Abyss Walker In The Magic World 作:城縫威
カルボナーラが運ばれ、ウォーカーはコーヒを飲みながら、黙々とカルボナーラを食べるアリサを見つめた。美味しそうに食べる。今のところ、最初見せていた暗い影は見当たらない。歳相応の幼さと快活さ、今そこにはそれがある。その事実がたまらなくウォーカーを安心させた。さて、何時話しを切り出そうかと、ぼうっと考えていると、何時の間にかカルボナーラを食べ終わったアリサが訝しげにウォーカーを見ていた。
「なんかだんまりしちゃってどうしたの?」
「うん?いや、一寸な。ほら、オレンジタルトが来る、その後、少し私の話しを聞いて欲しい。」
「あっそ。」
士郎がオレンジタルトをアリサの前に置いた。さっくりと焼きあがったタルト生地の上にマーマレードで作られたフィリング、鮮やかなオレンジが並べられ、香りづけにリキュールが含まえれたゼリーで綺麗に艶出しされ、ちょこんと天辺にミントが飾られている。それを一口一口、口の中に運ぶ度に、ほっぺたに手をあてて、おいしーと小さく言うアリサをウォーカーは静かに見守っていた。
オレンジタルトを食べ終わると、士郎が気を聞かせてダージリンを淹れてアリサに出す。頼んでないのにとアリサが士郎を見ると、士郎はニンマリとした笑顔とウィンクで返した。様になっていそうでなってないその姿にアリサは微妙な顔つきになり、二人を見たウォーカーはクスリと笑った。
「で、話って何?」
一回ダージリンでのどを潤してからアリサは聞く。
「そうだな、あんまりそういった事を聞くのは良いことではないのだろうが、少々気になってしまってな。」
「勿体ぶらずに言いなさいよ、今更目くじら立てて怒ったりしないわ、たくさんおごってもらっちゃったし。」
「そうか、そうだな、じゃあ聞こう。」
アリサは頬杖をつきながら片手に紅茶の入ったカップに手を掛けている。
「君が。なにやら傷を抱えてこの店にやってきた理由は……高町なのはの所為か?」
カチャリとソーサーとカップがぶつかり合う音がする。
「な、なんでなのはの事知ってんのよ。」
動揺が、言葉の中に混ざっている。
「やはりか……感というものは、思いの外当たるものだな。」
「感って……あんたなのはの親戚か何かなの?」
「親戚も何も、この店はなのはの両親が経営する店だ。先程、君に料理を運んでくれた男も、カウンターの奥で料理を作る女性もな。」
アリサは焦った様子で立ち上がる。
「まあまて、なのははこの時間、まだ学校だ。すぐには帰ってこない。それに、店を出た所で何も解決はしないさ、気を楽にして、事の顛末を教えてくれないか?」
「わ、わかったわよ。」
「有難う。ゆっくりでいい、話してくれ。」
ぽつりぽつりとアリサは話し始めた。面白い話ではない。だが、まだずっとずっと若いはずのアリサが、おそらくはなのはも、ここまで自分、そして他人のことについて考えられるのだから、大人びているというか、ませているというか、事の顛末はアリサが行った、内気な少女へのからかいに、怒ったなのはが起こした喧嘩、なんとも可愛らしいものだ。
「そうか、そうだったのか、そんなことが……。」
「何?私を怒る?」
「いやいや、怒りはしないさ。随分と大人びた子どもたちだと思ってね。」
アリサが顔を顰める。
「子供だから大人ぶるなって言いたいの?」
ウォーカーは首を横に振った。
「そういうことじゃない。子供が見せる、成長への兆しがそこにあると思うと、なんとも不思議な気分だ。」
ウォーカーニコリと咲ってアリサの頭を撫でた。子供扱いしないでと、アリサが撫でる手を払う、するとウォーカー顔は一層面白いとでも言うようにコロコロと笑を浮かべた。
「生まれて十年も経たない君達が、こんな小さな頭の中で、私が予想もつかないような事を考えている。」
「結局、何が言いたいのよ。」
「なのはは君を叩いた後、こう言った。痛い、でも大事なものを取られた人の心は、もっともっと痛いんだ、とね。そして君は今、その言葉を受けて心の中でどうしたら良いんだろうかと悩んでいる。それは自分がしたことに対する疑問、そして反省の現れでもある。それができていているという事は、とても凄いことなんだ。」
ウォーカーの言葉に、アリサは心底複雑そうな顔をしている。今まさに心のなかで葛藤中のアリサを前に、ウォーカーは背もたれに深く凭れて息をはいた。
「でも、なのはも少し反省しなくちゃなぁ。」
「えっ、なんで?」
アリサはぱっと顔を上げてウォーカーの顔を見た。
「なのはは大切な物を取られた人は、叩かれた痛みよりずっと心が痛むといった。でも、どうしてそんなことが分かるんだろうね。」
「そんなの、私だって大切な物が取られたら嫌だもん、あたりまえじゃない。」
「じゃあ、大切なモノがたーくさんあったらどうする?」
「大切な物が沢山ある?」
「そう、大切な物が沢山あって、一つ取られても、大切な物がまだ一杯残ってる人だったら、どうだろう。」
「それでも大切な物がなくなったら絶対悲しいに決まってるわ。」
「そうだ、確かに悲しい。じゃあもう一つ加えて考えてみよう。例えば、昔事故にあってすっごく痛い思いをした人、両親が乱暴で何時も何時も痛いことをされた人、そういった人達が殴られたり、蹴られたら、どう思うだろう。」
「それは……とても怖くて、嫌で、泣きたくなると思う。」
「あゝ、そういった人達は、痛い思いをするんじゃないかっていうだけで、身体が震えてきたりする。」
「でも、その話が私の話に関係があるの?」
「勿論。何かをされて、痛みを受けるその人の痛みは、人それぞれ、決してその人を見ただけじゃわからない。だが一つ確かな事は言える。」
「何なの?」
「大切な物を取っても、人を叩いても、どちらも等しく痛い思いをするということだ。だからなのはも反省しなくちゃいけない。君が誂った娘もそうだが、君も同じく痛いことをされたんだ。」
「それは、そうだけど……。」
「そして君もなのはも理解しなくちゃいけない。」
「え?」
ウォーカーは背凭れに凭れた背を離して両肘をテーブルに付ける。ニコリとした顔は崩さず、暗い黒い目でアリサの双眸をしっかりと捉えて言う。
「痛みを与えるものは、等しく自分にも痛みはやってくる。」
アリサは何処か自分の事を言っているようにも聞こえるウォーカーの言葉が頭のなかでくるくると回って二の句がつげずにいる。
「ははは、少し、難しかったか?」
アリサはフルフルと首を振るった。
「貴方、私に行ったわよね、どうしてそんな顔してるんだって。」
「あゝ、言ったな。」
「なんで貴方もそんな顔してるのよ。」
ウォーカーは驚きに目を見開き、片手でぐにぐにと自分の頬を弄った。
「私が……そうか、そうか。はは、君は凄いなぁ。」
ウォーカーは小さな笑を浮かべる、だが何処か哀しげな雰囲気は拭えずにいた。アリサはそれを感じ取ることが出来た、だがこれ以上は聞かぬほうが良いとも感じた。
「さあ、そろそろ帰りなさい。そろそろ学校が終わってなのはが帰ってくる頃だ。」
太陽はアリサがやってきた頃よりも強く西から差し込んでくる。
「それとも、今ここで会って、心のなかにあるもやもやを終わらせるか?」
アリサは俯いて考え込んでいた。
「アリサ、今日はやはりもう帰りなさい。」
「だけど。」
「悩んでいるようじゃ何をやっても後悔が残る。すっぱりと決められるようになってから、また来なさい。」
ウォーカーはアリサの口が新たな言葉を紡ぐよりも先に席を立ち、またアリサが席を立つように促す。そして背中を押して、さっさと店の外にだしてしまった。
「頑張れよ、お嬢さん。」
ウォーカーはそうニヤリと咲って言って、店の奥に引っ込んでしまった。アリサは、決めきらずに外に出された事に、少々の気分が悪かったが、決められないでいた自分がいたことも事実と思って家に帰ることを決めた。なのはとだけ話して解決する話じゃない、自分がいじめた娘と合わせて三人ではなしてようやく話がつく、ならあとは覚悟を決めて、学校にいくだけだ、そう心のうちでアリサはつぶやき、家に帰った。
アリサが帰ってそう時間も立たない間に、なのはは帰ってきた。元気なただいまの声、改めてよく聞くと取り繕って行っている感触がする。なるほど、ませた女の子というのはどの娘も中々複雑だ、ウォーカーは心内で呟くと、ランドセルを自分の部屋に起き行こうとするなのはを呼び止めて、先程アリサが座っていたところに座らせる。何事だろうかときょとんとしたなのはの顔をウォーカーは見つめながら、優しい口調で言う。
「なぁなのは、学校で、喧嘩、したんだって?」
ビクリとなのはの身体が震えるのがはたからみてよく分かる。
「なんで、知ってるの?」
「ちょっと、小耳に挟んでね。その様子、どうやら本当に喧嘩したようだ。」
そんな知ってることを、改めてしたり顔で聞く。聞かれたなのはは自分が咎められているのだと思って罰の悪い顔をする。
「うん……でもっ、アリサちゃんがすずかちゃんにひどいことしてたからなんだよ?すずかちゃんの大切な物、アリサちゃんがとっていじめてたんだもん……。」
必死に弁解しようと試みるなのはの姿に、まだ子供らしい部分もちゃんとあるものだと、場違いではあるがウォーカーは少々嬉しく思う。
「そうか、なのははやさしいな。」
ウォーカーはそういってなのはをテーブル越しに撫でてやる。なのはは安心に顔をゆるめ、ほっと胸を撫で下ろす。
「ではなのは、君はどうやって、アリサを止めたんだ?」
「え、あ、えと……それは……。」
視線を泳がし始めたなのはを、ウォーカーはじっとみつめ続ける。
「……叩きました。」
「そうか。」
観念したなのはは、伏目がちおずおずと言った。
「なのは、君は、それしか、止める方法がなかったと思うか?」
なのはは静かに首を振った。
「じゃあ、何故、呼び止めるとか、先生に言うとか、他に方法があった筈なのに、君は叩くことを選んだんだ。」
「アリサちゃんに、痛いってこと、知って欲しかったから……。」
「そうか……。なぁ、なのは、君はまだ若い、だからこの先、色々なことが沢山起こるだろう。今回みたいに、喧嘩だって一つや二つじゃ足りないくらい起こるはずだ。それは、ある意味、仕方のないことでもある。私達の中に、心がある限り、それは避けては通れないものだ。その中で、色々な選択をする。相手を叩いたり、もしくは話し合いをしたり。勿論、君がアリサを叩いた事について、怒るつもりはない。ただ、もしまた喧嘩をすることがあって、叩くか、叩かないか、別の方法があるんだったら、私は君に別の方法を、できるだけ選んで欲しいんだ。何故だかわかるか?」
なのははじっと、ウォーカーの目を見つめ続けて黙している。
「それは、痛みを痛みで分からせる方法は、痛いと思わせる人までも、痛みを受けるんだ。……なのは、君がアリサを叩いた時、叩いた手、痛かったろう。痛みはね、与えれば与えるだけ、自分にも返ってくるんだ。私は、なのはにそれだけ、理解してもらえれば嬉しい、今ここで理解できなくても、君の頭の片隅に置いておくだけでいい、私の言葉を覚えて欲しい。……まったく、年をとると説教臭くていけないな。時間をとってすまなかったな、なのは。さ、荷物を下ろしてきなさい。手もちゃんと洗うんだぞ。」
なのはは小さく、けれども確かにウォーカーの言葉に頷いた。できるだけ噛み砕いた言葉で言うように務めたウォーカーだったが、なのはやアリサは聡明ではあるが、あまりにも小さい、言葉のすべてを理解できているかは計り知れなかった。
ウォーカーは長々と自由時間をとったことを謝罪するためにカウンターに戻る。いまだ客がいる店、厨房もカウンターも暇ではない。一部始終を聞いていた士郎は咲って、早く作業に戻ってくれると助かるよとだけウォーカーに言って、自分の作業に戻った。
一日が終わってまた次の日がやってくる。アリサにも、なのはにも自分から言えることは伝えた。アリサが誂った娘がどういう娘かは分からないが、恐らく何とか上手くいくだろうと、そう考えて、増えていく客を捌いていく。そして日が空のてっぺんから傾いて、夕方に差し掛かる時、勢い良く扉が開き、ただいまの声が響いた。嬉しそうな、ほんとうに嬉しそうな笑顔いっぱいの声だった。驚くことに、なのはの後ろには二人の女の子がついてきていた。一人はアリサだ。もう一人は推測するにアリサが誂った女の子だろう、深い藍色の長髪に真っ白なカチューシャをつけている。一見、おとなしく落ち着いたようであるが、その実、身体のうちには活発さを併せ持っているようだった。どうやら、彼女たちは一時の喧嘩の後、和解し、友と呼べる間柄になったらしい。これは良い方向に事が進んだと、ウォーカーや士郎達も喜んだ。なのはが喜色一面に、少々の作業を続けるウォーカー達に、アリサ達のことを紹介する。桃子は常にニコニコと笑い、士郎はそれは良かったとしきりに頷いている(作業の手は一切止めずにいるあたりは流石であるとウォーカーは思った。)そして三人仲良く、なのはの部屋の方へと若干の駆け足で向かっていった。士郎は作業が一区切りついたところでウォーカーの元へと寄り、肩をぽんと叩いて、上手くいったようだね、給料を引いた甲斐はあったかい?とウォーカーに誂い混じりで聞く。ウォーカーは笑って、これで甲斐がなかったら、何が楽しくて生きているのかわからないな、そう返した。ウォーカーもひと通りの作業を終え、客足も落ち着くと、桃子に託されたアイスティーとケーキを乗せたお盆を持ちながら、はて、こういったことを表わす言葉はなんだったか……、ああそうか、雨降って地固まるというのだったか、ふむ、面白いな、若いというのは、そんなことを思いながら、なのは達のいる部屋へ向かった。
長い期間開いた結果がこの程度のもので申し訳ないやら情けないやら
数話続くだろうと息巻いて、プロットなどを組んでは見たものの、結局はその大部分を変更して、無難無難へと変えていくざまでございます
少しでも楽しんでいただけるよう努力をしたいとは思えども、想像と実行とは伴ってなかなかついてこないものですね……
できるだけ、次のお話も早くに出せるように、言うだけなら易しですが……頑張ります…………