All I need is beat   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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陽だまり、虹花咲いて、紡ぐ詩

 ――八千八声 鳴いて血を吐く 不如帰。

 

 世界へ最愛への雄叫びと繋いだ手の響きが満ちてから数か月が経過していた。

 天へと駆けのぼった二人の絶唱は地上へ落ちてくる月の破片を見事に砕き世界を救った。立花響と大上影詩の二人だけでありながら、あの瞬間のフォニックゲインは計測不能になるほどの大出力のものだった。

 あの二人の願いと渇望は相乗効果となって莫大なフォニックゲインを生み出したこと。影詩が身に宿した影狼は神話に於いて月すら喰らう化物故、月に対する特攻属性を保有していたということ。その属性と接続することが響の特性であったということ。

 そういった要素が積み重なることで落下する月を砕いていた。

 代わりに――立花響と大上影詩が帰ってくることはなかった。

 

「――意味ないじゃん」

 

 立花響の墓石を前にしながら未来は呟いた。

 湿った空気と降り注ぐ雨の中、彼女は傘も指さずに濡れたまま墓石を呆けたように見据えていた。 手には枠に入った写真が二つ。

 泥にまみれた響と未来。それに、

 

「……こんなのしかなかったんだよなぁ」

 

 響と未来、そして影詩が三人そろった写真。けれどそれは二年以上前に取ったもので、三人が三人とも幼い。身長や顔つきも大分今とは違っているし、影詩の紙は黒くてしかもちゃんと切りそろえられている。服だって頭悪く着崩していない。笑えるのは三人並んでいて、真ん中に響、右に影詩、左に未来と三人が手を繋いで並んでいるわけだがそれぞれの様子が面白い。

 真ん中で響は笑っていて、けれど右側の影詩は照れたようにそっぽを向いていた。というか顔が真っ赤だ。照れたように、どころじゃなくて完全に照れているのだ。そして左側の未来は手を繋いでいる影詩に視線が行っていて、けれど響は隣の二人の様子について全く気にすることなく朗らかに笑っている。

 どこかの公園のようだが、どこで撮った写真かなんて覚えていない。アルバムを見返すまで存在すら忘れていた。多分、写真を撮ってけれど自分の視線に気づいて、それが恥ずかしくて二人に見せることはなかったのだろう。それでアルバムに挟んで、そのまま忘れていた。

 昔から意地はってばっかりだったと、自分のことながら苦笑せざるを得ない。

 そう、昔から一緒だ。

 響は太陽みたいな存在で、その周りで自分や影詩があれこれ一喜一憂している。陽だまりと暗がりは咲き誇る花を中心とした世界にいるのだから。

 

「――」

 

 なのに、虹の花も影の狼も陽だまりの下にはいない。

 月を壊して英雄になった二人はけれどそのまま帰ってこなかった。

 翼とクリス、それに弦十郎たちは先日の事件の後始末で忙しいらしく、ここ二週間碌に連絡も取れなかった。いや、未来が積極的に頼み込めば対応をしてくれるかもしれない。だけどそんな気になれなかった。

 多分、怖かったのだ。

 彼らに直接聞いて、二人が帰ってこないことを事実として知ってしまうことが。でももう数か月も時間が経ってしまったのに返ってこない。だから写真を持って墓まで来た。

 

「……」

 

 これを置けば、自分の中で二人は死んだことになってしまう。

 この世界で、立花響も大上影詩もいない世界で、一人ぼっちで生きていかなければならない。

 夜何度泣きそうになったのか数えきれない。事実泣いたこともある。一人ぼっちのベッドや部屋も応えのない悪態もメールも何もかもが未来の心を苛んだ。

 

「…………」

 

 言葉が出ない。体は寒さ以外の理由で震えている。手の中の写真も同じだ。手にした過去は雨に濡れて消えそうになっている。

 その震えは雨と共に指を滑らせ、地面に落としそうになり、

 

「――っ!」

 

 膝を地面にぶつけながらも掻き抱くように胸に抱きしめていた。

 崩れ落ちた際に泥が跳ね、服や体に飛びりながら、けれどそんなことを気にする余裕なんてなかった。

 

「っ……無理、だよぅ」

 

 手放すことはできない。

 胸にきつく抱きしめた過去の象徴を零すことなんてできるわけがなく、代わり涙ばかりが零れていく。雨の冷たさも泥の不快さも何もかもが胸の悲しみに淘汰され、胸が引き裂かれそうだ。

 

「ひび、きぃ……っ……えいし、さん……っ」

 

 名前を呼んでも朗らかな声も悪態付きの応えもなかった。

 空しく雨空に消えていくだけだ。

 

「っ……っくぁ……ぅぅ……!」

 

 死んだかもしれない。もう帰ってこないかもしれない。もう会えないかもしれない。

 けれど生きてるかもしれない。帰ってくるかもしれない。会えるかもしれない。

 少しでもそう思ってしまうことを止められないのだ。

 だって――、

 

「――うぁああああああああああああああっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨は少しづつ止んでいく。

 濁った雲は少しづつ晴れていくようで、もう少しすれば雨も止んで日の光も差し込んでくるのだろう。

 けれど未来の心が晴れるわけもない。

 ずぶ濡れで泥まみれになって、目の周りは泣きはらしたせいで赤く腫れている。こんな所を影詩に見られたらなんてからかわれるだろう。あぁでもどうだろう。彼ならばからかった後に自分の泣いた原因を突きとめて、あの手この手で報復でもしそうだ。響ならば慰めながら抱きしめてくれるだろう。一杯ご飯を食べて、お風呂に入って、ぐっすり眠る。

 

「……っ」

 

 こんな時あの二人なら――そんなことは幾らでも出てくる、けれど幾らでも出てくる予想は胸をどうしようもなく痛くなる。

 二つの写真を胸に抱きながら歩みを進める。

 帰ってどうしようかなぁとか考える。

 誰もいない部屋に帰るのは本当に辛い。

 けれどそれはどうしようもなくて、儘ならない想いで思わず顔を仰いで、

 

「――」

 

 視界に極彩色が染まった。

 それはどこからともなく現れる害悪。統一言語を失った人類が、他の人類を 鏖殺せんがために生み出した殺戮兵器。触れれば人は灰になる運命。そんな様を未来は何度も見ているし、それと戦う人も見てきた。

 広くはない道路を埋め尽くすようにノイズが出現している。ざっと見大体二十程度だろう。いや数なんて関係ない。一体いれば未来なんて簡単に死んでしまう。逃げ延びれば何とかなるかもしれない。けれど今この場に逃げ場なんてなかった。

 

「――くそったれ」

 

 胸に沸いた感情と共に、らしくもなく吐き捨てる。

 それは憤りだ。

 どうしてこんな目に合わなきゃいけないのだ。

 かつて幼馴染が傷つけられた。つい先日までだって戦い続けていた。

 立花響は戦場で血を吐きながら歌った。

 大上影詩は戦場で命を軋ませながら吠えていた。

 そして――空に散って帰ってこない。

 所詮ノイズは先兵であり、感情のない兵器だ。だからどれだけ罵倒をしようと意味なんてない。

 だけど、だからといって何もしないわけじゃないのだ。

 

「……ッ」

 

 蠢く雑音を睨みつける。

 恐怖はある。トラウマだってある。息が上がり、動悸は早まり、視界もチカチカと明転している。けれど決して目を背けはしなかった。真っ直ぐに雑音共を睨みつけ、写真を手にしながら腕を広げる。

 だって。

 そうだって。

 

『生きるのを諦めないで』

 

 励ましてくれた言葉を思い出す。

 

『るぅ』

 

 舐められた頬の感触を思い出す。

 何があっても、二人が帰ってこないとしても。

 それだけは心に刻んだのだから。

 だから諦めない。絶対に、絶対にだ。

 例え一瞬後にこの身が灰に変えられるとしても――

 

「――だーかーらー肝が据わりすぎなんだよお前は」

 

「それが未来の良い所だよ!」

 

 

 

 

 

 

 一瞬で極彩が灰へと消えた。

 

「――え?」

 

 未来の背後から飛び出した二つの影は一瞬で全てのノイズを砕く。

 そのまま二人は未来の前に降り立った。一人は光を放ちながら制服姿となり、一人は狼の腕から人の腕へと戻し、

 

「機密とかで言えなくて……また秘密作っちゃってたね」

 

「あぁまぁ仕方ねぇだろ? こういうのは溜めてタイミング見計らった方が盛り上がるしよ」

 

 立花響と大上影詩は小日向未来の下に返ってきた。

 響は苦笑気味に、影詩はニヤニヤと笑って。

 いつの間にか雨は止んで、光が二人を照らしていた。

 

「………………ひび、き? え、えいしさん……?」

 

「ただいま、未来! 遅くなって御免ね」

 

「――ッ」

 

「おわ!?」

 

 どういうことかは解らなかった。

 けれどどうでもよかった。目の前にずっと待っていた大切な人が帰ってきて来てくれたのだから。身体は勝手に動く。感極まって涙ながらに思わず抱き付く。触れ合った身体からは温もりは確かにあり、幻や都合のいい幻想なんかじゃないということを教えてくれる。

 手にするだけの写真じゃない。

 思わず強く握りしめ過ぎてくしゃくしゃにしながら、

 

「っ……ひび、きぃ……!」

 

「……うん、私だよ。心配かけてごめんね」

 

 呼んだ名前に応えがある。それだけじゃなくて、抱きしめれば抱きしめ返してくれる。

 引き裂かれたはずの胸は癒えて行き、胸の苦しみが嘘みたいに消えていく。

 離れてみれば、

 

「……」

 

「お? なんだ俺の番か?」

 

 ニヤニヤ笑いながら影詩が腕を広げていた。

 

「……」

 

「いいんだぜぇ? 俺にも抱き付いて。今日だけは煽りなしで抱きしめ返してやろう。ほら、どうぞ」

 

「ふんっ!」

 

「おぉ良いパンチ!?」

 

 殴り飛ばした。

 妙に腰の入ったパンチだった。顔面に拳が突き刺さり、影詩がすっ転ぶ。水たまりに派手に落ち、

 

「てめぇ何すんだこらぁ!? ここは感動のハグでエンドクレジットものだろうが!」

 

「なーにが感動ものだよ! 煽りいれない!? そんなへらへらニヤニヤして腕広げて煽っていない!? なに!? そんなに私のハグ欲しかったの!? だったらもうちょっとちゃんとすれば!? どーしてそういう風にしかできないかなぁもう!」

 

「あぁ!? 仕方ねぇだろうが! こういう性分なんだよ! それともあれか!? 俺も涙ちょちょぎれさせながらてめぇに抱き付けば抱き返してくれたわけかぁ!?」

 

「きもっ! なにそれきもっ! 殊勝な影詩さんとか気持ち悪すぎ! てかまた私の影から出てきたよね!? やっぱストーカーだ!」

 

「貴様ァ!」

 

「こらあああああああああああああああ!!」

 

 口論に発展しかけた二人に響が吠えた。

 

「なんでもうそうなっちゃうかなぁ!」

 

 間に割り込み、倒れた影詩を立たせる。

 そのまま影詩の右手と未来の左手を自分の両手で包んだ。

 

「いい加減素直になろうよ」

 

 響と共に繋がれた手に二人は視線を落とし、少しだけ居心地が悪そうに少しだけ黙って、

 

「……」

 

「……」

 

「……心配したんだけど?」

 

「……約束は守っただろ、ちゃんと帰ってきた」

 

「遅すぎ。どんだけ待たせたのさ」

 

「色々あったんだよ。面倒な処理だととかさぁ」

 

「へー、それで私を放り出したんだ? 私凄く泣いたんだけどなぁー」

 

「へぇそりゃ素敵な顔だったんだろうな」

 

 一瞬火花が散り、

 

「未来、影詩」

 

「……」

 

「……」

 

 響の一括で二人は黙る。

 どうしたってこうして顔を合わせれば悪態を吐き合ってしまう。 

 別にそれは悪くないけれど、でも、それでも今だけは。

 

「素直にね?」

 

 響は優しく、笑みと共に二人に告げる。

 

「……心配したよ」

 

「……悪かった。心配かけたのは確かだしな。……あぁほんと俺が悪かったよ。いっつもいっつも心配かけてさ。これからは……気を付ける。影でこそこそするのもな」

 

「一緒にいてくれるわけ?」

 

「まあ学校の中以外はな。ほら、流石にあそこに出入りしたらいい加減捕まっちまうしよ」

 

「……くすくす、警備員にでもなったら?」

 

「雇ってくれるかねぇ?」

 

「どうせ私と響に付きまとうんだからその方がいいんじゃない? ね、響」

 

「いいねそれ! 今フリーターなんだし真面目に就職したら?」

 

「……参ったねこりゃ」

 

 未来と響と影詩が笑う。

 三人が同じように、手を繋ぎながら。

 この先どうなるかは解らない。まだ解決できていない問題は幾らでもある。

 世界から戦いは消えていない。

 だけど――歌がある。

 そして何より、

 

「一緒だね。未来、影詩」

 

「うん、一緒だよ。響、影詩さん」

 

「あぁ一緒だ、響、未来」

 

 陽だまりに虹の花は咲き影の狼が詩を紡ぐから。

 

 




というわけで完結ですよー

GやGXは気が向いたら書くかも?

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