奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS)   作:222+KKK

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第13話 新たな戦端

 風鳴弦十郎は、切歌と調に荒らされた二課仮設本部の最奥地、異端技術を使用する者たちを捕らえておくための独房に来ていた。

 

「さて、今日は君達の事情などに関して色々聞きたいことがあってここに来た。体調とかは問題ないな?」

 

 異端技術犯罪者を捕らえると言っても、何か特殊な仕掛けがあるわけではない。万が一の脱走騒ぎなどに装者や弦十郎がいち早く対応できるように二課仮設本部内に設置されているに過ぎない。

 一般的な面会室のようなその硝子の向こうには、1人の少女がパイプ椅子に腰掛けていた。

 

「……尋問に来ている相手にこういうのはおかしいとわかっているけれど、質問させてちょうだい。切歌に調、そしてマムは無事なの?」

 

 日本政府に投降した武装集団「フィーネ」。

 そのリーダーであり、「フィーネ」の生まれ変わりであるマリア・カデンツァヴナ・イヴは、聖遺物関連の技術を扱える可能性を考慮し二課に設営された独房に収容されていた。

 そして、そのマリアを尋問するために独房を訪れた弦十郎に対しての最初の一言がこれであった。

 マリアの言葉に、弦十郎はマリアが仲間を大切にする普通の少女であることを理解した。そんなマリアを心配させないよう、弦十郎は敢えて朗らかに返答する。

 

「切歌君と調君は、絶唱のバックファイアによる肉体の損傷が酷い。だが、生命に別状はない。暫くは動けないだろうが、リハビリを頑張れば後遺症も残らんだろう。だが……」

 

 と、ここで言葉を切る。この先の言葉を言うべきかどうかで、弦十郎は頭を悩ませる。

 独房に入れられても様子を見る限り、彼女は心優しい1人の人間にしか見えない。否、実際に彼女は優しい人間であり、だからこそ真実を知って行動せざるをえなかったのだと弦十郎は理解していた。

 そんな彼女に辛い真実を伝えるべきではないのではないか、そんな彼女にだからこそ辛くとも真実を告げるべきなのではないか。

 

 弦十郎は、どちらにするべきか決めかねていた。

 

「私なら大丈夫。だから、どうか真実をお願い」

 

 少しの間口を閉じ考えこむ弦十郎に、自分が心配されている事を自覚したマリアは、真実を受けても平気なのだと続きを促す。

 その言葉にもまた少し悩むも、本人が望むならとすぐに切った後の言葉を話す。

 

「ナスターシャ教授の容態は、あまり良くはない。情けない話になるが、我々の医療技術・知識はウェル博士と比べて優れているとは言えないのが現状だ」

 

 そう言って悔しそうに手を握りしめる。マリアはその言葉に、やはりという感情しか浮かばなかった。

 もともと余命幾許もないナスターシャを生かすには、優れた技術力と対応力が不可欠。

 二課の技術も優れているが、ウェルはその方面、人体分野や生化学においては掛け値なしの天才である。彼だからこそより優れたLiNEKRを作れたし、ナスターシャの病状を遅らせることも出来たのだ。

 だからといってウェルが協力するかというと、そんなことはなかった。

 ナスターシャが運び込まれた時に、弦十郎はマリア同様独房に居るウェル博士に協力要請を依頼した。一応嘗ての仲間相手を助けるための要請に、返ってきたのは

「はぁ? なんで私がそんなことしなくちゃあならないんですかぁ? どうせ僕の夢も叶わないんだ! わざわざ他人の願いを叶えてやる道理なんて無いだろう!?」

 という、彼の性格がよく分かる答えだった。

 

「とりあえず、ナスターシャ教授はこちらも全力を尽くすつもりだ。……絶対に、助けてみせる」

 

 それでも、心の底からそう言ってくれる弦十郎の姿にマリアの心は救われている。

 F.I.S.と違い、二課は人を大事にし、人命のために生命を賭けて戦っている。あの装者たちも、そういった組織だからこそああも真っ直ぐ戦えるのだろうとマリアは感じた。

 

「……ありがとう、本当に。聞きたいことがあるなら何でも聞いて。私の知っていることなら、すべて答えるわ」

 

 それ故に、自分の知る全てを話すことに何の躊躇いもない。彼らならきっと、救われない人を救おうと行動してくれるだろうとマリアは確信していた。

 

 

「フィーネじゃ、ない?」

 

 司令室に集められた装者たちに言った弦十郎の言葉に、響は驚いたような、納得したような表情をする。

 捕らえられたマリア・カデンツァヴナ・イヴと、響は話をしたことがある。一種戒めから解き放たれた彼女の言葉や性格は、戦場とは違う彼女本来のものだった。

 優しく、リーダー的気質というより誰かを守りたい、助けたいという保護者気質な彼女はフィーネとも、そして櫻井了子ともかけ離れたモノだった。

 

「じゃ、じゃああたしらは、フィーネと……フィーネと戦ってたってわけじゃないってことなんだよな?」

 

 クリスが何度も確認するように問いかける。クリスにとって、フィーネとは一言で言い表せない複雑な関係にある。

 歪ではあるが、それでも一時期家族のように暮らしていたフィーネとそう何度もやりあいたい訳ではない。

 だからこそ、フィーネと戦っていた訳ではないというその事実に、小さな救いを感じていた。

 小さく安堵の表情を浮かべるクリスを横目に、ふと翼が気になったことを弦十郎に聞く。

 

「……では、レセプターチルドレン……フィーネの器足り得る彼女達に、フィーネは宿っていないということなのですか?」

 

「ああ、恐らくはな。とは言っても、俺達の技術じゃあ誰かの体に魂がいくつあるのかなんて解るわけもない。だが、マリアの知る限りで残りの2人に性格が変わるような兆候は見られなかったそうだ。万が一残りの2人のどちらかにフィーネの魂があるのだとしても、彼女は人格を塗りつぶすことを良しとしなかった。そういうことだろうよ」

 

 本当にそうなのか、その確証はない。だが、この予想が違うはずがないのだと弦十郎は確信していた。

 

「きっとそうですよ! やっぱり了子さんは了子さんだったんですって!」

 

「ばーか。そもそもフィーネがいなかったってだけだろ?」

 

 弦十郎の言葉を聞いて、了子が誰かを害していないことを喜ぶ響に、そもそも戦ってないと笑うクリス。

 そのどちらが正しいにせよ、彼女達は和解したはずのフィーネと戦っていたということに対する負い目がなくなったためか何処と無くスッキリしているように見えた。

 2人の様子を見ていた翼も同じ感覚を得ていたのか、その顔には優しい笑みが浮かんでいる。

 

「……そうか、マリアがフィーネじゃなかったんだ。ああ、よかった」

 

 響らと同様に弦十郎の言葉を聞いていたティーネも、安堵の言葉を吐く。いつも浮かべている笑顔も、若干緩んでいるようだ。

 弦十郎は、その笑顔にふとした違和感を感じる。

 

(……別に、おかしいところがあるわけではない。あの表情も今まで何度も見た、よく見ていた表情そのままだ。だが、何故こんな違和感がある……?)

 

「安心したら何だか気が抜けたなあ。先に僕は部屋に帰ってるね?」

 

 弦十郎が疑問について考えている間に、ティーネがそう言って部屋を出る。

 その足取りは軽く、今しがた知った事実に喜びを隠せていないようだ。

 

「あ、おい。まだ報告は……ったく、しょうがねえなあ」

 

 ティーネが止める間もなく行ってしまったため、ため息を吐く弦十郎。

 あの様子では本当に喜んでいるようにみえる。弦十郎は、自身の感じた違和感も気のせいだったのだと断じた。

 しかし、心の奥底には違和感を感じたという事実が刺のように突き刺さっていた。

 

 

 

(よかった、マリアがフィーネではなかったのか。コレで、心置きなく目的行動に移れる)

 

 廊下を歩くエルキドゥは、真実マリアがフィーネではないことに安堵していた。……その安堵の方向性が、弦十郎の想定していた方向ではなかったというだけで。

 エルキドゥにとって、フィーネの知識・見識は厄介である。仮にマリアがフィーネだとしたら、エルキドゥが確実に目的を達成するためには、マリアが二課を大きく離れるタイミングを待つ必要があっただろう。しかし、マリアがただのマリアならそこを勘案する必要はない。

 となれば、後はF.I.S.である彼女達が研究したデータから、二課が「フロンティア」に対するアクションを決定する前に迅速に行動するだけだ。

 

 エルキドゥはティーネが浮かべていたような笑顔を浮かべる。既に自身のいた部屋を通り過ぎ、今は修理中の仮設本部の下層部へと向かっている。

 装者が単独で来ることの少ないエリアであるため、研究職員達は1人で歩いているティーネ(エルキドゥ)を見て不思議そうな顔をしている。

 そんな視線を気にも留めずに、エルキドゥは扉の1つを開き、その部屋の内へと入っていった。

 

 

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは弦十郎との面会を終え、再び独房に戻っていた。

 独房内にある簡素なイスに座りながら、マリアは今後のこと、そして何よりもナスターシャのことを考えていた。

 二課の医療技術を以ってしても、ナスターシャは長くは持たないと弦十郎は言った。しかし、彼の言葉は、表情はとても力強く、そして何より大人としての包容力に溢れた姿だった。

 だからこそ、マリアは二課を信じたいと、心からそう思うようになっていた。そして、それと同じく自分が何かするべきではないのか、とも。

 

「マム……私は……」

 

 彼らを信じていいの、と自問する前に、二課の仮設本部に轟音が鳴り響き、そのけして小さくない船体が大きく揺れた。

 あまりの衝撃にマリアはバランスを崩し床に倒れる。

 

「一体何が……ッ!?」

 

 よろよろとその身を起こし、独房の外に目をやる。その次の瞬間にマリアの独房前の廊下に大穴が空き、その勢いのままに独房の扉が引きちぎられる。

 周囲からは人々の困惑の声と状況に対処する声が、大音量のアラートに混じって聞こえてくる。

 そして、大破壊によって起きた埃煙に浮かぶ1つの人影から、マリアに向かって声がかけられた。

 

「……やあ、僕の提案を聞いてくれないかな? マリア」

 

 

「どうした、一体何があったッ!?」

 

 司令室では、先ほどの轟音と振動に対し周囲から情報を集める弦十郎の姿があった。

 周りの職員たちも持ち場について情報を集めるものや、振動の原因を探るべく震源へと向かうものなど様々。

 そして、そういった彼らの情報を取りまとめた緒川が弦十郎に対してなにが起きたのかを伝える。

 

「どうやら艦内下層、聖遺物を保管していたエリアで何らかのトラブルが発生したようです。そこを起点に艦内の床壁天井が破壊されていました。そして、その壁の破壊痕についてですが……」

 

 モニターにその部屋の破壊の痕が映る。幸いにして死者は出ていないようだが、部屋が徹底的に荒らされており、その壁は内側から大きく拉げられている。

 

「確認したところ、聖遺物保管庫からは複数の聖遺物が強奪されていることが確認されました。現在確認のとれているところでは、シンフォギア同様の加工をされた神獣鏡、ソロモンの杖、そしてネフィリムの心臓が強奪されていました」

 

「何だとッ!?」

 

 そのどれもが強力な聖遺物。神獣鏡は残り2つに比べれば大して強力ではないが、F.I.S.の研究データから聖遺物由来のエネルギーを分解する光を放つことも可能であることが明かされている。

 ソロモンの杖とネフィリムの心臓は語るに及ばず。どちらも使い方次第では容易に世界と渡り合えるだろう、それほどの物品である。

 急に訪れた最悪とも言える事件に対し、騒ぎを聞きつけた……というより何が起きたのかを聞くために、部屋に戻っていた装者達が司令室に集まってきた。

 

「司令、一体何事ですか!? 先ほどの轟音と振動は一体何があったのですか!?」

 

 集まった装者、翼、響、クリスの3人を代表し、翼が詰め寄り気味に弦十郎に事件の詳細を問う。

 弦十郎は先ほど知った事を一通り説明し、画面を見直す。

 

「……というわけだ。どこかの馬鹿が聖遺物を奪った……ってだけならまだいいんだが。状況はそれより悪いだろうな」

 

 そういう弦十郎の顔には、希望的観測は一切見られない。

 弦十郎には、既に犯人の目星がついていた。何故こんな行動を起こしたのかはともかく、此処まで超人的な破壊行動を行えるのはギア装者か弦十郎本人くらいのものだ。

 そして、今この場には1人だけ、ギアの装者がいない。

 

「……ッ、まさか司令、コレを成した犯人は……」

 

 装者達の中で、翼が最初に感づく。次いでクリスがはっとしたような表情を浮かべる。

 

「そんな、嘘だろ。だってあいつは、生命を賭してあたしをかばったりするようなお人好しだ! そんなあいつが……」

 

 クリスの顔には、信じたくないという表情が浮かぶ。

 その言葉に、響も誰がこの事件を引き起こしたのか理解する。

 とても納得の行くことではないが、しかし現実として起こせるのは彼女しかいない。

 

「司令、コレを」

 

 緒川がそう言うと、モニターが切り替わる。艦内の壁に空いた幾つもの穴、それらは一直線に繋がっていた。

 まるで、目的地に向かうために最短距離を突き進んでいるとしか思えないその痕跡は、ある1つの場所へとつながっている。

 

「この穴の並びを結んだその先にあるのは、マリアさんのいる独房です!」

 

「そうか、藤尭! 独房の監視カメラの映像を回せッ!」

 

 その情報を知って直に、弦十郎が指示を出す。

 

 

 破砕された独房の扉。その向こうにある人影は、女子ならば大きめの部類だが、それでも自分よりも背が低い程度。

 その条件に該当する人間は、二課まわりにそう多くはいない。ましてこんな破壊行動を起こせるとすれば、風鳴翼ともう一人程度だろう。

 人影が、独房に侵入してくる。赤いアラートランプに照らされるその姿を見て、マリアは思わずといった風に叫んだ。

 

「どうして、貴女が……ティーネッ!」

 

 

 カメラの映像が大型モニターに映しだされた時、響は驚きのあまり唇を震わせる。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、モニターに映る少女と共に戦い、共に遊び、共に笑った記憶。それを思い出し、響が信じたくもない言葉を零す。

 

「ティーネ……ちゃん……?」

 

 座っているマリアの前に立つティーネ・チェルク(エルキドゥ)は。

監視カメラに気づいたのか、響達に、眼前のマリアに目線を向け、いつもどおりの笑みを浮かべた。


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