All I need is beat   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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その未来に赦しを

 

 蹂躙は行われ、そしてフィーネは倒されるはずだった。

 少なくとも風鳴弦十郎の戦闘能力は完全聖遺物を纏うフィーネを超越していた。

 果たしてどれだけ鍛錬と経験を重ね、技術を血肉と変えることができればそこまでの力を得ることができるのか。聖遺物を纏うわけでも侵食させるわけでもなく純粋な人の身のみで完全聖遺物を圧倒する力を体現していた。

 飯食って映画見て寝るだけ。

 そんな戯言信じられるはずもないが、しかし嘘を言う人間とは思えない。

 弦十郎は途中までフィーネを圧倒していた。

 けれども、それは途中までの話だった。

 

「――弦十郎さんッ!」

 

 最後の一撃を決める瞬間にフィーネがそう呟いた。少なくとも獣の耳にはそういう風に聞こえた。それはただ名前を呼んだだけにしか聞こえなかったが、それでも弦十郎にとっては何か別の意味があったらしい。

 少なくとも、フィーネと弦十郎の事情を蔑ろにしていた大上影詩には何も解らない。

 ただそれでも名前を呼ばれた時に弦十郎の動きは一瞬だが完全に停止した。そしてその一瞬を付かれて紫鞭に腹を貫かれたのだ。常人なら完全に致命傷だ。フィーネは弦十郎から端末を奪い去りそのまま地下――デュランダルの下へと降りていく。

 その光景を、影詩は見ているだけだった。

 止めることができたかもしれない。

 それでも、しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明かりのない通路に影詩は蹲る。

 あれから少し時間が経っていた。倒れた弦十郎を緒川が二課へと運び、まだ街にいた響たちに連絡を取った。取ったが、フィーネが二課基地の電源を落とした故に一瞬だけの通信であり伝えることのできた言葉は断片のみだ。けれどその言葉は他ならぬ未来の言葉だ。受け取ったのは響なのだから、街から走ってくるとしても、日没後にはリディアンに帰ってくるだろう。

 つまり、響と向き合うまでにはあと数時間がある。

 周囲に人の気配はない。周囲ほぼ全て暗闇の今の地下では影詩の独壇場だ。弦十郎を抱える緒川の意識から外れて消えることも簡単だった。

 

「……痛ぇ」

 

 体が、痛い。細胞の一つ一つが悲鳴を上げているかのように思えるし、実際似たようなものなのだろう。フェンリスヴォルフの爪牙と融合し、尚且つ浸食が続いている肉体は常に作り替えられているようなものだ。浸食率で言えばもう五割以上が爪牙に侵されているのだろう。

 自分が人間から外れていくことを爪牙を通して本能的に理解してしまう。

 まぁ、別にそれはどうでもいいのだけど。

 そう、大事なことは一つだ。

 弦十郎も緒川も二課もフィーネも放置し、それでもやらねばならないことがある。

 

「――この力があれば、いける」

 

 翼とクリス、そしてフィーネを通して得たこの力と特性は影詩が欲しかったものだ。それを使う度に壊れた蛇口みたい血を吐くが、それもどうでもいい。後一回闘うだけ、一番大事な相手に使うまで体が保てば後は知ったことではない。

 だから、

 

「……大丈夫だ」

 

 言葉を零し、

 

「――ん」

 

 鼻にある臭いを感じた。

 それは良く知っているものであり、おまけにそれは少しだけ困っているような臭いだった。

 

「何してるんだか」

 

 二課の本部からは随分と離れている位置だ。かなり早い段階で別れたにも関わらず、こんな所まで来るなんて。少しだけふらつきながら立ち上がり、その臭いの下に行く。近寄るのに音は立てない。意識しなくてもそういう風になるし、加えて唐突に悪戯心が芽生えたから。無駄に特性をフル活用して懐中電灯を握りながら彷徨っている彼女の背後に忍び寄り、

 

「ばぁ!」

 

「うひゃあああああああああああああ!」

 

「ぐはぁ!」

 

 振り返り様に拳が飛んできた。

 巧い具合に傷口に突き刺さった。

 

「きゃああああ! 背後に変態が! ストーカー! 犯される! 助けて!」

 

 叫び声と共に拳が連続した。

 

「あ、ちょ、てめぇ、やめろ――てか解ってるだろ! えぇい止めろ!」

 

 矢鱈めったらに振り回される動きは面倒だ。しかし今の影詩に捕えられないわけもなく、けれど傷つける訳にはいかなかったから可能限り優しくしようと思い結果として、

 

「…………ちょっと、なにしてるの。顔になんか毛がめっちゃ当たってるんだけど?」

 

「てめぇが暴れるからだろうが」

 

「…………懐中電灯落とした。殴り飛ばしてやる」

 

「狂ってるぜこの女」

 

「影詩さんに言われたくない」

 

「そりゃそうだ」

 

 即答に思わず苦笑する。確かに影詩に狂ってるなんて言われたくないだろう。彼以上に頭の狂った人間なんてそうはいない。

 

「……」

 

「……」

 

 零した苦笑に言葉が止まる。

 未来には暗闇故に顔は視界は閉ざされており、影詩には暗さなど関係ないが腕の中にいるせいで直接顔は見えなかった。少なくとも、それでよかったと影詩は思う。今の自分の顔を彼女に見せたいとは思えないから。それを大上の腕で未来を包むのも嫌になる。その両腕は血と欲望に塗れたものだから。そんな手が彼女に触れていることが、堪らなく罪深いことではないかと思ってしまう。

 だから突き離そうとして、

 

「……なにしてんだよ」

 

「そっちこそ、女の子に手を上げるの?」

 

 未来の方が影詩にしがみついて来て、離れることができなかった。

 

「てか獣臭いし痒いんだけど? 戻せないのこれ。戻してよ。そんなに私の犬になりたいの?」

 

「お前の犬にだけはなりたくねぇわ」

 

「響の犬にはやっぱりなりたいんだ……!」

 

「言ってねぇ!」

 

「否定してないこの人!」

 

「貴様ァッ!」

 

「――戻して」

 

「……ちっ」

 

 舌打ちをしつつ、呼吸を整える。息を深く吸い、吐き出す。それを何度も繰り返しながらフェンリスヴォルフを押さえつける。実の所、それは既に行っていることだった。先ほどからこんな暗い廊下に蹲っていたのはその為だ。浸食による全身の痛みは一番大事な目的に至る前に、影詩を潰しそうになるほどのものだったから。だから獣化を少しでも抑えようとしたが、全くできなかった。

 だけど、

 

「やればできるじゃん」

 

 外見的な変化だけは今この場に於いて人間のソレに戻っていた。

 影詩自身驚きだが、しかし現実として変貌は消えていた。

 

「……目の前の女が無茶振りするからな」

 

「その無茶にちゃんと答えるんだね。M?」

 

 背中を抓ってやる。

 

「痛い!」

 

 代わりに足にローキックを喰らいながら、息を吐く。

 

「……何やってんだよ俺は」

 

「そんなの、決まってるでしょ」

 

「……知ったような口聞きやがって」

 

「知ってるから」

 

「……はっ」

 

 鼻で笑うことしかできなかった。

 小日向未来は大上影詩が何をしようとしているかは解らない。どんな力を手にして、どういう風に使うのは何も解らない。

 だけど、何をしたいのかは解っている。

 未来はきっとこの世界で誰よりも影詩を知っている少女だ。自分を取り巻く環境や要素は未知だらけだとしても、彼が何を考えているかくらいは手に取るように解る。解ってしまう。

 それは間違っていることだ。

 影詩の思考を鑑みるにこれから影詩がやろうとしていることは、今の状況に於いて絶対に許されないことだ。行動の詳細は見当が付かなくても、最終的な目的は明確だから。 きっと誰もが後ろ指を指し、批難される存在になる。

 誰もが彼を許さないかもしれない。

 未来以上に影詩はその事実を理解しているだろう。勿論彼は他人にどう評価されるかなんて興味はない。

 寧ろ、許されないことを望んでいる。

 だけど、いやだから。

 

「私は赦すよ」

 

「――」

 

 影詩の胸に額をこすり付けながら、けれど顔だけは決して見せないように俯いて、

 

「例え貴方が何を成しても、誰も許さなくても、その未来(サキ)に影の中で紡ぐその詩を私だけは赦すから」

 

 彼は過去の罪に縛られていて、傷は今尚癒えていない。その罪は未来には赦すことのできないものだ。その役目は彼女ではなく、たった一人にしかできないことだ。

 だからこそ名前の通りに彼の未来を未来が赦すのだ。

 

「だから――」

 

「お前は」

 

 唐突に影詩が口を開いた。

 

「……お前、は」

 

 繰り返し、少しだけ何を言うのか迷い、

 

「お前は――お日様の匂いがするな」

 

 それは心を落ち着かせる匂いだ。ずっとそれは感じていたし、その匂いがあったからこそフェンリスヴォルフを押さえることができたのだろう。例えそれは一時的なものだとしても、つかの間の休息であり、彼の心を癒したのは紛れもない真実だ。

 小日向未来の匂いは大上影詩の心に染み渡る。

 暖かい陽だまりを思わせるものであり、それが鼻をくすぐる度に胸の奥が暖かくなる。

 未来は影詩の言葉に一瞬だけ止まり、

 

「……それ、私が死んだダニの死骸の匂いって遠まわしにディスってるの?」

 

「なんだ知ってたのか」

 

「このこのっ」

 

 ローキックが連続した。

 地味に痛い。

 だけど、その痛みと未来の声は影詩に笑みを零すものだ。こんな風に笑えたのは、久しぶりだと自分で思う。ここ最近はそれどこじゃなくて、嘲りや自嘲以外の笑みを浮かべた記憶がない。それは戦場で浮かべるものであり、日常からは遠く外れたものだから。

 あぁ、つまり、

 

「お前は俺の陽だまりなんだな」

 

「何、知らなかったの?」

 

「はっ、言ってろ」

 

「あと、別に影詩さんだけのじゃないし」

 

「あぁ、知ってるよ。知ってるさ」

 

 虹の花の影は、しかし陽だまりがなければ存在しえない。

 だから腕の中の温もりと匂いは影詩にとってなくてはならないものだ。

 

「ねぇ、影詩さん」

 

「あぁ?」

 

「今度響と流星を見に行く約束してたんだ」

 

「へぇ」

 

「しょうがないから、着いてくるのを許してあげる」

 

「お前は何様だよ」

 

「未来の飼い主様かな?」

 

「お前はほんとに……まぁいいよ。それで、流星ね。あぁいいんじゃねぇの? 行ってやるさ」

 

「行ってやる? 連れて行ってください、でしょ?」

 

「へーへー、それでいいよ」

 

「よろしい。ふふっ」

 

「ははっ」

  

 少しだけ笑みを零して、未来から離れる。今度は離れることができた。

 だってもう大丈夫だから。

 

「行って来る」

 

「待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボロボロになった廊下を歩いていく。

 所々に文房具や上着、瓦礫が散乱し、破壊痕が目につく。数時間前のノイズ襲撃の名残だ。人の気配はどこにもない。当然だろう、全校生徒は地下のシェルターに避難しているはずだし好んでこんな場所に来る物好きなんて限られている。

 ならば何故彼女がこんな場所にいるのかは、まぁどうでもいい。

 大事なのは彼女が自分を待っているということだ。

 足取りに迷いはない。リディアンの生徒ではないし、正規の手段で足を踏み入れたことはないが内部構造は把握していた。辿り着いたのはある教室だった。中にある気配は一つだけ。

 扉を開けた。

 

「……」

 

 風が顔に吹き付ける。それは割れた窓から来る風であり、室内にはそのガラスや壊れた机や椅子が散乱している。

 そんな壊れた教室の窓際に、彼女はいた。

 影詩が足を踏み入れたのと同時に振り返り、力無く微笑んで、

 

「やっ、久しぶり影詩」

 

「……おう、久しぶりだな」

 

 立花響は大上影詩と再会した。

 

 




未来さんと影詩の掛け合い書くのが楽しすぎて困る。
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