今回は風鳴の家でのお話です。
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あれは切歌の寝癖の残る頭、あっちは刀剣を振るう大和に、こいつはフロンティアに似てるな。ただただ雲を眺めて数えて段々と眠たくなる、空はこんなに青いのにさ。要石は心地よい冷たさだけど、寝心地は硬くてあんまりよろしくなかった。この辺りじゃ広大な敷地を囲む塀に、池まである立派なお庭と歴史を感じる邸宅。内閣情報官である風鳴 八紘の住まいであり、その娘である翼の生家らしい。あたしのはごく普通の家だったけど、今は空を飛んでるからとんでもない大躍進だ。数世紀先を進んでるね。
そんなあたしの今の使命はこれを守ること。大和達は他にすべきことがあるとかで忙しそうにあちこち飛び回っている。セレナでも隣にいれば暇を持て余すことはないんだけどさ。楽しく話せるし、お菓子を用意してくれるし、お茶まで出してくれるんだから至れり尽くせりで、きっと良いお嫁さんになるさ。でも今回は潜水艦上でのお留守番だ。何かありゃ駆けつける安心安全の絶対防壁。大抵の近代兵器での攻撃をその身一つで守護するイージス………いや、アイギスは大和の専売特許か。そんなくだらないことを考えていたら翼が寂しそうに語っていた父親であり司令の兄である風鳴 八紘が廊下を歩き、ある部屋の前で止まった。
「にしても似合ってない………こともないのか?」
和装に三角頭巾にマスクと右手にはハタキで左の小脇に抱えるのは箒とちりとり。部下に掃除くらい任せればいいのに………あの部屋だけはさせたくないのか?
八紘さんは一家の
「なんだって………!?」
蘇ってから強化された視力で見えた光景に、つい言葉をこぼしてしまう。幸いにも遠かったのでバレなかったが。八紘さんは慣れた様子で確認を終えると、お次は手に持ったその端末で室内を入念に撮影する。というか、あの散らかり具合と衣類のサイズなどから子供部屋だと考えられる。立派なマイクスタンドにラジカセと剥き出しのCD、今も色褪せることのないあの一世を風靡した水縹の和服に刀を組み合わせた有名なあの人のポスター。つまりだ、この部屋は翼の部屋だろう。兄弟姉妹がいるとは聞いたこともないからな。この頃から片付けられない女だったのか………実に根深い問題だ。翼らしさを垣間見たところで疑問が浮上する。なぜ八紘さんはあの部屋を綺麗に片付けずに現状維持を選ぶのかだ。廊下とは違いあたたかみを感じる和やかな表情にある考えが過る。
———きっと馬鹿だ、極端に不器用な親馬鹿だ。
剣であろうと不器用だった翼と同じで感情表現や愛情の伝え方が下手に違いない。だって親娘だからさ。そう考えてその背を見るとどこか微笑ましく思えてくる。汗も流さず、息も乱さぬ洗練された達人の演武のように掃除を遂行する姿はまさに三尺秋水。ちりひとつ見逃さない信念のなせる高度な技術はウルトラC。脱ぎ捨てられたシャツが引っ掛けられた姿見に映し出される真摯な姿勢に滲む優しい心遣い。外からでは容易に本質を理解できない硬く厳格な
それから一日何事もなく経過した。
翌日、セレナによれば翼たちがここに来るらしい。それと、検査入院中の響を除いたクリスチームは竜宮へと向かっているらしい。龍脈に加えて装者が揃えば悪いムシも寄って来るだろうさ。警戒して待っていると入り口の門と玄関が開かれる。その時、風が頬を撫でた。
「盗み見るのは本意じゃねぇ。お前も隠れてないで出てきな!」
要石の上に立ち、一見何もない空間に向かって呼びかける。身近に似たようなのが多いんでね、違和感があるんだよ。あと警護の黒服二人と緒川さんの計三つの銃口は心臓に悪い。当たっても大したことにならないけどさ。
「もう少しかくれんぼを楽しめると思いましたのに。そう熱烈にラブコールを受けて応えないなんて無粋ですものね。」
ファラは剣殺しで銃弾を弾きアルカノイズを揃えるとふざけたポーズで挑発してくる。あの手の人外に銃なんて豆鉄砲になっちまう。ならその土俵にお邪魔させてもらおうか。
「ギアの無い奴は引っ込んでな。あたしはこの石を護るので手一杯だ。」
飛び降りたあたしは二刀を構える。
「ここは私達が。」
「人様の庭に無断で侵入するなんて躾の程度が窺えるぞ、自動人形!」
翼たちもギアを纏い戦の準備は整ったけどさ、あたしにも言ったのかがちょっと気になる。それとは別に様子のおかしい翼は気がかりだけどさ。
「………翼、務めを果たせ。」
そんなよく見ていなければ気付けない違和感を見逃さないのは流石だ。何か言いたいこと全てを出してない感じがしたけど。ここはこう………もっと素直に、わが娘の翼が敗れるわけはない、とか言うべきじゃないのか。翼が表情を曇らせちまったよ。まあいいか、戦闘はあたしがフォローすれば。
「推して参る。」
「アイツの剣殺しには気を付けろ。特に翼は相性が悪いからな。」
「なら私が前に出る。翼はアルカノイズを!」
要石へと殺到する砲弾を斬り払い焼き尽くし凍らせ砕く。あたしの背より高い物を守るのは地味に辛い。的が大きく障壁でも出せりゃ加勢できるのによ。いや待てよ………時間稼ぎなら出来そうだ。敵に背を向け地面に水の叢雲と火の天剣を突き立て、龍脈から少々エネルギーを拝借して力を注ぐ。
「あたしのとっておきたいとっておき。生半可な攻撃じゃ通らねぇぞ!」
地中から生えた極低温の氷の壁と極高温の火の壁が要石を囲む。相反する特性の二つが打ち消したり反発しないのは元をたどれば一振りの剣に起因するからだ。これを突破出来る物は限られるだろう。現にアルカノイズの攻撃は氷壁と炎壁に阻まれている。
「さて、戦況は———マリアッ!?」
剣殺しの風に飲まれ吹き飛ばされ、アガートラームの装甲はひび割れている。マリアは小さくないダメージに中々立ち上がれずにいた。今あたしの得物は要石付近へと突き立ててあるのでありゃしない。でも、何もない拳がある。これで司令や大和と徒手空拳で挑むことなんてざらにある………司令には神速の拳で得物を遠くへと弾かれ、大和には鎖で奪われるからそうせざるを得ないだけだけどさ。
「そこを退け! 邪魔するならぶっ飛ばす!」
今はその経験が生きる。響のアームドギアより突破力は劣るがアルカノイズを倒すにゃお釣りがくるぞ。稲妻を握り潰すように殴って、迅雷がごとく蹴り、頭突きで沈める。この時、硬いバイザー装備なのが役立つ。
「この身は一振りの剣、そうやすやすと折れてなるものか!」
その言葉に振り返るといつの間にか翼が渾身の大技である天ノ逆鱗でファラに迫る場面だった。あれは怒ってるな、翼。
「これはこれは、壊し甲斐のある立派な剣………ですがその選択に馬鹿め、と言って差し上げますわ!」
台風のような突風を操り天ノ逆鱗を巻き上げて、あろうことか強奪するだと。剣に趣味の悪そうな模様が浮かび上がっている。風に弾き出された翼は重力に倣い落下していく。途中で体勢を立て直し着地してその行方を目で追っている。ドリルみたいに螺旋を描き示す先には要石が———やばい!?
「ありったけの攻撃をアレにぶつけろ! 天羽々斬はマズイんだよ!」
「承知した!」
「火力は期待できないわよ!」
蒼ノ一閃も、小剣も、あたしの拳も風に阻まれて届かず。氷壁に奪われた剣の切先が刺さり、なおも勢い衰えず壁を壊しながら要石へと突き進む。
「チェックメイトです。」
必殺の一撃は利用されてあたしらの王は討たれた。要石自体に備わった霊的防御壁も絶刀の斬れ味の前には無力で呆気なく破壊される。ただ、これは卓上遊戯じゃなくて現実の戦場だ。やられたらままじゃ終わらせない。それにしてもつくづく守るのに不向きなあたしだ。天ノ逆鱗モドキは結局爆発する盾になるし、防衛的な技は氷壁くらいなもんだ。天叢雲剣の根源的問題だろうけどさ。
「みすみす逃げられると思うなよ!」
無事だった得物を両手に取り戻したあたしはファラに飛びかかり袈裟懸けにそれを振るった。
「あら恐い。逆鱗に触れたのかしら?」
躱したファラが二刀で踊るように斬り返してくるのを身を捩り辛くも回避できた。大地を踏みしめ大きく後退しつつ炎と氷の斬撃を放ち距離を取る。牽制程度の威力だったこともありファラの風に撃墜されてしまった。その間に翼とマリアを横目で見る。剣殺しでのダメージに継続して戦闘は危険な状態か。
「此度はここまで。今度こそ剣ちゃんの素晴らしい歌を聞かせて欲しいものです。」
「うるさいぞ、そのよく回る舌をなますに切るぞ!」
一息にファラへと接近し大上段から二刀を振り下ろすが、当たる前に常套手段でまんまと逃げられてしまった。
ヤツらの本拠地は一体どこだってんだ。錬金術士って名乗ってるくらいだし、それなりの工房があるとみて間違いない。というか、世界を壊せる代物を造ってるならべらぼうな空間が必要そうだな。デュランダルくらい小さくて持ち運べるなら簡単には見つけられそうにもないけど。現段階では龍脈を悪事に利用しようってことはほぼ確定事項で、そうするならば都心ほどに都合のよい立地条件の場所はない。仮に、灯台下暗しだとすればこの超高密度の狭っ苦しい場所にそんなモノを巧妙に隠してるのか。ファラみたいに視えなくする技術があるなら地下、あるいは———。
「———それで、お前達の目的は何だ?」
「聖遺物絡みの重大事件への超法規的措置による対処………そんな感じだったかも………デス。」
八紘さんの支配領域である執務室にて詰問を受けている。射竦める鋭い眼光に腹の底が冷えてしまう。これまでの人生二つを顧みても一度だけ父さんにこっ酷く叱られた時のプレッシャーと肩を並べるくらいだ。だから、反省して落ち込んだ切歌みたいに取って付けたデス語に寄ってしまった。
「それに、櫻井理論の全容を把握、熟知しているとしか思えない新たなFG式回天特機装束と失われたLiNKERの技術。この世から消失した筈のサクリストSや、かつてF.I.S.が用いた神獣鏡など。何より不可解なのはこちら側に与する事です。貴女の正体とあわせて説明していただけますか?」
そいつは出来ない相談ってやつですよ、緒川さん。それとさ、知り合いがいるだけで多少なりとも平常心に戻れたことには感謝しますよ。
「そう言われてもさっきの通りだし………それに、誰かが困ってるならさ、助けるのは当然だろ?」
歌で世界は繋がれると身をもって体験してんだ。世界は違ってもこっちで観て聴いた二人の歌はそんな可能性に輝いていた。常在戦場とか血生臭いのじゃなくて、あんなにも素敵な舞台と観客の前で歌ってて欲しい。それに、翼の剣であって、剣の翼だなんて思ってない。翼は翼さ。緒川さんも、目の前の八紘さんもそうだろうと断言できる。伊達に姉貴分はしてないさ。………ここはひとつ、ちょっかいをかけようか?
「ところで話は変わるけどさ、言葉にしなくちゃ伝わらないことがあって、笑顔のないドールハウスじゃ本当に守りたいものは守れないって思うんだ。」
風鳴という血の宿命が翼を縛り明日に羽撃けないかもしれない。戦場ってのは死と隣り合わせの非日常を指す。その身を剣と鍛えていようとも逃れようのないものだ。それに、姉貴分として、相棒として翼と過ごした日々を振り返れば見えることがある。誰かに認められたい、必要とされたい、そんな強迫に似た承認欲求を翼は抱えていた。あたしが初めて会った時の翼に対しての印象は、寂しそうに愛想笑いを浮かべるひとりぼっちの儚げな少女だったから。あたしもひとりぼっちで惹かれ合ったのは当然の帰結だな。
「………。」
さらに鋭くなる目つきに耐えて、あたしも目を逸らさないで見詰め返す。このままじゃ絶対に後悔する。あたしがそうだ。居なくなってからあれやこれやと話したいことが増えてきやがる。夢ってのはなんてことないありふれた日常で、儚く脆い幻だって気付いたんだ。
「部外者がズケズケと土足で踏み荒らすことじゃないって理解してる。それでも忠告せずにはいられなくてさ。溝はひとりじゃ作れないし埋められないだろ?」
大和が勝手に居なくなって、敵対して初めて抱いた想いは怒りや寂しさが渾然一体としたモノで募る不安に苛立っていた。あの時、一蓮托生だと告げたのは先立つのも先立たれるのにも耐えられる自信を持ち合わせていなかったからだ。再開して意外にも平気そうだ、と頭にきたけどそれはマリア達が支えていたからで。あたしが言いたいのは家族はお互いが思いやってこそ上手く成り立つものだってことだ。それが不安に繋がっているなら方法を変えろってことさ。すれ違ったままで終わるのは悲しいもんな。お互いそれっきり口を閉ざしたまま時間だけが過ぎた。
足音が二人分………こいつは翼とマリアだな。あたしは口にチャックをする動作で黙っておくとアピールして八紘さんの正面から退き緒川さんの隣に立った。扉をノックする音が静かな室内に響く。
「入れ。」
「失礼します。」
いまだ室内に漂う緊張感に躊躇したのか一瞬静止した翼だったが、すぐに行動を再開して八紘さんの正面まで進み出る。マリアも異様な雰囲気に戸惑いの色が滲んでいた。そして、あたしに怪訝な面持ちを向けてくる。だからあたしは手のひらを上に向けて肩を竦めた。
「これがアーネンエルベより届いたアルカノイズに関する報告だ。あれらの攻撃時に生じる赤い粒子を《プリママテリア》と呼び、それは《
小難しいことはわからないが、要するに積み木のお城を解体して一から全くの別物につくり変えるってことか。キャロルが世界を壊すんなら、最終的に何を望み行動を起こしてるのだろう。錬金術の基本は分解、解析、再構築だって了子さんは言ってたけど新しい世界でも創造するつもりなのか。そうだとするなら話を聞いて、それでもってはた迷惑な夢は阻止して目を覚まさせなきゃ駄目だな。
「現在、キャロル達の目的や活動拠点も掴めていません。」
そこが頭の痛い問題で、追うに追えなくて足踏みしかできてない。
「君と———翼、傷の具合は?」
意外そうに目を丸くしたマリアは数秒後に言葉を返した。
「万全………とは言えず、手痛いのは奥の手が使えそうにない事かしらね。」
同じく衝撃に硬直していた翼も遅まきながら口を開く。
「この程度、戦場へ赴く障害足り得ません。」
回りくどく言ってるけど、結構参ってるっぽいな。このまま放っておくと近い将来にもポッキリ折れちまいそうだ。あたしやマリア達じゃ修復不可のこのヒビは八紘さんでないと直せない。誰かに想われているってのは目に見えないカタチのないモノだけど、実感すると本当に心強くて立ち上がる勇気になってくれる。
「………ならば、然るべき施設にてこれらの情報解析を進めるといい。ここに留まる理由もなかろう。」
淡々と最善を紡ぐ言葉に見かけは想いを感じられない。
「翼は貴方の娘でしょう? だったら些か冷た過ぎるんじゃないかしら!」
優しいマリアは娘を蔑ろにする父親に堪え切れずに一歩詰め寄る。しかし、翼に腕を掴まれ制止される。
「………いいんだ。」
年端もいかない少女が道に迷ったように不安げな表情で何がいいのか。それは諦めそうになって、でも諦めきれなくて鉛のように重い心を騙しだまし引き摺ってる奴の顔だ。たぶんだけど、翼が家を出るキッカケとなった一件は天羽々斬との適合かもな。それで強く拒絶でもされたんだと思う。親からの否定の言葉は子供の心を無残に抉り、未成熟な精神の足元は覚束無くなり、自己の存在意義を見失うには十分過ぎる。なら、あたしと同じように特別な力を渇望したことに合点がいく。
「いいんだ………。」
もどかしい親娘関係に憤るマリアを翼はなおも強く引き止める。胸の内を明かさない父親と、剣で在らねばと研鑽を重ねる娘の切ないすれ違いにあたしも焦ったい。
「失礼する!」
「マリア!」
肩を角立たせ退室するマリアを追い翼も消える。
「真面目が過ぎるんだよ………。」
あたしの呟きに八紘さんは押し黙るだけだった。
日も暮れた頃にあたしは要石跡を見詰めていた。
「了解、そっちは任せた。」
海の方は二人に任せるとしてだ………最近頻発している神社での事件や事故は龍脈を制御しているこの要石と同様の役割を果たしていた物を壊してやがるらしい。大雑把に説明すると、龍脈やレイラインと呼ばれるものは地球の血管であり中を血であるエネルギーの奔流が地球全体を循環しているとか。それで、そいつの流量を調節する制御弁を要石や神社が担っているらしい。とりわけ日本列島にとって重要な鹿島と香取のモノは無事らしい。神楠曰く、あれは要石の中の要石で壊れたらなどとは考えたくないのです、だそうな。
「鵜呑みにすれば、そろそろ来やがるか?」
あいつは翼の歌に執着しているようだからマリアの満足に動けないこの機を逃すとも思えないし、わざわざこうして目につきやすい開けた場所に立ってるんだ。ファラの隠形の微かな違和感に気付けるとしてもはっきりとは見えないし、どうしても後手に回ってしまう。それでも手はある。それはあいつに明らかに人格みたいなものが存在していて、先手を取れると慢心していれば通用する策。緒川さんとの厳しい特訓の成果、ここらで試してみるとしようじゃねぇか。最悪あたしが倒されてもフロンティアでちょっとの間眠るだけさ。その時、うなじ辺りに不快な痺れが走り、あたしは反射的に二刀を両手に取り出して振り返る勢いそのままに横に薙いだ。金属同士が打ち合った甲高い音とともに宙に弧を描く剣殺し。剣を失い驚愕に見開いた目で眺めるだけのファラに、あたしは頸部へと回し蹴りで塀まで蹴り飛ばした。
「ったく頑丈だねぇ。それに風で衝撃を和らげるなんて器用なマネしやがる。」
「いえいえ。それよりも私が見事に掬い返されるなんて自信を無くしてしまいます。ですが………予備が御座いまして、残念でしたわね?」
ファラは塀への激突を風を用いて回避していた。さっきの剣殺しは池の近くに刺さっていたが新たな剣殺しを片手に携えこちらを見据えている。
「だったらもう一度だ。剣諸共にへし折ってやるさ!」
互いに駆け出し斬り結ぶ。あたしが手数で上回ってもファラは巧みに捌き受け流して隙間を縫うような突きで反撃してくる。剣術の腕はファラが上であしらわれていると思うと腹立たしいが焦りは禁物だ。落ち着けよ、あたし。すると、剣戟に誘われたのか翼とマリアもギアを纏い加勢する。
「二人とも無理はするな!」
「分かっている。」
「………ああ。」
切れの悪い返事。しかめっ面で強がっているのが見えみえでそんな乱れた心で剣を振るうつもりか、翼。
「ほぼ二体一でしたら………目の前の貴女を始末して存分に剣ちゃんの歌を聴かせていただきましょうか!」
「私を無視するな!」
あたしと斬り合いながらもファラは襲い来る小剣を風で一蹴。ついでとばかりにその風でマリアを巻き込み空に打ち上げた。
「これで正式な二体一です。遠慮せずにかかって来なさい。」
傷付き落ちてきたマリアを受け止めた翼は顔を上げてファラを見据える。地面へとマリアを寝かせて剣を構えた。
「無礼な人形め、斬る!」
そう言うとファラの背後へと回り込み天羽々斬を振るった。ファラは後ろにでも目がついてるかのように身を翻して躱す。そうなれば天羽々斬はあたしの持つ天剣と接触することとなり、相性的に不利であっさりと折れてしまった。翼がそれに動じるのも一瞬、すぐさまあとを追おうとする首根っこを空いた手で掴み引き止める。
「何をッ!?」
顔をこちらに向けて非難の色で睨みつけてくるので、あたしは叢雲を一度戻して掴んでない手を翼の額の前に出してお仕置きを構える。
「面倒くさいぞ落ち着けって翼。」
少々強めに放ったデコピンは額を的確に打ち抜いた。
「ひゃっ、な、何をするのだ!?」
「おっ、イイ感じに翼らしくなったじゃねぇか。肩の力を抜いて歌ってみろって。」
額を摩り恨めしそうに睨み見上げてくる。全然怖くないぞ、むしろ可愛らしいぞ。
「戦場で何を莫迦な事を言うの、貴女は!?」
「バカはお前だ。何が剣か、何がいいんだ、だよ。あの部屋を見たんだろ? いや、まあアレで気付けってのも難しいか………。」
「貴女には関係ないでしょう!」
「かもしれないけど、言いたいことを言わせてもらう。人は剣になんて成れない。痛いのは痛い、心だって鋼にはならないさ。なによりも翼の幸せを一番に願ってくれている人がそこの陰にいるだろ? 翼って名前の意味を今一度考えてみろよな。」
自身が翼に与える影響を考慮してなのか建物の陰からこっそりと様子を窺っていた八紘さんと目が合う。それとファラは塀の上で変なポーズを決めて成り行きを見守るつもりのようだ。空気は読めるらしいな。
「お父様………剣にすら成れない私はどうすれば———」
「成らなくていい。そして夢を追いかけろ、翼。」
おそらく翼が初めて歌を聞かせたのは八紘さんだと思う。そんでもって翼の歌に惚れ込んだ
「では、私は歌っても………夢を追いかけてもよろしいのですか?」
「ああ。どこまでも羽撃くがいい、翼。」
眉間のしわは解けてようやく理解したみたいだな。なんてことはねぇ、そこにちゃんと在ったんだよ。だからもう飛べるだろうさ。迷いなく胸のペンダントに手をかける。
「聴いてください、イグナイトモジュール———抜剣ッ!」
———ダインスレイフ
今さら呪いなんかに膝を屈するわけない。大切な絆が支え見守ってんだ、呪いごときつけ入る隙はないさ。映像でしか観てなかったけどこれが翼のイグナイトか。黒くてかっこいいじゃねぇか。
「待った甲斐がありました。私が聴きたかったのはこの歌………ああ、素敵です。」
高笑いを上げ風を纏い駆け下り突撃するが、難なく躱した翼は通り過ぎたその風に向けて強化された蒼ノ一閃を放つ。
「もっと聴かせて下さい。その呪われた旋律を!」
それを風で横にスライドして躱すと池へと向かう。狙いはそれかよ。あたしは駆け出し風を追う。そして到着して振り返ったファラの手には二振りの剣殺しが握られていた。
「とっておきだ!」
片手で叢雲をファラの足目掛けて投擲する。
「そんな乱暴な攻撃に当たってあげる訳にはいきませんわ。」
サイドステップで回避されたので叢雲は後ろにある池に落ちた。
「そうかよ———今だ飛べ、翼!」
「任せよ!」
舞い上がり両手両足の剣に炎を纏わせる姿は不死鳥みたいだ。さて、あたしも仕上げといきましょうか。
「以前とは一味違うぞ………出て来い叢雲!」
あたしが地面を殴ればファラの足下がひび割れ湧き上がるおびただしい量の水は大きな水溜りを形成する。呆気に取られたファラの下半身をすかさずに氷で覆いその場に固定する。
「たかが氷です。壊せない道理など———何ですって!?」
剣殺しは金属でも打ったかのような音を立てて弾き返される。
「言ったろ、一味違うぞってさ。実際には食えたものじゃねぇけど。第一に刃が通らないし。」
誰かさんが解放したおかげで龍脈と水を混ぜ合わせて完成した特性水は剣に対して無敵な剣殺し封じ。硬い鱗に覆われた神話の大蛇に哲学の牙なんてものは通らないのが道理だ。極上の酒の方が役に立つだろうさ。
「ですが貴女には得物が無い様子。どうするつもりですか?」
「お前にとどめを刺すのは翼さ。」
燃え盛る剣の炎で空を舞う翼を見上げる。夢を想う熱量はそんなもんじゃないだろう、翼。だからさ、もっと熱くなれよ! するとファラは二振りの剣殺しを得意げに構えた。
「剣ちゃんがこの剣殺しに勝てるとでも?」
「愚問だな。だって翼は翼だからな!」
剣に不要、翼に必要なものは夢だ。夢を追い天翔るのに必要な尽きることのない熱量だ。空中の翼は天を焦がさんばかりにより一層激しく炎を燃え上がらせる。
「刮目せよ。そしてその身、その剣で受けて知れ———我が何者なのかをッ!!」
足を揃えて縦に回転を開始すると徐々に勢いを増してひとつの炎の輪となり、ファラ目掛けて急降下する。それを表情を変えずに斬り払える自信に満ちているのかファラは剣殺しを構えた。その間にあたしは八紘さんが最後まで見届けられるように移動して護るように斜め前に立った。
「綺麗、そう思うだろ?」
「………であるな。」
心底嬉しそうに静かに口角を上げる姿はどことなく司令に似ている気がして兄弟なんだなと思った。
「こんな———あり得ませんッ!?」
剣殺し二振りと右腕を犠牲になんとか軌道を逸らしたようだが、翼は再び舞い上がり急降下を開始する。その炎が胴を焼き斬る刹那、喜色に歪む表情。
「———。」
どこか嘲る笑い声を絶えず上げてファラは果てた。何がそんなに喜ばしいのかワケわかんねぇし不気味だ。まあそれも勝利の美酒を濁すには無駄けどな。
あたしはマリアを介抱しつつ、少し離れた位置で親子水入らずに語らう様子を窺う。晴れ渡り澄んだ空のような笑顔で話しかける翼に八紘さんも満更でもないご様子で。そんな中、言い出すのが気恥ずかしいのか頻りに八紘さんを見上げては顔を逸らすを繰り返す。それを困ったように眺めていた八紘さんは意を決したのか口を開いた。
「翼、遠慮なく言うといい。」
頬を薄く染める翼は人差し指同士をくっつけ遊ばせつつ消え入りそうな声で呟く。
「あの、ですねお父様………子供っぽいとは重々承知の上なのですが………昔のように、その………頭を撫でて欲しいなどとは駄目、でしょうか? あ、いえ、申し訳ありません、気の迷いです………。」
それっきり翼は俯き黙ってしまう。それを組んでいた腕を解いて左の頬を掻いている八紘さんは逡巡しているみたいだ。しばしその状態だったが八紘さんは右手を翼の頭へと———。
これ以上は野暮ってもんだ。剣に涙は似合わない、翼には喜びの涙がお似合いさ。あたしは手近なマリアの髪を手櫛で梳いてみる。セレナと結構髪質は似てるんだな。そういえば向こうはどうなってるかな。夜空に浮かぶ月を見ながらそんなことを思った。
「貴女何をしてるのよ?」
「さぁて、何のことかな。」
そう言いながらマリアの頭を撫でる手を休めない。
「もう………でもありがとう。」
「おう? 何のことやらわっかんねーな。」
あたしがしたいからしただけで礼なんか求めちゃいない。マリアは翼の方を横目で見やると再び口を開いた。
「成る程ね、貴女が彼とともに在る理由が何となく理解できた気がする。少しばかり憧れてしまう。」
「………そっか。こっぱずかしいような、でも悪かねぇな。」
太陽だなんて名乗っているけどさ、あたしがこんなにも輝けるのは優しい仲間が支えてくれるからで。
「だったら素顔を見せてくれたりしない?」
「それは残念、トップシークレットさ。」
火照った顔に夜風が涼しい。それに恥ずかしい表情を見せたくないんだよ。照れ隠しのためにマリアの頭を乱暴に撫で回してみる。広い庭に生える木々のざわめきがいやに耳に残った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
マリアさんのアガートラームは技名のせいなのか剣判定。† これをつけるからでしょうけど。そもそも銀の義手であるが、彼の剣が混じっているならあり得なくもないかも? ネフィリムノヴァに対して銀に輝く剣を胸元から抜剣してますし。
ちなみにセレナのアガートラームは盾判定なので哲学の牙がまかり通ることなしです。
次回、海底にあらわる白きもの、夢見るままに待ちいたりの予定です。
次回もよろしくお願いします。