奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS) 作:222+KKK
「ドクターが捕まり、マムの病状が悪化……。私、どうすればいいの。わかんないわよ、セレナぁ……」
テロ集団「フィーネ」が移動手段兼研究施設として使用している着陸状態のローター機の中で、マリア・カデンツァヴナ・イヴは足を抱えて蹲る。
その声に宣戦布告をした時の勇ましさはなく、道を見失った1人の少女の不安を感じさせた。
マリアは強者のために救われない弱者を、理不尽な月の災害を避けられない人々を救うために立ち上がった。少なくとも、当人はそう思っていた。
しかし現実では、脱走者である自分たちを追撃してきた軍人はおろか、何の罪もない少年たちの命が奪われることを只傍観する事しか出来なかった。
ネフィリムの成長のために、ギアをまとう装者とは言え人を食らわせるという、人道から外れすぎた行為を許容せざるを得なかった。
そこまでして、結果自分たちは未だ何も成し遂げられていない。ソロモンの杖もネフィリムも二課の手に渡り、事態は悪化する一方だ。
犠牲を減らすために、そのために正義に背を向け悪を成すと決めた。犠牲を減らすために、人を犠牲にしてきた。
その結果がこれでは、あまりにも意味が無い。只の凶悪犯罪者でしかなく、それ以外の何も自分たちには残っていない。
「セレナ……私……」
マリアは自身の懐に仕舞っていた1つのギアのペンダントを取り出す。
そのペンダントは破損しており、ギアとして動く様子はない。
そのギアの名は、
欲しかった力ではないと言い、シンフォギアを必要以上に扱おうとしなかったセレナ。
戦いを、争いを嫌うセレナは、ネフィリムが実験で暴走した時に姉を、人を信じた。
きっと皆が何とかしてくれると信じ、躊躇わずシンフォギアを纏った。
セレナのギア「アガートラーム」の力はエネルギーベクトルの操作。暴走したネフィリムを基底状態へと戻すために、荒れ狂うエネルギーを自身の身一つに受けたのだ。
全てはそこにいた人の生命を守るため、絶唱すら厭わず、己の生命を費やしたのだ。
「セレナ……あなたは、あの時生命をかけて皆を助けた。なのに、助けられた私は、貴女の遺志を継ぐと決めた私は誰も助けられない……ッ!」
セレナは、自分を信じたのだ。マリアなら、皆を助けられるのだと純粋に信じていたのだ。
その願いを承けたはずの自分は、誰も助けられない。セレナと違い、自分の歌で世界は救えない。
「……もう、どうにもならないの……? 私は、私の歌では、誰も……」
ナスターシャは、現在危険な状態である。一応マリアが応急処置をしたおかげで多少は持ち直しているが、もともと病気がひどく、今までも気力で生きているような状態だったのだ。
生化学の天才であるウェルによるサポートで病状を抑えられていたが、今はそのウェルもいない。
二課に捕らえられている彼を連れ戻すことは、相当な難行であることは想像に難くない。
かといって、二課に投降するべきかというと、それにもマリアは難色を示す。
特異災害対策機動部二課はマリア達のいたF.I.S.に似た組織であり、フィーネからの技術供与を元に聖遺物を研究している。
どういった組織体制なのかはわからない。ただ、今まで戦ってきた装者たちを見れば別に悪い組織ではないのだろう。
しかし、それでもマリアは踏ん切りを付けられない。
マリアはセレナを見捨てた実験場の研究者たちを、ひいては「強い」立場の人間を信じられなかった。
セレナの生命を賭けた歌を聞きながら、それを只の音として処理した彼ら。命がけで彼らを助けたセレナのことを助けもせず、役立たずのモノ扱いした彼ら。
マリアも、組織としての「フィーネ」も、そういった人間から見捨てられる人を助けることが行動原理なのだ。
二課は、F.I.S.のような非人道的組織ではないかもしれない。しかしその確証が得られていない以上、投降してもナスターシャが助かるとは限らないのだ。
であれば、やはり様々な要素を加味した上で、慎重に行動を起こさなければいけない。
色々な状況に雁字搦めに縛られたマリアは、先の見えない状態、そしてその中を進まなければいけない現実に心が折られかけていた。
その様子を陰から見ていた調と切歌は、お互いに顔を見合わせる。
「やっぱり、マリアは相当参ってるみたいデスね……」
「……うん」
2人から見ても、マリアが疲弊していることは容易にわかる。
それも仕方ないと言える。切歌や調と違い、マリアは機体の操縦から資材の管理やらをウェルやナスターシャと共に行っていたのだ。
今まで3人で行っていたことを1人で、行動方針すら決めなければいけない。かと言って、長々悩んでいられる時間もない。
マリアが追い詰められるのも当然だといえる。そして、マリアをずっと慕ってきた2人がマリアを助けたいと思うのもまた当然だった。
「……ねえ、切ちゃん。私、マリアを手伝いたい。マムを助けたい」
「それは私もおなじ気持ちデス! でも、いい考えが…………、そうだ!」
何かを思いついた切歌が、調に耳打ちする。それを聞いた調は、切歌のアイディアに勝率を見出したのか同意するようにコクコクと頷く。
「うん、それいいかも。やってみよう、切ちゃん!」
「合点デース! となれば、マリアにも手伝ってもらわないとデス」
そう言って、通信でマリアに協力を求める切歌。
その考えを聞いたマリアは、今の自分ではそれ以上の策を思いつかないと見切りをつけ2人の計画に乗ることを提案した。
「海上で聖遺物の反応だと?」
「はい。どうやら一瞬だけ強い反応を示し、すぐにロストしたようです。現在、波形パターンを照合しどのような聖遺物なのかを確認しています」
発電施設と併設された大規模な整備港に停泊していた潜水艦。二課仮設本部がにわかに慌ただしくなり、別室にいた弦十郎と緒川がブリッジに姿をあらわす。
その間にも通信でデータを共有していたようで、定位置に着くなり情報の確認を取る弦十郎。
現在唐突に現れた聖遺物の反応。完全聖遺物ほどのエネルギーゲインではなかったが、それでも聖遺物のエネルギーは危険なことに変わりない。
藤尭は波形パターンの照合作業を行い、その結果のデータに驚いた。
モニターに表れるのは「IGALIMA」という聖遺物の呼称。
「波形パターン、出ました。この波形は、イガリマです!」
「イガリマだとッ!? F.I.S.の装者のギアの反応が、何故海上で……。そして、この一瞬の反応。ということは……」
特定された聖遺物を告げられた驚いた弦十郎は、しかしすぐに意識を切り替え、相手の目的を推察していく。
機体の燃料を消費してまでわざわざ海上で、しかも一瞬だけ。相変わらずのステルス性なのだろう、機影は確認できない以上その波形の一瞬の出現を元に向かう他ない。
たとえ、それが罠であろうともだ。
「……罠、ですね」
「……罠、だな。分かっていながらというのもアレだが、かといって放置するわけにもいかん。とりあえず、響君達が集まったら向かうとしよう」
装者たちは、本部に居着いて降りることも滅多に無いティーネを除けば皆街に住んでいる。
防人を謳う翼ですら、普段は街を拠点とする。以前のように学校地下に本部があるならともかく、リディアンに通う必要を考えれば常に仮設本部に居るわけにもいかないのだ。
幸いというか、一度反応が出てからそれ以上に何かが起こったという兆候は見られない。
「しかし、一体何のために……」
「ふっふっふ、我ながらナイスなアイディアなのデスよ! こっちから相手に襲撃できないというのなら、向こうに見つけてもらうまでデス!」
「この機体のステルスは聖遺物由来。たとえティーネでも、一度展開された神獣鏡のステルスは見つけられないもんね。切ちゃん、すごい」
そう言って、機体後方、荷台の出口近辺で相手が来るのを待つ切歌と調。
彼女達の立てた作戦は簡単。二課の本拠地である潜水艦に吶喊し、ウェルと聖遺物を回収する。そのために、向こうから自分たちを見つけてもらうというものである。
なるべく洋上におびき出して装甲を破壊してしまえば、潜って逃げることも不可能になる。そして、内部に潜れば装者の1人、雪音クリスのイチイバルの飽和攻撃を抑止することもできる。
残るのは「
翻って、自分たちのギアはと言うと。こちらもアームドギアは大掛かりなものなので、屋内戦闘では制限される。
それでも、勝利は疑っていない……とまでは言わないが、それでもこの1戦だけなら高確率で勝てると踏んでいた。
2人の手に握られているグリップ付きの注射器、その中には薄く輝くような翠色の液体が満たされていた。
『2人とも、来たわよ! ……私は、この機体を維持しなければならないから手を貸せない。ドクターの回収を優先して、聖遺物の回収は後。──無茶だけはしないでね』
待機している2人のもとに、操縦者であるマリアからの通信が入る。
その声には2人に危険をくぐってもらわなければいけないという辛さと、危険な目にあって欲しくないという気遣いがにじみ出ており、それが益々切歌と調を奮起させる。
「まっかせるデース! 最初の一回、無茶はそれだけデス!」
「大丈夫。最速最短で任務をこなしてみせるから」
そう言った2人に対し、返事の代わりに荷台の出口の扉が開く。
機体の真下には二課仮設本部の潜水艦がその姿を見せ始めていた。
「行こう、切ちゃん」
「行くですよ、調!」
切歌と調は、お互いの首筋にLiNKERを注射する。
肉体に掛かる負荷を無視し、荷台から飛び降りる。高速で落下することで受ける空気の壁をものともせずに、2人は同時に歌を詠む。
「
「
聖詠とともに顕れた2振りの女神の剣は、潜水艦の艦上に着地する。
「最速で!」
「最短デス!」
アームドギアを展開した2人は、更に胸の内の歌を聞く。ナスターシャの容態を考えれば何よりも速度が尊ばれる電撃戦。そんな状況下で、2人は力を惜しむつもりはなかった。
「くそッ、取り付かれたかッ!」
「ああ、よもやこうまで拙速を重用するとは……。司令、我々は艦上に向かいます!」
相手の行動のあまりの早さに、司令室にいたクリスは舌を巻く。
F.I.S.、特に切歌や調は何のかんのと言って此処まで戦術的、というか目的遂行のみに特化したような行動をしてみせたことはなかった。
決闘を申し込んだり、歌による勝負を仕掛けてきたりという今までの行動を、無意識の内に参考にしすぎていたらしい。
それは翼も同じらしく、気を入れなおす様に体に力を入れ、戦意を顔に奔らせ戦場へ向かうことを告げる。
「すまん、頼むぞ翼ッ、クリス君、ティーネ君ッ! 彼女達を止めるんだ!」
翼の言葉に、弦十郎が頷き命令を出す。その命令を受け、翼とクリスが駆け出す。
その言葉に違和感を覚えたのは、同じく集まっていた響だった。
「あ、あれ?師匠、私はー……」
「……すまん、事情はすぐに説明する。今はとりあえず出撃を控えてくれ」
自分の名前が呼ばれてないことに気づいた響が弦十郎に質問をするが、弦十郎は返答を濁らせ、一旦先送りにする。
その弦十郎の深刻そうな表情に、響が反論できることはなく。
「え……あ、はい。……分かり……ました」
「……大丈夫、大丈夫さ。僕達だけで十分だから、ね?」
何か自分だけ除け者にされているような感覚に、響は落ち込みながら返事をする。
響のその姿に罪悪感を感じ続けているティーネが、とりあえず励ますような事を言って、他の2人の後を追う。
3人を見送った司令室。彼らは痛々しい雰囲気を醸し出している響に何か声をかけてあげることも出来ない。
落ち込んでいる響の頭を、弦十郎がわしわしと撫でる。突然のことで、だけど自分を励まそうとしていることがわかった響は、少しだけ持ち直しモニターを見る。
そこに映っていた切歌と調は、ギアから流れる戦場の歌とは異なる、魂が直接歌う言葉を紡いでいた。
「絶唱……だと……ッ! まさかッ、あいつらの狙いはッ!」
弦十郎はその歌を聞き、何故相手が此処までの電撃戦を敢行したのかを思い知る。
響はその歌を聞き、心に1つの情景が浮かぶ。2年前のあの日、自分を守るために散った彼女。
「なんで……ダメだよ。LiNKERに頼る絶唱は……」
響は切歌と調の歌に、風に舞い散るようにその肉体が消滅した天羽奏を幻視した。
『Gatrandis babel ziggurat edenal』
ハッチへと向かう翼の耳に、魂を燃やす歌が聞こえる。
「──ッ、この歌は!」
『Emustolronzen fine el baral zizzl』
その生命を輝かせる、覚悟に満ちた歌声にクリスは思わずと言った声を上げる。
「まさか、歌うのかッ!? クソ、此処からじゃ止められねえッ!」
『Gatrandis babel ziggurat edenal』
自分の願いを徹すために唄うその歌は、ティーネの心を強く揺さぶる。
「生命を燃やす……それほどまでに、彼女達の願いは……」
『Emustolronzen fine el zizzl』
歌の終わりとともに、翼達に通信が入る。
『3人とも急げッ! あいつらは、絶唱で無理やり押し入るつもりだ──この艦にッ!』
調はその全身に鋸を展開する。そのシルエットは鋸によって巨大化しており、脚部にすら巨大鋸が展開された姿はまるで機械の巨人だ。
そうやって展開された鋸が唸りを上げる。無限軌道による途切れぬ斬撃こそが、シュルシャガナの絶唱。調は一気に艦の上部装甲を切り開き、内部へと繋がるトンネルをこじ開けた。
「行くよ、急いで切ちゃん! あんまり長くは持たない……から……ッ!」
「分かってるデス!」
絶唱のバックファイアで口の端から血を零す調。その姿に焦りを感じながら、切歌が返事をする。
こじ開けられた大穴に飛び込み、調は鋸で、切歌は大鎌で最外壁以外の横壁を破壊し艦を突き進む。
有象無象の相手には用事はない。彼女達は職員を巻き込まぬように注意しながら、独房や研究室のありそうな場所を手当たり次第に探していた。
「待て、行かせるかッ」
が、掘り進むより掘り進んだ後を追いかけるほうが速度が上となるのは必然。崩壊した壁を頼りに追ってきた二課の装者たちが、破壊活動を行う調と切歌に対峙する。
戦闘フィールドは切歌と調の想定通り艦内。多少開放感が増したとはいえ、十分な閉鎖空間。二課の装者たちの大威力攻撃は封じられたと言える。
更に運がいいことに、立花響の姿がない。拳主体の彼女は、こういう領域では最も手強いと考えていた切歌たちにとっては嬉しい誤算だ。
「……いくデスよ、調。こいつらちゃっちゃと片付けるデス!」
「うん、分かってる!」
そういって互いを励ます2人は、一気に突撃してくる。
大鎌を巧みに操り瓦礫を回避しながら最短を突っ切る切歌と、周囲の瓦礫を巻き込み全てを切り開く調。
翼は、この状況でどちらが厄介かを思案し、すぐに調の方が厄介だという結論を下す。
「クリス、ティーネ! 私はシュルシャガナと斬り結ぶから、2人はイガリマをッ!」
そう言って、脚部にすら展開された巨大な鋸を振り回す調の懐に潜り戦闘を開始する。
「おうよ!」
「分かった!」
クリスとティーネは翼に応え、切歌の前に立ち塞がった。
「お前ら、どきやがれ、デス! こっちは時間が無いんデスよ!」
そう言って、絶唱を展開したイガリマを振りかざす。
クリスとティーネはそれに相対する様に、マシンガンと鎖を展開する。
「魂ごと、マスト、ダァーイッ!」
先の時間がないという言葉通り、間髪入れずに斬りかかる切歌。
相手が絶唱している以上、クリスとティーネに慢心はない。狭い場所でお互い器用に場所を入れ替えながら、切歌の大鎌を躱し、往なす。
「くそったれ! 攻めきれねえッ!」
「さすがに場所が悪いんだ。ここではクリスのギアはあまり使えないから……。でも、時間が経てば取り押さえるのも楽になるはずだ!」
流石にこの状況では、2対1でも攻め切れない。クリスの焦るような声に、ティーネが落ち着くよう呼びかけながら戦いを続ける。
その現状に汗を流すのは、相手をしている切歌もまた同じだった。
圧倒的に有利なフィールドなのに、攻撃を当てられない。切歌はその現状にどうしようもなく焦りを感じていた。
ドクターの生化学の智慧が無ければ、重い病のナスターシャを救うことが出来ない。だから、ナスターシャを助けるためにドクターを連れ去りに来たのだ。
だというのに、大切な命を守るための行動を妨害され、さらに絶唱のバックファイアのダメージも徐々に強まっていく。
「ちょろちょろとうっとおしいデス! こっちは、マムを、助けなきゃ、なのに……ッ!」
無意識に苛立ちが募っていた切歌は、思わず自身の思いをぶつけていく。
その言葉にティーネとクリスはそれぞれ感じ入ることのあったのか一瞬動きを止め、再び戦いを続ける。
「……だったら、こんなことしないで素直に投降しろッ! そりゃ、罰は当然あるだろうけどよ……それでも、無闇に被害ばかり広げてんじゃねえよ!」
クリスはそう言って、切歌を説得しにかかる。
その無闇に被害を広げてるという言葉に、詰まったように動きをとめる。
やがて、切歌はその鎌を下ろし俯いた。
「……本当は分かってたデス、私達がやってることが無駄だってことも。被害を広げてるってことも! でも、でもッ!」
彼女自身も、分かっていた。弱者を助けると銘打ちながら、今まで誰一人助けられていないということを。戦禍を広げるばかりだということを。
それでも、彼女は認められない部分があった。最初のうちは自身の過ちを吐露していた切歌は、その語調を徐々に強めていく。その手にある
そうやって話す切歌の足元には、徐々に血が広がっていく。
俯いた顔を上げれば、切歌はその目からは血の涙をこぼし、口からも血を流し続けていた。
「お前らを信じられるものかデスッ! いや、仮にお前らを信じたところで、その上の政府とかは自分たちだけ助かろうとするに決まってるデスッ! それじゃ、それじゃ意味ないじゃないデスかッ!」
その言葉の端々から、彼女達がどう扱われていたのか、米国がどういう風に月の落下を捉えていたのかが解る。
彼女達が二課を頼るわけがなかった。だって、彼女達にとって政府の下部研究機関とはF.I.S.のことであり、政府とはアメリカの政府だ。
たとえ国を変えたところで、それが大きく変わるものなのだと信じられるわけがなかったのだ。
「だから、ドクターを連れ戻して、私達みたいに救われなかった人を、助けるんデスッ! ──だから、どけえええエエエエッ!」
最後の力を振り絞ったのか、その一瞬は間違いなく今までで最も早い一撃だった。
もっとも、だからといってティーネやクリスが見切れぬはずはなかった……本来ならば。
しかし、切歌の、ひいては今回蜂起したレセプターチルドレン達の本心はクリスの、そして人の優しさを持ってしまったティーネの心を動揺させていた。
(……あ、まずい。こいつは、一手出遅れた……)
ほんの一瞬、クリスの行動が遅れる。今から回避しようにも、身体能力の優れるティーネならともかく、クリスが回避することは難しいだろう。
(あーあ、あたしも年貢の納め時か……。でも、せめて最期まで足掻いてやるさ)
それでも最期まで諦めないと言うように、クリスはバックステップの姿勢に入る。
何処かのおせっかいが言うように、クリスは生きるのを諦めなかった。
だから、回避するつもりのティーネは、別な行動判断をすることが出来た。
その時浮かんだティーネの考えは、ともすればギアも破壊されるかもしれない。しかし、それでもクリスを守ることはできる。
あの時響を守れなかった。その悔恨の念がティーネを行動させる。
今回は、ティーネの体は思い通りに動いた。
「……え?」
クリスは、躱せないと思っていた。例え回避行動に移っても、あの大鎌は自身の体を貫き切り裂くだろう、そう考えていた。
しかし、何時まで経っても刃が届かない。バックステップした体が、後方の地面に着地しバランスを崩し尻もちをつく。
その視界に映るのは、クリスをかばうように立っているティーネ。
その背中の中央から、翠色の刃が伸びる。角度からすれば、肺を、下手をすれば心臓すら傷つけているかもしれない。
やがて、刃が引き抜かれる。
刃を支えに立っていたティーネは、その場に崩れ落ちた。足元には、血だまりが広がっていく。
切歌は、自分のやったことながらもショックを受けた表情でその場に立ち尽くす。
「……おい、ふざけんなよ。どうしたんだよティーネ! お前すっげえタフじゃねえか! なんでへたり込んでんだよ……なあ!」
クリスは目の前にある現実を受け入れたくないと、ティーネを起こすためにと頬を軽くはたく。
その様子に、切歌は自身が何をやったのかを機械的に説明する。
「……イガリマの絶唱は、魂を切り裂く一撃。そこに物質的な防御は意味は無い。絶対の、一撃、デス……」
そういって、血涙に交じり本当の涙を一筋流し、切歌はギアを維持できずにその場に倒れる。
バックファイアによるダメージからか、その顔からは血が溢れていく。
「嘘だろ、そんな、嘘だろ……? ティーネ、お前、死んじまったなんて、そんなわけ無いだろ!」
クリスの言葉が虚しく響く。どれほど嘆こうとも、起きた現実は覆せない。
ティーネ・チェルクを名乗る魂は、今ここでその胸を貫かれ、死に果てた。
そして、倒れていた「エルキドゥ」の目が開いた。