第9話「最後の抗戦」
天体制圧用最終兵器 ゼットン
登場
「わぁぁいっ!! やっぱりニルセンパイ帰ってきてくれたじゃないですかっ!!」
隠れ家兼宇宙船の中に入った瞬間、長瀬唯が猛烈な勢いのまま、私に飛びついた。
「おわっと! 愛美センパイすみません! つい勢いで……」
「それくらい大丈夫だって。気持ち分かるから」
「じゃあ愛美センパイもいっちゃいましょう! ぎゅーっと、ぶちゅーっと!」
「そ、そんなの恥ずかしいってば!」
『何よ。さっき大きな声で大好きーって言ってたくせにぃ』
百夜のテレパシーに顔を真っ赤にした愛美は、実体のない百夜を引っ掴もうと腕を振り回していた。
「無事戻って来てくれたのは嬉しいんだけどよ……レオルトン、そいつは誰だァ?」
樫尾と、その他全員の視線が私の背後に注がれていた。
「お招き感謝する。私はこういう者です」
全員の手元に、宇宙人メフィラスの名刺が現れた。
「ニル=レオルトン氏との“取引”により、この場に同席している」
「あっ! ちょっと前にニルにーちゃんと未来ねーちゃんと戦った人!」
「リュール少年。君のドラゴン召喚には驚かされた。英雄リュール少年と呼ばせてもらおう」
「え、英雄だなんて……そんなこと言われても、仲良くしないぞ!」
「リュール、顔がにやけてますわよ」
杏城がぴしゃりと指摘したところで、私は本題に入ることを告げた。
隠れ家のモニターに映し出された地球衛星軌道の映像――@ソウルが最後に発動した時は視認できない程の大きさだった物が、徐々に変形、巨大化している。
「まさか――ゼットン、なのか」
「ご名答だ、ソル。これは私がつい先頃まで滞在していた次元に存在する物だ。天体制圧用最終兵器、とされている」
宇宙空間で次々に展開されていくその姿は、確かに怪獣というよりはマシンに近い。メフィラスの言葉通りであれば、ゆくゆくは地上から肉眼で確認できる程の大きさとなるらしい。
「ゼットンのメインウェポンは1テラケルビンの超高熱球を射出する。そのエネルギーは三次元空間の直径200光年を消失させるだろう」
「知っているゼットンとはだいぶ違うようだな……」
草津の言う通り、この宇宙でかつてウルトラマンと対峙したゼットンとは完全に別個と言えるだろう。怪獣ゼットンも充分脅威ではあったが、最終兵器ゼットンの数値的スケールの大きさを聞けば誰もが絶望して天を仰ぎたくなるはずだ。
「無力化する方法はありますか?」
「無い。ゼットンが完全に展開を終えると同時にチャージに移行し、まもなく火球が放たれる」
「発射までの時間は」
「約3日」
この場に居合わせた全員が、沈黙した。天文学的な数値よりも現実的な日数の方が、地球の最期を克明に想像させたのかもしれない。
思考を止めたわけではない。だがあまりにも困難な状況を前に、私自身も発するべき言葉を探しあぐねていたのだ。
「――だからと言って、何もせず待つわけにはいかない」
その沈黙を破ったのは、零洸未来だった。
「もてる全てを出し切って勝てる相手かどうか、私にも分からない。それでも私は戦う」
勝算の有無など、彼女には関係ないのだ。
いつ何時も折れないその勇気こそが、零洸未来が地球を護り続けてきた原動力であり――その勇気は、他者の心にも火を灯す。
「未来ねーちゃん。僕も一緒に戦わせてほしい」
「駄目だ、リュール。キミを巻き込むわけにはいかない」
「そうですわ! あなたはまだ子どもなのに……」
零洸と杏城に止められても、リュールは首を振るだけであった。
「僕だって、何もしないなんて嫌だ。あやねーちゃんや、みんなの育った場所を護りたいんだよ」
リュールは懸命に背伸びをして、杏城を安心させるように頭を撫でた。
「未来ねーちゃん。手伝わせてよ。ね?」
「……」
何も応えない零洸。おそらく彼女も分かっているのだ。今度ばかりは自分だけでは勝てない相手であることに。
「零洸さん。助けになる戦力は多いに越したことはありません」
「……分かっている」
「であれば、助力をいただく相手はまだ居ます」
彼女の視線が一瞬、部屋の端で壁に寄りかかる雪宮に向けられた。
「しかし……」
「雪宮さん。零洸さんがあなたにも手伝ってほしいそうです」
「熱いのは嫌い」
ゼットンの火球は熱いどころではないと思うが……。
「でしたら――」
零洸に耳打ちすると、彼女は「ふざけているのか」と半ば本気で怒りを露わにしていた。
「頼む価値はあります」
「……分かった」
零洸が雪宮の前まで進み出る。
「……雪宮先輩。私の家に住んでいるメイドが、美味しいアイスを御馳走します」
「分かった」
結局二つ返事か、この女は。
「――みんな、待って」
だが具体的な作戦内容を検討する前に、口を挟む者がいた。
「メフィラス。教えて欲しいことがある」
ルミの問いかけに、メフィラスは待ってましたとばかりの口の端をつり上げた。
「アンタは、どうやってゼットンから生き残ったの?」
なるほど確かに、今この場に居るメフィラスはかつてゼットンの脅威を目の当たりにしている。彼が本作戦のキーパーソンであることは忘れてはならない。
「アンタは……ゼットンの攻撃が失敗したのを見届けてる。違う?」
「察しが良いな」
「なら方法を知ってる」
「いかにも。私は、地球がゼットンから逃れる術を知っている」
事態に光明が差したと思ってか、一同の表情に希望が戻りつつあった。
しかし相手は狡猾な宇宙人。一度は地球を自ら支配しようと試み、二度目はあろうことかリンネと手を組んでいた。少なくとも零洸や雪宮は未だに警戒を解いていない。
「私の言葉を信じるのか」
「聞いて損はないから」
「親子は似るものだな」
「関係ないでしょ! いいから答えて。アンタ、ニル=レオルトンと“取引”してるんだったよね?」
「彼はリンネ裏切りをほのめかした。その時点でリンネと私は不利となる。私は強い方についたまでだ」
私と彼は、零洸たちが疑似空間に突入する直前、言葉を介さずに“取引”をしていた。リンネを裏切り私に協力することと引き換えに、ルミや零洸が彼を敵と認識しないよう取り計らうことを約束したのだ。だからこそ私は彼を客人としてこの場に迎えている。
「しかしゼットンの情報は、取引条件には含まれていない。今の説明はサービスだ」
「じゃあ追加取引して」
「……ほう」
メフィラスが聞く姿勢を取り、ルミはその後を私に委ねた。
「……良いでしょう」
私は、メフィラスの情報の対価として“ある約束”を交わした。
その内容は、彼にだけテレパシーで伝達してある。
「取引成立だ。2時間後、ニル=レオルトンと早馴ルミ、そしてソルのみ情報を渡す。では、失礼する」
そして最後に彼は、一枚の紙をルミに手渡す。
そこにはたった一つの方程式が記されていた。
メフィラスの指示通り、私とルミ、零洸を除いた全員が立ち去ってから2時間が経過しようとしていた。その間地球の人々は、いたってのどかな日常を享受していただけだった。
零洸からの報告を得たGUYSは、ゼットンの脅威を重く受け止めたようだった。しかし迅速に派遣された攻撃部隊は、ゼットンの自衛兵器の前になす術なく壊滅したのである。
それを受けた各国首脳陣は、自国民に対しては口を閉ざすことを決めた。もはや地球の文明では太刀打ちできないと悟ったためである。無意味なパニックで国民を苦しめるくらいなら、潔く死を受け入れるということか。
とはいえGUYSは決して諦めてはいなかった。その全戦力を結集し、大掛かりな決戦を画策している。しかしたった3日で揃えられる戦力などたかが知れている。まして彼らは防衛が専門であり、自ら攻勢をかけた経験は少ないのだ。
「――私が持つ情報は全て提供した。後は君たちの行動次第だ」
2時間後きっかりに隠れ家に現れ、数分だけ滞在した後メフィラスは姿を消した。
だが彼の短い説明を受けた私は、与えられた時間があまりにも少ないことを再認識させられたのだった。
「アイツの言ったこと、私は信じられない!」
ルミが壁を殴りつけ、叫んだ。
「こんなの罠に決まってる。アイツはリンネとまだ繋がってるんだ」
「……そうは思えません」
私は、この2時間でルミと共にゼットンを分析した結果をモニターに示した。メフィラスの情報と、GUYS攻撃部隊の戦闘データを合わせれば、ゼットンの恐るべき攻撃性能は明らかになる。
「まともに戦って攻略できる可能性はありません。彼の示した“作戦”だけがゼットンを止められることは明白です」
「……頭冷やしてくる」
隠れ家を出て地上に向かったルミ。
残された私と零洸は無言で向かい合った。
「……零洸さん」
「何も言わなくとも、私は分かっている」
「この作戦を実行すると?」
「そのつもりだ」
彼女は慈愛に満ちた笑みで言った。
「私一人の犠牲で地球を護れるなら、本望だ」
メフィラスが語った作戦はこうだった。
ゼットンのメインウェポンチャージ移行後は、全身に設置された武装が一時使用不可能になる。その間にゼットン中心部の火球射出部に向かって“次元転送装置”を発進させる。ゼットンは超高質量のため普通なら転送など不可能であるが、メフィラスがもたらした“数式”によって転送装置の性能を大幅に強化すれば、ゼットンの全てを飲み込む巨大ゲートが形成される。
その展開可能時間は、約1マイクロ秒。この一瞬でゼットンをゲートに押し込むことさえ出来れば、作戦は成功だ。
「今地球に居る者の中で、あの巨体を動かせるとすれば、私しか居ないだろう」
「ですが貴女は、もう二度と帰って来られなくなります」
瞬きよりも短い時間に超巨大物質をゲートに押し入れる。それはつまり、自らも勢いのままにゲートに突入する危険性が高い。いやむしろ、間違いなくゼットンを道連れにする気が無ければ不可能なのだ。
「それだけではありません。あまりにも大きな質量の物体は、次元の狭間では粉々にされるはずです。ゼットン崩壊に巻き込まれれば、おそらく貴女も――」
言わずとも、零洸は全てを了解している態度だった。
「……仲間を呼ぶべきです」
「ウルトラ戦士たちをか? キミからそんな言葉が出るとはな」
「手段を選んでいる場合ですか」
「今からじゃとても間に合わない。それにリンネがまだ捕まっていない中で、光の国の警備を手薄にするわけにはいかない」
「しかし――」
「キミらしくないぞ。手段を選ばないというなら……私一人の命くらい、差し出してみせろ」
貴女は、愛美さんたちの悲しみを想像したのですか――そう問いかけようとしたが、私は口をつぐんでいた。
零洸にそれが分からないはずがない。それでも彼女は覚悟したのだ。ならば私にできることは――
「レオルトン?」
「……次元転送装置は、あと60時間程度で完成させます。必要なレベルへの強化も、あの数式があれば問題ありません」
「それを聞いて安心したよ」
零洸は穏やかにそう答えて、出口に向かって声をかけた。
「ルミ。大事な話があるんだ。降りて来てくれないか?」
零洸が何度か呼び掛けて、ようやくルミが階段を下りて来た。明らかに憔悴しきった様子の彼女は、何度も何度も首を横に振った。
「キミに話しておきたいことがある」
「未来さんが、戻ってきたら……聞く」
「ルミ」
逡巡した後、ルミは階段を降り切って零洸の前に立った。
「私の両親について、未来の私は話したか?」
「……ううん」
「そうか。なら代わりに伝えることにする。私の両親は、光の国でも高名な科学者だった。だがウルトラマンヒカリへの嫉妬に駆られた2人は道を踏み外した。光の国、いや宇宙で最も強い戦士を生み出すため、禁忌とされた研究に手を出したんだ」
光のエネルギーとマイナスエネルギーを融合させる技術――それが零洸の両親が没頭した研究だったようだ。光のエネルギーが守護の力だとすれば、マイナスエネルギーは端的に言えば破壊の力である。しかしあまりにも強力なマイナスエネルギーは理性でコントロール出来なくなってしまう。だがそれを光のエネルギーで制御することで、これまでの何者も持ちえなかった破滅の力――かつて反乱を起こしたベリアルのような強大な力を手に入れようとしたのだ。
「その研究の行きついた先が、この私だ。私は誕生と同時にマイナスエネルギーを注入され続けた。彼らが欲したのは命なんかじゃない……ただの兵器だったんだ」
あのキングヤプールがソルの肉体にこだわった理由が、そこにあるのかもしれない。考え過ぎかもしれないが、両親は最初からヤプールの悪意に操られ、復活の器としてソルを作り上げてしまったのではないか。
「……未来さんは、今までどうやって生きてきたの?」
「ある日両親が逮捕され、銀河流しの刑となった。だが彼らは捕まる前に研究所を破壊し、私は別の惑星に放り出された。それから光の国に保護されるまでは……ただ死なないために力を振るい、多くの人々を傷つけてきたんだ」
これは私の想像にすぎないが、元々光の戦士と同種族であったなら、その身体とマイナスエネルギーは激しく相反し彼女を苦しめただろう。今のように生きられるようになるまで、途方もない苦しみを味わってきたはずだ。
その壮絶な経験が零洸未来を作り上げた。自分の命を投げうつことを躊躇せず、どんな逆境にも恐れない戦士としての彼女を。
「未来さんも、親から与えられた力に、悩んでたんだ」
メフィラスを待っていた2時間に、私はルミのコンタクト型端末に記録された映像を目にしていた。未来の私とルミの確執の原因は、彼女が持て余したメフィラス星人の力の存在故であった。
もしかするとルミは、自分と零洸を重ね合わせているのかもしれない。身勝手な親の下に生まれ、その境遇を誰とも分かち合えなかったことを――
「違う。ルミ……キミと私は、全然違う」
零洸が一段と大きな声を張った。
「キミの親はただ、娘が穏やかに生きることを望んでいたんだ。誰のことも傷つけず、殺さない……優しい普通の人間として」
零洸はまるで私にそう言いたいかのように、こちらを振り返っていた。
しかし私は何も応えられなかった。未来の私がルミに何を望んでいたのか、どんな理由で彼女に人間として生きることを強いたのか――子を持つ親の感情など、今の私には想像できないのだ。
「私には、未来のレオルトンの考えは分からない。本気でリンネと共に地球の人間を変えたかったのか、過去の自分にその計画を託したかったのか……だが一つだけ、分かることがある」
零洸はルミを、そっと抱きしめていた。
「キミは愛されていた。愛美と、そしてレオルトンに」
ルミは何も応えない。
だが零洸は満足げに、一歩、また一歩とルミから離れていった。
「レオルトン。この作戦のことは誰にも話さないでくれ」
「……愛美さんたちにも、ですか」
「もちろんだ」
彼女はそれから、GUYSの攻撃を本作戦終了後まで延期させること、リュールや雪宮が参戦しようとしたら止めることを私に約束させた。死を前にしても他者を気遣うあたりが彼女らしい。
そして零洸は装置が完成するまでは独りにして欲しいとだけ言い残し、去っていった。
私も、そしてルミも、その背を追うことはしなかった。
――その3に続く