奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS) 作:222+KKK
その槍の一撃が風鳴翼を捉える前に、立花響は前に出た。
ティーネが完全聖遺物「エルキドゥ」であり、天羽奏の魂を求めてこうして刃を振るうこと、そして、その肉体に天羽奏の散ったはずの肉体を使用していること。そのことは、当然ながら響の心にも大きな衝撃をもたらした。
しかし、それとこれとは関係なかった。
ただ単純に、自分を助けてくれた、生きることの大切さを教えてくれた天羽奏が、風鳴翼に刃を突き立てるなんてシーンを見たくなかった。大好きなツヴァイウィングが戦うなんて見たくなかった、ただそれだけだった。
響の
「ッやめようよ! こんなこと、奏さんも望んでないよ!」
両手を交差させて槍を支えながら、響はエルキドゥに呼びかける。
その言葉に、エルキドゥは奏の顔に凄絶な笑みを浮かべ、槍に更に力を込める。
「そんなこと、僕にはわからない。僕の体に奏の魂は残されていないし、僕は奏と話したこともないんだから」
奏の声で、そう言葉を漏らすエルキドゥ。その身に纏うギアから流れる歌は、嘗てあの会場で響が聞いた歌そのものであり、そして、だからこそどうしようもないほどにがらんどうの歌。
やがて、エルキドゥの槍から伝わるその怪力に地面が耐え切れなくなり、響の足元に大きく罅が入り大地にめり込んでいく。それでも、自身の後ろに居る翼を守るため、響は痛みをこらえ槍を防ぎ続ける。
「おい、ボサッとしてんなッ!」
その隙を突いたクリスが、翼と取り落とされたアームドギアを掴んで後方に下がる。その直後に、響が吹き飛ばされ、先程まで翼が呆然と立っていた場所に槍が突き立った。
翼は今自分が立っている場所が戦場であることを思い出し、クリスから手渡されたアームドギアを構える。しかし、その目の焦点はどこかぶれており、剣の切っ先も震えていた。
「奏、じゃない。そう、そのはずなのに……」
その戦うスタイルは、間違いなく2年前の天羽奏のそれに相違ない。だからこそ、翼は未だ困惑していた。
エルキドゥの持つ「模倣」の特性は、嘗ての天羽奏の戦い方をその肉体に完全に写し出していた。
「下がったところでッ!」
エルキドゥはクリス、そして翼を貫かんばかりの勢いで槍を投擲する。
その槍を、クリスがハンドガンに変形したアームドギアの射撃で迎撃した。
どれほどの勢いで槍を投げてこようと、射線を変えるくらいならばクリスにとって容易。
弾丸が刃を滑り、槍の軌道をそらす。
「はっ、ちょせえッ!」
「いや、まだだッ!」
勝ち誇るクリスに対し翼が叫ぶ。風鳴翼は幼い頃より修練を積んだ戦士であり、だからこそ精神的に不安定な今でも危険を無闇に見逃すことはそうはない。
まして、ガングニールを持つ装者の一撃がどれほどのものなのか、シンフォギアシステムを纏い戦うようになった初期から、幾度となく翼は見てきた。だから、その槍の危険性が判る。
「そんなことでは、逃がさないッ!」
ガングニールは、装者の手を離れていても尚標的を狙い続けている。多少軌道を逸らしこそしたが、その軌道を槍自体が自動で修正する。
射撃後であり離脱できる姿勢になかったクリスは、槍が狙いを定めたことに息を飲む。
「何だとッ!?」
「やらせる、ものかッ!」
間一髪で、剣を握った翼が大きく横から切りつけ、弾き飛ばした。大きく弾かれた槍は軌道修正しきれず、翼とクリスを外れ地面に突き刺さる。
「油断がすぎるぞ、雪音ッ!」
そうクリスを窘めた翼は、エルキドゥに向き直る。その構えに隙はなく、例え精神的に不安定でも翼が翼たる所以を見せていた。
そして、だからこそエルキドゥは翼の不調を察する。
「翼、君は油断はしていないだろうけど、やはり心は不安定みたいだね」
「何を、……ッ!?」
エルキドゥがそう呟いた瞬間、翼の肉体に鎖が巻き付く。強靭な黄金の鎖は、精神的に不安定だった翼を捉えるには十分だった。
「な、に……? バカな、ガングニールを使うのでは……ッ!?」
「奏の姿だから、奏の武装だけを使うわけじゃない。例えどんな見た目であろうとも、僕が完全聖遺物であることに変わりはない」
その鎖はエルキドゥの背中から出ており、フロンティアの地下を通り翼の足元から出現していた。
万全の翼なら、この不意打ちにも対応することは容易だっただろう。
相手が奏の姿をしていたからこそ、奏の戦い方しかしないと無意識に考えていた。相手が千変万化の聖遺物であるということを忘れてしまっていたのだ。
「……ッ、不覚をとったかッ!」
脱出しようともがく翼を前に、弾き飛ばされたガングニールを手元に呼び寄せるエルキドゥ。逃げる暇すら与えまいと、エルキドゥは大きく槍を振りかぶった。
「やらせるかよッ! 十億連発でッ!」
だが、それを黙ってい見ているクリスではない。両手のアームドギアをガトリングに変形させ、エルキドゥに対し弾幕を張る。
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B I L L I O N M A I D E N
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エルキドゥも、流石にその弾幕を無視することは出来ない。槍を回転させて盾のように弾幕を防ぐ。そしてそのまま、己の背部に白いマントを展開する。
マリアが展開するガングニールのように自在に動くそのマントは、エルキドゥが纏っていた貫頭衣同様に自在に変化し動くエルキドゥの肉体そのもの。
エルキドゥはそれを自身とクリスの間に展開し、弾幕を完全に遮断した。
「だったら、全部乗せだッ!」
クリスはその壁を破るため、ガトリングを展開しながら更に腰にミサイルポッド、背中に大型ミサイルを展開する。
エルキドゥの外套を吹き飛ばさんと、銃弾に加わり榴弾の雨が降り注いだ。
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M E G A D E T H Q U A R T E T
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ガトリングに加え小型榴弾と大型ミサイルの連撃は、エルキドゥの外套防御を容易く突き破る。
爆破の衝撃で縛鎖が緩み、翼は縛りを抜けクリスのもとに合流した。
「済まない、助かったぞ雪音」
「アンタも大概頼りないからな、シャキッとしろよな」
「……面目無い。だが、もう大丈夫だ。この身は剣、切っ先を鈍らせるような真似はしない」
クリスの軽口に真面目に対応する翼はしかし、その言葉とは裏腹に翼は未だ割り切れていなかった。それほどまでに、奏の姿の敵と戦うことは翼にとって心を削るモノだった。
やがて最初に大きく飛ばされた響も同じく2人のもとに合流し、今は爆風と砂煙によって視界の通らないエルキドゥのいた場所を見やった。
「……やった、のかな……?」
「わかんねえよ。流石にこんだけぶちかませばとは思うけど、相手は完全聖遺物そのものだ。そう簡単に片が付く相手とも思えねえ」
そういったクリスの言葉に応じるかのように、砂煙が竜巻によって巻き上げられる。
その装甲はズタズタで、その槍にも罅が入っている。しかし、本体である生身部分にはかすり傷の1つもなくエルキドゥは槍を構えていた。
ガングニールが唸りを上げる。そのエネルギーを螺旋に束ね、周囲の砂煙を払い除ける。
「貴様、その
翼の激昂に、エルキドゥは答えずエネルギーの奔流を解き放った。
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LAST ∞ METEOR
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シンフォギアの技は、個人の歌から発生するとはいってもあくまでシンフォギアの機能にすぎない。シンフォギアに掛けられている莫大な数のロックが個人に適合する形で開放され、それぞれの独特な技を作り出しているのだ。
だから、エルキドゥにとってその模倣は容易。天羽奏の外したロックと同じロックを外し、同じ機構を用いてエネルギーを放っているに過ぎない。
つまり、エルキドゥの技と元の奏の技との違いといえば、歌ががらんどうでしか無いことと、扱えるエネルギー総量の桁が違うというだけである。
フロンティアの一角を大きく抉り、その竜巻は大地を薙ぎ払う。完全聖遺物としてのエネルギー出力に任せた一撃は、手にある槍を砕き、そして対峙する装者たちを吹き飛ばした。
「莫大なエネルギーによる攻撃、装者3人のダメージ、甚大です! このままでは……」
二課仮設本部の司令室、モニターには装者達のシンフォギアから送られるバイタルデータが映し出される。全身至る所に赤いアラートが表示され、そのダメージの深さを物語っていた。
「くそッ! 相手は完全聖遺物、いわば了子君との戦いのそれに近い。通常状態のシンフォギアでは、3人がかりで勝てるものではないというのかッ!」
戦闘型の完全聖遺物は、それが十全の力を発揮する限りその強さはシンフォギアの比ではない。ネフシュタンと融合し、その力を発揮したフィーネは装者3人と互角以上に渡り合い、体が縦に引き裂かれてもなお再生するだけの回復力すら持ち合わせていた。
「マズい、翼さんッ!」
緒川がモニターに映る状況を見て顔色を変えた。モニターには、倒れ伏す翼に近付くエルキドゥの姿。その手にある砕けた
「起きろ、翼ァッ! くそ、こちらから援軍を、いや、いっその事俺が出向けば……ッ」
「待って欲しいデス!」
司令官としての任務を放棄することを視野に入れた弦十郎の言葉に、少女の声で待ったがかかる。
「その前に、私達が行くデス! いや、行かせて欲しいのデス! 私がティーネを殺しちゃって、そしてこうなったんですから、私がせめて何とかしなくちゃなんデス!」
「……ドクターの作ったLiNKERなら、まだ在庫が残ってる。だから、お願い。例え魂が亡くなったとしても、私はティーネを止めたい。人の命を大切にした友達に、人殺しなんてさせたくない」
F.I.S.所属のギア装者、暁切歌と月読調はそう願い出た。自身の罪と向き合い、友を思うその心から出たその行動に、弦十郎は神妙な表情を浮かべる。
「捕虜の身分でおかしいことを言っているとは思うけど、でも……?」
調が更に言い募ろうとしたところで、その頭に大きな手が乗せられる。大人らしい包容力に溢れた力強いその手は、調の頭を優しく撫でる。
「みなまで言うな。それがお前達のやりたいことだって言うなら、俺達大人が叶えてやらなくてどうするって話だ! ──緒川ッ! 藤尭ッ!」
「分かってます。送迎ミサイルの準備は出来ています!」
「弾道、計算済みですよ!」
その言葉に、切歌と調は驚きの表情を浮かべた。彼女らの周囲の大人に、真っ当な人間はナスターシャしかおらず、こうも優しくやりたいことをやらせてもらえるなんて思ってもいなかったのだ。
2人の手錠が解かれ、それぞれのシンフォギアのペンダントが手渡される。こちらを信じる真摯な瞳に、2人の心が熱くなる。
ふと、弦十郎が伝え忘れた事があるかのように顔を上げた。
「ああ、そうだ。出撃するなら条件がある。──いいな、絶対に無茶だけはするなッ! 生命を無体に扱うような真似だけは絶対に許さんッ!」
「ッ了解デース!」
「……ありがとう。──貴方は、変わらないのね」
信頼され、大切にされ、子供の無茶を許してくれる。そんな弦十郎の言葉に、2人の心が満たされていく。
そのまま2人は緒川に連れられて発射装置へと急ぐ。
「ま、それが俺の性分だからな……うん? 今のは……」
調の最後の言葉につい自然に返事をして、その不自然さに首を傾げる。真実を問いかけるにも、調は既にいない。
「……まさか、な」
エルキドゥは、倒れ伏す翼に対し歩を進めていった。継ぎ接ぎだらけの鎧を纏い、無理やり固めた砕けた槍を持つ姿は、無理やり「天羽奏」の記号を保とうとしているようにも見える。
「2年前、あの場で奏の魂を宿した可能性が最も高いのは君だ、翼。君の中に奏の魂があれば、響を手に掛けずに済む」
「ぐッ……」
ダメージが深いのか、翼は起き上がれない。
否、ダメージだけならば自身の矜持を以って立ち上がることも出来たかもしれない。だが、翼は未だに悩んでいた……悩んでしまっていた。
奏の魂には、もしかしたら程度の心当たりはある。単なる幻聴や、もしかすれば自分の空想にすぎない可能性もあるが、翼は奏が死んだ後も奏の声を聞いたような覚えがある。
自分の生きたいという思いから生まれた幻像かも知れないが、若しかすれば、という思いも捨てきれていない。
そしてもしそうなら、翼が死ぬことで奏は蘇ることが出来るのだ。本当に出来るかは分からないが、エルキドゥは千変万化であり、数多の聖遺物を湛えるバビロニアの宝物庫を握っている。フィーネのように魂を扱う技術が先史文明期に存在したことを考えれば、多くの聖遺物を扱うことの出来るエルキドゥが実現する可能性は十分だ。
ダメ押しに、今のエルキドゥの台詞もある。自分が先に犠牲になることで、自分の優しく強い戦友にして後輩を守ることに繋がる。人類守護は、防人の勤め。それは、同じ戦士に対してもそうあるべきではないだろうかと思ってしまう。
(私が、犠牲になれば……立花は、守れる。ならば、ここでいっそ……)
エルキドゥが槍を振りかぶる。処刑人のように、断頭台のように一分の無駄もなく、その槍は振り下ろされた。
その振り下ろされた槍を、拳が掴みとる。
立花響は、大きなダメージの中で尚立ち上がりその槍を捉えていた。
激昂していたことで受け身が遅れた翼や、遠距離型でダメージに対する受け身能力が比較的低いクリスとは異なる。常に接近戦で、鍛えた肉体とタフネスを維持して戦う響はそのダメージを抑えることに成功していた。
だから、今一度立ち上がれた。だから、大切な人を守ることが出来た。
捉えた槍から伝わる力に、エルキドゥは完全に一切の手加減なく殺すつもりだったことが読み取れた。その事実は、響を強く狼狽させる。
たまらず響は、エルキドゥに向かって叫ぶ。
「ッ、どうして!? あんなに誰も殺そうとしなかったのに、こんな……」
「
エルキドゥの願いを叶えるためには、風鳴翼か立花響、その2人のどちらかにある可能性の高い奏の魂が必要だ。
だが、魂に干渉する聖遺物こそバビロニアの宝物庫に存在するものの、複数あるかも知れない魂のどちらかのみを奪うというピンポイントな聖遺物は見つからなかった。
となれば、その魂を採取するエルキドゥの取れる方法は1つに限られる。即ち、対象を殺害することにより肉体から開放された魂を確保し、自身のもつ天羽奏の肉体に刻印することのみ。
事ここに至って、エルキドゥは彼女達を殺すことを躊躇わない。そうしなければ、エルキドゥの主目的は絶対に達成されないのだから、躊躇う道理をエルキドゥのプログラムは持ち得ない。
その瞳に、一切の感情は見えない。ただそうしなければならないというシステムに則って動く機械となったエルキドゥを前に、響は悲しみと激情を抑えきれない。
「ダメだよ、こんな、ことは……ッ!」
響の心に火が灯る。ティーネは、人の命を大切にしていた。仮に友人の心が失われたのだとしても、その友人の身体で人殺しなんて、絶対にさせたくなかった。
だが、満身創痍の響と肉体的には無傷のエルキドゥがいつまでも拮抗できるはずもなく、徐々に槍が押し込まれていく。
「ならば、まずは君からだ、立花響」
「ッよせ、私の魂に奏の魂があれば、立花を傷つける必要なんて無いのだろうッ!? やめろ、立花はッ……!」
残酷な宣告に、翼が声を上げる。防人たる自分が不明で大切な人が死ぬなんてことを、翼は二度と味わうつもりなんてなかった。
しかし、その言葉に誰よりも強く反応したのは、他でもない響だった。
「私の生命を守るために、なんて理由で、翼さんが生命を捨てる必要なんてないんですッ!」
響は言葉を飾らない。その言葉は、心からの言葉でしかない。
「奏さんだって、自分が生き返るために翼さんが死ぬなんて絶対嫌に決まってますッ!」
だからこそ、その叫びは、翼の心に響く。
響はいつか緒川に、翼に、未来に、皆に言われたことを大声で繰り返す。
「私は、奏さんの代わりにはなれないッ! 翼さんの代わりにもなれないッ! 私は私ですッ!」
「私の生命も翼さんの生命も、誰の生命も誰かで変えられるものなんかじゃないッ!」
「だからッ! 翼さんの生命を私の生命の代わりにだなんて、言わないでくださいッ!」
「誰かの代わりに死ぬなんて、そんな悲しい思いのままで──生きることを、諦めないでッ!」
「────ッ!!」
その言葉は、風鳴翼の心を貫いた。
何を自分は生命を捨てようとしていたのか。今の自分が本当に本心から誰かの為にと生命を使おうとしたのか、なんて言うまでもない。
自分の不備で取り零した生命を取り戻したい、だなんて利己的な理由で死を選ぶなんて。罪の意識から逃れようとするあまりに、生きることを諦めるなんて。そんなことは、天羽奏が最も嫌った行為に他ならないではないか。
翼の瞳に活力が戻る。立花響の呼びかけに答えるように、その体を、心を奮い立たせる。
「そうだ、な。生きることを諦めたりしてしまえば、それこそ奏に笑われる。──己が
今までに無い力強さで、翼は颯爽と立ち上がる。一切のブレなく構えたアームドギアが、翼の歌を刃に乗せる。その剣は二刀に頒かたれ、翼の心を反映するがごとく燃え上がる。
その輝きはまさしく何処までも飛べる翼。両翼を翻す炎の鳥。
その姿を見た響は、己の脚部ユニットのパワージャッキを展開、その力を開放することでエルキドゥを天高く蹴り上げる。
エルキドゥはその動きに対応しマントでガードをしたが、響はガードをしたままのエルキドゥをガードのそのままで打ち上げた。
そして、見失っていた翼を再び広げた鳥は天空に狙いを定め、炎のように空へと舞い上がった。
「その翼、僕が素直に受ける道理はないッ!」
エルキドゥはマントを変形させ、何重にも重ねた防壁を創りあげる。更にその防壁から鎖を展開し、翼を捕えんとした。
だが、その鎖は、そして防壁は撃ち貫かれる。
「まだ、まだだッ! こっちは全弾撃ち切ってねえんだよッ! だからさっきと合わせて十億連発、改めて全部貰っとけッ!」
地上で同じく負傷し倒れていたはずのクリスが、ガトリングだけをエルキドゥに向けて放っていた。今の彼女が出来る全力の射撃は、翼を地に落とそうとする縛鎖の尽くを撃ち砕く。
炎は青く転じ、まるで風鳴翼そのものが炎になったかのように錯覚させる。クリスの弾丸は、遮るものなき空の道を作り出していた。
蒼き炎鳥が空を駆ける。親友の姿を模した、しかし歌も、目も、その在り方も似ていないエルキドゥへと、炎は飛び込んでいった。
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炎 鳥 極 翔 斬
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防ぐ手立ての無いエルキドゥは、それを受ける他なく。
天羽奏の見た目だけを模した偽の片翼は、炎に貫かれ地上へと堕ちた。
空を舞い上がった翼が、エネルギーを失いかけた状況で尚扱える限りのスラスターをうまく展開し地上に降り立つ。
その側に響とクリスが駆け寄り、体力を消耗した翼を支える。
「うわっとぉ。大丈夫ですか、翼さん」
「ああ。大事無いとは言わないが、こんな事で折れては剣の面目が損なわれるからな」
心配する響に、冗談交じりに答える翼。翼の顔は先ほどまでの不安定さは微塵もなく、いつも通りの翼だった。
その様子にホッとする響とクリス。
「んで、ティーネのやつは結局どうすんだ?」
そのホッとした顔を見せたくなかったのかクリスはすぐに顔を背け、焼け焦げ地面に倒れているエルキドゥを見る。
「まだ死んだなんてことは無いはずだ。強さのあまり加減するなど出来なかったが、ティーネの今の肉体は頑強極まりない。カ・ディンギルを崩壊させた一撃を当てても、尚肉体に大きなダメージは見られないからな」
「ならいいけど。……? おい、オッサン。こっちに何か飛んできてるけど、あんた何か判るか?」
クリスがふと空を見る。火器をふんだんに扱う彼女だからこそ直感的に理解したそれについて、司令である弦十郎に通信で問いただした。
まさかどこぞの外国の攻撃兵器かと、翼と響が身構える。
『ああ、切歌君と調君をそちらに送った。……その様子を見ると、もう終わったのか?』
「ああ、なるほどな。まぁ、こっちは片が付いたようなもんだけどよ……」
その言葉に、翼と響は脱力する。上空でミサイルが展開され、ギアを纏った調と切歌が着地する。
切歌と調はそのまま隙無く武器を構えたがしかし、どうにも生温いその場の空気に二人は首を傾げた。
「あ、あれ……? 決意固めて来たデスけど、もしかしてもう、終わってるですか……?」
「……もしかしなくても、無駄足? LiNKERを無駄に打っただけっていうのは、流石にちょっと悲しいよ切ちゃん……」
「え、えーっと……ドンマイ?」
切歌が顔を赤くし、調が肩を落とす。そんな二人の状況に、思わず響が声を掛ける。
全体的に生温い空気が流れたところで、その空気をかき消すような声が全員の元に届いた。
『──無駄足とか言っている場合ではない! 今のうちにもう一度体勢を立てなおしてッ!』
装者達の目の前に半透明のモニターが展開される。そのモニターと司令室のモニターには、連れ去られたマリア・カデンツァヴナ・イヴの姿が映っていた。
彼女は切羽詰まったような表情をしており、その姿に全員が再び緊張を取り戻す。
『それはどういう──ッ!?』
そう言いかけたところで、モニターに映るエルキドゥの姿に弦十郎は戦慄する。
あれだけのダメージを受けながら、エルキドゥはしっかりと立ち上がったのだ。
「……まさか、ここまでダメージを負うことになるとはね。これ以上奏の身体で戦えば、この肉体を不必要に損壊してしまう」
既に鎧もボディスーツも大部分が破損し、その肉体にも傷が刻まれている。天羽奏の蘇生を第一義とするエルキドゥにとって、これ以上の肉体の損壊は看過できなかった。
「装者も、五人か。さっきのことを考えれば、奏の肉体を損壊させずに戦うことで目的を達成することは不可能と言っていいだろう。──だから、別な手段を講じよう」
その言葉とともに、エルキドゥの足元に幾何学的な文様が走る。エルキドゥの指令を受けたフロンティアは、複合構造船体としての特性を活かし動力部を分離・移動させる。
大地からせり上がりエルキドゥの下に出現した、球形の動力部。そこにあるのは、鎖によって自動制御されるネフィリムの心臓。
エルキドゥは、
「事ここに至って、最早考える機能なんて必要無い。目的を果たすためならば、僕はどんな手段をも用いよう」
「ネフィリムの心臓を元に、無限のエネルギーを生成する。そうすれば、大地と繋がりのないこのフロンティアでも、僕は本来の姿を以って戦える。フロンティアの動力と一体化をすれば、理性を失ったとしても自動的にフロンティアを維持することになるだろう。そうすれば、僕が本気で戦ってもフロンティアが落ちることはなくなる」
その姿が、天羽奏から離れていく。顔はのっぺらぼうのように凹凸の無い物へと変化し、その姿は巨大化していく。
女性的な身体から男とも女ともつかない人の原型のような人型へと変化していく。その肉体に無駄な要素はなく、その体躯は人をはるかに超える。
全身に幾何学的な模様が走り、頭部からは角が生える。エルキドゥの持つ人間性の最後の欠片なのか、その頭部には長い毛髪が生えている。
「何だよ、こりゃあ……ッ!」
クリスは、今までとは桁が違う程の変貌に絶句する。
そこに、フロンティアの内部で情報を調べていたマリアからの連絡が入る。
『シュメールのギルガメシュ叙事詩に曰く。泥の野人エルキドゥは、人に成る過程でその力を大きく削ぎ落とされた。フロンティアのデータベースで詳しく調べたところ、聖遺物エルキドゥは複雑な物体を模倣をすることで大きくその力を減衰させたとされている。つまり、あの姿が原初のものだとするなら、その力は──』
「──正しく、計り知れない威圧感だな。これが、完全聖遺物『エルキドゥ』の本来のエネルギー……」
翼のこぼした言葉が、静まり返った周囲に虚しく響く。
その威圧感は、正しく人外。単騎で世界を左右しうる神の如き熱量を誇る原初の野人は、表情は愚かパーツすら無い顔を装者たちに向ける。
『理性を落とせば、僕は嘗ての力を取り戻す。なぜなら人の精神の模倣は、只の器物である僕にとっては最も大きなエネルギー消費を強要する行為だからだ。理性を失えば、僕は主目的以外の全てを切り捨てるだろう。天羽奏の蘇生のために必要な魂は、ここにいる翼と響の生命を奪えば事足りる。安心するといい、どうなっても世界には被害が出ないだろう──君たちを除いて』
まるで感情を感じられず、誰の声ともつかない音声がその場に鳴り渡る。
「ティーネちゃん、ティーネちゃんはそれでいいの!? そんな、人の在り方を捨てちゃうなんて……」
響が思わず叫ぶ。その心からの叫びに、エルキドゥは微動だにしない。
やがて、先ほど同様に音が鳴る。
『ティーネという人格は、僕のものではない。彼女の事を思うなら、その名で僕を呼ばないことだ……これから、呼ぶ機会も無くなるだろうが。──さあ、これで全てに決着をつけよう、シンフォギア装者。僕は、エルキドゥ。泥の、人、型──……』
その言葉を最後に、その動きから意思が消える。
全身の模様が発光し、言葉にならない咆哮を上げる。
これ以上ないくらいに美しい、星そのものの声。
人の歌とは全く違う、大地そのものが唄うかのような無機物の共鳴を上げ、