All I need is beat   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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日常に潜むもの

 立花響は心優しい少女だ。

 優しくて、優しすぎる。

 お人よし、或は馬鹿とすら言っていいかもしれない。

 ついでに無駄に男前だ。

 趣味を人助けと豪語しており、実際に飽きもせず毎日毎日誰かに手を貸している。クラスの友人が忘れ物をしたら自分の分を貸すのは当たり前だし、街に出て落し物をした人や迷子の子供がいれば、自分の予定も変えて助けてしまう。おまけにどう考えても自分が損をする場合であっても人助けを優先するのだから、全くもって笑えない。忘れ物の話にしたって、他人に貸したから自分がなくて先生に怒られる、ということもざらにある。

 つまるところ、彼女は自分のことを勘定に入れない極度のお人よしである。

 自分よりも他人に重きを置いてるから己を省みることがない。そんなことを本人に言えば、自分が好きだからやってるなんて満面の笑みで応えるだろうけど見てる側からすれば、全くもって笑えない。

 他人を労われる優しさは美徳であるが、しかし度が過ぎれば危うさを持つ。

 そしてその危うさは、時にトラブルを招く。

 彼女は偶に呪われてるなんてことをほざくけれど、それは自分が好き勝手やっているからに他ならない。

 まぁ結局一言でまとめると立花響は馬鹿だ。

 そのことを再認識しながら大上影詩(オオカミエイシ)はため息と共に頭を掻いた。

 

 路地裏から見える大通りは人混みが集まって、大きな騒ぎになりつつある。日曜日の昼過ぎの街中だ、何か騒動が起きれば人は集まるし、そしてさらに事は大きくなる。

 それも中心になるのが女子高生となれば当たり前だろう。

 二組の女子高生がいがみ合っている。

 片方は髪をブリーチしたのか雑な金髪で、派手なメイクやアクセサリーで装飾した如何にもなギャルだ。元々制服を着崩していたが、今はキーキー(・・・・)叫びながらさらに振り乱している。

 それに対するのはオレンジの短髪の少女。両腕を広げ、背後にいる涙目の地味そうな感じの女子を庇っている。

 ギャルと地味子は同じ制服で、オレンジは別のもの。その三人の背後にまた一人のオレンジと同じ制服の女子――小日向未来が心配そうに騒動を眺めている。

 何が起きてるかいえば、ギャルが地味子にカツアゲ的なことをしていて、それをオレンジが止めに入った、という感じのようである。多分、そうであると影詩は想像する。実際目にしてないからなんとも言えないのだけど。

 立花響のキャラクターを考えれば想像は付くのだ。

 

「ちょっと目を話したらこんなことになるかよ。舐めてたわー、暴走女舐めてたわー」

 

 煙草が切れたから自販機で買いに行ってただけでこの様だ。

 新しい煙草に火をつけながら、状況を観察する。どのあたりで首を突っ込むか考えながら。

 

「アンタ一体何なのよ!? 勝手に割り込んできてぎゃーぎゃー吠えんなや! 関係ない奴は引っ込んでな!」

 

「関係ないとしても! それでも! この人虐めるのは止めてください!」

 

「はぁ!? 虐めてないし!? 勝手なこというなこのブスが! ぶっ殺すぞ! こいつは! 私の友達なの! それとどうこうしてるなんて私らの勝手でしょうが!」

 

「カツアゲしてたじゃないですか! この人泣いてるじゃないですか! 友達ならそんなことするはずありません!」

 

「はぁ!? ふざけんなマジで!」

 

 眼を血走らせて唾を飛ばすギャルだが、しかし響は一切怯まない。

 おまけに欠片も話が繋がっていない。ギャルの方は完全に血が上っているし、響が引くわけもなく、周囲に人が集まっているのも気付いていない。

 これ以上ことが大きくなれば警察沙汰も在り得る。

 

「……しゃーねぇな」

 

 紫煙を吐き出しながら、路地裏から身体を引っ張りだす。

 

「はい、はい、ごめんねー。ちょっと退いてくれよー」

 

 人ごみをかき分けながら、騒動の中心の二人へと割り込んだ。自然と周囲の視線は俺に集まり、

 

「あぁ? アンタなによっ」

 

「あれ? 影詩じゃん。何してんの?」

 

「何してんのってお前……言うこと欠いてそれか?」

 

「あぁそうだね! 久しぶり、二か月ぶりくらいかな? どこ行ってたの今度は」

 

「ドイツ行ってポツダム広場で鉤十字ダンスを……いや、違う。普通に話掛けてんじゃねよ。タイミングを考えろよアホかお前はいや馬鹿だったなうん」

 

「あっれー、二か月ぶりに会った幼馴染にいきなりディスられちゃったよー?」

 

「なんなのさアンタら! 舐めてんじゃねぇぞ!」

 

「うるせぇよ」

 

「んなっ……」

 

 睨みつけて、少し低めの声で言葉を叩き付ける。こういう他人を外見でしか見えていない人種はちょっとした脅しやはったりで簡単に勢いを削ることができる。金髪の、自分よりも幾らか年上の男から言われたら猶更だろう。直前に自分より弱いと思っていた相手に喧嘩売っていたんだから猶更だろう。

 

「まぁ状況は何となく想像つくぜ? てめぇがそこの地味子ちゃんカツアゲとかしてたんだろ? んでこの暴走女が割り込んだんだろ? 解ってる、解ってるって。こいつこういう奴なんだよ、言っても聞かねぇからさぁ。引いてくんね? ほら、周り見てみろよ、ギャラリー沢山いるし、警察が来ても知らねーぜ?」

 

「っ……くそ! 覚えてなよ!」

 

「はいはい、忘れない」

 

「あ、ちょ!?」

 

「いいからいいから。はーい、野次馬の皆さんも帰った帰った、見せものじゃねーよ。散った散った」

 

 捨て台詞を吐き捨てながらギャルが人ごみに消えていき、周囲の野次馬も帰らして。

 

「大丈夫だった? 私、私立リディアン女学院の立花響、もしもまた何かあったら私のこと頼ってね!」

 

「は、はい……ありがとうございましたっ」

 

 地味子が足早に消えていく。というよりも金髪長身の影詩の存在にも怯えていたからだろう。

 結果として影詩と響、その友達たちが残される。

 一番最初に口を開いたのは、小日向未来だった。

 

「一体何をしてたの影詩さん? 出待ちしてたの? だったらなんで面倒なことになる前に割り込まなかったの? 響ストーキングしてるなら、それくらいしてくれないと意味ないじゃない、通報してあげようか?」

 

 影詩と未来の間に火花が散るを響は見た。

 

「ミ、未来ぅ!?」

 

「ハッハー、いきなりぶちかましてくれやがるなグラヴィティ・レズが。喧嘩売ってんのか? そのストーカーの俺がいなかったら今頃大事だぞ? あのギャルビッチと喧嘩になってアレの連れとかにハイエースされるかもだったんだぜ? エロ漫画みたいなことにみたいになったんだぜ、感謝しろや」

 

「わぁ、女子高生にセクハラしてるフリーターがいるね。通報しないと」

 

「貴様ァ!」

 

「ちょ、ストップストップ! 二人とも落ち着いて! なんで二人とも顔合わせるとすぐに喧嘩するかなぁ!」

 

「こいつが喧嘩売ってくるから」

 

「この人が喧嘩売ってくるから」

 

 二人がハモった。

 

「真似すんな」

 

「真似しないで」

 

 またハモり、火花が散る。

 およそ二年程前から大上影詩と小日向未来はこんな感じである。

 

「行こう響。こんな人放っておいて、買い物の続きだったでしょ?」

 

「ちょっとちょっと未来! 折角久しぶりに幼馴染三人会えたんだから一緒に行けばいいじゃん! 影詩いっつもどっか旅してるから全然顔出さないしさ!」

 

「いや、別にこの人要らなくない?」

 

「はっはー、こいつ性根ねじ曲がってね?」

 

「嫌いな人に嫌いな感情見せてるだけだから真っ直ぐだよ? あとヤニ臭いあっち行って」

 

「駄目だこりゃぁ」

 

 響が些事を投げた瞬間である。

 最も、いつものことなのだが。

 

「ま、いいよいいよ。俺は邪魔者みてーだし、退散するよ。用事もあるからな。これ以上グラヴィティ・レズにぎゃーぎゃー言われても敵わねぇ」

 

「うるさいよチンピラストーカー」

 

 未来の言葉はともかく、二十歳前の金髪チンピラが花の女子高生声を掛けているなんて事案ものだろう。こんなことで警察に通報されても困る

 

「んじゃな、響。あんま無茶すんなよ、なんて言っても聞かねぇから言わねぇけど元気にしてろよ」

 

「あ、うん! 影詩」

 

「あぁ?」

 

「次はいつ会えるの?」

 

「……しばらくは街にいるよ」

 

「そっか! じゃあまた遊ぼ!」

 

「……お前が暴れなかったらな」

 

「いや、遊ばなくていいよ」

 

「貴様ァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっくそっくそっ! なんだよあのブスにチンピラは……!」

 

 先ほど響と影詩に気圧された少女は悪態を吐きながら速足で路地裏を闊歩する。苛立ちで手を震わせながらスマートフォンを取り出し、電話を掛ける。

 

「あぁ、私よ。えぇ、久しぶり。えぇ……えぇ……ちょっと頼みたいことがあるのよ。……そう、うん。リディアンのガキよ。腹立つ奴で私に喧嘩売ってきやがった。だから、ちょっと痛い目に合わせてほしいのよ。オレンジの髪で、ヒビキ、とか呼ばれてた。……えぇ……えぇ……うふっ、勿論、お礼はするから……」

 

 電話機の奥から聞こえてくる声は下品な笑い声。

 彼女の友人、ということになっている。向こうは恐らく彼女を自分の女だと思っているのだろうが。有体に言えば彼女が良いように使っている男。頭は悪いが腕っぷしは強い。ムカつく相手がいたら彼に頼んで痛めつけてもらう。極々シンプルで、簡単な仕組みだ。

 礼は適当に服でも肌蹴ておけばいいわけだし。

 

「なんか金髪のチンピラがいるから気を付けて……あぁ、違う違う。別にアンタを信用してないわけじゃないから。そいつも痛めつけてほしいって話よ? いい?」

 

「いやいいわけねぇだろ、はい没収」

 

「――!?」

 

 唐突に手にしていた携帯が奪われた。

 他人の気配なんてなかった。人通りの少ない路地裏を選んでいたのだから。

 なのに、近づかれたことにも気づかず彼女の携帯はその男の手の中にある。

 大上影詩。

 

「ど、どうして!?」

 

「忍術……いや、嘘だぜ嘘。そんなん使えねぇよ。あ、どうしてこんなことしたかって?」

 

 そりゃあ簡単だ。

 

「響が優しいからなぁ」

 

 立花響は心優しい少女だ。

 優しくて、優しすぎる。

 お人よし、或は馬鹿とすら言っていいかもしれない。

 いや馬鹿と断言できる。

 馬鹿過ぎて、自分の行動の結果が想像できない。

 理由のない悪意がこの世界に溢れていることを彼女は理解しきれない。

 自己犠牲を孕む聖者の行いは、時として他人の反感を買うのだ。彼女の人助けにいら立ちを感じ、響を疎ましく思う人間は決して少なくない。その人助けに際限がないのだから猶更だ。学校の英語の授業で発音を上手くするような奴は笑われるし、違反を教師に伝える奴はチクリと疎まれる。大勢が望まない善は、悪でしかない。

 響が知らないだけで、それなりの数が彼女に対して理不尽な恨みを持っている。

 今回みたいなイジメやタカリへの横槍はそういうことがしょっちゅうある。

 問題なのは、立花響が他人と争うことを極度に嫌っていることだ。嫌悪している、というよりも彼女にとってそれは禁忌に等しい。だから仮に逆恨みで誰かに襲われたとしても決して反撃などせずに、それでも尚話し合おうとするだろう。

 その過程で、どれだけ自分が傷ついたとしても。

 立花響は人を傷つけることはしない。

 

「だから、俺がやる」

 

 立花響は陽だまりの中で生きるべき少女だ。

 他人に愛されて、他人を愛して、その響きを繋いだ手を通して広げていくべきだ。その手は汚れちゃいけない。

 

 その為に――大上影詩は立花響の影であることを望む。

 

 穢れは、全て自分が引き受けるべきだと、彼は心の底から思っているのだ。

 

「というわけで? まぁあれだよ。今からお前に口封じを……ってうるせぇな携帯」

 

 突然少女と話せなくなって戸惑った男の声が響くが、鬱陶しいので携帯ごと握りつぶして壊す。

 

「ひっ……! だ、だれか――」

 

「はい駄目ー」

 

 叫ぼうとした少女の喉に貫手を喰らわせ、喉を潰す。こういう時は、野次馬を集められると困る。

 何度もやってきたことだから、このあたりの手管にはよどみがない。

 

「カハッ……あっ……ぁぁ……!」

 

「おいおいやめろよそんな涙浮かべんなよ。こっちだってやりたくてやってるわけじゃねーんだぜ? 心が痛むだろ――ま、お前さんの心がぶっ壊れるくらいまでやるけど」

 

「……!」

 

「二度とアイツに関わらない。それは最低限。アイツの世界に一切不干渉でないと困るんだよなぁ。敵は沢山いるんだから、一回潰したらそのまま潰れてくれないと怠いんだよ。……とりあえずいつも俺は痛めつけて心折るんだけど。あぁ、大丈夫だ。嘘は見抜ける。嘘吐かれて、もっと酷いことになったからな。ちゃんと、本当に、アンタが、アイツに関わりたくないって思うまでやるからな」

 

 痛めつけてるだけじゃ駄目だ。それでは人の心は折れない。一度折れても、時間が経てば立ち直ってしまう。

 故に教えるのは痛みだけではない。

 リスクの問題だ。立花響に干渉をしようとすれば、それがどんなものであれ、最大限のしっぺ返しが来るということを思い知らせる。

 教え込まなければならない。

 

「軽い気持ちで陽だまりに咲く花を穢せば、影に潜む狼が牙を剥くんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったの?」

 

「何してんだよ、てめぇ」 

 

 やること終わらせて路地裏から出た影詩は何故かいた未来に声を掛けられ、目を細めた。

 煙草に火をつけながら、

 

「響はどうした」

 

「学校の友達と会ったから一緒だよ。それで? 終ったの?」

 

「終わったよ。帰り血って放っておくと大変なんだよ。疲れたし、帰って風呂入ってビール飲みてぇ」

 

「……未成年でしょ?」

 

「俺が、法律なんて守ると思ってるのか? 俺はルールとか規律とか大嫌いなんだ……ってのはお前さんが一番知ってるだろ?」

 

「…………うるさいよ」

 

 大上影詩はルールが嫌いだ。法律、規律、規範、常識。そういうものを守るのが嫌いだ。それを守ることに固執している人間も、ルールを守る為に、大切なものを守れないものは何よりも嫌いだ。

 そういう奴が、昔いたのだ。

 そいつのせいで――二年前のあの事件で立花響が傷ついたのだ。

 だから、そういうのはもう止めた。

 それを小日向未来はよく知っている。

 影詩のやっていることも、影詩の考えも。それらを総て響に隠していることもだ。

 共犯者――そういう言葉が当てはまるのだろう。

 咲き歌う虹の花を包む陽だまりは、その輝きが影を生むことも、その影に獣が潜んでいることも知っている。その牙が、虹花を守る為だけあるということもまた知っているから。

 

「はっはー。それでなんだよ、俺になんか用か?」

 

「二つ聞きたいことがあったんだよ」

 

 目を伏せながら彼女は言う。

 

「二か月間、響を放り出して何してたの? ほんとにドイツ行って馬鹿なことしてたわけ?」

 

「んなわけねーだろ。アイツが卒業式ん時に色々あっただろ?それでちょいミスってさぁ。まぁ色々絡まれてたから、離れてたんだよ」

 

 中学校の卒業式。二か月間も後始末に時間を有した。それのせいで二年前からほとんど通っていなかった高校からも籍を外すことになったわけだし。

 大上影詩、十八歳。

 フリーター、最終学歴中卒である。

 

「馬鹿みたい」

 

 小さく未来は呟く。

 

「響、寂しがってたよ」

 

「……」

 

「響を守る為に、響を寂しがらせるなんて、馬鹿みたい」

 

「…………それしか知らねぇんだよ。もう一つの質問は」

 

「もう一つ増えたけどね」

 

「あん?」

 

「さっき響に遊ぼって言われた時嬉しかった?」

 

「…………」

 

「今、響が寂しがってるって教えてあげた時も嬉しかった?」

 

「……………………ノーコメントだ」

 




All I need is beat

ジャズのAll you need is love のもじりだけど歌詞の愛の部分を響に変えるとお面白いことになるぞよ!
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