蘇る彼と聖遺物   作:はるひよる

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乾燥した冷たい空気に秋の訪れを感じています。はるひよるです。

気が付けば一年を過ぎ50話。ここまで長く続けられたのも皆様のおかげです。本当にありがとうございます。遅筆ではありますが完結まで頑張りたいと思います。

今回は立花の親娘、黙示録の開演、英雄がごとくです。

最後まで読んでいただけると嬉しいです。


再開と復讐と否定と

水平線から顔を覗かせる曙の光を響は見晴らしのよい病室のガラス窓から眺めていた。片手をガラスに触れ伝わる冷たさに少し眼が覚める。

夜明け前から目覚めていたのは何も病気で身体の何処かが痛んだからではない。あの望まぬ再会の日から父親の存在に響の内に秘め目を背けてきた大きく深い傷が疼くのだ。

それを知ってか知らずか、連日せわしなく掛かってくる電話とその着信履歴に悩まされ、大の親友である未来へと答えを求めて相談していた。返答は響のしたいように、というもので結局は自ら決断しなければならない。選択に責任を持たねば、押し付けては駄目。ありがとう、と伝え通話を終えた時、もう一度勇気を出して父親と話をしようと決意したのだ。

 

「へいき、へっちゃら。」

 

たったひとりの病室で魔法の言葉を唱えると沈んだ気分は奮い立ち前を向く力と変わる。昔からの口癖で、いつ誰に何処でなんて憶えていないくらい。ずっと支えてくれていた大切な言葉。

ベッドの上に置いてある携帯の充電は九割だった。

 

晴れた空を見上げる響は耳も心も閉ざしたい気分だった。都庁をガラス張りの窓から望む事のできるとある建物の二階に店を構えるチェーン店のイルズベイルで父親との話し合いをしていた………かった。

 

「もう少し………待ってくれ。いやー、こいつは一度食べたら虜になる。」

 

「そう、なんだ。」

 

持ち合わせが心許ないと言う父親に悲しくなりながら食事の支払いを持つ事となった。初のお給金で父親に外食をご馳走したとでも思えばいいのだろうか。それでも怒りを通り越して呆れや失望が大きい。こんな筈じゃなかった。何が父親をここまで豹変させてしまったのだろう。テーブルの下の画面、未来から貰ったメールを読む。

 

[へいき、へっちゃら]

 

私、頑張ってみるよと。顔を上げると父親がテーブルナフキンで口元を拭っていた。

 

「ご馳走様。ところで例の件考えてくれたか、響?」

 

例の件とは母親との仲を取り持って欲しいというもの。それ自体は響自身前向きに考えている。あくまで条件をつけて、であるが。

 

「………お父さんが、お母さんにちゃんと伝えてよ。」

 

するとバツが悪そうに頭を掻き口ごもる。どうしても譲れないのは家が辛い時期にひとり何も相談せず逃げるように去るというあまりにも身勝手だったから。言わなきゃ伝わらない、何も始められない。

 

「でもなぁ………やっぱり俺からじゃ。だから響からじゃ駄目か?」

 

両手を合わせ拝む父親の姿が、頼りになりいつも笑っていて大好きだった姿と重ならない。求めていたものが微塵も感じられない残酷さに響は受け入れることはもう不可能だと諦めたくなった。

 

「どうしてそんなに無責任な事を言うの。私すっごく悩んだんだよ。それでも、もう一度やり直したい、家族みんなでって思ったのに………もういい。」

 

テーブルに両手をつき立ち上がる。

 

「どうした、ひび———」

 

「———見たくない。聞きたくない。もうお父さんなんかじゃないッ!」

 

絶句する父親はそれ以上娘を見る事ができず空を見上げた。娘にここまで言わせてもあの頃の頼りになる父親へ戻らない。戻ろうと思ったとしてもちっぽけなプライドがそれを拒むのだ。現実を直視できない、したくない。本当の弱い人間に成り下がってしまっていた。

 

———へいき、へっちゃら。

 

青い空へと心の中で呟く。前を向く為の魔法の言葉を唱えていた父親は、いつしか現実から目を背ける言い訳にしていた。良く言えば楽天家、悪く言えば無責任。今があの時から続く無責任さを改善するチャンスなのだが、その一歩が踏み出せない。それ程までに心に深く傷を負っている。その一点のみ親娘ともども共通している。

 

何気なく見ている風景の中、赤い風船がゆらゆらと空へと飛んでゆく。青い空に赤い点が紛れ込む———突如として空が破れた。

 

「何なんだあれは!?」

 

破れた空から何か巨大な建造物が降りてくるなど常識の範囲外である。この緊急事態に一般の父親であれば娘を連れて地下シェルターへと避難を急ぐだろう。しかしこの男、立花 洸は違った。先に店を飛び出した響を追い外に出て宙に浮く謎の建造物を見る。ポケットから取り出した携帯のカメラ機能の内の録画を使い異様な光景を記録していた。

 

「なあ、どうやってテレビ局に売れるんだったか?」

 

何事も楽観視する面とやや天然なところが緊急事態に発揮されてしまった。加えて口を糊する困窮した生活が目先の利益に飛びつく下衆の行動をさせたのだ。

S.O.N.G.として逃げ遅れた人がいないか、いたなら避難誘導をしようと動いていた響が無神経な一言に耳を疑った。もうこんな父親とやり直すなんて無理だと思っていた。

 

「いい加減にしてよ、お父さん!どうしてそんなに………もういいよ!」

 

「響………。」

 

一人の大人としても決定的な何かが欠落した洸の麻痺した心が少しだけ痛んだ。

 

「随分と………それがお前の父親か?」

 

ダグサの感情を司る竪琴の欠片から錬金術の知識で甦らせた紫色の殲琴。それに手を掛けて空中を浮くキャロルが現れた。

永い時をたった一つの答えを求め生きてきた。大好きな父に託された命題への解答はもう直ぐそこにあるのだ。なのに、最早些事だというのに何故こうも心をかき乱すのだ、立花 響。

かつて錬金術で人と人との相互理解を目指したキャロルの父 イザークと、歌で人と人とが言葉を越えて手を繋ぐ事を実行する響のその姿勢が重なるからだ、と結論を出す目前で思考を放棄するからである。理解をしているがしたくない自己矛盾に苦悶する。凝り固まった頭と囚われた心でそれを解決するのは非常に困難なのだ。

 

「キャロルちゃん、もうやめようよ。」

 

「やめるものか。ならばどうする、真逆戦わぬなどほざくつもりじゃあるまいな!」

 

響は胸のペンダントへ手を伸ばす。誓ったのだ、大切な日常を守ると。親友が好きだと言ってくれたこの歌はその為に、固く拳を握り締める。だが、キャロルの放つ渦巻く風にペンダントが弾かれコンクリートの上を転がり遠くまで行ってしまう。

 

「万が一にも失敗は許されぬ。故にまとめてここで消えてもらおうか!」

 

狙い放たれた強力な竜巻が親娘に迫る。響はごく自然に父親を護るように前に立つ。それは職務上正しい事であり不自然ではないが、心の奥底から嫌いだと拒絶できない優しさからの行動でもあった。

 

「響!」

 

立花 洸は理解していなかった。己の身体が勝手に娘を護ろうと動いていたのだ。がむしゃらに鈍った身体を限界以上に酷使して命懸けで庇った。背は鋭い刃物で執拗に抉られたように傷付き、想像を絶する痛みに悲鳴すら許されず転がりながら腕の中の娘の温もりだけが意識を繋いでいた。

 

「大丈夫、か、響?」

 

「お父さん、血が、早く治療しないと!?」

 

意識は朦朧として、不可視の壁に囲まれたように聞こえる筈の言葉がぼやけ上手く聞き取れない。だが、怪我のない娘の泣き顔にいつだったか感じた確かなものが胸を満たした。心が熱を生み出し、それが身体を熱くさせる。頭を優しく撫でてから立ち上がる。

 

「心配、するな。このくらいへいき、へっちゃらだ。」

 

娘を傷付ける脅威を必死に睨む。いつ倒れてもおかしくない。けれど、ここで何も守れず、逃げたままで倒れる訳にはいかないんだ。ゆっくりと下りてくるキャロル。

 

「何故立ち上がる。娘を見捨てれば生き延びる事も出来たやもしれぬぞ?」

 

少し前までそうしていただろう。でも、娘が傷付くのを黙って見ているなんてできなかった。教えられたんだ、父親だって揺るがない事実を。目を背けても逃げられない現実を。

 

「さっき、思い出したんだ。俺の命で、響が少しでも長く生きられるなら………喜んでくれてやるって!」

 

どう立てているのか分からないが立っている。きっとそれが父親としての立花 洸の中に残されていたちっぽけなプライドだろう。それは日を遮る暗雲の下、荒廃し渇いた大地に生えた名無し草のようだ。

 

「もうよい、目障りだ。」

 

「お父さん!」

 

キャロルは慈悲もなく竜巻で目の前の男を消し去る———筈だった。

 

「———動くなッ!」

 

空より降りし巨大な剣が満身創痍の男の前に突き刺さり風を防ぐ。その剣の上から二つの人影が降りてくる。

 

「決着の時間だ、キャロル!」

 

黒い大剣でソルがキャロルに斬り掛かり大きく退かせる。それを追うアガートラムの銀の刃。

 

「もう逃げ場はない。」

 

盾となった剣の陰でルナが傷口に手をかざして治療を施す。

 

「酷い怪我………もうしばらくの辛抱ですから。」

 

そこへ響が駆け寄り祈るように両手で父親の手を包み呼び掛ける。死なないで、生きるのを諦めないでと。

 

「随分と大胆にしてくれたじゃねぇか。」

 

クリスは銃口を再び空に上がったキャロルへと定める。

 

「ここでキャロルの計画を終わらせる。」

 

「お仲間は全部地獄で説教デス!」

 

鏖鋸に獄鎌はいつでも伐り刻める状態だ。

 

「これでもまだ戦うつもりなのかしら?」

 

槍の穂先をキャロルに向けてレイヴンは問う。この数の装者を相手取るのは自動人形総出でも困難だろう。しかし、たった一人のキャロルには勝てる根拠があるのだ。これまでも小さな身体で必要な事を実行してきた。これからもそれは変わらない。

 

「勿論だとも。道理なぞ、オレの錬金術でねじ伏せてくれる!」

 

弦を爪弾き発せられる高出力のエネルギーは紛れもなくアウフヴァッヘン波形であり、その事からキャロルがシンフォギアと同系統の物を纏うのだと分かる。つまりはキャロルが遂に歌うのだ。

 

「早く彼をこちらに。」

 

車で駆けつけた緒川さんに父親を預けて響はギアを纏う。変わらなかった想いを知り、託された言葉を胸に前を向いた。

 

あの時の錬金術の鎧に身を包み装者達を見下ろし、キャロルは大きく息を吸い込み目を見開く。紡がれる旋律は大気を揺さぶり世界の裏側まで響き渡るようだ。

 

「これはお前達が死に物狂いでガリィらを呪われた旋律にて仕留め完成した、世界を壊す歌。感謝するぞ、歌女ども。」

 

キャロルは威風堂々壊す歌を歌う。それに共鳴、共振する空中城塞チフォージュシャトーは世界解剖へのカウントダウンを開始した。

明かされる驚愕の事実に、装者達はエルフナインの想いがどこまでも弄ばれ踏みにじられた事に憤りを覚えた。

 

「来ぬのか………ならば疾く失せよ!」

 

ダウルダブラのファウストローブの弦が激しく震え、キャロルを中心とした衝撃波が広範囲を襲う。倒壊するビルに、都市の緑化計画で植栽され大きく成長していた樹木が根ごと薙ぎ倒されてしまう。

 

「なんて強力な、ですが耐えてみせます。」

 

銀の盾で皆を護る。

 

「デタラメなこの力は間違いねぇ。」

 

一人がただ歌うだけでは成し得ない規模と威力の攻撃に、十中八九絶唱であると確信が持てる。

 

「良い歌いっぷりだが、そろそろあたしらのターンにさせてもらうぞ!」

 

ソルはビルを駆け上りキャロルの頭上数十メートルに黒い天ノ逆鱗を出すと、乗り加速させて落ちるのではなく、大剣で叩いて巻き起こした爆発で落下させた。

 

「それがどうした!」

 

黄金のレーザーがそれを撃ち抜き大爆発を起こす。これで範囲攻撃の手が緩む。

 

「今度は!」

 

「こっちデス!」

 

獄鎌と鏖鋸による挟撃。キャロルは指先から伸びる魔弦で払い退ける。

 

「それならば。」

 

「届け!」

 

蒼ノ一閃と予測の難しい銀の刃が迫る。それを自身の周囲を竜巻で固め弾いた。

 

「竜巻ごと貫け!」

 

「巻き込み事故に注意しな!」

 

二つに分かれた槍の穂先から紫の閃光が放たれ、幾つものミサイルが殺到する。

 

「そんなものか、手緩いぞ。」

 

爆煙が晴れ姿を現したキャロル。球体状に展開したバリアで凌いだのだ。

 

「これで、決めます!」

 

キャロルへと向けられた黄金の杖の先に大きな銀の円が描かれ金の雷光が走る。

 

参重層術式防護(ヘルメス・トリスメギストス)!」

 

錬金術、天体の運行力学、降魔儀式の三つの要素から成り立つ窮極にして絶対の防御術式。その行使には厳しい条件を満たさなければならず、キャロルですら相当に骨折りだが相応に見返りも大きい。

三層折り重なる内の前面の障壁へ電光が激突してせめぎ合う。次々とせき止められ澱み肥大化してゆく電光は限界を迎えて破裂、前面の障壁へ亀裂が生じる。

 

「キャロルちゃん!」

 

壊れた雷光の中から銀の盾で造られた箱が現れ、そこから右の手に白銀と黄金の入り混じった高密度エネルギーの球体を握った響が控えていた。限界まで引き絞られる巨大化した右腕のギミック。その限界を突破するために球体を握り締めて己が力へと変えれば右腕は銀の輝きを放つ。

 

「その程度が何なのだ!」

 

響は咆哮し全身全霊の拳を障壁へと叩き付ける。耐える障壁に溜め込んだエネルギーを一点に集めゼロ距離で打ち込み、ようやく三つの内一つを打ち破る寸前までに。

 

「足りぬよな。教えてやる………オレの歌は70億のフォニックゲインを凌駕する!」

 

衝撃波で弾き飛ばされた響をレイヴンがマントで受け止める。

 

「このままでは世界が、だから提案がある。あの城を停止する者とキャロルを説得する者を分けないか?」

 

二人は空飛ぶ城塞を見た。

 

その頃、チフォージュシャトー内部では赤く染まる傷口を押さえる白衣の男が壁にもたれ座り込んでいた。腹部にあたる箇所の深い傷を手で直接圧迫止血を試みているのだが、高所から落下した衝撃で数分は気を失っていた事もあり意識を保つのがやっとであった。

 

「くそ、こんな所で利用されたまま無駄死には御免だ。何か手は………いや、僕にはこの手があるじゃないか。」

 

諦めの悪いウェルは硬質な床にネフィリムの腕を当てて意識を集中させる。出血により性能は低下するもシャトーの機能の一部をジャックして内部と外の様子を窺う。

シャトー内部にはウェルのみ。地上では装者とこの計画の首謀者キャロルが激闘を繰り広げていた。どうやらウェルは最早死んだモノとしてキャロルは認識しているようだ。それに装者と覆面の数が少ない。ウェルは探す。

 

「おや、絶体絶命にこそ活路があるって事かい。これは一泡吹かせてやらなけりゃおもしろくないってものさ!」

 

喜びの笑い声をなんとか堪え、シャトーの防衛機能の一つを操作する。閉じられた瞼の裏にはシャトーに乗り込む時限式装者三名と覆面の装者二名を捉えていた。

 

シャトーの発していた地鳴りのような音は突如として激しさを増し轟音が鳴り響く。地震に匹敵する揺れになんとか壁に強く身体を押し付ける。

 

「本域になったみたいだが………さて、世界の分解はもう目前。急がないと手遅れになるぞ、世界を救う役目を担う少女達。」

 

身体の温度は着実に外に流れ出て生命の終わりが近づいている事を実感させられる。失われた血液はほぼ致死量。残された時間はごく僅かだが、それを嫌がらせの為に執念だけで延長していた。

 

破れた空の下、明滅するチフォージュシャトーは世界解剖のメスを入れようとしていた。キャロルの世界を壊す歌により極限まで増幅されたエネルギーをレイラインへと流し込まれ、それは緑閃光のように美しい光の帯を四方に走らせ、日本各地をレイラインに沿って伝播する。

 

しかし、順調に進行していた計画の最終段階でキャロルの目論見は如何ともし難い障害に阻まれた。

日本を取り囲む海へ到達一歩手前で不可視の何かに遮断される。それは異界との境界面であり、およそこの世の理の及ばない世界。その廃棄された異世界はありとあらゆるエネルギーが枯渇した負の世界。何かのエネルギーが飛び込めばたちまちに貪欲に吸収し尽くされる。

 

『防げたか。』

 

親潮の流れる太平洋沖の空から眺める大和は成功に、眉間に込められていた力をやや緩めた。

 

『こんなにも大規模かつ広範囲に渡る力の行使は私と大和の二人では不可能でしたね。お力添えありがとうございます。』

 

黒潮が流れるその海上で屋久島方面を向きながらお辞儀をする神楠。その遥か先の日本海沖で黒い人影が燃える三つ目でその姿を捉えていた。

 

『礼は不要だ。俯瞰している場合では無かっただけさ。それに、あくまでこれは時間稼ぎに過ぎない。後はヒトに託すだけ、と言いつつ依怙贔屓してしまうのだけれど。』

 

常連さんだもの。そう付け足したそれは海風に紛れて姿を消した。

 

『さてと、維持だけならば二人で充分間に合うが………。』

 

『チフォージュシャトーの攻略を急いでもらえると助かりますね。』

 

フロンティアのバックアップを含めて一時間稼ぐ事が出来るか否かの危うい状況。鳥之石楠船神は飛行や交通の神であり、レイラインの管理運用保守は全くの管轄外である。それでもフロンティアに遺された知識の中に辛うじてマニュアルのような物が存在して助かった。慣れない作業でレイラインの修復に手間取り、他の事はセレナ達に任せっきりであった。

この世界の危機にもうひと踏ん張り東京の立花達に頑張ってもらうほかない。大和は東京の三名へと念話をする。

 

『世界へ広がるエネルギー波は喰い止めている。だが、それも長く持たない。至急シャトーの機能を停止させてくれ、頼んだ。』

 

そう告げて、再び作業へと戻った。

 

『だってよ、ルナとレイヴン———っと、おっかねぇ攻撃してくんぞ。大きくなったのは身体と態度だけじゃないってのか!』

 

ソルは響達と協力して猛威を振るうキャロルに抵抗している。フォニックゲインの差は直接的な力関係となる。人数で勝ろうとも、個の能力の差が天と地かと思える程に開いているのだ。

 

『そのつもりですが………シャトーの防衛機能に阻まれています。』

 

一方、シャトー攻略組はウェルによる誘導で合流したものの、ある妨害により二人が残った。

 

『あの子達とドクターを先に停止に向かわせた。それにしても、どうやらこの城の性根は腐ってるようね。』

 

立ちはだかるのはかつて二人の姉妹を引き裂いた白き巨人ネフィリム。本来存在する筈のない敵である。

キャロル達は思い出の焼却を用いて戦う力と変換錬成していた。つまりは記憶の利用を最も得意とすると言っても過言ではない。そんな錬金術士が己の全てを賭して造り上げた最高傑作の城が、記憶に関連した仕組みが備えられていないなどあろうか。この城は侵入した者の記憶を覗き込む事で、その者が最も苦手であろう対象を再現する。そんな最悪の防衛機能が組み込まれていた。

 

「一緒に乗り越えましょう、姉さん。」

 

「過去は変えられない。けれど幾度となく望んだのも事実。これは私達の清算だ!」

 

ガングニールとアガートラーム、姉と妹が過去との訣別へ向かおうと心通じ合い想いを一つに同じ旋律を奏でる。胸に浮かぶ歌詞は残された者と遺した者という立場は違えども、お互いを想い合う姉妹愛を紡ぐ。苦楽をともに必死に生き延びた難民の時、白い家での非人道的な実験の日々。可愛い妹分が増えた事。初めて聖遺物が自身の歌に応えてくれた事。姉を、大切な人達を歌で守れた事。大切な妹の頑張りをただ見ているしか出来なかった事。

 

「この槍は誓い。歌で平和にしてみせる!」

 

身長の三倍はあろうかというネフィリムへと疾風怒濤の烈槍をお見舞いして後方へ退かせた。しかし、四つん這いに着地した直後、獣が獲物に飛び掛かるように大口を開けての突撃。

 

「この盾は願い。傷付き涙を流させない、誰かを守る盾に。」

 

正面に現れた銀の盾に頭から衝突。それを捕食しようと噛み付くがそんな隙は見逃されず。穂先を伸長した槍で両腕に深々と傷を負わされた。

怒り狂ったように咆哮するネフィリムの姿が崩れ、新たに形作られたのはシュルシャガナの装者とイガリマの装者の二人の妹分。仄暗い四つの瞳が生気の無い人形のようで不気味だ。

無言の二人は鏖鋸と獄鎌を振り上げ突っ走る。それはヒトとしてのぬくもりを欠片も持ち合わせていない殺戮の機能が人間のふりをしているだけ。しかし、他人事ではない。もし、F.I.S.として最悪の方向へと転落を続けていたならあったかもしれない存在。

命を刈る形の刃が首を狙うが空を切る。レイヴンにとって慣れた相手であり、攻撃パターンも当然把握している。

 

「それが何だ!」

 

渾身のひと突きで壁まで飛ばされ、激突して崩れ去る。

 

ルナは銀の盾で鏖鋸の刃を防ぎ止める。目の前の相手は調にそっくりなだけの偽者。昔から感情表現が苦手なだけで、よくよく観察してみれば仲良しの切歌と同じくらい表情を変化させている事を知っている。そんな自分自身を不器用ながらも改善しようと悩む可憐で繊細な妹分。決して心の壊れた人形になんてさせないと誓う。

左腕に力を溜めてから盾を破棄する。遮る物は取り除かれ、高速で回転せし皆殺しの凶刃は標的を伐り刻もうと右と左から挟み撃ちにする。ルナは後退を選択せず、最小限の盾を張り身体を刃と刃の間へ滑り込ませつつ床を強く踏み、胴へと左手のひらを軽く添えてエネルギーを解き放つ。身体をくの字に曲げ天井まで飛ぶと、背を強かに打ちつけ落下しつつ消えた。

 

姉妹が最悪の罠を打破した頃、城主不在の玉座とその背後にはパイプオルガンの管に似た物がある謁見の間でウェルは一心不乱に取り組む。金属の軋む音が絶えず響き何かが稼動しているのだと知れる。ルナ達と同様に過去との訣別の激闘を繰り広げるマリア達。そんな中、空中に映し出されたモニターのキャロルが鬼の形相で球体型コンソールを操作するウェルを睨み付けていた。

 

「君らと共闘するなんて天才の僕ですら昨日まで予想だにしてなかったよ。最初で最後の共同作業はこれで———終いだ!」

 

シャトーへと入力したのは分解、解析、再構築という手順で執り行われている世界解剖を無理矢理に機能を反転させる荒技。

 

「死に損ないが、お前もオレの邪魔をする気か!」

 

「そうとも。必死に積み上げられた積み木のお城を土台から引っぺがし崩壊させるカタルシス、全く以って愉快極まりない! 止めたければ走れ。もっとも、既に手遅れ。夢も希望も何もかもをこの僕の腕で爆散させてやるよ!」

 

シャトーの歯車が噛み合う音が一時停止すると、再び動き出すがどこかぎこちなさを感じる音になる。

それとほぼ同時に過去の亡霊を打ち倒したマリア達。地鳴りは大きさを増し、揺れで立っているのがやっとという状況だ。

 

「ドクター、真逆諸共に………。」

 

このような場所で死にたくないと主張する心と、ここは戦場であり死を想定している心が揺れる。心残りが無いといえば嘘になる。人生八十年は生きられる世の中で、二十歳前後はまだまだ序ノ口なのだ。

 

「はっ、そんな馬鹿な事する訳ないだろぼけなす! 一人で偉業を成してこその英雄。君達はただ見ていればいい証人さ———受け取れッ!」

 

投げられた小さなチップをマリアは受け取り、失くさないよう握る。

 

「これは一体。何のつもり?」

 

天井が徐々に崩落を始め猶予は幾ばくもない。血の気の失せた蒼白な顔でウェルは最後の意地であろうか、強がりで愉快そうに笑ってみせる。

 

「奇跡なんて言い訳、この僕が許さない。シンフォギアを人類の英知で必定纏わせる事こそ研究者としての使命。さあ行って、英雄の墓標は定員一名だ!」

 

「マリア。」

 

「急がないと巻き込まれるデスよ!」

 

マリアは二人に手を引かれ出口へ走る。

扉を潜り閉じる間際、最後に見えた光景はウェルが瓦礫に消える瞬間であった。

 

キャロルは装者を相手取りながら、緻密な計算のもと綿密に準備した計画が暗礁に乗り上げたばかりか船底に大穴が開き、これ以上の進行が絶望的であると理解してしまいそうになり頭を振る。長い年月を雌伏して機を待った。そして、世に怨嗟の音は満ちて、万象は黙示録に記される筈だったのに。軌道修正不可の想定外により、目の前で夢のまた夢、朝露のように消えようとしている。壊れたのならば修復すれば良いなどと悠長な事をのたまうには、キャロルにはあまりにも時間が残されていないのだ。

 

「………夢幻と消えた。」

 

堅牢無比な城塞も内から崩されれば脆弱さを露わとし、いたる箇所が爆発を起こし大量の黒い煙を上げて地上へと墜落した。今まで築き上げた何もかもが音を立てて崩れる。キャロルの心を折り砕くには充分かと思われた。

 

「中にはまだあいつらが………ちくしょう!」

 

同様に大切な仲間を失った痛みに膝を屈しそうになりながらも堪えるクリス達の心にもひびが走る。ソルも大剣を支えに無言でキャロルを睨んでいる。厚い雲の陰にどんよりとした空気が漂う。

そこへ跳躍して現れる大和と、抱えられたエルフナイン。

 

「キャロル、まだ続けるつもりか?」

 

愕然とした顔でとめどなく涙を流すキャロル。硝子のごとく砕けた心は黒い感情でつぎはぎながらも体を成す。ここで諦めたならば父親の正しさを否定してしまう気がしたのだ。

 

「もうやめよう、キャロル。パパはこんな事をキャロルにして欲しくなんてない筈。だから———」

 

キャロルと同じ高さでエルフナインは想いを伝える。

キャロルにより次の新たな躯体として調整されたが、廃棄物11号(エルフナイン)と失敗作の烙印を押された。そして、シャトー建造の労働力として限定的な錬金術の知識と、何故かキャロルの想い出の一部をインストールされる。すべてはこの日の為の仕込みであった。

だがそれだけではなく、キャロル自身計画を終えれば燃え尽き、永く続いた復讐から解放され地獄なり何処ともなく絶ち消えるつもりであった。大好きな父親との想い出はもう得ることは出来ない有限。どうにかして遺そうと無垢なエルフナインへと保管する事にしたのだ。

 

「少し記憶を与えられた廃棄物風情がほざくな。」

 

想い出の中、父親の笑顔が酷くキャロルの心の傷を抉る。愛ゆえに苦悩し嘆いた。だからもう愛など不要。取り返しのつかないくらい胸の想いは醜く汚れて変容してしまっていた。狂れていなければ生きてはないだろう。

 

「目を逸らさないで。キャロルは解ってる。パパに託された命題への解答を。」

 

澄んだ瞳が曇った瞳を見詰め続ける。キャロルは遠い遠い昔の己を見せつけられているようで、忘れられないあの日々を思い出し胸が苦しくなる。

キャロルの大好きだった陽だまりの笑顔が脳裏に浮かびある言葉を訴えてくる。今のキャロルにとって残酷この上ない。愛した分だけ喪失した時に大きな欠落が生まれ、幼いキャロルは唯一それを埋める手立てを実行したまで。

 

「黙れ、オレは認めんぞ! 認めてなるものかッ!」

 

怒号に呼応するように荒れ狂う風がエルフナインに差し向けられる。

大和が幾重にも重ねた障壁で防ぐと、キャロルの眼前に跳躍して顔に手を伸ばす。言い知れぬ恐怖に指が動き、魔弦がエルフナインごと大和の身体の自由を奪おうとするが、現れた鎖がことごとくを絡め取り敵わず。

今から親に叱られる子供のように震えて動けないキャロルの帽子が取られ、大和は柔く頭を撫でた。瞬間強張らせた身体は直ぐに解れ、一際大きな心臓の鼓動に戸惑い、その手から伝わる懐かしい温度に心は安らいだ。

 

『キャロル。』

 

キャロルはあり得ないと耳を疑う。ここまで狂ったのか。いや、眼前の男が惑わせたに違いない。ヒトを惑わす聖遺物や技術はそれなり発展しているだろう。想い出の焼却も記憶利用の部分で精神的な分野と言えなくもない。

 

『パパの声が聞こえるかい、キャロル?』

 

しかし、何度も戻れたらと願った幸福な時代、その忘れもしない愛する父の声を聞き間違えようものか。野望が潰え流した無念の涙は、父との奇跡の再開を喜ぶ娘の涙へと変化していた。

 

「嘘だッ!!」

 

それでも、今更燃え盛る復讐の炎は一筋縄では消えずにキャロルは拒絶した。手を払いのけ距離を取る。

 

「パパの望みは赦し。だからもうやめよう、キャロル!」

 

「そんなの解っている! ならばこの憎悪は消えるのか! オレは赦さぬ。奇跡を殺戮し、世界を壊せば………これは復讐だッ!」

 

キャロルは用意していたありったけの小さな球体を周囲にばら撒いた。空と地上を覆い尽くすアルカノイズの大群。キャロルは進退窮まったかにみえた計画を強行する。星の腑分けへの執念と、前進しか選べない故の自暴自棄。

更なる想い出の焼却により天井知らずに高まるエネルギーは、疲弊している装者達の肌で感じられる重圧となり、いよいよ精神も肉体も地にくずおれる寸前まで追い詰められた。

 

「君はこの先へ避難していろ。大丈夫だ、終わらせはしない。」

 

「皆さんと、キャロルをお願いします。」

 

大和の繋いだ路を潜りエルフナインはS.O.N.G.本部へと帰される。

見届けた大和はレーヴァテインを出現させて天を仰ぎ見た。

 

「情けはあれど、容赦は無用か。」

 

アルカノイズのひしめく空へ跳躍し、レーヴァテインの緋色の剣を空間へと突き立てる。アルカノイズの存在を五感以外で捕捉して空間を跳躍した攻撃を加える。すると一瞬にして東京の空は緋色に染まり、飛行するアルカノイズは塵となり地上に降り積もった。

 

「何なのだ! どうしてオレの邪魔をいつもッ!」

 

大和はただ一人の空で剣を納め、おもむろに両手を地上にかざすと、シャトー出現の際の裂け目が拡げられ不可視の巨大な船が首都圏の空を占拠、鎮座する。

 

「過ぎたる護国の大役を果たすべく参上した。私は鳥之石楠船神、この国の神話に記述された日本の神の一柱だ。これ以上君に壊させはしない。」

 

「神が何するものぞッ! オレの錬金術が何であろうと分解する!」

 

激昂するキャロルに対し大和はその場で力を揮う。地上を跋扈する魑魅魍魎は凍り付いたようにその活動を停止する。それはアルカノイズ個々を重力場で縛り付けたからであり、大和がその出力を上げた事で圧壊し葬られた。

神の威力に世界解剖の為の百鬼夜行は棟梁であるキャロルを残して壊滅。キャロルはその拘束を膨大なフォニックゲインで破り大和と同じ高さへ上った。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

原作よりもちょっぴりと大人なビッキーパパさんにしてみました。大切なものを守るのに身体を張るのはきっと遺伝子レベルの何か。そうやすやすと無くなったりしないと。四期で再構築が上手くいくことを願うばかりです。

次回は守護者の責務、甦る記憶、呪歌と祝歌の予定です。

次回もよろしくお願いします。
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