奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS)   作:222+KKK

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最終話 天の方舟/熾天領域

 何処とも知れない、深い領域。まるで水の中のようなその世界には、或る魂の残滓が漂う。

 女神の剣によって破壊されたその魂は、しかし完全な魂ではないが故に滅びを免れていた。

 

 勿論、だからと言ってその残滓が何かを思えたわけでもなければ、何かを感じ得た訳でもない。

 残滓は所詮残滓でしか無く、そこに意志は最早微かにも存在していない。彼はいつだって、それこそ先史文明のその時から聖遺物でしか無く、聖遺物を動かすのは人の心でしかないのだ。

 例えこの領域に歌が届いたところで、何の行動機能も備わっていない残骸が何かの行動を起こすことは不可能だった。

 

 だから、その領域に起きた変化は、稀な必然によって起こった奇跡だったといえるだろう。

 

 その青い領域に、泥が溢れ出す。世界は泥に沈み始め、世界に幾何学模様が奔る。

 魂の残滓のその記録を、それが持っていた感情を泥は再構築し始める。

 

 聖遺物は、人の心に、思いに、歌に反応しその願いに合わせて力を行使する。

 ソロモンの杖は持つだけで思い通りにノイズを召喚・操作を可能とし、フロンティアは端末に手を当てるだけで大体の操作を行うことができる。デュランダルのように所持者の感情を塗りつぶすような聖遺物だって、その所持者の思いに反応し力を行使することには変わりない。

 

 だから、装者たちの心からの歌は、それを載せたシンフォギアの突撃は、あらゆる模倣を辞め、最も原初の聖遺物としての在り方に近くなっていた「神の泥(エルキドゥ)」を動かした。

 ティーネという人格を取り戻したい、連れて帰りたい──前を向いて一緒にいきたいというその願いを、エルキドゥは叶えるために行動する。

 

「……そっか、僕は、皆に……」

 

 やがてその全身が構築され、ティーネはその記憶を、想い出を取り戻す。

 魂が崩壊したとしても、その人格情報や記憶は記録としてエルキドゥの肉体に刻まれている。千変万化のエルキドゥにとって、自身の想い出や魂は電気信号として容易に扱えるため、特殊な技術体系なしに転写することができた。

 皮肉なことに、人間とは違う聖遺物だからこそこうして死から蘇生を果たすことができたのだといえた。

 

「……外に、戻らなきゃ。──やっぱり、僕は奏を蘇生するって考えるべきじゃなかったのかな。翼を、皆を殺そうとして、それで奏が歌ってくれるわけもないのに……」

 

 敵対者としての歌なら歌う可能性もあるが、ティーネが聞きたかったのはそんな歌じゃない。それすらもわからないほどに、「エルキドゥ」は追いつめられていたということだろう。

 今となっては、エルキドゥはティーネを人と区別できていない。ティーネの意志に逆らうこともなく、前までのように生きていけるだろう。

 

「──ああ、それでも。僕は、君の歌を聞きたかった…………?」

 

 と、その時泥と水の世界に、1つの旋律が聞こえる。限りなく自分に近く、そして何処か遠いその歌は、その世界中になっている。

 どこから聞こえる、なんて考えることもない。この世界はティーネとエルキドゥの精神の世界なのだ。ならば、聞こえる場所は彼ら自身の内部からに他ならない。

 

「これは、まさか。……でも、そうか。これなら────」

 

 ティーネは、その拳を握り胸に当てる。祈るかのようなその仕草は、ティーネに、そしてエルキドゥに残された最後の希望だった。

 

 

 

 泥の塔が崩れ落ちる。崩壊し大地に堆積した泥は、やがて1つに纏まり、1人の少女の姿をとった。

 その顔は、いつものようなほほ笑みを浮かべていない。どこか泣き出しそうな表情を浮かべた彼女は、間違いなく心をもった人間だった。

 

「ティーネちゃんッ! やったぁ、戻って来てくれたんだッ!」

 

 笑顔ともに放たれた響の言葉に、他の装者たちも思い思いに駆け寄ってくる。

 どのギアも罅が入り破損部もあり、戦いの中でどれほどの痛みを背負わせてしまったのかとティーネの表情が曇る。

 

「──響、うん、戻ってこれたよ。ありがとう、君たちの歌が『僕』を動かしてくれたんだ。僕の心を、取り返してくれたんだ」

 

 ティーネの言葉は、紛れも無い感謝の言葉。一度死んだ自分がまた戻ることが出来たのは、紛れも無く自分を大切に思ってくれた友人達の歌のおかげだ。それを嬉しく思うのは当然だし、心から感謝をしていた。

 

「ティーネッ! ごめん、ごめんなさいデスッ! あたしのせいで、あんな、あんな……ッ!」

 

 切歌が涙を流しながらティーネに抱きつく。その震えた肩に、ティーネは手を置き首を振る。

 そもそも、あれはエルキドゥ(ティーネ)の自殺に付き合わせてしまったのだ。ティーネからすれば、どう考えても自分たちが悪いとしか思っていない。

 ティーネは優しく聞こえるようにその旨を説明したが、切歌はそれでも抱きつくことを止めない。ティーネはそんな切歌を相手に天を仰ぎ、取り敢えず泣き止むまで待つことにした。

 

 

「……お、お恥ずかしいところをば見せてしまったデス……」

 

「いや、いいよ。というか、僕が悪いんだから切歌は気にしなくてもいいんだよ? ホントだよ?」

 

 照れる切歌に、改めて自身の意思を伝えるティーネに、切歌は真剣な表情をして首を横に振った。

 

「こっちこそ、いいんデス。ティーネがそう言ってくれても、例え原因がどうであれ、あたしがティーネを殺したことは事実なんデス。──だから、二度とこんな思いをしないように、誰かにさせないように頑張るって決めたデス!」

 

 例え自殺まがいとしても、自分のやったことには変わらない。だからこそ、と前を向いて進もうとする切歌を見て、やはり人間はすごいものなのだとティーネは痛いほどに実感した。

 そっか、とだけ呟いてティーネは手を離す。

 その後も、他の装者たちがティーネと積もった話をしようとしたが、そんな彼女達を翼が抑える。

 

「おいおい、なんで止めんだよ! こっちは言いたいこと色々あるんだ、それを──」

 

「気持ちはわかるが、流石にここで話を続けるのも問題だろう。──見ろ」

 

 そう言って翼が指を向けたのは、フロンティアの外縁部。エルキドゥとネフィリムというユニットを失ったからか、外縁部から徐々に崩壊し、海に崩れ落ちていく。

 

「汐を被っても良いというなら、このようなところで話し込むのも構わんが。まずは崩壊が最も遅い艦橋部に向かうべきだろう。帰投についても、先ほど二課に対して要請したからな、帰るための機体が着陸する場所を確保しなくては……」

 

「げッ、まじかよ……。なんつーか、最後だってのにしまんねえなあ……」

 

 翼の言葉に、クリスがボヤきながら歩き始める。幸いというか崩落速度は遅いため、このままなら歩いても十分に間に合うだろう。

 

「……そうか、そうだね。──帰投、か。二課は確かに、帰るべき場所だ」

 

「……? おいティーネ、お前何やってんだ? そのまんま突っ立ってても海に落ちちまうぞ?」

 

「大丈夫さ、今行くよ」

 

 動こうとしないティーネを心配したクリスの呼びかけに、何かを考え込んでいた彼女は返事をして、フロンティアの中央部へと足を向けた。

 

 

「いやぁ、つっかれたぁー!」

 

 響がそう言ってへたり込む。その体を覆っていたギアは既に消失し、戦闘前の衣服に戻っている。

 

 フロンティア中央部、人工的な石の床が広がるその場所は、ヘリなどの垂直離着陸機なら発着も容易な地形となっている。

 が、エルキドゥと戦っていたのはフロンティアの前方部の大地の広がる荒野。そこからの道程は、激戦を繰り広げ、既にそのギアの機能が停止した奏者たちには酷なものだった。

 

「だめだぁ、もう歩けねえ……。って、もう来たのかよ!」

 

 特にクリスのような体力が(比較的)少ない人間にとっては、なおのこと苦行だったろう。寝そべって空を見上げたクリスはしかし、空にいたその機体を見てすぐに身体を起こした。

 クリスの声に他の装者達が上を見れば、かつてマリア達が使っていた輸送機がフロンティアに向かって降りてくる。

 

「お前達、よくやったッ! どうやら無事にティーネ君を呼び戻せたようだな!」

 

 着陸しようとしていたその機体の内から顔を出したのは、二課で司令を出しているはずの弦十郎。戦闘も終わり、司令室からの補助は自分がいなくとも出来るだろうと思った弦十郎はそのまま機体に乗って装者達を迎えに来たのだ。

 

「さあ乗れ! 積もる話はそれからだ!」

 

 弦十郎の言葉に、それぞれが立ち上がり機体に向かう。だが、そんな彼女達を尻目にティーネは機体に向かおうとはしなかった。

 まるでまだやり残した事があるとでも言わんばかりに微動だにせず、ティーネは懐に手を入れる。その様子を不審に思った響達は、乗り込まずにティーネのもとに駆け寄る。

 

「どうした、ティーネ? 何か問題でもあったのか、でなければ早めに乗るべきだぞ? 帰りの座席も限りがあるかも知れないからな」

 

 翼が軽い冗談交じりにティーネに何故帰還するための機体に乗らないのかを尋ねる。しかしその目は、ティーネが懐に入れた手の動きを見逃さないようにとその一挙手一投足をしっかりと見張っている。

 様子がおかしいと思ったのか、他の装者たちや弦十郎達二課の職員も機体から降りてくる。

 

「……ああ、そうだね。だけど、僕は──帰れない。そこに帰す人は、もう決まってるから」

 

 翼が見ている中でティーネが懐から取り出したのは、赤く輝く宝石のような、小さなペンダント。

 基底状態のシンフォギアが、ティーネの手に握られていた。

 

「ティーネ、何をッ!?」

 

──────── elkidu tron(我が生命を、友に捧ぐ)

 

 その言葉は、紛れも無く心が宿っていた。

 起動したティーネが強く祈り、強く想った1つの願い、それを形にせんとするのは、その胸から聞こえる聖詠だった。

 自身を別けて作られたシンフォギアは、愚直なまでにその願いに応える。

 

 嘗て、ティーネがシンフォギアの装者の()()をしていた時と同様に、その肉体は貫頭衣のような外套のアームドギアに包まれる。

 その内側には、肉体にフィットするような形状のシンフォギアのボディスーツ。頭部に構築された鹿の角のような分岐した頭飾りは、まるで原初の姿の時の角のような形状となっていた。

 

「おい馬鹿ッ! 何するつもりだッ!」

 

 クリスが大声で叫ぶ。その言葉に、ティーネは笑みを浮かべる。

 

「帰すべき人を、帰すんだ。僕に心が出来たから、彼女を帰すことも出来る。急がないと、誰も傷つけない機会は今しかない、から……」

 

「一体何を……ッ!?」

 

 ティーネの肉体から、緑色の光が放たれる。中空に出来た黄金の波紋は、宝物庫へと繋がる扉だ。

 装者が、二課の職員が止めるより先に、翼とティーネの間に巨大な剣が突き刺さる。女神ザババが振るう一振りとされるその聖遺物は、魂に干渉する機能を持つ翠玉の剣(イガリマ)の完全な姿。

 

 剣が突き立った衝撃で、疲労の激しい翼はよろめく。ダメージが深いティーネも同様のようで、ギアを纏っているにも関わらず、自分の起こしたその行動でふらついた。

 

「剣、だと……!」

 

「いいや、盾だ。そして、君の中の魂に触れるための端末でもある」

 

 そう言うと、ティーネはシンフォギアから鎖を展開し、イガリマに接続する。そして、その姿を今再び変じていく。

 髪の色を変え、背を変え、肉体を変え、声すらも変わる。

 

「かな、で……?」

 

 その姿に、翼は呆然と言葉を紡ぐ。

 

「ティーネ、なぜまた……ッ、まさか、貴様……ッ!」

 

 翼の前に姿を現したのは、エルキドゥのシンフォギアを纏った天羽奏の姿。白い貫頭衣を纏ったその姿は戦士には見えず、むしろ好きな歌を歌っていた時の姿に近い。

 その顔に浮かぶ決意の表情に、翼は何かを察したのか言葉を荒らげた。

 

 そしてそんな翼の言葉に返事をすること無く、ティーネは心の歌を歌い始めた。

 

 

"Gatrandis babel ziggurat edenal"

 

 天羽奏の姿をしたティーネの歌は、翼に否が応でもかの時を思い出させる。だからこそ、ティーネが何をしようとしているのかわかり、それを止めようとする。

 しかし、肉体さえ保全されていれば疲労自体は存在しない「完全聖遺物エルキドゥ」の行動を、戦いで疲弊した翼が止めることは出来ない。

 

 その歌に合わせ、エルキドゥのシンフォギアがその出力を向上させ、自身の特性を拡張していく。

 

"Emustolronzen fine el baral zizzl"

 

 接続された鎖を通じ、イガリマの機能をその身に共有させる──その力を自身のギアに模倣させる。

 

 元来無機物としか共鳴できない聖遺物である「エルキドゥ」は、「ティーネ」の想いに応えてその特性を変化させていく。

 ティーネの外套が変化し、翼の身体を包み込む。そしてその接触面から、有機体である風鳴翼の肉体そのものと共鳴を果たす。

 

"Gatrandis babel ziggurat edenal"

 

 元来の機能にない有機体との共鳴は、エルキドゥのギアを崩壊へと導く。外套が徐々に崩壊し、その身を纏うボディスーツも粒子へと変換される。

 

 魂が電気信号だとするならば、肉体が崩壊した瞬間にそれと接触していた風鳴翼が魂を保持している可能性が高いとティーネは考えていた。

 だからこそ、「エルキドゥ」は戦闘時に風鳴翼を優先して狙い、その肉体の崩壊に合わせて彼女の持つ全ての電気信号を剥奪することで魂を手に入れようと考えていた。

 

"Emustolronzen fine el zizzl"

 

 しかし、今はそうする必要がない。エルキドゥのシンフォギアを「強い願い」によって機能拡張したティーネは、有機体と共鳴することで対象の電気信号──魂の構造を把握し、魂に干渉するイガリマを"模倣"して、天羽奏に相当する電気信号を自身の肉体へと転送する。

 

 聖遺物の力を装者に合わせて増幅・拡張するシンフォギア、そのエネルギーをバックファイアを顧みず使用する機能である「絶唱」。

 ティーネ・チェルクの生命(こころ)を捧げた絶唱は、「天羽奏」の魂の電気信号、その全てを自身の再構築した「天羽奏」の肉体へと移し取った。

 

 天羽奏の肉体と、ティーネ・チェルク……「エルキドゥ」の肉体が離れる。

 盾のようにそびえていたイガリマは弦十郎の一撃で砕かれ、その光景は機体側に居た人々に晒された。

 

 そこにいたのは、絶唱で無理な機能拡張をしたために崩壊が迫る「エルキドゥ(ティーネ)」、押し倒されたかのように倒れている翼、そして翼がその肉体を支える「天羽奏」。

 

 翼は、自身の肉体にのしかかる重みに呆然とする。目の前に居るティーネは、奏の肉体を保持していた。だが、ティーネは目の前に居る。では、いま自分に倒れかかり、呼吸をする彼女は誰なのか。

 忘我していた翼の上で、「天羽奏」が薄ぼんやりと目を開ける。

 

「……あれ、翼、か……? あたし、は……? まあ、いいや……何だか、腹が減ってて……」

 

「…………奏ッ!」

 

 未だに自意識がハッキリしていないのか、彼女は寝ぼけたようにそう言って再び目を閉じる。

 思わず翼は彼女を抱きしめる。その肉体は崩壊すること無く、翼の腕にしっかりと重みを伝えてくる。

 弦十郎はその2人の様子と、それを見守るようなティーネの顔から、剣の向こう側で何があったのかを理解する。

 

「ティーネ君、君は……ッ!」

 

 弦十郎の絞りだすような声に、平坦で、だからこそどう聞いても我慢していることが判りきった、そんな声色でティーネは言葉を返す。

 

「……僕は、帰れない。帰るなら、奏が帰るべきなんだ。……それに、散々と迷惑を掛けて、響に、翼に、クリスに、マリアに、切歌に、調に、二課の皆に、僕は助けられた」

 

 ティーネが弦十郎の方を向いて呟く言葉は、しかし誰かに伝えるための言葉ではなく、自身に言い聞かせるような言葉。

 

「だから、僕は皆を助けたい。この身にそれが許されるなら、僕の生命を、友に捧げよう」

 

 ティーネの言葉とともに、その肉体の一部が鎖へと変化し、フロンティアに錨のように突き刺さる。フロンティアの中枢部、コントロールルームなどが置かれている人工エリア以外の全てが崩落していく。

 弦十郎はその様子を見ることもなく、ただティーネを真っ直ぐと見て、何処か呆けたように言葉を漏らす。

 

「それが、君の願いなのか……。人を、皆を助けることが……」

 

 弦十郎の言葉に、ティーネはしかし頭を振った。

 

「それは、正確ではない。今回の僕は途中で色々と馬鹿なことをやったのに、彼女達はそれでも僕を友人と言って助けてくれた。今の僕は、そんな友人達をただ心の底から守りたい、助けたい」

 

 ティーネがその思いを、自身の願いをつらつらと語る。

 

「僕は博愛主義じゃない、嫌いな人間は嫌いなままだ。だから、僕は友を助けるために、序に人類を助けるんだ。──知ってるかい、風鳴弦十郎。神代の時代、先史文明の昔から、僕は友人のためになら、神さえも敵に回せたんだ」

 

 そう言ってティーネが浮かべた笑顔は、別れを心の底から悲しんでおり、だからこそこれ以上ないくらいに本音であることを示している。

 

「で、でも、それじゃあティーネちゃんはッ!? ティーネちゃんはどうするの!?」

 

 機体から降りて、その会話を聞いていた響はそう言って涙を流す。一時離れて、敵対して、戦って。そして、歌を聞いてくれて、自分たちに助けられたと言ってくれた友人が今また別れる。そんなことは響にとっては耐えられないほどに苦痛だった。

 

「そうだッ! お前がいくら言おうと、一旦連れ帰って、皆で対策考えりゃいいじゃねえか! 何で、お前が……ッ!」

 

「そうよ。ティーネ、貴女は信じられないのかもしれないけど、私達皆で、絶対何とかして……ッ」

 

 クリスはそう言って怒鳴り散らす。その後ろではマリアが震えそうな表情で、しかし信じてほしいと不敵な笑みを浮かべる。

 その2人の後ろには切歌、調もおり、その全員が同じような感情を抱いているのは明白だった。

 

「……どちらにせよ、時間切れだ。先の絶唱による自分自身への機能拡張で、僕の肉体は大きな負担を受けたからね。後は、崩壊を待つばかりだ。皆を助けるには、今しかないのさ」

 

 皆の前で、そう呟くティーネ。皆が見守るその前で、ティーネの身体は徐々に崩れている。

 紛れも無く近づいているティーネの寿命に、彼女を引き止めるすべも、引き止めてもどうしようもないことを響達は悟った。

 

「でもまあ、あまり悲観しなくてもいいさ。僕は千変万化、不定形の完全聖遺物だ。機能が停止したとしても、その肉体が真の意味で消えることはない。いずれまたどこかで、歌が聞こえれば起動することもあるだろう」

 

 その時に、また会えればいいなと呟くティーネの顔は、しかし再会することは無いだろうと諦めている。今から自分がやろうとすることを思えば、それも当然と言えた。

 だから、その言葉に対しての響の言葉は、ティーネを驚かせた。

 

「……うん、分かった! いつかまた、会いに行く! 大丈夫だよ、何処に居るにしても、きっと会えるから。──絶対に、絶対ッ!」

 

 力強く言い切った響の顔をみて、その言葉をさも当然だと受け取る装者達の、弦十郎ら二課の人々の顔をみて、驚き、安堵の笑みを浮かべるティーネ。

 

「そうか、うん。きっと響が言うならそうに違いない。待ってるから、いつか会えるその日を。──さあ、行くといい。僕は再び、フロンティアを起動させるから」

 

 響達が、名残惜しそうに機体に乗る。離陸するその機体の窓からは、フロンティアに残ったティーネをずっと見続けている皆の顔が覗いている。

 やがて機体がある程度離れた時、浮上したフロンティアの姿をみた響達は驚いた。

 

「四角い、船……?」

 

 無駄な遺跡構造体を分離し、重力操作・モニタリングルームなどのような最低限の構造体のみを残し、それに張り付いた大地を共鳴・変形させたフロンティアは、巨大な立方体のカタチへと変形していた。

 それが今、空を浮遊し天へと飛んで行く。その光景をみた弦十郎は、思わずといった体で言葉を溢す。

 

「アトラ・ハシース……ウトナビシュティムの方舟か……」

 

「それ、なんですか師匠?」

 

 弦十郎の呟いた言葉に、響が質問する。

 

「シュメールの洪水神話に登場する方舟だ。ノアの方舟とは違い、完全な立方体の形状をしていたとされている。……なるほど、大切なモノを守るための形としては、案外お誂え向きなのかもしれないな……」

 

「大切なものを、まもる、船……」

 

 天へと向かうその方舟を見続けながら、弦十郎はそう話す。

 響達は、方舟が天へと向かうその姿を、見えなくなるその最後の時まで目を離さず見届けた。

 

 

 

「ああ、結局奏の歌は聴けなかったなあ……」

 

 いまや宇宙空間にまで到達した「方舟(ma-gur)」の中で、ティーネは寂しそうに呟く。

 その肉体は既に3割が泥に還っているが、それでもやりたいことをやり通すまでは崩壊しるものか、と自身を気力で維持し続ける。

 

「でも、まあ、いいか。いつか迎えに来てくれるって言ってたからね。だったら、僕はそう言ってくれる友を守ればいい」

 

 その約束もまた、「ティーネ」が自分を保ち続けるためのモチベーションになっている。

 彼女達は、絶対にその約束を守るだろう。ティーネは心からそう信じており、だからこそ自分がやるべきことをやってみせると意気込んでいた。

 

 ティーネの崩壊が6割を過ぎたあたりで、眼下には石の地表が見えてくる。表層が割れたその下には、人の言葉を乱す「バラルの呪詛」を発生させる遺跡が露になっている。

 その遺跡が露出した座標に、ティーネは方舟(ma-gur)を下ろし、自身の崩壊していく肉体を鎖へと変え、アンカーのように接続する。

 フロンティアと月の遺跡、そして「エルキドゥ」はその鎖を介して一体化していく。月の遺跡を侵食するエルキドゥは、その機能を完全に停止させていく。

 やがて完全に沈黙した月遺跡に、今度はフロンティアのシステムを介入させる。フロンティアのコントロールシステムは機能停止した月遺跡を乗っ取り、月遺跡自体が持つ星への、そして人への観測機能を補助するアジャスト機構を用いて正しい公転軌道へと月を移動させていく。

 

「これで、月は元に戻る。バラルの呪詛も消える──僕は、君たちを助けられたのかな……」

 

 そう呟くティーネは、その肉体がほぼすべて崩壊している。視界は横になり、辛うじてモニターなどが見えているようなものだ。

 いまや、月に立つその「立方体(ma-gur)」は月を通し、世界を見通す演算器となっている。それと直接つながったティーネは、最後の力を振り絞りその視界に響達の居る場所を映す。

 そこに映る響達は月を見て、そしてふと何かに気づいたように笑顔を浮かべた。

 

「…………ああ、ありがとう。僕、は────」

 

 その言葉を最後に、ティーネは基底状態へと戻る。只の泥に還ったその姿を、月遺跡とフロンティアの放つ明かりが優しく照らしだしていた。


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