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今、私を生かしている根源たる力は、ヒトの心を惑わす神獣鏡と右の眼に宿った月の魔力。生前、と言いましょうか………このようになる前は不治の病に身体を蝕まれており、死期を悟った私は様々な人々を巻き込んだフロンティア計画を武装組織フィーネの蜂起により始動しました。結果は知っての通りですが、何とか命と引き換えに月の遺跡の再起動に成功。多くの血が流れましたが、滅亡へのカウントダウンは那由他へと見えなくなりましたので当初の目的は最低限達せられたでしょう。本音では理想論と分かりきっていますが、血に塗れる事を、あの子達に辛い思いをさせてしまい申し訳ありません。ですが、保護者失格のこのような私を最期までマムと呼び慕ってくれた事に心の底から救われました。
ともかく、死んだ筈の私ですが、今こうして若い姿で蘇ったからには何か意味があるのではないでしょうか。フロンティア内部を巡り蘇りの先人である大和、奏、セレナ、櫻井女史に第二の生について尋ねてみました。
大和はあまり考える事をせずにひと言だけ。
「大切な人達を守る事だろうか。」
視線は調と切歌の学力向上の為にテーブルを囲み指導するマリア達を向いていました。基本的に大和は一歩ないし半歩離れた位置から見守る立ち位置のようですが、結局は引き込まれてしまいます。………まんざらでもない顔をのぞかせているようなのでこれといって問題はなさそうです。
奏は当たり前だと言わんばかりに胸を張って拳を握る。
「続く夢をこの手で掴み取る、そのためさ。」
好きな事を好きだと素直に発信する実直な性格の彼女らしい。本当に楽しいのだと歌に想いを含ませて奏で聞いた者の感情を揺さぶるのですから。歌には力がある。それを体現する数少ないアーティストの奏。しかし、夢半ばで彼女によって手折られた。にもかかわらず、彼女を許し共同生活を送っているのです。奏の向く明日には何が映るのか、私も見てみたいと思いました。
セレナは愛らしい笑みを浮かべながら。
「今も昔も大切な家族を守ることです。」
相変わらずの言葉ですが、そうですか。あなたの笑顔から悲しみはどこかへと去ったようで何よりです。既に死んだ者に隠す必要は無いと別世界についてナスターシャから聞かされています。セレナはずっとマリア達とともに在った事で気付いたようです。過度の自己犠牲の精神は誰かを幸せには出来ないのだと。私の見立てでは躊躇い踏みとどまれる程度には自身の命を大切に扱えるのではないかと思います。もっとも、本当の意味で自身の幸福と向き合えるのは先になりそうですが。
櫻井女史は立てた人差し指を口元に一定のリズムで当てる。
「若いっていいじゃない———冗談よ、二割は。そうねぇ………輪廻する蘇りの大大大先輩として言える事は常に一つ。想いとは生きる事、生とは想う事。生命とは愛を知り初めて律動するのよ。ま、弱い私は悪鬼外道と堕ちたけれど、響ちゃん達の胸の鼓動に調律されて今再び光射す世界へと歩み出したばかり。偉そうに言えたものじゃないわね。」
悠久を転生し生き永らえた彼女にとって生きるとは愛することなのでしょう。純真な愛する心を苦難や困難で徐々に歪み覆い隠されたカタチが、少女の歌と想いに揺り起こされ、こうして柔和な表情で過去を語れるのならばきっと。
「挽回の機会が存在する限り、遅いなんて事はないでしょう。」
悲願の為に奪い積み上がった十字を贖う事はかなわず。であるならば、今を生きる者へと返済するほかない。
「………若いのに随分と達観しちゃって。———数千年は長いわね。でも、数千年進めたなら、これから数千年程度進んでみせるわよ。その力についても解明してみせるから大いに期待して待ってなさいな。」
平常運転の傲岸不遜な彼女らしい、腕と人差し指を真っ直ぐに伸ばして私の顔を指差す。でしたらこちらも。姿勢を正して目を見る。
「齢17の若輩の身ですが今後ともよろしくお願いします、先輩?」
言い終えてゆっくりと腰を折り曲げお辞儀をすると、櫻井女史は口を大きく開けて笑い飛ばす。慇懃無礼な態度がお気に召したようです。
「ええ、ええ、任せなさいな。世紀の大天才、櫻井理論の提唱者、そして先輩であるこの私にね!」
私は緩む口角のままでラボを後にしました。では向かいましょうか、彼のもとへ。
通路をひとり進むたびにローファーの踵がリズムを刻む。目的の部屋、その扉の前へと到着しました。呼び出しチャイムを鳴らす。
「どうぞ。」
私は扉を潜る。
「失礼しますよ、ドクター。」
蘇る新天地へと招かれて以来、最も気になっていた事とはフロンティアをあまりにも身勝手な理由で利用したドクターウェル。彼のその後は不明ですが、極刑にはならず、出来ずにどこか隔絶された土地で幽閉されているのではないかと。そんな彼の別の可能性とも言えるのが目の前のドクターであり、表情は穏やかで、とてもではありませんが同一の存在には見えません。
「どうぞ、お好きな場所に。ブラックでいいですか?」
もてなしのコーヒーを用意するドクターに頷き返す。その時、眼鏡の奥の瞳と目が合いましたが狂気など無く、いたって健全な色合い。それに、完全稼動するフロンティアを目の前に、欲望に忠実な彼が指をくわえて見ているなんて考えられません。良くも悪くも一途な研究者気質に加え、英雄への自制の効かない憧れを抱えているはずですから。
「熱いので気を付けてください。」
白いマグカップを両手で受け取ります。ドクターは愛用であろう鯨のデフォルメの描かれたマグカップへと角砂糖七個とミルクで特製コーヒーを作っていました。
「ああ、この甘苦さは蕩けて癖になりますよ。………ここだけの話ですが、調さん達には止められています。身体に良くないと。まあ、これだけは譲れませんがね。」
ドクターは頬を緩める。味覚は彼と同じく甘党のようです。しかし、装者達との関係も良好。さて、本題に入りましょうか。
「単刀直入にお聞きします。英雄になりたいですか?」
マグカップを傾けるのを止めてテーブルへ置くと眼鏡の位置を薬指で修正する。瞬きをして開かれた目は真剣みを帯びていました。
「………もう一人の僕は魔王と君臨するつもりだったのでしょう。愚かに、けれども、誰よりも真っ直ぐに。それは誰かに認められたかったから。知識や技術の外面ばかりを武装して、中身はまるで子供。純粋ゆえに残酷になれた。」
苦虫を潰したような表情でひと口、喉を潤してドクターは話を再開する。
「憐れに思えど、僕は絶対の絶対に同じ轍を踏む事はないでしょう。何故なら、認め受け入れてくれた彼ら彼女らが隣に居るのですから。ひとりじゃない。孤独な英雄になろうとは思わない。ただのひとりの人間として平和を願うだけですよ。」
白雪のような髪と同じく混じり気のない、嘘偽りのない胸に沁み入る言葉。研究者気質で一途ではありますが、自ら望み英雄へなろうなどと考えていないのは確かでしょう。私好みのブラックコーヒーの味でしたから。
「奇想で奇妙な、しかし必然が相応しい出会いでした。これからよろしくお願いします、ドクターウェル。」
私は手を差し出す。ドクターはそれに応える。
「こちらこそ、よろしくお願いします、シアさん。」
数ある可能性。その中の限りなく近い別人。ですが、雪解けのように心の何かが安らいだ、そんな気がしました。
私の存在しなくなった日常で、あの子達は一体どのように過ごしているのでしょうか。マリアについては旧二課の方々に任せるとします。F.I.S.と違い装者を一個人として最大限尊重するようですので。それでも様々な面倒なしがらみはあるでしょうが。問題なのは下の二人です。年齢が若く子供らしいのは仕方ありません。ですが、装者という繊細で危うい特殊な立場上、勝手な行動が大事を引き起こさないとも限りません。いかにS.O.N.G.といえど年頃の少女の行動の全てをフォローするのは容易では無い。命令に背き感情のままに突き進んだ場合………あまり考えたくはない光景が浮かびます。調と切歌の願う強さとは、誰かを護りたいという事。本当に護りたいのであれば勝手な行動は慎むべきです。
「とはいえ、一度共闘しただけでは伝えられないでしょうが。」
………いけませんね。そんな独り言は屋上を吹く風がさらい消えゆく。基地での一件以降、ろくに顔すら合わせていない。私が一方的に親しく思えども、二人との温度差が大きいのは仕方の無い事。見知らぬ人より幾分かはマシでしょうが。
私は見渡す。二人の通う学び舎は自然も豊かで、年季の入った建物の外壁に蔦が這い趣がより深まっています。授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。それは遠い記憶と共振するように望郷の念は揺り動かされる。いえ、事情があるにせよ聖遺物の深遠を識る為に自由の国へと渡った身です。今更でしょう。ですが、この身ならば帰郷することを許されるのかもしれない………これも今更です。とある教室の窓から見える二人の居残り風景を眺めながら、つい考えに沈んでいました。
同じ歩幅で手が触れ合う距離で下校する二人を後方から見守る。つい先日にマリアがガリィを討ち果たしたばかりですが、それ即ち、自動人形達は依然として亡き主の命令に従い稼動しているという事です。まだ警戒を怠るには早い。それに、ヒトでは無いが故に捨て身の行動すら可能であると頭の片隅にでも置いた方が良さそうです。主であったキャロルは自害したのですから。
「とりゃ!———なんでここでブラックデスか………。」
自動販売機からランダムにボタンを押して出てきたのはブラックコーヒー。あからさまに肩を落として落胆する切歌に私はその場で溜め息ですよ。ドクターの次に甘党な切歌には荷が重い。意を決したのか開封してひと口………案の定、舌を出して涙ぐむ。それを見ていた調がコーヒーを取り上げ、自らの持っていた濃縮還元りんごの缶ジュースを切歌に握らせる。調はひと口、コーヒーを飲んだ。
「………マムがよく飲んでいた苦い味だから、へいき。」
「どもども、恐縮デス!」
頭の後ろを照れたように片手で掻く仕草をする切歌は自由奔放勝手気儘に見えますが、実のところ調の方が直情的なのでフォローに回る役目は切歌が担う事が多い気がします。とはいえ、切歌も調に触発されて暴走しがちなのは否めませんが。
「………指定のポイントに。はい、分かりました。二人で向かい、響さんと合流して当たります。———行くよ、切ちゃん!」
二人は通信機に耳を傾けている。どうやらアルカノイズの反応を捉えたようですね。コーヒーを豪快に胃に流し込んだ調は手の甲で口元を軽く拭う。切歌はりんごジュースをあおり飲み干そうとするが、そうは問屋が卸さない。
「もったいないから、もう少しだけ待って欲しいのデス、しら———ややッ?! 引っ張るのはタンマデス!?」
缶を持っていない手を引かれる。
「いいからキリキリ動く。走りながらでも飲めるでしょ?」
「そんな殺生な………もう、分かったから。走るデスから睨むのは止してよ、調。」
二人は走り出し、切歌は必死に飲み干す。
「全く、何をしているのですか………。」
つい感情が口からこぼれてしまいました。私は二人の後を追った。
地下へと続く底の見えない縦穴の入り口前にて二人は誰かを待つ。通り過ぎる車両を数えて待つ事数分。腕を大きく振り走る立花さんが段々と近付いて来ます。ですが、何やら雰囲気がおかしいような。二人の間を抜けて入り口の前で立ち止まる。
「何かあったの?」
「そうデス。なんかいつもと違うのデスよ?」
二人は心配した様子で普段と違う異様な背中に問う。
「———ない。二人には関係ないでしょ!!」
勢いよく振り返る彼女。思わず耳をつんざく穏やかではない怒気を含んだ声に、二人は悲しげな表情になる。これはいけませんね。
「………ごめん、二人とも。」
一応の謝罪をしますが、自動人形の前にチームとして放り出されれば即瓦解してしまう光景が浮かびます。必要ならば手助けをと決めていましたが、必要はありそうです。立花さんを先頭に三人はギアを纏い縦穴へと飛び込み降下しました。その時にきつく握られた拳と、風音に混じり辛うじて聞こえた呟き。
———もう、わからないよ。だけど———
ですが、その続きは聞き取れず。私は三人を追った。
暗闇の先に見えた光を潜れば様々なライフラインがまとめて通される共同溝に出ました。ここは主に電力関係の経路みたいですね。そこではミカが壁に取り付けられている端末を操作しているところでした。
「来たな、それっと! 今日は遊ぶ気なんか———。」
アルカノイズを召喚した直後、彼女は無言でミカへと突貫した。問答無用とは実にらしくない。先ずは対話からが彼女の信念だと思っていたのですが、何が彼女にそうさせたのでしょうか。
「本当にどうしたデスか!?」
「駄目、三人でちゃんと行動しないと!?」
しかし、聞く耳持たずの暴走状態に近い彼女は涙を流しながらも止まりません。苛立ちを叩きつけるように拳をぞんざいに振るう。アルカノイズ程度では止められずに再びミカへと一人突出する。突き出す拳は簡単に躱されてしまい共同溝の壁面を壊すだけ。
「やる気に満ち溢れるのはいいコトだけど………闇雲じゃ、当たらないゾ!」
大振りの打撃に生じた隙を突かれ、カーボンロッドで殴打されて吹き飛んだ。金属で造られた足場で止まり倒れる。
「大丈夫デスか!?」
切歌は駆け寄り容態を確認する。そんな大き過ぎる隙を見逃す程に甘い相手ではありません。左手のひらをかざし高まる灼熱のエネルギー。それを向けられた二人は地下に埋設された故の真っ直ぐ伸びるだけの単純な構造に逃げも隠れも出来ない状況に追いやられています。
「せっかく付き合ってあげたんだから、もっと歌ってみせるべきだゾ!」
解き放たれた視界を覆い尽くす業火に万事休す。
「私が護るんだ!」
それを調は大きな鋸を二つ前面に展開させて盾のように構える。襲い来る業火のパワーに鋸へと亀裂が生じています。それを切歌は茫然と目を見開いていたかと思えば何かに打ち震えていた。
「違うデス。あたしだって———イグナイトならばッ!」
ペンダントに手を掛ける。
「遮二無二じゃ駄目、私が足手まといだからなの!?」
鋸の防壁は決壊寸前。私は介入する。
「切歌、私の合図で調を下がらせなさい。貴女にしか出来ない事です。」
二人の間へと飛び出し切歌の目を見る。それに対し切歌は頷く。私は魔力を神獣鏡へと流し込み取り出した大きな扇を360度展開させて白銀色の閃光の発射準備を整える。
「私のことはいいから、響さんを連れて逃げて………もう、維持できない。」
調は四つん這いになりながらも耐える。その傍へと切歌は駆け寄りともに支える。
「調を置いて逃げるなんてあたしがあたしを許せないデス!」
装填完了。
「今です、退避なさい!」
「デェスッ!」
肩部にあるアンカーを後方へと撃ち出す。天井部に突き刺さりアンカーを元に戻せば一気に後方へと飛び退く。それと同時に遮る物の無くなった炎の壁が迫る。魔を祓う白銀色の閃光でお相手しましょう。
「またお前か———ここであったが百年目だゾッ!」
業火はさらに燃え滾り勢いを増す。その程度で私は退きません。勝てると思わない事です。
「であれば勝負です、自動人形!」
円形に展開された扇から放たれる閃光を一点に集束させる。狙うは火炎の噴射口であるミカの手のひら。火の元を絶つ、それは基本中の基本。炎の中を白銀が光速に突き進む。
「はわわ!? 小癪な真似を、だゾ!」
ミカは慌てて手を引っ込める。炎での攻撃が途切れた今が好機。円形に展開していた扇を分解させて射出。すべては魔を祓う閃光と同質の力を帯びており、その軌道に白銀色の燐光を描きながらミカへと殺到する。自身の周囲をひとりでに舞い踊る十三の白刃に対してミカは両手にカーボンロッドを握り応戦しています。死角を作らないように絶えず動き危険度の高い白刃のみを見極め打ち払う繊細な技量を発揮するが、ミカは眉根を寄せ不満を露わにした。
「———そんなのわかってる………おい、勝負は預けるゾ!」
動きを一段階上げカーボンロッドで周囲を一掃すると例のテレポート道具で立ち去った。何も残していないか見回しますが共同溝内の損傷はほとんどが立花さんによるもの。その彼女は二人が介抱していますので問題はないかと。私がミカの触っていた端末を覗くと電力供給の流れが表示されています。その中でも目立つのは海へと伸びる経路。この場所に海上の施設は無い筈。となれば海底に何か重要な施設が存在すると考えるのが妥当でしょう。私の勘ですがあまりよろしくない物が隠匿されている予感がします。
このまま待てば同行の流れになるでしょうが、海中施設が気がかりです。一度帰還するべきでしょう。共同溝に響く遠くからの足音。それらから逃れるようにこの場を後にしました。
帰還した私は施設について調査する。オーバーテクノロジーを存分に発動してたどり着いた先は《深淵の竜宮》という危険物管理特区。わざわざ海底に建造された大きな理由は臭いものに蓋をする事が望ましいからでしょう。一応は国連と日本政府で適切な処理を施そうと試みているようですが中々に厄介であり、下手に扱えば日本を、ひいては世界へと甚大なる被害が発生しかねない。触らぬ神に祟りなしとはこの事。そんな災厄の玉手箱の中身のリストをスクロールさせているとあり得ない物が目に留まりました。記録によれば最近管理されたらしいですが、宝物庫で散った筈。それ以上詳しい情報は無く直接出向くしかなさそうです。
そんな時、私はミカ出現の報せを受け現場へと向かいました。
見上げる程に立派だったであろう鳥居は本来の形を損壊で失い無残に立ち尽くす。それを潜り抜け階段を駆け上った先の境内、社の前にてミカと交互に斬り結ぶ調と切歌。二人は圧倒的力に対して愚直にも正面から挑む。しかし、ミカは数の不利など御構い無しに鎧袖一触片手での強烈な殴打で薙ぎ払う。吹き飛ばされる切歌。
「切ちゃん!? このッ!」
調の高速機動から繰り出されるスカートを刃と化したフィギュアスケートのジャンプのように跳ぶ攻撃も戯けた挙動で躱されました。
「調、待つデス! ひとりじゃ駄目デス!」
「私だって………護れるって証明してみせる!」
撃ち出した小型の刃はミカへと襲い掛かる。
「出来もしない三味線ばかりに飽き飽きしちゃうんだゾ。それに、前より弱くなってるゾ!」
それを手のひらから噴き出される火炎で一蹴、その勢いは衰えず調まで迫る。前と同じく大きな鋸で防ぐが、手をかざしたままブースターを噴かせて接近するミカの事に気付かない。
「ヤワな鋸はこの手で打ち砕くゾ!」
たったの一撃で粉砕され、調は切歌の近くまで吹き飛ばされた。それをミカは落胆の表情で不貞腐れたように見下す。
「私の力では大切な人達を護れないの? そんなのは嫌!」
己を奮い立たせるように叫び膝に力を込めて迎え討とうとする調。その腕を切歌は掴む。
「あたしだって嫌デスよ。目の前で調が傷付くのを見ているだけなのは!」
「いいこと教えてやる。君らがどれだけ待っても仲間は来ないんだゾ! 壊れる悲鳴をそこで震えて聞いておくがいいゾ!」
十数メートルもの巨大なカーボンロッドを作り出し蹴り出す。ダメージの蓄積された身体でまともに受ければ無事では済まないでしょう。こちらも身長と同程度まで大きくした鉄扇を握り、カーボンロッドの横っ腹へと砕くつもりで飛び掛かり振り下ろします。金打ちのような甲高い音が鳴り軌道を僅かに逸らすと地面に膨大な土煙を上げ突き刺さる。その上に降り立ちミカを見下ろす。
「返しに参りましたよ、自動人形。ただし、貴女を倒すのはこの子達ですが。」
「やれるもんならやってみろだゾ! 壊しがいはあるに越したコトないゾ!」
ミカは無邪気に口を三日月に歪ませています。下後方の二人を見やると得物を構え戦意は健在のようですが、これは高揚の過ぎた猪武者の状態ですね。個々の力で解決出来ないならば、手を取り合い協奏が必要不可欠。特に、あなた達は比翼連理でしょうから。
「誰かを護りたいのなら、行動全てに責任を持ちなさい。ただ振るう力は破滅へ。何も守れません。」
あの計画を思い出す。非情に徹したのはただの一名。元々そうであっただけですが、そんな彼が機転を利かせたからこそあそこまで漕ぎ着けられたとはなんたる皮肉でしょうか。途中、米国政府へと助けを求めた私の行いは彼女達への最大の裏切りであり無責任でした。無関係な彼女を巻き込んだ事も含めて。紆余曲折ありましたが最終的に機会が巡り清算でき、星の音楽を聴きながら逝けた私は幸運だったのでしょうね。
「じゃあじゃあ、今までのあたしは護るどころか傷付けてばかりってことじゃないデスか!」
「勝手をして、誰かを傷付けていただけの自己満足。私は気付かずにたくさんの人を………。」
俯いた二人は湧き上がる感情に肩を震わせているようです。誰かを善意で悪意無く、想いとは裏腹に無自覚に傷付ける。それは調の最も嫌った偽善にほかなりません。あの日に叩いた頬は気付いて欲しかったから。この先、その事で二人が壊れないように。
「顔を上げなさい。貴女達ならば、この先の行動を理解しているでしょう。さあ、私に二人の歌を聴かせなさい。」
向き合うのは自分自身の暗い部分。向かい合い手を繋ぐ二人はお互いを支えるように寄り添う。各々ペンダントに手を掛ける。
「今までの事にごめんなさいをして、行動に責任を伴わせるんだ。」
「カッコ悪いままじゃ、マムにも申し訳が立たないデス。だって、本気で怒ってくれた優しいマムだから。」
決起する二人をミカは心底愉快そうに眺めていた。
「本気の本気で相手してやるゾ! 楽しい遊びを始めるんだゾ!」
そして、夕陽の赤に劣らず全身を赤に燃やし変貌を遂げ、再び現れた姿は余計な飾り物のない素体を剥き出し、巻いた髪も解けた状態であり、秘めたエネルギーは先程とは比べ物にならない高まりを見せていた。
「見ていて、イグナイトモジュール———抜剣ッ!」
「デェスッ!」
———ダインスレイフ
呪いの刃は突き立てられ、容赦無く未熟な心を蹂躙する。一人では立ち向かえなくても、二人なら乗り越えて行けるでしょう。たとえ苦難に挫けようとも、繋いだ手は離さない。どんな時も、決して一人ではない。支えてくれている大切な人達が確かな温度で側に存在するから。故に、呪いなど打ち砕ける。
黒いもやは晴れ、プロテクターは黒く染まり鋭く尖った攻撃的な形状へと変化しています。かつてのギアと色合いは似通っていますが、装者の想いが変われば全くの別物。
「切ちゃん。」
「いくデスよ!」
二人は私の立つカーボンロッドの両脇を駆け抜ける。目指すは本気のミカ。自分達の利である数を活かし挟撃を仕掛けます。それでもあえなくミカに叩かれ吹き飛ばされてしまう。
「もっと熱くなれるハズだゾ! その血、一滴たりとも出し惜しむのは許さないゾ!」
空へと跳び上がり頭上に燃えるような円を描くと、熱を帯びたカーボンロッドを次々と落とし地上の二人を狙う。機動力のある調は早々に退避するが、走り逃げる切歌は中々振り切れない。
「一人に感けていたら痛い目にあわせる!」
ミカの背後へと円盤型鋸刃が降り注ぐ。
「なんのこれしき、ほいっと!」
長い髪を器用に振り回し鋸を迎撃する。耐熱性、強度も硬度にも優れた素材で出来ているようです。つまり、あの髪の届く範囲への斬撃は効果が薄い。
「マスト、ダイ!」
今度は正面から鎌の刃が二つ回転しながら迫ります。
「いい攻撃だけど、真っ直ぐじゃ捻りが足りないんだゾ!」
射出されたカーボンロッドが刃を撃ち落とし、そのまま地上の切歌へと降り注ぐ。背を向け全力で逃げる切歌にミカは人食い虎のように獰猛な顔つきで最短距離で背後へと迫る。
「ご生憎さま曲がった事が大嫌いデスから!」
鋭利な爪が切歌の背を掠めようとした瞬間、ミカが無数に地面に突き立てたそれにアンカーを絡ませて立場を逆転。背後を取った切歌は間髪容れずに獄鎌を振り下ろすが刃は髪に触るにとどまった。
「惜しかったけど———む、また同じか?」
大量の円盤型鋸刃を髪で打ち払う———それは選択を誤りましたね。背後に気を取られている隙に切歌が放ったアンカーの八割方が身体に巻き付き自由を奪う。ご丁寧にアンカーは地面に打ち付けられ立つ事のみを強制された状態。
「届け!」
残りは延々と伸び、調の駆る大きな鋸の上部から左右に出た部分へと通され連結、レールに導かれるように加速する。
「デス!」
放った切歌もギロチンの刃に乗りバーニアを噴かせて調とともに必殺の挟撃を仕掛けます。
そして、三者は刹那に交錯する。
「———。」
刑の執行を待つミカは絶望に嘆くでもなく、その終わりを満面の笑みで迎えました。まるで、それこそが至上の喜びであると言わんばかりに。
ギアも解除され制服姿に戻った切歌と調は表情を曇らせていました。何かを悔いる、そんな表情に私が側に降り立つと見上げてくる。所々抉れた境内と黒いオブジェに囲まれて制服の少女が三名とは些か奇妙な組み合わせですが、己の弱さに打ち克ち前を向き進もうと成長した姿を目の当たりにしてしまえば熱いものが込み上げてしまうのは仕方のない事です。そして、想いに従い二人をなるべく優しく包むように抱擁する。
「見事でしたよ、調に切歌。本当に、見事でした。」
二人の強張っていた肩からは力が抜け、胸元に顔を埋めてその細腕で強く抱き返してくる。伝えたい事は伝わったのだと、私の思い違いではないと思いたいです。
いつだったでしょうか、あの施設での同じ感覚を私は憶えています。聖遺物研究の権威として適合見込みのある彼女達と出会い、非情になりきれなかった私は無垢な心に触れて情が移り、会話をしてともに笑う事でやがて掛け替えのない大切な存在へと昇華されました。
その大切な存在をひとり喪失しました。その事故で負った身体の傷が癒えた日の夜、メンタルケアと称してマリア、調、切歌を黙ったまま泣き疲れ眠るまで抱きしめました。覚悟もないままに突然心に開いた風穴から吹き荒ぶ冷たい風に私は温もりを求めていたのでしょう。
記憶と現実が重なっていましたが、どうやらもう時間です。階段を駆け上る足音に後ろ髪を引かれる思いで二人を解放する。
「今を受け入れ、想いを忘れず守りなさい。それではまた会いましょう。」
社の裏手の林へと飛び込み拠点へ向かい走りました。胸の確かな温もりを感じながら、彼女達のこれからを幸せでありますようにと空に祈りました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
マムの過去とプライベートは結構謎が多いです。露から米へと渡った理由とかも気になりますし。日本食が好きなのは過去の人間関係が影響しているのか、米国が日本食ブームなだけなのかとかも。
次回は未定です。
次回もよろしくお願いします。