奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS)   作:222+KKK

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第15話 欠けた鼓動

 立花響は、正面に立つティーネに向かってトップスピードで駆け出す。胸の思いを届けるために、暴走する友を止めるために。

 その熱気は空気を焦がし、そのギアの輝きは留まるところを知らない。

 

 立花響は融合症例、聖遺物と肉体が融合し、肉体自体に聖遺物としての特性が発生してきている状態だ。爆発的なパワーや驚異的な回復力など、その恩恵は多岐にわたる。

 響の肉体に融合している、2年前の事件で心臓付近に突き刺さった聖遺物(ガングニール)は、先の戦いで腕を落とされた傷を修復する過程で全身に大きく侵食範囲を広げた。

 体から放出される大気を揺らめかせる程の熱量も、排熱機構で排熱しきれない聖遺物の余剰エネルギーでしかない程の莫大なエネルギー。

 今の響は、シンフォギアでは考えられないほどの大出力・高エネルギーを実現していた。

 

 想定よりかなり速い速度での接近に、エルキドゥの反応が遅れる。その拳は、完全聖遺物であるはずのエルキドゥをしても反撃に移れない。

 

 エルキドゥは現在、不慣れな「神獣鏡」のシンフォギアの起動、そして同時に「エルキドゥ」のシンフォギアの展開を行っている。本来持つ完全聖遺物としてのエネルギーを、エルキドゥはそれらの機能に流用しているため、本体出力は通常時より下がっている。

 それでも、ギアを解除することは出来ない。ティーネ・チェルクによって刻まれた、「命を守る」「立花響を戦わせない」「『ティーネ・チェルク』という魂がほぼ死んでしまったことを教えない」というエルキドゥの行動指針(プログラム)は、聖遺物であるエルキドゥが擬似人格を持つ内は書き換えられない。

 勿論、それらの方針を維持することで主方針である「天羽奏の蘇生」が果たせなくなるというなら、副方針を無視することは可能だろう。だが、エルキドゥがこの戦いで負けたとしても、行動不能にならない限りは離脱手段は十二分に残されている。従って、3つの副方針をエルキドゥは遵守することを当然とする。

 だから、戦闘では「装者」としての立ち位置を維持し続け、かつ「立花響」の「命を守る」ために、「エルキドゥ」「神獣鏡」の2つのギアをを展開し続けなければならない。

 

 普段より出力を向上させている響と、通常形態より出力を落とさざるを得ないエルキドゥの戦いは、結果として、立花響の優勢で進んでいった。

 やがて、鋭い拳の一撃がティーネの腹に突き刺さる。手甲型のアームドギアは、二重のギアを纏うエルキドゥの防御を容易に貫通し、盛大に弾き飛ばした。

 

 

「ガングニール、響ちゃんが押しています! どうやら紫色のギアを展開するためにエネルギーを割いているようです!」

 

「あのギア……神獣鏡(シェンショウジン)をわざわざエネルギーを使ってまで展開しているってことか……? だが何故だ、何故不利になってまであのギアを使用することに固執する?」

 

 二課でモニタリングしている弦十郎は、ティーネの不可解な行動に首を傾げる。

 神獣鏡は、F.I.S.が機体を隠蔽するために使用した超常のステルス性能を実現する聖遺物。F.I.S.の立てた計画における役割は、聖遺物由来の力をかき消し、フロンティアの封印を解除することにあるということがマリアの発言で分かっている。

 ティーネが神獣鏡のシンフォギアをわざわざ纏って戦うということは、戦いを有利にするためではないだろう。もしそうなら、ステルス機能を使って戦うほうがよほど優位に戦えるはずだ。

 

「一体何を考えている……? いや、聖遺物由来の力を掻き消す力を求めているのだとすればそれは……ッ!」

 

「司令、何かお気づきになられましたか!?」

 

 ひとつの可能性を思い浮かべた弦十郎の言葉に、緒川が尋ねる。

 弦十郎はモニターを注視したまま、言葉を続けた。

 

「ああ、おそらくは……だが。ティーネ君は、響君を助けようとしているのかもしれん」

 

「? 司令、それはどういう……ッ?」

 

 

「ティーネちゃん、私ね。前、友達に何にも言わないで、一人で秘密を抱え込んでたことがあるんだ」

 

 艦の後方に着弾したティーネに対し、響は諭すように、というよりもむしろ心から悩みを共にしたいという思いを語る。

 

「私、それで未来を怒らせちゃってね。今は仲直り出来たんだけど、その時にわかったんだ。独りで思いを抱え込んでいても、もやもやするだけで、何処にも進むことが出来ないってこと。だから、絶対に! ティーネちゃんが何を抱えてるのか教えてもらう! こんな事をしなくても、きっと解決できるから!」

 

 ここまで来ても、エルキドゥのためを思っての響の言葉に、エルキドゥは響の顔を見る。その表情は笑顔のままだが、響にはその顔がどこか苦み走ったようにも見えた。

 そして、響の言葉を否定し、響の願いを否定する言葉を紡ぐ。

 

「……それで進むことができなくなるのは君たちだけだよ。僕は、それでも進んでいける。前を見ずとも、何も見えずとも、僕は僕であるかぎり進むことができる」

 

 鎖を展開する攻撃から一変、エルキドゥは手持ちの大型の笏を構える。それはまるで扇が開くかのように新たな形態を展開し、まるで花のような姿を見せる。

 神獣鏡のアームドギアは、破邪のエネルギーを蓄え、鮮烈に輝く光輝を放った。

 

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          Kug - Gal Su - Lu - Ug

 

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 急に変化した攻撃手段にとっさに響は回避行動をとるが、それでも回避しきれず閃光が腕を掠る。

 

「ッ!?」

 

 ただ掠っただけの攻撃、すぐに切り返そうとした響は自身の肉体に走る激痛に顔を顰める。

 攻撃を中断し距離を取り、響は攻撃を受けた部分を確認する。励起しているシンフォギアの展開するバリアコーティングが、その部分だけ働いていない。

 響の様子がおかしいことに気づいたエルキドゥは、その腕の傷をみて響の状態を理解する。

 

「聖遺物『神獣鏡』は、魔を祓う鏡。このギアの威光は、聖遺物に基づくエネルギーを打ち消す力を持っているんだ」

 

 苦痛を堪える響に対して、エルキドゥは自身の攻撃がどういったものだったのかを説明する。神獣鏡はステルス性を実現する光学機能の他にも、聖遺物に由来する要素を祓う閃光を放つ聖遺物。

 聖遺物としての格はあまり高くなく、シンフォギアの出力も小さい。だが、こと対聖遺物において、この聖遺物に勝る聖遺物はそうはない。

 

「解るかい、響。この光は、君の肉体を覆うシンフォギアを破壊する。その胸にあるガングニール諸共に、だ」

 

 エルキドゥは、自身に展開される神獣鏡を敢えて見せびらかすように視界に晒す。

 それこそが、出力を減少させてまでエルキドゥがこのギアを用いて戦う理由。立花響の生命を守り、戦わせないようにするための「神獣鏡」のシンフォギアだった。

 

「……! じゃあ、戦うけど戦っちゃ駄目って言うのは、この戦いで、私を戦えなくする、ってこと……?」

 

 響はその言葉に、悲しい気持ちが湧き上がる。

 勿論、自分を心配してくれることは嬉しいし、ティーネの発言が真実なら響は甘んじて光を受ければ命が助かるのだろう。

 しかし、それでは誰かを守る力を失ってしまう。力を失った立花響は、果たして誰かのためになんて言える立場になるのだろうかと、響は考えてしまう。

 そして何より。

 

「でも、それで、私のために誰かが居なくなっちゃうなんて、私のせいで友達が遠くに行っちゃうなんて、そんなこと……!」

 

 己の命のために友人が消えることを許容するなんて、立花響には考えられなかった。

 シンフォギアの排熱機構がひとりでに展開される。あまりに溜まりすぎた余剰エネルギーが、高温の蒸気となって周囲に放出される。

 響の瞳には赤い光が明滅し、犬歯を剥き出すような表情を作る。

 

「そんなこと……、許せる、ものか!」

 

 聖遺物の侵食が進み、その感情の昂ぶりに合わせより爆発的なエネルギー出力を獲得する。

 艦の上部装甲が響の脚甲の形に融解し、踏み込んだ強さを示すかのような深い足跡を形作る。

 

「そんな、更に速くなるのかッ!?」

 

 響の突撃に反応し、正面に神獣鏡の笏を展開したエルキドゥは光撃を放つ。

 それをギリギリで見切った響は、聖遺物との融合症例としての力を全開にしてティーネに連続で拳を叩き込む。

 

 エルキドゥは鎖で往なし、己の拳で迎撃する。最初のうちはまだなんとか拮抗していたが、なお響の拳は勢いを増していき、やがてその均衡は崩れた。

 反撃の鎖を、響は躱す。エルキドゥが反応する間もなく、その懐に潜り込み拳で顎をかち上げた。

 

「────ッ!!」

 

 言葉にならない声を上げ上空へ打ち出される。と、その勢いが急激に止まり、一気に引き寄せられる。

 何が起きたのかと目線を下に向ければ、先ほどの反撃の鎖を掴み、殴り飛ばされたエルキドゥをもう一度引き寄せていた。

 

「最速で最短で、真っ直ぐに、稲妻の様にッ!! 私の思いを、届けるためにッ!」

 

 どう足掻いても回避の出来ない、この状況で。エルキドゥは僅かに笑みを深める。

 

「……最短で、真っ直ぐに。それは君の誇るべき利点だと僕は思うよ、響」

 

 エルキドゥは、この状況から響を打破する術を見出した。

 響がエルキドゥに歌を響かせるために行ったこの行為は、逆に言えば、そこに攻撃を設置すればその一撃は響に当たるということ。

 神獣鏡の脚部ユニットパーツが展開される。光背の様に展開された鏡の円環がエネルギーを収束する。本来歌の持つフォニックゲインを高めて放つそれは、エルキドゥの残存エネルギーの大半を注ぎ一気に臨界点に達した。

 腰を落とし拳を構えている響は、展開された光輪に愕然とする。今の姿勢から回避することはほぼ不可能であると判断した響は、脚部のバンパーを伸ばし、一気に開放する。

 

 バンパーの反動で落ちてきているエルキドゥに吶喊し、拳でその胴体を殴る。

 その体がくの字に折れ曲がるが、それでもエルキドゥは神獣鏡の展開を解除しない。

 

「だから、僕は君を止められる。真っ直ぐな君だから、僕は君を戦わせないようにすることができる」

 

 紫白の光が、鏡環から放射される。聖遺物を消し去る破魔の光は、響の目にまるで箒星のように映った。

 

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          Kug - Gal Mul - An

 

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 その光の一撃は、響の全身を飲み込む。響のギアの外装が破壊され、その肉体を侵食する聖遺物を打ち消し、崩壊させていく。

 響は眩しい曙光の中で、自身の胸に湧き上がる歌が止まってしまった事を理解して、そのまま意識を失った。

 

 

「……装者、立花響は戦闘不能。ガングニール、反応途絶しました」

 

 二課のバックアップメンバーの一人、情報処理を担当する藤尭はモニターの情報を司令室の全員に聞こえるように伝える。

 カメラに映るのは、倒れ伏す立花響と、その側に立つ満身創痍のティーネ。響の胸は僅かに、だが規則的に上下しており、生命活動は安定して行えているようだ。

 その姿をみた弦十郎が、ポツリと呟く。

 

「やはり、これが狙いだったようだな……」

 

「……神獣鏡は、聖遺物を打ち消す聖遺物。ティーネさんは、響さんの侵食を止めるために神獣鏡を使っていた、ということですね」

 

 緒川の言葉に頷く弦十郎。ティーネ・チェルクは、立花響の暴走後の侵食度合いから、響を戦わせたくない旨の発言をしていた。

 今回無理をしてでも神獣鏡を使用していたのも、全てはその目的を果たすため、ただそれだけなのだろう。

 

「だが、一歩間違えれば自分も敗北していたはずだ。ここまで大規模な犯行に及んでおきながら、そのようなギリギリな戦いをするということは……」

 

「ギリギリの状態でも脱走する自信があるのか、若しくは……目的を達成しないことを選ばない、ないし選べないということですか?」

 

「あるいは、そのどちらもか……。こうなると、ティーネ君が今回の事件を起こした目的を知りたい。仮に先ほどの推測の内後者があたっているなら、その目的を推察することも重要だろう」

 

 弦十郎はそう言って、モニターで響の倒れた姿勢を整えているティーネに目を向けた。

 

 

「ふう。さて、マリアが起きない内に早めに連れて行かなくちゃ。流石に今の僕は満身創痍が過ぎている……ッ!」

 

 響を打破し、侵食する聖遺物を打ち消したエルキドゥがマリアを抱きかかえようとすると、そこに銃撃と剣撃が放たれる。

 見れば、どうにかこうにか気絶から復帰したらしい翼とクリスが複雑な表情を浮かべこちらを睨んでいた。

 

「……立花を救ってくれたことには感謝する。だが、済まないが取り押さえさせてもらおうか」

 

「流石にそこまで満身創痍なら、2対1でも遅れは取らねえよ」

 

 満身創痍なのはお互い様だけどな、と付け足す。その台詞の通り、お互いの負傷はまさに満身創痍と呼べるもの。そして、互いに満身創痍なこの状況下ならばこそ、まず逃がすことは無いと翼とクリスは考えていた。

 

 ここまで負傷ないし損壊してしまえば、クリスや翼とエルキドゥとの個体的な戦力比が小さくなる。その上で数で優っている以上、エルキドゥの勝率が大きく下がるということは紛れもない事実。そういう意味では、クリスの台詞はある意味正鵠を得ていた。

 

「流石に、この状態で2人の相手は無理だね。だから、奥の手を使わせてもらうさ」

 

 そのクリスの発言に誤算を指摘するとすれば、エルキドゥは逃走手段をきっちりと確保しているということ。ただ、それだけである。

 エルキドゥが外套から取り出したのは、鎖に繋がれたソロモンの杖。その聖遺物をみたクリスが、思わずカッとなり叫ぶ。

 

「ッてめえ! それを使う気かッ!? それは、人間を殺すための武器だぞ! 人間が持ってるべきじゃないんだよッ!」

 

「ああ、ノイズを呼び出すということに使う気はないよ。──これは門の鍵だ、厳密には人を殺す武器じゃないさ。あくまでこの杖はバビロニアの宝物庫を開き、内部からノイズを呼び出し操るものでしかない」

 

 どういう意味だッ! と銃口を向けるクリスを無視し、エルキドゥはソロモンの杖に己自身のエネルギーを流用する。鎖で完全制御下に置かれたソロモンの杖は、エルキドゥが望む機能を実現する。

 エルキドゥによって与えられるエネルギーによって、通常時にもまして輝きを増したソロモンの杖。エルキドゥはそれを空中に向け、おもむろに閃光を照射した。

 

「貴様、何をしたッ!」

 

 唐突な行動に、翼が問い糺す。が、ノイズが出現することはなく、ソロモンの杖のエネルギーが照射された空中に黄金の波紋が浮かび上がる。

 

「宝物庫の鍵を開けたんだよ、翼。大丈夫、使い終われば閉じるさ」

 

 黄金の波紋に鎖を射出し、宝物庫内から必要な聖遺物を縛り、励起させる。

 いまエルキドゥにとって必要なのは、この場から必要な物を持ち出し脱走すること。それがわかっているからこそ、目的のものをすぐに見つけ鎖で絡めとる。そのまま聖遺物クラックの機能を用いて、対象聖遺物を使用可能な状態に切り替えた。

 

 エルキドゥによって引きずり出されたそれは、黄金の波紋を通り現世へと姿を再び表す。

 その物体は、黄金の船。緑玉の翼を翻し、玉座を載せて飛ぶ飛空戦車。古代インド地方の伝承に残される天空を駆ける戦車、黄金帆船(ヴィマーナ)

 少しも欠けた要素の見られないその財宝は、まさしく聖遺物としての完全さをまざまざと見せつける。

 

「馬鹿な……それは、完全聖遺物……?」

 

 二人の装者は、ティーネがソロモンの杖を使用する理由を見つけた。

 エルキドゥのシンフォギアは、聖遺物をクラックする能力を持つ。クラック対象が完全聖遺物であるなら、その力を十全に扱える。だから、エルキドゥのシンフォギアは完全聖遺物と相性が良い。

 だからこそ、自身が扱える完全聖遺物を確保するために、エルキドゥはバビロニアの財宝の蔵を開く手段としてソロモンの杖を奪取したのだ。

 

 エルキドゥが出現した聖遺物にマリアを抱えて飛び乗ると、その聖遺物は一気に高空へ飛翔し戦場を離脱する。

 

 あっという間に翼の、そしてクリスの射程外に消えてしまったそれを呆然と見送る。その足元の艦に残された大きな損壊は、戦いが終わっていないこと、友と戦わなければならないということを如実に示していた。


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