やはりこの世界にオリキャラの居場所が無いのはまちがっていない。   作:バリ茶

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7話 守るんだ

 

 

 

 

 

 

 なんとなく、目が覚めた。首まである掛布団を退かし、枕元に置いてある携帯を確認するが、設定したアラーム時刻より現在は1時間弱早い。

 どうやら本来想定していた起床時間よりも早く目を覚ましてしまったようだ。

 

 普段ならしっかりと決まった時間に起きれるのだが、まさか昨晩から緊張していたからだろうか?

 いろいろゴタゴタと忙しかったし、今日から始まる三泊四日の修学旅行が楽しみだったのは事実だ。

 

 生徒が駅に集合するのは朝7時で、僕はその20分前に到着すればいいかと思っていたのだが、こんなに早く起きてしまってはそうもいかない。

 僕は二度寝をしない派の人間だからこのまま布団に包まって時間を潰すという選択肢は無い。

 

 子供の頃から半ばマグロのような習性で、ジッとして寛ぐより何かをしていた方が落ち着く。

 なので、もう駅へ向かうことにした。準備は昨日の内に済ませておいたから、家にいてもやる事は無い。

 

 

 サッと制服に着替え、荷物を持って二階にある自室から一階に降りる。

 歯磨きと洗顔を済ませてさっさと家を出ようと玄関まで来た時、あることを思い出した。

 

「あ、姉さんの朝食作らなきゃ」

 

 誰に聞かせるでもない独り言を呟いた後、荷物を玄関に置いてキッチンへ向かった。

 

 夜更かしをしている訳では無いのに何故か朝がとても弱い姉の為に、実は毎日少し早めに起きて彼女の朝食を作っているのだ。

 普段はおっとり、というかどんくさい姉さんだが、朝はもっと酷くまるでナマケモノか動物園のパンダのようにびくともしない。

 

 まず、わざわざ起こしに行かないと駄目なレベルで爆睡している。音量が大きい目覚まし時計など彼女の敵ではない。

 そしてなんとか起こした後もおぼつかない足取りで階段を下りるので、いつも先に降りて彼女が足を踏み外しても受け止められるように下で待ち構えている。

 

 そんな姉は朝食を取っている途中でどんどん脳が覚醒していく。目が冴えてきて口数も少し増える。

 だがそれまでにかかる時間が圧倒的に多いので、彼女が支度を終える前に自分が先に家を出てしまうのだ。

 

 別段仲が悪い訳では無く、それどころか一般家庭の思春期の姉と弟に比べれば仲は良好な方だと思うが、この朝の習性のおかげで姉と一緒になって登校した回数は中学校の頃から数えても指で足りる程度だ。

 

 

 そこで料理中に思ったことが、姉さんは僕がいない今日、果たして遅刻をせずに登校できるのだろうか? ということだ。

 まあそれで遅刻しても正直自業自得だが、毎日起こしているこっちの身としては、起こさずにこのまま家を出てしまうのはなんだか後ろ髪を引かれる気分だ。

 

 よし、かなり早い時間だが、姉さんを起こしてしまおう。

 朝食にラップをかけてテーブルに置き、エプロンをソファにポイっと投げた。

 

 自分と同じく二階にある彼女の部屋に着き、ノックをするが案の定返事は帰ってこない。

 そのまま勝手に入ると、抱き枕にしがみ付きながらスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている姉の姿がそこにはあった。

 

「姉さん、姉さん……起きて」

 

 近くまで来て声をかけるが、やはり反応は無い。肩を軽く掴んで揺らすが、眉一つ動かさない。

 何回も肩を揺らしてたまに頬を軽く引っ張ったり掛布団を退かしたりそれなりに大きさがある乳房を横からぽよんぽよんと動かしても―――

 

「―――って、なにしてるの!?」

 

 おや、いつの間にか起きていたようだ。すぐさま体を起こして僕から距離を取った。

 相手が姉なので最後の行動も特に思う所は無かったのだが、彼女には大有りの様だ。今度からは毎朝こうして起こせば時間短縮にもなるだろう。

 

 目を覚ましたはいいがまだ少し寝ぼけ眼の姉さんは枕元のスマホを手に取り、画面を表示させると怪訝そうな表情になった。

 

「あの……えっと、まだ5時過ぎなんだけど……」

「ごめん、早く起きちゃったんだ。でも早めに行くに越したことは無いし、悪いけどもう家を出るよ」

「えー……。あ、ご飯は?」

「テーブルの上にあるよ。まだ出来てからそこまで時間経ってないから、早く降りて食べてね」

「わかった……、ありがと」

 

 それだけ言い残して部屋を出ようと踵を返すと「あ、それと」姉から声がかかった。

 

「なに?」

「えっと……気を付けてね。ほら、お家に帰るまでが修学旅行だって言うでしょ」

 

 少し不安そうな表情の姉さん。

 僕としては明日、姉さんが遅刻しないかが心配だ。

 

「わかってるよ。行ってきます」

「うん、いってらしゃい。楽しんできてねー」

 

 不安そうな顔が一変、笑顔で軽く手を振ってくれた。僕のあの返答で安心してくれたからだろうか。

 

 ともかく、これで僕も安心して家を出れる。

 姉さんの顔を見るのも四日後だ。

 

 

 

 

 家を出て数分でバスに乗った。駅は少し遠いので歩いていくのはいささか体力がいる。金を節約してまで疲れる必要は無いだろう。

 車内の人数は少ない。流石は早朝、こんなに広々としたバスは久しぶりだ。

 

 少し気分を良くして窓から外を眺めていると、もう少し先にバス停があることに気づいた。

 しかし待っている人も降車する人も居ないので、バスはそのまま進むんだろうな、などと思っていたその時。

 

 そのバス停の少し先に、折れた杖を持って道に座り込んでいる男性の老人が目に入った。

 よく見るとすぐ近くに折れた杖の半分が転がっている。

 ―――僕は急いで降車ボタンを押した。

 

 お金を払い、急いでバスを降りてその老人の所へ向かった。

 近くに来て分かったが、老人は片方の手で腰をさすっている。

 

「あの、大丈夫ですか!」

「………ん? お、おう」

 

 老人は俯きながら、少し強がった声音で返事を返した。どうみても大丈夫ではない。

 

「宜しければ、目的地までご一緒させて頂けませんか?」

「わ、わりーってそんなの」

「いえ、お気になさらず」

「……そ、そうかい? わりぃな、兄ちゃん」

 

 観念した様子の老人から折れた杖を受け取り、荷物が入っているボストンバッグの中に突っ込む。

 そしてバッグの持ち手を前から肩にかけ、老人を背負って立ち上がる。これで荷物を持ちながら老人を運べるはずだ。

 

 昔から姉さんに一日一善を進められてきた僕にとって、これは今日の一善に過ぎない。

 困ってる人を全力で助ける、とか大層な目標を掲げるのでは無く、今日やることやしたいことの成功を祈って、一日一善を行う。それが姉さんに教えられた生き方だ。

 

 もちろん毎日怪我をした誰かを助けているとか、そういうわけでは無い。そこまでお人好しではないし。

 だが、目の前で悲惨な状況にある老人を見捨てるのは、朝の姉さんの『あの笑顔』に送り出された今日の僕には出来なかったというだけだ。

 

 あぁ、心の中で言い訳やら弁明やらするのは、なんだか恥ずかしい事をしてる気分だ。もう止めよう。

 

「おじいさん、どこまで行きますか」

「あー、本当に申し訳ないんだが、駅まで頼めないかね?」

「………マジで」

 

 このまま歩いて行ったら、ちょうど集合完了時刻10分前だ。

 早起きしてよかったかなと思う反面、決めた時間に起床していればこの現場に居なかったかと思うと複雑な気持ちだ。正直言うと面倒くさい。

 

 あー、もう。自分から声をかけたから止めるなんて言えないし、最初は見返りなんて求めてなかったけど、せめてジュース一本くらいなら要求しても怒られなさそうだ。いやまぁ、しないけどさぁ……。

 

 前も後ろも重さを感じながら歩く道すがら、さっきの『姉さんの笑顔に送り出されたから見逃せなかった』なんて言い訳を思い出して、つい「姉さん起こさなければよかったかな」と小さく呟くのであった。

 

 

 

 暫く歩いているうちに、いつの間にか駅に到着していた。

 駅には老人の知り合いらしき人物がいて、その人に老人を託すと「お礼がしたい」と言われたが、もう集合時間がすぐだったので断り、さっさと急いで集合場所へ向かうことにした。

 

 まぁ、途中急に催してきたので今はトイレの中なのだが。

 

「あー、もう。急がないと……お腹痛い」

 

 腹痛に耐えながら、腸内のモノを出しきったと確信した瞬間、さっさとトイレットペーパーで後処理をして水を流した。

 そして身なりを整えて、さぁ急ごうというところで、必然的にフックにかけてあるボストンバッグが目に入った。 

 

 ―――この中には、いろいろな『道具』が入っている。今回の修学旅行で使う予定の、沢山の種類の物が。

 

 昨晩は気合を入れて、興奮しながら用意した物をどんどんバッグに詰めていったが、今更ながら、少しだけ、不安な気持ちが心の根底に小さく渦巻いていた。

 

 下手をすれば、ただでは済まないかもしれない。そんな弱い思想が、殊更不安を煽る。

 家に帰るまでが修学旅行。そう言った姉さんの顔が浮かんだ。そしてその後の、屈託のない、あの笑顔が。

 

 心が痛む。これからすることは、褒められた事では無いから。

 僕がやろうとしていることは、僕自身が望んでやろうと思ったことだ。それにいつでも止められるし、やらない、と言う選択肢もある。

 やらないという選択肢を取れば、やろうとしていた事がバレて、姉さんを悲しませる、なんてことも回避できる。

 

 

 でも、やりたい。とても。もう引きたくない。無理してでも、ここから先に足を踏み入れたい。

 その思いが終ぞ消えることは無かった。ここまでリスクを考えてやめた方がいいって頭の中では考えているのに、本能がその正反対の事をしたいと叫んでいる。

 

 

 ふと携帯を確認すると、集合時刻五分前になっていた。だが、ここから集合場所まで走って一分もかからない。

 

 手を洗い、鎮痛な面持ちでその場を後にした。

 

 バカみたいだ。いや、馬鹿なのだろう。

 馬鹿みたいな欲望を必死こいて考えて抑えようとしている。

 

 昨晩まではその汚い欲望に突き動かされて、こんなにも本来の修学旅行には全く必要のない物をバッグに詰め込んでいたくせに。

 今更悩んでますよアピールして自分に酔うとかキモすぎる。本当にキモい、気持ち悪い。

 

 

 俯きながら集合場所へ向かって歩いていく。

 不安を抱えたまま大勢の人間がいる場所へ自主的に向かわなければならないことが、こんなにも気分が悪いことだとは知らなかった。

 

 

「遅れちゃう遅れちゃう!」

「うわっ!?」

 

 後ろからそんな声が聞こえた頃にはもう遅く、すぐにその声の主と、思い切り肩がぶつかった。

 その勢いで僕は転倒し、肩をぶつけた本人は急いでいた足を止め、転んだ僕のもとへ駆け寄ってきた。

 

 そのぶつかってきた本人の顔を確認するよりも前に、転んだ際に自分の右手の指の爪が一つ割れ、少しだが血が出ていることに気が付いた。

 痛いなぁ、誰だよ本当に。イライラす――

 

 

「ご、ごめんなさい! あの、私急いでてつい――って、指から血が!? あ、あの、ごめんなさい、どうしよう……。あ、ハンカチ! これ、使って下さい!」

 

 

 ―――あ

 

 

「あ、あのー……ていうかその制服、もしかしなくても総武高だよね? 確か絆創膏とかそういうの持ってる先生がいるはずだし、とりあえず集合場所までいかない?」

 

 

 ―――ゆ、ゆ

 

 

「ご、ごめんね!? 痛かったよね……か、肩貸すから!」

「――あ、いや、いいよ。本当に大丈夫。全然平気だし指も痛くないから、君は先に行ってて」

「え? で、でも」

「本当に大丈夫だから」

「……う、うん。ごめんね、本当に。先行ってるから君も早くね! あと、本当にごめんねー!」

 

 

 

 は、はは。あはは。

 全くもう。しょうがない子だ。

 大丈夫だって言ってるのに、同じ言葉を何度も繰り返すなんて――――

 

 

 

 

 

 

 ―――かわいいなぁ、結衣。

 

 

 

 

 

 

「……えっ、えぅっ、あ、あぇっ、うぅへっ」

 

 その場で蹲る。

 歓喜の嗚咽が止まらない。涙まで出てきた。

 

 さっきまで何考えてたんだろ? 頭おかしかったのかな?

 いやぁ、情けないなぁ! 僕としたことが……こんなにも結衣への愛が薄れてしまったことなんて今まであっただろうか? 本当に情けない。昨晩まであんなに興奮していたのに。

 あんなにも正常な人間っぽく悩むフリをしてしまったのは、きっと朝の姉さんのせいだ。姉さんは人を惑わす力があるに違いない。

 あー、もう。バレたらなんだ? 心が痛む? 姉が悲しむ? だからどうしたんだ? それの何が問題なんだ? そんなことで僕は結衣への愛に疑いをかけていたのか? ああ、悔しい。本当に悔しい。タイムマシンとか無いかな? あったら直ぐに数分前に戻ってトイレで悩んでいる(笑)自分を殴りつけてやるのにああ悔しい。

 

 あ、どうしよう、これ。結衣から渡されたハンカチ。僕の血で汚れてしまった。洗濯して返さないとなぁ。

 え? いや、待て。返す必要があるのか。結衣は僕のモノなのに彼女の所有物を彼女へ帰す道理はどこにもないんじゃないのか。寧ろ彼女が自ら渡してくれた最初の大切なプレゼントだぞ、返して彼女の気持ちをないがしろにしたら元も子もない。本末転倒だ。僕が彼女を悲しませちゃいけないだろ。ふざけるな死ね。一度でもそんなことを思った自分に腹が立つ。後で数回自分を殴りつけよう。もっと自分を痛めつけて罰を与えたいところだけど、彼女に心配はかけたくないし、結衣の隣を歩いて恥ずかしくない程度に顔は整ってないと駄目だ。

 

 やっぱり一日一善じゃないか。正しい行いをしたらそれ相応の見返りがある。姉さんありがとう、この生き方を僕に教えてくれて。

 あ? いや待て。あのじいさんを助けた程度で報酬がこのハンカチ一枚? ふざけるな、安すぎる。報酬にたいしての労働が安すぎる。簡単すぎる。結衣のハンカチならもっともっと数十倍価値があるというのに。もっと正しい行いをしないと結衣に失礼じゃないのか? 結衣のハンカチに失礼じゃないのか?

 ううん、そんなことは無いか。それにそんな時間は無い。結衣なら受け入れてくれる。きっと僕の正しい行いが足りなくても、結衣ならそれ以上の幸せをくれる。

 あぁ、ごめん。本当にごめん。許してくれ結衣。こんなことを言った僕をどうか許してくれないだろうか。結衣は生きているだけで、それだけで僕は幸せだっていうのに、高望みしすぎてしまった。罰は受けるよ結衣。

 でもきっと結衣なら許してくれるんだろう。やっぱり優しいなぁ。聖母にもなれるくらい君は優しい。優しすぎるよ。

 君は優しいから、きっと奉仕部の彼にも温かく対応しているのだろう? だって彼は君の犬の命の恩人だからね。そこは僕も感謝しているよ。現時点では彼は僕よりも君を救っているからね、今の彼の現状は心底妬ましいし羨ましいけどそれが君から彼に与える報酬と言うなら仕方ないよね。

 

 ―――ん? 前方の男子生徒は、誰だったかな?

 

「あ、いた。探したぞー。大丈夫か?」

 

 そうか。確か同じ班の。

 あ、それに傍から見れば僕はうずくまっている状態だ。恥ずかしいなぁ。

 

「大丈夫か? みんなも心配してたぞ」

「うん、ごめんね、心配かけて。ところで今時間は?」

「集合時刻はもう過ぎたよ。まぁお前以外にも遅れてきた人はちらほらいるし、気にすんな」

「ありがとう。もう大丈夫、行こう」

 

 僕は立ち上がり、結衣のハンカチをポケットにしまい込んで、床に置いてあるボストンバッグを持ち上げる。

 この男の子は優しいなぁ、さりげなく遅れてきた人もいる、なんて嘘を言って気遣ってくれた。

 素直に感謝しよう。あのままでは僕はずっと思慮に耽っている所だった。

 

 

 新幹線が来たようで、みんな盛り上がっている。僕も指の痛みは引いた。

 よし、あちらに到着して一息つくまでは、自分の班でゆったり旅を楽しむとしよう! 善は急げ、とも言うけれど、焦ってもどうにもならない。

 冷静に分析して、僕は今かなりの興奮状態に陥っている。冷却時間が必要だ。さもなければいろいろとミスをしてしまうかもしれない。おちつけー、どうどう。

 

 荷物を上に置き、席に座る。うん、新幹線の座席もなかなか座り心地がいいな。

 さ、新幹線の旅を楽しもうか。

 

 

 

 

 

 宿泊先に荷物を置き、無事清水寺に到着。

 さぁ、始めよう。ここでやることは主に一つ。

 

 遠隔カメラを結衣の近くに忍ばせる事だ。動作確認には一週間かかったが、大体問題は無かった。

 問題と言えば――操作だ。遠隔操作。

 

 スマホを使って遠隔操作を行うのだが、実は遠隔操作の練習をする時間が殆ど無かった。何しろこのカメラが手に入ったのはちょうど一週間前だしね。小難しい設定やらなんやらで、操作練習を怠ってしまっていたわけだ。

 

 あぁ、言い訳はいけない。結衣の為なのに、本気になるのが遅かった僕の責任なんだから。

 ちゃんと動くことは分かっているし、あまり派手に動かさなければ結衣の近くに忍ばせることは出来る。

 

 スマホの画面で操作を始めると、カメラはとても不思議な浮き方で飛んだ。これが最先端の技術ってやつだね。

 そのままカメラを操作して、清水寺の人混みの中へ飛ばす。

 

 おっと、操作が難しい。それにしっかり飛んではいるものの、カメラが軽すぎて焦点が合わない。どんどん揺れるし、画面で確認しているが激しく視界が移り変わってなんだか酔いそうだ。

 まぁこんな感じで操作に手こずることは分かっていたし、人の居ない物陰に隠れて正解だった。こんなにもたくさん人が居る中で、人気のない場所を探すのも一苦労さ。

 

 さてと、ようやくカメラの視界で結衣と奉仕部の彼を見つけた。

 奉仕部の彼に見つからない様に、とりあえず結衣の……そうだな、脇辺りに忍ばせるか。

 

 このカメラの大きさならとりあえず見つからないだろうし、結衣の脇へ直行だ。

 

 

 

 

 

 今は宿泊先の旅館の中の、使われていない部屋の中だ。

 あ、そうそう、奉仕部の彼に感づかれた様な事を言われた時はヒヤッとしたよ。相変わらず洞察力はある気がするね。

 

 よーしここなら誰の眼も気にせずカメラを操作できる。座って寛ぎながらできるというのも利点だね。

 結衣は今同じ部屋の子達とカードを使って遊んでいる。僕のターン、ドロー。

 

 と、誰か別の子が部屋に入ってきた。何かを伝えに来た様子だ。

 なになに、音量を上げて聞いてみようか。

 

『私たちのクラス、お風呂終わったよー』

『言いに来てくれたんだ、ありがとー。よーし、私たちもお風呂いこ!』

 

 ―――はふっ。

 

 え、うそ、本当に!? そ、そうか、そうだった。お風呂というイベントがあったんだった。ああ、嬉しい。

 結衣の、結衣の生まれたままの姿を拝むことが出来る。他の女子の裸も一緒なのは解せないけれど、結衣の煌びやかな全てのありとあらゆる部分を目に焼き付けることが出来るなんて夢のようだ。

 あ、服を脱いだ。後は下着を脱げば全てが―――下着。結衣の……布。

 

「おお、ああ、そうだ、そうだそうじゃんあれが……」

 

 ポケットに手を突っ込み、あるものを取り出す。恐らく冗談抜きで僕の一生の宝物になるであろう布。

 そう、結衣のハンカチ。匂いを嗅ぎ、息を吐き、匂いを嗅ぐ。素晴らしい……おぉ、なんということだ。匂いが一切抜け落ちていない。どれだけ長い事このハンカチを、結衣は使っていたのだろう。結衣の匂いが薄れない。全く持って雲散しない。籠っているのだ。この中に濃縮されて閉じ込めてあるのだ。サービス精神旺盛だなぁ結衣は。エッチな子なんだからまったく。

 と、少し目を離したすきに、画面の中は一面桃色の桃源郷になっていた。カメラのレンズは上手い事曇らず、しっかりとその光景を映し出している。

 

 

 それを見て、つい、僕は、我慢が出来なくなった。

 

 

「―――はっ」

 

 どれくらい経っただろうか。気が付いたら、辺り一面白濁色の何かが散乱していた。

 暴走していたので詳しいことは覚えていないが、結衣が脱衣所から部屋へ戻って寝息を立てるまでは、引き込まれるように画面を凝視してハンカチを嗅ぎながら事を致していたんだろうと想像はつく。え? しっかり覚えてるじゃん僕。

 

 ど、どうしたものかな。とりあえず身なりを整えてこの部屋は出よう。

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 僕は慣れた手つきでスマホの画面を起動した。少し固まって行動することになり、人の目があったので、しばらく使うことが出来なかった。

 さて、起動!

 

『これってどんなお守りなんですか?』

 

 操作できない時は結衣の視線が届かない箇所に、内蔵してある小さい針でカメラを張り付けて置いたので、無事起動時に結衣の顔を確認することが出来た。

 

 ほほう、どうやらお守りを買っているらしい。

 店員さんから説明を受けて、真剣な表情でそのお守りを見つめている。

 

 うーむ、結衣の好みにとやかく言うつもりは無いしそれは失礼だし結衣への侮辱になるから絶対にありえないのだけど、僕個人としては……そのお守りは若干回りくどいと思うなぁ。

 よし、結衣の代わりに僕が僕と結衣の恋愛成就のお守りを買っておいてあげよう。楽しみだ、どんなお守りがあるんだろう? 恋愛成就だけじゃなくてその後に生まれてくる赤ん坊や夫婦生活まで幸せを長続きさせるお守りとかないのだろうか。あったらそれを直ぐに買いたいなぁ。もちろん欲張って幾つも買おう。君と僕の分。あとは君が無くしてしまった時用にいくつか! 

 ああ、ぅう、赤ん坊、なんて単語を想像したら別の事が頭に浮かんでしまうよ。うっ! ちょっと待って! 起ってしまう……まずい、性欲が。昨晩の君の姿を思い出してしまう、あの記録映像を再びここで再生してしまう。自室でもないのにアレを飛び散らせるのよくないな。なんとか…! 何とか耐えるんだ…! 今じゃない、後でいくらでもあの映像は見れるから今はがま―――

 

 

『聞こえた』

 

 

 ―――ん? 何だ、今の雑音。

 気にすることはないか、だって目の前の結衣はこんなにも美しいのだから。

 

 ――え、あれ、は? 後ろに誰かいる? あ、いや、僕の後ろじゃなくて、結衣の後ろに。

 今の声は誰だ? 奉仕部の彼の声じゃない。葉山君たちの声じゃない。当然戸塚君でもない。誰? へ? 結衣の後ろにいるのは。

 と、とりあえず一旦はなれ――

 

 

『―――きゅっ』

 

 

 そんな音が聞こえた後、画面が暗転した。

 隙間からわずかに見える人物の顔、あ、あれは結衣じゃ――結衣じゃない! 違う! 誰だこの男は!?

 

『……あ、あの、えっと……何ですか?』

『へ? あ、いや、これは……その。あの、ごめん。大きい虫が襟に止まってたから、つい』

 

 むし? 蟲? 虫だと? 結衣を見守るこの僕が? 虫だっていうのか?

 

『わざわざ取ってくれたんだー、ありがと! ……あ、これ買います!』

 

 何で、感謝しているんだい? 僕たちの仲を引き裂いている人でなしを、君はどうして感謝しているんだい?

 

 

 おい、おい。どこへ行く気だ。

 結衣が戻っていったぞ、奉仕部の彼のもとへ。よくない、よくないんだ。離してくれよ少年。結衣に悪い虫が付く。あの男は蟲なんだ。結衣に悪い影響を与えるゴミなんだ。離さなくちゃいけないんだあの男から結衣を。今すぐにでも。犬を助けたからなんだ? 結衣へのあの態度は何だ? 許せないんだ、結衣をないがしろにして高2病キメてるあいつが。結衣が話しかけているのに。結衣が構ってくれているのに。結衣が……あの結衣が! あの結衣がだよ!! それがどれだけ幸福な事か分かっているのかアイツは!! 結衣をまるで複数いるヒロインのように扱うアイツが許せないんだよ! 

 

 結衣は!

 

 唯一無二の! 

 

 僕のヒロインなのに!!

 

 

 だから離してくれよ。今すぐ解放してくれれば今回の件は目をつむってあげるよ。誰だってまちがいはあるからね。

 でもアイツは、アイツだけは常にまちがっている。まちがっているんだ。正せないまちがいを犯している。だからアイツだけは何とかしなくちゃいけないんだ。だから離してくれ。僕を――僕を結衣から遠ざけないでくれ! 分かっているのかこのモブが――

 

 

『ざまぁねーな、ストーカーの変態野郎。お前のくだらない企みはこれで全部パーだ。すぐにでもお前の事を警察にぶち込んでやるからな』

 

 

 

 

 

 

 は?

 

 

 

 

『あと、由比ヶ浜結衣には想い人がいる。もちろん、お前じゃない。お前みたいなヤツが何をしようと、絶対に彼女には振り向いてもらえな―――』

 

 

 

 

 っッッ

 

 

 

 

 携帯の電源を落とした。

 あのモブ男の言わんとしていることはわかったから。

 ―――なんだか、思考回路がショートしたような気がした。

 

 

 いつから知っていた?  そんなことはどうでもいい。

 

 どうして気が付いた?  そんなことはどうでもいい。

 

 あの男は一体何者だ?  そんなことはどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 ゆいに、わるいむしが、ついている

 

 

 まもるんだ

 

 

 ぼくがゆいを

 

 

 

 

 

  まもるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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