奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS)   作:222+KKK

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第12話 戦いの終わり

 ティーネ・チェルクと、そう名付けられた人格はふと目を覚ました。

 周囲は何も無い青い海。水面も水底も見えない無重力領域に、ティーネは揺蕩っていた。

 ティーネの記憶にも、エルキドゥの記録にも残されていないそこに、しかしティーネは奇妙な既視感を感じる。

 何処で感じたことだろうかと、ただただ思い返す。

 

「……そうだ、僕はコレを見たことがある」

 

 何故忘れていたのだろう、遥か過去の"彼"の記憶。起動する前、ただ聖遺物に宿っていただけの頃の"彼"は確かにこの空間にいた。魂だけの存在だった"彼"がいた場所。それはつまり、今のティーネもまた、魂だけなのかもしれないということ。

 ふと自分の四肢に目をやれば、末端から徐々に崩壊している。その有様を見れば、自ずと自分の状況に理解も及ぶ。

 

「僕は……死んだのか……。いや、違うな。今まさに死んでいっているのか」

 

「────」

 

 そのつぶやきに答えたのか、世界が青一色から変化する。

 世界に幾何学的な文様が走り周囲の青が泥で満たされ始める。下半分が泥の大地になり、そこから泥の巨人が姿を見せる。

 頭に角と長い毛髪を生やしたその姿は、恐らくティーネの憶えている限り最古の姿。泥の野人(エルキドゥ)は、言葉にならない言葉を発する。

 ティーネは、その言葉の意図を理解できる。自分の声だ、理解できないわけがない。

 

「……そうか、僕は道を間違えたのか。『ワタシ』の最初に指定したプログラムの指針を違えようとした。……天羽奏の蘇生から、離れる道を選んでいった」

 

「────」

 

「だから、『ワタシ』は僕から肉体の主導権を取り上げた。僕が完全な魂となり、完全聖遺物の肉体が本当にただ魂に従う肉体となる前に、魂の影響力を抑えようとした」

 

 完全聖遺物「エルキドゥ」の元々の製造目的は環境の変動を扱う只の機械であり、そこに自意識が発生する余地はない。ソレはただ、誰かが動かす内容に従うのみだ。

 他者の思考によって動かされるはずの只の道具は、自分で意思を持ち自分の肉体を動かすことで擬似的な生命としての力を得た。嘗ての神話の時代は、「エルキドゥ」を動かしていたのは何の変哲もない「人」の魂であり、だからこそ「エルキドゥ」はその意思に逆らうことは微塵もありえなかった。

 

 だが、その魂は摩耗した。"彼"は長い年月の眠りによってその魂が聖遺物に取り込まれていった。覚えていた記憶はあくまで記憶でしか無く、感情も精神も殆ど擦り切れてしまっている。

 いまのティーネは、その魂の残滓から作り出された擬似魂魄にすぎない。

 その魂を作ることを決定したのも、"2度目"のエルキドゥの目標を直接的に設定したのも人の魂ではなく、聖遺物としての在り方。

 自分を起動した「歌」を聞けなくなることを恐れた「エルキドゥ」の本能だ。

 

 ティーネは、主導権を与えられていたに過ぎない。

 人の中に紛れ暮らし、天羽奏の蘇生を果たすための情報などを集めるために、肉体の運用を肉体(エルキドゥ)自身から任されていた、それだけだったのだ。

 だというのに、ティーネはそれを忘れていた。人に近づきすぎた彼女は、人としての感性を、在り方を、意志の力を手に入れてしまっていた。

 

 だから、未来に目を向けてしまった。奏の歌を未来に向けることを「魂」としての目的(ねがい)にしてしまった。再起動した聖遺物に刻まれた「天羽奏の蘇生」という目的を否定しようとした。

 

 勝手に聖遺物のプログラムを書き換えようとする擬似魂魄(プログラム)は、エルキドゥにとってはウィルスも同義。

 であれば、肉体の主導権から切り離すのも当然。ウィルスに感染した端末をネットワークから切り離すように、ティーネはエルキドゥから一時切り離された。

 

 そして、それでも、ティーネは(エルキドゥ)を動かせた。聖遺物を動かすのはプログラムであり、聖遺物を扱おうとする人の意思。

 ティーネ・チェルクは人ではなかったが、意思だけで聖遺物を動かせるほどに人へと近づいていた。

 いずれ人へとなってしまえば、「エルキドゥ」はそれに従うより他になくなる。

 

 仮にそのような状態になれば、「エルキドゥ」からそこに何ら変化を加える事はなくなる。ティーネを切り離そうとしていたのは、エルキドゥが「人に近いウィルスが勝手に自分を動かそうとしていた」という認識をしたからに過ぎない。

 ティーネが人であれば、排除なんてするわけがない。唯々諾々と道具のようになることが当然だ。

 

 だが、まだティーネは人ではなかった。だから、エルキドゥはティーネを消去するための手段を模索した。

 そして、見つけた。エルキドゥにとって幸運なことに、それは戦いの最中にあった。

 

「イガリマの絶唱は、標的の魂そのものを切り裂く一撃。ティーネ・チェルクのみを消去するというその目的に最も合致する手段だ」

 

「────」

 

 雪音クリスを庇うというその行為を、自身の破損も厭わず許可・実行したのはそのためだ。

 イガリマの絶唱をあえて受ければ、ティーネ・チェルクの魂は消失する。

 

 勿論、完全な魂でない以上完全な消滅はありえないだろう。現に、ティーネの消滅速度は徐々に低下している。人の魂、自意識的部分が消滅すればそこで崩壊は停止し、更に時間を掛ければ徐々に復活させることも不可能ではない。

 しかし、主導権を「エルキドゥ」が握った今、ティーネ・チェルクの魂が再び人の魂となる可能性は限りなく低い。

 

「……ねえ、ワタシが僕のいうことを聞いてくれるかはわからない。でも、1つだけ。イガリマで僕が死んだことだけは、言わないで欲しいんだ。僕達の事情のために、魂殺しをさせただなんて、それはあまりにも酷すぎる」

 

 自分の崩壊を認識したティーネは、エルキドゥに向かって言葉を紡ぐ。

 自分(ワタシ)自分()を殺すそのために、切歌の刃を使った。自殺騒動のギロチン役をやらせたなんて事を切歌に伝えたら、彼女がもしかすれば怒るかも、悲しむかもしれないから。

 

「────」

 

 その言葉に、僅かに首肯する泥の野人(エルキドゥ)。目的遂行の邪魔になるような行為ではない以上、それを受け入れない道理もない。エルキドゥは今まで自身を使っていた(ティーネ)の提案を、自身のプログラムに刻み込んだ。

 

 やがて、エルキドゥは「模倣」を始める。いま崩壊間際を漂う「魂」としてのティーネ、その表層的な人格をプログラム化し、完膚なきまでにコピーする。

 泥の肉体は縮み、今までどおりのティーネの姿へと変化していく。その顔には、ティーネのいつも浮かべていた笑顔が浮かぶ。

 そのどこまでも完璧な、そうであるがゆえに人らしからぬ模倣をした「エルキドゥ」が空間から消えゆくのを見届けたティーネは、やがて崩壊に逆らえずその意識を閉じた。

 

 

 胸を刺し貫かれ、血に塗れたエルキドゥが立ち上がる。その顔には苦痛を堪えるような「極自然な」表情を浮かべている。

 

「ティーネ! お前、無事なのか!?」

 

 クリスが立ち上がった「ティーネ」に駆け寄る。先ほど魂を貫く一撃を与えたという切歌の言葉に反し、彼女は魂を持っているかのような表情を浮かべていた。

 心配そうな表情を浮かべるクリスに、「安心させようとする笑顔」を浮かべるエルキドゥ。

 

「うん、大丈夫だよ。ごめんね、心配したでしょ?」

 

「っまさか! あたしは、別に……。なあ、どうして平気だったんだ?イガリマの絶唱は魂を傷つけるってそいつが言ってたんだ、それがデタラメぶっこいてたとかってわけでもなさそうだし」

 

「うぅん、よくわからないなあ。多分、絶唱を維持しきれていなかったとかじゃ無いかな? 恐らく適合系数の低下による絶唱の解除がギリギリで間に合ったんだと思うよ?」

 

 真っ赤になって照れるクリス。しかし、その表情をすぐに真剣なものと変える。

 ティーネは、確かに絶唱の一撃を受けていた。だが、確かに直前の切歌は、絶唱のバックファイアからか顔から大量の血を流すほどの状態でもあった。

 あの絶唱も見た目だけを保って、その性能までは保持しきれていないと言われれば、そうかもしれないと思えてもくる。

 

 

「大丈夫か、2人とも!」

 

「切ちゃん! ねえ、切ちゃん!」

 

 2人の戦闘が終わったことを確認した翼がクリス達の元へ駆け寄る。

 その後ろでは調が切歌を心配し呼びかけている。切歌同様に顔から血を流しているが、それでも切歌ほどのダメージは負っていない。

 切歌が倒れた時点で戦闘を止め、自分からギアを解除したのだろう。ふらついているが、それでも自力で切歌の下へ歩み寄るだけの体力はあったらしい。

 

「ああ、あたしらは平気だ。だけどこいつらは流石にほっとくとマズイぞ!」

 

 声をかけ続ける調と倒れて動かない切歌の様子から、予断が許されない判断したクリス。

 翼も同意見のようで、ギアの通信機から本部に連絡する。

 

「わかっている、ギアを取り上げた後で医療班を回してもらわなければ。……司令、状況終了しました。艦内は大分荒らされましたが、こちらの負傷者はティーネのみ。それよりF.I.S.の装者たちが……」

 

『こちらでも状況は把握している。いまそちらに医療班を回したから、スマンがお前たちはその場で待機していてくれ』

 

 弦十郎の指示を了解し、待機する3人。

 調は、その通信内容を聞いて驚いたように顔をあげる。

 

「助けて……くれるの……? なんで……」

 

 その質問に、3人は顔を見合わせる。彼女達、特に翼やクリスにとってそれは至極当然の結論でしか無い。

 勿論、色々と理由はあるだろう。しかし、主たる理由はただひとつ。

 

「……ふっ、さてな。だが、生命が手から零れ落ちるのを見過ごすわけにもいくまい」

 

「まぁーな。どっかの誰かさんに影響されてるのさ、きっと」

 

 多くを語らず、そこで言葉を止める2人。

 その言葉にとても衝撃を受けたかのように目を大きく見開く調。

 そこから何かを言う前に、医療班が切歌、調、そしてティーネ(エルキドゥ)をストレッチャーに乗せて、医療ルームに運んでいく。

 

 その様子を見ていたクリスは、翼に声をかける。

 

「で、その誰かさんもいまやばいかも知れない……よな」

 

「……確かに、な」

 

 クリスの心配を肯定する翼。事件も大分解決に近づいているが、それでもなお2人の顔は曇ったままだった。

 

 

 

「私のせいだ……。私があそこに行ければ、調ちゃんも切歌ちゃんも、それにティーネちゃんだってあんなに傷つくことはなかったのに……」

 

 立花響は、待機していた司令室でうつむき、泣いていた。正面のモニターには、ストレッチャーで運ばれていく3人の少女の姿が映っている。

 誰も彼も全力で戦い、ギアの負荷によって、そして戦いの結果によって大きな怪我を負ってしまった。

 

 自分のアームドギアなら、歌を調律する力なら彼女達の絶唱の負荷を軽減できた。自分に負荷を回すことで、バックファイアを軽減できたはず。

 そう考えて、響は自分の無力さに涙をこぼす。

 

 翼達が出撃した後、響は改めて弦十郎に自分が出撃できない理由を問いただした。

 その結果、返ってきたのは響がこれ以上戦えば死ぬという明確な現実だった。

 

 自分がかさぶたと思っていた黒い欠片は、聖遺物が表出したもの。

 侵食する聖遺物が、響の体を蝕んでいるということを示すそれは、いずれは響の生命を食いつくすということだった。

 だから、これ以上ギアを纏わせられない。纏ってしまえば、それだけ死に近付くのだ。

 

「でも、それでも……。私1人が出られなかったせいで、皆が危ない目にあって。それで、いいのかな……」

 

 それでも、自分の生命を守るために3人の少女が大怪我をしたという事実は、響の心に暗い影を落とす。

 

 2年前に自分だけが生き残った負い目、それに端を発するサバイバーズ・ギルトは響の自身の生命の優先順位を低くしていた。

 大切なモノと分かっていても、誰かのためにならそれを使用することを躊躇わない。

 

 そんな響だからこそ、自分の生命のために3人の生命を危険に晒すのはあべこべなのだと、そう無意識に考えていた。

 

「……あいつらは、君を守りたかったんだ。響君、君が皆を助けたいと願うようにだ」

 

「師匠……」

 

 悶々と悩みこむ響に対し、弦十郎が声をかける。

 不安げな表情を浮かべたまま見上げてくる響に対し、弦十郎は言葉を続ける。

 

「そして、それはF.I.S.の装者も一緒だ。誰も彼もが、何かを守るために戦っている。……響君、君がもし今も彼女達を守れなかった事を悔しく思うなら、いつか君が、本当に大切な時に彼女達を助けてやるんだ」

 

「……はい、はい! 分かりました、師匠!」

 

 弦十郎の言葉に多少悩みが晴れたのか、ぎこちないながらも快活な笑顔を浮かべる響。

 

「ま、だからといって無茶だけはやめろよ? 少なくとも、その体が治るまではギアの使用は厳禁だ」

 

「あ、あはは……わかってますって」

 

 ついでのように付け加えられ弦十郎の一言に、自分の現状を忘れていたのか頭を掻く響。

 前途多難だなと弦十郎がため息を吐いたところで、1つの通信が入る。

 

「どうした藤尭、何があった?」

 

「はい、これは……上空、F.I.S.からの通信信号です! どうしますか、司令?」

 

 その言葉に、二課に緊張が走る。

 既にF.I.S.は真っ当に活動できるような状況ではない。装者2名が行動不可能。二課も実質2名が行動不可だが、現状それでも2対1。

 更に、その装者が戦場に出ればF.I.S.のエアキャリアーを守る人員はいなくなるため、遠距離戦ができるクリスが居る以上相手は機体を離れられない。

 最早選べる道は破れかぶれか降伏の二択である。

 かといって、破れかぶれもマズイといえばマズイ。この艦の破損を考えれば潜航は不可能、そうなれば、最悪特攻されればお互い相打ちになる。

 しないだろうとは思うが、相手が自棄になっていたらそうなる可能性も十分にある。

 

「……繋ぐしかあるまい。向こうの出方を別モニターで監視しておけ!」

 

 そういって、部下に通信回線を開かせる。

 正面モニターのディスプレイ上には、F.I.S.装者たちのリーダーであるマリア・カデンツァヴナ・イブの姿が浮かぶ。

 その顔には緊張が浮かんでおり、思わず響も、そして二課の人々も固唾を呑んで見守る。

 

『……我々「フィーネ」は……』

 

 画面に映るマリアは、そこで一旦言葉を区切る。今から言うためには決意が必要だと言わんばかりに、少しだけ目を閉じ、息を吸う。

 

『……日本政府に、投降、します』

 

 屈する他ないと、そう結論づけた表情のマリアの言ったその言葉は、テロ集団「フィーネ」との戦いを終わらせる一言だった。

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