決戦Project IGNITEと装者達の特訓の二本です。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
キャロルは戦装束に身を包み臨戦態勢。対する風鳴、雪音も得物を構えた一触即発の空気が流れている。
「だが、先ずはお前だ。」
右足へとレーヴァテインのエネルギーを集束させ、それをミカが飛びかかるタイミングで地面へと解放、火柱を起こして隙をつくり距離を取った私はシアの側へと跳躍。調に治療を施して切歌を預けた。
「二人を頼んだ。」
「ええ。必ず届けてみせますから。」
シアは二人を抱えこの場を去る。左方から腕を勢いよく回しながら跳び上がったミカが私へと迫る。
「ぐるぐるどっかーん!」
私は障壁でミカの拳を受け止め、肩幅よりやや大きく足を開いて握った拳を突き出し障壁ごとミカを吹き飛ばす。宙返りで着地したミカはキャロルを見やる。
「ここからが面白いかもだけど、そろそろとんずらするゾ!」
赤い小瓶を爪で割りミカは瞬く間に遁走した。残されたキャロルは空に赤い種を投げる。喚び出された飛行船のような個体は四つある出入り口から飛行型を大量に開放する。
「折角だ、決戦に相応しい場を用意せねばな。さあ、想いを牙に来るがいい!」
両腕を広げて挑発している。空は千を優に超えるアルカノイズに埋め尽くされた。今までで最大規模。キャロルはこの戦いで結果を出そうとしているのか。
「そうか、そうか………ならば、望み通り加減など不要。全力で斬るまで!」
「売られた喧嘩は買ってやる………なに、釣りはとっとけ三途の船賃だ!」
二人は新たにV字のようなものが加えられた胸元のペンダントのその部分を一度押し込み掲げる。
「イグナイトモジュール、抜剣ッ!!」
———ダインスレイフ
機械音声で告げられた魔剣の名を聞きながら二人は緊張した面持ちで宙に浮くペンダントを見詰めていた。放射状に鋭く変形した棘が四方に伸びる。装者に向けられた棘はエネルギーで構成されたもので魔剣の呪いを濃く帯びていた。慈悲などなくペンダントは元の場所へと吸い込まれるように落下していく。あれがProject IGNITE。
そして、胸を貫かれた二人は絶叫した。黒いもやが身体を這いずり侵食する痛みに耐えているのか。奏の暴走状態のエネルギーの奔流を身に受けた私にはある程度分かる。荒れ狂う何かが身体を、自身を喰い破ろうとするのだ。それは、怒りや悲しみに憎しみなどの普段は抑圧された負の感情たちが増幅され解放された猛獣。生半可な覚悟では御する事など無理だ。しかし、雪音と風鳴ならば………。
「あれらは私が相手する。だから、超克してみせろ!」
私は上空へと跳躍した。二人には己と向き合う事に集中して欲しい。だから、雑音どもは遠慮願おうか。両手から無数に鎖を伸ばし、レーヴァテインの力で紅く染め上げ鞭のように振るう。数十を一度に薙ぎ払い、討ち漏らしと飛行船型を射出した雷で射抜き落とす。
空を取り戻しても、今度は市街へと侵攻したものを一体ずつ処理しなければならず時間がかかる。
『奏達は?』
『自動人形たちが思いのほか粘るようなのです。施設への被害を抑えながらというのが長期化している原因でしょうが。』
これ以上の人手は期待できそうもない。シアがどの程度で戻ってくるか。そう考えていると、高まりつつあった天羽々斬とイチイバルのエネルギーが元に戻ったのだ。あの二人でもってしても呪いには打ち克てないのか———。
『でも、望みは潰えてないのですよ。聞こえてくる筈です。生命の歌が。』
アルカノイズを突き刺しながら耳をすませば、天つ風に乗り生きるのを諦めない熱い想いに輝く声が聞こえてくる。一つは、向こうに。もう一つはビルとビルの間を吹く谷風となり、浄化の光で敵を滅ぼした。最後に乗ってきたミサイルをアルカノイズにプレゼント。爆発とともに近くに降り立つ。
「人生長く生きてみるものです。ミサイルで空を飛ぶ体験などそう出来る事ではありませんよ。」
「それはそうだが、早速働いてもらうが構わないな?」
両手に硬質な扇を持ち、私の方を首だけを動かし向く。
「問題ありません。では、一匹残らず塵に還しましょう。」
お互い反対方向へと駆け出し殲滅を開始する。立花達は諦めず、何度挫けようとも立ち上がる。ならば、私もそうでありたい。槍を握る力が一段と増す。それと同時にあちらでも各聖遺物のエネルギーが高まり、三人の絶叫が響き渡る。
アルカノイズも残り百足らずとなったその時、立花達の纏うエネルギーの質が変わり音楽が重く轟く。打ち克ってみせたその事実に、私の槍捌きは加速する。投擲して五体串刺しそれを払い飛ばせば別の敵へと当てて倒す。
「止めだ。」
最後のアルカノイズを上段から振り下ろした槍で両断した私は基地へと向かう。基地からは煙が立ち上り、建物や設備は破壊されてしまっていた。また新たに爆発が起きる。
「いいぞ、全力で来い! それでこそ潰し甲斐がある! 待った甲斐があるというものだ!」
背にある弦が揺れキャロルは両手から荒れ狂う火炎と水流を放つ。紙一重で躱す風鳴と立花は悪鬼羅刹のごとく漆黒に変貌を遂げた装甲を纏っていた。それは通常時より鋭く攻撃的な形状であった。
「甘いッ!」
「持ってけバーゲンだ!」
すかさずに風鳴は斬撃を放ち、雪音が逃げ道を塞ぐように狙い撃つ。障壁で防いだキャロルは煙に包まれるが風を起こし散らせる。
「キャロルちゃんッ!!」
だが、腕部装甲を巨大化させた立花が突っ切り現れる。そして、破壊力を増した立花の拳がキャロルの胴を捉え、バーニアも噴かせてどこまでも押し進む。思わず漏れ出た苦悶の声。壁に叩きつけられ止まったキャロル。その戦装束の様々な箇所は破け、すぐに立ち上がれない程のダメージ。それでも立ち上がろうと意地で目線だけは絶対に立花から離さない。睨み付ける先では、立花が空中で脚部ギミックを稼働、腕部とともにバーニアを噴かせて飛び蹴りの構えで急降下する。
「奇跡は………オレはッ!」
立てないキャロルには為す術もなく、腹部へと決定打となる一撃が入った。悲鳴も何もかもがインパクトの瞬間の音にかき消える。荒々しく息をしながら立つ立花は、砕けたコンクリートにもたれ俯く少女に戻ったキャロルを見詰めていた。そんな立花の背後に二人も合流した。ゆっくりと立花はキャロルへと歩みを進める。何故、どうしてという悲しげな表情を見せている。
「キャロルちゃんはどうして世界を壊すだなんて———。」
差し出したその手は、小さな手に拒絶される。
「そんな事、とうの昔に忘れたよ。………お前達のその呪われた旋律で、誰かを救えるなどと思い上がるな!」
キャロルは依然として憎しみに囚われた仄暗い目をする。だから、私は心の赴くままにキャロルの傍へと跳躍して小さな手を包んだ。今にも折れてしまいそうな程にか細い。だが、確かな温もりを感じた。
「もう、やめにしないか。憎しみは悲しい事にしか繋がらない。だからもう終わりにしないか?」
驚愕に見開き、戸惑うように揺れる瞳。そして、治療を施そうとしたその時。手にキャロルの震えが伝わってきた。
「———やめろ………触れるな、オレに思い出させるな! 消えてしまえばいい………消えて、お願い消えてよッ!!!」
ただの少女のように大粒の涙を流しながらキャロルは歯を食いしばり、直後、地に倒れる。そして、緑の炎に身を焼かれ黒いモノへと変わり、自ら命を絶った。私は黒く脆いモノを手ですくい、やりきれない思いを抱いた。空に蓋をした雲を揺るがすように立花は慟哭する。風鳴や雪音も暗い表情を浮かべていた。これで終わったのであろうか、それとも………。
「………帰りましょう。まだ、問題は残っていますから。」
「………わかった。」
重い空気の中、拠点へと帰る———筈だったのだが肩を掴まれる。イグナイト状態だと意外に握力があるんだな、雪音。
「さあ、大人しくてもなくても優しいあたし様が強制連行するけど、文句はねぇよな?」
シアを見れば顎に手を当て何かを考えているようだった。その背後には風鳴が忍び寄っている。
「行ってみてはどうですか? 近い方が何かと便利かもしれません。私は帰りますが。」
そう言いつつ私とアイコンタクトする。
「それは、すべてを片付けたらだな。だから、すまないな、雪音。」
シアが手のひらサイズの光弾を地面へと叩きつけると目の眩む閃光が周囲を覆った。私は雪音の拘束を抜け出し、今度こそ拠点へと帰ったのだった。
———セレナサイド———
水平線で空と海の天色が混じる。陽射しをはね返す程に白い砂浜で私へと浜風が新鮮な磯の香りを届けてくれます。少し離れた場所では響ちゃんたちが楽しそうに遊ぶ………いえ、特訓でしたね。この政府保有の砂浜でどこかの怪盗のように覆面をして立っているのは私だけでしょう。
「貴女はたしか………そうです、ルナさんでしたね?」
声をかけられ振り返ると小さな子が立っていました。Project IGNITEの立案者であるエルフナインちゃん。私は目線の高さを合わせます。
「はい。海を楽しめてますか、エルフナインちゃん?」
「初めてですが、本当に楽しいです。本当に………。」
破顔して嬉しそうにしますが、何か気がかりなのでしょうか、俯いて表情を曇らせます。
「どうしたの? 私でよければ聞かせてもらってもいいかな?」
「特訓だと聞かされていたのですが、どう考えても遊びとしか思えません。強靭な精神力でなければ魔剣の呪いに克つことは不可能なのにですよ。」
真面目も真面目なエルフナインちゃんらしい悩み。あの頃の姉さんに少し重なりますね。
「確かに本格的な訓練も必要だけれどね、何事も程々に。余裕を持ってが大事だよ?」
「程々に………余裕を持って、ですか?」
私は微笑みかける。
「大丈夫、目に見えないけれどみんなは強い絆で結ばれてるの。ひとりじゃないから強くなれる。ほら、あっちを見て。」
翼さんとクリスちゃんチーム対姉さんと響ちゃんチームがビーチバレーをしている。ネット際には背の高い翼さんと姉さんが。クリスちゃんのサーブは吸い込まれるように落ちる魔球。瞬発力自慢の響ちゃんが拾い姉さんが整えて、高く跳んだ響ちゃんが砂浜に刺さるようなアタック。なんだかボールへの心配が膨らみますが、どうやら丈夫なようで試合は続く。翼さんは高い身体能力と戦闘経験からなのか相手の行動の先を読み、クリスちゃんはその動きを邪魔せず、最大限発揮できるように上手に立ち回っています。相手を技術で揺さぶり、綻びあらば的確に点を取るチーム《先輩後輩》と、身体能力で相手をねじ伏せ爆発力で勝負するチーム《撃烈無双》のゲームは白熱しています。それを観戦し応援する未来ちゃんや切歌ちゃんに調ちゃん。みんながみんな本当に一つのことを楽しみ心は一つになっていました。
「凄い。いつの間にか本格的な訓練になってる気がします。」
楽しくてつい熱くなってしまうのは仕方がありません。ですが、少しばかりヒートアップが過ぎるんじゃないかな。私はエルフナインちゃんの足元まで飛んできたボールを見ながらそう思いました。エルフナインちゃんはボールを拾い上げる。
「エルフナインちゃんも今はこうしたいと思ったことをしてみよう? 」
「でも、ボクもあんなふうに上手に出来るでしょうか?」
ああ、本当に真面目が過ぎますね。少し癖のある髪を撫でます。それはもう髪が少々乱れる程にです。
「大丈夫。自分らしく、したいようにすればいいんだよ。そうすればみんなで楽しく笑えるからね?」
「自分らしく、したいように………。」
そう繰り返し呟いていました。すると、小さな手が私の手を掴み引っ張ってきます。
「ボクは………ルナさんも含めた皆さんで楽しみたいです。駄目でしょうか?」
期待と不安の入り混じった、けれども澄んだ真っ直ぐな瞳に射抜かれてしまえばもうどうしようもないですよね。一所懸命に手を引かれて私は装者たちの休暇にお邪魔することになりました。
みんなの輪に近付けばあっという間に取り囲まれました。少し恥ずかしいような気がします。仲が良さそうに来た私を見詰める視線。特に調ちゃんは強く見詰めてきますので負けじと見詰め返します。突如開始されたにらめっこに周囲が見守る中、先に視線を逸らしたのは調ちゃんでした。
「駄目………切ちゃんも知らないことなのに知られちゃう。」
手で顔を隠す姿に切歌ちゃんは大きく口を開け驚く。
「し、調があたしにも秘密だなんて………一体何を見たのデスか!?」
二の腕を掴まれてゆすられます。でもこれは多分———。
「冗談だよ、切ちゃん。私の勘では悪い人ではないと思うの。しっかりとこの目で見極めたから。」
「調………。あ、ごめんなさいデス。痛いところはないデスか!?」
「大丈夫ですよ。」
いつ見ても元気はつらつな、そんな切歌ちゃんでよかったです。もう無茶をしないで欲しいですけれど………。私は安心させるように笑顔で切歌ちゃんの金の髪を撫でる。すると、気の抜けた声を漏らし、次第にこぼれるような笑顔になった。
撫でるのをやめても笑顔が収まらない切歌ちゃん。
「お前、やばい力でも持ってるんじゃないだろうな?」
私はただ優しく撫でたつもりなのですが。今私が持ってる力は一つですね。それよりも、警戒する猫みたいなクリスちゃんに悪戯をしたくなります。
「一体急に何だってんだ………おい、なんだその顔は!?」
「大丈夫、怖くないよ。ちょっとだけ、頭を優しく撫でてみたいだけですから。」
徐々にクリスちゃんへと迫りますが、その分後退りしてしまうので距離は縮まりません。ならば、協力を得ましょうか。
「切歌ちゃん、大好きな先輩にさっきの幸せを知って欲しいよね? 翼さん、クリスちゃんの満面の笑み、見たいですよね?」
二人は目を閉じ想像しているようでした。
「幸せは、共有したいデス。先輩、覚悟するデスよ!」
「悪くない。私は見てみたい。普段つっけんどんなだけに………すまないな、雪音。恨んでくれるなよ。」
先程まで白熱したゲームをしていただけあって心のタガが外れているようです。クリスちゃんには不都合でしょうけれど、好都合です。
「寝返ったな! くそッ逃げ場がねぇ………ここであたしは恥を晒すのか!?」
助けを求めたその視線はことごとく逸らされています。響ちゃんと未来ちゃんは相当に興味があるらしくて興奮を隠しきれないようで熱のこもった眼差しで行く末を見守っています。
「クリス………時には受け入れることも必要だ。」
姉さんも見たいようですね。可愛いもの大好きですから。腰に切歌ちゃんが抱きつき、翼さんが背後から両脇を抱えて、私は身動きの取れないクリスちゃんへとにじり寄ります。実は以前から撫でてみたかったのですが、正面切っては逃げられ、不意打ちはことごとく撃退された苦い過去があります。この僥倖、逃してなりますか! 奏や姉さんに未来ちゃんばかりズルいですよ。
「———あっ。」
輝き透く銀の髪を撫でる。えもいわれぬ温かいものが手を伝い胸に流れ込むようで、こちらの表情がだらしなく緩まってしまいます。これは好いものです。顔を耳まで真っ赤に染め口を結び堪えていたようですが徐々に力が抜けて笑顔に変化していきました。
「なんか懐かしい………優しい。そうだ、ママのあったかい手にそっくりなんだ。」
姉さん、私は今最高に幸せです。
あの後、仲良くなった私は一緒に訓練を受けました。ビーチバレーに海水浴を楽しみ、時刻はお昼時に。買い出しジャンケンなるものが勃発しました。負けたのは翼さんと調ちゃんと切歌ちゃん。人差し指と親指で繰り出された翼さん渾身のチョキをほんの少しだけかっこいいと思いましたがみんなには不評だったようです。笑い過ぎですよ、響ちゃん。
三人を見送り、姉さんとクリスちゃんのお話に相槌を打っていると、突如として砂浜に水柱が出現しました。
「夏のひと時、楽しめたかしら?」
砂浜にアルカノイズを喚び出したガリィは愉快そうに見下して挑発してきます。やはりまだ活動しているみたいですが、最近頻発している事故と関係があるのでしょうか。今はこの場から未来ちゃんとエルフナインちゃんを離れた場所へと逃がさないと。
「てめぇ………あたしは水を差されるのが大っ嫌いだ!」
ガリィはクリスちゃんと響ちゃん目掛けて飛び降ります。クリスちゃんはギアを纏いクロスボウで狙い撃ちますが、ガリィは水になって崩れました。
「———これで少し頭冷やしましょうね?」
いつの間にか二人の手の届く距離に接近していたガリィが両手からの水流で吹き飛ばします。ですが、受け身を取り素早く立て直しました。
「二人を安全な場所までお願いします!」
「わかった。ここは二人に任せた。」
「私も護ります。護ってみせます。」
姉さんが先頭で私が最後尾、その間に二人を。追跡してくる敵を盾で倒しながら私たちは砂浜から林の中に続く道へと逃げ込みました。
しばらく走っていましたが空から青い少女が降ってきました。両足で着地、その場で回って手を前へかざしています。
「逃げてないで戦いましょうよ、ねぇ?」
私は二人を逃すために道の真ん中で止まり構えました。
「二人をお願いします。ここは私が防ぎますから。」
「君一人で大丈夫なのか?」
私は頷き周囲に銀の盾を展開します。今、私の手にはガングニールはないけれど、守るためのアガートラームがあります。多少時間の必要なあれを編み上げておきましょうか。
「本当にムカつきますね。あんたら
上を指差したガリィは卑しい笑みを湛える。空から飛行型が真っ直ぐに姉さんたちへ狙いを定め迫ります。私は盾を操作して防ごうとします。
「させま———」
「———せんって!」
声の方へと振り向けば、至近距離で氷の剣を私目掛けて突き出すガリィが目に映りました。咄嗟に盾で防ぎます。
「なめるなッ!」
そして、聖詠を紡ぎ姉さんは銀の左腕で打ち砕き、全身へとギアを纏いました。左右非対称で左腕の装甲が厚いのは、きっと守るため。右が薄いのは大切な人とふれ合うため。昔、いつも繋ぎ歩いたのはやさしい右手だったから。
「なら、そうじゃないって見せてみなよ!」
ガリィは一度大きく飛び退き新手のアルカノイズを喚び出し私たちへとけしかけてきます。
「君は二人を。私が前へ出る。」
姉さんは左腕の装甲から取り出した複数の銀の小剣を宙に展開させて一斉に放ちます。次々とアルカノイズに突き刺さり、右手に小剣を携え駆け出しました。すれ違いざまに斬り捨て着々とガリィとの距離が短くなります。次なる一手は鞭のように、蛇のごとく縦横無尽に延びる銀の刃が敵を斬り刻みます。
「この程度、こなしてもらわなきゃね。ただまあ、大ハズレがハズレになったところで全ッ然足りないんですけど? 来なさいよ。出し惜しむ余裕なんて無くしてあげる!」
両手を前に突き出し放たれた水流がアルカノイズ諸共に姉さんに迫ります。それを姉さんは三角の障壁で防ごうとする。よし、編み上がりました。これで二人は大丈夫だと思います。
「二人はここから出ないでくださいね?」
幾重にも重なった盾で造った強固なドーム状の障壁で二人を囲い、目の前の脅威から身を守ります。アルカノイズの分解能力にも耐える守護防壁ですから。私は残しておいた盾を集め巨大化させ、姉さんと水流の間に配置して遮ります。その程度では揺るぎませんよ。
「助かった。」
身動きの取れるようになった姉さんは小剣を飛ばして攻撃を中断させるとガリィは忌々しそうに舌打ちをする。その間にも姉さんは得物を振るい、鞭のようにしなる銀の刃がガリィへと肉薄します。
「ぬるいって言ってんのよ………この三下がッ!」
ガリィは苛立ちを叫びながら手を氷で覆うと刃を躊躇いなく掴み取りました。瞬く間に氷で固められた銀の刃と姉さんの右腕と知らない間に乾いた地面。さっきの水はそういうことでしたか。ガリィはそのまま手繰り寄せ、なすがままの姉さんへと氷の剣が突き出されます。
「今度こそ、させません!」
凍った銀の刃ごと大きな盾で二人を分断させました。氷を砕いた姉さんが一度後退しようとした時、ガリィは氷のように冷めた目で憮然としてため息をつきました。
「肝心な時に護られてばかりのあんたには本当ガッカリだ。その力………荷が重いんじゃないかしら?」
姉さんは身体を強張らせ目を見開きます。
「私には………相応しくないの!?」
「それは———」
違う。だって、大切な誰かを必死に護ろうと頑張っている。けれども、姉さんは頑張ることだけでは納得しないでしょう。渇望するのは守れたという結果。フロンティア事変のように偽りの強さではなく、本物の強さで守るということを。
「———違う。私は強くあらねばッ! イグナイトモジュール 抜剣!」
———ダインスレイフ
呪いの刃を胸に受け入れ、暴れ狂う負の衝動に抗います。ですが、強くなるのは理想の姿なのか、ありのままなのかが問題です。理想と現実の乖離、その溝が深ければ深いほど呪いの付け入る隙となり、鎌首をもたげた負の感情が底なしに溢れかえってしまい制御はほぼ不可能でしょう。一際大きく咆哮した後、姉さんは黒に塗れて暴走を開始しました。
「駄目、自分を見失わないで!」
声に振り向いた姉さんは私を狙い定めたように睨み吼えます。
「あーあ、マジで残念です。全く………これだからハズレだって言うんですよ。それでは、また来ましょうかね。サヨウナラ。」
ガリィには目もくれず猛烈な勢いで私へと迫り来る。向けられる負の衝動、その全てを銀の盾で受け止めます。何度も叩きつけられる衝撃に周囲の木々は騒めく。
「お願いです、マリアさん。もとに戻って下さい!」
エルフナインちゃんの震える声、その言葉に微塵の反応も示さず暴走しています。姉さん、お願いですから目を覚まして下さい。小さな子が泣いています。私は腹を括りました。闇雲に暴れるだけの攻撃は単調で、一撃一撃を見切り躱すのはそんなにも難しくありません。私は右手を振り上げます。
「いい加減に起きて下さい、寝坊助さん!」
初めて誰かの、それも姉の頬を叩きました。だからなのでしょうか、数メートル吹き飛んだ姉さんは木で背を強かに打ちつけうつ伏せになり、ギアも解除されました。誰かを叩くってこんなにも痛いものなのですね。倒れた姉さんはゆっくりと両手をつき起き上がります。エルフナインちゃんが心配そうに寄り添っていました。
「強くなりたい。だけど、私は弱いままだ………。」
遠くから響ちゃんたちの声が聞こえて徐々に近付いてきています。その後、合流した私たちは政府保有の施設へと足を踏み入れることになりました。
幸いにも身体へのダメージは少なく気丈に振る舞ってみせる姉さん。そんな姉さんはひとりで夕焼けに染まる海を眺めていました。私は心配で、同じく落ち着きのなかったエルフナインちゃんと後を追ったのです。汐風に吹かれ揺れる曙色の大好きな髪。だけれど、意気消沈とまではいかないものの、落ち込んでいるのはその背から伝わってきました。
「どうしたの、二人とも?」
無理をした笑顔は似合いませんね。
「ボクは、マリアさんの元気がなさそうだったから、なんとかしたくて。」
「ありがとう、エルフナイン。君は真っ直ぐで優しいのね。」
姉さんは優しいけれど悲しげな表情でエルフナインちゃんの髪撫でています。笑顔の戻ったエルフナインちゃんを見た姉さんは、今度はこちらへと顔を向けます。
「君には本当に助けられた。ありがとう。あと………その、個人的な事なのだけれど、君が私の妹にそっくりだと思っていた。だから、君の前だと特に優しい気持ちになれる。素直な自分でいられる気がするんだ。」
私の大好きな姉さんの表情に近付きました。このまま、ありのままの自分を晒け出してもらうには………思い出していただきましょうか。辛く苛酷なあの時代を。小さな幸せが灯った時代を。
「そうですか………では少し、私の昔話にお付き合いいただけますか?」
私は正体を隠すために所々ぼかしながら語った。大好きな人たちのことを。思い出すのは遠い昔のこと。
難民生活の時から姉さんは自分の事は後回しで、こっそりと食べ物などを私に多く分けてくれていた。常に姉として自分を犠牲にしてまで守ってくれていた。私が同じで大丈夫だよと言っても聞き入れてくれず、最後に私が折れて心苦しかった。けれど、それが姉さんなりの守り方で、幸せそうにするから私も幸せだった。
F.I.S.の白い孤児院で調ちゃんや切歌ちゃんと接することで、私は初めて姉さんの立場と想いを知った。守られる側から守る側へ立って初めて見た景色は新鮮で、姉さんとの共通点が増えたのと同時に大切な人を守りたいと強く決意するきっかけになりました。皮肉にもその想いがみんなを傷付けることに繋がってしまってからはこの身を犠牲にしてでもと考えるようになりました。
そして、白いネフィリムを鎮めるために命を捧げて私は満足でした。私の力で大切な人の明日を守れたのですから。だから、笑って欲しかった。けれど、最期に刻まれたのは大好きな人の涙する悲しい顔。未練たらしく魂だけが残ってしまった私は後悔の日々。あの日を境に失われた、奪ってしまった笑顔。姉さんは私の分まで枕を濡らしてくれた気がしていました。精神的に限界を迎える瀬戸際で、何かに縋るように海へと歌った想い出の歌が救いの手を差し伸べ、私たちは忘れられない温もりを取り戻しました。
「私は自分らしく強くなろうと思ったんです。守るには頼りない小さな手だけれど、今出来る限りの力で大切な人を抱きしめるために。」
真剣に聞いてくれた二人ですが、エルフナインちゃんは涙を拭い、姉さんはただ静かに頬を濡らしていました。
「弱い自分を隠さず偽らず、ありのままを晒け出す。その上で、私は自分らしく強くなればいいのかな?」
姉さんは茜色に染まる空を見上げた。もう一人の私、あなたの言いたいことは私が伝えます。
『そんな姉さんが、私は大好きです。』
少しだけ、本音を伝えさせていただきました。同じアガートラームであり、繋ぐ力の融合した姉妹の絆だから。姉さんは驚いたようにこちらを振り向きますが、私は小首を傾げます。
「………そうだ。いつまでも立ち止まってられないわね。ありがとう、セレナ。この絆、あなたに届く程に必ず輝かせてみせるから。」
そんな時、また水柱が立ち現れた少女。
「そろそろまともに歌う気になったかしら、ハズレ装者?」
見下してくるガリィを姉さんは信念の炎の灯った瞳で射抜いて聖詠を紡ぎギアを纏いました。以前とは異なる雰囲気を察したのかガリィは怪訝な顔をしています。胸のペンダントへと手を伸ばし包み込みます。
「待たせたわね。だから聞かせてあげる、私が私であることの証明をッ! イグナイトモジュール 抜剣!」
———ダインスレイフ
呪いに抗う姉さんは黒に飲まれないように必死になって天に叫ぶ。姉さんは優しい。場合によってはそれは弱さになる。だけど、それを偽ることなく晒け出せたならばきっと、それは強さだと気付ける筈だから。
「マリアさん!」
荒れ狂うエネルギーは制御され銀の輝きと融合しました。黒い。でも怖くない。自分らしくを貫いた唯一無二の信念のかたち。誰も消すことのできない炎のようで、見惚れてしまう美しさがそこにあるのです。
「想定外の想定外。これは待った甲斐があるってもんですよ。それじゃあ、聞かせてもらおうかしら!」
氷の剣と黒の少剣の剣戟が鳴り渡ります。ガリィは喜悦に顔を歪めるように笑い、姉さんは全身全霊を振り絞り攻めます。段々と熾烈になる戦い。
「いいね、いいねぇ! もっと苛烈に鮮烈に歌ってみせてよ、ほら!」
周囲に無数のアルカノイズを喚び出すと一斉に姉さんに襲いかかる。姉さんは左腕の装甲に少剣を装着して迎え撃ちます。高速で撃ち出される少剣型の刃が連射され、次々と敵を葬り去りました。
「あとはお前だけだ!」
残されたガリィへと刃が殺到して刺し貫きますが、空中を漂う水泡となり惑わせます。それを撃ち抜き消し去りますが本体であるガリィはどこにも見当たりません。
「上です、ルナさん!」
「とろいですよっと!」
大きな水の塊がエルフナイン目掛け降ってきます。滝のようなそれを盾で防ぎます。
「灯台下暗しって知ってますか?」
悪寒がした私は即座に足元に盾で足場を作りました。完了と同時に間欠泉のように噴き上がる海水に押し上げられて盾とガリィの操る水の塊が衝突。私はエルフナインちゃんを抱えて砂浜の上に着地しましたが、その周囲に巨大な氷柱が取り囲むように突き刺さり空も氷で蓋をされて閉じ込められてしまいました。盾で叩いても動かず砕けずの状況に手をこまねいていると嘲笑する声が聞こえてきました。
「無駄だって。逃げたければ私を倒すか、絶唱でもぶっ放すかの二択。まあもっとも、絶唱にエルフナインが耐えられたらの話だけどね。」
「そんな………ボクが足手まといに。」
エルフナインちゃんは膝をつき項垂れそうになりましたが、私が身体を支えます。
「足手まといなんかじゃないよ。エルフナインちゃんの存在が力になってるんだから。」
姉さんは少剣を握り締めてガリィを怒りの形相で見る。
「腐ってる! 私はお前を許さない、ガリィ!」
バーニアを噴かせ携えた少剣を突き出す。ガリィは身構えもせずに愉快そうに手を横に広げ、前触れなく障壁を展開して防ぎました。でも、その程度で姉さんは諦めません。止められませんよ。
「ぬるい!」
小剣へとエネルギーを集束させて威力を増した刃が障壁を破壊してガリィは焦りが顔に出ます。一歩、懐に踏み込み強烈な左のアッパーカットが顎を捉えて高く打ち上げられたガリィ。それを追い飛び上がる姉さんは左腕の装甲の後ろ側に小剣を装着させて長い刃に変えました。
「これがありのままの、私の十字だッ!」
左の装甲からも炎が噴出してすれ違いざまに振り抜かれた刃が一刀両断しました。
「これで、一番は———」
ガリィの身体から青い光が漏れ出て、空中で木っ端微塵になる程の爆発を起こしました。それと同時に周囲の氷は水となり砂に吸収されてなくなりました。
「マリアさん! 凄いです、本当に。助けていただいてありがとうございました。」
ギアを解除した姉さんはその場に気の抜けたように座ります。いまだに何を成し遂げたのか信じられていない様子です。
「勝ったの?」
「はい! それはもう、格好よかったです。」
姉さんは右手で砂をすくい風に乗せて流し、海を一瞥してからエルフナインちゃんの頭を優しい表情で撫でています。
「そうか………。いや、御礼を言うのは私だ。エルフナインや君があの場に居たからこそ私はありのまま強くなれた。だから、ありがとうエルフナイン、そして………ルナ。」
大好きな咲くような笑顔でお礼を言われると私も咲かされてしまいます。
「はい、ね———。」
姉さん。と条件反射のように口からこぼれそうになるのをなんとか押し留めました。誤魔化すように海を眺めれば、もうすぐ陽は沈み暗くなる時刻ですか。ここが潮時ですね。少し名残惜しいですがカラスが鳴くから帰りましょう。
「私にも待ってる仲間がいますので、今日はこのあたりで。また会いましょうね。」
フロンティアからのエネルギー供給ラインを大和へと繋げます。アガートラームを基底へと戻すに連れて光を透過する身体へと変わって意識が薄れます。でも、最後まで笑ってさよならしようと頑張りながら私は意識を手放したのです。
あたたかい流れに身を委ねた終着点は暁のような静けさが支配する大海原。大和が寝ているのか別のことに集中しているのか分かりませんが、ひとまずここから抜け出しましょう。再度アガートラームを励起させて表へ出てみれば、勝手知ったる大和の部屋。ソファーに深く腰掛けたまま無防備に眠る姿に微笑ましさを感じてしまいます。湧き起こる感情のままに二度、三度と頭を撫でました。
「お疲れ様です。………お邪魔しました、大和。」
訓練の時にこのくらい隙があれば………何てことを思いながら姉さんを捜し求めてフロンティアを歩き回ったのでした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
あれっと思い読み返すと未来さんの影が薄くなっていました。前回の反動でしょうかね。
次回は全くの未定です。
次回もよろしくお願いします。