Abyss Walker In The Magic World 作:城縫威
木々がそよ風を受けてサアサアと音を立てながら揺らぐ。
夏の日差しにあたるその葉は様々な緑を茂らせて、自らの生命力を誇示してるかの様だ。
そんな生命溢れる所にまた新たな命が生まれる。
一つの魂がその場に呼び寄せられ、世界はそれに体を与える。
ゆっくりと身体は作られ、それは強く、魂に刻まれた記憶にそって作られる。
木々に囲まれ建っている一つの屋敷の中に形成されていくそれは、数時間したころには明確な形を成していた。
壁に背を預け、すうすうと眠るそれは背の高い一人の青年。
髪は黒く染まり、目を閉じる彼の姿はおおよそ十代後半か、なかなかに顔立ちは凛々しい。
それは服なのかと聞きたくなる様な布を身に着ける彼の眠りは深く、そうそうのことでは起きはしないだろう。
彼の眠っている所、そこから少し先に開けた場所がある。
その奥には道があり、そこから二人の男の声と一人の女性の声が聞こえてくる。
「今日こそ父さんから一本とってやる。」
「まあ、頑張ってとってみろ。美由紀も恭也から一本取れる様に頑張るんだぞ。」
「え、あ、はい、頑張ってみます。」
一人は少し年のいった声をしている。
その声は優しさや厳しさ、色々な物を詰め込んだような声だ。
もう一人は若々しく、勇ましい青年の声だ。
一本と言うからには何か武道をしているのだろうか。
もう一人の女性の声はまだ幼さが見える少女の声だ。
すこし気が抜けていたのだろう、彼らの保護者だろうか、その者の声にはっとして答えた様に二人の男は軽く声を出して咲った。
「無理だよ父さん。だってまだまだ俺の方が強いからな。」
青年の声、恭也は力の差は歴然とはっきりと言う。
彼の父程ではないが自らの腕に自信を持っているのが伺える。
彼らは談笑しながら彼の眠る屋敷へと進んでいく。
彼の中の一人、恭也は屋敷が目に入ると我先にと進み、屋敷へと向かう。
扉が開かれると共に恭也は固まることになるが。
まあ、見知らぬ誰かが慣れた場所に眠っているのだ。
誰でも最初は異質な存在に固まるのではないのだろうか。
恭也に遅れてもう一人の男、そして美由紀も屋敷前へ着く。
もう一人の男も一瞬硬直したが、恭也や美由紀より早く動き、彼の元へ向かう。
男性は彼に駆け寄り、眠っているのを確認すると、彼が起きないかと少し揺する。
彼は起きることなく眠ったまま、寝息を立てている。
彼はどうしようかと思案していると、後ろから二人がやってき、彼を覗きこむように見る。
恭也は警戒を露わにして彼を見ているが、美由紀の方は彼の顔立ちの良さからだろうか、恭也とは違い、まじまじと彼を見ている。
「恭也、美由紀、今日の稽古は中止だ、彼を運ぶぞ手伝ってくれ。」
「え!?誰かわからない奴を家に入れるのかよ。もし危険な奴だったらどうするんだよ。」
恭也はノリ気ではなかった。
「その時は俺とお前で抑えればいいだろう?」
男は恭也にそう言い、手伝うように促す。
恭也はそれに渋々したがった。
「美由紀、恭也、手伝ってくれ。」
◆
温もりを感じる。
瞼には光が差し、体全体に起きろと言う。
ゆっくりと、深い眠りから覚めていく。
瞼を開けるとまだ少し霞んで見え、カーテンから差す陽光に目を細める。
目も慣れしっかりと開くと、身体を起こし周囲の状況を確認する。
手には柔らかい感触が伝わる。
彼は運ばれ、家のベッドで寝かされていたのだ。
身体は随分と軽く、あの時の痛みも何も感じない。
「此処は…。」
どこかも分からぬ部屋の中、それも自分の知っているような構造ではない場所、彼はどうしようかと悩む。
「左腕は……動くな。」
全く動かなかった左腕も動く。
「それ以前に何で私は生きているんだ……。」
何も知らぬ人から聞けば危ない人の発言だが、彼にとっては至極当然な疑問だろう。
何故ならあの時、あの瞬間、彼は彼の親友によって見守られながら逝ったはずなのだ。
身体はすでに限界を超え、死に掛けの中で友との会話を楽しみ、後悔なく逝ったはずなのだ。
不意に横から扉の開く音に視線を移す。
若い女性が一人はいってきた。
「あら?おきたのねぇ。それはよかったわ。」
なかなかにおっとりとしていて綺麗な人だなと彼は思っていた。
しかし、このよく分からない状況の中、取り乱すこともなく、驚くこともなく、ただ不思議に思うだけな所をみると彼はどこかずれているのかもしれない。
「ふむ、いきなりで悪いがお嬢さん、ここはどこなんだ?」
「へ?お嬢さんって私のこと?」
女性はすっとんきょな声をあげる。
「いや、貴女以外に誰が?」
彼にとって、大抵の女性というのは、お嬢さんなのだろうが、この世界での彼女はまさか、自分より年下に見える青年からお嬢さんなどと呼ばれるとは思っていなかったのだろう。
「え、ええと、此処は日本の海鳴市だけど…。あの、貴方は今立てる?もし立って歩けるなら、貴方を運んできた人と話しをさせたいのだけど。」
「……大丈夫だ。」
身体は動く。この調子なら立つことは出来るだろう。
布団をのけゆっくりと立ち上がる。
ずっと動かなかったからか少し身体が軋むが問題はない。
「案内してくれ。」
彼女は彼を見上げる形になる。
予想以上に彼の身長は高かった。
扉をくぐり案内されるままに行くとテーブルの置かれた部屋に男性二人、女性二人が椅子に座っていた。
「お、起きたか。ちょうどいい時に起きたな。」
一番年上だろう男性が話しかけてきた。
「まあ、座るといい。桃子君すわりなさい。」
すでに椅子はだしあり、指定された椅子に彼は座る。
「さて、まずは自己紹介でもしようか。私は高町士郎、この店の店長兼マスターをしている。君を案内したのは私の妻の高町桃子だ。俺の隣にいるのが息子の高町恭也、その隣が高町美由紀、そして君のとなりにいるのが高町なのはだ。」
士郎はここの家族全員の紹介をしていく。
彼の番になり彼は一瞬だけ考える。
明らかに異質なこの場所で私が騎士アルトリウスだといったらどうなるか。
敵対はしなくとももしかしたら自分の過去を聞かれるかもしれない。
それは彼にとって避けたいことだった。
何故なら彼のすぐ近くにはまだ若い少女や少年がいる。
それに自らの過去を晒すのはどうにも憚れた。
「君は?」
士郎から声をかけられる。
彼の脳裏に「深淵歩き」と言う言葉がすぎる。
「私は…アビス。アビス・ウォーカーだ。」
「そうか、それで?ウォーカー君、なんで君はあんな所にいたんだい?」
「わからない。あんな所と言われても私はさっき起きた場所と此処しかわからないよ。」
ウォーカーは何もなかった状態から生まれた赤子のような状態だ。
身体こそ成長した姿で作られたがこの世界ではものの数時間しか生きていないのだ。
「困ったな、記憶喪失者かな。記憶はちゃんとあるかい?」
「あることにはあるのだが…聞きたいことがある。」
「なんだい?」
「アノール・ロンド、ウーラシール、これらの単語になんか知ってるか?」
「アノ、なんだって?そんなのは知らないな。外国にもその様な名前の国は聞かないね。」
その言葉を聞いたウォーカーは考える。
──アノール・ロンドもウーラシールも知らない?どういうことだ?どちらも誰もが知っているはずだが…。聞いたこともないとは。さて、どうしたものか。
会話からはずれ一人思考に落ちてしまったウォーカーに恭也は段々と苛つきを覚えた。
こっちは重いのを運んでやったというのに、起きて父さんが話しをしようとしたらよく分からない単語を聞かれお礼も何もない。
自然と恭也はウォーカーを睨みつけていた。
士郎と桃子はただウォーカーをみていて、美由紀は特にやることもなくボーっとしている。
なのはにいたっては話がよくわかっておらずウォーカーと士郎達の顔を行ったり来たりと交互に見ている。
「すまないな、かってに会話を断ってしまって。どうも私の知っている事は此処ではないものらしい。」
ウォーカーは視線が下に落ちていたのをまた士郎たちに向ける。
「私のいた所ではアノール・ロンド、ウーラシールと言うのはほぼ全ての者が知ってる筈の地名だ。それを知らない、聞いたことがないと言われたら私はどしようもない。さっきお嬢さん、桃子さんだったか、に教えてもらった海鳴市だったか、それと日本と言うのも私は今まで聞いたことのない名だ。」
「それは…どういうことだろうか。」
「一つの仮説としては私のいた所、それと今この場ははるか遠く離れているのかもしれないということ。」
士郎は首を振る。
「それはない筈だ。ジャングルの奥深くとかそんな場所でない限りありえない。」
「そうなのか?ならあとは一つしかないな。」
「と、言うと?」
「私のいた所、それは君たちがいる此処とは別の場所だということだな。」
その言葉を聞いた高町家の皆はよく理解が出来ていないといったような顔でウォーカーをみる。
「わかりにくかったか?」
「あゝ、すまない、別の場所はどういうことなんだ?」
家族の代表として士郎が口を開く。
「なんと言ったらいいか。……あゝ、あれだ、別世界と言った方がわかりやすいか?」
「別世界、ね。またすごい話になったな。」
「いやいや、なに頓珍漢な事をいってんだよあんた。」
つい苛つきも相まって恭也が声を荒げて言う。
「そんなファンタジーのお話みたいなことがあるわけないだろう。迷惑かけるだけならいざしらず、頭のネジがとんだような事は言うなよ。」
当然の対応だとは言える。
助けた人から出た言葉が感謝でなくて到底信じられることのない話しをされて怒らない人はいないだろう。
中には話に興味をもって聞く奴もいるかもしれないが。
「なんならもっとファンタジーな事をいってやってもいいが。」
「なんだっていうんだよ。いってみろよ。」
恭也はもう苛つきを抑える気などない。
「私は一度死んでいる。」
「え?お兄ちゃん幽霊なの?」
その言葉になのはが反応する。
まだ幼いながらに人は死んで生きてるのは幽霊だという認識はあるだろう。
「いや、幽霊ではないな。ちゃんと血も通っている。」
「いやいや、それこそ信じられる話じゃないだろう。いきなり僕死んで生き返りましたって言われて信じる馬鹿はいない。」
恭也の考えは至極もっともだ。
だがそんな事はウォーカーには関係のないこと、実際に生き返っているウォーカーにとって、その事実をどう言われようが構わないのだ。
「まああれだ、ウォーカー君。君の話が事実であれ嘘であれ、今の君には身寄りがないんだろう?」
「そうなるな。いきなり新たな世界に生き返ったんじゃ身寄りはないな。」
ウォーカー自身、身寄りがないことについてはあまり関心がないらしい。
彼がこの世界にくる以前は仲間と呼べるものがいたが家族と呼べるものはいなかった。
そんなかれにとって身寄りがあるないは特に関係のないことなのだ。
「ならウォーカー君。此処で暮らさないか?」
士郎は耳を疑う様な言葉を口にした。
「本気か父さん!?こんな得体のしれないのを!?」
恭也は直ぐに異を唱えた。
だがそれに士郎の反応はどこ吹く風と聞き流しウォーカーに言う。
「ウェイターが最近欲しかったところなんだ。それに仕事でよくなのはを一人にするからね。その相手にもなって欲しいんだ。悪い話じゃないだろう?」
「あゝ、悪い話じゃない。しかし余りにも軽率すぎやしないか?そこの少年も言うように私は得体のしれない存在だ。もし君たちを襲うようなことがあったらどうする。今も心のうちで画策してるかもしれないだろ?」
ウォーカーの言葉に士郎は笑って答えた。
「もし画策なんてしてる奴だったらそんなこと前もって言いはしないさ。それに何かあったら勿論、私は君に容赦はしないしね。それに仕事には厳しくしていくつもりだからね。」
「そうか。なら世話になる。これからよろしく頼むよ。」
「いやちょっとまてよ、勝手に話しを進めるな。」
横で恭也は納得が行かず、なおも反対しようとする。
「きょうちゃん。あまりはしゃいじゃだめよ?」
桃子は笑って恭也を制した。
笑顔なのに笑顔じゃない。
口は笑っているのに目は冷えきっている。
「はい、すいません。出過ぎました。」
恭也は沈黙した。
桃子という女性はこの家族の中で最も最恐な人物なのかもしれないと心の内で思ったウォーカーだった。
ウォーカーにここまで思わせるとは、高町桃子、末恐ろしい女性だ。
「あら、なにか?」
ゆっくりと桃子がこっちに視線を向ける。
「いや、なにも。」
触らぬ神に祟りなし。
そんな中、一人幼いなのはだけが、余り理解が出来ずただただそんな家族を見ていた。
美由紀は依然、傍観にてっしている。
新たな舞台での始まりは少し締まりのない出だしとなってしまった。
だがウォーカー、アルトリウスにとっては高町家の温かい雰囲気が、かつての自分の生きていた世界にはあまりなかった温もりが、とても良いものだと、温かい家族を見ながらそう思った。
この後、更新出来る日は何時になるのか...