奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS)   作:222+KKK

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第5話 飛翔する運命

 空に浮かぶ、大きく欠けてしまった月。

 

 あの戦い……後に「ルナアタック」と呼ばれる事件の後、F.I.S.は特異災害対策機動部二課に戦闘映像のデータを要求。

 首尾よくデータを手に入れたF.I.S.は、そのデータの解析に勤しんでいた。

 

 フィーネに関することは、言ってしまえば二課とF.I.S.どちらにとっても不祥事である。

 今代のフィーネの器は櫻井了子、櫻井理論を提唱した天才である。彼女がフィーネとして目覚めたのは12年前、風鳴翼が天羽々斬を起動させた時だという。

 それ以来、色々な知謀を巡らせ、12年を掛けてこれだけの大事件を引き起こした。

 

 F.I.S.はフィーネが立ち上げた機関であり、言ってしまえばフィーネの不祥事は組織トップレベルの人間の不祥事であるということ。

 そして櫻井了子の不祥事は、二課の技術主任という課内でも高い地位の人間の不祥事となる。

 実情はどうであれ、少なくとも外部から見ればそう扱われてしまうのだ。

 したがって、F.I.S.が二課に「こんなことがないように、データを共有しておきたい」と米国政府を通して言えば、拒否することは難しい。

 特異災害対策機動部二課は、基本的に有事を除いては法律をなるべく遵守するよう心がけている。

 強大な武力を個人が行使できる「兵器(シンフォギア)」を持っているからこそ、法律の遵守による組織への余所からの不満の緩和が大切であることを知っているのだ。

 

 つまり、F.I.S.が二課に要求したように、米国政府を通して真っ当な理由付けでデータを希望すれば、日本政府もそれを承諾してしまう。

 政府が承諾してしまえば、法を遵守する二課も逆らうことは出来ないというわけである。

 

 ティーネは、そのデータから手に入れたフィーネの計画について考えていた。

 

 月が統括するという「バラルの呪詛」を月ごと吹き飛ばし、天変地異を起こして怯える人類を1つに束ねる事で人類を支配するという計画。

 

 (それってもしかしなくても、僕と英雄王の本来の目的に近い気がする。カストディアンに恋慕を抱くって、やっぱり性格とかが近かったからなのかなあ)

 

 ギルガメッシュとエルキドゥのカストディアンに与えられた本来の役割は、エルキドゥがわざと自然災害を起こし、それをギルガメッシュのカリスマで乗り越え統治するというもの。

 要するに、壮大なマッチポンプだったわけである。ルル・アメルは心が弱いものも多く、そうした手段で依存できる存在を作れば盲目的に隸うだろうというカストディアンの想定したシステム。

 ギルガメッシュが反旗を翻し、只の兵器のはずのエルキドゥまで離反する始末だった辺り杜撰というかなんというか。

 まあ、自分の離反はギルガメッシュのカリスマに当てられたからなので、やっぱりギルガメッシュが反旗を翻すことを想定してないカストディアンが悪い。そう思いながら、ティーネは施設内で端末に向かう研究員たちを眺めている。

 

 フィーネがいない今、F.I.S.のフィーネ派閥と米国派閥の間に大きな技術的格差を生み出す可能性は失われた。

 勿論、研究員の質という面では問題はある。

 フィーネ派閥、フィーネの信奉者達はその優れた智慧を持っているからこそ、より優れたフィーネを信奉するに至ったのだ。それ故、基本的にフィーネ派閥のほうがどこかネジの飛んだ才人が多い。

 国歌機関としてはティーネの居る米国派閥のほうが扱いやすいが、その成果の期待値はフィーネ派閥のほうが大きいのである。

 

 米国派閥の不幸中の幸いといえば、(ティーネには知らされていないが)レセプターチルドレンの中にフィーネが現れなかったということだろうか。

 ここでまたフィーネが現れてしまえば、派閥の力関係が変化することなく、今までどおり徐々に引き離されていくだろう。

 ……フィーネがある程度改心しているという事実を知らない以上、彼らにとってはそれが真実だった。

 

 が、そもそも、今はそういったことを問題にしているのではなく。研究者たちがデータ解析のために端末に向かうのも、何も派閥間の成果争いというわけではない。

 端末のディスプレイには月の画像が表示されており、今後の月の描くであろう軌道が示されている。

 やがて、普段はティーネ担当研究者たちの主任である男が、自身の横にいる研究所所長に向き直り静かに口を開く。

 

「……やはり、駄目みたいですね。月は、間違いなく地上に衝突します。我々の研究所でも解析できる事態です。おそらく本部も解析し、本国へと通達しているでしょう」

 

「そうか……」

 

 その言葉に、研究所所長はため息を吐く。

 ティーネは正面の大画面ディスプレイに表示された月の軌道を見る。

 

 荷電粒子砲カ・ディンギルによって破壊された月は、その軌道が僅かに公転軌道から逸らされた。

 その軌道はゆっくりと、だが確実に地上へと向かっている。ルナアタックの傷跡は、こういったところにも表れていた。

 

「……これから、僕たちはどうするんですか?」

 

「……我々米国は、これより独自に生存する道を探す事になるだろう。お前のギアの能力は重要だ、こちらに従ってもらうことになる」

 

 ティーネの質問に、所長はそう答える。

 半ば予想してた答えだが、ティーネはそれに従うつもりはあまりない。というより、従う必要がないという方が正しい。

 この先どう話が運ぶにしろ、ティーネ……エルキドゥの目的は天羽奏の復活。いずれF.I.S.と決別することは目に見えている以上、それが早いか遅いかでしか無い。

 

 さすがに今すぐ離反しようと考えているわけではない。穏便に事を済ませることができるならそれに越したことはない。

 ココらへんは合理的な思考というより人の精神が強くなっていることが影響している。何だかんだ2年程彼らとは付き合いがあるのだから、無碍にするのも問題だろうとまるで人のように考えているのだ。

 

 結局、彼らは本部の、より正確に言えば本部の上層部であり本部の中で国家に近い人々が下した決定により、宇宙への移住計画を考える。

 そのために必要なものは、フィーネが残し、ナスターシャが裏付けをとった遺跡「フロンティア」の起動である。

 最初はそれにエルキドゥを利用するべきだというような話が出た。聖遺物クラックならば、フロンティアの封印解除も容易だからだ。

 しかし、未だに機械起動ができていないエルキドゥを使用するのは危険が伴うということで却下された。今まであまり反抗的態度を取っていないエルキドゥの装者だが、それでも万が一がある。

 人一人に救済計画を委ねることの危険性を考慮し、別な手法を模索することになる。

 

 ということを主任研究者に告げられ、ティーネは少し残念に思った。

 もし自分で起動することができたら、フロンティアに存在する可能性の高いとされるカストディアンのデータの集積体から魂に関する技術を知ることが出来るかもしれなかった。

 そのチャンスを逃すのは惜しいと考えもしたが、しかしいずれ米国がフロンティアを起動させれば、自分もそれに乗ることになる。その時でも(エルキドゥ)にとっては十分だったので、文句をいうことなく従った。

 

 きっと、ここが運命の分岐点だったのだとティーネは後に考える。

 ここで少しでも早く奏に会いたい、と考えるほどに人心が発達していたら。あるいは、周囲の人々のことを考えるだけの気遣いを想像もしないほどに人心が発達していなかったら。

 そのとき自分は、これから進む道とは違う道を選んだのだろう。

 

 そのどちらでもない、中途半端に人心が発達していたからこそ。彼女はある意味最も辛い道程を選ぶことになった。

 

 

 ティーネが主任研究者にこれからを告げられ、自身に与えられた部屋へと帰る途中。

 

 唐突に施設の電気が消え、非常電源の暗く赤い光に切り替わる。

 次いで、大きな爆発音が轟く。音の聞こえた方に行こうとするが、電気が通っていないのかシステムがダウンしたからなのか、自動扉が開かない。

 彼女は仕方なくシンフォギアを纏い、扉を壊して、しかしなるべく端末を破壊しないように突き進む。

 

 先ほど研究者たちがいた端末室が爆発音の発生源と気付き、到着する。

 

 そこには、誰かの襲撃を受けたのか人が倒れている。研究者たちは、破壊された火を放つ施設を慌てて沈下しようと消火器を片手に走り回っている。

 

 ティーネは、端末に表示されるディスプレイを見やる。

 そこには何のデータも映されておらず、砂嵐の中央にFINE(フィーネ)の文字が浮かんでいる。

 

 壁に空いた穴からは、すりガラスのように光を歪ませたノイズが迫る。

 幸い研究所には入ってきてはいないが、最早時間の問題であることは明白である。

 それを見て、研究者たちは死にたくないと怯えた表情を見せている。

 

 

 ティーネにとって、研究者たちは特に注視する存在ではなかった。

 結局彼らがどれほど自分に優しくしても、それは貴重なサンプル兼私兵に対する扱いであることは彼女自身承知していたし、その立場に甘んじていた。

 しかし、ティーネにとって。エルキドゥに芽生えた人間性にとって、彼らは「人間」と扱うべきモノであったことは事実である。

 

 エルキドゥは、人を殺したことはない。

 泥の野人だった頃は、人が側に来ることは1つの例外を除いてありえなかった。

 英雄王と決闘した時は、周囲の人々は決闘以前に離れて様子を見ていたので、彼が巻き込むことはなかった。

 フンババやグガランナという巨大な敵は、そもそも人間ではなかった。

 

 エルキドゥは、人を殺したことがない。

 それは、彼の元になった魂の安定を司る重要な役割を占めていた。

 彼の知る常識において、人を殺すことは悪いことだった。比較的善人の彼は、人を殺すことを望まなかった。

 それは神話の英雄的な精神を持ってしまった苛烈な"1度目"ですらそうだった。

 

 ティーネは、自身のシンフォギアから音を放つ。ノイズの位相を調律する波形はシンフォギアシステム独特のものであり、ティーネ自身の機能では使用できない。

 ノイズの実体化を確認し、周囲の大地を変化させ、大量の鎖を出現させる。鎖は大型ノイズを締めあげ破壊し、数多の小型ノイズを貫き通す。

 

 "2度目"のエルキドゥの戦う理由は、今まで一つに絞られてきた。

 天羽奏の蘇生。自身を揺るがす天羽奏の歌に聞き惚れ、今再び聞くためにとそれだけを願って活動してきていた。

 聖遺物、器物であるエルキドゥは、結局大目標のついでにという程度に他の目的を持っていた。

 "1度目"の先史時代ならそれで十分だった。その英雄的な強さは、それだけで彼の魂を満たしていった。かの王のカリスマは、それだけで彼が生命を、魂を掛けて戦う理由になった。

 

 しかし、今は違う。"2度目"の彼女は、エルキドゥから人間性の強い人格を作られたティーネは、少女たちの優しく強い心に、大人の子を守ろうとする温かい心に触れ続け、優しく甘い魂となった。

 その魂は未完成ながらも、それでも彼女は目の前の死を見過ごすことができなくなっていた。

 

 だから、彼女はノイズを破壊した。人を無慈悲に無感情に殺戮するノイズは、彼女の心を甚く傷つけたから。

 だから、彼女は戦う理由を増やした。殺戮兵器を操る存在を、認めるべきではないと考えたから。それを止めることが、抜本的な解決となることを器物でもある彼女は理解した。

 

 彼女が、自身の目的のために手段を選ばないほどに人心が発達していれば。彼女が、自身の目的以外のことを認識すらしない程度に人心が発達していなければ。

 今から選ぶ選択と、彼女は選択を違えただろう。

 

 だから、彼女は────。

 

 

 

 

 特異災害対策機動部二課は、その状況に全員が焦燥を浮かべている。

 

 黒いガングニール、全世界への宣戦布告、そしてノイズを操る力。

 彼女ら、"フィーネ"を名乗るテロ集団の持つ力は本物であり、今まさに二課の誇る装者が追い詰められている。

 

 日本政府は、櫻井理論を全世界に公表した。しかし、ルナアタックの功績者である英雄たちについては秘匿している。

 風鳴翼がカメラに映っている限り、人類守護の防人であることを晒すことは歌の道が閉ざされることと同義。

 

 それを止めることは、今現在で二課の仮設本部に居る人間では不可能。 現地にいる緒川に任せるほかない。

 誰もがつばを飲み込み画面を凝視する、その時二課のアラームが新たに警報を発した。

 司令である風鳴弦十郎は、真っ先に情報の確認を周囲に取る。

 

「どうした、何事だッ!」

 

「はい、太平洋上空、弾道起動を描いてこちらに向かってくる飛翔体を確認! ですが、これは……!」

 

 オペレーターの一人、藤尭朔也はその情報確認に瞬時に対応、端的に情報をまとめ伝達する。

 その顔には驚きが浮かんでおり、思わずデータを2度見返す。

 

「大きさは人間大、速度はマッハ10……アウフヴァッヘン波形が観測できます!」

 

「波形パターン、不明……。ですが、これはまるで……」

 

 その時、どうやって撮影しているのか飛翔体の映像が映る。

 超音速で飛行するそれは、白い外套で全身を覆い、周囲の空気を取り込み高速で噴射している。

 前面部を白い外套で覆い隠し、その先端は超音速によるソニックブームのダメージを軽減するためか、細く鋭く尖っている。

 まるでミサイルのようなそれは、脚部が装者特有のボディスーツで覆われていた。

 

「馬鹿な、シンフォギアだとォッ!?」

 

 その姿を前に、風鳴弦十郎は思わず机に手をつき椅子から立ち上がった。

 

 

 

 風鳴翼は、ライブの壇上から吹き飛ばされるように蹴落とされ、今まさにノイズの軍勢によって炭化されることを待つ身となっていた。

 その心に焦りはない。自身の夢から覚めてでも、己の防人としての使命を全うする。その顔には、笑みが浮かぶ。

 

「ッ、勝手なことをッ!」

 

 ノイズが集まる様子に、風鳴翼と敵対する女性──黒い烈槍(ガングニール)を纏う、マリア・カデンツァヴナ・イヴは動揺を口に出す。

 

 カメラによる全世界中継は、ルナアタックの英雄の1人、風鳴翼の歌女たる自分との決別を映し出そうとしていた。

 

「聞くがいい、防人の……ッ、何、これはッ!?」

 

「馬鹿な、鎖だとッ!? それは、そのギアはッ!」

 

 聖詠を口ずさもうとした風鳴翼の体を、金色に輝く鎖が絡めとる。

 ノイズの集団から翼を引き上げるその鎖を見て、マリアが驚愕の表情を浮かべた。

 

 鋭く上を見上げれば、ライブモニターのはるか上空へと繋がる鎖の先に純白の外套を纏う若草色の装者の姿が表れる。

 

『気をつけろ、翼! そいつは、今さっき太平洋を超えて飛んできた! ……シンフォギアの装者だ!』

 

 馬鹿な、と翼はその姿を見やる。

 全身に白い外套をまとう彼女は装者には見えない。しかし、よく見るとその外套の下には装者の纏うスーツが見え隠れしている。

 その表情は笑っているが、翼にはそれが笑みには到底見えなかった。

 

 やがて翼を受け止め、ステージへと降りる新たなギア装者。

 その姿をみて、マリアは驚愕から憎しみの表情を浮かべる。しかし、その憎しみは目の前の少女というより、別な何かに向けているかのようだ。

 マリアは少し下を向いて躊躇し、すぐに正面の少女を見据え叫ぶ。

 

 

「どうしてあなたがここにいるの! ティーネッ!」

 

「僕が君たちを止めたいからだよ、マリア」

 

 

 少女──ティーネ・チェルクは。エルキドゥが作り上げた「人に溶け込む」魂は。

 ノイズを操るテロ組織を──ティーネにとってかけがえのない友を止めるために、舞台へと降り立った。

 

 


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