Abyss Walker In The Magic World 作:城縫威
部屋の向かい合わせの壁に高い本棚があり、奥には陽光が差し込む出窓が一つ付けられている。その部屋は大凡、大人が三人くらいで少し息苦しくなるような部屋で、その中には男が二人、一人は奥の主人の座る椅子に、その一人の前に、背の高い青年が、客用の椅子に座っている。言わずもがな、士郎とウォーカーである。
「さて、私も少しやることがあるが、君にも沢山やってもらうことがあるよ。」
「無論だ、こんな暖かな家族の一員にしてくれたんだ、何かしなければ罰が当たるというものだ。」
少し仰々しいとも言える口調でウォーカーが答える。よほどこの高町家が気に入ったのだろう、顔には常に暖かなほほ笑みが浮かんでいた。
「そんなに気張らなくてもいいよ。やることと言っても、君がこの世界で暮らしていくにあたって必要なことを覚えていくだけのことだからね。」
「確かにそうだな、何故かこうやって意思疎通には問題はないが、何よりもこの世界について私は知らなすぎる。この建物だって、馳走してもらった食事だって、周りの世界は見知らぬものばかりで、生まれたばかりの赤子に戻ったかのような感覚だよ。」
そんな事を言うウォーカーの目は輝いており、玩具を与えられた子供のようにさえ見える。
「はは、そうだね。君にとってはこの世界は宝箱みたいな物なのかもしれないな。」
「あゝ!言い得て妙だな。未知の物に出会うのは心が踊るというものだ。……だがしかし宝箱と言われると同時にトラウマを思い出してしまう。」
身体を些か前に乗り出して嬉しそうに士郎に言ったが、宝箱から何か思い出したのか、いきなり両膝に肘をついて、がっくりとしてしまった。
「ど、どうかしたのかい?」
あまりの変わり様に士郎がおずおずと聞いた。
「いや、なに、少し宝箱にいい思い出と悪い思い出とで二つあってな?悪い方を思い出してしまったんだ。」
「それはまた。失礼だが、私がその話を聞いても?」
他人の不幸は蜜の味というが、士郎もウォーカーが別世界の住人というのも含め、宝箱に何故こんなにも落ち込むのか、つい気になってしまった。
「構わないよ。私が仕事で遠征している時なのだがな、その目的が私が住んでいたアノール・ロンドから遠く離れた場所で見つけられた古城を調べてこいとの命で、私と、私に付き添った私の友が数人、そこへ赴いたんだ。」
「古城……中世のヨーロッパの様な世界にいたのだろうか……。」
つい、士郎の口から独り言が漏れる。
「ん?どうかしたか?」
「いや、何でもないよ。話の腰を折ってすまないね。」
どんな話かと思っていたら、ウォーカーの口から古城という言葉が出たのだ。士郎たちが住む世界にも古城があることにはある、しかしそれは今では、そこらの一般市民が、場所によってはお金を払えば入れるようなそんな場所だ。ウォーカーの世界では違う。わざわざ仕事として調査に行くと言う。それがどうにも士郎にとって時代背景の差が激しかったのだ。
「そうか?……私と友たちは無事何事無くその古城に着いたんだ。そこで各々別れて城の中を調査したのだが、その中で一人の友が私と、他の友を呼んだんだ。宝物庫を見つけたと言ってな。」
「宝物庫を見つけられたのなら良かった話ではないのかい?」
「いや、この話には続きがあってな、私達はその宝物庫こだという場所に行ったんだ。重々しい鉄扉の隙間から、部屋に入ってみると確かにそこには絵画や錆びた燭台などがあったんだ。そして既に開かれている木箱が一つか二つ、まだ開けられていない物が三つ四つあった。」
どんな話が待ち受けているのかと、今度は士郎が前に乗り出してウォーカーの話を聞いている。
「そうしたら私達を呼びに来た友が、よし、早速この木箱を開けよう、と言って、何の警戒もなく複数ある木箱の前に駆け寄った後、開こうと手をかけたんだが……。」
そこまで言って
ウォーカーは言い淀む。顔を僅かに苦痛に歪める。よっぽど苦い記憶なのだろう。
「大丈夫かウォーカー君?嫌な記憶なら言わなくても……。」
ここで士郎は自分が相手にとって辛い、掘り返してはいけないような事を聞こうとしていることに気がついた。
「いや、大丈夫だ。ここまで話したんだ、最後まで話すよ。」
そういってウォーカーは一息つくとまた語り出した。
「そいつが手をかけた瞬間、木箱はいきなり開いたかと思うと長い両腕が箱から出てきたんだ。一瞬のことで動けなかった私たちの前で、そいつは木箱から出た手に引きずり込まれて、喰われてしまったんだ。」
「喰われた…?」
「あゝ……有無を言わさず、胴体ごと噛みちぎった。だがそれで終わりじゃない。唖然として見ている私の後ろで悲鳴声がした。振り返ると長い足が生えた木箱に掴まれて喰われる仲間の姿だ。一つの木箱に呼応して、開いていなかった木箱が動き出したんだ。私は咄嗟に声を張り上げて、逃げるぞ、と言った。幸いにもそれで我に返った友たちは直ぐに足を動かし、私もそれに続いて部屋を出た。出たら直ぐに扉を閉めたよ。喰われた友は二人に抑えられた、しかし、私は二人が喰われることを阻止できなかったんだ。もっと注意を払えと言えば、それだけで結果は変わったかもしれないのにな。」
ウォーカーが語り終えると、ウォーカーと士郎の間に、重苦しい空気と沈黙が包んだ。にわかには信じられない話ではあるが、少ないとは言え、ウォーカーが別世界の人間と認めている士郎はこの話を事実として捉えた。少なくともウォーカー語るその顔は嘘を言っているような顔ではなかった。
「……好奇心が湧いたとは言え、辛い事を思い出させてしまい済まないと思う。」
士郎が切り出すように口を開いた。
「いや、いいんだ。あまり気にしないでくれ。」
ウォーカーの顔には若干の無理が見え、弱々しい微笑みだけを浮かべて士郎に言う。
「…済まない。」
何か気の利いた事を言おうと、士郎は考えたが、この場に何を言えばいいのか、言葉が見つからなかった。
「いや、本当にいいんだ。これは事実だから。むしろ今思い出せてよかった。忘れてはいけない記憶だ、心に刻み、死ぬまで覚えていなければいけない、な。」
「……なぁウォーカー君、君は一体前の世界で何をしていたんだ?」
好奇心がウォーカーの苦い記憶を思い出させたことを士郎は理解している、だがウォーカーのことを知りたいという自分を抑えられなかった。
「そうだな、士郎、君には私の全てを話してしまおう。その方がよさそうだ。」
ウォーカーはまた語りだす。自分とは何かと。アノール・ロンドで騎士であったこと。四騎士の位にあったこと。沢山の戦場を経験したこと、その手で幾人幾万を手にかけたこと、そして最後にこう締括った。
「士郎、これでわかってくれたと思うが、私は、許されることのない……大罪人なんだよ。」
言い切ったウォーカーの顔は疲れた色に染められていた。自分から暖かな家庭から拒絶されにいったようなものだ。ウォーカー自身、一抹の名残惜しさはあった、しかし、やはり何も知らない士郎たちの優しさに付け入ることが、ウォーカーには看過できなかった。
「ウォーカー君、君が人を殺め自分を大罪人ということは十分に理解した。だから私は君を、君を許そうと想う。」
「何故?何故私を許す?私は許されるような存在ではない筈だ!」
士郎の言葉を、受け入れたい心を押さえつけ、ウォーカーははねのけようとする。
「ウォーカー君、君には居場所が必要だ。前の世界にあるよな居場所が今、君にはない。だから私が、私の家族が君を許し、受け入れよう。……君は自分の罪を認め、向き合い、そして心の最奥から悔いている。そんな君を私は突き放したりはしないよ。」
「……もし私が君の家族を、殺してしまったらどうする?殺さないという確証はないだろう……。」
「殺さない、君は絶対に殺さないよ。」
士郎はきっぱりと言った。その顔には柔らかな微笑みが浮かんでいる。
「何故そう言える?」
ウォーカーは弱々しく言った。顔を俯かせてその表情は士郎には見せない。だが士郎にはウォーカーの顔が苦しみに歪んでいる事がありありと理解できた。
「だって君は命を殺める愚かさを理解している。理解し、戒めるために心を鎖で縛り、今だってこうやって、どうにかして受け入れられないようにと藻掻いている。私はそれを見捨てられる程、薄情な人間じゃないと自負しているのんだけどね。」
「あゝ、私もそう思うよ。士郎、君は、君は優しすぎる。……なぁ、私は少しの間、君たちと共にいる間、許されていいのだろうか?」
「勿論!それを拒む人なんか、私の家族にはいないさ。」
「恭也は反抗しそうだがな。」
「彼奴は根は良い奴なんだ。それは君も理解しているだろう?」
「あゝそうだな。何だかんだ言って、最後には私を受け入れてくれるんだろうな。ははっ……気が随分と楽になったよ。」
「それならよかった。」
「士郎、君に私の本当の名を教えよう。私の名は、アルトリウスだ。どうにも子供達の前で、名を明かせなかった。今、私の事を知った君には名を明かそうと思ったんだ。」
「有難うアルトリウス、名前を教えてくれて。君の名は、君を知る私の心の中に閉まっておこう。桃子や子供達に、私に話してくれたことをまた話すのは酷だろ?」
「あゝ、そうしてくれると助かる。」
それから士郎とアルトリウスもといウォーカーは暫くの間談笑していた。途中、ウォーカーが話してくれたのだからと、士郎も自分の身の上を語った。士郎は小太刀二刀御神流の正統継承者であること、ボディガードとして世界を飛び回り、瀕死の状態にまでなったこと、その中で人を殺めたこともあるとウォーカーに語った。無論、ウォーカーはその話を全て聞き、受け止め、士郎のことをより深く知れて良かったと喜んだ。
「なあウォーカー。君を家族として、友として、頼みたいことが一つあるんだがいいかな?」
「勿論、私の出来る事であれば。」
「君の騎士出会った時に培った経験を、恭也や美由紀に稽古をつけて貰いたいんだが……どうかな。」
「ふむ……いいだろう。確か、なのは以外の子供達には剣術を教えているんだったな。私の経験が、何処まで通用するかわからないが、教えるくらいなら構わない。身を守る術を知って、損することはないだろうからな。」
ウォーカーは快諾した。受け入れてくれた恩を何かで返したかったウォーカーにとって、何か助けになることが出来るならしてやりたかったのだ。そして何より、何時か危険な場所に身をおくことになるであろう恭也達に、少しでも力になりたかったからである。ウォーカーは自分の心の内まで士郎に明かしたわけではない、そのことがチクリとウォーカーの心を刺したが、ウォーカーのしてきたことを許し、受け止めてくれた士郎たちに心から感謝し、その日の夜、宛てがわれた部屋で眠った。
いやぁ、久しぶりにAbyssWalker書きましたねぇ
口調とかおかしいかもしれない……
まあ、次が何時かは知れませんが
温かい目で読んでくだされば幸いです
少し話の展開が急すぎるかな……?