったそれだけの理由です。」

 

そう言って手に持った薄藤色の扇子で顔を隠す。髪色も同系色であり姿は様になっている。扇子の似合う同年代は………風鳴ならば似合いそうであるな。

 

あの後彼女———霊体のナスターシャ教授は聖遺物《神獣鏡》との融合を果たし蘇った。月の鏡や呪術など古くから月と鏡は密接に関係している。そこに着目して神獣鏡の中に閉じ込めてから繋がりを構築したのだった。鏡の世界で月の力を増幅させ現界させる。そして、破邪の光は敵から身を守るプロテクターとなり、櫻井によって加えられたアルカノイズの干渉破砕効果による分解の低減も実現されている。呼び名はナスターシャ教授と区別する為に最後の二文字を採用してシアとなった。それが三日前の出来事。調や切歌の訓練に加わり十二分に力を使いこなし二人に勝利していた。なので、戦力として隣に居るのだ。右眼については純粋な月の魔力が宿っているらしく、一定量が常に湧き出ており、適度に発散させれば今のところ問題ないそうだ。

 

『どうやら動き出したようです。都への各種電力供給の施設を襲撃しているようで、大和は一度こちらに戻ってください。シアさんにはその場で待機をお願いします。』

 

今の状況で発電施設を狙うか。守らねばProject IGNITEが、立花が危ない。

 

「すぐ戻る。少しの間任せたぞ!」

 

「初陣ですが、あの子達の為に守ってみせますよ。」

 

私は拠点へと一人帰還。いつでも出られる状態で揃ったうたずきん達。火力、風力、水力などの発電施設が同時多発に襲撃されている光景がモニターに映し出されている。

 

「座標はこちらです。精度はよろしくないので上空に放り出されると思います。自動人形の撃退後、残された方々の救出を。では大和、お願いします。」

 

奏の肩に手を置き座標を読み解き脳裏に浮かぶは黒煙を上げる場所。力を流し込みそこへと跳躍させる。セレナは水柱の並ぶ場所へ。マリアには治癒の力を込めた札を渡して逆巻く風が暴れる場所へ。

 

「たった今係留中の基地発電施設への襲撃を確認。シアさんが防衛を開始しました。———あれは、調ちゃんと切歌ちゃんですが………適合係数が高い?」

 

二人は守れなかった事を悔いていた。S.O.N.G.内部には眠る立花が、守りたい仲間がいる。だからこそ今回は獅子奮迅の働きをしようとLiNKERの過剰摂取で力の底上げをしたようなのだ。しかし、代償も大きい。LiNKERがいかにあなたに優しいで造られようが危険な薬物に違わない。使用者の身体を蝕む事は重々承知のうえで、必死だからこそなのだろう。別のモニターに映る奏達は自動人形と仕合の最中。両者譲らずといった様子。

 

「基地の防衛に向かってください。Project IGNITEさえ、時間を稼げればきっと捲土重来なのです。」

 

「そうだ、きっと立つ。私達はそれまでの時間稼ぎをしてみせる。」

 

発電パネル上に跳躍。基地施設防衛の為に奮戦する自衛隊員だが、アルカノイズを滅ぼすには重火器では有効には程遠く徐々に追い詰められていく。そんな窮地を救うのは破邪の閃光と獄鎌に鏖鋸が戦場を駆け抜け切り刻み葬り去る。調が切歌を、切歌が調をカバーし合う見事なコンビネーション。それをさらにシアが援護する事で目に見えてアルカノイズは数を減らす。長く二人を近くから見守り過ごしたからこそである。

 

右下方にあの反応を感じ見やる。黒い棒状の飛来物が数発、それを障壁で防ぐ。

 

「やはり狙いに。だが、壊させやしないぞ?」

 

「自分、嘘つかない。有言実行みんなバラバラにしちゃうゾ!」

 

両手一杯のアルカノイズの種をばら撒き一度に数百を召喚する。

 

「やっちゃえ! バラバラ解体ショーの開幕だゾ。」

 

波となり押し寄せるアルカノイズの軍団。私はアイギスを纏う。そして、無数のガングニールを背後に創り出し、その内一振りを携え飛び下りる。着地点にうごめく敵へと創ったガングニールをそれぞれ一条の雷に変え解き放ち貫く。下り立ち手近な敵を携えたガングニールで突き穿ち薙ぎ払う。密集したアルカノイズの海の先に二房の巻き髪が見えた。地を蹴り高く跳び上がる。

 

「神槍の一撃が視えるか!」

 

長柄の端へと足先をかけて身を翻し脚力で投擲する。レーザーのように一直線にミカへと迫る。大きく目を見開いた顔は爆発によってかき消され、衝撃で数十メートル吹き飛び顔で地を滑りうつ伏せに倒れていた。ゆっくりと起き上がり鼻を労る姿は道端でただ転倒した時のようだ。

 

「痛いゾ………ヒドイ目にあったんだゾ。」

 

接触の寸前、手のひらから黒い棒を射出した反動で後退、身体への被害を最小に抑えていた。恨めしそうにこちらを睨むミカはほぼ無傷であり最強の名は伊達ではない。

 

「お前だけは絶対にッ!」

 

「ゴートゥーヘルッ!」

 

二人はミカまでの道程に存在する邪魔ものを切り刻み伐り刻む。切歌が鎌を振り上げ、調は鋸を唸らせ挟撃を仕掛けた。私は上空から発電設備を防衛しながらガングニールを飛ばして二人を援護する。

 

「子雀どもが大鳥に化けたところで虎に勝てる道理はないんだゾ!」

 

左右から振り下ろされた鎌と鋸をパワー自慢のミカは軽々とお得意の黒い得物で受け止める。持ち堪えて数秒か。だが、それだけあれば十分だろう。

 

「悪を滅する浄化の閃光、その身で耐えられましょうか?」

 

極大の閃光が解放され有象無象を滅し進撃する。

 

「切ちゃん!」

 

「オールオッケー、いくデスよ!」

 

調が鋸の回転数を上げて気を引いている間に切歌はアンカーを撃ち出してミカの動きを封じる。そして、すぐさま二人はその場から離脱、ミカは光に飲まれた。

 

地面には閃光の熱による跡が残され、粉塵の向こうに影が揺れる。少々動いたかに見えたその時、突如として火炎と水流が放たれ調と切歌が施設の壁に叩きつけられ倒れた。火炎に焼かれた切歌へと跳躍して容態を確認する。過剰摂取がたたりダメージは大きそうだが治癒の力で命に別状はなさそうだ。

 

「二つ潰した。じきに奴らが来るだろう。ミカ、お前は頃合いをみて下がれ。」

 

「わかったゾ。じゃあ、仕返しの時間だゾ!」

 

得物を振り上げ高く跳び上がったミカはこちらへと迫り振り下ろす。切歌を両腕で抱え回避するが、ミカは薄ら笑う。

 

「させません!」

 

シアは扇から閃光を放つがキャロルは見向きもしないで障壁を展開させて防ぎ、同時に強力な竜巻を発電設備目掛けて放つ。私は執拗にミカに狙われ跳躍出来ず、設備は音を立てて崩れてしまった。

 

『Project IGNITEはどうなった!?』

 

ミカの動きを目で追い躱しながら答えを待つ。

 

『安心してください、大和。答えはもうすぐに現れます。』

 

キャロルへと見た事のあるミサイルが突っ込み爆発を起こす。ミカへと無数に矢が降り注ぐ。空から降り立ったのは蒼と赤の装束を身に纏った二人の天つ少女(おとめ)

 

「貴様には我の太刀風を特等席で聞き願おうか。」

 

風鳴は剣を構える。

 

「かわいい後輩がやられたんだ………あたしが黙っていられると思うなよ!」

 

両手にクロスボウを構える。

 

「ならば、こちらも全力でお前達のすべてを———この手で打ち砕くッ!」

 

何もない空間から竪琴を取り出し爪弾く。美しい、けれどもどこか悲しい旋律はキャロルを包み力と変える。幼い体躯は急成長を遂げ、しなやなか肢体が伸び女性らしい曲線を備えた。鍔は尖り、山部に赤青黄緑の順に菱形の結晶を並べた独特のウェスタンハット。装者のようなスーツとプロテクターに、背には特徴的な末広がりの鋼鉄の翼のようなものがある。それらほぼすべては葡萄色に統一されていた。血に塗れる事も厭わず、なすべき願いを成就する。そんな悲壮な覚悟が伝わってきた。憎悪の瞳に胸が疼き始め、そんな姿を見たくないと強く想いを抱いた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

偽りじゃない本物のマムの復活。月の遺跡と70億の歌が起こした奇跡。
りんごのアレは四期か五期に絡んできそうだなと思ったりしつつ二期を復習。若かりしマムのイメージを勝手に組み上げたり。次回はいよいよIGNITEです。

次回もよろしくお願いします。
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