奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS) 作:222+KKK
「イッたあアアアアアアぁああああッ!!!」
ウェルの狂笑がカ・ディンギル跡地に響く。その顔は悦楽に歪んでおり、ウェルが如何に人から外れているのかが容易に読み取れる。
「パクついたぁッ! シンフォギアをぉ! コレでぇ!」
この状況は、ウェルにとっては好都合。シンフォギア、つまり聖遺物を食らわせる事でネフィリムは成長していく。
だからといって、いちいち装者たちのペンダントを食べさせるだとか、そんな勿体無いことは考えてもいない。それはあまりにも非効率なのだ。
装者がまとうギアは、聖遺物の力を増幅したもの。つまり、起動前の小さな欠片を食わせるよりもよほど都合がいい。更に言えば、そのほうが後々餌として再利用することだって可能なのだ。
特に融合症例第1号である立花響の場合、その肉体にも聖遺物が混じっている可能性も十分にある。であれば、普通に装者のギアを喰らわせるよりよほど効率がいいかもしれない。
完全聖遺物ネフィリムは、自立稼働する増殖炉。
「さあ、始まるぞ! 覚醒の鼓動! この力が、フロンティアを浮上させるのだぁ!」
「なんで、なんで動かないんだ……。僕は、僕なのに、どうして……?」
響の惨状に、不明瞭なことを呟くティーネ。その言葉には、当人にしかわからなぬ悔恨の思いが刻まれていた。
あそこで、ティーネが鎖で響を助けられていれば。
もしかしたら、助けられなかったかもしれない。あの状態から、鎖が間に合う可能性は精々五割程度だったのだから。ともすれば、エルキドゥの シンフォギアを破損するような事になったかもしれない。
歌による増幅機構を使用できないティーネは、シンフォギアの核部分の聖遺物、自在に変形する「エルキドゥ」をギアの機構で展開する程度。増幅が出来ない以上、破損をしたパーツはそのままになる。そうなれば、ギアの不備ということで事実上自分は戦場に立つことを認められなくなる。
そうなれば、奏の蘇生まで一気に遠のいてしまう、それは間違いなく事実だ。
それでも、ティーネは助けたかった。自分の目的を捨てて、否、
ティーネは気づかない。何故、体に不備が起きているのか。何故、ギアが起動しなかったのか。
ある意味でティーネは、自分がどういうものなのかすら忘却しているとさえ言えた。
「響……ごめん、ごめんなさ…………?」
俯きながら響に謝るティーネは、ふと、響の様子がおかしいことに気づいた。
響は、腕を失ったその体を震わせていた。痛いのか、恐怖しているのか。何れにせよ、この状況で身が震えるということは十分にあり得ることだろう。
しかし、ティーネは何か違うものを響に感じていた。
ティーネは改めて響を見直す。震えているその体に触れれば、その肉体は決して弱っていないことがわかった。
響の肉体は、負傷して体力を失ったから震えているわけではなかった。精神が摩耗して、体の統制が取れていないというわけでもなかった。
「……ゥゥウ」
勢い良く響は顔をあげる。その唸り声は普段の明るい声色を潜め、生物とは思えない不協和音を奏でる。
瞳の中には聖遺物の影響なのか赤い光が瞬き、その全身は黒く染まっていく。
「ゥゥウウゥァアアアアアアッ!!!!」
唸り声は咆哮へと変わり、目は瞳がわからないほどに赤く強く発光する。その鋭さは人のものではなく、理性を失った獣の如き姿をしていた。
そのあまりの姿に、狂笑していたウェルも笑うことを止め、思わずつばを飲み込んだ。
ノイズに捕らわれ身動きを封じられていた翼は、見覚えのある響の姿に呆然とする。
「これは……。……立花の……」
今までの戦いをモニターしていた二課も、響の様子に言葉を失っている。
立花響は、聖遺物が体内に埋まっており、肉体と聖遺物の融合という特性を持っている。
その力は肉体の活性化などの強力な特性を秘めており、響が爆発力を生み出す源でもある。
ただし、その力は不安定。響が聖遺物の力を抑えきれなくなれば、それは破壊衝動として響の肉体に姿を見せる。
「暴走……だと……」
弦十郎は、響のその姿を見て呆然と呟くことしか出来なかった。
その言葉を皮切りに、暴走する響は全身からエネルギーを放出し、側にいたティーネを弾き飛ばした。
ティーネはカ・ディンギルに叩きつけられ、息を詰まらせる。
放出されたエネルギーはそのまま響の失われた腕部分へと固着され、新たな腕を構成する。
「聖遺物ののエネルギーを腕の形に……?」
まるでアームドギアを構築するかのようなその所業に、翼が戦慄する。
それは、響の腕が、肉体までもがシンフォギアとなってしまったかのではないか、そう脳裏によぎってしまう程の現象だった。
「アアアアアアアアッ!!」
歌ではない、曲ですら無い。不協和音の咆哮を辺りに響かせ、一瞬でネフィリムの懐へと潜り込む。
立花響の姿をした獣は、ネフィリムを殴打し、蹴撃する。
そこに技術はなく、ひたすらに相手を滅ぼすための戦い方だった。
「や、やめろ! ネフィリムは、これからの人類救済に不可欠なモノ……それを、それをォ!」
そのあまりの戦闘に、ウェルの表情が歪む。メガネを押し上げていることにも気づかず、両手で顔を抑えるほどに慌てていた。
自分勝手に嘆くウェルを照らしていたはずの月光が、雲よりなお濃い物体によって陰る。
何事かとウェルが上を向くと、そこには1人の人間が急降下してくる。
「ウェルキンゲトリクスッ! お前が、お前がァッ!」
先ほどカ・ディンギルに叩きつけられたティーネが、落下の勢いに任せウェルの頭を鷲掴み、死なない程度に地面に叩きつけ昏倒させる。
その後、今度は自然に展開できた鎖で翼とクリスを粘液で縛るノイズを破壊し、2人を開放する。
クリスは未だ気絶しているが、とりあえずウェルを気絶させている以上ノイズ等によって狙われる心配はない。
それを確認した翼は、ティーネの横に駆けつけ響とネフィリムの戦いで何が起きているのかを1片も見逃さないよう警戒しながらティーネ礼を言う。
「すまん、助かった! それでどうする、どうやって立花を止めるッ」
翼の問いかけに、ティーネは自身の扱える手段を考えていく。
やがて、考えがまとまったのか翼に向き直るティーネ。
その両肩に手を置き目を合わせ、自分のできること、そしてそのために翼に何をして欲しいのかを頼む。
「とりあえずネフィリムさえ止められれば、僕は止める手立てが無いわけじゃない……でも、僕じゃ生物体にまでなったネフィリムに手を出せない。だから翼、どうにかしてネフィリムを……」
ネフィリムを基底状態、せめて心臓部以外の肉体的部分さえ破壊できれば鎖の聖遺物クラックで無力化できる。
暴走する響だが、歌も何も無く聖遺物によって単調な認識しか持たない獣のような今ならば、同じく聖遺物クラックを試みる価値があるかも知れない。
当然バックファイアも存在するだろうが、それだって通常のギア展開時に比べれば少ないだろう。
自分が無力を晒したせいで響が傷ついたのだ。ティーネは今、響を助けられる可能性が少しでもあれば実行するという決意を胸に抱いていた。
「……承知した。ならば私は……ッ、いや、まず立花を抑えねば!」
ティーネの策に乗ろうとした翼は、しかし途中で意見を変える。
何かあったのかと戦場に目を向け直すティーネ。そこには、ネフィリムの心臓を抉り引き千切る暴走した響の姿。
その心臓を投げ捨て、響は天高く跳躍する。手を繋ぐための特性のはずのアームドギアが、触れたものを貫き通す槍へと変わる
絶対に命中し敵を貫き通す撃槍の一撃を、心臓の無いネフィリム程度に止められるはずもなく。
ネフィリムを構成していたすべてを吹き飛ばし、閃光が辺りを包み込んだ。
「……ッくそ、何だ、何がどうなってやがる!」
「──ッ、響、響はどうなった!?」
光が止んだ後、ティーネがそう言って先ほどの戦場を見る。閃光と轟音に目を覚ましたクリスが、状況を把握できず困惑したような声を上げる。
そこにはネフィリムの姿は残されておらず、未だ全身を黒く赤い光で覆う響が立っていた。
その姿に安心するのも束の間、響は気絶しているウェルを睨む。
「マズいッ!」
流石にウェルキンゲトリクスが死ぬ程嫌いなティーネでも、だからと響に殺されていいわけでない。
というより、ウェルキンゲトリクス程度のために響が手を汚すなんてとても認められないという方が正しいが。
「もういい、もういいんだ立花!」
「とりあえずお前落ち着けって! 黒いの似合わないんだよ!」
響を止めるために翼とクリスが駆け寄る。
ティーネはギアから鎖を展開し、抑えつけられている響に鎖を接続する。
(ッ、なんだこれ! 響の中に聖遺物が此処まで融合しているなんて……ッ。いや、今はそんなことどうでもいい!)
接続してティーネが最初に驚いたのは、響とガングニールの融合度合いである。全身に蔦を張るように広がったガングニールは、響の肉体を強く蝕んでいた。
あまりの響の肉体的状況の悪さに、しかし今はそれを気にしている場合でもないとティーネは意識を集中する。
一応装者の意思で起動しているシンフォギアへのクラッキングに、バックファイアによる負荷が自身の肉体にかかる。ティーネの両目からは血の涙を流し、口の端からは血が溢れていく。
それでも、ティーネは罪悪感と使命感から構わず聖遺物の沈静化を試みる。
やはり今現在ガングニールが歌で出力調整されていないからなのか、クラックは成功し響の体を覆う黒い影をゆっくりと消していく。
それと並行してシンフォギアを基底状態へと移行させるティーネ。やがて、体重を翼とクリスに預ける状態で元の姿に戻る響。気を失っており、それを取り戻せそうな様子には見えない。
ティーネは鎖を収納し、自分の顔から流れる血をギアの外套で拭う。とりあえず、ティーネが見たところ響は未だ死には至る程ではなかった。
あまりにひどい聖遺物との融合状況を考えれば予断は許されないが、それでもとりあえず安堵していた。
(そういえば、今回は普通に鎖を使用できてたな……)
てっきり自分が危険な状態に落ちるからこそ、先だっては肉体がギアの使用を途絶したのかと思っていた。
しかし、バックファイアによるダメージを負う状況にも関わらず、今回はギアの機能を使用できていた。
何か別な条件があったのだろうか、だとすると何が条件なのかと考えこむティーネ。
(……まあ、いいか。使用できることを嘆くもんでもないしね)
しかし、特に何か共通点を見いだせず、ティーネは考えることを止め、響が投げ捨てたネフィリムの心臓の下へと向かった。
「皆さん、響さんをこちらへ!」
やがて到着した二課の面々に、未だ意識が回復しない響を預ける。
そのままストレッチャーで運ばれていく響を見て、二課の装者たちは不安な表情を浮かべる。
「安心しろ、響君は俺達が絶対に助けてやる。大船に乗ったつもりでいろ!」
潜水艦だがな! と快活に笑い、装者たちの心配を解こうとするのは現場指揮を執っていた弦十郎である。
流石にウェルという首謀者の1人であろう人間を捕らえられたということは大きく、弦十郎も現場に出てきていたのだ。
弦十郎の言葉に、全員安心したような表情を浮かべる。勿論、響のことは心配だ。しかし、それでも弦十郎にそう言われればなんとなく安心できる。
無理や無茶を押しのけて進む彼の存在は、装者たちの心を解すにはうってつけだった。
「それに、今回は大手柄だしな! これで大きく事態も動く。この事件も終わりが近いというものさ」
そういう弦十郎達が回収しているものには、気絶し縛り上げられたウェル博士はもとより、彼が持っていたソロモンの杖、そして石の箱に収められたネフィリムの心臓があった。
「うん、そっか。それなら嬉しいよ。……響をコレ以上、戦わせなくて済むんだから……」
弦十郎の言葉を聞いたティーネはそう漏らす。彼女の表情には安心、そして悔恨の表情が浮かんでいた。
ティーネはあの後、念のためネフィリムの心臓に触れないよう周囲の地面を変化させ箱を作成、その中に封じた。
そして、ウェルを地面から作った鎖で縛り上げ、ソロモンの杖を拾いクリスに手渡した。
「はい、クリス」
「お、おう……あ、ありがとよ……」
急に手渡されて驚いたクリスだが、それでも無事ソロモンの杖を回収できたことに礼を言うクリス。
ソロモンの杖は、少なくともクリスにとっては自身が開放してしまった罪科の象徴。そのソロモンの杖も無事回収し、これ以上被害がでることもなくなるだろう。
そう考えて、やっと少しは肩の荷が降りたのだとクリスは安堵する。
ティーネはそんなクリスと少し話してから、翼にも呼びかけ一旦3人で集合する。縛り上げて気絶させてるウェルも一応側に、且つ手が出せない程度に他の聖遺物から離して置いてある。
「……で、こいつ一体どうなっちまったんだよ、暴走なんてしちゃってよ。……なあ、あたしが気絶した後、一体何があったんだ?」
「そうだな、説明せねばなるまい」
クリスがそう切り出し、その始終を見ていた翼が答える。ティーネもそれに情報を足していき、現状に至った経緯をまとめる。
響が腕を食われたこと。それによってガングニールが暴走してしまったこと。
ウェルやソロモンの杖はティーネが制圧・回収したこと。
そして、ネフィリムは響によって撃滅され、その後はクリスと翼が頑張って抑えている間に、ティーネの聖遺物クラックで暴走するガングニールを基底状態に戻したこと。
そこまで説明したところで、ふとクリスから疑問が溢れる。
「なあ、腕を食われたって言ったが、いま腕残ってるじゃねえか。暴走中に作った腕ってのは、ギアの力を固定化したもんだって言ってたよな」
「そうだ、アームドギアのように立花が作り上げたものだ」
クリスの疑問に、アームドギアの生成をそれこそ幾度と無く行ってきた翼が答える。彼女が見る限り、アレは間違いなくそれと同系統のモノだった。
翼の答えは、クリスにさらなる疑問……と言うより、嫌な予感を覚えさせるに足るものだった。
「それで、その腕が残ってるってことは……」
「……私には、確かなことは未だわからない。ティーネ、お前なら何か知っているのではないか?」
クリスの想像に、翼はほぼ確信した答えを持ってはいた。
だが、それは確定した情報ではない。なればこそ、より答えを知っていそうなティーネと問への解を聞く。
ティーネの表情は沈痛で、それが2人の予想があたっていたことを如実に示す。
「……うん。響はその肉体が聖遺物に侵されている。腕を失ったことでそれが顕著になったのかもしれないけど、今の響の細胞はかなりが聖遺物との融合したものになってる。これ以上戦えば、それだけガングニールに侵食されることになる。そうなれば響は……」
(そうだ、響を戦わせるわけにはいかない。もう、響が戦う必要なんてない。ノイズだって現れないから、響が力を使わざるを得ない日なんて来るわけない)
響を運び病院へと向かう車を見送るティーネ。その顔には、回復しない限り二度と響を戦場に出させないという決意が宿っていた。
最近
その行為は肉体から何の抵抗も反発もなく、それこそ自分の体を扱うように滞り無く実行された。