奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS)   作:222+KKK

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第14話 胸の歌を、響かせて

「単刀直入に言うよ、マリア。僕と一緒に来てくれないかな。そうすれば、ナスターシャを助けることも不可能じゃない」

 

 独房を盛大に破壊し、マリア・カデンツァヴナ・イヴの前に立つティーネ(エルキドゥ)から告げられた言葉に、マリアは眉を顰める。

 ナスターシャを助けられるからついてこいというティーネの言葉。

 マリアは当然、ナスターシャを助けたいと思うかどうかを聞かれたなら当然、二心無く助けたいと言うだろう。

 しかし、今それを自分に問う意味もわからなければ、それを聞くためだけに大破壊を引き起こす理由はもっとわからない。

 

「……あなたは、何故こんなことを起こしたの、ティーネッ!」

 

 わざわざ今自分にこんな提案をするためだけに、ここまで大規模な行動を起こす意味は無い。ティーネは、なにか別な理由があってこれだけのことをしでかしたのだ。マリアにナスターシャを助けたいかどうか聞いたのも、恐らくついでだろうとマリアは踏んでいた。

 だからこそ、声を荒らげて問いただす。ティーネの言葉への答えを返さなかったのは、あるいは未だ悩んでいるマリアの心を反映しているのかもしれなかった。

 

 そして、そのマリアの問いかけをエルキドゥは斬り捨てる。答える必要性はないし、答えたところで何も変わらない。

 

「僕は、君に来てもらえないか聞いているんだよ、マリア。仮に君が答えを知りたいなら、共に来てくれたら幾らでも教えるさ」

 

 笑顔は、変わらない。いつもの柔和な笑顔を不自然なほど普段通りに浮かべたその表情は、笑顔という名の無表情。

 マリアは、どうするべきかを考える。どういう答えを出すべきなのか。

 

 今この場には、切歌も調もいない。ナスターシャは療養中だ。この場で出せるのは、それは100%自分だけの答えに他ならない。

 

 そう考えて、マリアは独房に来てからの二課の装者たち、そして風鳴弦十郎との面会を思い出す。

 彼らは間違いなく、正しい正道を歩いている。守れる限り法を、生命を守り、勇敢な意思を以って超常災害に立ち向かう。

 自分たちのようなテロ組織を構成していた愚かな子供にすら、彼らは真摯に向き合い、対等な約束を交わしてくれる。

 

 対して、今のティーネはどうだろう。彼女は、何もこちらに明かさない。ただメリットがあるというだけで、こちらの疑問に答えるつもりすら無い。

 

 そこまで考え、なんだ、と息を吐く。どちらに着くべきか、なんて今のマリアにとってはあまりにも明白だった。

 

「……いいえ、貴女の提案は却下する! 今の貴女は、とても信頼できるものではない!」

 

 今のティーネはにはとてもじゃないがついていけない。そして、それ以上に二課の人々の優しさを信じたい。

 それが、今まで大人を、組織を、誰かを信じてこれなかったマリアの結論だった。

 

 エルキドゥは何も言わない。その言葉を聞いても特に驚いた様子もなく、また慌てる様子もない。まるでどちらになっても考えがある、と言わんばかりに表情ひとつ変えずにその場に佇んでいる。

 

「そうか、それは残念だよマリア。まあ、どちらにせよフォニックゲインを自力発生させることのできる人間が必要になる可能性はあるからね、君がどう言おうと、僕のやることは変わらない」

 

「──ッ!」

 

 その言葉を聞き、戦慄するマリア。瞬間、マリアの懐に潜るエルキドゥ。

 戦闘者として生身でもかなり優れたセンスを持っているはずのマリアは、そのエルキドゥの今までとは段違いのスピードに反応できない。

 慌てて対応しようとするマリアに対し、エルキドゥはその腹部を強く殴打し意識を刈った。

 

「ッ、どう……して……」

 

 そこまでの強行に出るとは思わなかったのか、それともそもそもこんな行動を取る理由がわからなかったのか。

 どちらの意図があったのかも分からない言葉を残し、マリアは崩れ落ちた。

 

「さて、それじゃあ行こうか」

 

 そんなマリアの言葉を気にも留めず、エルキドゥは足元に倒れ伏すマリアを抱えその場を離脱する。

 エルキドゥは展開しているギアからではなく、自分の肉体から自分の身ほどもある太い鎖を出現させ天井を貫く。

 その鎖は何枚天井を貫いても勢いが衰えることも無く、停泊中の艦の上部装甲を突き破ってエルキドゥの通る道を作り上げた。

 

 鎖をアンカーのように艦の上部装甲に引っ掛け、巻き上げる。艦よりも軽いエルキドゥは、マリアを抱えたまま鎖で空けた穴を通り、一気に艦の外に踊りでた。

 そしてそのまま港へ降りようとしたところで、彼の空けた穴を通って2人の人影が現れた。

 

「お前の空けた穴、利用させてもらったぞ。神妙に縛につくか、大捕り物を演じるか、好きな舞台を選ぶといい!」

 

「てめえがなんでこうも暴走をしているかは知らねえが、馬鹿が馬鹿やってんだから止めるのが筋ってモンだ!」

 

 そう言って刃を、矢の切っ先を向けるのは、二課所属のシンフォギア装者たる翼とクリス。

 彼女らにとっても友人だったはずのティーネの唐突な凶行を止めるために、2人の戦士がエルキドゥと相対する。

 

「……邪魔をするなら、蹴散らすまでさ。翼、クリス。大怪我をしたくないなら退くといい」

 

 そう言ってエルキドゥは鎖を展開する。ぱっと見の外装こそシンフォギアを使用しているが、エルキドゥは完全聖遺物。そのエネルギー出力はノーマル状態のシンフォギアとは比較にならない。

 普段展開される鎖とは桁違いの本数の黄金の鎖に、しかし翼とクリスは油断なく、小さく笑う。

 

「……天の鎖よ!」

 

 号令とともに、神牛すら縛る神の鎖が翼たちを襲う。

 そもそも本来勝負にすらならない。同じ完全聖遺物であるネフシュタンの鎖に比べ殺傷力こそ低いが、だからといってギアを破壊できないわけではないし、その強度で負けるわけではない。

 クリスのアームドギアの斉射すら上回るその鎖は、2人の姿を一気に覆い隠す。

 例え装者だろうと一瞬で蹂躙される鎖の壁を作りながら、それでもエルキドゥは手を緩めない。純然たるスペックでは勝っているはずの彼は、その蹂躙の中心から目を逸らさなかった。

 

 

「翼さん! クリスちゃん!」

 

 立花響は、ギアの展開を許されなかったために戦場に出られず、未だ司令室で戦闘の様子を見守る事しか出来なかった。

 画面に映るのは、最早戦場なのか災害なのかもわからないほどの鎖の波濤。

 明らかにシンフォギアの出力を逸脱したその攻撃を、二課の司令室に備わっているセンサーはしっかりと捉えていた。

 

「どういうことだッ! あれだけの力をシンフォギアで放とうとするなら、絶唱ぐらいは使わなければ不可能なはずだ!」

 

 計測モニターに映し出されるそのエネルギー量は、まさしく圧巻。そして、不思議なほどに安定した数値を出していた。

 数値を測定することで何か手掛かりを探そうとしていた藤尭は、ティーネの普段のデータと今のデータを比較するなかであることに気がついた。

 

「コレを見てください、司令!」

 

「どうした、藤尭ッ! ……これはッ!?」

 

 そこに映るデータは、シンフォギアに搭載されているセンサーが計測したエネルギーと、二課仮設本部が取得した外部センサーによるエネルギー。

 普段ならそこに殆ど違いの見られないそれは、いま大きな隔たりを見せている。

 

「シンフォギアの出力が通常と変わらない……だと……!?」

 

 シンフォギアのエネルギー量は一定。ティーネ・チェルクという少女の展開するギアの特性なのか、今まで同様に常にフラットなエネルギーを放出している。

 それに対し、外部センサーから測定されるエネルギーはそれとは比較にならない。ギアではない何かによって、彼女は莫大なエネルギーを発揮しているということだ。

 そんなことができる手段は、とても限られてくる。

 

「し、師匠! それって、ティーネちゃんも私と同じ……?」

 

 聖遺物と融合することで生身でも強大なエネルギー発揮する「融合症例」である響が、慌てたように問いかける。

 しかし、弦十郎はその言葉に黙って首を横にふる。融合症例は、肉体と融合するとはいえあくまで基本は「シンフォギア」である。生身の肉体とギアのエネルギーに差が出るわけではない。

 更に言うなら、それでも出力の波形が違いすぎる。

 感情を強調させることでより強大なエネルギーを出す聖遺物は、融合してもその性質は変わらない。例えばガングニールが暴走するのは、響が何らかの理由で感情を負の一色に染め上げられたときだが、その場合出力は上昇するが不安定になる。

 今回のティーネ・チェルクのエネルギー波形は、大きいことを除けば普段通りの波形なのだ。

 つまり、融合し感情を暴走させるのではなく、只純粋にエネルギーが増しているということに他ならない。

 

「……まって、コレは!」

 

 そこで、藤尭同様にモニターをチェックしていた友里あおいが、特殊な波形の出力を確認する。

 

「これは……アウフヴァッヘン波形!? 解析……出ました!」

 

 アウフヴァッヘン波形は、聖遺物の出す独自の波形。つまり、彼女のエネルギーは聖遺物に由来するということになる。

 一体何の聖遺物を使っているのか、もしかすると強奪された聖遺物が何か関係するのか。

 その言葉と同時に、正面モニターに聖遺物の名称が表示される。

 モニターに映る文字は"ENKIDU"。ティーネ・チェルクのシンフォギアと全く同じ波形が、彼女そのものから検出された。

 

「エルキドゥ……だと……」

 

 本来ありえないその事実に、弦十郎は言葉を溢すことしか出来なかった。

 

 

 1人なら一瞬で制圧されるだろう鎖の嵐を、翼とクリスは磨き上げたコンビネーションで切り抜ける。

 クリスのミサイルで押しとどめた隙に、翼が斬り捨て破壊する。

 翼の落涙で地面に縫い付け、クリスのガトリングが破壊する。

 彼女達のコンビネーションは、見るものを魅了させる程に洗練されていた。

 しかし、それでも壁は厚く、硬い。このままではスタミナ切れで敗北する可能性がある。

 

「……このままではジリ貧だ。雪音、私が一瞬の隙を作る、見逃すなッ!」

 

「おうよ、任せろッ!」

 

 状況を打開せんとする翼の言葉に、躊躇なく言葉を返すクリス。

 その即答に笑みを浮かべた翼は、空を覆う鎖の壁を切り払い、一瞬だけ空を映す。

 一瞬の空隙。その隙を過たず、巨大な剣が壁を切り開く。

 

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             天 ノ 逆 鱗

 

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 巨大な剣が、鎖と2人を頒つように艦に突き立つ。天ノ逆鱗という剣は、今この場で盾としての役割を果たした。

 その僅かな防壁の間に、クリスが巨大なミサイルを展開する。小型ミサイルと異なり背中に展開されたその弾頭は、ティーネがいる方向に照準を合わせる。

 

「ぶっ飛べェッ!」

 

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    M E G A  D E T H  F U G A

 

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 その爆風は、軽い鎖を容易に吹き飛ばす。

 鎖の領域に空いた穴を抜けるように、翼とクリスは囲いを破る。

 

 一瞬の隙をついて囲いを突破した2人は、爆炎に紛れ一気にティーネを昏倒させんと狙いを定める。

 爆炎を切り裂く蒼雷の斬撃と、逃げ場を失くすようなミサイルの雨。回避の出来ない波状攻撃を、エルキドゥは甘んじて受け入れる。

 

 

「……どうなった?」

 

「わからん。だが、コレで終わればいいのだが……」

 

 着地した2人が、そう言って攻撃を叩き込んだ場所を見据える。

 翼もクリスも、ティーネとの戦いに大きく違和感を感じていた。先ほどの異常な出力の攻撃はもとより、その戦術に至るまで、今のティーネは何かがおかしい。

 自分の低出力を知っているからこその戦いぶりとはかけ離れた今の戦いは、ティーネらしからぬといえる。

 

「うん、まさか此処まで強いとは思わなかったな。このギアも、もう持たないかも知れないね」

 

 その言葉に、2人は会話を止める。

 ミサイルの煙が晴れたそこには、ギアにヒビの入った、しかし本人の傷があまりにも小さいティーネの姿がある。

 よく見れば、その肉体は徐々に修復を始めている。人間離れしたその状態に、思わず翼が叫ぶ。

 

「馬鹿な、なぜ肉体が修復される!? それではまるで……ッ!」

 

 ネフシュタンを使っているかのような、と言いかけて止める。ネフシュタンの鎧は、フィーネと共に風に散った。

 その場にティーネはおらず、既に機能停止し崩壊したネフシュタンを手に入れ、修復できるはずがない。

 

「……ネフシュタンは鎧が肉体を直すんだ。あいつのギアは、鎧はボロボロだってのに体だけが治りやがる! あいつはネフシュタンを使っていない、いったいどんな野暮いこと(bogus)使ってやがるッ!?」

 

 クリスがそう言って、ティーネを睨む。

 2人の見ている間にも、ティーネの肉体は少なくとも外見上は完全に修復されていた。

 

『聞こえるか、2人ともッ!』

 

「司令? はい、聞こえています! そちらでは何かわかったのですか!?」

 

 その言葉に、姿勢を崩さぬままに翼が答える。

 今この状況をひっくり返すための情報を求める翼に対し、弦十郎は解ることだけを伝えた。

 

『ああ、彼女の肉体から高出力エネルギー反応を感知した。そして、そのエネルギー波形は彼女のギアと同様、『エルキドゥ』のアウフヴァッヘン波形の波形パターンと一致することを確認した』

 

 その言葉に、2人は息を呑む。肉体そのものから聖遺物の反応が出るということは、聖遺物をその身に取り込むということ。それはまさしくフィーネ、そして立花響と同じ「融合症例」に近い特性だ。

 しかし、今までそんな兆候を一切見せておらず、そもそもギアのペンダントを持っている時点で色々と食い違う。

 

「ですが司令、融合症例だとするには彼女には色々と不審な点が……」

 

『……そうだな。だが、とりあえずそれだけが現状で判明している事実だということだ。恐らく、『エルキドゥ』の千変万化の無形のギアの力が、ああやって肉体を修復する力へと変化しているのではないかと推測している』

 

「ああ、もうまどろっこしいな! 要するに、でかい一撃でぶっ叩けばいいんだろ!? いちいち回りくどいんだよオッサンはよ!」

 

 クリスにとって今一番重要なのは、(恐らく)ソロモンの杖を奪ったのがティーネであり、だからこそ止めなければいけないということだ。

 2人の話を打ち切り、クリスがティーネに銃口を向ける。その言葉に、今は問答する時ではないと翼もその剣を構えた。

 

 

 響は、司令達が戦闘指示に集中している間に艦上へと向かっていた。

 

(やっぱりダメだよ、ティーネちゃん! 友達同士でこんなふうに戦って、誰かを傷つけてなんて、絶対間違ってる!)

 

 彼女達の互いを傷つけることを厭わない戦闘に、響はいてもたってもいられなくなっていた。

 未だギアの使用が死に至るということにあまり実感がなかった響は、戦場にいる友を止めるために力を使うことを決意したのだ。

 

 艦上に到達すると、そこに広がっていたのは、倒れ伏す翼と満身創痍のクリス、そして多少傷を負っている程度のティーネだった。

 

「翼さんッ! クリスちゃんッ!」

 

 慌てて2人に駆け寄る響。

 クリスはその声を聞いて思わずぎょっとした表情を見せる。

 

「お前、何やってんだこの馬鹿! お前が今、戦場で、何の役に立つってんだよ!? 悪いコト言わないから戻れって!」

 

 そういって響を下がらせようとするクリスに対し、一歩も引かずにティーネの前に立って2人を庇う響。

 その瞳には強い意志が宿っており、何を言っても下がる気配が見当たらない。

 

「……響、君は僕と戦うのか? 翼とクリスはその道を選んで、こんな末路となったけど?」

 

 エルキドゥの問いかけに、響は頭を振る。

 最初から戦うなんておかしい。人は、言葉で、歌で通じ合える。そう信じる響は、その思いを違えることをしない。

 

「どうしてそうやって戦うなんて言うの!? まず話しあおうよ! 私達は、言葉が通じるんだよ!?」

 

 だから、彼女はその主張をぶれさせない。偽善でも何でもなく、彼女がそう信じたいからこそ言えるのだ。

 

「うん、いいよ?」

 

 しかし、そう返されるのは初めてだった。

 

 へ?と響が首を傾げるその目の前で、エルキドゥはギアを解除する。

 勿論当人の戦闘能力が高いのだからあまり意味はないが、武装解除をしたというその意志は伝わる。

 

「さて、僕の主張は次のとおりだ。まず、フロンティアを浮上させたい。フロンティアは先史文明期の遺産で、カストディアンの智慧が詰まっている。だから僕はその智慧が欲しい。ここまでで質問はあるかい、響?」

 

 唐突に自分の目的を盛大にバラすエルキドゥ。彼にとって、そもそもばらしても何も惜しくないのだから当然だが。

 

「え?え、あ、えっと、ティーネちゃんはどうしてその智慧が欲しいの? それと、どうしてマリアさんを攫おうと……?」

 

 まさか話し合いが本当に行われるとは思ってなかったのか、慌てて質問する響。一応大切な部分はしっかり質問できているあたり、話し合いを望む姿勢は本物であることがわかる。

 

「うん。まずマリアだけど、単純に優れた歌の歌い手が必要になるかも知れなかったから。マリアなら、話し合いでついてきてくれるかもって思って」

 

 来なかったけどね、というティーネに呆れる響。

 そりゃあんな大破壊行為して脱走しようって元友達当時敵だったティーネに言われても怪しむ要素満載だっていうことは響でもわかる。

 

「そして目的だけど、コレは言えない。言ったら、絶対に反対されるからね」

 

「……ッ! で、でもさ! 絶対に反対っていうけど、それでも、二課の皆とか、色んな人に協力してもらえるかもしれないんだよ!」

 

 そうすれば争わなくても良い、と響が言う前に、エルキドゥは首を振る。

 

「いや、それはムリだろう。人はだれでも、摂理を捻じ曲げることは嫌うだろうしね。二課の人達は真面目で優しい、きっと正しい人達なんだろう。だから、僕の願いは認められないと思う。──さあ、どうする響? 僕は、目的を譲ることは出来ないよ」

 

「わ、私は……ッ」

 

 どこまで言っても、己を明かさず平行線を辿る答えしか伝えないエルキドゥと、それでも諦めきれない響。

 その2人を遮ったのは、一発の銃声だった。

 

「ごちゃごちゃとやかましいッ! 馬鹿がアホやってるってのは見りゃ解るんだ! まず連れ戻して、そっからだ!」

 

 満身創痍のクリスが、それでも戦意衰えず砲火を浴びせかける。

 エルキドゥは、それでも笑顔を崩さぬままに鎖で銃弾を弾き、クリスをそのまま吹っ飛ばす。

 そして、そのままクリスを完全に戦闘不能にするために一回り大きい鎖を放つ。

 

「クリスちゃん! ──Balwisyall Nescell gungnir tron(喪失へのカウントダウン)!」

 

 友の戦いを止める、それだけの思いを胸に、響は暴走以来初めてギアを纏う。

 全身がまるで燃えるように熱く、その体熱で周囲の大気が揺らぐ。

 

 弾丸のように駆ける響は、クリスを襲わんとしていたエルキドゥの鎖を受け止め、抑えこむ。

 エルキドゥはその響の姿に、恐らく初めて表情を変えた。

 眉を顰めたその顔は、響の危険さに気づいているということを示していた。

 

「僕の今の鎖は、普通なら止められなかったはずだ。だというのに響、君はそれを容易に止めた。そこまで君が危険だなんて、僕は気づかなかったよ」

 

「危険でも何でもない! 私は、守るために力を使うんだ。だから、だからさティーネちゃん、戦うなんてやめようよ、ね?」

 

「……いや、戦わなければダメだ。君は、戦ってはいけないんだ」

 

 意地でも戦わないためにその力を身に纏う響に、矛盾するような言葉を投げ掛けるエルキドゥ。その手には、今までとは別のギアのペンダントがある。

 響は、盗まれた聖遺物の中にはシンフォギアのように加工された聖遺物があるという話も聞いていた。

 

 聖遺物クラックの力で、エルキドゥはギアを起動する。

 

「響、僕は人が死ぬことは駄目だと定義されている。だから、君を死なせはしない」

 

 響は、その全身を薄く輝かせる。ギアから放たれる余剰エネルギーは、艦上に黒い足跡を残す。

 胸に響くのは、歌と痛み。普段なら耐えられない程の痛みも、友達のためになら耐えられる。

 

 エルキドゥは、全身にギアの鎧甲を纏う。深い紫色の鎧は、まるで異界との境目を示す色。

 楽園の縮図を表すその聖遺物は、エルキドゥの全身を覆い、その鎧を鈍く輝かせた。

 

「ティーネちゃん。私は、ティーネちゃんを止める。止めて、連れ戻して、ティーネちゃんの願いのためにどうすればいいのか一緒に考える! だから……だから!」

 

「……神獣鏡(シェンショウジン)、彼女を死から解き放とう」

 

 2人は、否、1人の装者と1体の聖遺物は対峙する。己の願いを、目的を果たすために、2人は互いに向かって疾駆した。


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