こうなった一因はここにあるだろう、そんな勝手に想像した過去話です。残酷な描写はR15の枠組みの範囲内程度にマイルド仕立てだと思います。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
草木の繁茂する森を抜け、険しい山道を進み、切り立った崖に自生する仙草とも呼ばれるアルニムを探し求めている。深山幽谷という言葉が相応しい人類未踏峰の山々。けれど、傍には料理以外は頼もしいパパが大きな背で少し前を歩いている。だから何も不安じゃない。不安なんかじゃないけれど、想像以上に肌寒く冷たくなる手。規則正しく前後に揺れるパパと手を繋ぐ。
「違うし、ちょっと手が冷えるだけだし。」
触れ合う手に振り返るパパは何も言わず微笑んでくれる。手と胸が温まると寒さなんか気にならなくなった。
私なんかよりもずっと高い木々の間をひたすらに進む。周囲を見渡しても似たような景色が連続しているだけで退屈になっちゃう。そんな中、立ち止まったパパ。
「さてと、キャロルも疲れただろうから休憩にしようか。」
私の胴回りの何倍もある倒木によじ登り腰掛けると足が地面に届かない。立った状態より高くても見える景色は相変わらず一面の緑と木々の茶色で変化はなくて、見上げると疎らに見える空の青さと明るさが恋しくなる。
「それで、あとどれくらいなの?」
「そうだね………この先の山小屋で一泊、そこから自生地まで順調なら半日かな。」
何もなければいいのだけれど。パパは十回に一回の頻度でヘマをしがち、それも結構肝心なところで、だから一抹の不安を抱いてしまう。隣のパパはお気楽な表情で水を飲んでいる。恐れていても仕方ないし、何か起きたら私がしっかりしてなくちゃね。倒木から飛び降りた私は振り返り腰に両手を当ててパパを見る。
「休憩終わり。もう十分休んだし、行こう?」
「キャロルは元気だね。よし、じゃあ行こうか。」
私の傍を通る時、やや手荒く頭を撫でられる。髪が乱された怒りよりも胸の奥が温かくなる喜びが勝り、表面上は嫌がっても内面は正反対のあべこべで素直になれない。
「ほら、突っ立っていると置いてくぞ?」
浮上する怒りと寂しさを堪え眉根を寄せた私は走る。そのままパパの前に出て無言で早歩きで行く。
「やれやれ………難しい年頃だ。」
後方からのパパの声に私はその足音が側で聞こえる範囲まで歩く速度を少し緩めた。知らない道をひとりで歩くのが心細いとかそういう訳じゃないから、そう心で弁解を繰り返しながら。
山小屋で一夜を明かした。そして、現在の私の機嫌は斜め。昨晩、ひとりでも眠れると豪語したのに………気付けばパパの背に抱きつくように寝ていたのはなんたる失態。恥ずかしさと情けなさで顔は熱を帯びたようになって、タイミング悪く起きたパパにも見られて泣きっ面に蜂だった。しばらく部屋の隅で俯き膝を抱え拗ねていた。私はひとりでもへいきだって証明したいのに。
その後、私達は何事もなくアルニムの自生地へと到着した。切り立つ崖を首が痛くなるくらいに見上げた先に青々としたアルニムが小さく見えた。空でも自由に飛べれば危険もなく採集できるのに。
「キャロルはそこで待ってなさい。パパの凄いところを目に焼きつけるんだよ?」
失敗や怪我なんて微塵も頭の片隅にない自信満々な顔で私に鞄を渡してくる。野良の錬金術師である私のパパは素材を自らの足で集めてきたから、お抱えの奴なんかより引き締まった身体をしている。高慢ちきな贅肉の偉そうな奴を思い出すと腸が煮え繰り返りそう。いいや、忘れよう。今はパパの勇姿をこの目で脳裏に焼きつけなきゃ。崖に散在する大小様々な凸凹に手の先と足の先を掴み引っ掛け蜘蛛のように登る。
「見てるかいキャロル! ほら、パパがアルニム採ったぞ———あ。」
もう、興奮するからバランスを崩しちゃうんだよ。アルニムを握り締めた手ごと鳥のように羽ばたかせる。ただし、これは全く意味をなさないけれど。地面まで30メートル程でようやく得意げな表情で靴の踵同士を打ち合わせると予め仕込んでいた術式が起動。私は吹くであろう突風に身構える。パパは地面へと風を勢いよく吹きつけて私の髪が乱れる事を代償にゆったりと降り立つ。あ、目に砂が入って涙が………。
「どうだいキャロル、びっくりしたかい? おや、涙が出る程心配させてしまったみたいだね。」
「これはパパのせいで。もうやだ!」
すると、乱れた髪を整えるように優しく手で梳いてくれた。
「大丈夫………パパはキャロルが誇れる立派な錬金術師なんだから。憶えているかい、キャロル。パパの夢を。」
思い出を探ると月明かりと空間に浸透するようなランタンの柔らかな灯りに照らされたある夜、ベッドで語ってくれた事を思い出す。
「世界を識りたいって言ってたよね?」
「そう、人間がどうして争うのか。その根底を覗きたい。家族を愛するように、誰かを愛するのが何故困難なのかを識りたいんだ。」
私にはまだよくわからないけれど、その夢が叶うように願っている。眼から砂も流れて涙を拭い去り、遠くの空を見上げるパパの手を握った。
「叶うよ。だってパパの事をきっと神様は見てるから。それに、なんたって私がついているからね。」
パパは大きな手で私が痛くないように握り返す。
「それは頼もしい。こんなに可愛くて聡い女神様が特等席で微笑んでくれているのならね。」
錬金術じゃ力不足の私でも、こうしてパパを支えられる事実に心が満たされる。早く一人前になりたいな。
頭に雪を被り空にのびるような威厳ある山の裾野に家々が点在する村の入口へと到着。実に数日ぶり、出発前と変わらぬ淋しさが蔓延した活気の感じられない村。ここ数年、国中である流行り病が猛威を振るっているから。
村でも三番目に大きな家の扉を開けて中に足を踏み入れるパパに続く。
「教えていただいた通りにありましたよ。これで病を治療する薬が作れます。」
木製のカウンターの向こうでイスに座る初老の男が立ち上がる。人の良さそうな笑みの白髪のおじさんが私達にアルニムの自生地を教えてくれたこの村唯一の村医者で薬の知識も豊富な腕利き。先生、と村の人々に親しみを込めて呼ばれているっぽい。
「長年この村で病人を救ってきましたが、今回は手に負えず情けなくて………僅かばかりの可能性に賭けて言い伝えまで調べてようやく見つけたのがアルニムでした。ですが、もうこの通りの老いぼれ。山道は断念せざるを得ず諦めかけた時に貴方が訪ねて来られた。どうか、大切なこの村を救っていただきたい。」
痛むであろう重い足腰でゆっくりと立ち上がるとカウンターに手をつき頭を下げる。真摯な姿勢にパパは頭を上げさせていた。
「貴方のような方に会えてよかった。早速ですが奥の部屋で錬成したいのですが、たしか作り方を学びたい………でしたか?」
「ええ、今は若い衆や働き手が病で倒れてしまっています。ですが今後、私達村の者だけでアルニムから薬を作れた方がよいでしょう。」
通常、錬金術師が無償で成果を他者に開示したり、ましてや懇切丁寧に教えるなんてしない。慈善事業じゃなくて商売だから。それでもパパは生活に最低限必要な対価しか要求しないし、誰かを救えるならいくらでも損をしてしまうお人好し。だから、私がしっかりしてなくちゃ駄目なの。
「またそうやってパパは………相応の対価を支払わせないのも失礼だって何度も言ってるでしょ!?」
パパは苦笑いで誤魔化そうとしていると、おじさんは両手でカウンターの下からいっぱいに膨れた麻の巾着袋を取り出してカウンターに置いた。
「失礼ですが変わり者であると思っていましたが、お嬢さんの指摘はもっともです。これは待っている間、兄と協力して村で募ったお金です。ここには村の住人達の想いが詰まっています。是非、受け取っていただきたい。」
「いやはやこれは………わかりました。ありがたく頂戴します。想いは重いなー。」
重そうな巾着袋を受け取ったパパはそんな面白くもない事を言い放ったのでおじさんは愛想笑いを浮かべて戸惑っている。とりあえず、私が凍てつく視線を送ってみたら、逃げるように奥の部屋へとパパは消えた。
「お嬢さんも苦労しているね。本当に申し訳ないけれどもパパを借りるよ。その間、蜂蜜を混ぜた甘いパンで我慢してもらえるかい?」
甘いパンだなんて素敵だし。最高のご褒美に胸が躍って口の中には涎が溢れそうになるから飲み込む。
「ありがとう、おじさん。お留守番には慣れてるもの、だから任せて!」
小さいけれども可能な限り大きく見せようと胸を張り軽く拳を当てる。おじさんは立派だねと笑いご褒美の用意してある部屋へ続く扉を指差してからパパの居る奥の部屋へと向かった。軽やかな足取りで指定された扉を開ければ蜂蜜の甘い香りが充満していて飛びつくように席に着いた。今一度、肺いっぱいに空気を吸い込み堪能する。それだけで頬が緩んで幸せになれる。その想いのまま手を伸ばしパンをちぎって口に運べば、さらに濃い甘さで言いようのない充足感に胸が支配されちゃう。それこそ時間を忘れるほどに。
村に帰還して一週間、遂に蔓延する疫病に苦しむ人々を救う薬が完成した。
薬が完成してさらに一週間、多くの村人に感謝されるパパの姿。野良の錬金術師として、世のため人のためにと研鑽してきたからこその偉業に誇らしく思うのは当然だし。でも、村の人達はそろって主に感謝を捧げていたのが少しだけ気にはなったけど………。
最後の病人も完治して、そろそろ家に帰ろうかと話していた日の晩、厚意で泊めてくれていたおじさんの自宅兼診療所の扉を叩く音に私は起こされた。私は一階に続く階段から顔を覗かせる。おじさんが扉を開けると五人のローブ姿の男達が立っていて、ランタンの灯りに照らされた顔は仄暗くて不気味に見えた。
「彼を? ですが………な、何故彼が!?」
無遠慮に押し入る男達がこっちにある階段へと向かってくる。慌ててパパを起こしに向かうけれど、ベッドで暢気に眠るだけで起きる気配もない。
「起きて、パパ起きてよ!」
強く揺するのに———そんな時、部屋の扉を荒々しい音を立て雪崩れ込む影。その瞳には黒い感情が宿っているようで私の身体は恐怖に支配されてロクに動かなくなる。動かせない口で必死にパパに助けを求めた。震えるだけの私に徐々に男達が歩みを進めて手が伸ばされた。
「夜分遅くに何ですか貴方達は———娘に何かすればどうなっても知りませんよ?」
男の手首を掴み止めたパパは見たことも聞いたこともない怒気を発していた。助かった。その安心感から私は緊張が解けてそのまま意識を失った。
熱い。焚き火に近付き過ぎたみたいに。ゆっくりと瞼を開けるとそこには大量の焚き木が束ねられ炎が立ち上り、中央には家の柱になりそうな太さの木材が立てられて、幾重にも鎖で縛り付けられた———パパがいた。
「パパ?」
事態が飲み込めない。それにここは一体。見回すと村人がパパを囲むように集まっていて、みんなの顔が怖い。そういえば、誰かが肩を支えてくれていると気付き背後を見るとおじさんだった。
「お嬢さん、すまない。これから私の言う事を心して聞くんだ、いいね?」
私は知りたい。だから頷いた。
「彼は、イザークは神の奇跡を騙った罪人として焚刑に………すまない。私では君の父親を救う事は無理だった。」
どうして? これは夢、幻なの? あの助けた人々の笑顔は嘘なの? 神の奇跡だなんて悪い冗談。だって私は知っているもの。飛び抜けにお人好しなパパの真剣な表情を。血の滲むような研鑽を。錬金術にかけた優しい想いを。だからッ!
「パパッ!」
燃え盛る炎から覗くパパの表情はいつもと変わらない大好きな笑顔のままで………どうして怒らないの!
「キャロル。」
優しい声に私は真っ直ぐパパの目を見詰める。身体はパパを助けようと勝手に動き出すけれど、おじさんに必死に止められる。駄々をこねるように暴れてもおじさんの腕は振り解けない。それがまた悔しくて、大粒の涙が溢れて止まらない。
「聞いて欲しい、キャロル。」
手を伸ばす。けれども届かない。何より、錬金術の知識が役に立たない。パパのように突風を巻き起こせない。私が未熟だから。子供だから………諦めたくないのに、諦めるしかない。諦めてパパの最後の言葉を聞く事しか出来ない。
「キャロル、生きて………もっと世界を識るんだ。それがキャロルの———」
天を焦がす勢いで燃え盛る炎がパパを覆い隠す。生きる。そして世界を識る。それが私の………託された命題。大切に胸の奥に刻んで保管する。そして、心が張り裂ける痛みに襲われ私はひたすらに慟哭していた。
寒いベッドから起き上がり一階へと階段を下りて向かう。冷たい水で顔を洗っておじさんへと朝の挨拶に向かった。あの日からおじさんの厚意で養ってもらっている。どうやらパパの事で責任を感じているみたい。いつまでもここに居てもいいと私を受け入れようとする程にお人好し。だけど、ずっとお世話になるつもりはない。世界を識る旅に出たい。だからおじさんのお仕事を手伝っている。その対価として結構な額を貰っているから本当に頭が上がらない。この村でも職業柄裕福なおじさんは奥さんと娘さんを病気で亡くしていると悲しそうに語っていた。でも、君が居てくれて不謹慎だけれど嬉しいと言っていた。
「おじさん、頼まれた物持ってきたよ。」
「ありがとう、いつも助かっているよ。」
この村で私を悪い感情なく見てくれる唯一の人。罪人の娘だとか、哀れだとか村の人は見てくる。私も憎しみを抱きながら。それでも表面上普通に接してくるのはおじさんの庇護下にあるから。恩はちゃんと返さないと駄目。だから私は全力で働く。少しでも胸の痛みが和らぐように。
そんな生活にも徐々に慣れて数ヶ月、夜中に催した私はトイレまで寝惚け眼で向かう。すると、この家の外へ出る扉が開く音がした。また奴らかと階段から恐るおそる覗き見るとおじさんが出て行くところだった。こんな時間に何だろう。どうしても気になり私はその後をつけた。
しっかりとした足取りでランタンを片手に夜道を照らすおじさんが向かったのは村の教会で、重厚な扉を開けて中に消えた。私は教会が大っ嫌い。パパを火炙りにした張本人だから誰がなんと言おうと絶対に許さないし、私がこの手で………。自分の世界に沈みそうな私の耳に教会から声がもれ聞こえてくる。
「本当に残念だ。彼程の知識があれば莫大な金が舞い込むというのに。最期まで無欲な奴だった。協力すれば死なずに済んだものを。」
「そんな事で焦ったから黄金を産むガチョウを殺してしまったのですよ。ですが、ソレの雛なら手元に置いてありますから、今度は気長に待つべきです。」
「富と名声欲しさに妻と娘を使い捨てたお前が言うと違うな。」
「アレは一度きり。今度のは一日一個を守れば確実に富をもたらす夢のような道具ですから。ところで、仙草での薬の大量生産の目処は?」
そこで聞くのをやめた。もう、十分だった。こいつらがパパを陥れたんだ。裏切られた悲しみはなくて、純粋な憎悪が胸を塗り潰した。凍ったように冷静な頭で考える。今すぐには手を下せない。報いを受けるべきなのはこの村の全ての人間だ。それも、錬金術で可能な限り惨たらしく、奴らが信じる神のもとへなど逃さずに慈悲もなくだ。私は知った。この世界の不条理を。この愚かな行いを黙って見ているだけの神はそれを黙認したと同じ。パパの死に真実があるのなら、私はそれを暴かねばならない。これが摂理だと宣うならばオレが心底納得のできる回答を世界へ求める。
だから、私は———オレは、世界を壊す。
それからオレは良い子の仮面を被って道化を演じた。何も知らぬ馬鹿な小娘だと存分に侮れ、見下していろ。お前が育てているのは便利な
永かった。小娘から娘になる頃、パパの遺した知識全てを吸収して一人前の錬金術師となった。ただし、村の連中には敢えて失敗を見せ、大した事ない半人前だと思い込ませてある。あの子が、そんな馬鹿なと驚愕に歪む表情が期待できるからな。殺戮の狂宴はパパの殺された時刻に執り行う。
村唯一の診療所ではあの男がいつもの人の良さそうな笑みで迎える。今日で見納めと思うと清々する。こいつは薬を飲み物へと仕込み眠らせるとして、もう一つの本命を縛りに向かうとするか。
教会の扉を開けて中に入る。誰もいないか。この時間奴は自室に戻って酒を飲んでいる。堂々と奥へと進み奴の自室の前にたどり着いた。この扉を開ければ後戻りはできない。………とうの昔に大切なものは失っている。戻れるものなら戻りたい。目を閉じて炎を思い出せば自己が憎しみで塗り固められる。深く呼吸をして見開けば、もう何も怖くない。
扉を開くと酒臭く早速苛立つ。ベッドでだらしが無く眠る司祭を見下ろしながら全身を鎖で拘束する。この場で絞めたくなる衝動を抑えるのが大変だ。放置していても問題ないように誰も踏み入れられない細工を教会に施す。次は民家に構築式を、最後は村の出入り口にとびきりの罠をだな。
夕刻、あの男の診療所に帰ると手早に最後になる準備を整えた。足元には眠らされ縛られたパパの仇が安らかな寝息を立てていた。最期の安眠を後悔せずに堪能するがよい。泣き叫ぶのに体力は必要なのだから。
陽が沈むと同時に村に建つ民家が爆発を起こし倒壊する音が聞こえる。情けなく悲鳴を上げるのは逃げ惑う者どものだろう。唯一爆発を免れたここからあの男を担ぎ外に出る。パパが火炙りにされた場所に投げ捨てると目を覚ました。自らの置かれた状況を必死に把握しようとする姿は巣から落ちた哀れな雛鳥のようだ。
「おはよう、おじさん。今からお仲間も連れて来るから大人しく待っててね。」
「ど、どういう事だ。それにこの村の状況は、おい、待て、待つんだ!?」
心地のよい声を背に教会に向かう。
「本当に図太い奴だ。村の危機に暢気に寝てるとは………まあいい。」
酒臭いこいつは鎖で拘束したまま引き摺り広場まで連れて行く。途中、流石に起きたようで背中に浴びせらる罵声を無視して目的の場所に到着した。
「さて、お前達には心当たりがあるだろう? 嘘吐き一回で罰が一つだ。」
司祭が知らないと吐かすので罰を与えた。神に仕える身でこの体たらくには呆れて物も言えない。腕の焼ける痛みに大の大人が泣き喚くなど情けない。パパの受けた仕打ちよりもずっと軽いのに。その様子を間近で目撃したあの男は心のこもっていない口先だけの謝罪を繰り返す。だって命乞いを口にしているから。むかついたので罰を与えた。その反応は隣で虫の息になっている奴と同じで兄弟であるとよくわかる。他者を食い物にしてきたこいつらにはお似合いだ。
痛みに耐えかねたこいつらは洗いざらい話し始めた。それは聞くに堪えない醜い権力への欲望だった。こんな奴らにパパが貶められたと思うと湧き上がる憎悪に際限がない。こいつらの積み上げてきた醜悪な城を目の前で無残に破壊する。憎しみのままに力を振るうが気分が晴れることはない。寧ろ、こんな奴らに対して錬金術の行使は勿体無く癪に障る。
「………もういい、終わりだ。」
すでに動く気配のないモノに火炎を放ち焼き払う。これだけの所業に天のお咎めはない。こいつらは信じた神に見放されたと考えれば多少溜飲は下がった。ただ、その空いた心の隙間には何もなく空虚だった。
復讐も佳境になり、遂に我が錬金術の奥義を披露する場が用意された。あちらこちらで燃え上がり大混乱の村を入り口上空から眺める。大小様々な構築式を村の至る所へと配置してあり、それらを構成要素として巨大な構築式を描き上げている。我が錬金術の奥義《想い出の焼却》を用いて発動する錬金術は未使用時とは桁が違う規模で再現される。炎を起こす術は火山の噴火に匹敵し、突風は嵐となる。
「ああ、これでもう………絶対にサヨナラだ。諸共に———跡形も残さず滅びてしまえ!」
血のように赤黒い光が式を構築して毒々しく明滅する。
瞬間、天を衝く炎の柱が村を贄とし礎として屹立。夜空の星や月を飲み込まんと憎悪の太陽が誕生した。その光景に口が裂けるほどに嗤う。虚しさを忘れたいがために。
黒しか存在しなくなった跡地に降り立つ。何かだった黒。それだけの淋しい音の無い世界に冷たい風が吹き、声が聞こえた。
「息があるのか。」
黒い煤に埋もれ顔だけ出したオレとよく似た金髪の幼い少女が横たわっていた。掘り起こしてみれば目立った火傷は見当たらない。その澄んだ青い瞳と向かい合う。
「おねえちゃん、痛いの?」
痛い? 痛いのはお前だろう。理解できない問いかけに思考は乱されてしまう。
「だって、泣いてるよ?」
右手で目元に触れるととめどなく流れる涙で濡れていた。この村に涙を流す価値はない。故にあり得ないし、あってはならない。この村の全てを皆殺すのだ。おそらくこの子の親が身を挺して護り切ったのだろうが、そんな奇跡はオレが無に帰す。オレから
「目障りだ、失せろ!」
———終わったか。
長い夢を見ていた。消えてしまえばいい思い出なのにどうしても消せぬのだ。あの時の少女のように。故に
想い出のインストールも終わり、扉が開かれると久しく浴びていなかった光は瞼越しにも眩しく感じられた。瞼を開き一歩前に踏み出そうとした———全身を引き裂かれたと錯覚する程の痛みに襲われ思わず片方の膝をつく。
「マスター、やはり拒絶反応が。」
「構うな、この程度想定内だ。」
意地で立ち上がり天井から吊り下げられた四分割した世界解剖の為の譜面を見上げた。ここにいないガリィとミカは成し遂げたか。むしり取る旋律は残すところ二つ。いよいよ最終局面となればアレの居所だな。
「例の物は?」
「保管する施設とその座標は割り出し済みです。遂に向かわれますか?」
「ああ、オレが直接出向く。レイアはついて来い。ファラはレイラインの解放に向かえ………この機を逃してなるものかッ!」
オレに許された時間は残り僅かだが必ず成し遂げる。だから見ていて、パパ。私達の夢はね、信じていればきっと叶うんだって事を見せてあげる。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
シンフォギア装者各々にとって大きな存在の喪失からどのように立ち上がるのか。世界の悪意に翻弄される姿に胸が痛みます。
性善説があるように、生きて夢を追うその道程で挫折して歪んだのが敵だったりで憎むに憎みきれなかったり。屑っぷりが限界突破しかけたビッキーパパ然り。
そんなこんなで悪を完全な悪と断ずる事ができない私です。
あとですね、一応、外道老齢期の事も少しは考えてあります。
とにかく、シンフォギア続編を楽しみにGX編を完走させたいです。
次回は飛天奏翼の予定です。
次回もよろしくお願いします。