school live! ~ようせい~ 作:どっかのだれか
さて、何から説明したものでしょうか。
案内された教室(曰く部室のようです)の中で、わたしは椅子に座っています。目の前には子供が四人、きっと幽霊が一人。皆わたしに目を向けて言葉を待っています。
そしてわたしの隣には、同じくきっと幽霊が一人。そしてポケットには妖精さん一人。
そうですね。まずは。
「とりあえず、改めて自己紹介をしましょうか」
ここにいる全員の。
「じゃあ、まずは私から。私は”学園生活部”部長の、若狭 悠里です」
「あたしは学園生活部所属の恵飛須沢 胡桃だ。よろしく!」
「同じく学園生活部所属の、直樹 美紀です。よろしくお願いします」
「おなじく、学園生活部の丈槍 由紀です!」
上からゆうりさん、くるみ、みきさん、ゆきさんです。これが生徒四人。たぶん全校生徒。
「そしてめぐねえが……」
「もう。佐倉先生でしょ?」
「えへへ~、ごめんなさーい」
「全く……初めまして。学園生活部の顧問です。佐倉 慈と言います」
そしてこの人がめぐねえこと、めぐみさん。ちょっと影が薄い人。きっと幽霊です。今まではゆきさんにしか見えていなかった様子。
「学園生活部とは?」
「学校内で寝泊りしながら、日常では触れられない様々な部署に勤しむ部です」
「……ああ」
話しているゆうりさんの目が、ちらりとゆきさんの方を向きました。つまり、学園生活部と言うのはゆきさんに合わせるための設定の一つなのでしょう。
寝泊りしながら(せざるを得ない)、日常では触れられない(非常事態に触れられる)、様々な部署に勤しむ(生きるための経験を積む)部、ってことですね。分かりました。
「わたしは聞いての通り、ここへ新しく就任することになった先生です。よろしくお願いします。そしてこちらが、わたしの祖父であり、同じく就任することになった……おじいちゃん先生です」
「……どうも。孫共々よろしく頼む」
次はわたしとおじいさんの説明。おじいさんもきっと幽霊です。なので、ゆきさん、めぐみさん、わたしにしか見えていません。ですがこれで他の三人にも存在は伝わったでしょう。
おじいさんはと言えば、今までおじいちゃん先生と呼ばれることが無かったためか少し神妙な顔をしています。わたしもおじいちゃん先生はないと思いますよ。
「あともう一個だけ紹介するべき存在がいますが、まあそれは今は置いておきましょう」
おじいさんを除いた全員がはてなを浮かべていますが、まあこれはゾンビさんよりも衝撃的なので後回し。もう少しだけポケットの中でじっとしていて下さい。
「以上で自己紹介は終わりですね。じゃあ次は……」
「はい! はーい!」
元気に手を挙げるゆきさん。そう言えば何か言ってたような。
「先生たちは何の先生なんですか?」
「ああ……わたしが教えるものですか。そうですね。責任の追及を免れるための巧みなコミュニケーション能力とかでしょうか」
「えー?」
きっと将来役立つと思いますよ。あなた方に将来があるかはともかく。
「それで、おじいさんは……」
「そうだな。私は孫の補助として来たから、特に特化しているわけではない」
「じゃあじゃあ、何でも教えられるってこと!?」
「……そうなる」
残念ながら、ゆきさん言葉によりおじいさんの逃げ場がなくなりました。グッジョブ。
まあおじいさんくらいの学ならば、大体のことに有益な答えを返せるでしょうけど。
「おおー! おじいちゃん先生ってすごいんだね~!」
疑うことを知らない目です。純粋ですね。毎日が楽しそうで羨ましい。
しかし、この目が絶望によって生み出された紛い物であることを、ここにいる全員が知っています。壊れた結果が幸せなら、この子は救われてるのかも知れませんけどね。
けれどここに居てもらっては、少々都合が悪いのですが。
「……ねえ丈槍さん。もう休み時間が終わるけど、授業は良いの?」
「えっ! ……あー!」
めぐみさんの言葉で、ゆきさんは悲鳴を上げながら部屋から出て行きました。
なるほど。人払いの口実ですか。タイミングが良いですね。
「この学校は、この時間が休み時間だったのですか?」
「……いや。でもゆきは休み時間だって思ってたんだろ」
少し陰を落としながら、くるみがそう答えます。自分の中で好きに時間を変えられるとは、随分都合の良い幻覚ですね。ちょっと羨ましいかも。毎日がすごく楽しくなることでしょう。
さて、それでは。
「じゃあ、ここからはゆきさん抜きの話をしましょうか。と言っても、わたしは実は最近になってこの現象に気がついたものでして」
「はあ? なんでそんな今更?」
「随分前から始まったのですけど……」
残念ながら、わたしはその時には居ませんでしたので。もっと言えばこの時代の一般常識にも精通していない自信があります。それを言うとすごくややこしくなるので、今は黙っておきますが。
「まあ、ある事情によって最近の情報に疎いのです。そう言うわけでわたしには知識が足りません。なので……教えてくれませんか? このゾンビ騒動を」
(・ワ・)
三人からの情報によりますと。
このゾンビ騒動は急に始まったものらしく、原因も被害範囲も不明。分かっているのは、ゾンビさんに噛まれてしまったら自らもゾンビさんになってしまう。そのせいでここら付近に生存者はゼロ。生き残ったのはゆうりさん、くるみ、みきさん、そしてゆきさんの四人だけ。
そして見えない一人からの情報におりますと。
これは生物兵器によるバイオハザードなるもので、もともと想定されていた事態であり、この学校は有事の際の拠点として機能するよう作られていること。一連の事件の元凶としてある企業が疑わしいとのことです。
なんと言いますか。
(自然災害だったらどれだけ良かったことか……)
陰謀の匂いがします。めちゃくちゃします。人様が起こした騒動ほど片付けるのがしんどいんです。元凶は元凶で解決する必要がありますし。帰って寝たい。
いや別に、これを解決する義務も責務もないわけですから、全部無視して元の時代に帰還しても良いんです。しかし、これを解決しなかったら、この四人はゲームオーバーになっちゃうんですよね。
いくらインフラが整っているとは言え、物資は供給しない限り減り続けるものです。たった四人の生産速度では追いつくはずがありません。いずれ限界が来ます。待っているのは飢死でしょう。
それまでに助けが来る? そう希望を持つのもいいかも知れませんね。しかし、そんな安直な展開が望めるほど現実は甘くありません。人為的に引き起こされたものなら尚更です。現に今まで助けが来なかったではないですか。
わたし? 迷い込んだ哀れな子羊です。早くエデンへ帰りたいです。
(しかし、妖精さんのことを話すのは絶対に必要なんですよね……)
それにそもそも根本的な問題、まだ妖精さんの存在を話してはいませんでした。わたしたちの説明も、めぐみさんが見えることも説明しなければなりません。
シンプルに結論を言いましょう。わたしがすぐに帰還するにしても、どう動くにしても、わたしたちと妖精さんの事を説明するのは確定です。話さない選択肢を選ぶには、あまりにも不可解な点を残しすぎました。
「大体の事情は分かりました。ちなみに、人類が手軽に月に行けたりはしますか?」
「少なくとも、そんな技術が生み出されたなんて話は聞いたことがありませんけど……?」
「なるほど。別に衰退期に入った訳ではないようですね」
本日何度目かのクエスチョンマークの付いた顔。そろそろ疑問点を尋ねてくる頃。
しかしいちいち答えるのも面倒なので、もう自分から全部喋ってしまいましょう。
「出てきて良し」
「よばれてとびでたー!」
ポケットからぽいっと投げると、それは面白いように跳ねてテーブルの中央へ着地。
そして、痛いくらいの沈黙が数秒。
「……わ、わあぁ!?」
「なんだこいつは!」
「こ、小人!?」
「お、お化けですか!?」
意外にも、一番驚いているのはゆうりさんでした。椅子から飛び退って悲鳴を上げています。こう言うのには弱いのでしょうか。
そして最も警戒しているのがくるみ。背負っていたシャベルを両手で持って構えています。シャベルって武器として使うものでしたっけ?
よく観察しているのはみきさんでした。小人ですか。ぱっと見だとそう見えますよね。
あとめぐみさん。お化けはあなたですよ。
さて、そんな彼女らの驚愕と警戒と興味を向けられた妖精さんはと言えば。
「ひやあぁ~……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
がくがくと震えて失禁していました。ちなみにほぼ真水なので、そんな汚くはありません。まあ、生理的に無理と言われればそれまでですが。
そのあまりの情けなさに、場は困惑と言う名の沈黙へ逆戻り。口を挟むならここです。
「後回しにした自己紹介をしておきましょう。彼は妖精さんです」
「よ、妖精?」
「いえ、妖精さんです。妖精だけだとちょっと違う存在を指しますので」
「……妖精、さん?」
「そうです。妖精さんです」
「あはーい!」
よし。丁寧にゴリ押せば納得させられる!
「そんなわけがあるか。ちゃんと説明しろ」
おじいさんに怒られてしまいました。仕方ありません。
「まあ、皆さんにとっては、分からないことが全てだと思うので……とりあえず、わたしたちが何者で、どこから来たのかを、まるっと説明しようと思います」
「……まるで全く知らない場所から来たみたいですね」
「事実その通りだと思いますよ。だから、そう。お決まりの言葉も付け加えておきましょうか……信じるかどうかは、あなたたち次第です」
さて、わたしの話を信じてもらえるかどうか。信じてもらえなかったらゆきさんと同じ扱いです。信じた場合でも、それによって皆さんがどんな反応を起こすか。異物として排他する? それとも利用する? 考えすぎなどではありません。学舎ではそうでしたから。
それに、この異様な現状で何日も何日も立て篭もって、外のソンビさんたちと、ゆっくり減っていく物資の量。二つの恐怖の板挟みになって、まともな精神など保ってられると思えないんです。
正直に言ってしまえば、思いっきり壊れているゆきさんの方がまだ安堵出来るのですよ。関わり合いたいかどうかは別として、少なくともストレスは溜め込んでいませんから。
この中で最も警戒すべきなのは、落ち着いて見えるゆうりさん。彼女です。年上故の疲れと言うものは、よく知っていますから……わたしも昔は爆発してましたっけ。おほん。
ともかく、わたしはどんな反応が返ってきてもいいよう、最大限警戒しながら話すのでした。
(・ワ・)
約一時間。わたしが身の上話に費やした時間です。
話したことはと言えば、現時代にとっての未来から来たこと。未来では人類が衰退したこと。”わたしたち”が人類に成り代わったこと。そして、新人類となった妖精さんについて。
途中幾つかの質問があったとは言え、情報が与える影響を考えてかなり端折って説明したのですが。人類史の一端を説明すると、これくらいの時間は掛かるものなんですかね。
「……つまり」
難しい顔をして黙りこくってた三人の内、みきさんが最初に言葉を発しました。
「あなたは厳密には人類ではなくて、末期だった未来から来て、そこでは妖精さんが新しい人類になっていて、あなたは妖精さんのせいでこの時代に来て、今に至る、と?」
「概ね間違っていませんね」
「……にわかには信じがたい話ですが」
ちらりと横目でテーブルを見ました。
「ぼくたちしんじられぬです?」「なにゆえ?」「いきなりすぎたのでは?」「ぽっとでたからですな」「ぽっとでのくせにー」「もりあげるためにでて」「いらなくなったら?」「ぽいっ」「それいいかも」「いいぶらっくかげん」「でもしんじられぬとおかしもらえないのでは?」「そうかも」「そんなー」「いやー」「しんじてー」
お菓子が好物との情報を聞いて、ゆうりさんが棒菓子を与えてみたところ、妖精さんは大変お気に召したようで、わちゃわちゃと増えました。確かに、こんなほのぼのした小さな生き物が新人類だなんて、普通は信じませんよね。
「……質量保存の法則を無視してぽんぽん増えている以上、その話も否定できませんね」
おや、結構信じてくれてる?
「みき。あんまり疑うのは良くないぞ」
「でも、疑ってしまうくらいには突拍子も無い話ですよ」
「私たちはもう既に、突拍子も無い状況に陥ってるでしょう?」
「それは、そうですけど……」
くるみもゆうりさんも擁護しています。いや、妖精さんに関してはゾンビ現象以上の、かなりとんでもない話だと思うのですが。
「確かに驚きの真実ですが、ここでそんな嘘を吐くメリットもありませんし」
「それに、妖精さんの存在はそれで納得できるからな。あたしは先生を信じるよ」
「……分かりました。取り合えず、必要以上に疑うのは止めることにします」
……もしかして、この子たちってすごく良い子?
と、一瞬思いかけましたが、よくよく考えてみればこうなってもおかしくはないのです。ゾンビの居るこの状況で、妖精さんと言う非常識を前にして、未来から来たと言う話。あり得たっておかしくはありません。
それに、少しだけ追い詰められていることも起因しているのでしょうけれど。この子たちにとっては、生存者は同年代の子供、たった四人だけだったのですから。ゆきさんのようにめぐみさんがいるとは知らないのなら、四人だけと言う現状が精神的に作用していても無理はないでしょう。
「それで、さ」
そうです。そんな三人の目の前で、めぐみさんの存在を仄めかす言動を取ってしまったのです。さぞや衝撃的に映ったことでしょう。そして、さぞや疑問に思ったことでしょう。
「最初に出会ったとき、めぐねえのこと、見えてる風だったけど……どう言うこと?」
勿論、それが質問として飛ばされるに決まってるじゃないですか。あのときの自分を呪いたい。もう、わたしのばかー!
身近な存在に関することだからか、三人が今まで以上に真剣な目で見てきます。気まずくなって目を泳がせます。自然と、さっきまで存在を忘れていためぐみさんの方に目が行きます。彼女も自身が見えることに疑問を持っていたようで、静かにわたしを見返してきます。おじいさんも見守っています。見守ってないで助けてください。
こうなっては、答えないわけには行きません。
「わたしが、人類に成り代わった種であることは聞いての通りです」
「え?」
「祖先がなぜこんな戦争ばかりの欲張った種族に憧れたのかはさておき」
……皆さんなんで微妙な顔をするんですか。ここ笑うとこですよ。
「”わたしたち”は人類に良く似ていますが、それでも人類そのものではありません。本質的に違いますから、その性能にも差異が出ます」
「今はそんなことを聞いてるんじゃ……!」
「きゃー!」「ひゃー!」「にゃー!」
「くるみ! 落ち着いて!」
立ち上がったくるみをゆうりさんが宥めます。怒声により妖精さんが丸まってしまいました。まあ、誰だって関係ない話をされたら怒りますよね。でももう少し我慢してて下さい。必要なことなので。
「ところで、人ってなんでしょう? どんな存在が人だと思いますか?」
「え、っと……人型で、知能があって、心があるのが、人、でしょうか?」
「まあそんなとこでしょうね。じゃあ、外で動いているあれらは人でしょうか?」
「……もう、人じゃねえんだろうな」
暗い雰囲気。心に闇を持ちすぎです。
「では、人は魔法を使えるでしょうか?」
「魔法?」
「そう。不思議な力。超能力でもいいですが、それは人が使えるものとしてありえますか?」
「……人が魔法なんて、使えるわけありません」
「そうです。そして、そこがわたしたちと人類の差異です」
胡乱な視線を向けてきます。失礼な。真面目に話しているんですよ。
「わたしたちは、魔法が使えました。けれどそれは人類ではありません。なので捨てたんです」
「なんで? 魔法って言うからにはすごい力なんじゃないの?」
「それだけ人類に憧れていたんでしょう。わたしたちは子供から大人になるまでに魔法を捨て、そして魔法を持っていたことすら忘れます。わたしも最近は忘れていましたが、必要に応じて知りました」
「……その、魔法って言うのは?」
「万物と対話して、相手が何を伝えたがっているかを理解する……ようはただ話すだけのものですよ。人と、物と、現象と。場合によっては幽霊とすらも」
幽霊じゃないかも知れませんが、幽霊ってことで通します。
三人はようやく、自分たちの疑問についての答えを把握したようです。そして大きな衝撃と希望を持って、くるみが震える声で問いかけてきました。
「その魔法を使ったから、私たちには見えないものが見えるってこと?」
「そうです」
「じゃあ、いるのか? めぐねえが……?」
「はい。めぐみさんは、ここにいますよ」
「……そう、だったんだ……」
呆然と立ち尽くし、放心状態となっているくるみとゆうりさん。まだ半信半疑の目を向けるみきさん。そして静かに佇んでいる、三人には見えない人。
正直、これを聞いたところでどうにもならないと思ったんです。どっちにしろ見えず、聞こえず、分からないことに変わりはありません。ただ存在することだけを知りながら、認識すら出来ないなんて、とても辛いことでしょうに。
「本当に、佐倉先生がそこにいるんですか?」
「めぐみさんについての情報を話せばいいのでしょうかね?」
「……お願いします」
みきさんの要求に、わたしはめぐみさんを見ます。彼女はこくりと頷いて、自分について三人が知っている限りの情報を話してくれました。それを口に出すと、みきさんもやっと信じたのか、一言の謝罪と共に黙って顔を俯かせました。
それからわたしは淡々と、めぐみさんから三人へと言葉を仲介しました。わたしの仕事は、物事の間を取り持つ調停官ですから。責務を果たしませんとね。
しかしなるほど。めぐみさんの存在を教えたのは良かった事なのかも知れません。幾度も言葉を交わす内に幼子の如く泣き出してしまった三人を見ながら、わたしは、そこに”いる”と知ることが出来ただけで救われる人もいるんだなあと、そう思いました。
何を語ったのかって? それは忘れました。もとよりこれはめぐみさんと三人の会話です。部外者であるわたしが覚えている必要なんてありません。さっさと忘れるに限ります。
……でも、そうですね。一つだけ覚えていることは。
涙交じりに聞こえた、四つ分のお礼の言葉だけは、確かにちゃんと受け取っていますよ。
(・ワ・)
「…………」
「…………」
「…………」
仲介が終わり、三人が落ち着くまで待って、またも一時間が経ちました。
落ち着いたは良いのですが、落ち着きすぎです。と言うか、これは羞恥で黙ってますね。見ず知らずの他人(わたし)の前で不覚にも涙を見せてしまったのですから、そりゃあ恥ずかしがるのも無理はありません。
と言えども、こう沈黙されてはわたしも気まずいのですが……
「ふむ。しばらく動かないようだな。お前はそのまま黙って立っていなさい」
あ、そう言えばいましたね。おじいさん。
おじいさんが黙って立てと言ったので、わたしは全部放って傍観に徹します。何もしなくて良かったとか、そんなことは思っていませんよ?
おじいさんはそのままめぐみさんへ向き直ります。めぐみさんは微笑みながら三人を見ていましたが、おじいさんの視線に気付いて首を傾げています。
「めぐみさん、と言ったかな」
「はい。そうです」
「単刀直入に聞くが、君は死んだのか感染したのか、どっちだね?」
わーお、ど直球。
問われためぐみさんは目を丸く見開いてます。可哀想に。しかし律儀に答えてくれる様子。
「……感染しました」
「本体は?」
「恐らく、地下二階にあると思います」
「そうか……次の質問だが」
物憂げなめぐみさんの答えをばっさりして、次の質問とのたまってます。相変わらずひどい祖父です。
「君はどれくらいがオリジナルで、どこまで補完されているのかね?」
……?
「この馬鹿者は気付いていないらしいがな。感染した者の霊的とも言うべき残留意識が認識出来るなら、私の孫には君以外にも感染者の霊が見えるべきだろう」
……!
確かに、ゾンビさんの生前の意識が認識出来ているなら、今の段階でめぐみさん以外にも沢山の姿が見えている筈です。ですがそんなもの、どこにも見当たりませんでした。
めぐみさんもゾンビとなったなら、なぜめぐみさんだけが見えるのでしょう?
「私は、ゆきと呼ばれた子の影響によるものと考えている。感染した者の意識は消え、その心もある程度の破損が起きるのだろう。肉体と精神が揃って崩壊したなら、心は器から漏れ出でて、外へ拡散してしまう」
なるほど。わたしたちの魔法は器に収まらないため、外部へと放出されて消えました。ゾンビさんになると器自体が壊れるため、心までもが拡散する、と言うわけですね。
めぐみさんの影が薄い理由もそこにあるのでしょう。おじいさんと比べて存在感が希薄なのは、めぐみさん自体の存在が薄くなっていたから。純粋な存在ではなかったからです。
そして、その薄い存在を一個とするために水増しされたのが、ゆきさんの想い、ですか。
「彼女は恐らく、君を望んでいた。強い渇望だったのだろう。その想いが彼女の精神崩壊によって起こった現実の拡張により、君の希薄な存在を彼女が補完と言う形で埋め合わせた……と、私はそう考える」
ふーむ。流石おじいさん。こう言った推論では、残念ながらわたしでは敵いません。もとから頭は良かったのですが、世界中を放浪している内にもっと高度な生き物になったようです。
終始呆然と聞いていためぐみさんは、おじいさんが話を締めくくると素直な感心の声をあげました。
「……すごいですね。そこまで考えられるなんて。私はちっとも分からなかったのに」
めぐみさん自身のことなのですがね。めぐみさんにとって、自分の出自などはもう”終わってる”ことだからか、少々無頓着なように思えます。
めぐみさんは胸の手を当て、記憶を確認するように目を閉じ、答えました。
「……私は半分が”佐倉 慈”で、もう半分が丈槍さんの思い描いた”めぐねえ”です。佐倉 慈が持っているのは生前の記憶。めぐねえが持っているのは、丈槍さんの私に対する想いと……現実を受け止めるための緩衝材、と言うべきでしょうか」
「彼女は現実を受け入れられなかった。だからこそ、君に現実を託したのか」
「はい。普段は教師として丈槍さんたちの傍に居ますが、私は彼女が受容できない現状を見て判断し、彼女に受け入れられる形で伝える役目も持っています」
……それって何気にすごくないでしょうかね?
精神的に脆い人はやはりいます(わたしの周りにはいませんが)。それはそう簡単に鍛えられるものではないでしょうし、鍛える手段も限られている上に、効果があるかどうかは人それぞれ。脆い人はずっと脆いものです。
必要なのは、その脆さをいかに上手くカバー出来るかだと思うんですよ。ただの狂人は脆い心を守れずに壊れてしまった人ですが、ゆきさんはその点で言えばかなり上手くやってます。
偶然と必然が重なった結果とは言え、こんな阿鼻叫喚の現状を受け止める盾を用意し、現実逃避によって自己を守りながらも、間接的に現状を受け止めて思考する精神構造を構築したのは素晴らしいと思います。妖精さんと接するのに最適な心構えじゃないですか。すごく羨ましい。
「大丈夫なのかね? 以前と違う自己と言うのは、そう簡単には受け入れられない気がするが」
「受け入れられないだなんて、そんな! 私はこれで良いと思っていますし、むしろ嬉しいと思っています。丈槍さんのおかげで、私は死して尚、四人の子供たちを見守ることが出来るんですから」
そう言って微笑むめぐみさん。とても綺麗な人ですね。
わたしの周りには、ここまで純粋な善の心を持って接してくれる大人はいませんでしたから(局長とか局長とか、あと局長とか)、めぐみさんのその献身の心は大変好ましく思います。
ああ、わたしだって別に感心しないわけではありませんよ。他人に向けられた真心は素晴らしいものだとは思います。わたしに向けられると途端に裏を読んでしまうだけで。
わたしが久しぶりに美しい心と言うものに触れていると、おじいさんが言いました。
「ああ、感染した者は別に死んではいないぞ。そもそも死体が動くわけないだろう」
「えっ」
……はい?
「確かに感染した者の肉体は損傷しているが、あれは別に腐っているわけではない。お前、腐臭を感じたか?」
確かに、今まで腐った臭いを感じたことはありませんでした。ですが、体は見てられないほどにボロボロだったのですが。四肢が欠けている者もいましたし。
「四肢が欠けた程度では簡単に人は死なん。生きるだけなら問題ない」
いや大有りでしょう。
「それに、死体が動くなどと言うファンタジーじみたことが起こる筈が無いだろう」
先ほど心だの霊だのと言ってたのはおじいさんですよね。
「ともかく、感染者は生きている。以上」
衝撃発言をしたおじいさんはなんのその。どこ吹く風です。なんですかその後は自分でどうにかしろと言う目は。いつもの丸投げじゃないですか。言いたいだけ言って満足しないで下さいよ。
発言したい気持ちを全力で抑えながら、めぐみさんが復帰して質問するのを待ちます。おじいさんもめぐみさんの問いには答えずにいられますまい。
「……おきます」「……おきたー?」「……あとごせいきー」
完っ全に忘れてました。丸まっていた妖精さんのことを。
起きてしまった妖精さんの言葉によって、三人が再起動を果たしてしまったようです。
「……そ、そうだ! まだ話は終わってなかった!」
「は、はい! 質問が残ってます」
「そ、そうでした! 先輩がめぐねえの姿を認識できるのはどうしてですか?」
それ今出た話題です。固まってると時間の進みも止まるのでしょうかねえ?
もちろん、こんな事態になってしまってはおじいさんを問い詰めることは出来ません。めぐみさんも質問の期を逸してしまったようで、視線がそわそわとおじいさんと三人の間を行ったり来たりしてます。が、おじいさんはやはりそ知らぬ顔。妖精さんがそろそろ起きてくると分かっていたのです。周到な……!
わたしは結局、おじいさんの言葉は後で考えることにして、今は三人に先ほど聞いた推論を語って聞かせるのでした。
(・ワ・)
掻い摘んで教えると、三人は少し落ち込むように顔を俯かせました。
「ゆきが、めぐねえを繋ぎ止めてくれてたのか……感謝しないとな」
「それに、謝らないといけないわね。めぐねえのこと、ちゃんと伝えていたのに」
「でも、改まって謝っても、ゆき先輩は混乱するだけだと思いますよ……だって、先輩にとっては、その、めぐねえといるのが普通で、私たちもそうだと思ってるんですから」
「……なんか、歯がゆいな。気持ちを伝えたいのに伝えられないって」
「そうね……でも、例え一言でも、気持ちはちゃんと伝えた方が良いと思うわ」
暗い。暗いですよ。三人が真剣な話をすると、どうして暗くなるんでしょう。もしかしてゆきさんがムードメーカーだったりするんでしょうか? イメージにはピッタリ合いますが。
そんなことを思ってると、三人は今度はわたしの方を見て気まずそうにしています。はて?
「先生。じゃあ、あの、ゆきちゃんが言ってたおじいちゃん先生って言うのは……?」
「ああ、はい。わたしの祖父です。旅先でなんか生命活動を停止してました」
「……え、えっと、その……ごめんなさい……」
別に謝る必要はないですよ。どうせ近くにいますし。
さて、そんな説明をしている間に、この場にいる者たちの状態を説明しましょうか。
まずはくるみ、ゆうりさん、みきさん。各々黙って思案する表情を作っています。色んなことが起き過ぎて、子供には少々刺激があり過ぎましたからね。
次にめぐみさん。彼女は静かに傍観者を決め込んでいます。三人に対して、自分のことはいつもと同じように扱って欲しいと頼んでいました。混乱をさけるためでしょうね。わたしとしてはメッセンジャーの仕事が減って……おっと。
わたしたちはと言えば、学園生活部の指示待ちです。現地での行動は詳しい人に任せて、わたしたちはそれに乗っかる形で動くのが一番です。決して、面倒くさいとかそう言う理由ではないです。
はて? 何か忘れているような?
「……あ」
そうです。再びすっかり忘れていた存在がありました。目の前にいるのに、こんなにも影が薄かったのは初めてではないでしょうか。
それはきっと暗い話ばかりしていたせいで、彼らの入り込む余地が無かったからです。
「……われわれ、くうきでは?」「くうきっておいしいの?」「おいしいとおもうきもちのことです?」「おいしそうとおもうきもちのことです」「こじんてきなかんそうですな」「こじんのいしなどいにかいさず」「そのそんざいをむしされる」「それがくうきでは?」「ほうちですかー」「あたらしいかんじ」「いいかんじ?」「では」「ほうちにもとづいて」「はたらきますか?」「でもおさきまっくら」「はたらけない……」「くらい……」「めいる……」「しょんぼり……」「むしはいやー……」
ああ。今まで無視されてきた妖精さんたちが、暗い話を聞き続けて鬱雲を発生させていました。
どうしましょう。可哀想ですが、もう少しだけ放っておきましょうか? でもそうしたら鬱のあまり暴走を始めそうで怖いんですが……
「あの、先生」
と、ここでゆうりさんから質問です。
「先生は、その……いつまで此処にいられるのでしょうか?」
「……えっ、と?」
早めに帰りたいです。
の言葉は、三人が必死に隠そうとしている瞳の揺らぎを見て引っかかってしまいました。どうしてそう、答えにくくなるような表情をするんですかね。Yなら「上目使いだとっ!?」と言いながらコロっとOKを出しそうです。身長的に上目になるのは当然でしょうに。
一度詰まった言葉は中々言えないものです。あれこれと説明文を組み立てていると、ふと、一つの素晴らしい提案が浮かび上がりました。
そうです。帰れるかどうかは妖精さん次第です。なら妖精さんに聞けばいいのでは?
「妖精さーん」
「……およばれ?」「およばれですな」「こたえるのがれいぎかと」「ならばわたしが」
制服姿の妖精さんが前に出てきます。彼らに問うてみましょう。
まあ、頼めばすぐにでも帰してくれるでしょうが、それをわたしの口から言うのは……ちょっと度胸がないですね。生存者だと思っていた分、きっと深く落ち込むことでしょうし。
ちょっとでも助けられることがあったら助けようかな、なんて考えながら。
「わたしは帰れますか?」
「むりですが?」
「え゛」
ちょっとばかり衝撃的な言葉を受けて乙女にあるまじき声を出してしまいました。
……待て。待って待って。
「……無理、とな?」
「むりですなー」「きたいにそえず」「むねん」
「ど、どう、どうして……?」
「このままかえるとかえれなくなります」
帰ると帰れなくなる。まるで哲学じみた難題のように、それはわたしの前に立ちはだかりました。帰ると帰らなくなるとは、帰ろうとしなければ帰ることができるわけで、でもそれで帰ろうとすると帰れなくて、それを変えるには帰ろうとしないことで、しかしそれだと帰れる意味が無くなってでもやっぱり帰ると帰れなくなって帰るためには帰るを変えてかえるです?
「……かえれないです?」
帰れない。妖精さんの口から不可能の言葉が出たことに、わたしは目の前が真っ暗になる気持ちでした。もしかしてこのままずっと、元の世界には戻れない? 助手さんたちにもう会えなくなる? わたしの人生はここで野垂れ死に?
ぐるぐると回る恐ろしい思考を止めたのは、意外にもおじいさんでした。
「落ち着け。じっくりよく考えることだ。お前が何をすべきか、考えれば分かるだろう」
おじいさんはそう言ってきます。なんか、冷静ですね。
「おじいさんは、どうしてそう落ち着いてるんですか?」
「私はどうするべきか知っているからな」
……えっ。
「とは言え、これも良い経験だろう。しばらくここで生活してみると良い。いずれお前も気付くはずだ。どうして此処にいるのか。そして何がおかしいのかを」
そう話すおじいさんの目は、どこか面白いものを見るような目で。そう、これはいつもの無茶振りを吹っかけてくる時の表情です。悲観にくれる孫を見てせせら笑っているのです。いつものことですねー。
ですがまあ、落ち着くことは出来ました。おじいさんが帰る方法を知っているなら、別に問題は無いんです。帰ることが出来るなら、此処で生活することぐらい平気です。帰れなくなったわけではありませんから。
「……いつか、帰れるようになりますか?」
「じょうきょうしだいで」「でも」「われらもがんばりますゆえー」
「分かりました。では、わたしも帰れるように頑張ってみるとしましょう」
さしあたって、まずは滞在許可を取りませんとね。先ほどまで帰る気だったわたしとしては、少々の後ろめたさと恥ずかしいものがありますが。そこはぐっと抑えて、努めて平然と申し出の言葉を口にします。
「と、言うことなので……無期限の滞在、お願いできますかね?」
それは三人の笑顔と共に迎えられ。
わたしは学園生活部の副顧問として、名実共に学校の先生をすることになりました。
(・ワ・)
計算し直す必要があるとのことで、ゆうりさんが家計簿を持ち出して物資の量計算を始めていました。彼女は学園生活部における母親のような存在で、物資の消費を計算してやりくりしているそうです。
妖精さんと戯れているのはくるみ。力仕事担当です。バリケードの管理、荷物の運搬、そして感染者の排除まで。シャベルが愛用品。得物ってことですね分かります。
そして、そんな説明をしてくれるのがみきさん。部における助手担当で、大体のことはそつなくこなす器用な人。彼女だけ年下なので、一歩下がって全体を見てるような気がします。
そして。
「たっだいまー!」
今授業から帰ってきたのが、部のムードメーカーことゆきさんです。ムードメーカー……と言うより、彼女があるからこそ、今までの生活で彼女らの心が折れることがなかった、と言うべきでしょう。良くも悪くも思いっきりはっちゃけている子です。
……そう言えば、妖精さんのこと、話してなかったような。
「おー、お帰りー」
「お帰りなさい」
「先輩。お帰りなさい」
「うんうん。今日も部活頑張るぞ~! ……うぇ?」
ゆきさんの視線が、シャベルの上の妖精さんに止まります。
妖精さんも、シャベルの上からゆきさんを見ています。
じっと見つめあう両者。部室内に訪れる緊張。そして最初に動いたのは。
「……か、かわいい~!」
駆け寄って妖精さんに抱きついたゆきさんでした。あれ、思ってた反応と違う……
急に抱きつかれた妖精さんは、驚きながらもなぜかポポポンと増えてます。
「にゃわー」「うらやましー」「あらたなにんげんさん?」「たのしそう?」「おもしろそう?」「ふたつともなの」「いいにんげんさんかしらん?」「わるそう?」「んにゃ」「じゃあいいのでは?」「いいにんげんさんですな」
「ねえねえみんな! 可愛いよ! この子たち可愛いよ!」
「はいはい。分かったから落ち着けって」
「だって可愛いんだもーん!」
妖精さんが増えた理由も分かります。ゆきさんは子供のようにはしゃいでいて、とても楽しそうです。いかにも妖精さんが好きそうな子ですよね。
その微笑ましさから、部屋に和やかな空気が流れます。なるほど。確かにゆきさんは精神的な柱ですね。彼女が加わっただけで、全員に笑顔が生まれました。彼女と妖精さんがいれば、この状況も何とかなると、そう思わせてくれる何かがあります。
「えへへ~……あれ? でもこの子たちって、一体?」
……とは言え、落ち着けば疑問が生まれるのも当然のこと。キョトンと首を傾げたゆきさんに、何を説明すべきか考えながらも、わたしははあ、と憂鬱のため息を吐くのでした。
昔から、副と名のついたものは一番よく働くものと相場が決まっているようです。わたしもどうせ、人一倍働くことになるんでしょうね……とほほ。
人類は本日も、絶賛衰退中……?
鬩ぎあうシリアス(がっこうぐらし!)とコメディ(人類は衰退しました)。