All I need is beat 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「くそ……なんだよありゃあ」
痛む身体に鞭を打ちつつ、薄汚い壁に背を預けつつ吐き捨てる。身体は薄汚れ、怪我も多い。昨夜ノイズを撒くのにかなりの無茶をした。手榴弾はあれから三回は使ったし、地面を転がりまわった回数は数えきれない。ついでに言えば下水に隠れたりもしたので異臭を放っているだろう。
大上影詩のコンディションは最悪だった。
骨が二、三か所くらい罅でも入っているかもしれない。
けど、それ以上に心中と昨日見たものが最悪極まりない。
光の柱の下まで行けば、事が終わりかけていた後だった。影詩が見たのは体のラインがはっきりと浮き出る妙な恰好の響と、同じ意匠に身を包む風鳴翼。
問題はその妙な格好をしていた響と翼がノイズと戦い、打倒していたということ。
少女が変身して闘うなんて一昔前のアニメじゃあるまい。
それだけでなく、
「黒服軍団……冗談じゃねぇ。そういうのは極道だけで十分だ。あぁ、いや、あれともまた違う感じだったな」
偶にヤクザや極道と呼ばれる連中に関わる影詩だが、
響を大量の黒服と翼が連れ去って行った。
手錠を付けて。
本音を言えば、そこで飛び込みたかった。
スタングレネードを投げ込み、混乱に乗じて響を救出し、周囲に残ってる手榴弾をばら撒いてさらに混乱を生み出す。手錠を掛けた優男に背後から忍び寄って、警棒で膝を砕いて鍵を奪取。手榴弾で黒服の内何人かからは死傷者が出るかもしれないが、知ったことではない。
だけど、そんなことはできなかった。
立花響の身に出現した鎧が、何なのか全く解らなかったからだ。
あれが彼女にどのような影響を及ぼすのか、想像ができず、仮に影詩が奪い返してから何か起きたでは許されない。忸怩たる思いはあるが、しかしあそこで彼女が連れ去るのを黙ってみているしかなかった。ただ遠目から見ている間、翼の表情は堅かったが、手錠をはめた青年は響のことを手厚く扱っていた。
さらっと手を握っていて腹が立ったが、恐らく大丈夫だと思う。
他人の悪意に敏感にならなければ、響の身を守ることはできない。その経験から思うに、あの青年は悪い――下種な人間ではない。
勿論連れ去られて、一昔前の特撮みたいな目に合わせられるかもと考えたが、考え出したら切りがない。
問題は、
「なんでリディアンに入ってた、てことだよなぁ」
翼と青年、そして響はリディアンの学舎、それも教員が使う教員棟へと入って行った。それ以上は流石に近づくことができなかったが、あそこに何かがあるのかは知ることができた。
風鳴翼はノイズと戦い、黒服たちは民間人を助けていた。情報規制もかなりのレベルで行われていたし、影詩も少し間違えれば気づかれていただろう。さらに言えば翼はしょっちゅうテレビに出る国民的アイドル。
導き出される結論は、
「国、か? 或はなんかの秘密結社……いやいや漫画かよ……笑えねぇぞ」
しかし相当に組織だった行動だった、当たらずとも遠からずだろう。
頭を抱えるしかない。所詮大上影詩はただのチンピラで、不良に過ぎない。喧嘩はそれなりに強いし、所謂裏社会のコネも少なからずある。けれど、それは個人のものだ。国や巨大な組織相手にはただの蟻程度にしか見えないだろう。
そんな相手からどうやって響を守ればいいのか。
「糞……未来にどんな面すればいいんだよ」
苛立ちから頭を掻く。
響が昨夜寮に一度帰っているのは未来からの連絡から知っている。ついでにメール越しに問いつめられたが、応えられるわけがない。あんな話を教えれば、未来に危険が及ぶ可能性もあるし、それ以上に彼女にどんな罵声を喰らうかもわかない。
別に、影詩は美少女に虐められて楽しむ趣味は無い。
響は別として。
「あぁ全くどうすりゃいいんだ……」
「とりあえず、顔を拭いてはどうですか?」
「――!?」
顔を上げた瞬間、目の前にハンカチが付きだされた。その手を追えば、いつの間にかすぐ隣に黒服茶髪の青年――昨夜響を連れて行った青年がいつの間にか傍らに立っていた。
驚愕に頭の中が支配され、身体の痛みを無視してその場から身体を跳ねさせる。腰から警棒を引き抜き突き立てる。
「おおっと、安心してください。敵対の意思はありません。緒川慎次というものです、ほら、武器もありません。落ち着いて、ほら、ハンカチですよ」
苦笑しながら、緒川が両手の平を影詩へと向ける。
「……いつの間に、俺の隣にいた」
「普通に、歩いて。随分と悩んでいたようで気づかなかったようですね? あぁそれにほら、ハンカチ使っていいんですよ?」
「何が目的だ」
「あーいえいえ、そんな怖い顔しないでくださいよ」
影詩が睨みつけるが、緒川はどこ吹く風だ。
それどころか、優しげに笑ってすらいる。
警棒を突きつけたままに、周囲に視線を送る。狭い路地裏、周りに人の気配はないし、隠れるような場所もない。そういう場所を影詩が選んだからだ。今の緒川のように、昨夜の連中が自分に接触してくることを想定していなかったわけではない。だから見通しのいい、誰が来ても対応できるような場所で体を休めていたのだ。
なのに、全く気づかなかった。
冗談じゃない。
「何が、目的だ」
改めて問う。
敵意は見えない。それどこか、意思や感情が全く見えない。人に好感を与えそうな、好青年を絵にかいたような笑みを自然に浮かべているだけ。影詩自身もそういう風に感じてしまう。それが、怖い。人の悪意や考えには敏感な影詩が、こうして向き合ってそれだけしか感じることができないのだ。
「立花響さんのことについてです、大上影詩さん」
当たり前のように影詩の名前が知られている。
国だか秘密結社という予想は間違っていないかもしれない。
「そんなに怖い顔しないでください。響さんは無事です、健康診断もしてとてもお元気な様子ですよ」
「……アイツは風邪も引かねぇよ、馬鹿だからな」
「おやおや手厳しい」
けれど、安心したのは確かだ。内心胸をなで下ろしつつ、けれどそれを顔に出さないようにし、
「アイツのアレは、なんだ。いや、そもそもお前らはなんだよ」
「その前に、警棒下ろしてくれませんか? 話しにくいでしょう。昨夜も神経を張っていたようですし、落ち着きましょう」
「……気づいていたのかよ」
知られていたのは影詩の名前だけじゃなかった。昨夜の影詩の行動が気づかれていなかったわけじゃなかった。気づかれて、けれど見逃されていた。自らの無様さに腹立ちつつも緒川に続きを促す。
「それで?」
「結局下ろしてくれないんですね……ま、いいでしょう。簡潔に説明しましょう」
そして緒川が手短に、要点を押さえて影詩へと説明する。
アンチノイズプロテクターシンフォギアシステムというものを。
それを聞いて思うのは、
「……………………開発者はアニメオタクか? それか特撮オタクか? マッドは確定だな」
「どっちでもあるような気がしますねぇ。最後は間違いないでしょうが」
長く息を吐きながら、考えをまとめる。教えられたことは簡潔にまとめられていたが、しかし中身の濃いものだ。些か頭が混乱している。あのノイズと灰にならずに戦えるようになる鎧。それは凄い。聖遺物とかいう神話のものが実在していることには驚きだ。
けど、それ以上に。
「……アイツの胸に破片が埋まっているっつったな」
「はい」
「摘出は?」
「……完全に癒着しているので、現段階では不可能、と」
「…………」
ぐらりと、視界が揺れる。
それは摘出不可能という事実に対してか、或はそもそもの発端の事件を思い出してか。
ガングニールとかいう欠片が彼女の胸に突き刺さった原因が二年前の事件だというのなら、いったいどこまであの過去は彼女を苦しめるのだ。
過去が――そして大上影詩が。
立花響の今を苦しめ続けている。
「ふざけんなよくそったれ……!」
歯を強く噛みしめ過ぎて奥歯が軋み、警棒を握る手から血が流れだす。憤りで視界が赤く染まり、考えがまとまらない。
フラッシュバックするのは黄昏に漂う灰。
何も握っていない掌。誰もいない隣。
運ばれる少女を見ているだけの自分。
そして、
『――貴方のッ、影詩さんのせいで――!』
「っーー!」
「だ、大丈夫ですか!?」
気づけば滝のような汗を流し、荒い息と共に崩れ落ちていた。握っていたはずの警棒は無機質なコンクリートの地面に乾いた音を立てて転がっている。緒川が影詩の背中を擦って深呼吸を促しているが、それすらも遠く聞こえる。耳に届くのは痛いくらいに響く心臓の鼓動。胸が軋み、全身に疲労や怪我ではない痛みが広がる。
「くそっ……っ、触んな……って」
緒川を振り払いながら、震える体でなんとか立ち上がる。そのまま覚束ない指先で煙草を取り出し咥える。ジッポを取り出し火をつけ、煙草に灯すまでに数十秒以上の時間を掛けて、なんとか紫煙を灰へと送る。
煙草は、実は好きじゃない。
ただかつて影詩が考えた、道から外れたという言葉のイメージがそれだったから吸っているだけ。
だから煙草に火を付けるたびに吐きたくなるが、その嫌悪感が精神を立て直させた。
「……もう、大丈夫ですか?」
「……あぁ、悪いな」
「PTSDか何かのように見えましたけど、治療の類は」
「ハッ、そんなたいそうなもんじゃねぇ」
PTSD――心的外傷後ストレス障害。
所謂トラウマだ。確かに記憶のフラッシュバックによる呼吸や精神の乱れはそれに近いし、そういう風に診断されたこともある。だけど、そうじゃない。PTSDは立派な病気で、治療されるべき、守られるべきものだ。
しかし大上影詩のこれは違う。
治療されるべきではないし、守られるべきではない。
寧ろ彼が命を落とす最後の時まで、罰せられて、苦しめ続けられるべきなのだから。
「それで……あぁ、何の話だった? 結局、アンタは何しに来たんだよ。響の状態教えて終わりなわけないだろ。あれか? 俺のことドナドナしに来たのかよ」
「いえいえ、まさか。ただシンフォギアシステムや昨夜のことは国家機密です。目撃者には緘口令を敷かねばならないんですよ」
「意味解んねえな。ならなんで俺にシンフォギアが云々を説明した?」
「……貴方のこれまでの経歴を考えると、何も伝えていないと逆に危険だと判断しましたから」
「あぁそうかい、ま、そりゃそうだよな。んで、俺を捕まえる気か? 手錠はどうした、響にも付けてただろ」
影詩は立派な犯罪者だ。
恐喝や強盗、暴行等、警察にそれまでの行いを伝えれば一発逮捕だろう。
「我々は警察ではありません。逮捕権もありませんしね。確かに、警察に引き渡すこともできます。ですが……うちのボスの言葉をそのまま伝えましょう。『行動は行き過ぎであるが、事情を考えれば情状酌量の余地がないわけでもねぇ。警察に突き出すよりもうちで鍛え直した方が良さそうだ。どうせうちは突起物の集まりだしな!』、と」
「……なんだそりゃ。甘すぎんだろ。馬鹿じゃねぇのか。頭湧いてるだろ」
随分とまぁ立派な人物だ。
緒川も錯乱しかけた影詩を本気で心配していたし、懸念していた最悪ではない――どころか、想像していたよりもずっとマシだった。
「……アイツは、なんて?」
「自分の力が誰かの為になるのならば闘う。そう、笑顔で言いきっていました」
「だろうな、アイツはそういう奴だ」
紫煙を吐きながら、思っていた言葉そのまますぎて笑えてくる。
「機密って言ったよな。未来……小日向未来には?」
「彼女に関しては口止めをしています。随分と後ろめたい様子でしたが、彼女に及ぶ危険を考えると話すわけにはいかないでしょうね」
「俺はいいって?」
「男は多少の無茶をさせろというのもうちのボスの考えなので」
「はっ、涙が出るぜ」
ならば、今立花響は一人だ。
隣に彼女を包む陽だまりはなく、虹の花が戦場で一人咲こうしている。きっと、近いうちに彼女の響きに魅入られた誰かが、彼女と手を繋ぎ歌を響かせるのだろうけど、けれど、まだそうじゃないはずだ。
ならばその時まで虹花を守る影狼が傍には必要かもしれない。
思い、苦笑を浮かべかけ――緒川の懐から電子音が響いた。
「――緊急通信? 失礼――はい、えぇ今彼と接触していて……っ、なんですって!? 響さんが翼さんを追ってノイズと――ッ、影詩君!?」
言葉は、途中までしか聞いていなかった。
飛び出すのと同時に影詩の携帯にもノイズの出現情報が表示され、避難勧告が発令されていることが解る。流石対ノイズ組織というべきか、情報の周りが速い。出現位置を確認すればかなり近い。
故に止まることなく走りだし、
「待ってください!」
背後にいたはずの緒川が一瞬で正面に移動していた。
縮地、とでもいうべきか。理解が追い付かないレベルの高速移動。影詩には彼の姿がブレたようにしか見えなかった。
けれど、相手にするつもりはなかった。ウェストポーチからボールサイズの物体を取り出し、ピンを抜いて真上に高く放り投げる。
「手榴弾!? ――ッ!」
同時、またもや緒川の姿が消えた。次に見えたのは影詩の右側の壁であり、その壁を走りながら跳躍。空中で掴み、そのまま放り投げ、
「!?」
ボール状の物体――フラッシュグレネードが弾けて緒川の視界を潰した。
手榴弾は昨夜総て消費していた。けれどスタングレネードやフラッシュグレネードはまだ余りがあった。だからそれを使い、緒川を封じ、
「響……!」
彼女の下へ、行く。
既に緒川のことは頭から消えていた。
二年前は、気づいた時にはもう遅かった。
昨日も、間に合わなかった。
だから、今度こそ。
OGAWAさん忍術:瞬動、壁走り。
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