Abyss Walker In The Magic World 作:城縫威
ピークに達する昼間でにはあと二三時間と言ったところか、店のピークでは無いにしても、客が来ないわけではない、絶え間なく動く程大変ではないが、一人ひとりに笑顔でウォーカーは対応していく。
「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください。」
そういってウォーカーは客に出す水をカウンターの方へ取りに行く。あの道場での出来事から何週間と経った。始めの頃は士郎が色々と戸籍や必要な書類を過去のつてに頼って作っていたゆえに、少々ドタバタとしていた。その間ウォーカーは恭也と美由紀の鍛錬、またなのはの面倒を見ていたのだが、その過程で一つとても厄介な事が発覚する。字が読めないのだ。会話は出来るのだが字が読めない、ウォーカーは読み書きが出来ない、というわけでは勿論無い。アノール・ロンドに居た頃は、一応は四騎士の一人、指揮官であったり軍の管理等をする役にあった。他の部署に必要な事があれば羊皮紙に内容を綴って四騎士である証を赤い封蝋と印璽でもって施し送る事など少なくなかった。郊外の交流についてはそれ専用の外交官がいたが、四騎士は華々しいアノール・ロンドを代表する面々でもある。大王グウィンが動けば、それにつき従うように四騎士の内だれか一人は傍につく、また、外交の道具として駆り出されることもある。四騎士が直々に外交に訪れるのは相手にとって恐怖でしか無い。もし下手な対応をすれば此方がどうなるものか予想もできない。自分たちが道具にされていることは無論四騎士の皆も気づいてはいたが、個々に四騎士として在るには理由がある。オーンスタインは四騎士である誇り、そして四騎士である皆を守るため、ゴーは危なっかしい友を支えるため、キアランは四騎士の皆と共にいたいため、ウォーカーはただひたすらに四騎士として、己の信念を貫き通すため、たったこれだけの理由でしか無い。しかし逆に言えばこれだけの理由で彼等は一つにまとまることが出来る、それほどまでに彼等の関係は深い。半ば依存状態にさえ近い。四騎士で古株であるのはウォーカーとゴーであり、最後にやってきたのはキアランである。キアランはウォーカー、ゴーやオーンスタインに比べると大きく生きている時間に差が開いているのは当たり前なのだが、実を言うとキアランがやってくるまではウォーカーもゴーもオーンスタインも字の読み書きはできなかった、というのも、彼等が最も働いていた時期というのは古龍との戦争、激戦の渦中であり、書類を書く暇などありはしなかった。まず字という物を反乱軍側になかった。共通として持つ言葉で意思疎通をし、訓練で持って鍛え、戦禍でもって鍛え上げた力を扱う。文字という者が出来たのは長い古龍との戦争が終わって間もなくだ。その頃になると、世界は暖かさと冷たさ、光と闇を得て、生き物という者が各地に現れていた。アノール・ロンドで言う小人、つまりは人間も勿論いた。そういった者が現れると同時に必要なのは支配である。大王グウィンを天辺に置き辺を統治するためには口から発する言葉だけではとてもじゃないが回らない。口から発する言葉を文字にすれば良い、そういった流れで文字が出来る。文字の起こりと同時に三騎士であった所にやってきたのがキアランである。戦争が終わると外に居た敵が何時の間にか直ぐ隣り、内にいる。不穏な動きがあれば、その芽を摘む、それがキアランの役割だ。政治としてのキーであったキアランは起こったばかりの文字の読み書きが誰よりも早く出来た。それ故時間に余裕があれば最年少のキアランが読み書きというものをウォーカー達に教えたのである。年下から教えられるのはどことなく屈辱に感ぜられる事だろうが、ウォーカー達は特に上下関係を気にしない、オーンスタインも仕事上でだけでそれ以外にはあまり執着しない、だから不仲になるというのはなかった。
「すいませーん。」
客の呼ぶ声がする。ウォーカーは一旦水を先程入店したばかりの客の前に置くと、足早にオーダーのある席に向かった。
「この翠屋特製具沢山ナポリタンってのをお願いします。お前は?」
テーブル席に座るのは七十を過ぎた老夫婦の用で、夫さんのほうが先にメニューを指さしながら注文を言って、その続いて奥さんが言う。
「私はこのビーフカレーをお願いね、あゝそうだわ、食後にアメリカンとショートケーキをお願い、あなたはデザート要らないの?」
「俺は甘いのそこまでだからなぁ、じゃあ食後のコーヒーを二つにしてくれ、他に頼むもんは無いか?」
奥さんの方は首をふるふる横にふる。
「そうか、では注文は以上だ、よろしく頼むよ。」
注文を表に書き終えたウォーカーは一言、ではごゆっくりと言ってカウンターの方まで言って、注文を料理を作る士郎と桃子に伝えると同時に表を厨房の冷蔵庫にマグネットで貼り付ける。
「ウォーカー君、二番テーブルのピザトースト出来たよ。」
「あゝ、分かった。」
二番テーブルと書かれた伝票を冷蔵庫から外して、品の乗ったトレーと一緒に客のところに持っていく。伝票はウォーカーも働けるようにと、文字を書き込む方式ではなく、店のメニューが全て書かれたそれに、注文された品の隣にチェックをするというものだ。メニュー一覧を覚えることは、士郎が徹底としてウォーカーに教え込んだ。簡単な四則計算は書類仕事で行うこともあったので問題はない。だがそれ以外のこの世界の歴史等、俗にいう一般常識というものがウォーカーには欠如している。故に知識のレヴェルが近いなのはと一緒に勉強をするのだが、恭也や美由紀、士郎も桃子も中々人に教える行為が好きなのか、寄ってたかってなのはとウォーカーの勉強を見て教えようとやってくる。終いにはなのはとウォーカーの為の特別授業のようなものになった。なのはは、流石にまだ一年生とあって、直ぐに理解が出来ないが、ゆっくりとだが確実に知識を蓄えている。ウォーカーは一度仕組みさえわかれば後は自分から発展して色々なところに手をだす。向上心があるのか、ただ元の世界には無いからこそ、半ば娯楽のようなものになっているのか、苦という物を感じることがない。勉強仲間のなのはから見ればラクラクと色んな事を覚えていくウォーカーが憧憬の的となるわけだ。なのはは勉強がわからなくなると、美由紀達には聞かずにウォーカーに聞くようになった。ウォーカーもなのはより少し多く知識があるに過ぎない。ウォーカーにも分からないものが出てくると、なのはとウォーカーは一緒に腕を組んで考え合う。あれはどうだこれはどうだと喋っている時間が楽しくて、なのはは時間も忘れてウォーカーと考え合うのだが、かたや一年生の小さな女の子に、かたや、姿こそ恭也と同じくらいの年でも、本来は士郎以上に年を重ねているウォーカーが一緒になって悩んでいる光景は、見るものからすれば何やら奇妙で微笑ましい光景となっている。
からりと扉の空くベルが鳴る。陽の光が開けられた扉と客の隙間を縫って喫茶店の中へと入る。店内は明るい装いではあるが、外の光はそれよりもまた、明るいらしい。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」
手に持っていたピザトーストの置かれたトレーを足早に客のもとに置いて一礼し、入ってきた客を見る。長いブロンドの髪をサラリと流して、左右にはゴムでツインテールにあしらっている。可愛らしい女の子一人であるがいかんせん、時間がどうにも奇妙であるとウォーカーは思った。背の高さやその振る舞い方から見るに、なのはと同じかそれ以上かとウォーカーは当たりをつける。だとするならば、学校はどうなっているのだろうか、まだ、学校では生徒に知識を教え込む作業が続けられているはずだ。
「お嬢さん、少し、いいかな。」
ウォーカーは女の子を席まで案内して、テーブルの上に水を置く。
「……何か?」
ウォーカーが席に座った女の子に合わせるようにしゃがんで言葉を掛けると、訝しみがにじむ顔で女の子をウォーカーを見た。
「君くらいのお嬢さんは、今頃、学校で学んでいる時間だと思うのだが、どうかな?」
「……今日は、学校が直ぐ終ったの。」
「そうか、では、もう一つ質問してもいいかな。」
「何なのよ、別にいいけど、もう一つだけね。」
「有難う。じゃあ、君は何で、そんな顔をしているんだい、何だかどこかずっと痛いみたいだ、そんな顔をしている。」
ウォーカーの言葉に、女の子ははっとして目を見張る、図星な部分があったのだと、ウォーカーは感じる。だが、同時に深入りしてしまったのだとも思った。自分にはそんな資格など無いのだろうに、けれどもどうにも、他人事ではないように感ぜられたのだ。
「いいでしょっ、そんなこと、貴方に何が分かるよ、ねえ、私はお客でしょ!?」
見ず知らずの男性が、自分の内を見つめてくる勝手さに、幼いながらに女の子は怒りを感じる。何で、自分の気を沈めようとやって来た場所でまた面倒なことが起きるのか、先日、学校で起こった事を思い出す、他人のことなのに、無理矢理にでも関わってくるこの感じ、むしゃくしゃを落ち着かせるために来たのに余計にむしゃくしゃしてきた。
「すまない、出すぎた真似をした、今更で申し訳ないが、ゆっくりしていってくれ。」
ウォーカーはにこやかに笑って、その場を離れる。これ以上は追求した所で悪い方向にしか行かないことは目に見えている。ふくれっ面でメニューをにらむ女の子を尻目に、ウォーカーは士郎のもとへ行く。
「ウォーカー君、例え子供でもあんまりちょっかい出しちゃダメじゃないか。」
特製ナポリタンを作りながら、ニタニタ咲いながら士郎がウォーカーに言った。そのニタニタの意味がわからずウォーカーは首をかしげるばかりだが、まあ何かあるんだろう程度に考えて流した。
「いや何、些かそのままにほっとけなかったんだ、なのはと年格好も近くてな。」
「ふふ、まあ君には何かとなのはの面倒も見てもらっているし、間違いがないのはわかっているんだが、あまり事を大きくしないでくれよ。さっき、お嬢さんの声が少しばかし響いていたぞ。」
「申し訳ない、お嬢さんの気を逆撫でたようでな。……なあ士郎。」
「ん?なんだい。」
「この近くに学校は幾つ程ある。」
「学校はいくつかあるが、小学校でここらへんなら私立聖祥大附属小学校だろうな、なのはが通っている学校だよ。」
「そうか、ふむ。」
ウォーカーは手を顎にやると、少し考えるように視線を下に向けた後、また士郎に視線を戻す。
「士郎、一寸来てくれないか。」
「あゝ、別に構わないよ、桃子、頼めるか。」
「ええ、大丈夫よ。」
「有難う、あと一、二分でパスタが茹で上がるから、見ててくれ。」
「はい、承りましたっと。」
皿を洗っていた桃子は朗らかに笑って言う。士郎は、ウォーカーの招きに従って厨房から出た。ウォーカーが指を指す方向には、可愛らしい財布を出して、メニューと財布の中身を行ったり来たり視線を移している女の子がいる。
「あのお嬢さんの事、知らないだろうか。」
「さてどうだろう、だが、どこか、見覚えがあるな。ふむ、一寸待ってくれ、今思い出す。しかし本当になのはと同じくらいの女の子じゃないか、今日は祝日じゃないはずなんだが……。」
「私も不思議に思ってな、なのはも後二、三時間は帰ってこない筈だ。」
「あゝ、その筈だが、ん?なのは、なのは……、そうか、思い出したぞ、あの子はアリサ・バニングスちゃんだ。」
士郎が合点がいったと手を叩く。
「アリサか、なのはの知り合いか?」
「知り合いというか、彼女はなのはと同じクラスだよ。ウォーカーが来るより前に授業参観といってね、親が学校に行く日があるんだ、その時彼女も居たよ。」
「そうか、……なあ士郎。」
「なんだい?」
「彼女が頼む物、タダにしてくれないか。」
「それは何で?」
「店員として客に対して、礼を欠いてしまったからな、その詫びと、お嬢さんと少し話しをしたい、そのきっかけというわけだ。」
「そうだねぇ、構わないけど、そのかわり今月含め来月のお小遣いはなしでいいかい?」
意地の悪い笑を浮かべて言う士郎であるが、もとより金という物に頓着がないウォーカーにとっては取るに足らないことだ。
「構わない。」
「躊躇いがないなぁ、恭也とかはこう言うと凄い悩むんだけどね。」
「ふふっ、そうだな、恭也だった悩みそうだ、最近は色恋沙汰で何かと金を使っているようだしな。」
「息子に好きな女の子が出来たって言うなら親としたは応援したいんだが、あまり甘やかすわけにも行けないからね。」
「だろうな、私はあまり欲しい物が無いから、特に気にする必要もないんだ、今回はあのお嬢さんの為にお金を使った事になるんだろうが。」
「まあいいよ、君の好きにしなさい。」
「有り難い。」
「気にしなくていいさ、ついでに君がお話をしている間僕がウェイターをやっておくよ、心置きなくやってくれ。」
士郎の気遣いにウォーカーは感謝して、アリサの座っている席の前に座る。またもやってきたウォーカーにアリサの顔は険しなった。
「何?まだ決まってないわ。」
口調は荒く、敵視しているのがよく分かる。
「そう睨まないでくれ、肝が冷える。私は小心者でね。」
ウォーカーはただ優しく笑った。子供の睨む姿は、よく見れば中々面白い。顔全体で、自分は貴方を信用してないんだぞっと表現してくる。
「お父様もお母様も言ってたわ、貴方のような人を不審者って言うのよ。お店の店員だったからまだいいけど、変なことしたら叫ぶわよ。」
「ははは、そうしてくれ、私も変なことをしなくてすむ。」
「なんなの?貴方ロリコンってやつなの?」
「ロリコン?ロリコンというのは、なんだ?すまないな、あまり言葉に詳しくなくてな、ロリコンという言葉の意味がわからない。」
「ロリコンも知らない?馬鹿なの?貴方。ロリコンって小さな女の子に欲情する人ってお母様が言ってたわ。」
「そうか、それは、そうだな、ロリコンでないことを願いたい。ああそうだ、お嬢さん、忘れていたよ。」
「何?」
「私はウォーカーだ、アビス・ウォーカー。よろしく。」
「……アリサよ。アリサ・バニングス。」
「そうか、アリサか良い名だ、快活そうで、且つ賢そうだ。」
「いきなりそんな言葉、気持ち悪いわよ。」
「それは失礼。そうだな、失礼をしたお詫びに、今日はお代はなくていい、お金を気にせず、好きな物を食べなさい。はぁ、そう疑うような目で見ないでくれ、私は何も手を出さないさ、ここの店長に良くしてもらっている。その恩を仇で返したくない。」
「そうやって焦るとどんどんそれっぽくなるって知らないの?」
どうやら、アリサは何かと弁明するウォーカーに、危険がないのだと、心を少しずつ開いているようだ、心なしか、皮肉や嫌味が冗談へと変わっていく。その氷の溶けていく様子にウォーカーは心の内で嬉しく思う。やはり子供は可愛いものだ。
「あまり私をいじめないでくれ、打たれ強くないんだ。」
「ふぅん、男のくせに情けないわね。」
「言うな、気にしているんだ。それよりも、何を食べるか決まったか?さっきから喋ってばかりで、お腹が空いただろう。」
「誰のせいで頼めなかったのかしら。」
「あゝすまないな、私の所為だったな。」
ウォーカーとアリサの会話を少なからず聞いていたのか、見計らったように士郎が伝票片手にやって来る。
「ご注文、お決まりでしょうか。」
「え、あ、じゃあこの特濃カルボナーラとオレンジタルトください。」
「かしこまりました、そこのお兄さんは?」
「私は、そうだな、アメリカンコーヒーを一つ、お願いするよ。」
「それも、君のお小遣いから天引きで?」
「あゝ、勿論、むしろ小遣いなんていらなくらいだ。」
「そうかい、それれは家計が楽でいいね、働いては貰うけど。じゃあ、今料理を作りますので、どうぞ、おくつろぎ下さい。」
言い終わると士郎はさっとカウンターの奥に消えていった。どうやら、今のウォーカーのやることを心底面白がっているようだ。趣味が悪いなぁ、と、特に嫌味を込めるでもなくウォーカーは呟いた。
「貴方のお店の店長さんって何か変な人ね。」
「そうか?ふむ、そうかもしれないな。だが、ここの料理の美味しさは保証するよ。期待してくれ。」
「なによ、自分で作るわけでもないのに偉そうにしちゃってさ、ま、期待はするけど。」
「あゝ、そうしてやってくれ。」
ウォーカーが笑って答えてやると、釣られてアリサも小さく笑った。
さて、今までは一話完結のような形で書いていたのですが、なにやら書いていると話が膨れてきて、且つ、膨れた話しを書くにはただ今少々多忙でして、なので、ひとつの話を分割して投稿したいと思います。この話もあと二、三話続く予定です